NHK 1987年5月29日(金)
あらすじ
蝶子(古村比呂)が東京に戻る日が近づいていた。蝶子は父・俊道(佐藤慶)に、兄・道郎が医学の道に進む気はなく、今は小説家を目指して出版社の校正の仕事を手伝っていると、報告する。案の定、俊道は激高し、道郎を勘当すると蝶子に伝える。いよいよ出発の日、駅で蝶子を頼介(杉本哲太)が待ち構えていた。頼介は、突然、蝶子に妹・安乃(近藤絵麻)を東京まで連れて行ってほしいと頼み込むのだが…
2025.5.16 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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北山みさ:由紀さおり
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彦坂頼介:杉本哲太
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石沢嘉一:レオナルド熊
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北山俊介:伊藤環
彦坂安乃:近藤絵麻
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彦坂公次:中垣克麻
鳳プロ
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北山俊道:佐藤慶
<8月も半ばを過ぎると北海道には早くも秋の風が吹きだします。チョッちゃんがそろそろ東京に戻るという日の夜です>
外からコオロギの鳴き声がする。
みさと蝶子が正座して待っている部屋に俊道が来た。せきばらいする蝶子。
俊道「なしたのさ? 改まって」
蝶子「話、あるんだわ」
みさ「道郎さんのことさ」
俊道「道郎のことなんか…」
蝶子「実は伝言頼まれてきたんだ。兄ちゃんは今、仕送りもなくなり、生活費を稼ぐために仕事してるんさ」
俊道「それは、お前の手紙で知ってる。道郎の伝言ていうのは金の無心かい?」
蝶子「なんも」
俊道「したら…」
蝶子「兄ちゃんは医学の道に進まないということだ。諦めたということ、父さんにしゃべってくれと…」
俊道「何っ!?」
身を縮こませる蝶子とみさ。
俊道「諦めて道郎は何やってるんだ?」
蝶子「今は出版社の校正ば…それは生活費稼ぐためで兄ちゃんには、どうも目標があるみたいなんだわ」
俊道「何だ? それは」
蝶子「小説家ば目指してる!」
俊道「何!?」
蝶子「『そのこと父さんに伝えろ』と頼まれてきたんだ。兄ちゃん、コツコツ書いてるもね」
俊道「道郎は、いつから、そんなもんば?」
蝶子「多分、この3月、帝大試験に落ちてからだと…」
隣でうなずくみさ。
俊道「ホントにそうか? ずっと前からなんでないんか?」
蝶子「兄ちゃんは3月からだと。とにかく『小説家目指して頑張る』としゃべってたから!」
俊道「道郎は、もう勘当だ!」
みさ「お父さん!」
俊道「道郎には、そう、しゃべっとけ!」怒って部屋を出て、戸を強く閉めた。
こんなこと妹に言わせんなよな、道郎!(怒)
彦坂家
蝶子「安乃ちゃん」
安乃「チョッちゃんねえちゃん!」
蝶子「兄ちゃんは?」
安乃「町に行ったさ」
蝶子「そうかい。ねえちゃん、明日、東京に戻るんだ」
安乃「もう?」
蝶子「安乃ちゃんや兄ちゃんたち、ちょこちょこうちに来てくれるんでないかと思ってたんだよ。忙しかったんだね? 今夜、ねえちゃんのうちへ来ないかい? 兄ちゃんにそう言っといてや」
うなずく安乃。
蝶子「したら…」
安乃「チョッちゃんねえちゃん!」
蝶子「ん? 何だい?」安乃と話す時は、いつも身をかがめて目線を合わす。
安乃「私、奉公に出ることにしたんだわ」
蝶子「そうかい」
うなずく安乃。
蝶子「どこにさ?」
安乃「町の中」
蝶子「ふ~ん、何屋さんさ? ん?」
笑顔の安乃。「いいとこ」
蝶子「そうかい。したら、兄ちゃんに『今夜待ってるから』って…」
安乃「はい!」
蝶子「したら」
玄関先で笑顔で見送る安乃。
<しかし、その夜、頼介は北山家には現れませんでした>
まだ靄のかかる早朝の北山家。
蝶子「父さん、長い間、お世話になりました」帰省した時と同じワンピースを着て、手をついて頭を下げる。
俊道「バカ! 何言うんだ。嫁入りするわけでもあるまいし。慣れないことしゃべるんでない」
蝶子「はい!」
俊道「くれぐれも浮ついた生活などせんように」
蝶子「はい!」
俊道「ちゃんとやれ」
蝶子「はい!」
戸が開き、俊介が入って来た。「石沢のおじさんの馬車、来た!」
みさ「そうかい」
蝶子「したら、行くから」
瀧川驛
鶏の鳴き声がする。
石沢「また来いよ! このまま行っちまうか、東京」
蝶子たちが待合室に入ると、頼介、安乃、公次がいた。
蝶子「やあ、見送りに来てくれたんかい?」
麦わら帽子を脱いで蝶子たちのところへ近づく頼介。
蝶子「どうしたのさ?」
石沢「どうした?」
頼介「安乃ば東京に連れていってもらいたいんだ。奥さん、ダメかい?」
みさ「いや、したっけ…」
頼介「蝶ちゃん!」
蝶子「したって…」
石沢「どういう訳だ? 頼介」
頼介「安乃ば東京に連れていって、なんとか立ち行くようにしてもらいたいんだ」
