TBS 1971年9月28日
あらすじ
大工の仕事場に、女性が次々やって来る。新次郎(杉浦直樹)は、陣中見舞いに来たとし子(松岡きっこ)に、棟梁だから甘い顔はできないと厳しくあたり、帰してしまう。次に現れたのは文子(榊原るみ)だったが…。
2024.1.29 BS松竹東急録画。
尾形もと子:ミヤコ蝶々…健一の母。字幕緑。
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尾形健一:森田健作…大工見習い。字幕黄色。
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江波竜作:近藤正臣…先輩大工。
石井文子:榊原るみ…竜作の恋人。
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生島とし子:松岡きつこ…新次郎の妻。
安さん:太宰久雄…建具屋。
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雪子:菅井きん…安さんの妻。
夏川朝子:岩崎和子…健一の元クラスメイト。
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中西敬子:井口恭子…施主の妻。
磯田:岩上正宏…健一の友人。
山中:田中淳一…磯田の叔父。
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堀田:花沢徳衛…鳶の頭(かしら)。
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生島新次郎:杉浦直樹…健一の父の下で働いていた大工。
尾形家
掃除機をかけているもと子のもとに磯田が叔父を連れて訪ねてきた。叔父の山中は磯田と同じような巨漢(←今、こういう言い方も問題あり?)で、もと子も一瞬ビックリした表情を見せる。
どうぞどうぞと言われ茶の間へ入った山中はくずカゴの上に座ってしまい、潰してしまう。もと子はお茶を入れに台所へ行ったため、見ておらず、磯田が背中に隠した。今日は平日だが、日曜日に運動会があって休みだと言う。
磯田「あの…これ…」
もと子「えっ? いや、そんなご心配なく」
磯田「いえ、あの…そんなんじゃないですよ」
もと子「いえ、ホントにいいんですよ。お仕事頂いたうえに、またそれ以上頂き物(もん)しちゃ悪いですもん」
磯田「すいません、これなんです」つぶれたくずカゴを差し出す。
もと子「あら」
磯田「今、叔父さんが座っちゃったんですよ」
もと子も山中も笑う。
もと子「まあ、私、どうしましょう。恥ずかしい。頂き物(もん)と間違(まちご)うたりしてイヤやわ」こんなとこ置いといたほうが悪いとフォロー。
磯田「すぐやるんですよ。よそ行くと。大抵どっかぶつけたり、何か踏んづけちゃったり」
もと子「ハハハ…無理ないですよね。立派な体格してらっしゃるんですもの」
そうか、立派な体格と言えばいいのね。
もと子「さすがに磯田さんの叔父さんだけありますね」
山中「はあ、あの…山中と申します。あっ…」胸から名刺を取り出して渡す。もと子は名刺を受け取ると、「いつも磯田さんにはお世話になっておりますの」と部屋の机の引き出しから名刺を取り出し渡す。
山中は磯田の母の弟。
健一は今日も現場。ボヤがあったせいでいっぺん張った天井はやり直し、柱は入れなければならないし大変だともと子は言う。
磯田「でもあいつ、こう、すごく張り切ってて何か生きがいを見つけたって感じですよね」
もと子「ハハハハ…どういうことでしょうかね。ハハハ。人間、向き不向きがあるんですかねえ。勉強いうたら手に負えんほど怠けとった子が大工になったら、まあ、よう働くこと。ハハハハ…」
山中役の田中淳一さんは特徴的な見た目なのに見たことないなと思ったら、1977年7月に57歳で亡くなったそうです。1977年3月放送の「大江戸捜査網」が遺作の可能性があるということで突然だったのかな。
現場
新次郎、健一、竜作が作業しているところに、すっかりおなかの大きくなった敬子が訪れた。
敬子「あ~、大変ねえ。ごめんなさいね」
新次郎「いやあ、奥さんのほうこそヤキモキでしょう」
敬子「しょうがないわ、災難ですもの」
新次郎「いや、でもね、10日には間に合わせますよ」
敬子「10日って10月の?」
新次郎「だって予定日でしょ?」
敬子「あら、よく覚えてたわね」
1971年10月10日は日曜日の大安。この当時は振替休日なし。
新次郎「ええ、だって旦那、言ってたもん」
敬子「そうでした?」
新次郎「ええ。いや、赤ん坊はね、産院からまっつぐこのうちへ入れたいってね」
敬子「いいんです、そんなこと」
