TBS 1971年9月21日
あらすじ
尾形家で請け負った現場が火事になった。しかし、愚痴ばかりでは生きている張り合いもない。火事という災難に遭っても、もと子(ミヤコ蝶々)と健一(森田健作)は明日に向かって歩いていく。
2024.1.26 BS松竹東急録画。
尾形もと子:ミヤコ蝶々…健一の母。字幕緑。
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尾形健一:森田健作…大工見習い。字幕黄色。
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中西雄一郎:中野誠也…施主。
生島トシ子:松岡きつこ…新次郎の妻。
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安さん:太宰久雄…建具屋。
堀田咲子:杉山とく子…堀田の妻。
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巡査:佐山俊二
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堀田:花沢徳衛…鳶の頭(かしら)。
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生島新次郎:杉浦直樹…健一の父の下で働いていた大工。
現場
朝になり、鎮火した中西家を見に来た巡査。
今回の主役?みたいに出ずっぱりだった巡査役の佐山俊二さんは「二人の世界」17、18話で二郎と麗子がスナックの物件探しのときにボロボロの居酒屋を勧めてきた口のうまい周旋業者。
「男はつらいよ」にもレギュラー出演してたらしいけど、あんまり記憶にないなと思ったら、1984年に65歳で亡くなっていた。「たんとんとん」当時は53歳。勝造役の天草四郎さんとほぼ同世代で亡くなったも共に60代。当時の50代って老けてるよね~。
とし子も娘のさおりを連れて現場に来ていた。さおりは1話以来の登場。旧ツイッターで見かけたけど、今回とし子がしてるエプロンは「二人の世界」で栗原小巻さんも着用していたらしい。胸の所に赤いチェックで真ん中に花がついてる。
巡査「またこりゃひどいことするねえ」
とし子「お隣の旦那がちょうど帰ってきたからよかったけどね」
巡査「うん、そうだってな。まあ、運がよかったんだな。ああああ、こりゃ張り替えせんといかんな。天井も」
とし子「天井だけじゃないわよ。水かけたでしょ? 奥だって、こっちだって。あ~あ、これから大変だわ」
巡査「悪いヤツはいつまでたってもおるねえ」
とし子「うん。ちょっと、やだ! おじさん」巡査が取り出したタバコの箱を取り上げた。「タバコの火でね、これだけ燃えちゃったのよ」
とし子からタバコを取り返す巡査。「本官は、そんな不注意はせんよ。そうかい、タバコの火だって言ってたかい」
とし子「泊まりに入ってきたんだってさ」
巡査「しょうがないなあ。あいつはすぐ結論を出しやがるから」
とし子「は? おじさんは違うと思うの?」
巡査「うん? まあ、そんなとこだろう」
とし子「何よ。あんた、おまわりさんでしょ?」
巡査はポケットを探り、マッチを切らしたことに気付いた。とし子は火事場へ来てタバコを吸うことはないとツンとした態度。しかし、巡査はベテランともなると慌てないもんだと平然としている。とし子が犯人が捕まるか聞くと、分からないと言い、ゆうべから本署へ出張していて、今朝、明け番で帰るところで、一応見に来ただけ。この辺は空き巣が多く、対応に疲れている。
尾形家
もと子、新次郎、安さん、堀田、中西が茶の間を囲む。意外ともと子と新次郎が一緒のシーンって少ないから今回レアだな。
中西「もちろんこれは災難ですから出来上がりが遅くなるのは覚悟しています。ただなんていうかこんなことは言いたくないんですけど…」
