NHK 1987年6月26日(金)
あらすじ
満州事変が起こり、時代の流れが大きく変わろうとしていた。映画の世界でもトーキーが優勢になり、無声映画の楽士・連平(春風亭小朝)は失業の危機に瀕していた。蝶子(古村比呂)の夫・要(世良公則)のオーケストラも内部対立が起こり、解散が秒読みとなっていた。そんな折、邦子(宮崎萬純)が男性とつきあっているという話が蝶子の耳に入る。相手にはあまり良い噂がなく、蝶子は邦子が心配になるのだが…
2025.6.13 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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彦坂頼介:杉本哲太
田所邦子:宮崎萬純
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河本:梅津栄
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原田:杉崎昭彦
西:稲葉年治
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鳳プロ
劇団いろは
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:前田吟
<昭和7年の10月です。この年の春、満州国建国宣言があり、日本は大きなうねりの中に足を踏み入れようとしていました>
岩崎家
ラジオから「丘を越えて」が流れている。
昭和6/1931年12月発売。
<そのころ、映画産業も転機を迎えていました>
オールトーキー コケット 帝國キネマ
映画館の前を「トーキー反對」というノボリ旗を掲げた連平が楽士と練り歩いている。
<昨年夏、日本初のトーキー映画、「マダムと女房」が公開され、もはやトーキーの勢いは誰にも止められない状況なのです>
<無声映画の楽士である連平さんは仲間の楽士や弁士らとトーキー反対のデモに加わり、最後の抵抗を試みています>
泰明座
甘く快い対戰餘聞
リラの花咲く頃
泰輔「連平君! 何だ? 連平君」
連平「トーキー反対!」
泰輔「あ?」
連平「反対!」
泰輔「あ…ああ、そうか。ま、頑張れ!」
連平「トーキー反対!」
岩崎家
要「俺は小海清治(こかいせいじ)だな」
坂上「そりゃ、小海は温和で音楽的にもいいもの持ってると思うよ。けど、オーケストラの主宰者としては、いかんせん力不足だ」
要「力というのは何だ?」
坂上「顔と金だよ。交際の広さと経営能力だよ。それを持ってるのは野口喬三(きょうぞう)だ」
要「そんなもの…」
台所でお茶を入れている蝶子。
坂上「小海は野口にいろいろ不満もあるらしいけども、今まで小海清治交響楽団としてやってこれたのは、むしろ野口の力なんだよ」
要「演奏のよさではないのか!」
坂上「そりゃそうさ」
西「けど、いい演奏をするとか何とか言ってるけど、活動できなきゃ演奏もできないからな」
原田「そんなことは分かってるよ!」
坂上「大声出すなよ。蝶子さん、すいませんね、夜分」
蝶子「いえ」お茶を出す。
原田「で、野口は小海さんと別れて新しくオーケストラ作るわけか」
坂上「岩崎。野口の方へ来いよ!」
西「俺は野口の方だ」
要「俺は、どっちでもないんだ」
坂上「だったら…」
要「いや、どっちでもいいということではないんだ。野口は商売のことばかり考えてるのがムカつく」
西「けどさ」