新次郎「いや、大丈夫ですよ。間に合わせますって」
敬子「だって産まれてすぐ帰れるわけじゃないし1週間ぐらいは病院にいるでしょ。それに初めては遅れるっていうし、10日に産まれるかどうかも分からないわ」
新次郎「そんな心細いこと言わないでくださいよ。健坊たち、みんな、引っ越し手伝うっていうんでね、張り切ってんですからね」
敬子「ホント? そりゃ間に合えばうれしいけど」
健一「間に合いますよ、奥さん。だけど、邪魔しないでくださいね。うちへ帰って昼寝しててくださいよ」
敬子「まあ、憎らしいわね」
健一「ハハハハッ」
尾形家
堀田「こんちは。あねさん、私」もと子からの電話を受け、今日は若い者だけで間に合ってると訪れた。
もと子「お咲さんに言っといたんだけど、あれ、どうしようかねえ」
堀田「いいじゃないの。やろうよ、あねさん」
もと子「うん。でも、それがね、ガッチリしたヤツなのよ」
堀田「あの金物屋の親戚でしょ?」
もと子「そうよ。こんな太っててさ」←ここははっきり言うのね。「ボサーッとしてて、ろくになんか挨拶もできないような人」
堀田「そうだってね。いや、源ちゃんにね、前にその話一回聞いたことあるよ」
もと子「あらそう」
堀田「焼き鳥屋2軒も持ってて、アパートだって3つも持ってるそうじゃないの」
もと子「そうなのよ。私、話聞いてるうち、ああ、あれだ!と思った」
堀田「だけど、あれなんでしょ? 本職はあの…ほら、駅の横手の」
もと子「そうそう。あの中華料理屋さんなのよ。あの人、社長なんだってね。名刺をもらってびっくりしたわ」
堀田「で、どのぐらい値切るの?」
もと子は片手を広げる。5?
堀田「ああ…ねえ、言いそうなこったな」
もと子は「それより、ちょっと頭(かしら)。これ見てちょうだいよ」と潰れたくずカゴを見せる。
堀田「何? 一体(いってえ)、そりゃ」
もと子「くずカゴよ。あのおっさんね、この上へボーンと座りよったんよ。見てごらん。ブルドーザーにひかれたみたい」
堀田「へえ~、ヘヘッ。重てえんだね、そりゃ。ハハハハ…」
もと子「ねっ、ほいでね、すいませんでした。アハハハ!と笑うのよ」
堀田「ハハハハ…」
もと子「それがね、もうホントにイカサマ。気の弱そうな人のよさそうな虫も殺さんような顔してね、さて、これが金の話になるとね、その笑いの中にすごみが入ってくるんだからね。目ぇをピカッと光らしよるのよ」
堀田「ハハハハ…」
もと子「で、ブロックのこともよう知ってんのよ。いやあ、壁材には塩化ビニールを使ってもいい、とかね。リブ状は、なんとかかんとかね、ひけらかすのよ、知識を」
堀田「いやいや、そんなものはね、あねさん、ジェスチャー。分かるわけないじゃないの」
もと子「うん。そうとは思うけどさ。でもね、頭(あたま)から人を信用しないでよ、この仕事をやってみろ、手を抜いたら分かるんだぞという、あれが気色悪いんじゃない」
堀田「だけど、あねさん、商売なんだからさ」
もと子「で、おまけにさ、これでしょ。坪5000円まけとけでしょ」
堀田「だけどね、これを受けなきゃダメですよ。アパートでしょ? 5000円まけたって十分採算取れるじゃないの。それにね、こういう考え方だってあるよ。そういうやり手がだね、この尾形んちへわざわざ目をつけて仕事を持ってきたということは、こりゃ悪いこっちゃありませんよ。ああ、棟梁が亡くなってもあそこんちは立派にやってるんだなっていう証拠みたいなもんなんだから、これを断る手はないよ、あねさん」
もと子「いや、もちろん受けるけどさ。でもね、今まではこれをやろうと決めててもね、うちの人にどうしようかって相談したもんよ。いくら聞いたって、うちの人の返事は、うん、まあ、いいだろう。それしかないの。でも、そのひと言だけでも私は安心できてたのよ」
堀田「ええ」
もと子「でもね、今はなんてったって、ほら、何もかも1人でしょ。だから、どういうのかなあ。まあ、こんなこと言っちゃなんだけども、せめて頭(かしら)にでもね…せめて頭にでも、ああいいよって、うなずいてほしかったのよ」
堀田「えっ? ハハッ。棟梁の代わりとはうれしいね。あの…学生のよくやる代返ってやつだ。いいだろう、もと子。おめえのいいようにやっときねい。なんてね、ハハハハ…」
もと子「すんまへんな。つまらんことで来てもろて」
堀田「いやいや、いつでも来ますよ、ねえ。俺が棟梁の代わりにあねさんの相談相手になるなんざ、うれしいね。うん、あねさん」
もと子「うん?」
堀田「そのうち、俺もその気になって…」近づく。
もと子「頭(かしら)!」
堀田「いや、冗談冗談。冗談に決まってるじゃないの。ハハハハ…」
男性にとっては冗談でも、ねえ。でも、もと子って相談女っぽいな。そういう相談ってこれからは新次郎にするんじゃないの? もと子の中では未だに使用人感覚?
