公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
朝、表に若い娘がいるのに宗俊(津川雅彦)が気づく。元子(原日出子)が行くと、なんと千鶴子(石井めぐみ)だった。父親がケガをして長野に避難していたという。家に上げ話を聞くと、正大(福田勝洋)が帰ってくるまで一生懸命待つという。宗俊もトシ江(宮本信子)も涙を流して喜ぶ。機密情報があふれる放送局で働く元子は、しだいに笑わず、しゃべらず、様子が変わっていく。心配した洋三(上條恒彦)は元子をモンパリに呼ぶ。
裏庭の井戸で顔を洗っている宗俊。「はあ」手拭いで顔を拭きながら家に入ると、表に女性の姿が見えた。「おい」
トシ江「はい」
宗俊「表に誰か来てるみてえだぞ」
トシ江「表へ?」
宗俊「ああ」
トシ江「誰かしら?」
宗俊「元子か巳代子の友達みてえな格好だ」
トシ江「あっ、元子、表にどなたか見えてるってよ」
元子「誰かしら、こんな時間に…」
吉宗の扉を開けると、路地を女性が歩いていくのが見えた。
元子「あの…」
振り向いた女性は千鶴子。
元子「千鶴子さん!」
千鶴子「元子さん」
元子「元気だったんですね。やっぱり生きててくだすったんですね!」
千鶴子「あなたもお元気で」
元子「私は元気ですよ。けど、あれっきり何の音沙汰もなしで、どれほど心配したか分からないじゃありませんか」
千鶴子「ごめんなさい」
元子「駄目よ、私、何度も何度もお宅の焼け跡訪ねたんですよ。だけど、どうしても千鶴子さんたちのご無事を知ってる人(しと)には会えなくて、私、もう少しで千鶴子さんはあの晩…」
千鶴子「ごめんなさいね。本当にごめんなさい。父が爆弾の破片で肩をやられてしまって。とにかく病院へ収容されて父のそば離れることできなかったし、そのうち、うまく長野へ行くトラックがあったもんだから母と寝たきりの父を乗せてそれこそ命からがら逃げ出したの」
元子「それでお父様は?」
千鶴子「ええ、おかげさまでだいぶよくなって、ようやく切符が買えたからゆうべの夜行で出てきたところ」
元子「それにしたって」
千鶴子「ええ、人形町は大丈夫だって聞いたし、きっとあなたが訪ねてきてくれると思ったから焼け跡には行く先を書いた札を立てておいたんだけど」
元子「そんなものなかったわ」
千鶴子「そう。あの辺りでもだいぶ亡くなった方を焼いていたっていう話だし、もしかしたら、そんな札だってお入り用だったのかもしれないわね」
元子「そんな…おかげで私は夜も眠れなかったっていうのに」
千鶴子「元子さん…」
茶の間
宗俊「正大のだと?」
千鶴子「池内千鶴子と申します」
トシ江「けど、どうして…」
元子「ごめんなさい。でも悪いのは、あんちゃんなのよ。私だって入営のその前に知ったぐらいなんだから」
宗俊「あぁあぁ、悪いのは、あいつですとも。けどね、お嬢さん、あんたもあんただ。やつが引き合わせなかったにしてもですよ、約束した仲なら、どうして、あっしたちを頼ってくださらなかったんですか」
千鶴子「申し訳ありません。あんなふうに混乱している時でしたし、長野は母の実家なものですから」
トシ江「そうだったんですか…。正大にあなたみたいなお嬢さんがねえ…」
宗俊「しかし、これほど大事なことを親にないしょで今までどういう魂胆なんだ、てめえは」
千鶴子「すいません。私がお願いしたものですから」
宗俊「いや、それにしてもですよ」
千鶴子「いいえ。正大さんが無事にお帰りになった時に…そう、私が心に決めたんです」
トシ江「お嬢さん…」
千鶴子「私、一生懸命お待ちしてるんです。戦争が終わって、あの方がお帰りになる日を私も一生懸命待たせていただこうと…」
宗俊「そうですかい」
元子「お父さん…」
宗俊「このとおりだ(頭を下げる)。あいつを待っていてやってください。な~に、やつはきっと帰(けえ)ってきます。なあ、こんないいお嬢さんが待っていてくださるんだ。野郎は必ず…」
トシ江は涙を拭き、宗俊もグッときている。正大の写真が映し出される。
ラジオはこの4月から番組が改正され、昼間の放送はニュースだけになりましたが、元子たちの雑用は増えこそすれ少しも少なくはなりません。
放送員室
ジャガイモを煮ているガラ。
元子、のぼる、恭子はハガキを読んでいる。
本多「どうかね、君たちの方は」
