NHK 1987年5月27日(水)
あらすじ
久々に帰省した蝶子(古村比呂)は、両親に向き合い、月々の仕送りの礼をいう。ところが父・俊道(佐藤慶)はまだ上京を許しているわけではないと、頑な姿勢のままだ。一方、母・みさ(由紀さおり)は娘のより一層たくましくなった姿が嬉しくてたまらない。夜、夕食の席で、石沢嘉一(レオナルド熊)から彦坂頼介(杉本哲太)の暮らしが苦しくなり、馬も売り払ってしまったと聞いた蝶子は、心配をつのらせるのだが…
2025.5.14 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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北山みさ:由紀さおり
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彦坂頼介:杉本哲太
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石沢嘉一:レオナルド熊
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山本たみ:立原ちえみ
高畑品子:大滝久美
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北山俊介:伊藤環
彦坂安乃:近藤絵麻
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彦坂公次:中垣克麻
鳳プロ
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北山俊道:佐藤慶
緑の中を走る蒸気機関車。
<北海道の朝です。高女時代とは違い、遠く離れた場所からの帰省は、また、別の感慨があるようです>
汽車の中で目を覚ました蝶子は外を見て顔が輝く。
北山医院
診察室
柱時計の時報が鳴る。
品子「もう、そろそろですね」
俊道「そう」
石沢の声が聞こえる。「いや、悪いねえ、たみちゃん」
たみ「なんもだ」
石沢「あんた、いい嫁さんになるわ」
たみ「そうかい?」
石沢「お茶のいれ方、うまいもん」
たみ「そうかい?」
石沢「うちのせがれなんか、どうだ?」
診察室を出て廊下、茶の間へ移動した俊道。
たみ「やだ~!」
石沢「嫌かい?」
たみ「いや、そうでなくて。やだ~、もう!」←盛大に照れてる!?
石沢「ん?」
俊道「まだ着かないかい?」
たみ「いや、まだ10時回ったばっかりでしょ」台所へ。
石沢「9時半だから、もうそろそろだわ」
俊道「もう着いてねば、おかしいべ。途中で馬車が壊れたんでないかい?」
石沢「ハハッ。うちの馬車が壊れるわけないっしょ!」
俊道「したら、寄り道」
石沢「吉田には、まっすぐ帰ってくるように言ってあるもんね」
俊道「みさだわ。教会に寄り道してるんだわ」
石沢「したら、吉田の責任ではないわね」
⚟俊介「ただいま!」
たみ「お帰り!」石沢と玄関へ。
石沢「お帰り~!」
たみ「お帰りなさい!」
石沢「いやいやいや…」
蝶子「ただいま!」
診察室に戻った俊道。
品子「あ、先生、蝶子さんだ」
俊道「そうかい?」←初めて知った素振りで玄関へ。
石沢「いい娘になったなあ」
品子「お帰りなさい!」
蝶子「ただいま! (俊道の顔を見て)ただいま帰りました!」
俊道「うん。したっけ、思ったより早かったでないか」
蝶子「うん。おじさんとこの吉田さんがワリワリとばしてくれたんだわ。ねえ?」
みさ「はいはい」
石沢「じゃあ、これでワシは…」
俊道「夕方、また」
石沢「え~と、靴は…?」
⚟たみ「台所の方だわ!」
石沢「あ、そうか! じゃ、あとで」
蝶子「したら」
みさ「待ってるから」
たみ「いやいや、蝶子さん、ハイカラになったんでないかい?」
蝶子「そうかい?」
品子「いやいや、大してアカ抜けしたもねえ」
蝶子「ウフフ、そうかい?」
みさ「う~ん、きれいだ」
蝶子「そうかな?」
みさ「さあさあさあ」女性たちは茶の間に移動。俊道も続く。
俊道の部屋
蝶子「父さん、滝川、出る時は、その…いろいろありまして勝手に強行して申し訳ありませんでした。にもかかわらず許してくれて、ありがとうございます」手をついて頭を下げる。
俊道「ワシが許したってかい?」
蝶子「したけど、仕送りしてくれてるっしょ?」