要「いや、小海にだって文句がないわけじゃないんだ。問題はだ。俺にとっていい演奏ができるとこなら、どこでもいいということなんだ」
坂上「じゃあ、野口だ」
原田「そうかね?」
要「もうけるために何でもかんでもやらされるんじゃないのか?」
西「もうけりゃいいじゃないか」
要「そんなのは俺はごめんだ」
坂上「それだけ演奏の場ができるってことだぞ。結構なことじゃないか」
要「多ければいいというもんじゃない」
坂上「だけど、このままじゃ先細りするだけだぜ。音楽に純粋なのも結構だけどよ、それが過ぎると生活ってもんがさ。生活に追われて、いい演奏ができるかよ。干し大根かじりながら、流麗なウィンナ・ワルツが演奏できるかよ!」
要「おう、やってみせるわ!」
坂上「お前一人ならいいよ。けど、所帯持ってんだぞ。生活ってもん考えろよ」
蝶子をチラ見する要。
蝶子「私は別に…」
坂上「ま、近いうちオーケストラは解散だろ。その覚悟だけはしとけ」
野々村家
お土産に大きなおはぎを4つ持ってきた蝶子。
富子「うわ~、おいしそうだ」
蝶子「いただきま~す」
富子「はい。いただきます。あ~、嫌な話だね、解散なんてさ」
蝶子「オーケストラの中で対立が起きたらしいのよ」
富子「はあ、どこもかしこも大変だ」
蝶子「叔父さんも何か?」
富子「うん…仲買の仕事がよくなくてさ」
蝶子「ふ~ん」
富子「頼みの活動写真館もトーキーに押されて閑古鳥」
蝶子「トーキーにしたらいいのよ」
富子「私もそう言ったんだけどね」
蝶子「トーキーはいいわよ、叔母さん。この前、見たんだけど声も出て、音楽も出て、こう、場面の中に引きずり込まれるもの」
富子「うん…連平の手前、やりにくいらしいんだ」
蝶子「ん?」
富子「トーキーにはしないって、ずっと先(せん)に約束したってんだよ」
蝶子「あ、何か私も聞いたような気がする」
富子「トーキーにはしたいけど、連平の恨めしげな目、見んの怖いんだって」
蝶子「叔父さん、優しいもね」
富子「ふん、商売、下手ってことだよ。まあね、いざとなったら下宿屋があるから」
蝶子「私も」
富子「ん?」
蝶子「洋裁でも何でもやって亭主の一人ぐらい面倒見るわよ」
富子「その意気さ」
蝶子「うん、ウフフ」
富子「ねえ、ゆっくりできんの?」
蝶子「横山町で布地買って、ちょっと銀座にも寄るから、そろそろ」
富子「あ、そう」
蝶子「ねえ、今度、乃木坂にも来てよ」
富子「ん?」
蝶子「来てないの、叔母さんだけよ」
富子「銀座のずっと先なんだろ?」
蝶子「市電乗ったら、すぐよ」
富子「うん、ま、そのうちね」
うなずく蝶子。
カフェ泉
蝶子「こんにちは!」
河本「あ、いらっしゃい! 待ち合わせ?」
蝶子「1人」
河本「あのね、ちょっと話があったんですよ。何にしますか?」
蝶子「紅茶を」
河本「紅茶をね。はい」ウエイトレスに指示し、蝶子の隣に座る。
蝶子「何か?」
河本「うん…邦子さんのことですよ」
蝶子「?」
河本「彼女、男とつきあってんの知ってる?」
蝶子「初耳」
河本「いるんですよ」
蝶子「へえ~」
河本「ここにも一度、一緒に来たんだけども心配しとるんだ」
蝶子「どうして?」
河本「私、その男、知ってるんだけども、本人は『絵描きだ』なんて触れ回っとるけども絵なんか描いてないやつなのさ」
蝶子「?」
河本「私はね、これでも、昔、若い頃、絵をかじってたんだ。そのころからの友人の弟子だったのが、その、邦子さんの相手」
蝶子「心配って、どうして?」
河本「うん」
ウエイトレス「お待たせしました。どうぞ」紅茶を運んできた。