元子「はい。これはラジオに関する苦情なんですけれど『もっとどこどこが空襲を受けていると地名をはっきり言え。あるいはどこへ向かっているということも。ただ東西南北の方向だけじゃなく地名をはっきりさせてくれなければ命の守りようもないじゃないか』。以上なんですけれど、私も同感です」
恭子「ガンコ」
元子「地名をはっきりさせるということが軍の機密に触れるということも利敵行為であることも分かっています。でも…」
本多「うん、こんなことばかりじゃラジオまで信用をなくしてしまうから改善方法を軍司令部に申し入れてある」
のぼる「本当ですか」
本多「ああ。今や掛値なしに正直なニュースは警報ぐらいなもんだからな」
恭子「本多先生」
本多「大丈夫だよ。それでこそ放送員が一般国民と軍との懸け橋になれるんだし、あっ、現にだね、おとついの警報、笠井中尉が独断で参謀を通さずに放送員に原稿を渡したから、いきなりのボカボカを免れたんだよ」
元子「大丈夫なんですか? そんなことをして」
本多「いや、それは分からんけれども何人かの命が助かったんだし、別に悪いことをしたわけじゃなし。あっ、ただしだね、このことは…」
元子「分かっています。それこそ放送局の機密ですから」
本多「そうなんだよな。今や放送局にはゴロゴロと機密事項があふれているんだから」
のぼる「でも一体、どういう神経っていうか構造なんでしょうか。それは機密だから放送してはいけないって、ボロボロ機密を教えてくれてるような気がするんですけど」
本多「うん…そういえば、今日もそんなのがあったね」
元子「はい、最近、大幅なる内閣の移動があるやに関しては、その推測さえ一切放送禁止。本当にあるんでしょうか」
本多「あるね。何しろ機密事項なんだから。1週間以内に絶対ある」
まさに機密でした。4月7日、鈴木貫太郎内閣成立。代わりに予測もしなかったニュースが海の向こうから飛び込んできました。
新聞記事
ルーズヴェルト急死
新大統領にトルーマン
亡くなったのは4月12日。
夜、吉宗の扉がノックされる。
トシ江「はい…はい」
東島「準備は、よかか? 準備は」
トシ江「準備って一体…?」
東島「弔い合戦のだよ」
トシ江「は?」
幸之助「ルーズベルトの弔い合戦だよ。今夜はB29が必ず来ると思って間違いねえんだ。だから覚悟して、やつを迎え撃てとさ」
トシ江「撃つったって私らじゃあ…」
宗俊「ああ、分かったよ。だから心構えのことだろ? 大(でえ)丈夫だよ。来たら、すたこら尻に帆をかけ、けがだけしねえようにするから。な」
幸之助「で、ところでもっちゃんは?」
宗俊「今、それがあのバカ、お前、運の悪いことに宿直だ」
幸之助「そらぁ心配(しんぺえ)だな」
トシ江「でもね、空襲も放送局は避けて通るそうだから」
幸之助「どうして?」
トシ江「アメリカが占領したら、まず、放送局を宣伝工作に使う気だろうって局の人たちが、そう言ってるらしいのよ」
東島「おかみさん」
トシ江「はい」
東島「めったなことば言うと本官としてもデマで引っ張っていかねばならんからね」
トシ江「あっ、はい」
警戒警報
幸之助「ほれ、おいでなすった」
トシ江「ちょっと…」
幸之助・東島「警戒警報発令!」
3月の大空襲以来、主に狙われたのは中部日本でしたが、この夜は東京もB29、300機から成る久々の夜間大空襲に襲われ、以後、山の手地区の戦災が本格化していきます。ja.wikipedia.org
こちらによれば、”東京都は、1944年(昭和19年)11月24日から1945年(昭和20年)8月15日まで、106回の空襲を受けたが、特に1945年(昭和20年)3月10日、4月13日、4月15日、5月24日未明、5月25日-26日の5回は大規模だった。”
町子が被害に遭った大阪の大空襲は昭和20年3月13日
あぐりは昭和20年5月25日
警報が鳴り
放送会館を鉄兜をかぶった沢野が女子放送員がいる部屋に走る。「みんな、大丈夫だな!」
のぼる「はい!」
沢野「とうとう宮城(きゅうじょう)へも火が入ったらしい」
元子「えっ」
沢野「ここもどうなるか分からんが退去の命令があるまでは絶対に動かないように。いざという時には必ず知らせるから。いいね」
のぼる「はい」
元子「あの人って、あんな親切だったかしら」
のぼる「バカね、おんなじ放送員ですもの」