もと子「いえ、なんでも言うてください。できることやったらどんなことでも相談に乗りますから」
中西「はあ。つまり、焼けた所はですね、おたくで入られた保険でお金が出るそうでホントに安心しましたけど、問題は水がかかった所だと思うんです」
新次郎「いや、水もね、かかり方によっちゃ金は出るんですよ」
中西「でも、ちょっとした染みなんかじゃ出ないんでしょ?」
新次郎「いや、そう…ちょっとした染みぐらいじゃどうですかね」
中西「虫のいいことを言うようですけど、ようやく新築したうちで入るときから、あちこち染みがあるのはとても残念なんですよ」
もと子「中西さん」
中西「は?」
もと子「私、さっき全部任せてほしいと言いましたね?」
中西「ええ、そりゃそうですけど」
もと子「直します。こんな騒ぎ、ちっともなかったというふうに直してお渡しいたします」
中西「だけど、おかみさん。私のほうはこれ以上、お金がかかるのはホントに困るんです」
もと子「お金なんか請求いたしません」
中西「だってそれじゃ、おたくに損が行くじゃありませんか」
もと子「損はしてもしょうがないと思うとります。建築というものは全部出来上がって、はい、仕上がりとお渡しするまで請負の責任やと思うとります。死んだ亭主もこんなときに旦那にお金を請求するようなことは決してせえしませんでしたよ」
中西「いや、どうも僕は被害妄想なのかな、ハハッ。自分が世渡り下手なことを知ってますから、いつもつけ込まれるんじゃないか、だまされるんじゃないかと思ってましてね」
堀田「そんな、あんた、そんな請負なら私が紹介するわけないじゃないの」
中西「それはそうだけど。僕みたいに技術畑一本槍できちまった人間から見ると請負の人なんて全く抜け目のない人なんじゃないか、なんて思ってしまうんですよ」
堀田「そりゃあねさんだって抜け目はないですよ」
もと子「中西さん」
中西「は?」
もと子「するとなんですか? 私らが損のいく仕事をするわけがない。染みを隠したら、その分だけどこぞで材料を落として、うまく帳尻を合わせるんやと思うてはるんですか?」
中西「いや、そういうこともありがちだろうな、なんて…」
もと子「はあ…それで私にくぎ刺したというわけですか」
中西「いや、そういうふうに思われると…」
もと子「そやけどそうでしょうが」
堀田「まあ、あねさん」
もと子「私はね、損はしてもしょうがない。請け負うた以上はやるだけのことはやろうと決めたんですよ。だから全部任してほしいと言うてるでしょうが。それ、なんですねん。だまされるやの、抜け目がないやのって、遠回しにせよ、そんないやらしいくぎ刺されんのはね、気色悪いんですよ、私は」
堀田「いや、そりゃそうだけどもさ、こちらだって悪気があって言ったわけじゃないやね」
もと子「人を信用なさらんのが腹立つんですよ」
中西「すいません。私がいけませんでした。正直言って、おたくさんのようないい請負さんがいるなんて信じられなかったんです。損してまで私らのためにいい仕事をしてくれるなんて、そんな請負さんがいるなんて思えなかったんですよ」
堀田「そりゃそうだい。どこだって損してまで旦那本位に考えてくれる請負なんてねえもん」
もと子「そりゃ私かてそうや。でも、今度のことは不慮の出来事でしょ? だから何がなんでも私は旦那にご迷惑をかけたくないと思うとります。そやけど、なんでんねん。任せろったら、任せたっちゅうきっぷが欲しいですよ。ウジウジ、ウジウジ、なんやもう遠回しにチクチク針で刺されたら面白くないのも当たり前でしょうが」
安「すいません!」
もと子「なんや? なんであんたこんなとこで泣くのよ」
安「みんな、俺が…みんな、俺が悪かったんだい!」
堀田「なんだ? 安さん。穏やかでねえこと言うじゃねえか」
新次郎「まさか、安さん。安さん、火ぃつけたんじゃ…」