河本「その男がね、いい加減なことをして、2~3年前、友人のところ、破門になっとるんだ。あ、の…飲んで。現在、絵なんか描いてないくせに絵のモデルになってくれとか何とか言って女に近づくんだな。言葉巧みにさ。女をね、グラッとさせるツボを心得てるんだ。それで、どれだけ今まで女を泣かしてきたことか。女の人から金をせびっちゃ、自分はのうのうと遊び歩いとる手合いなんだよ」
蝶子「邦ちゃん、そんな人に?」
河本「引っ掛かったみたいだ。それで、私なんかが口出しするよりも親友の蝶子さんの方が注意する方がいいと思って」
蝶子「はい」
岩崎家
窓の外を眺めている邦子。
お茶を運んできた蝶子。「時間、あるの?」
邦子「あんまり。これから仕事」
蝶子「じゃあ、わざわざ?」
邦子「なによ。チョッちゃんが会いたがってるって泉のマスターに言われて来たんじゃない」
蝶子「ああ…」
窓のそばから移動し、蝶子の向かいに座る邦子。「何か用事あったの?」
蝶子「ん? 邦ちゃん、少し疲れてるみたい」
邦子「そう?」
蝶子「何だか悩んでるみたい」
お茶を飲む邦子。
蝶子「男の人のことでとか…邦ちゃん、男の人とつきあってるらしいって…」
邦子「泉のマスター?」
蝶子「うまくいってるの?」
邦子「うん! 彼、絵描きなのよね。今はそりゃ、あんまり絵は売れてないけど、そのうちきっと名の出る人よ」
蝶子「絵、描いてるの?」
邦子「うん。でも、悩み多い人なの。才能あるのよ。だから悩むの。優しいのよ…生活力という点では、ちょっと頼りないとこあるけど、それは要さんと似てるわね」
うつむく蝶子。
邦子「あ、ごめんごめん」
ビミョーな間。それにしても人の旦那さんに失礼だよね。
邦子「でも、どうして? どうして私が悩んでると思ったの?」
蝶子「ただ、つらい思いしてなきゃいいなと」
邦子「どうして?」
蝶子「時々、フッと気の抜けたような顔してる」
邦子「仕事の疲れよ。さてと、行くか!」
蝶子「わざわざごめんね」
邦子「ううん、いいのよ」
玄関
要「ただいま」
蝶子「お帰り」
要「おう! ああ…」蝶子の後ろに邦子がいるのに気付く。
連平「あ、邦子さん!」
邦子「お邪魔してました」
要「いやいや」
連平「もう、帰るの?」
蝶子「仕事だって」
邦子「チョッちゃん、お茶、ごちそうさま」
蝶子「うん。じゃあ、またね」
邦子「また。(要に)じゃ」
要「気をつけて」蝶子を見てほほ笑む。
連平「邦子さん、何か元気ないねえ」
蝶子「そうなの」
居間に入り、ソファにドカッと座る要。「お蝶!」
蝶子「はい」
要「俺は無職になったぞ!」
連平「なにも威張ることないでしょ」
要「『小海清治交響楽団』はだな、解散した。いや、小海と野口の両方から誘われたんだけどね、両方、断っちゃったよ」
蝶子「ふ~ん」
連平「案外、のんきだねえ」
蝶子「どっちか行くと角が立つし、両方断ってよかったのよ」
うなずく要。
連平「楽天的なんだね」
要「ああ、それでな、随分、助かってるよ」
連平「ああ、そうか」
蝶子「したっけ、なるようにしかならないもね」
夜、坂上も加わる。
蝶子「そう、坂上さんは野口さんの方に?」
下を向く坂上。
要「おいおい、何、しょげてるんだ?」
連平「そうですよ。自分の好きな道、進めるんだから、もっと喜ばなくちゃ!」
坂上「けどな、なにもお前、両方断ることはないだろう」
要「いや、まあ、分裂したオーケストラのな、どちらか片方にいるというのは、まあ乗り気がせんからな」
連平「ぜいたくって言えば、ぜいたくだけどね」
要「ま、心機一転、やり直しってことだ。な!」隣に座った蝶子とうなずき合う。
坂上「けど、まあ、別れ別れになったけど、つきあいはこれからもよろしく頼むよ」