俊道「したっけ、何も許したということではない。これと仕送りとは別問題だ」
みさ「許してないんかい」
俊道「許すとか許さんとか、そういうことグッダラグッダラしゃべっても既に東京行って音楽学校行ってるんだべさ。しゃあないべや」
みさ「はい」
うなずく蝶子。
みさ「学校、どんなだい?」
蝶子「いやいや、大した学校だわ」
みさ「へえ~」
蝶子「手紙では心配させると思って書かなかったんだけど、私、最初は劣等生だもね」
みさ「あれ!」
蝶子「いや、なんも、そんな素行がよくないとか、そういう方の劣等生ではなく、音楽っていうもの、あまりにも知らな過ぎたのさ。ほかの人は大したもんだわ。ピアノは弾ける、バイオリンは弾ける。ドイツ語で歌、歌う人もいるんさ」
みさ「ドイツ?」
蝶子「うん。いや、学校では外国語も勉強してるんだわ。ほれ、オペラとか歌曲は外国の歌、多いっしょ? したから、勉強しないとならないんさ。英語、フランス語、イタリー語、ドイツ語」
みさ「いや、いや、いや」
蝶子「副科としてピアノは必修だ」
みさ「あれ、ピアノも弾くんかい?」
蝶子「でも、まだまだうまくはならないわ」
俊道「自分の力ば思い知らされたというわけだ」
蝶子「父さん、力はまだ分からない! 私に足りなかったのは知識だ。誰かがしゃべってたわ。音楽の力というのは知識ではないって」
要だっけ?と思ったら、益江さんが言っていた。
俊道「したっけ、苦労してるんだべ?」
蝶子「なんも。こういうこと苦労とは思わないんだわ、父さん」
みさ「蝶ちゃん、たくましいもねえ」
蝶子「父さん、これは試練だわ。飛躍するための試練!」お茶を飲む。
みさ「泰輔んちの居心地は、どうだい?」
蝶子「いや~、よくしてくれるわ」
みさ「そうかい」
蝶子「叔母さんていう人は江戸っ子っていうんかい? しゃべり方は荒っぽいんだけど、これまたいい人でね」
みさ「そう、よかったねえ」
蝶子「下宿してる人もいい人たちだ」
俊道「噺家っていうのが下宿してるって手紙に書いてたべ?」
蝶子「梅花亭(ばいかてい)夢助さん」
俊道「何者だ? それは」
蝶子「落語家のことだ」
俊道「落語?」
俊道「何だ? それは」
蝶子「『寿限無寿限無、五劫のすり切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、ヤブラコウジのブラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助』。はあ~。何だか分かるかい?」
みさ「何かのおまじないかい?」
蝶子「人の名前だ」
俊道「いいかげんなことしゃべるんでない!」
蝶子「なんも。落語の中に出てくる人の名だ」
みさ「いや、それ全部、人の名前かい?」
蝶子「うん、そうなんさ」
みさ「したら、その人、呼ぶ時は、ゆるくないねえ」
蝶子「そうなのさ。それだから面白いんさ」
俊道「蝶子!」
蝶子「はい!」
俊道「お前は本当に音楽の勉強してるんだべな?」
蝶子「そりゃあ!」
俊道「手紙には東京の物珍しいことばかり書いてよこしたでないか。活動だの芝居だの銀座の百貨店だのカフェだの。そういうもんにうつつ抜かしてるんでないかい?」
蝶子「なんも。うつつ抜かしてるわけでない。好奇心だ、父さん」
みさ「う~ん、蝶ちゃんは好奇心のかたまりだもね」
俊道「お前は、しゃべるんでない!」
みさ「はい」
蝶子「父さん、音楽っていうもんは大して奥の深いもんだわ。父さんの尺八も一緒だ。歌、歌うんでも譜面どおり歌えばいいってもんでないんだわ。広い視野と豊かな心が必要だ。そのためには、いろんなもん見聞きしなければならないんだわ」
けげんな表情の俊道。
みさ「そういうもんなんかい?」
俊道「ふ~ん、東京行って、へ理屈のこき方に一段と磨きかかったんでないか」
蝶子「なんもへ理屈じゃ…!」
品子「先生! 山田さんが…」
俊道「うん」立ち上がろうとしたが、蝶子が目の前に箱を置いた。「何だ?」
蝶子「お土産。珍しいお菓子だ」
リボンのかかった菓子折りに一瞬、顔のほころぶ俊道は菓子折りを棚の上に置いて診察室へ。残ったみさと蝶子が笑い合う。
夜、茶の間
俊道
石沢
品子 蝶子
たみ みさ
俊介
蝶子「俊介は、ちゃんと中学校行ってるんかい?」
俊介「行ってる」
蝶子「ふ~ん。成績は、どんなだ?」
俊介、箸を置く。「おじさん。酒、入ってるかい?」石沢の脇に移動し、お酌する。
石沢「うわ! いやいや、いやいや。いや~、おっとっとっとっと…」
