NHK 1987年6月2日(火)
あらすじ
蝶子(古村比呂)は幼なじみで同郷の田所邦子(宮崎萬純)と銀座でお茶をすることに。邦子はすでに神谷容(役所広司)との同棲生活を解消したという。今は衣服などの商品を実際に着用して自演販売する「マネキンガール」として働きながら、雑誌のモデルなども務めるようになり、近頃では活動写真の女優をやってみないかと声もかかっているのだという。一方、神谷も童話作家として絵も自ら描き、夢に向かって邁進していた。
2025.5.20 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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彦坂頼介:杉本哲太
田所邦子:宮崎萬純
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河本:梅津栄
北山道郎:石田登星
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宮内:藤田啓而
桑山:真鍋敏
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木下春美:森田典子
染子:丘祐子
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取引先の男:山田博行
女:外薗真由美
沢井美穂
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鳳プロ
早川プロ
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神谷容(いるる):役所広司
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:前田吟
泰明座の外観
今の演目はクララ・パウの「赤ッ毛」!?
<チョッちゃんの叔父にあたる野々村泰輔さんが経営する活動写真館の事務所と仲買とかの仕事をする野々村商会の事務所は、おんなじ所にあるんです>
泰明座事務所
野々村商會
男「それじゃ、ひとつ、よろしく頼みます」
泰輔「大船に乗った気で」
男「それじゃ」
泰輔「どうも」
男が出ていき、入れ違いに蝶子が入って来た。「こんにちは」
泰輔「おお、何事だ?」
蝶子「時間潰しさせて」
泰輔「悪いけど、叔父さん、今、相手できねえな」
蝶子「うん、いいの。気にしなくていい」
泰輔「あ、じゃ、適当にね。活動写真、見ててもいいぞ」
蝶子「うん、ありがとう」ソファに座る。
桑山「社長」
泰輔「何だ?」
桑山「さっきの話の続きですが」
泰輔「何だ?」
桑山「生糸はダメですか?」
泰輔「繊維ものは、この先、ダメだダメだ。第一、俺はね、相場ものには、もう手ぇ出さないことにしてんだよ。米とか小豆とか。それよりも生産地で物を買ってだ、もしも…もしも売れなくても倉庫に保存できる物を扱いたいんだよ」
宮内「するとやっぱり北海道の昆布なんかの海産物しかありませんなぁ。利益は薄いかもしれませんが安定してます。社長が時々、石炭の新しい鉱脈を探すとか金鉱探しのために無駄な費用をかけることを慎まれますと、野々村商会も、これはこれで順調にいくと思いますです」
泰輔「いや、宮内さん、経理担当としての、あなたの意見は、よく分かりますよ。でも、しかしながら事業家としては事業の拡大を考えるわけですよ。事業の拡大、これは何も金もうけだけが目的じゃないんだよ。ま、男の野心ちゅうか野望ちゅうかねえ」
やっぱりこの人は宮内さんだよねー。前回出た時は字幕が”河本”になってた。
染子「こんち! ごきげんよう。社長、随分とお見限りね」芸者さん?が入って来て、蝶子はその場で立ちあがる。
泰輔「いやいや、そんな…」
染子「神楽坂をお忘れになったの? それとも新橋辺りに河岸を替えたとか?」
泰輔「あ、いやいや、そんな別に忘れたというわけじゃ…あ~、いやいやいや」
別の扉から連平が入って来た。
染子「あら~!」
連平「あら!」
染子「連平ちゃん!」
連平「染ちゃん! は~、社長にご執心だったのかい?」
