NHK 1987年7月3日(金)
あらすじ
邦子(宮崎萬純)が映画女優にならないかと誘われた。蝶子(古村比呂)は、学生の頃、いつも自分が学芸会で主役を演じていたことを思い出し、結婚していなければ自分だって女優になっていたかもしれないと、すこし悔しくなる。そこへかつての恩師・神谷容(役所広司)が、童話に載せる詩に曲をつけてほしいと頼みにくる。結婚していても仕事ができることが嬉しい蝶子は、はじめての作曲を引き受けることにするのだが…
2025.6.20 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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野々村富子:佐藤オリエ
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田所邦子:宮崎萬純
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北山道郎:石田登星
看護婦:井上裕季子
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早川プロ
劇団いろは
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神谷容(いるる):役所広司
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野々村泰輔:前田吟
岩崎家
蝶子「どうしたの? 2人でなんて珍しい」
泰輔「あ~、うちん中、くすぶっててもしかたがないってんでね、夢助君が出てる麻布十番の寄席の帰りだ」
蝶子「夢助さんは?」
泰輔「築地の料亭でお呼ばれだってさ」
富子「どうせタイコだろうけどね。しかしさ、あいつ、ここんとこ仕事増えたんだってね」
富子「うん、そうなんだよ」
蝶子「あ、お茶にするね」
富子「あ、いいから、いいから」立ち上がる。
連平さんも今からでも落語家になったらいいよ、なんてね。
蝶子「すいません。あ、そうだ。私、叔父さんに話あったんだ」
泰輔「ん? 話って何?」
蝶子「邦ちゃんに『映画女優にならないか』って話あるってホント?」
泰輔「そう、そう、そう! それなんだよ。この前さ、邦ちゃんと2人で泰明座へ来たでしょ? あの時、映画会社の人が邦子ちゃん見初めたらしいんだよ」
富子「見初めたっていうのかね?」
泰輔「とにかくさ、映画会社の人が邦子ちゃん気に入っちゃったらしいんだよ」
蝶子「ふ~ん」
つまらなそうな蝶子の表情に気付く富子。
泰輔「それにさ、この叔父さんもだ、映画会社の人に気に入られちゃってさ、こういう筋立てをやってほしいとか、ああいうの、企画っていうの? そういうの、どんどんね、ぶつけてほしいって言われてんの」笑う。
蝶子の表情をチラチラ気にする富子。
泰輔「あ、ところで邦子ちゃん、何だって?」
蝶子「迷ってるみたい」
泰輔「迷う? どうして?」
蝶子「知らない」
ここで邦子が芝居に対して苦手意識を持ってると話さないのが蝶子だね。
泰輔「『女優に』って声がかかって迷うかね?」
蝶子「いろんな仕事ができて幸せだ、邦ちゃん」
泰輔「へへ、まあ、そうだよな。フフフフフ」
富子「映画会社の人、どうして邦子ちゃんを?」
泰輔「だって、そりゃ若いもの!」
富子「うん…」
蝶子「私と同い年」
泰輔「それにほら、これからのトーキー女優さんは声もよくなくちゃいけねえんだってさ」
蝶子「声なら私だって…」
蝶子「うん!」
泰輔「ハハハハ、そうか、チョッちゃんも声はよかったんだ」
蝶子をじっと見ている富子。
蝶子「ん?」
富子「ううん」台所へ。
泰輔「しかしさあ、邦子ちゃん、どうして迷うかな?」
蝶子「さあ…」
泰輔「チョッちゃんからもさ、勧めてくれないかなあ」
富子「やっ!」台所から大きく手を振る。
泰輔「何だよ?」
富子「別に」