石沢「訳、しゃべれ、頼介」
蝶子「頼介君?」
頼介「(公次に)向こうに行ってれ」
蝶子「俊介」
待合室のベンチに俊介、公次、安乃が並んで座る。俊介は学帽に着物も立派だな~。
蝶子「頼介君?」
頼介「もう、どうもこうもならないんだわ。借金は減らない。豆も不作。米出来たところでどうしようもない。安乃を奉公に出すことにしたんだ」
蝶子「昨日、聞いた」
みさ「どこへ?」
頼介「はい。支度金ば出してくれるってとこあったもんで」
石沢「どこだ?」
頼介「支度金あったら息つけると思って」
石沢「どこだって聞いてるんだ!」
みさ「嘉市さん」
頼介「…海新楼です」
みさ「っていうと?」
石沢「女郎屋だ」
みさ「えっ…」
蝶子「頼介君!」
頼介「したっけ、初めは、お茶子として住み込みで」
石沢「したっけ、お前、ゆくゆくは、お女郎だべ!」
頼介「はい…」
石沢「売ったのか!?」
頼介「…はい」
石沢「頼介…」頼介の頬を殴る。
蝶子「おじさん!」
頼介が倒れたので、公次、安乃が立ち上がる。
頼介「そこにいれ!」立ち上がる。
みさ「頼介さん…大丈夫かい?」頼介の着物のほこりを払う。
蝶子「いつ決めたんさ?」
頼介「5日前」
石沢「安乃は知ってるのか?」
頼介「海新楼へは今日、連れていくことになってたんだ。ゆうべは俺…眠れんかったもね。悔やんでる俺ば見て、安乃のやつ、しゃべったもね。『兄ちゃん、今のままだとどうしようもないもね』って笑顔で言うんだ。『お金稼いだら、兄ちゃんと公次に半分はやる』って言うんだわ。『そしたら3人とも助かる』って。『これでいいんだ』って、あいつ…いじらしいことしゃべる安乃ば見てたら…郭(くるわ)にやるのが急に…やっぱし、しのびなく…逃がすことに…」
蝶子「なんも、お金返せば済むんでないかい?」
頼介「金はもう、よその借金してるとこに返した」
蝶子「安乃ちゃん、よそにやって頼介君、どうするんさ?」
頼介「俺もどっかに行くつもりだ」
石沢「待て。金はワシがなんとかする!」
頼介「それはダメだ、おじさん!」
石沢「したけどな!」
頼介「おじさんに今助けられても今だけのことだ。畑あってもどうしようもない。働けば楽になるかっちゅうと、なんも変わらん。反対にだんだん苦しくなるばかりだもね」
汽笛が鳴る。
頼介「これまで随分、おじさんや先生には助けてもらった。本当にありがたいと思ってる。したっけ、今のままじゃ、この先もずっと…」
石沢「気にするな!」
頼介「人の世話になりたくないといくら意地を張っても、結局、いつもおじさんや先生に」
みさ「困った時は、お互いさまだ。助け合うのは当たり前だ!」
頼介「いや…俺は一回、人を頼ったら癖になる人間なんだわ。だから、妹ば金に替えたりしたんだ」
みさ「自分ばいじめるんでない!」
蒸気の音
頼介「もう、ケリをつけたいんだわ!」
石沢「頼介、最後に俺ば頼ってみれ!」
汽笛が鳴る。
頼介「はい」
石沢「さあ、何でも言え!」
頼介「すいません…安乃のことを…」
蝶子「公次君は?」
頼介「公次は…おじさんの牧場で働かしてもらいたいんだ」
石沢「それでいいのか?」
頼介「お願いします」
石沢「よし、分かった。公次は預かる」
頼介「安乃、どうだべか? 東京…滝川に置いとくわけには、いかないもね」
蝶子「私は、いいよ」
みさもうなずく。
蝶子「後のことは泰輔叔父さんと相談する」
石沢「ワシの牧場へ来るか?」
うなずく公次。
みさ「安乃ちゃん。蝶ちゃんと一緒に東京、行くか?」
安乃「はい、お願いします」
みさ「蝶ちゃん、いいかい?」
うなずく蝶子。
頼介が懐から小さな包みを蝶子に差し出す。
蝶子「何?」
頼介「大した額ではないけど、金」
みさ「これは頼介さんが持ってたらいい」
頼介「したけど、切符代とか」
みさ「いいから」
俊介「そろそろだ。切符は?」
みさ「ちょっと…」窓口へ。
もう一度蝶子に差し出す頼介。
蝶子「したっけ…」
頼介「俺は何とでもなる」
石沢がうなずき、頼介が蝶子の手に握らせる。
蝶子「したら、預かるわ」
みさが戻ってきて切符を蝶子に渡す。
蝶子「これでいいんかい?」
頼介「俺には、これしか…したら…」出ていこうとする。
蝶子「安乃ちゃんば見送らないんかい?」
頼介「俺には見送れないわ」
石沢「どこ行くんだ?」
頼介「分かりません」
石沢「どこへ行っても、お前、便りはしろよ!」
頼介「はい…」
石沢「後のことは心配するな!」
頼介「はい。先生に…先生に…」
みさ「分かった」
頼介「お前ら…元気でな」頭を下げ、駅を出ていった。
蝶子「頼介君!」
朝もやに消える頼介。
石沢「奥さん…海新楼の方は、なんとかするわ。あいつば犯罪者にはしたくねえ」
蝶子と列車に乗る安乃。
<昭和3年晩夏。彦坂頼介きょうだいは離散しました>(つづく)
恐らく頼介はフィクションだろうと思うけど、多分、リアルだと蝶子の周りは女学校も音楽学校もそこそこ裕福な人が多いから、こういう要素を足したのかな。
女郎や郭の話は時々、出てきてた。
これも酷い話でさ、外国へ行ける、きれいな着物が着られるとだまして連れていき、女性が稼いだ金で兄が家を建てて、帰ってきた妹を邪険に扱うシーンがあって…頼介は踏みとどまってよかった。
石沢のおじさん、頼りになるな~。今回は涙なしでは見られない。