泰輔「(小声で)バカ! 何言ってんだよ」持っていた扇子で蝶子を指す。
連平「あ、チョッちゃん来てたの?」
この状況に戸惑いつつうなずく蝶子。
泰輔「染ちゃん、仕事場に来られちゃ困るな」
染子「う~ん、泰ちゃんて、つれないのね!」
泰輔「分かった、分かった。ちょっと表へ出よう、表へ。さ、さ、さ、さ、さぁ、表、表、表!」染子の背中を押して、事務所から出ていく。
ドアが閉まり、蝶子がソファに座ると、泰輔が半身を入れて、蝶子の肩を叩く。「チョッちゃん、今の人と叔父さんとは何でもないんだからね」
うなずく蝶子。
泰輔「本当だよ!」再び出ていった。
”丘祐子”って名前に見覚えあるなと思ったら、「ちょっといい姉妹」の歯科衛生士の好子だったか~。あの時は80年代のフワフワ頭だったからイメージつながらなかったよ。
連平「今日は何よ?」
蝶子「これから邦ちゃんと会うの」
連平「邦子さんと?」
蝶子「泉で待ち合わせ」
連平「ねえ、ねえ、何時ぐらいまでいる?」
蝶子「うん、それは、ちょっとね」
連平「だよね」
蝶子「あ、そうだ!」
連平「来る?」
蝶子「ううん、違うの」
連平「来る? 邦子ちゃん来る?」
蝶子「あのね、この前、岩崎要さん見かけたのよ」
連平「ふ~ん、どこで?」
蝶子「歌劇の稽古で」
連平「見かけたんじゃなく会ったんでしょ」
蝶子「ううん、稽古終わって帰る途中に『あっ』って思い出したの」
連平「ふ~ん、要さんは?」
蝶子「う~ん、忘れてた。私だって最初は分かるわけないわよ」
連平「あたしも久しく要さんに会ってないからねえ。あたしのことなんか忘れられちゃったかもしれないなあ!」
蝶子「最近の連平さん、何か暗いね」
連平「暗いでしょ? 先行きのこと考えるとね」
蝶子「トーキーのこと?」
連平「うん。だって、あたしね楽士以外、何にもできないから」
蝶子「実家は? ほら、浜町の料亭」
連平「あ、そ~う」
蝶子「何?」
連平「チョッちゃん、案外、意地悪なこと言うねえ」
蝶子「…どうして?」
連平「だってさ、あたしは実家にいられないから、いてもしょうがないから、15の時に、うち出たんでしょう」
蝶子「『帰るな』って言われてんの?」
連平「そうじゃないの。うちに帰ってもね、やることが何にもないの」
蝶子「ああ、そういうことか」
ドアが開き、泰輔が戻ってきた。「いや~、参った参った。染子のやつ『秋の踊りの温習会に着物あつらえろ』なんて、ぬかしやがんだよ」
連平「そんなの旦那のやることでしょ?」
泰輔「そうそうそう。俺もきっぱりと言ってやったよ。俺は、なにもお前の旦那じゃないんだから筋違いだって」
連平「うん、偉い!」
ベルが鳴る。
蝶子「私、そろそろ時間だから」
泰輔「あ、チョッちゃん、本当に何でもないんだからね」
蝶子「うん、分かってる分かってる。じゃ」
連平「チョッちゃん、邦子ちゃんによろしくね!」
蝶子「うん、じゃ」事務所を出ていく。
泰輔「また」
宮内「連平さん、そろそろ次の回」
連平「あ~あ!」
電話じゃなく開演のベルだったのね。
カフェ泉
蝶子「待たせた?」
邦子「ううん、お久しぶり」←邦子もボブヘアでオレンジのワンピース。
河本「お待ち遠さま。蝶子さん、何にしますか?」
蝶子「紅茶を」
河本「こちらも紅茶」
店員「はい!」
河本「蝶子さんのお友達でしたか」
邦子「ええ、幼友達です」
河本「じゃ、やっぱり北海道?」
邦子「はい」
蝶子「同級生とは思えないでしょ?」
河本「うん」
蝶子「私の方が幼く見えるでしょ?」
邦子「私が老けてるってこと?」
蝶子「なんも。大人ってこと」
邦子「う~ん」
実年齢は古村比呂さんの方が2学年上。
河本「いや、あの~、どこかで会ったような…」
蝶子「どこかで見てるはずだわ。邦ちゃんはね、マネキンガールなんだ」
「あぐり」ではチェリー先生がマネキン・クラブを作っていた。
河本「あ、雑誌の表紙で見ました!」
邦子「百貨店のマネキンのほかにもモデルとかやってるんです」
河本「道理で。いや、失礼しました。どうぞ、ごゆっくり」
蝶子「しかし、会う度に邦ちゃんは、きらびやかな大人になっていくね」
邦子「アハハ!」
ウエートレス「お待たせしました」
邦子「チョッちゃんは、どういうふう?」