安「そんなこと…そんなこと俺がするわけがねえじゃねえか」
新次郎「いやだって、今…ねえ?」
堀田「そうだよ。なんで安さんが悪いんだよ?」
安「だって、あそこへ入ったヤツは雨戸を外して入ったんだぜ」
堀田「そりゃそうだよ。雨戸外さなきゃ入(へえ)れねえじゃねえか」
安「俺ね、雨戸を少し削りすぎちまったんだよ。だから、外れやすかったんだよ、あの雨戸」
新さん、苦笑い。
堀田「バカなこと言うんじゃないよ。入(へえ)る気になりゃ雨戸なんてものはドライバー1本で簡単に外れるじゃねえか」
安「だけどね、もうちっと…もうちっと深くかみ込んでりゃな」
もと子「いや、そりゃね、削りすぎてほっといたのは安さんの責任よ」
安「すいませんでした。(中西に頭を下げる)すいませんでした!」
もと子「そやけど、これで安さんがボヤの責任まで負うことあらへん」
安「ねえさん…ねえさんは優しいなあ」泣きだして、顔を見合わせて笑ってしまう新次郎たち。
そこへ咲子が「勝(かっ)つぁんが大変なんだよ」と乗り込んできた。「何をまた血迷いやがって」と尾形家を出ていこうとした堀田がちょうど来た巡査とぶつかりながら出ていく。
咲子「勝つぁんち行くんだよ! いえね、ねえさんと壁のことでもめたでしょ。その壁んとこから火が出たっていってね、みんなが自分を疑ってるだろうってね、身の潔白立てるんだってさ」
もと子「えっ!?」
出ていった咲子とまたぶつかりそうになる巡査。
もと子「私、行ってくるからね」
新次郎「いや、私が行きましょうか?」
もと子「いや、私行きます。あんたはここでお相手してて、ねっ?」
出合い頭にぶつかりそうになったもと子と巡査。「あっ、いやいやいや、そう…その手には乗らんよ、へへへ…」
もと子「忙しいのに何言うてんねん、もう」
とし子がさおりを抱っこして「なんかあったのかしら?」と尾形家に来た。
茶の間にいる安さん、新次郎一家。巡査が電話をかけている。「あっ、俺だよ、何? 洗濯? うん、だって用がありゃしょうがねえだろ。お前が洗濯してるかどうか、俺が分かるわけねえじゃねえか。なんの用? 今、それを言うんじゃねえかよ。うるさいよ、お前は。ああ、俺はな、今朝、帰るつもりだったろ。そう…そうって亭主の帰る時間ぐらい、お前の頭にないのかい、ええ? だからどうだってんだい? ああ? あのね、そんな言いぐさねえじゃねえか。俺はね、お前が俺の帰りを待ってんじゃねえかと思って…そんならいいよ! うん? 俺は帰んねえから。なんだよ、ホントに」受話器を置く。
安「ねえ、いろいろ大変ですね。おまわりさんも」
巡査「ああ、もう女房も古くなるとロマンチックじゃないからイヤんなっちゃうよ」
新次郎「洗濯してたらしいですね」
巡査「そんなときに電話したって怒ってんだよ」
新次郎「女房なんて、そんなもんですよ」
とし子「あら、そうかしら」
新次郎「いや、お前のこと言ってんじゃないんだ。大体、しかし、お前もそうじゃないか?」
とし子「あっ! 私がいつあんたの電話文句言った?」
新次郎「言ったじゃないか。ほら、いつだったか、あの…伊香保へ棟梁と行ってさ…」
とし子「あんときはさ、さおりが寝かかってたからしょうがないじゃないよ」
ケンカが始まり安さんも巡査もニコニコ見守る。
新次郎「だからさおりが…」
安さんがニコニコしながら止め、巡査も同じ夫婦ゲンカでも女房がこのぐらい美人だったら腹が立たないと笑う。少し気まずそうな新次郎とにやけてしまうとし子。
誰が美人?と言い出す安さんにここに女は一人しかいないと怒る新次郎。「女房が美人じゃないみたいなこと言われたら面白くねえや」
とし子「そうよ。私だって面白くないわよ」
安「いや、としちゃんは美人だよ。いや、一瞬、ホント、わざとじゃなくてね、俺分かんなかったんだよ。美人のことは誰のことかってさ」
新次郎「何を…それがしらけるっていうの」
美人は3日で慣れる的なこと??