現場
お昼休み、新次郎たちが弁当を食べてる中、安さんの車の助手席にとし子とさおりが乗ってきた。
新次郎「ホントにしょうがないな、ホントに」
健一「新さん、たまにはどなったら?」←余計なこと言うな!
新次郎「えっ? うるさいよ、お前は」
健一「ヘヘッ」
新次郎「まったくまあ、人の気持ちなんかちっとも分かりゃしねえんだから」
とし子「さおりがね、火事のうちに行こうってうるさいのよ」
新次郎「おい、困るだろ。こんなところへ来たら」
とし子「すぐ帰るわよ。私たちもお弁当持ってきたの」
新次郎「とし子」
とし子「何よ?」
新次郎「この間、俺、なんて言った?」
とし子「この間って?」
新次郎「とにかく俺はね、今、このうちを建てるのに全力投入してるんだから」
健一「ああ、怒れ怒れ」
新次郎「やかましいよ!」←健一が怒鳴られてる(笑)。
安「新さん、雨戸、おごっちゃうからね」
新次郎「おい、ちょっと黙っててくんないか」
とし子「何よ、邪魔しないわよ」
新次郎「いや、だから、邪魔になんだったら」
とし子「どうして? あんた、うちん中でしょ? 安さんだってうちん中でしょ? ここら辺で遊んでるんだからいいじゃない、別に」
新次郎「いや、俺は…いや、俺はね、なにもそういう物理的なこと言ってんじゃないんだよ。心の問題だよ、心の」
とし子「心のって?」
新次郎「いや、だから俺はお前の亭主だろ?」
とし子「うん、分かってるよ」
新次郎「だからさ、つまり、その…なんていうか、まあ、どっちかっていやあ愛してるわけだよ」
健一「あ~あ、すぐそんなこと言っちゃうんだから」
新次郎「やかましいよ!」
とし子「ねえ、愛してるからって何よ?」
安「昼間っからごちそうさまだね」
新次郎「いや、だからね、気になんだよ」
とし子「何が?」
新次郎「いや、他人ならさ、その辺で遊んでたってかまわないよ。関係ないよ。邪魔にもなんないよ。だけどね、さおりやさ、お前がこの辺でキャーキャー、キャーキャー声出すとさ、いちいち俺は気になってしょうがねえんだよ。俺はこのうちを10月10日までに間に合わすってゆうべだって言っただろ」
とし子「じゃいいよ。帰るから」
新次郎「そうだ。まあ、かわいそうだけど帰れ」
とし子「さおり。パパがね、帰れって」
新次郎「お前もな、おい、大通り出てさ、タクシー拾やいいから。なっ?」
とし子「いいよ、バスで」
新次郎「そんなしおらしいこと言うなよ。どうだ? 遊園地、行ったらどうだい、うん? おい、さおり。ママとな、遊園地行って、あの…コーヒーカップ乗ってこい。いいなあ」
とし子「さおり、行こうね」
新次郎「おい、金、持ってっか? おい、やるぞ、ほれ」
とし子「さおり。いいよ、バスで帰るから」
新次郎「えっ?」
とし子「バスで実家帰るからいいもん」
新次郎「実家? 帰りたきゃ帰れよ。俺は仕事の鬼になろうと思ってんだい」
安「いいの? 新さん」
新次郎「いいさ、何言ってやがらあ。そうそう俺だってね、甘い顔ばっかりしちゃいられねえんだよ。なっ? 健坊」
健一「そうだよ。帰りたきゃ帰れ」
新次郎「何を言ってんだい。人の気も知らないで。とし子」
安さんのトラックは「大安表具店」と書かれてる。健一の父は大吉だし、縁起のいい名前だね。とし子はさおりを抱えて歩き出す。
新次郎「いや、実家へ行くんだってタクシー使やいいんだから」
振り返ってベーっとするとし子。
新次郎「なんだ? お前、そんな顔して」
とし子「パパなんか嫌いだよ」
新次郎「えっ? そんなこと言うなよ」
さおり「パパ嫌い!」←多分、誰かが後で声をあてたと思う。
新次郎「そんなこと言うなって」鼻をすする。泣いてる? ニヤニヤ見ていた安さんに「なんだよ? 安さん」
安「ヘヘッ。甘いとは思ってたけどさ、新さん、聞きしに勝るね」
