NHK 1987年6月1日(月)
あらすじ
世の中、不景気となり、叔父・野々村泰輔(前田吟)が米相場で損を出す。映画界ではトーキー(発声映画)が隆盛となり、無声映画の弁士・国松連平(春風亭小朝)は気が気でない。気づけば彦坂頼介(杉本哲太)の兄弟が離散して、早くも2年が経っていた。工場の操業が急遽短縮となり野々村家に遊びにきた頼介に、蝶子(古村比呂)はそろそろ滝川に帰ってもいいのでは、と提案する。だが頼介の表情は浮かないままだった。
2025.5.19 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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演奏:新室内楽協会
テーマ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:円光寺雅彦
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考証:小野一成
タイトル画:安野光雅
方言指導:曽川留三子
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バイオリン指導:磯恒男
黒柳紀明
歌唱指導:浜中康子
指揮指導:岡本和之
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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彦坂頼介:杉本哲太
河本:梅津栄
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木村益江:山下智子
梅花亭夢助:金原亭小駒
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浜田千代:岩下雪
原田:杉崎昭彦
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佐山いと:横田早苗
楽団員:山中一徳
彦坂安乃:近藤絵麻
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合唱団:二期会
オーケストラ:慶応ワグネル
ソサィエティー
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女:外薗真由美
沢井美穂
鳳プロ
早川プロ
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:前田吟
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制作:小林猛
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演出:一柳邦久
<昭和5年の初夏となりました。チョッちゃんは東和音楽学校に通いながら、時々、こうやって歌劇のコーラスガールとして参加しています。歌劇の公演には、こうして東京の各音楽学校の生徒が駆り出されることがあったんです>
蝶子は、髪を短く切り、ピンクに白襟のワンピースを着て、垢ぬけたな。
喫茶店
<コーラスガールとして今までとは違う別の世界に行くと、チョッちゃんにも新しい友達が出来ます。そして、何と言っても楽しみは、おしゃべり>
河本「お久しぶりでしたね」マスター自らオレンジジュースを運んできた。
蝶子「え?」
河本「うちの店、久しぶりでしょ?」
蝶子「久しぶりっていっても2年ぐらい前に来ただけで」
河本「はい、覚えてますよ」
蝶子「え?」
益江「私もいた?」
蝶子「光代さんと!」
益江「そう!」
蝶子「私、その時、何か変なことを?」
河本「ハハハ、いやいや、さっき、話し声聞いてたら北海道弁がチラッと出たでしょ?」
千代「出た」
いと「『なんも』って」
河本「それで思い出したんですよ」
蝶子「へえ」
河本「あの時は確か着物を着て、お友達と窓から通りをキョロキョロ眺めて…その時、聞いた北海道弁がとても印象的でしてねえ」
蝶子「へえ」
益江「最近、あんまり出ないよね?」
蝶子「そうかい?」
千代「出た!」
蝶子「いやいやいや」
河本「もう一度はね、確か楽士の連平さんと…」
蝶子「はい。連平さんをご存じですか?」
河本「はい。あなたは、どうして?」
蝶子「私の叔父が活動写真館を持ってまして」
河本「なるほど…あ、どうぞ、飲んでください。あの…連平さんに会ったら、たまには顔を出すように伝えてください」
蝶子「はい」
河本「皆さん、ごゆっくり」席から離れた。
梅津栄さんがセリフもろくにないような役のわけないもんね~。これからもちょいちょい出てくるのかな?
蝶子「佐山さんは歌劇は何度目?」
いと「2度目」
益江「浜田さんは?」
蝶子「へえ~」
千代「初めて?」
蝶子「うん」
千代「オーケストラの人には気をつけた方がいいわよ」
いと「合同練習となると、練習のあとなんか、よく声がかかるのよ。『カフェに行こう』『食事に』とか」
蝶子「断れないの?」
千代「そりゃ、嫌だったら断っていいわよ」
蝶子「そうだよね」
益江「中にはロマンスも芽生えたりしない?」
千代「ロマンスだけならいいけど、男の人にもてあそばれて、つらい目に遭ったコーラスガールの話もあるそうよ」
いと「え~と、オーケストラとの合同練習は、いつから?」
千代「来週の火曜から」
益江「けど、どんな人いるのかな?」
蝶子「恋人探し、しないのよ」
益江「ああ、違う違う。いい人たちだったら、いいなって」
蝶子「ああ、そりゃそう」
光代さんは、どうしたんだろう?
