TBS 1971年10月5日
あらすじ
仕事の鬼と化した新次郎(杉浦直樹)に不満を抱いたとし子(松岡きっこ)は、子どもを連れて実家に戻り、新次郎が迎えに行っても帰ってこない。しかも、とし子の母(宮城千賀子)が浮気を疑い、どなりこんでくる。
2024.1.30 BS松竹東急録画。
尾形もと子:ミヤコ蝶々…健一の母。字幕緑。
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尾形健一:森田健作…大工見習い。字幕黄色。
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江波竜作:近藤正臣…先輩大工。
石井文子:榊原るみ…竜作の恋人。
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生島とし子:松岡きつこ…新次郎の妻。
中西敬子:井口恭子…施主の妻。
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堀田:花沢徳衛…鳶の頭(かしら)。
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時子:宮城千賀子…とし子の母。
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生島新次郎:杉浦直樹…健一の父の下で働いていた大工。
下小屋
機械を使って木を切っている竜作と穴を開けている健一。
尾形家茶の間
頭(かしら)は今度の現場を見てきたことをもと子に話していた。空き地になっているため、近所の人たちがごみを捨てており、ちょっとくさいが、あしたから取り掛かって2日もあれば整地はできる。もと子は地祭りは今度の日曜日にしようと思っていると言う。
敬子さんの出産予定日の1971年10月10日(日)大安の日かな?
堀田「だけど今度はアパートだから刻みが大変だ」
「刻み」とは、墨付けの終わった木材に対して、継ぎ手や仕口を手作業にて加工する作業のことである。木材を組んで上棟するために長さをそろえたり、鑿(のみ)で穴を掘ったり、ほぞを付けたりといった加工を行なう。
もと子「それが新さん、手回しがいいのよ。どんどん墨付けしちゃってね。もう刻みやってたんだからね」
堀田「ねえ、俺も速(はえ)えなあと思ってさ」
もと子「助かるわ。このごろ、新さん張り切ってくれてんでね」
堀田「やっぱ変わったな、新さんも」
もと子「もう、ここへ来てから、ますます張り切ってんだから」
新次郎はとし子が実家から帰ってこないため、今日はとし子の実家へ行っている。もう3度も行っていて、夜行くと帰りが大変なので、もと子が午後から休んで迎えに行くように言っていた。
堀田「俺なら、あんなかみさん、いっぺんで別れちまうけどな」
もと子「フフッ、でもね、夫婦というものは、はたから見て、いろいろ分からんことがあってね」
堀田「ホント、あんなのとよく一緒に暮らしてるなあと思うのがよくあるもんね」
もと子「新さんもその口やね」と頭(かしら)と笑っている。
座敷席やカウンターのある小料理屋
時子「いえね、うちがこういう暮らしなもんだからさ、私はあの子だけには水商売のあかをつけまいと思って、ホントに気を遣って育てたのよ」
新次郎「はあ」
時子「そのせいかなんか知らないけど、やたらと感じやすくなっちゃって大変だわよね? あんたも」タバコを右手に持ち、冷蔵庫からビール瓶を取り出す。
木下恵介アワーの映像を使ってサントリーのプレミアムモルツのCMは作られたけど、劇中に出てくるビールは「おやじ太鼓」のころからサッポロだよね~。
新次郎「いえ、そんな…。あっ、お義母(かあ)さん、まだ昼間だし」
時子「いいじゃないの、1本だけよ。でもさ、教育も何も考えないで、ここんちで大きくなってたら、すれっからしになってたわよね? あの子も」
新次郎「あの…」
時子「ここいらっしゃい、ここへ」カウンター席に来るように呼ぶ。
新次郎「はあ。あの…とし子は、あの…2階ですか?」
時子「ううん。おばあちゃんがね、さおりを連れて遊園地行くとか言ってさ」
新次郎「あっ、どうも」コップにビールが注がれる。
時子「一緒に出てったんだけどもね、あの子は途中で別れてデパートへでも行くつもりじゃないの?」
新次郎「あっ、そうですか」