蝶子「うん。今はコーラスガール。歌劇の公演の時、コーラスだけ受け持つ人間がいるのよ。そういうのやってるの」
邦子「ふ~ん」
蝶子「今、稽古してるのは『椿姫』」
邦子「コーラスガールには誰でもなれるの?」
蝶子「そんなことはないよ」
邦子「選ばれたんだ」
蝶子「いや…東京の各音楽学校から何人かずつ」
邦子「ああ、チョッちゃん、優秀なんだね」
蝶子「いやぁ、優秀かどうかは…」
邦子「優秀なのよ。音楽学校に入った頃とは大違い」
蝶子「あのころはねえ」
二人で笑う。
邦子「皆さんは元気?」
蝶子「うん。あ、さっき連平さんに会ったんだけど、会いたいそぶりだったわよ」
邦子「連平さんには感謝してるんだ。百貨店のマネキンの仕事、紹介してくれたから、今の私があるんだもの」
蝶子「邦ちゃん」
邦子「うん?」
蝶子「神谷先生とは、よく会うの?」
邦子「…あんまり」
蝶子「そう」
邦子「でも、忙しいのよ。マネキンになったら仕事は夜の9時までだもの。人と会ってる時間なんてないわよ」
蝶子「大変だね」
うなずく邦子。
<2人の話で何となくお気付きとは思いますが、邦子さんと神谷容先生は1年ぐらい前に同棲生活を解消していたのであります>
野々村家
蝶子「ただいま!」
邦子「あ、先生、来てる」ボロボロの靴が玄関にある。「この靴、そうよ」
茶の間の障子を開けた蝶子。「あ、やっぱり!」
神谷「やあ!」
富子「お帰り」
邦子「皆さん、こんにちは」
富子「いらっしゃい。どうぞ、そこ」
道郎「やあ」
神谷「え~と、4月の上野の花見以来だね」
邦子「はい」←何だかんだ神谷の隣に座るんだな、邦子は。
道郎「ああ、あん時以来?」
邦子「はい。(神谷に)元気のようで」
神谷「うん、私はね」
富子「はい、お茶、どうぞ」←今日も麦湯だね。
邦子「どうも」
富子「ねえ、邦子ちゃん、あれだってね。忙しいっていうじゃない」
邦子「はい」
道郎「ポスターとか雑誌でよく見るよ」
神谷「私も時々」
蝶子「邦ちゃんね、この前『活動写真の女優さんにならないか』って誘われたんだって」
富子「へえ、活動の!」
道郎「どうするの?」
邦子「うん。ねえ、先生、どうしたらいいべか?」
神谷「いや、私に聞くんかい?」
邦子「『相談事は、いつも乗る』って言ったでしょ?」
神谷「う~ん」
蝶子「邦ちゃんはどうなの? 迷ってる?」
邦子「うん」
神谷「まあ、今は何でもかんでも手ぇ出したら足元見えなくなるんでないかな。マネキンになって、まだ半年だべ」
うなずく邦子。
神谷「したら、もうしばらくは、ひとつ事に打ち込んだ方がいいんでないかな。一つ一つ、しっかり自分のもんにしていくことの方が大事なんでないかい? まあ、欲張らんことだ!」邦子の肩をパシッ!
邦子「あ、はい」
2人を見ている蝶子が、なんかこう、複雑そうな表情してるような…
富子「チョッちゃんも邦子ちゃんもちょっとこれ見て」
蝶子「先生のかい?」富子から神谷の描いた絵を受け取る。着物の男の子が線香花火をしている後ろ姿。
邦子「いや~!」
神谷「前から考えてはいたんだわ。童話っていうことなら文章だけでなく絵も自分で描いてみるべと思って…」
蝶子「先生、絵もうまいねえ!」
神谷「やっとまあ、満足のいくもん出来たんだ」
邦子「楽しそうだ」
神谷「道郎さん、どうです?」
道郎「うん、これなら大丈夫! いけますよ、保証しますよ! あ、俺が保証したってダメか!」
一同、笑い。編集者の方が向いてたりして!?
邦子「あの~、先生」
神谷「うん」
邦子「生活の方は、ちゃんと?」
神谷「あ、そりゃね、うん。絵本描く合間に食堂の皿洗いとか、この間からね、神社のおみくじをちっちゃく折り畳む仕事やら何やらやってる」
道郎「へえ、やっぱり気になるんかい?」
うなずく邦子。
玄関を出た邦子。「したら」
神谷「頑張れや!」
邦子「先生も元気で」
神谷「おう」
蝶子「じゃ、気ぃ付けて」
<これから仕事があるという邦子さんは夕食を断り、一人、帰っていきました>
茶の間
富子「ねえ、先生」
神谷「はい」
富子「こうやって邦子ちゃんに会って何てえの、あの…わだかまりっていうの? ありませんか?」
神谷「私ですか?」
富子「そう」
神谷「…ないなあ」
あっさりしてんなあ!