野々村家
猫の鳴き声
富子「こらっ、こらっ! あ!」
泰輔「どうしたんだよ?」
富子「魚! 隣の猫」
泰輔「何だと!?」
富子「玄関から出てったよ!」
泰輔「あの野郎!」
家から出ようとする泰輔とちょうど家に入って来た連平が玄関で会う。
連平「あっ、社長!」
泰輔「猫、見なかったか? 猫!」
連平「いや」
<この人はチョッちゃんの叔父、野々村泰輔さんです。2年前とは少し状況が変わって世の中の不景気の影に不安を抱いている今日このごろです>
ホウキを持って猫を追い払う泰輔。ここから前田吟さんか~。
まあ、前田吟さんの方が東京下町が似合うっちゃ、似合う。
前田吟さんと佐藤オリエさんは映画やドラマで夫婦役とかもやってたらしい。
家の前の路地で芸者とすれ違う泰輔。「よっ、千代奴!」
<しかし、明るい性格は以前と変わりありません>
野々村家に戻った泰輔。
ちゃぶ台の前にしょんぼり座る連平に声をかける富子。「どうしたのさ? あ?」
泰輔「よいしょ」
連平「『活動写真がトーキーになる』って、これ、どういうことだか分かります?」
泰輔「役者がしゃべんだろ?」
富子「活動写真の中でしゃべんの?」
連平「しゃべるの」
富子「え?」
連平「ということは弁士が不要になる」
泰輔「なるほどねえ」
連平「活動写真の中から音が聞こえるってことは、私ら楽士も不要ってことだ!」ごろーんと転がる。
富子「そうなったら、連平、どうすんだい?」
連平「社長!」起き上がる。
泰輔「何だい?」
連平「社長、まさか、自分の活動写真館、トーキーにしようなんて思ってないでしょうね?」
泰輔「当たり前だよ。そんな薄情なことするか! 第一、俺はね、楽士と弁士がいてこそ本当の活動写真だと思うもの」
連平「社長、偉い!」
蝶子が2階から降りてきた。「連平さん、いらっしゃい」
連平「おう!」
蝶子「ねえねえ、カフェ泉って知ってる? 銀座の」
連平「ああ」
蝶子「マスターが『たまには顔出して』って」
連平「ふ~ん」
蝶子「どうしたの? 何か元気ないね」
また寝っ転がる連平。
泰輔「世の中、不景気だからね」
蝶子「あ、叔母さん、手伝う!」台所へ
魚を焼いている富子。「チョッちゃん、何? カフェなんて、よく行くの?」
蝶子「よくなんて行かないわよ。昨日は久しぶり」
富子「私はどうもカフェとかパーラー苦手でね」
蝶子「でも、入ったことはあるんでしょ?」
富子「ない」
蝶子「じゃ、今度、行こう。私が連れてくから」
富子が笑う。
蝶子「何?」
富子「チョッちゃんもすっかり東京に慣れたね。私なんかより、よっぽど詳しいんじゃないの?」
蝶子「そりゃ出歩いてるもの」
富子「そうだね。私なんて内藤新宿にも行ったことないもんね」
蝶子「へえ~」
富子「銀座はあるよ。あと上野、浅草はさ。しかし、何だね、銀座っていうとこは、いいっちゃいいけど、私、何だか居心地悪いんだよ」
蝶子「嫌なの?」
富子「嫌とかそういうんじゃないんだ。何か、こうさ、ヘソの辺りがこう…ってムズがゆいようなさ」
蝶子「ふ~ん」
茶の間
泰輔「いや~、連平君、先行きが不安なのは活動写真の世界だけじゃないよ」連平にビールを注ぎ、自分もビールを飲み始める。「俺が見るにおおむね、世の中、不景気だね。失業者は増える一方だっていうしさ、ほら、あれあれ…女給。『女給の仕事が流行する時は不景気だ』って言う人がいるくらいだよ」
連平「なるほどねえ」
泰輔「おまけにさ、農作物は不作ときちゃね。(声を潜めて)ないしょだよ。米相場に手出して少し損しちゃった」
連平「え?」
泰輔「ないしょだよ」