巡査が新次郎と安さんの間に入って止める。
安「いやね、今日は施主の旦那からいろいろとボヤのことで言われて、新さんね、気が立ってんですよ」
巡査「うん、施主ってあれだろ? さっき帰っていった、あのサラリーマン」
安「ええ、あの人なんですけど」
巡査「悪気はないよ、あの人は」
安「ええ、そりゃ、そうなんですけどね。ねっ? 新さん」
新次郎「いや、無論悪気はないんですよ。だけど、どういうもんかねえ。うちを建てる人ってのは、どうも心の底で大工をホントに信用してねえみたいなところがあるもんなんですよ」
巡査「う~ん、そうかねえ」
新次郎「そりゃ、表面はね、みんな愛想いいですよ、職人には。だけどね、どっかで信用してないんですね。なんていうのかな、隙を見せると手を抜くんじゃねえのかなとかバカな金取られてんじゃねえのかなって、なんとなく疑心暗鬼なところがあるんですね」新次郎の肩にもたれかかっているとし子。
巡査「まあね、うちっていや、安い買い物(もん)じゃねえもの。俺なんか一生、建ちゃしねえもん。ハァ…建てるとなると多少、神経立てるのも無理はねえんじゃねえの?」
新次郎「ええ、ええ、そう思ってますけどね。正直に一生懸命やってるのを疑いの目で見られるとねえ」
巡査「しかし、悪いヤツだっているもん。そう、あんた、バカみたいに信用はできないよ」
新次郎「ハッ…そりゃまあそうですけどね」
安「どうだろうね? 旦那にビールでも差し上げちゃ」
巡査「いや、そりゃ、いかんよ。制服でビール飲むわけにはいかんよ」
安「だって、もう終わったんでしょ? 勤めのほうは」
巡査「しかし、こう着てる間は同じだよ」
安「だったら脱げばいいよ。ねえ?」
新次郎「うん?」
巡査「しかし、脱いだらシャツだからね」
安「シャツとパンツでどうですか? グッといいですよ」
巡査「そりゃ飲みたいけどさ」
新次郎「おい、じゃ持ってこいよ」
とし子「いいの。またおかみさん怒るから」
安「いいさ。おまわりさんに飲ませるんだもん」
巡査「そりゃいかん、いかん、いかん。拳銃を持っとる」
安「あっ、ピストル?」
巡査「拳銃を持って酒飲むわけにはいかんよ。わしにだってやっぱり職業的良心というものはあるからね」
結局、ステテコ姿で安さんにサイダーを注いでもらっている巡査。「これ、ホントにサイダーだろうな?」
新次郎たちは帰ったのかいない。
安「ええ、もうサイダー。今ね、2本目の栓、抜いたところですから」
巡査「う~ん、しかし妙だなあ。なんかこう酔っ払ってきたような気がすんな」
安「そうですか? 妙だなあ。別ににおいませんけどね」
徹夜明けで疲れていると言う巡査。しかし、この年まで病気一つしたことがない。
安「そうそう。痩せた人は丈夫だっていうから」
巡査「その俺がさすがにここへきてダメだな。うん」
結果的にやせ型の佐山俊二さんよりぽっちゃりの太宰久雄さんのほうが長生きしたけどね…って太宰久雄さんも亡くなったのは74歳だけど。「たんとんとん」当時は48歳かあ。
そんなことはないでしょとサイダーを勧める安さん。こんな物、そう飲めるかと言う巡査だったが、つまみを勧められると笑顔になる。「俺はね、人の厚意がホントにうれしいんだよ、ああ。おい、しかしね、おまわりが上がり込んで、なんか食ったなんて言わないね?」
安「言うわけないでしょ、俺が」
巡査「ありがとう。このごろ、俺なんかつまんないよ、ホントに」
警官だと言うと大抵、目をそらされると嘆く。安さんはこのサイダーってアルコールが入ってんのかねえと飲み始める。
巡査「おいこら!」
安「えっ?」
巡査「建具屋!」
安「いけないよ。それじゃあね、戦前のおまわりさんだよ」
巡査「何? 何言ってんだ、やかましいな。お前は一体なんなんじゃ、お前は」
安「私?」
巡査「ああ、ええ? ニヤニヤ、ニヤニヤ、お前、さっきから相づちばかり打ちやがって。ホントはあれだろう。おまわりなんか早く帰ってもらいたいと思ってんだろ?」
安「いや、そんなこと思ってないって」
巡査「ああ、そんならいいよ。お前がその気なら俺はファシズムでいくからな」
安「いやあ、旦那…旦那ね、旦那の気持ちは分かるけどね。怒っちゃいけないよ。おまわりさんってのは」
巡査「なんで怒っちゃいけねえんだ?」
安「あのさ、体にも毒だからさ。ひとつね、にぎやかにパーッといきましょうよ、ねっ?」サイダーをコップに次ぐ。
え、これ、さっき安さん口付けて飲んでなかった!?