新次郎「ヘッ。からかうんじゃないよ。俺はとにかく絶対この仕事ものにすんだからね」
健一「新さん、いい人だな、ホントに」
新次郎「ハハッ。変なときにお世辞言うなよ」
現場に現れた笑顔の文子。
健一「あっ、今度は竜作だ。おい、竜作! お前の番だぞ、お前の」←また呼び捨てしてる。
まだ弁当を食べていた竜作。文子がこんにちはと明るく挨拶したとたん場面が切り替わり、作業に戻った新次郎たち。
安「しかし、2人とも景気よく追っ払っちまったな、ホントに」
新次郎「そりゃそうだよ」
安「まあ、追っ払う相手がいるだけいいや、なっ? 健坊」
健一「ああ、俺だって追っ払う女の1人や2人いるさ」
安「ああ、そうか。あの子、中学生みてえな」
健一「中学生じゃないよ」
安「ああ、同級生だったな」
健一「だけど、あんなヤツとっくにポイさ」
安「ホントか?」
健一「あんな勉強ばかりしてる女、性に合わないよ、俺は」
安「あっ、そうか。そうだろうな。俺も嫌いだね、ああいうのは」
新次郎「おい、うるさいんだよ、安さん」
安「なんだよ、健坊だってしゃべってんじゃねえか」
健一「うるさいよ、健坊。黙って仕事しろ」
安「なるほどね。仕事の鬼だね、新さんは。驚いたね、こりゃ。おっかないね、この雰囲気は、ねえ」
今度現場に姿を現したのは朝子。
安「へえ、今度は健坊の番かい。どうでもいいけど女っ気が多いね、この現場は」
健一「俺、ちょっと追っ払ってくるよ」
新次郎「いいんだよ、健坊…ハハッ」
安「いいじゃねえか」
竜作もチラ見してニヤッ。ここまでセリフなし。
朝子「しばらく。日曜日、運動会だったの。代わりに今日休みなの」
健一「そう」
朝子「サイクリングしたかったのよ。運動不足だから」
健一「そう」
朝子「随分会わなかったからどうしてるかと思って」
ドラマ内では1ヶ月くらい時が経ってるのかな。その時は、かき氷食べてたけど、今回の朝子は白いカーディガン着てるもんね。
ニッコニコの安さん。
健一「俺、前に言わなかったかな」
朝子「なんて?」
健一「あんた、医者になっちゃうんだし、俺は大工だからな」
朝子「だから?」
健一「あんた、俺とは息抜きに会うんじゃないか」
朝子「いけないかしら?」
健一「面白くないよ」
朝子「そうかしら? そういう友達があってもいいと思うのよ。全然世界が違ってて時々会ったりするの楽しいんじゃない?」
健一「俺はそんなじじいみたいなつきあい方イヤなんだ。好きか嫌いかどっちかなんだよ」
朝子「そんなのやぼくさいと思うわ」
健一「俺はそういうタチなんだよ。時々会ってベラベラしゃべるだけで別れるなんてイヤなんだ」
朝子「でも恋愛は無理ね」
健一「そうくると思ったよ。だから、あんたとは会わないつもりなんだ。帰ってくれよ。俺はもっとガーッと激しいつきあいをしたいんだ。息抜きの相手なんてごめんだね」
安「あれ? お前も早かったな」
健一「うるさいよ」
安「へへへへ…ねえ、みんな無理しちゃって、仕事の鬼とはご立派なこったよ。あ~あ~、あ~あ~寂しく帰っていくよ」
自転車で帰っていく朝子の後ろ姿。
安「いいのかい? ホントに」
健一「やかましいよ、安さんは」
安「へ~いっと」
自転車に乗ってきた雪子。「あんた! あんた!」
新次郎「ハハッ。これは面白(おもしれ)えや。安さん、あんたの番だよ」
雪子「あんた!」
安「なんで俺んちのかかあがここへ来なきゃなんねえんだ」
健一「追っ払うんだね、安さん」
安「そりゃ、追っ払うよ」
新次郎「順番だよ、こりゃ。ハハッ」
雪子「あら、あんた」
安「なんだ? お前」
雪子「なんだよじゃないよ、ホントに!」
安「いいか、お前な。男の仕事場へね、女が来るもんじゃねえんだ」
雪子「一人前のこと言うんじゃないよ。どうすんだよ? 一体」