地響きが鳴り、小さなテーブルに元子、のぼる、悦子、恭子が隠れる。元子とのぼるしかセリフはないし、防空頭巾もかぶってるので、後ろ姿しか映らないあとの女性2人が悦子と恭子か確証なし。沢野さんの扱い。フフ。
この夜、宮城、大宮御所、赤坂離宮なども火災発生。明治神宮ごときは本殿烏有(うゆう)に帰せり。ルーズベルトに死に、その弔い合戦としてB29大挙来襲せるなるべし。ただし、ルーズベルトの死に対する各新聞の論調は、おおむね彼の偉大なりしをしのび、死者にむち打つがごとき言を自ら抑(おさ)う。この日本の態度、および猛然来襲せるB29の態度、いずれも雄々しく男らし。 山田風太郎「戦中派不戦日記」より。
面白そうな本だな。爆撃音が流れるが、映像は恐らく1981年の夜の東京の街並み。こういう現代の映像も挟み込む演出、私は嫌いじゃない。
放送員室では沢野や本多が雑魚寝。別のテーブルには、のぼるたちが突っ伏して寝ている。元子は一人起きて手紙を書いている。
元子の手紙「教えてください、大原さん。今日もたくさんの人が死にました。そのせいでしょうか。私は今、この戦争は何のための戦争なのかと考えています。大東亜共栄圏は黒川先輩や金太郎さんを必要としなかったのでしょうか。いえ、それをつくるためには、その人たちの死が必要だったんでしょうか。そして、この私の命も…」
手紙を読んでいる大原。
元子の手紙「大原さん、本土決戦になった時は、どうか私を大原さんの戦車に乗せてください。その時は男も女も年寄りも子供も皆、戦士です。女だからと言われることはないでしょう? だから、私に命令してください。私に鉄砲の撃ち方を教えてください。大原さんの命令ならば、私はきっと何も怖がらずに敵と戦うことができるでしょう」
手紙の内容にショックを受けてる!?大原。
モンパリ
のぼる「ただいま」
絹子「あっ、お帰りなさい」
元子「こんばんは」
洋三「はい」
元子「何か用なんですか?」
洋三「うん…まあ、お掛けよ」
元子「でも」
絹子「叔父さんがね、久しぶりにコーヒーをいれるから4人で一緒に飲まないかって」
元子「はい」
のぼるをチラ見する洋三。
洋三「はい」
元子「何なんですか?」
洋三「うん、まあガンコのことだから余計な前置きいらないよな」
元子「はい」
洋三「君んとこのおっ母さんもさ、それから、この六根さんも、このところ君の様子がちょっと変だって心配してるんだよ」
元子「私の様子が?」
洋三「うん」
元子「私、別に何も変わっていませんけど」
のぼる「それよ、それ」
元子「それって?」
のぼる「このごろ、ガンコってしゃべらなくなったし、第一笑わなくなったじゃないの」
洋三「何かあったのか? あったんなら相談乗るぞ」
元子「叔父さん」
洋三「いや、こんな世の中だもの、みんなで力を合わせなきゃ解決できないことだってあるさ」
元子「こんな世の中だもの、どうしていつもニコニコ笑っていられるんですか」
絹子「もっちゃん」
元子「あっ…私、つらいんです」
のぼる「ガンコ」
元子「あまりに自分が小さすぎて、あまりに力がなさすぎて…。なまじ放送局なんかにいるから普通の人よりもいくらか物も知ってしまうし…。叔父さんはヨーロッパの人にも知り合いが多いから分かるでしょう。ドイツはもうおしまいよね」
洋三「うん、ロシアが雪崩を打ってベルリンに入ったらしいね」
元子「それで、やっぱりドイツ人は戦うんですか? 最後の一人(しとり)まで」
洋三「ガンコちゃん、叔父さんだって日本人だよ。何も言えないな」
元子「でも日本人は、みんな死ぬんでしょ? いえ…怖くて言ってるんじゃないの。ただ、死ぬまでに確かに生きた人間として何かしたいのよ。だけど…だけど、現実には何もできないし」
のぼる「それで毎日あんなに厳しい顔してたの?」
元子「別にそういうつもりじゃないわ」
洋三「恋をしたらいいさ」
元子「恋ですって? そんな…相手がいません」
洋三「だったら、恋に恋をしたらいい」
絹子「あなた」
洋三「全てを愛したらいいんだよ。今、叔父さんにもガンコちゃんにもできるのはそれだけだ。家族を友達を、そして焼け跡も、それから、そこに芽を出した青い草も、みんな精いっぱい悔いなく愛していくことだよ。な」
つづく
どんどん精神的に追い詰められた元子。叔父さんの言葉で少し楽になったらいいな。