NHK 1987年7月9日(木)
あらすじ
蝶子(古村比呂)の家に叔父・野々村泰輔(前田吟)が、なにやら訳ありの様子で訪ねてくる。泰輔は要(世良公則)に、夫婦喧嘩して家出してきたから家に泊めてほしいと頼み込む。原因は、泰輔が新しい投資に蓄えを注ぎ込もうとしていることに、富子(佐藤オリエ)が猛反対していることだった。一方、蝶子と要にも一触即発の危機が訪れる。原因は、要が蝶子に結婚を迫ったときについた、ひとつのうそだった。
2025.6.26 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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野々村富子:佐藤オリエ
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中山音吉:片岡鶴太郎
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中山はる:曽川留三子
梅花亭夢助:金原亭小駒
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小田:森田浩平
鳳プロ
劇団いろは
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神谷容(いるる):役所広司
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野々村泰輔:前田吟
⚟♬~(バイオリン)
夕方、岩崎家の玄関をノックする人影。
蝶子「はい!」
⚟泰輔「チョッちゃん、私」
蝶子「開いてる」
白スーツにカンカン帽の泰輔が立っていた。
蝶子「どうしたの?」
泰輔「う…うん」
⚟♬~(バイオリン)
茶の間
蝶子「ごはんは?」
泰輔「ああ、済ませてきた」
蝶子「片づけていい?」
泰輔「私のことは心配いらないからね」ベビーベッドを覗く。「おっ、へへへへ…!」
⚟♬~(バイオリン)
泰輔「ああ、要さん、いるんだ」
蝶子「呼ぼうか?」
泰輔「あ、うん、いい、いい!…やっぱり呼んで。頼まなきゃならんし」
蝶子「うん」
⚟♬~(バイオリン)
要「やあ、いらっしゃい!」
泰輔「よう!」
要「あ、何か?」
泰輔「う~ん…」座り直す。「今晩、ここに泊めてもらえないかな?」
要「ああ、いや、いいですよ」
泰輔「悪いね」
要「ああ、いえいえ」
蝶子「どうしたの?」
泰輔「ん? うん、富子のやつとね、やり合っちゃってさ」
蝶子「じゃあ、家出?」
泰輔「う…うん、まあ、そうだな」
要「あらららら…」
蝶子「叔母さんに行き先、言ったの?」
泰輔「チョッちゃん、私、家出してきたんだぞ」
蝶子「うん」
泰輔「普通、行き先、言わないんじゃないか?」
要「君、いつもそうだろ?」
蝶子「叔母さん、心配してるんじゃない?」
泰輔「だって、それがねらいだもん。心配させ、反省を促す。そのための家出だからね! ハハハハハハ!」
要「まあ…」
蝶子「だけど、全然心配してなかったら?」
泰輔「え?」
蝶子「かえって清々してたりしたら?」
せきばらいして下を向いてしまう泰輔。
要「ケンカの原因っていうのは何ですか?」
泰輔「え? うん…まあ、何て言うか、お互いの考え方のずれといいますかね」
蝶子「普通そうだよね」