時子「うん、あの子ったらさ、うちへ来るとおばあちゃんに子供押しつけて遊んでばっかりいるのよ。まあね、あのぐらいの子供は大変だから息抜きしたい気持ちも分かるけどね。やんなさいよ」
新次郎「えっ? ああ。じゃ、いただきます」ビールを飲む。
時子もカウンターに立ち、ビールを飲みながら「あんた。あんた、ここんちへ来ると、まるで借りてきた猫みたいね」
新次郎「ハハッ。そうですか?」
時子「フフフッ。やっぱりあれかしらね。女房のおふくろなんて煙ったいもん?」
新次郎「いえ。そういうわけじゃないんですけど」
時子「煙ったくなるような悪いこともしてないか。ハハハ…」
新次郎「そうですよ。このごろ、ホントなんにもやっちゃいませんからね」
時子「ふ~ん」
新次郎「いや、だからって別に前は何してたってわけじゃないんですよ。ハハハッ」
時子「ホント?」
新次郎「ホントですよ。とし子、言わないんですか?」
時子「うん。あの子、そういうことは口が堅いのよ。亭主の悪口なんて、これっぽっちも言わないんだからね」
新次郎「いや、悪口って、その…私が言いたいのはですね、私はここんところ、すごく変わっちゃったんですよ、人間が」
時子「あら、そうなの?」
新次郎「ええ。競輪も競馬もやりませんよ、全然」
時子「全然?」
新次郎「ええ、もうピタッと。ハハハッ」
時子「ふ~ん…あんた」
新次郎「えっ?」
時子「じゃ、どっかでお金を使うようなことができたんじゃないの?」
新次郎「冗談じゃないですよ、そんな」
時子「じゃ、何してんのよ?」
新次郎「仕事ですよ、仕事。もうすごかったんですよ、こないだ、うち」
時子「ふ~ん、キャバレーも行かないで?」
新次郎「それどころじゃありませんよ。あれ? そういうこと、全然、とし子は言わないんですか? いや、お義母さんにそれは言うといいんですよね、ホントに」
時子「だけど、新さん」
新次郎「えっ?」
時子「ホントはどっかに女つくったんじゃないの?」
新次郎「なっ…いや、そりゃひどいな。そんな、ひどいですよ。なんてこと…」
時子「甘く見るんじゃねえよ、この野郎!」
新次郎「な…なんですか?」
時子「お前さんがだよ、真面目になって、仕事一本槍になって、どうしてとし子がここんち、おん出てくんだよ?」
新次郎「いやいや、だから…だから、私は…」
時子「ナメんじゃねえよ、この野郎」
新次郎「ナメるなんて、お義母さん、そんな…」
時子「お義母さんなんて言ってもらいたくないねえ。私はね、お前さんにお義母さんなんて言われるほど年食っちゃいねえんだよ」
新次郎「私はですね、私はホントは真面目になって、仕事の鬼になって…」
時子「待て待て、待て待て、新次郎」
新次郎「なんですか?」
時子「何が仕事の鬼だよ。とぼけたことを言うんじゃねえや」
新次郎「だって、ホントだもの。俺は…」
時子「黙れ、おたんこなす、フン。はばかりながら、うちのとし子はな、ええ? 亭主が真面目になったのが気に入らないって帰ってくるような、そんな分からず屋じゃねえんだよ」
新次郎「だって、現にですね…」
時子「帰れ! ええ? 自分のやったことを正直に白状して謝ってくるまでは、とし子は帰(けえ)さねえからな」
新次郎「そりゃ、誤解だなあ。あっ、すげえ誤解だなあ」
時子「なんだい、いい年して。自分ばっか、いい子ぶりやがって。フン、仕事の鬼が聞いてあきれらあ。帰んなよ、帰(けえ)れったら帰れ!」
あらすじだととし子の母がどなりこんでくると書いててなんか違う。
時子役の宮城千賀子さんはとし子と似ている美人。とし子のところはお父さんいなさそうな気がする。だから、年上男性が好きなのかも? 時子は途中から、「あしたからの恋」のトシ子より少し年齢を重ねた「本日も晴天なり」のころの磯村みどりさんに似てるな~って思った。見た目も声もちょっと似てた気がする。
新さん、今日はびしっとしたスーツで、やっぱりこっちのほうが似合うと思っちゃう。スーツ姿のまま、尾形家へ。
もと子「結局、奥さんに会えずじまい?」
新次郎「ええ。もうね、なんだか帰れ帰れって言うもんですからね」
もと子「ねえ、ひどいこと言うわねえ」
新次郎「いや、私もしゃくに障ってね、出てきちゃったんですよ」
もと子「待たなくていいわよ。それ以上待ってたら、いよいよナメられるもの」
新次郎「いや、まあ、あいつにナメられる分には別にかまわないんですけどね、へへヘヘッ」ニヤニヤとタバコを吸う。
もと子「フフッ。だらしのない顔しなはんな」