俊介「ああ、食べた食べた。ごちそうさま!」部屋を出ていく。
品子「蝶子さん、東京の話」
たみ「地下鉄ってもんに乗ったんかい?」
蝶子「乗った」
品子「うん!」
蝶子「やっぱし地面の下に線路あるんだわ」
石沢「ホントにかい?」
蝶子「うん。で、その穴ん中ば電車、走るんだわ」
たみ「気味悪くないかい?」
蝶子「いや、それよりも次の駅着くかどうか心配で、どっか知らんとこ連れていかれるんでないかってハラハラしたわ!」
石沢「で、無事についたか?」
蝶子「着いた」
たみ「あら~!」
品子「男女共学っていうんは、どんなもんだい?」
蝶子「それも最初は気になって気になってしかたなかったんだけど今は何ともない!」
石沢「言い寄る男もいるべさ」
会話に加わらないものの聞き耳を立てる俊道。
蝶子「アハハハ」
たみ「あ~、いるんかい?」
蝶子「学生に待ち伏せされたことがあった」
みさ「して?」
蝶子「私に手紙押しつけようとするんだわ。したけど、私は拒んだ!」
笑い声が起こる。
<拒んだなんて…ホントは逃げたくせに>
俊道「そういうことば自慢げにしゃべるもんでない。そういう風潮だから田所呉服の娘みたいなのが出るんだ」
蝶子「邦ちゃんのことかい?」
俊道「そうだ」
みさ「神谷先生と一緒なんだっていうしょ」
蝶子「なして知ってるの?」
たみ「噂になってるもね」
石沢「東京にいるらしいっていうもね」
みさ「会わないかい?」
蝶子「会った」
みさ「2人に」
蝶子「うん」
みさ「そうかい」
俊道「神谷って教師は実際…口では立派なことしゃべっても、やることは、かどわかしではないか」
蝶子「そんなことはない!」
俊道「女生徒に人気があったかどうか知らんが、そればいいことに教え子と駆け落ちまがいのことをする教師だったということだわ」
蝶子「あれは駆け落ちでも何でもなく邦ちゃんが勝手に押しかけたんだ」
俊道「お前は友達ば悪く言うんかい?」
蝶子「なんも」
俊道「したっけ」
蝶子「邦ちゃんは自分の意志でそうしたんだもん。私は認める」
俊道「そんなもん、認めなくていい!」
蝶子「神谷先生だって、なんも変わってないんだよ。今でも輝いているもね」
みさ「そうかい」
うなずく蝶子。
輝いて…るかなあ!?
みさ「あ、いや、とんだ話になって。品子さんもたみちゃんも食べて」
2人「はい」
みさ「さあさ…」
柱時計の時報
蝶子「おじさん。頼介君は、どんなだい?」
石沢「う~ん」
みさ「今日、来るようには言ったんだよ」
彦坂家
安乃「兄ちゃん。なしたのさ?」
頼介「なんも」
ちゃぶ台には漬物が乗った皿だけ。
食べながら寝てしまう公次。
安乃「公次。疲れたかい?」
うなずいて、雑炊?をすする公次。
頼介「安乃」
安乃「ん?」
頼介「…」
安乃「なんさ?」
頼介「いや…」
安乃「兄ちゃん」
頼介「なんも」
頼介君は…というか杉本哲太さんは左利き。
北山家
石沢「頼介のとこ、ゆるくないんだわ。マメもトウキビも育ち悪くて」
蝶子「そうかい」
石沢「先月、馬も手放したもね」
俊道「ワシらには相談なしにだ」
みさ「後で聞いて、たまげたもね」
たみ・品子「ごちそうさまでした」食器を持って台所へ。
蝶子の部屋
ため息をつく蝶子。
みさ「蝶ちゃん、いいかい?」
蝶子「いいよ」
みさ「ああ、いやいや、また一段とたくましくなったんでないかい?」
蝶子「そうかい?」
みさ「いや、大人っぽくなったっちゅうことだわ。アハハ。母さん、うれしいさ。お父さんも同じだ。口ではいろんなことしゃべってるけど、気持ちは別だ。蝶ちゃんの生き生きした顔ば見て安心したはずだ。したっけ、東京に行ったことなんか、もう、とうに許してる」
蝶子「そうかい?」
みさ「うん、安心していい」
蝶子「あ!」
みさ「ん?」
蝶子「安心できないことがひとつあるんだわ」
みさ「何?」
蝶子「兄ちゃんのことだ」
みさ「道郎さん、なしたの?」
蝶子「小説家ば目指してるっていうこと、父さんに伝えてほしいって頼まれて来たんだわ」
みさ「え…?」
蝶子「どうしたらいい? いつ、しゃべる?」
みさ「うん…最後までしゃべんない方がいいっしょ。帰る前の日にしゃべったらいい」
蝶子「うん、そうだね。私がこっちにいる間、不機嫌にされたら、やだもね」
うなずくみさ。
<というようなチョッちゃんの帰省第1日でありました>(つづく)
一気に北海道の空気になるなあ。きっと撮影はセットだろうにね。蝶子には今も神谷先生が輝いて見えるのが意外だった。ホント、幻滅したもん。