泰輔「だけどさ、女優なんて誰が誰でもなれるって商売じゃないんだからさ。会社の人もね、邦子ちゃんの返事、待ってるし、早くしてほしいって。邦子ちゃんだったら、いい女優になれると思うんだけどな」
お茶を運んできた富子がそっと泰輔をつねる。
泰輔「あいたた…何だよ?」
富子「お茶」
泰輔「熱いなあ!」
夜、洗い物をしている蝶子。
要「何だ、お前、女優になりたかったのか?」
蝶子「なりたいとは言ってないでしょ?」
要「けど、叔父さんに推薦してほしかったんでしょ?」
蝶子「女優になるか、ならないかは別にして、叔父さんとしては私を推薦ぐらいしてもよかったんじゃないかと言いたいの」
要「まあ、どうせダメだね」
蝶子「私、邦ちゃんと同い年よ」
要「けどね」
蝶子「声出すのも私の方がうまい!」
要「いやね」
蝶子「高女の頃は、いつも私が主役だったのよ! このおなかだって産んでしまえば、へっこむ」
要「でも、結婚してるでしょ。結婚してる女優を見て、お客が喜ぶと思うかね? ま、そういうことだ」
蝶子「結婚してたら女は何にもできないのかな?」
要「何だって?」
蝶子「いいの!」
いつも主役だからこそ、目立つし、早く見初められて結婚したとも言えるからな~。
ノック
蝶子「はい!」
⚟道郎「道郎だけど」
要「いや、俺が出るよ」
道郎「夜分、すいません」
要「あ、これはどうも」
神谷「すみません」
要「あ、どうもどうも。どうぞ、上がってください」
タスキを外す蝶子。
⚟神谷「失礼します」
蝶子「あ、先生も!」
神谷「やあ!」
蝶子「どうぞ」
要「まあ、どうぞどうぞ」
神谷先生はノーネクタイにジャケット、道郎はきちんとネクタイを締めている。小説家志望というより編集さんっぽい。
道郎「いや、実は神谷先生が蝶子に頼みがあるとおっしゃるもんだから…」
要「はあ」
蝶子「私に?」
神谷「岩崎さん」
要「はい」
神谷「蝶子君に頼み事をしていいですか?」
要「ああ、どうぞどうぞご遠慮なく」
蝶子「何か?」
神谷「うん。実は童話の中に歌詞らしきもんば書いたんだわ」
蝶子「歌の詞?」
神谷「いやあ、ハハハ! 詞って言われると恥ずかしいもね」
蝶子「で?」
神谷「うん、いや、その歌詞に曲ばつけてほしいんだわ」
蝶子「は?」
神谷「うん、出版社の人が童話の中にできれば楽譜も一緒に載せたいって言うもんだから」
蝶子「いやいやいや…」
神谷「したっけ、私は作曲なんかできるわけないもね」
蝶子「いや、したけど、作曲なら私でなく要さんでしょ?」
神谷「いやいやいや、岩崎さんには恥ずかしくて頼めるもんでない」
道郎「うん」
蝶子「いや、したけど…」
神谷「岩崎さん、どうでしょう?」
要「はあ。いや~、しかし、蝶子に作曲なんてできますかね?」
首をかしげる蝶子。
道郎「お前、曲作ったことあるっていうでないか?」
蝶子「え?」
神谷「高女の4年の時。ほれ! 結核になった飯島加代が寄宿舎ば去る日、蕗谷虹児の『泣きぼくろ』の詩に曲つけて歌ったべさ!」
蝶子「ああ!」
神谷「な!」
蝶子「いや、でも、したけどあれは作曲じゃなく、つまり、その場で即興でしたから」
神谷「即興だって、作曲は作曲だ」
蝶子「したけど…」
神谷「そのあと、君は音楽学校に入った。したら、楽譜ぐらい書けるんでないかい?」
蝶子「う~ん。私でいいんですか?」
神谷「いいさ! あと頼める人いないんだから」
蝶子「はい、やります!」
何年前のことも覚えていて、いい先生だな。
神谷「(要に)いいですか?」
要「ええ…」
神谷「したら。これが、ま、拙い歌詞だ」メモを渡す。
蝶子「はい。『蛙が一匹おったとさ 泳ぎの下手な蛙の子 小川の岸辺におったとさ』」
神谷「いやいやいや、読むんでない。恥ずかしい」照れてる~。
蝶子「先生、私、頑張ります!」
神谷「よろしくな」
蝶子「はい!」
要が蝶子の持っていたメモを見る。
蝶子「作曲していいかい?」
要「ん? うん…あの…これ、私が曲をつけちゃいけませんかね?」
神谷「いや、したっけ…」
要「いや、やらせてみてください」
蝶子「そんな!」
道郎「要さんが作曲してくれるなら言うことありませんよね?」
蝶子「そういう…」
神谷「したけど、お金ないですよ」