安さんが歌う。
♪徐州々々と 人馬は進む
徐州居よいか 住みよいか
巡査「お前、アホかい? サイダーで酔っ払いやがって…たく、まあ、どいつもこいつもしょうがねえなあ。ああ、俺はすっかり疲れちゃった」横になる。
安「♪麦畠」1番を歌い終え、横になった巡査を見るとチラッと目を開けたのでさらに歌い続ける。
♪友を背にして 道なき 道を
行けば戦野は 夜の雨
「すまぬ すまぬ」を 背中に聞けば
「馬鹿を云うな」と また進む
兵の…
帰ってきたもと子は安さんの歌声に気付き、ムッとして家の中へ。「安さん、またか?」
安「あっ、ねえさん」
もと子「何よ? この男は」
安「これ、おまわりさん」
もと子「ああ…おまわりさんにあんた、ビール振る舞(も)うたのね?」
安「いえ、違うって。ねえさん、サイダー。サイダーで寝ちまったんだって」
もと子「なんでおまわりさんが寝てんのよ? 仏壇の前でステテコ着て、なんで寝てんのよ?」
安「この人、かわいそうなんだって」
もと子「何言ってんの。あんたに留守番させたらろくなことないのね」
公園にいる新次郎一家。新次郎はとし子に話があると呼んだ。さおりをほっとかないで~。
とし子「何よ、仕事行くんじゃないの? 健坊たちやってんでしょ? 乾物屋」
新次郎「その前に話があるんだ」
とし子「どうしたの? 何、ブツブツ言ってんの?」
新次郎「なあ、とし子」
とし子「うん?」
新次郎「棟梁が死んだとき、俺はこう言ったんだ」
とし子「うん」
新次郎「健坊をしごいて一人前にして尾形のうちを決して落ち目にはしねえって」
とし子「何、気取ってんの?」
新次郎「大事な話だから気分出してんじゃないか」
とし子「急に気取ったってつきあえるわけないでしょ」
新次郎「うん、だから黙って聞いてりゃいいんだよ」
とし子「じゃ、黙ってるわよ」
新次郎「俺はな、とし子。自分が歯がゆくってしょうがねえんだよ。俺は健坊を引きずって棟梁のいない尾形んちを一分の隙もねえ立派な請負にして黙って立ち去りたかったんだよ」
フフフと笑うとし子。
新次郎「こら、笑うなよ。笑い事じゃないだろう?」
とし子「そいで?」
新次郎「そいで?ってことはないじゃないか。真面目に聞いてりゃいいの」
鼻をこするとし子。
新次郎「現実ってものは、そううまくはいかねえや。俺は確かに競輪はやめた。まあ、競馬もや…場外を3回やっただけでよ。まあ、とにかく俺としちゃ一生懸命やったなあ。だけどね、それは決して格好よくしごいて引きずってくなんていうようなもんじゃなかったよ。まあ、俺のやり方でしごかずにやるなんて言ったけどね。それもまあどうってことはなかったなあ。まあ、結局、俺は尾形んちの使用人としてモタモタ、モタモタ適当なことしかしなかったと思うんだ、うん。そりゃ、まあね。漫画や映画のようには格好よくはいかないだろうけど、それにしても俺はどうってことなさすぎたような気がすんだよな」
とし子は池で泳ぐアヒルを見ていて「行っちゃった、あっ…」とどこ吹く風。
新次郎「おい、とし子」
とし子「うん?」
新次郎「なんだ、お前。聞いてないのか」
とし子「あっ、聞いてるよ、そりゃ」
新次郎「おい、いいか? 俺はね、今、ここへきて反省してんだよ」
とし子「分かるよ」
新次郎「今の新築はね、ほとんど儲けがないんだよ」
