NHK 1987年6月12日(金)
あらすじ
突然結婚を申し込まれた蝶子(古村比呂)は、驚きのあまり、思わず岩崎要(世良公則)の頬を引っ叩いてしまう。連平(春風亭小朝)からこれまでの経緯を聞いた泰輔(前田吟)は、妻・富子(佐藤オリエ)や蝶子の兄・道郎(石田登星)とともに、蝶子が岩崎と結婚する気があるのか聞くのだが、蝶子自身にも自分の気持ちがわからない。そこで蝶子は恩師・神谷(役所広司)に相談するのだが…
2025.5.30 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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田所邦子:宮崎萬純
北山道郎:石田登星
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宮内:藤田啓而
桑山:真鍋敏
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神谷容(いるる):役所広司
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野々村富子:佐藤オリエ
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神谷容(いるる):役所広司
野々村家前では隣の家の女性が打ち水をしている。
野々村家
ボーっとご飯を食べる蝶子。
<今朝のチョッちゃん、変でしょう? 実は、ゆうべ岩崎要さんに結婚を申し込まれたんです>
富子と泰輔も様子がおかしいことに気付く。
富子「今日、学校、行くの?」
蝶子は首をかしげてぼんやり。
泰輔「チョッちゃん」
蝶子「ん?」
富子「学校は?」
蝶子「東和音楽学校」
富子「知ってるよ。何、言ってんだい」
蝶子「え?」
富子「学校行くのかどうか聞いてんの」
蝶子「ああ」
泰輔「どうした?」
蝶子「行く」
食事に戻る泰輔と富子。
蝶子「あ。学校、まだ夏休みだわ」
要の部屋
ソファに寝転んでいる要。
♬~(レコード)
台所でそうめんを作っていた連平。「どうしました? ため息なんかついて。一度ならず二度までも」
要「連平」
連平「あ、食べる?」
手を振って、体を起こす要。「俺な…」
連平「うん」
要「結婚申し込んだ」
連平「誰に?」
要「決まってるだろ」
連平「チョッちゃん?」
うなずく要。
連平「おめでとう!」
要「どうして?」
連平「断られた?」
要「分からん…ここんとこ、ペッて、いきなりひっぱたかれたよ」
連平「あいた~」
要はどんぶりで勢いよくそうめんを食べ始める。
泰明座事務所
泰輔「え?」
連平「ゆんべ、申し込んだみたい」
泰輔「(大声で)ホントか!?」
うなずく連平。
泰輔「(小声で)で、チョッちゃんは何だって?」
連平「要さんのこと…」手でジェスチャー。
泰輔「ひっぱたいた?」
連平「そう」
ため息をついて腕を組む泰輔。
連平「どうです? チョッちゃんの様子は」
泰輔「いや~、それがな…うん、それがね、それが…あ、そうだ!」
連平「何か?」
泰輔「考えてみたらな、何かちょっと様子変だったよ」
連平「どういうふうに?」
泰輔「何と言うか…」
連平「腹立てるとか?」
泰輔「そういうまともなやつじゃなくてさ」
連平「だからさ、どう…どういう?」
泰輔「う~ん…要さんに頼まれて探りに来たな?」
連平「いやいや、いや、アハハハ。やだ、社長」
首をひねる泰輔。
夜、野々村家
泰輔「申し込まれたっていうのはホントなの?」
うなずく蝶子。
泰輔「で?」
蝶子「え?」
道郎「お前はどうなんだ?」
富子「ひっぱたいたってことは断ったってことだよねえ」
首をかしげる蝶子。
富子「…違うの?」
蝶子「たたいたのは…つい、手が出ただけで」
道郎「てれ隠しか?」
蝶子「いや~」
泰輔「少しは、その気ある?」
富子「どうなの?」
蝶子「分からなくて」
泰輔「迷ってる?」
蝶子「う~ん」
富子「迷うんなら断るべき!」
泰輔「どうしてよ?」
富子「嫌だと思ってるから迷うのさ」