要「おい」
泰輔「まあまあ、いいじゃない、いいじゃない。忘れよう、忘れよう。ね! ハハハハッ、忘れよう! ハハハハッ」カラ元気なのか、またしてもせきばらいして下を向く。
⚟鐘の音
泰輔「忘れるためにこの辺で一杯いきたいとこだけどね!」
要「ああ…いや、僕は酒飲まないですからね」
泰輔「ああ、そうでしたね」
要「すいません」
蝶子「私、買ってこようか?」立ち上がりかける。
泰輔「いや、いい! 俺が買ってくるよ」
蝶子「あ、分かる?」
泰輔「うん。来る時、酒屋があったから」帽子を持って立ち上がる。「行ってきます」
蝶子「どうしたんだろうね?」
要「…さあね」
すっかり暗くなった路地を夢助と富子が歩いている。
夢助「え~…え~…あ、ここだ、ここだ! ありました、おかみさん。岩崎! 岩崎…」表札を指さす。
岩崎家
要と蝶子が並んで座っている。
夢助「アバババァ、加津(かっ)ちゃん!」
要と蝶子と向き合って座っている富子は自身をうちわであおいでいる。「あの人、来なかった?」
蝶子「来たけど、お酒、買いに出たまま」
要「ええ。もう30分くらいたつな」
蝶子「うん。道、迷ったかな?」
要「そうだな」
蝶子「うん」
富子「あの人、いっつも迷うんだ」
蝶子「あ、道?」
富子「生きる道」
蝶子「どうしたのよ?」
富子「…ケンカさ」
蝶子「それは聞いた」
要「原因は何です?」
ためいきをつき、うちわであおぎ続ける富子。ベビーベッド前にいる夢助が首をかしげる。
⚟はる「こんばんは! あっ」
要「ああ、こりゃあ、どうも」
はる「奥さん。野々村さん、うちにいらしてるから」
蝶子「えっ!?」
はる「うちのが表で見かけて声かけたのよ。ほら、引っ越しの時、会ってるから。わざわざ『お酒買いに行く』って言うから、『そしたら、うちで』ってことになってね」
ムッとする富子。
そうそう、この引っ越しの日に夢助、富子はいなかった。
中山家
泰輔「あぁ!」
音吉「おっとっと」一升瓶から湯飲みにお酒を注ぐ。
泰輔「あ~、しかし、男の気持ちなんてものは女房には分かんねえみたいだね」
音吉「そう、そのとおり!」
泰輔「ガタガタぬかしやがるからね、ケツまくって出てきてやったよ!」
音吉「う~ん、アハハハ! そうこなくちゃ、それじゃなきゃ男じゃありませんよ。ね! あれ?」
泰輔「ん?」
音吉「…だけど」
泰輔「何?」
音吉「普通は女房に『出ていけ』って言いません?」
泰輔「う、うん…」
音吉「え?」
泰輔「うん、実はね…あの、我が家は代々、うちが女房のものだから」
音吉「ああ…」
泰輔「へへへ…」
音吉「それじゃね、それじゃ、しょうがないね!」笑い出す。
戸が開く音がし、はる、蝶子が家に入って来た。
蝶子「叔父さん!」
泰輔「ああ! 中山さんにさ、誘われちゃってさ」
蝶子「すいません」
音吉「いやあ、こっちもこいつの面、見飽きて退屈してたとこだから、ヘヘッ」
はる「悪かったね!」
蝶子「叔父さん、今、叔母さん来てる」
泰輔「えっ!?」
蝶子「うん。帰ってきて」
音吉「連れ戻しに来たんだ」
泰輔「そうか?」
蝶子「いや、知らないけど、まあ、早く」
泰輔「ああ、じゃあ」立ち上がる。
音吉「あれですよ、あの『帰ってきて』って泣かれてもデレッとすんじゃないですよ!」
はる「余計なこと、言うんじゃないの!」
泰輔「私もそのつもりです。どうも」
岩崎家
泰輔「何だよ! 俺に『帰ってきてくれ』って言いに来たのか?」