とし子「ホント?」
新次郎「儲けがなくなっちまったんだよ」
とし子「ボヤで?」
新次郎「そりゃ、ボヤもある。とにかくね、保険以上の手直しをしようとしてんだ、おかみさん。その上、ほら、棟梁の妹に150万円やっちまって、笠松の材木屋に義理立てて100万だろ。その上、相続税払ったらガタガタになっちまうよ」
とし子「そんなこと、あんたのせいじゃないじゃん」
新次郎「そりゃまあ、そうだよ。しかし、人間ってやつはやっぱり…」と言いかけ、通りすがりの赤ちゃんをおんぶしたおばあさんに「あっ、どうも暑いですね。いつまでも。どうも」とあいさつ。せきばらいし、「俺はね、ここ一番、俺がしっかりしてボヤの手直しは徹夜してでもなんでもやっちまって儲けの出る仕事をばっちり受けてね。とにかくジリジリ金が減るようなことはさせねえでやりてえんだなあ」
とし子「あんたさ、いつも格好いいこと言うけど続かないじゃん」
新次郎「続くさ。続かせるのさ。だからこうやって、お前にも頼んでんじゃねえかよ」
とし子「何を?」
新次郎「いや、いいかい? だからね、俺はここ一番、頑張るから、お前もその気になって覚悟を決めて俺を助けてもらいたいんだ」
とし子「私が大工やんの?」
新次郎「バカ。気持ちを言ってんだよ、気持ちを」
とし子「アハッ、いいよ。あんたが頑張りたいと思えば、頑張ればいいと思うよ」
新次郎「そうか?」
とし子「うん」
新次郎「いやあ、そうかそうか。いや、俺はね一つの目標に向かって夫婦が力を合わせてこそ…」熱弁し始めるが、とし子は池から背を向け、1人で遊んでいるさおりに下りなさい!と注意して行ってしまった。
新次郎「なん…チッ…なんだよ。そいじゃ、俺はつまんねえじゃねえかよ」
夜、1人でダイニングで夕食をとっていたもと子。ふすまが開き、ステテコ姿の巡査が起きてきた。
もと子「お目覚めですか?」
巡査「ええ。いやあ、すっかり眠っちゃいました」
もと子「相当お疲れになってたんですよ」
巡査「あの…おかみさんですか?」
もと子「ええ、そうです。あっ、さっき、玄関でちょっとお目にかかりましたね」
巡査「あっ、ええ。あの…私の制服やなんかは?」
もと子「押し入れへ入れてあります。だって、ピストルやなんかがあったでしょ。だから、表へ出しといちゃいけないと思って」
巡査「あの…どこの押し入れでしょう?」
もと子「まあ、いいじゃないですか。お茶でも入れましょう、どうぞ」
巡査「いやあ、でも、こんな格好では」
もと子「何言うてはんねん。その格好に布団掛けたの私です」
巡査「いや、こりゃどうも恐縮ですなあ」どうぞとうながされて、ダイニングテーブルに掛ける。
もと子「しかし、まあ、なんですねえ、徹夜は大変ですね。そのお年でねえ」
巡査「ハハッ。いや、なんかこの…サイダーですっかり酔っ払いましてな」
もと子は煮魚がおかずのごはんを勧め、巡査は喜ぶ。もと子はお茶を入れ、巡査はすっかりお世話になりましてとお礼を言う。
6月に旦那が亡くなり、1人で夕ご飯を食べているのか聞かれ、「息子がいるんですけどね、ちょっと手間取った仕事でね、夜業で片づけてるんですよ」と答えた。巡査は、この家はうちから比べるとお屋敷だと羨ましがる。死ぬまでにこのぐらいのうちを女房子に残してやりたいと話す。
ドラマも残り数分。ようやく健一登場!