道郎「いや?」
富子「ん? 何?」
道郎「嫌なだけなら迷わないんじゃないかな?」
富子「ん?」
道郎「少しは、いいなと思ってんだろ? だから迷うんだ。違うか?」
富子「そうなの?」
蝶子「どうかなあ?」
泰輔「じゃ、あれか? 『受けてもいい』っていうのと『断りたい』っていうのと割合は、どっちが多いの?」
蝶子「さあ…」
泰輔「『さあ』ってね、人生の大事なことなんだから、はっきりしないと!」
蝶子「『はっきりしないと』なんて、そんなこと言われても! 何しろ初めてのことなんだから!」
泰輔「うん、なるほどねえ」
富子「変なとこで感心するんじゃないよ」
泰輔「けどさ」
富子「チョッちゃん、どうしてあんな男のことで迷うの? 迷うような男かい? あんな、いけすかない男、私は嫌だね」
泰輔「なにもお前を嫁さんにって言ってるわけじゃないんだからさ」
富子「分かってるよ!」
蝶子「大声出さないでよ!」
道郎「俺は要さんいいと思うけどね」
富子「どうして?」
道郎「何となく」
富子「何となくなんてダメ!」
道郎「じゃあ、言うけど…あの人は生き方に一本、芯が通ってる。ああいう男は、いい」
道郎は、前からずっと要推し。
富子「仕事では、いいかもしれないけど、亭主としては、どうかね」
泰輔「うん」
富子「あんた、どう思うのよ?」
泰輔「俺はまあ、チョッちゃんしだいだね」
富子「はあ~、要も要だよ! 私たちはね、チョッちゃんの東京でのいわば親代わりだよ! 何てったって、まず、私たちに挨拶に来るのが筋ってもんじゃないのかねえ」
⚟要「こんばんは!」
泰輔「は~い!」
⚟要「岩崎です」
蝶子「えっ!?」
道郎「その挨拶に来たんじゃないのかな」
泰輔「どうしよう…」ちゃぶ台に寄りかかり、傾ける。「うわっ!」
蝶子「あっ!」
富子「どうしようったって、あんた…」
蝶子「わ…私は会わないからね」2階へ。
⚟戸をたたく音。要「こんばんは!」
道郎「ほら!」
泰輔「は~い…ただいま!」
玄関
泰輔「やあ!」
要「どうも夜分に失礼します」
泰輔「いえ」
要「あの…蝶子さんは?」
泰輔「いえいえ、それが、その…なあ!」
富子「チョッちゃんは、あれ、あの…ゆうべから何だか知りませんけど、急に具合悪くなっちまいまして」
要「はあ」
富子「今、横になってるんです」
⚟泰輔「いやいや、その…それがその」
階段を降りて様子をうかがう蝶子。
⚟富子「何か嫌なことがあったんじゃないかなって心配してんですよ」
要「そうですか」
富子「あ、ですから、今日は…」
要「あ、分かりました」
泰輔「すいませんね」
要「あ、いえ、では…」
蝶子は今度は自室の窓から外を見る。要は、ゆっくり名残惜しそうに帰って行った。
神谷のアパート。ベランダには洗濯物がたくさん干してある。
神谷「どうした? 2人そろって」
邦子「ちょっと」
神谷「ま、座ったらいいわ」また団扇で紙風船をよける。「いや~、すまん、すまん。散らかってて。何だい、かたい顔して」
邦子「チョッちゃんに相談されたんだけど、私も困ったもんだから」
神谷「何?」
蝶子が邦子に向かって大きくうなずく。
邦子「結婚申し込まれたんです、チョッちゃん」
神谷「いやいや、いやいやいや!」団扇でパタパタ。
邦子「相手は岩崎要」
神谷「あっ!」
うなずく蝶子。
神谷「で?」
邦子「あ、だから、実はチョッちゃんが悩んでるもんだから…」
神谷「なして?」
蝶子「だって…」
神谷「何ば悩むんさ?」
蝶子「受けるべきか断るべきか、よね?」
うなずく蝶子。
笑い出す神谷。
蝶子「何ですか?」
神谷「したって、そんなことは自分の気持ちしだいだべさ。他人に相談しても始まるもんでない」紙風船を手の上でポンポン弾ませる。
邦子「先生も案外冷たいんですね」
神谷「え?」
邦子「自分の気持ちが分からないから、チョッちゃんは悩んでるんだ」
神谷「したって、北山が…北山自身が自分の気持ち分からないなら他人には、ますます分からないもねえ。例えば、結婚申し込まれて、それを断りたいけど、どういうふうに言えばいいかとか、結婚したいけど誰それが反対するとか何か障害があるとか、そう言うんだったら、私も相談に乗れる。したっけ、北山君のは、そういうんではないべさ」