富子「違いますよ」
泰輔「ああ、そうか」
富子「要さんとチョッちゃんに話聞いてもらって、どっちが正しいか白黒つけてもらおうかと思ったんだよ」
泰輔「ハハッ、望むところだ! いいだろう」
富子「この人の病気がまた始まったのさ」
夢助「よっ、コレ?」小指を立てる。
泰輔「バカ」
富子「女ならいいよ。いいってことはないけど、大したこっちゃないね」
蝶子「何なの?」
富子「性懲りもなく大風呂敷広げ始めたんだよ!」
泰輔「大風呂敷って?」
富子「そうじゃないか! トーキーにしたらもうけ、ヨーヨーでももうけた途端に事業始めたいなんて言いだしてさ!」
蝶子「どんな?」
泰輔「いやいや、まだ具体的にはね」
富子「株や相場だろ?」
泰輔「違うよ!」
富子「金鉱探しかい!」
泰輔「俺はね、これからの事業ってのは海外に目を向けた方がいいって言っただけだよ!」
富子「また、そうやって突拍子もないこと言いだす!」
泰輔「例え話だよ! 俺は、もっとこの、でっかいことやりたいんだよ」
富子「それをやめとくれて言ってんだよ!」
泰輔「そりゃあ、あれだぞ、お前。俺に『夢を捨てろ』と言ってんのと同じだぞ! 男ってものはな、え! 守りに入っちゃダメなんだよ! ね、要さん、そうだよね?」
要「え? は…」
泰輔「攻めてなきゃ。納まっちゃおしまいなんだよ。ね! そうだよね?」
富子「あんた、夢を追っかけて、私は、それじゃどうすりゃいいの? ハラハラドキドキ気ぃもむしかないのかい? それで今まで何度しくじったと思うのさ! もうけたと思ったら、事業に手ぇ出して、それで何度、浮き沈みしたと思うの!」
ちょっと体を斜めに向ける泰輔。
富子「私はね、貧乏なら貧乏でいいんだよ。落ち着けりゃいいの! 上がったり、下がったり、そんなの嫌なの! 失敗して沈んでる時のお前さんなんて、もう、ふぬけなんだから、そんなもの私は見たくないね! あんた、この前、連平やチョッちゃんに立派なこと言ったよね。『自分には身内がある。その身内の支えになる役目がある』。そう言ったんじゃないのかい! 『身内だけじゃない。例えば、連平や夢ちゃん、邦子ちゃんや神谷先生、そんな周りの人たちがいざって時に手助けできるような経済力を持つ』そう言ったよね?」
下を向く泰輔。
富子「それ聞いて…うれしかったよ。ホッとしたよ。やっと地道な考えしてくれるようになったって。そしたら、また! ちょっともうかったら調子に乗って! あんたがコケたら支えになんかなれないじゃないか!」
いたたまれない泰輔。
富子「夢みるなら一人でおみよ! 私は真っ平だね! そいじゃ!」立ち上がる。
蝶子「叔母さん!」立ち上がって止める。
富子「チョッちゃん、後、よろしくね。夢ちゃん、帰ろう!」部屋を出ていく。
要「あ、あの、叔母さん!」
夢助「それじゃ」立ち上がる。
要「あ、夢ちゃん! ねえ!」
蝶子「叔父さん!」
座ったままの泰輔。
岩崎家の玄関を出た富子。
夢助「おかみさん!」
要「夢ちゃん!」玄関を出てくる。
泰輔「おい、ちょっと待ってくれ! 富子!」玄関を飛び出す。
富子「何だい?」
泰輔「う…うん。フフ、フフフフッ。冗談、冗談だよ! 帰ります」
富子「…なら、いいんだよ!」路地を歩きだす。
泰輔「どうもいろいろとお邪魔さま」
要「あ、いえいえ」
蝶子「人騒がせなんだから、もう!」
要「こら!」蝶子の頭をポン!