安「何を?」
雪子「あきれたね。あんた、まだ気がついてないのかい?」
安「何を?」
雪子「この戸ぶすまはね、望月さんのだろうが」
安「えっ!?」
雪子「ちょっと仕事場見に行ったらここの建具があるんだもん。驚いちゃったよ」
安「あっ、そうか! どうりで入りにくいと思ったよ」
雪子「冗談じゃないわよ! あっちはね、重役さんのうちだよ。戸ぶすまだって、ほら、おごってんじゃないか。それをここへはめるんで削っちゃったら使いもんになんないじゃないか」
安「しょうがねえな」
雪子「しょうがねえのは、あんたのほうでしょうが」
新次郎「おかみさん、ハハハッ」
雪子「あっ、新さん。あきれてものが言えやしないよ、もう」
新次郎「いや、だからさ、さっきから入らねえって苦労してんだよ。ハハハハ…」
雪子「バカだね、この人は」
安「やかましい!」
雪子「なんだよ?」
安「人前でバカって言うことはねえだろ」
雪子「ああ、人前がイヤならね、うちへ帰って言ってやらあ。あきれてものが言えやしない」
安「それだけ言やあ、たくさんだってんだよ、もう」
健一「安さんとこ面白いねえ」
雪子「冗談じゃないわよ」
健一「勘弁してやんなよ。削ったもんはしょうがないじゃない」
雪子「簡単に言うけどさ、うちなんてね、そんなに収入がないんだもん。困んのよ、こういうことがちょくちょくあると」
安「分かった、いいから帰れ!」
雪子「なんだよ、その言い方は」
安「お前な、新さんたちすごいんだぞ」
雪子「何が?」
安「このうちな、ボヤを出したけどな、そんなこと全然分かんねえように建てちまうんだよ」
雪子「当たり前じゃないか、そんなこと」
安「そのお金、お前、保険じゃ出ねえんだぞ」
雪子「あら、そうなの?」
新次郎「うん、まあ水にぬれただけなのはね」
雪子「そう」
新次郎「ほら見ろ。お前、損したってな、いい新築にしようってんで、お前、夜業やって頑張ってるんだよ」
雪子「だけど損することないわよ」
新次郎「えっ?」
安「男はね、金じゃねえときだってあるんだよ!」
雪子「なにもあんたが威張ることないじゃないか」
安「ヘッ! 俺はおごっちまうっつってんだ、お前。ええ? 重役のね、戸ぶすまかなんだか知らねえけどね、ガタガタ言うない、ちくしょう!」
雪子「だけどね、全部で1万円ぐらい違うんだよ」
安「ヘッ! そのぐらい、お前、銀座で一晩飲みゃパアだよ
雪子「バカだね。あんたね、銀座で飲んだことなんかありゃしないじゃないか」
安「俺はね、おごっちまうっつってんだよ。おごっちゃうよ、新さん」
新次郎「えっ、いいのかい?」
安「ああ、いいって! おい、こら」
雪子「なんだよ?」
安「女、子供はね、さっさと帰って風呂でも入って寝ろ!」
雪子「なんで風呂入るんだよ」
安「いちいち、お前絡むね」
雪子「間の抜けたこと言うからだよ」
安「お前の主(あるじ)は俺だよ。俺がね、決めたことグズグズ言うない」
雪子「ホントにまあ。人がわざわざ自転車走らせてフーフー言って来たのに、なんて言いぐさだよ。自分が間違って」
帰れ帰れと雪子の背中を押す安さんだが、雪子はバカバカしいと座り込んでしまう。
安「なんでお前、そこへ座っちゃうんだ?」
帰らないと言い張る雪子に「お前がね、帰ってくんないとね、俺、男が立たないんだよ」と並んで座る安さん。
健一「頑張れよ、安さん」
雪子「あんたの男なんて知ったこっちゃないよ」
安「そんなことお前言うなよな」
雪子「早く仕事しちまいなったら」
雪子の肩を押す安。「いいかい、健坊。俺は追っ払ったよ。追っ払ったけど帰らねえだけなんだから。俺は知らねえよ、こんなの!」
雪子「なんだよ、こんなのとは!」