うなずく蝶子。
神谷「受けるか断るかで悩むのは半分は受ける気があるってことだ。踏み切れないのは北山君の中にちゅうちょさせる何かがあるっていうことだ」
うなずく蝶子。
神谷「問題は、それだべな」
邦子「何なの?」
蝶子「うん…相手のことがちょっと…」
神谷「それほど好きでないんかい?」
蝶子「ていうか…」
邦子「岩崎さんのこと、もともと嫌いだったよね?」
うなずく蝶子。
邦子「逃げてたし、避けてたもの。でも、だんだん変化はしてきてはいたけど」
ここで地震情報。北海道で地震! 午前7時23分ごろ 震度3 根室南部
蝶子「岩崎っていう人、思ったほど、悪い人じゃないなあって。見た目はちょっと怖そうだったけど、大人の部分と子供の部分がごっちゃになって面白いっていえば面白いし、落語に出てくる遊び人の若旦那みたいに気をもませるような危なっかしいとこあるし、本当は気の小さい人かなとも…だけど…女の人とのことが…」
神谷「え?」
蝶子「ずっと前、女の人にだらしないとこ見てるし」
神谷「ほう」
蝶子「女の人とのいろんな話、いっぱい聞いてるし。周りがほっとかないらしいんです。最近は、そうでもないらしいんですけど。私は、どうもそういうとこが引っ掛かるんです」
神谷「あ、引っ掛かるんなら、やめた方がいいわ。うん」
邦子「あっさりしたもんなんですね?」
神谷「そうかい?」
邦子「かつての教え子が2人、わざわざ相談に来てるっていうのに、そういう言い方は…ねえ?」蝶子を見る。
神谷「したっけ、そういうことが引っ掛かるんなら好きにはなってないっていうことだわ」
邦子「ああ」
神谷「相手のこと、好きになったら、そんなことは、どうでもよくなるもんだ。『あばたもえくぼ』って言うべさ。ま、第一、こういうことは他人がとやかく言ったところで決めるのは本人だ。人の意見ば聞いて、結果悪かったら、意見言った人ば恨むんだ。それはよくないわ。結果がよくても悪くても自分で決めないと」
くー! やっぱり神谷先生は先生だわ!
蝶子の部屋
蝶子「母さん、実は相談があります。この前、岩崎要というバイオリニストに結婚を申し込まれてしまいました。その人はバイオリニストとしては天才だと評判の人で…」つけペンで手紙を書く。
⚟泰輔「チョッちゃん?」
蝶子「はい」
襖があき、泰輔と富子が入って来た。
泰輔「あんまり静かだったからさ」
蝶子「滝川に手紙書いてたの」
泰輔「おお、そうか」せきばらい。
富子「チョッちゃん、私ね、あの人、やっぱりやめた方がいいって…」
泰輔「黙れ!」
富子「だって…」
泰輔「チョッちゃんだって、いろいろ考えてはいるんだから。周りでガタガタ言わない方がいいんだよ。ただ、まあね…」
蝶子「ん?」
泰輔「こういうことは嫌で嫁に行くんだったら別なんだけど、もし本気でどうしてもって言うんだったら、少しぐらいわがままになった方がいいと思うんだよ。いや、そりゃ周りからは、いろいろ言われるよ。親だって黙っちゃいない。みんな、いいと思って言うんだけど、はっきり言って、ま、無責任だね」
富子「私は…」
泰輔「叔父さんね、こいつと一緒になる時、こいつの母親、親戚連中、どれだけ反対されたことか。こいつはきっと泣きを見る。叔父さんがこの家を乗っ取って追い出すって、そう言われたんだよ。(富子に)そう言われたよな? それがどうだよ。こんな極楽は、ないだろ? そりゃまあさ、子供はいないよ。連平君に無理やり連れていかれて遊びというか、そういうものは、いろいろありましたよ。だけど、おおむね極楽だろ? え!」
富子「そりゃ、まあ…」
泰輔「そういうものなんだよ。だから、チョッちゃんもさ、人の言うことなんか当てにできないと、あれしてさ、あれした方がいいと思うよ。な!」
うなずく蝶子。
泰輔「じゃ…」そそくさと部屋を出ていった。
富子「それじゃ、おやすみ」
蝶子「おやすみ」
<悩めるチョッちゃんであります>
蝶子は手紙をくしゃっと丸め、蚊帳の中に入り、布団の上でジタバタ。「あ~っ!」(つづく)
蝶子の悩みで15分。しかし、神谷先生は好感度が乱高下するね!