要「おう! 当たり前だ」
連平「けどさ、仕事どうすんの?」
要「う~ん」
連平「『う~ん』じゃないでしょ、『う~ん』じゃ。仕事しなかったら、おまんまの食い上げなんだから」
蝶子「それは何とでもなるわよ」
要「な! そうだ、そうだ」
連平「あ、そう。っていうとこ見ると何? 要さんはチョッちゃんに生活の面倒見てもらうんだ?」
要「そんなつもりはない」
連平「じゃ、どうすんのよ、仕事」
蝶子「探すことは探すわよね?」
要「おう」
連平「見つかるかね? すぐに」
蝶子「見つけるわよ」
連平「か~っ、甘いね、2人とも。きょうび、そう、やすやすと仕事は見つからないの」
坂上「1つあるけど…」
連平「何?」
坂上「いや、お前が気に入るかどうかは別だよ」
要「うん」
坂上「明劇(めいげき)のレビューのボックスは、どうだ?」
連平「明劇か…」
蝶子「いや…レビュー?」
連平「うん、そこのバンドマスター、俺の友達なんだ。お前のバイオリンなら、すぐにでも欲しいって言うよ」
要「うん…」
坂上「どうだ?」
要「ま、一度、バンマスに会ってみるか」
坂上「おお…そら、もちろんだ。よかった、よかった」
蝶子「ねえ?」
要「ん?」
蝶子「そこには連平さんも一緒ってわけにいかないの?」
連平「え? いや~、チョッちゃんね、そう言ってくれるのは、うれしいけどさ、あたしのバイオリンの腕を買いかぶっちゃダメだよ。要さんとあたしとは月とスッポンだからねえ。明劇なんて…重すぎるよ」
蝶子「そ~う?」
蝶子以外は気まずい雰囲気。
連平「そうだよ」
蝶子の背をそっと押す要。
蝶子「ん? 何?」
要「いや、蚊がとまってた」
要と連平には歴然とした差があるのね…。それが蝶子にはよく分かってなかったと。
野々村家の前を豆腐屋がラッパを吹きながら歩いている。
野々村家
泰輔「明劇か!」
蝶子「昨日、行くことに決めたの」
泰輔「へえ~」
富子「こっちがラッキョ。こっちが梅干し」台所から出てきた。
蝶子「ありがとう」
富子「で、明劇、いつから?」
蝶子「今日、早速」
富子「よかったじゃない!」
蝶子「でも、随分迷ったのよ」
富子も泰輔も「ん?」
蝶子「ほら、要さん、クラシック専門でしょ? だけど、明劇だとクラシックだけってわけいかないじゃない」
泰輔「なるほどねえ」
蝶子「けど、ま、バイオリン弾けるっていうんで」
富子「好きなことやってけりゃ、いいよ!」
泰輔「そうそうそう。失業者が増えてるって時にさ、すぐに仕事が見つかるなんて上等だよ」
蝶子「私もそう言った」
泰輔「うん」
蝶子「さて、そろそろ…」
泰輔「もう?」
蝶子「うん。要さんのこと報告に来ただけ。じゃ!」
玄関
富子「そろそろ別の報告も聞きたいね」
蝶子「何?」
富子「赤ん坊」
泰輔「そうだよ、まだかい?」
蝶子「まだ」
泰輔が笑う。
昭和な会話だね。自分たちも相当言われてきただろうに。
⚟「こんにちは!」
泰輔「はい!」
靴を履いていた蝶子が玄関の戸を開けた。「頼介君!」
軍服姿の頼介が玄関に入ってきて、敬礼した。
<2年も前に行方をくらませていた頼介君が現れました>(つづく)
軍人は貧乏な人が志願するパターンもあるからなあ…
「マー姉ちゃん」68話は冒頭、天海さんが出征したけど、これは昭和14年。三吉は兵役まであと1年あるという昭和16年春に志願した。
兵隊暮らしが合ってると感じる人もいるし、頼介のきっかけは何だったのだろう?


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