連平「へえ~、世の中いろいろあるもんだなあ」
台所から富子と蝶子の笑い声が聞こえる。
連平「お隣は楽しそうで結構ですね!」
台所から顔を出す富子。「何だい?」
泰輔「いやいや、あれだよ。不景気な世の中で働いてる男たちに引き比べて明るくていいなって言ってたんだよ」
連平「そうそう!」
泰輔「楽しそうに何笑ってたんだ?」
富子「ん? チョッちゃんにはね、好きな人がいないのかどうか聞いてたんだよ」
連平「いるの?」
泰輔「いるの?」
蝶子も台所から顔を出す。「いない」
連平「ホント?」
蝶子「うん!」
泰輔「そういう相手が見つかったら、まず、叔父さんにね」
富子「私が先!」
泰輔「バカヤロー! 俺とチョッちゃんとは叔父、めいの間柄だ。まず、俺だ」
富子「何さ、偉そうに」
蝶子「そういう相手が出来たら」
泰輔「え?」
蝶子「みんな同時に教えるから」
泰輔「な~んだ」
⚟安乃「こんにちは」
蝶子「あ、安乃ちゃんの声だ」玄関へ。
泰輔「おう、いらっしゃい!」
富子「ちょいとあんたたち、もう不景気な話、おしまいだよ」
連平「合点承知。いらっしゃい」
蝶子が安乃を連れて部屋に入って来た。頼介も一緒。
富子「ちょっとあんたたち、食事してくだろ?」
頼介「いいんですか?」
富子「遠慮なんかしたら怒るよ」
安乃「いつもすいません」
富子「ううん。チョッちゃん、もう台所の方はいいからね」
蝶子「はい、すいません」
泰輔「まあまあ、座った座った。どうした? 今日は2人で」
蝶子「頼介君、今日、休み?」
頼介「うん。昼から休みだったから」
泰輔「おお、じゃあ、半ドンだ?」
頼介「いや、何ちゅうか…物作っても売れないから操業を短縮するとかで」
蝶子「ふ~ん」
連平「あ、それで、きょうだい水入らずで、あの…つまり、ね!」
安乃「買い物に行ったんです」
連平「あ、そう、買い物」
頼介「滝川の弟に服とか送ってやろうと思って」
蝶子「公次君にかい? いやいや、そうかい」
泰輔「北海道出てから2年になるか…」
蝶子「公次君から手紙来たりするかい?」
安乃「はい」
蝶子「いやいや、よかったねえ。一時は、どうなることかと思ったけど」
泰輔「頼介君、仕事の方は、どうだ? 鋳物工場」
頼介「はい。何だか不景気みたいで」
泰輔「いや、そういう不景気な話じゃなくてさ」
安乃「お鈴さんの旦那さんも『不景気だ、不景気だ』って」
蝶子「繊維問屋のご主人?」
連平「繊維関係は今はダメ!」
蝶子「へえ…」
連平「繊維のほかだってね、今はどこもかしこも」
泰輔「う~ん…」
また台所から顔を出す富子。「不景気な話、やめって言ったろ」
連平「あ、ごめん」
泰輔「あ、そうだ、そうだ。せっかくこうして、みんなでそろったんなら、にぎやかにパッといこうか!」
連平「あ、夢助が帰ってきたら何か景気のいい噺(はなし)でもさせましょ!」
泰輔「いいね、それ!」
連平「下手だけど、陽気だから」
蝶子「よかったね。楽しみだね」
夢助が上座で噺をしている。「ヤリをたぐってみるてえとヤリの先がない。ヤリってのは先があるから、つついた時に『痛い痛い痛い』となるんですけどもね、先がなきゃ、ただの棒ですから、あとは、うどんをこねるしかしょうがない。このヤリを見て、しばし、ぼう然。しょうがないんで、これを放して、やりっぱなし」
一同から笑いが起こる。
ヤリ、やりっぱなしで検索かけたら「たが屋」が出てきたけど、これじゃないよな…落ちがブラックすぎる。
富子 安乃 蝶子
頼介 泰輔 連平
の並びで聴いている。
<そうなんです。頼介君きょうだいが離散して、早くも2年がたってしまったんです>