音吉「帰んの?」
泰輔「ああ、ごちそうさまでした」
はる「いいえ」
音吉「帰っちゃうの?」
泰輔「うん…」
音吉「どうして?」
泰輔「いろいろとね…(音吉に)また…(要に)また。待って~! おい!」
要「ハハッ」
蝶子「あ~あ。ウフフ…」
♬~(バイオリン)
岩崎家を神谷と編集者が訪れた。
要が本を見ていて、蝶子がお茶を出す。「どうぞ。(要に)何?」
要「ん?」
神谷「いや、ほれ、随分前、私が作った歌詞に岩崎さん、曲つけてくださったべ?」
蝶子「ああ、あれ? 『三太の冒険』」
右ページが文章、左ページが挿絵、「泳ぎの下手な蛙の子」の楽譜が載っている。
神谷「ほれ、この子蛙の名前だ」
蝶子「ハハハッ、楽しそう!」
小田「岩崎さん、これ、僅かですけれども、お礼を」封筒をテーブルの上に置く。
要「いや、お金をもらおうと思って作曲したわけじゃありませんから」
小田「あ、しかし…」
要「楽しみで作ったんですよ」
小田「ですけど、出版したからには仕事ですから」
神谷「そうしないと、これから頼みづらくなるもね」
小田「いや、実は、このあとにも岩崎さんと神谷さんに組んでいただいて童話を作っていただけたらなというのがうちの希望でして」
神谷「いや、私は『岩崎さんには失礼だから』っては言ったんですよ」
小田「童謡のための童謡ではなくて、あくまで神谷さんの童話の中の挿入歌としてですね」
要「私はいいですよ」
神谷「私の歌詞でいいんでしょうか?」
要「童謡っていうのは、いいもんです」
小田「ああ! ありがとうございます」
神谷「ありがとうございます」
小田だけが先に帰った。「それでは失礼いたします」
蝶子「ご苦労さまでした」ていねいにお辞儀する。
茶の間
神谷は加津子をあやし、要は本を読んでいる。
神谷「あ、そうだ」
蝶子「はい?」
神谷「なあ、連平さん、田所君に思いば寄せてるんでないかい?」
蝶子「あ…はい」
要「え、連平が?」
うなずく蝶子。
神谷「いやあ、この前、連平さんに呼び出されて『田所君とは何でもないんかい』って聞かれたんだ」
蝶子「先生は何て?」
神谷「いやあ、正直にしゃべるしかないもね。したから『何ともない』と」
要「まあ、しかし、今は女のことより連平は仕事探ししなきゃならんだろうが」
蝶子「そうねえ」
神谷「それより、蝶子君。この曲、歌ってみんかい?」
蝶子「え!?」
神谷「岩崎さん作曲の曲ば、加津子ちゃんに聴かしてやったらいい」
要「どうだ、歌うか?」
蝶子「いやいやいや、私、要さんの前だと委縮するから」
要「おっ、どうしてだ?」
神谷「夫婦の間でカタくなることないべや」
蝶子「だって、私、要さんに『声楽の才能ない』って言われたし、『声楽家になる見込みもない』って言われたし」
神谷「ああ、岩崎さんに結婚申し込まれた時のことかい?」
蝶子「うん。私には音楽、声楽家になる目標があるって断った時…」
要「ん? うん」
蝶子「そしたら、その場で歌わされて『見込みない』って言われたんだもの。それ以来、要さんの前で歌うのは私は嫌なの」
要「ヘヘヘッ。いや、あれはウソだよ」
ショックを受ける蝶子。
要「うん、だって、ああでも言わなきゃ結婚承知すると思わなかったからな」
神谷「やっぱり!」
要「いや、あの時はね、私も、こう必死でしたからな、あの手この手で攻めました」
2人で馬鹿笑い。
蝶子「だましたの?」
要「いや、だましたと…」
蝶子「ウソついてた!?」
神谷「それは一種のウソも方便だべ」
蝶子「私は! 私は要さんのあの言葉で声楽を諦めたんだよ! 断念したんだよ!」
要「何だ、後悔してるのか?」
蝶子「したって! あのまま続けてたら声楽家になったかもしれないっしょ!? 歌劇の舞台にも立ち、レコードにも吹き込み、ラジオにも出演し、父さんや母さんや、それに友達にも聴いてもらえ、世の中に出て、私はもっと輝いていたかもしれないんだよ! 結婚詐欺だわ!」
要「おい」
神谷「蝶子君」
蝶子「許せるもんでない!」
<その気持ち、分かるよ、チョッちゃん>(つづく)
こういう場面を見て、でも、その要のひと言で辞めたのはチョッちゃんだよね!?みたいな意見、嫌いだわ~~! はたで見ていただけの人間がよっ!! だって、蝶子は音楽家としての要を尊敬してたわけだしさあ。