要「童謡でお金をもらおうとは思いません」
神谷「いやいや、いや…岩崎さんに作曲してもらったら、出版社に威張れる!」
道郎「そりゃそうですよ」
蝶子「私が頼まれたのに」
要「お前はね、立派な子供を産むことだけ考えてればいいの」
道郎「うん、そうだ!」
ムッとする蝶子。
要「じゃ、これ、お預かりします」
神谷「ひとつよろしくお願いします」
要「蝶子、お二人にお茶でもね」
蝶子「はい」
要はメモを持って奥の部屋へ、蝶子は台所へ。
要は妻の負担を少なくしようという優しさだったのか、でも神谷先生も道郎も蝶子なら素人だし、タダでって思ってたんだな~。お金の問題じゃないけど、それも、ちょっとガッカリね。
神谷「あ、蝶子君」
蝶子「はい」
神谷「田所君が映画女優にならないかって誘いがあったこと知ってたかい?」
蝶子「はい」
道郎「え、邦子ちゃんが?」
神谷「うん、こないだ相談受けたんだわ」
蝶子「先生は何て?」
神谷「うん。独身なんだから今のうちに何にでも挑戦したらいいとしゃべっといた」
台所から戻ってきて話を聞いていたが、ふ~んとまた台所へ。おなかをさする蝶子。
昼、掃除をしていた蝶子は楽譜が目に入る。
<チョッちゃん、歌ってごらんよ。さあ!>
♬蛙が一匹おったとさ
泳ぎの下手な蛙の子
ノック
蝶子「はい!」
⚟邦子「私!」
蝶子「開いてるわよ!」
玄関に入ってきた邦子。
蝶子「いらっしゃい」
邦子「歌ってたの?」
蝶子「聞こえた?」
邦子「うん。聴かない童謡ね」
蝶子「神谷先生が作った歌詞に要さんが曲をつけたのよ」
邦子「ふ~ん」家の中へ入っていき、窓辺に立つ。「チョッちゃん、私、決めた。女優の話、受けることにした!」
蝶子「そう!」
邦子「うん! 高女の時の失敗恐れてたらダメなのよ」
うなずく蝶子。
邦子「やってみることにした」
蝶子「そう」
邦子「どうしたのよ。浮かない顔して」
蝶子「邦ちゃんはいいわね」
邦子「何が?」
蝶子「何でもできて。やりたいこと、何でもできる。夢を抱ける」
邦子「チョッちゃん?」
蝶子「なにも結婚がどうのこうのっていうんじゃないのよ。後悔してるっていうわけでもなく。だけど、何だか損したみたいな…」
邦子「何よ! 私より先に子供産むくせに。お母さんになるくせに! 歌ってよ、さっきの続き」
蝶子「いいわよ」
邦子「歌いなさいよ」
蝶子「いいわよ」
邦子「歌いなさいよ!」
蝶子「そうかい?」
邦子「おなかの子に聴かせるの」
蝶子「そうだね。じゃあ、歌うね」
邦子「うん」
♬蛙が一匹おったとさ
泳ぎの下手な蛙の子
小川の岸辺におったとさ
父さん蛙がゲーロゲロ
母さん蛙もケーロケロ
泳いでごらんと啼(な)いたとさ
ゲロロケロケロ ゲロロケロケロ
蝶子のおなかのアップ
<そして、時は5月の半ばとなりました>
分娩室の前で落ち着かない要。昭和初期で病院で産むってのは、ハイカラだね~。
要「うん、あ~…」立ち上がったり、座ったり。
泰輔「早くしろ! こっちだ! おお、要さん、どうだ?」
要「いや、まだです」
泰輔「産室は、どこだ?」
要「ここ…」分娩室を指さす。
泰輔「ここ?」
富子「落ち着かないねえ。少しお掛けよ」
3人並んで廊下の椅子に座る。
⚟産声
看護婦が分娩室から出てきた。「岩崎さん、おめでとうございます。女の子でした」
要「あ、はい!」
富子「おめでとう!」
要「はい!」
泰輔「おめでとう!」
要「はい!」 拍手する。
泰輔「ああ~、よかったな!」
赤ちゃんのアップ。
病室で眠っていた蝶子が目を開ける。
要「やあ!」
枕元に置いてるのは犬張子。柄は微妙に違うな。
蝶子「見て」
富子「よかったねえ」
蝶子「うん」
泰輔「おめでとう」
蝶子「ありがとう」
要「体、大丈夫か?」
うなずいた蝶子が要の手を取る。「私…母さんになったんだねえ」
要「うん」
<子供みたいなチョッちゃんが子供を産んで、ご心配の向きもありましょうが何はともあれ、よかったじゃありませんか。ね!>(つづく)
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