風鈴の音がする。新聞を読んでいる泰輔に麦湯を出す富子。「よいしょ」
泰輔「はい」
何となく2階を気にする2人。
蝶子の部屋
蝶子「頼介君、滝川には帰りたくないかい? どうだい?」
頼介「そりゃあ、帰れるもんなら」
蝶子「帰れないわけないっしょ? 実は石沢牧場のおじさんとか、うちの父さんの手紙に『頼介君に滝川に戻るつもりはないか聞いてみてほしい』ってあってさ。どうだい? 帰るについて支障は何もないっしょ?」
頼介「いや、蝶ちゃん。帰るだけなら、いつだって帰りたいさ。したけど、もう、あの家も畑も人手に渡ってる」
蝶子「だから、石沢牧場に来てほしいんだよ、おじさんは。帰れない訳あるならともかく、今は何もないっしょ?」
頼介「いや…帰れないわ」
蝶子「なして?」
頼介「安乃のことで嘉市さんと蝶ちゃんのおやじさんには借金の肩代わりば、さしてしまったもね」
蝶子「ああ」
頼介「おめおめと帰れないわ」
蝶子「父さんたち、借金のことは怒ってないよ」
頼介「だからさ。だから…そう簡単には帰れないのさ」
蝶子「なして?」
頼介「したから…借金払えなくて、ふるさと飛び出して、その借金、ほかの人、返してくれたら、またふるさとに帰る。これじゃ、借金返してもらうために滝川ば出たようなもんだ」
蝶子「誰もそんなふうに思わないよ」
頼介「誰も思わなくてもさ、俺は気にする」
蝶子「考え過ぎだ」
頼介「そういう考えしか、俺には…」
蝶子「…」
頼介「だから…帰りたいけど、まだ帰るわけにはいかないんだ」
うなずいた蝶子だけど、納得いってないような表情。
<何ともかたくなな頼介の生き方ではあります>
♬~(オーケストラと合唱)
指揮者が演奏を止める。「もっと小さく、ただし、はっきり発音してください。それから装飾音符を意識して。いいですか? じゃあ、もう一度」
♬~(「乾杯の歌」)
オーケストラの中には要、コーラスガールの中には蝶子がいた。原作読んだわけではないけど、実際の出会いは、ここらしい。
練習を終え、蝶子たちが建物から出てきた。
原田「ねえ、君たちも一緒に銀座、行かないか?」
千代「どうする?」
蝶子「私は帰るから」
原田「え?」
益江「私も」
原田「何だよ、つれないなあ」
男女グループの笑い声に蝶子も視線を送る。
要「どうした?」
原田「いや『帰る』なんて言うんだよ」
要「銀座へ繰り出そうよ」
蝶子「私は失礼します」
益江「私も…北山さん!」
要「じゃあ、君たち行こう」
原田「行こう!」
いとと千代はついていった。
<あれ? どうして気付かないのかな?>
蝶子「あの2人は行ったか…」
益江「うん」
男女グループも歩き始めたが、要が立ち止まる。
原田「どうした?」
要「さっき、北山って呼ばれた子な…」
原田「うん」
要が急に道を引き返した。
原田「おい!」
練習場に戻った要はため息をつく。
益江「ねえ、さっきのあの人だけど」
蝶子「やっぱり、そうだよね?」
益江「うん」
蝶子「岩崎要だ!」
蝶子もまた練習場に戻る。
<チョッちゃんがこの前、要さんに会ったのは何せ、1年半も前のことでした。ま、こういうこともあるんじゃありませんか?>(つづく)
泰輔さんが代わって戸惑いもあるけど、脚本を変えるんじゃなく、役者を替えるというのは「赤い疑惑」でも経験済みだから、そのうち慣れる! 「赤い疑惑」なんて、お母さんのキャラも変わったし。それでも慣れる。それより、降板して話が変わったりするほうが気になるよ。
それにしたって、いつになったら要の印象が好転するんだ!?