安さんの妻・雪子は菅井きんさん。これまでの木下恵介アワーでは家政婦、寮母さんなど夫のいない役が多かったし、朝ドラでも夫を亡くした女性役が多い印象。こうやって夫とポンポンやり合うのもいいね。
朝、あくびをしながら外に出た健一に文子が「おはよう」と声をかけた。健一とも夜会えないし、竜作も帰りが遅い。クリーニング屋は夜が早く終わるのにつまらないと言う。あしたで大工仕事は終わると言う健一だったが、文子はこの間現場に行ったときの竜作の態度を愚痴る。
健一「文句あんなら、あいつに言えばいいじゃないか」
文子「だって、あの人んとこ行くと怒るんだもの」
健一「あんときは特別さ。仕事でカッカしてるときに来るからだよ」
文子「そうかしら? あの人、冷たい性質なのよ、きっと。私、だんだん分かってきたの。前とちっとも変わらないんだもの。私がお嫁に行くって言ったときだけ止めといて、あとは知らん顔なんて人をバカにしてるわ。私を愛してるんじゃなくて独占欲なのよ」
健一「あいつには目標があるからね」
文子「野心なんかない人の方がいいわ。この間、あの人なんて言ったと思う?」
健一「聞こえなかったよ」
回想
竜作「仕事場へ来るのは絶対困るよ」←残り数分で今日の初セリフ!
文子「あんただっておそば屋に来たじゃないの」
竜作「屁理屈だな、それは」
文子「ちょっとだけでも会えればいいと思ったのよ」
竜作「休みだったらデパートか映画でも行ってくりゃいいじゃないか」
文子「1人で?」
1人でもいいし、だったら工場勤めでもして同世代の友達が出来るようなところに行けばいいのに、それもイヤなんだよね、こういう人は。
竜作「しかたないだろ」
文子「あんた、ホントに私のこと好き?」
竜作「好きさ。だけどそう言ったからって権利でもあるみたいに仕事の邪魔されちゃ困るんだ。俺、時間だからさよなら」
回想終わり
文子「ホントに愛してたら、あんなこと言えるかしら」
健一「それで俺はどうしたらいいんだい?」
文子「どうしたらって?」
健一「あいつの代わりに俺が呼び出されるってわけかい?」
文子「そうじゃないわ」
健一「もうこれ以上、あんたたちのもめ事に首突っ込むのやだよ」
文子「ごめんなさい」
健一「あさって、あいつんとこ行けばいいさ。仕事終わって会いたがってるよ」
文子「うん」
健一「俺、まだ飯食ってないんだ」
文子「うん、じゃ帰る」
健一「くよくよすんなよな」
文子「うん」
玄関ドアを開け、家に入ろうとした健一。
文子「健ちゃん」
健一「うん?」
文子「私、あんたのほうが好きになっちゃった」
満面の笑顔で帰っていく文子をポカーンと見送る健一。
家へ入って、もと子にあれこれ聞かれてもボーっとしていて、「女ってヤツは気まぐれだからやんなっちゃうよな」ともらしてしまう健一。
もと子「女のどこが気まぐれやねん」
健一「母ちゃんじゃないよ」
もと子「ややこしいこと言うな」
笑顔の竜作が「おはようございます」と顔を出した。
文子の「私、あんたのほうが好きになっちゃった」がリフレインする健一。
竜作は物置に使う蝶番の大きいのを忘れたと言う。席を立つ健一。もと子は竜作に朝ご飯食べて行かないと誘う。
竜作「ああ、いい匂いだなあ、おみおつけ」
健一は顔を洗っているともと子に言いつつ、洗面所に水をためていた。思い出すのは「私、あんたのほうが好きになっちゃった」という文子の言葉。(つづく)
う~ん、文子みたいなタイプはどうも好きになれない。
「たんとんとん」は来週木曜日が最終回。次の再放送作品は「思い橋」だそうです。「たんとんとん」の次は「太陽の涙」「幸福相談」「おやじ山脈」と続いていたのに、すっ飛ばすんだあ(涙)。順番通りやってくれると思って、「太陽の涙」を楽しみにしてました。でも、いつか絶対やってほしい。
「思い橋」は主要キャストが美人女優ばかりでシリアス系に見える。