健一「ただいま!」
もと子「あっ、おかえり」
健一「乾物屋、終わったよ。あの旦那、いろいろ言うから参っちゃうよ」
巡査「やあ、おかえんなさい」
健一「ああ…」玄関から台所の玉のれんをくぐって、巡査に気付く。
それにしても、健一、数回前から思ってたけど、すごい日に焼けてる。
もと子「おまわりさんよ」
健一「ふ~ん」流しに立つもと子の隣で巡査を背にして話す。
もと子「ねえ、手間食ったのは向こうのせいなんだからね、あのうちは」
健一「ああ、でも、ああ変更されちゃ頭にくるよ」
もと子「ご飯は?」
健一「新さんにおごってもらったよ」
もと子「あっ、そう、わり方、早かったのね」
健一「新さん、バカに張り切っちゃってさ」
もと子「うん」
健一「俺、母ちゃんに早く言おうと思って走ってきたんだ」
もと子「何をよ?」
健一「だけど、どうして警官がシャツとステテコでそこにいるんだい?」
もと子「そ…それはね、それはね、お前に…」
健一「だけどどうして警官がステテコで母ちゃんと差し向かいで夕飯(ゆうめし)食ってんだよ」
巡査「いや、坊ちゃん、それはね…」
健一「あんたは黙っててくださいよ」
もと子「バカ!」
健一「何がバカだよ」
もと子「お前、しかし、まあ…母ちゃんナメたら承知せえへんで」
健一「説明してもらおうじゃないかい」
もと子「お前、しかし、アホやな。どこまでアホや。一体何を考えてんねん」
健一「そんなこと決まってんじゃねえか」
もと子「何が決まってんだよ」
健一「なぜって…変じゃねえかよ」
もと子「なら何か? お前がやな、働いてんのを幸いに表へ行ってんのを幸いに、お母ちゃんが男の人でも引っ張り込んでると思うてんのか」
健一「じゃあ、どうして警官がステテコでそこにいるんだよ?」
もと子「人をナメるな! なんだ、お前、相手を見い、相手を。母ちゃんが例えばよ、浮気をするとせえ、相手を見い、こんなヘナヘナな、こんなアホみたいな男、誰が相手にするか」
巡査「ちょっとそれは…ちょっと口が過ぎやしませんか?」
もと子「過ぎませんよ。当たり前ですよ。あんた、またなんやねん。ヒョロヒョロして」
巡査「はい?」
もと子「ちゃんと着る物(もん)着て出てってちょうだい!」
巡査「でも、あのね…」
もと子「何言うてんの。あんたなんかと、まあ、いやらしい。汚らわしい。何言うてんの」
巡査「どうもすいません」
健一「悪かったよ」
もと子「当たり前や!」
健一「でも、驚いたんだよ、ちょっと」
もと子「走って帰って話したいって何よ?」
健一「俺と新さんと竜作とね、徹夜してでもあのうちを早く造ろうって決めたんだよ」
もと子「そうかい」
健一「中西さん、赤ん坊生まれんだろう? 赤ん坊だけは初めからあのうちにしてやろうって、新さん俺たちに提案したんだよ」
もと子「そう。新さん、そんなこと言うてくれたん」
健一「俺も頑張るぜ。この火事がかえってよかったというようにしてみせるぜ」
もと子「ありがとう、うれしいよ、母ちゃん」
親子のやり取りを見ていた巡査は「いいねえ。なんだか知らねえけど」と羨ましがる。俺だって、あんたらのような女房、子供だったら、もうちょっと出世したよ。俺は情けない。俺は寂しいと何度も嘆いてつづく。
巡査も新次郎も妻に相手にされてないように感じて嘆いてる。「たんとんとん」は若者回と大人回がはっきり別れてるみたいね。今回は完全に大人回。