富子「あ、そう」
神谷「うん」
道郎「先生にはないよ」
蝶子「兄ちゃん、分かるの?」
道郎「分かるも何もわだかまりがあったら、まず、会うのを避けるだろ」
蝶子「あ、そりゃあ、うん」
富子「けどさ…言ってみりゃ、先生は邦子ちゃんに逃げられたわけだよね?」
神谷「いやあ、逃げられたとか逃げたなんて思ったことないなあ」
富子「あ、そう…」
すげーもぐもぐ食べてるよ、神谷先生!
蝶子「でも、先生」
神谷「何?」
蝶子「邦ちゃんは小さい頃から夢ばっかり見てて、いつも何かを求めてて。もしかしたら、邦ちゃん傷つけること言うかもしれないけど、今の邦ちゃん見てると、邦ちゃんは先生のこと、ただの踏み台にしたのではと」
道郎「それは言い過ぎだ」←時々見せる兄っぽい感じがいい。
神谷は富子にごはんのお代わりを要求。
蝶子「なんも計算ずくっていうんではないんだ。結果的には邦ちゃんにとって、いい方に、いい方にって、いってるし」
道郎「だからって、踏み台どうのこうのっつうのは2人に失礼だ」
蝶子「すいません」
神谷「いやいやいや、踏み台、結構! 東京に出てきたことが田所君にとって幸いだとしたら、ま、私も役には立ったということだから。もう踏み台にも役にも立たなかったら立つ瀬ないもね」ごはん、パクパク。
カフェ泉
蝶子「疲れたかい?」
頼介「うん、ちょっと」首の後ろを拭いている。
蝶子「悪かったね、あちこち引っ張り回して」
頼介「いや」
蝶子「だけど、勤め、心配だね? 操業短縮になると自分の時間、出来ていいけど」
頼介「3か月前から給料も減らされてるんだわ」
蝶子「どのくらい?」
頼介「1割」
蝶子「東京来て、仕事見つけて、やっと慣れたと思ったら、こんなじゃねえ。ほかにいい仕事先、ないのかなぁ」
頼介が店内を見ているのに蝶子が気付く。「だけど、不思議だね。頼介君と東京でこんなふうに会ってること」
頼介「うん」←うぉっ! ちょっと表情がほころんだ。
蝶子「2人でこういう店、来たのも初めてだもね?」
頼介「いや」
蝶子「え?」
<チョッちゃん、こういうことは忘れちゃいけないんだけどなあ>
頼介「今日で2回目だ」←ムッとしている。
<ほら!>
頼介「滝川のロシア人のおじさんのいた店に」
蝶子「あっ、そうだ、そうだ! あのころは子供同士で入ってビクビクしてたけど…私たちも大人になったんだねえ」
急に蝶子の手を取る要。「やあ」
蝶子「やぁ」立ち上がる。
要「確か彦坂頼介君」
黙って頭を下げる頼介。
要の後方には女性たちがいる。
蝶子「待ってらっしゃいますよ」
要「この前、君だったんだな。ほら『椿姫』の稽古に来てたでしょ」
蝶子「あ、はい」
要「うん、気付いた?」
蝶子「はい。少したって」
要「俺はね、すぐ気が付いて楽屋口まで引き返したんだけど、もはや君はいずだ」
蝶子「はあ」
女「岩崎さん!」
女「要さん!」
要「『椿姫』ってことは、じゃあ、ちょくちょく会えるね」
首を傾げながらうなずく蝶子。
要「じゃ」
椅子に座る蝶子。
頼介「ちょくちょく…会うのかい?」
蝶子「したって、同じ仕事してるんだもん」
要は女性たちに「みんな、何かおごるから」と話している。昨日一緒だった女性2人ともう一人が木下春美という人かな?
<チョッちゃんは急に疲れを感じました>(つづく)
なかなか明かされない神谷先生の本心。最初から邦子のことは特に好きでなかっただろうとは思うけど。