新次郎「いや、ですけどね。あいつの母親が私をちっとも信用しない。もう、しゃくに障ってしょうがないですよ」
もと子「じゃ、どうでも新さんが悪いっていうのね?」
新次郎「そうなんですよ。もう悔しいのなんのったってね。いや、私はね、正直ここんところ、あれですよ。女の人のこの…何? いやあ、この…あの…あれですよ。指の先だって、私、触ったことないですよ、ええ」
もと子「ふ~ん…まあ、それが親バカっていうんでしょうねえ」
新次郎「いや、だけど、水商売やってんですからね。人を見る目がもう少しあったってよさそうなもんじゃないですか」
もと子「そこが親子なのよ、新さん。そりゃね、いかに人の心をガッチリ読むような人でもね、我が子のことになると親バカになるものよ」
新次郎「まあ、そういうもんなんですねえ」
もと子「まあね、他人の私たちから見れば、新さんのほうがよっぽどあんた、よくできてるわよ。とし子さんは、あんまりよくないって、頭(かしら)だって昼間来て、あんたに同情してたわよ」
新次郎「いや、その同情なんて言われると、ちょっと困るんですけどね。私は別に女房と別れようなんて気じゃありませんしね」
もと子「そりゃそうでしょうけどさ。でも、としちゃんももうちょっとなんとかしないと、新さんもたまんないでしょう」
新次郎「いや、ですけどね、あいつはあれで割によくやるんですよ。うちん中だって、まあ、よく片づいてますしね。まあ、愛想が悪いなんて頭(かしら)はよく言うけど、そうでもないですよ。結構いろんなこと言ってね、挨拶なんかしてますよ。相手によっちゃ」
もと子「フフフ…今度は夫バカね」
新次郎「いやあ、まあ、そういうわけじゃないですけどね」
もと子「ハハハハッ。結構なことよ。親バカ、夫婦バカ。いろんなバカがなかったら世の中、味気ないもんね」
新次郎「いやあ、まあね」
もと子「そうよ。みんながあんた目ぇ光らして相手をちゃんと見抜いて、はかりにかけて、こいつはこんなヤツやと決めつけられたらよ、私みたいなアホには、あんた、もう世の中、闇ですよ」
新次郎「いや、おかみさんはそんなことないけど」
もと子「バカがいりゃこそ、バカが救われるのよ」
新次郎「ええ、まあね」
もと子「いやね、はたから見たら、あんなアホみたいな子と思うてても、そこが親バカでね。いろんな望みをかけたりするもんですよ」
新次郎「ええ」
もと子「私はこう思うのね。ある人間の周りにその人のためにどれだけバカになってくれる人がいるか。それがその人の幸せの一つのバロメーターになると思うのよ」
新次郎「はあ」
もと子「周りにおる人がみんな利口者でその人の欠点は見逃さん。失敗したこともいいように解釈してくれんというのやったら、その人は寂しいわよねえ」
新次郎「ええ」
もと子「私はね、新さんがとし子さんのこととなるとやたらに甘くなってしまうでしょ? そこが新さんのいいとこだと思えてきたのよ」
新次郎「いやあ、まあなんですかねえ」
もと子「まあ、亭主に死なれてみて自分のためにバカになってくれる人がいないんですもんねえ」
新次郎「だって健坊が」
もと子「子供はダメですよ。実際より悪く見てるもの」
新次郎「いや、そんなことはないでしょう。ハハハッ」
もと子「まあ、それはそれでいいんですよ。冷たく見るとこは見たうえで親子の情みたいなものはちゃんとあるんですからね」
新次郎「はあ」
もと子「まあ、あの子がいるから私もなんだかんだで頑張って生きていけるんですよ」
新次郎が不在の健坊のことを聞くと、竜作のところへ行ったと答えたもと子。円満で結構だと笑う新次郎だった。
バカ=ファン、利口者=ネットの声…みたいに思っちゃった。ドラマと関係ないことだけど、最近、いわゆる推しみたいな存在の人が事実でないことを新聞記事に書かれ、記事を真に受けた人があれこれ言うという流れがホントいやになってしまう。私はずっとバカでいたいよ。
橋の上を歩く健一と竜作。この間みたいなビルが見える街中の橋じゃなく、住宅街の中の橋。
竜作「どこまで行くんだよ?」
健一「この辺でいいか」
竜作「なんだ? 一体」
健一「お前、勉強してるか? このごろ」
竜作「ああ、ぼつぼつな。そうじゃないと年食いすぎちゃうからな」
健一「大学行かなくたって1級建築士になれんじゃねえか」
竜作「ああ、資格だけの問題じゃねえんだ。一流の仕事がしたいんだよ」
健一「イヤなヤツだな、お前は」
竜作「ハッ、どうして?」
健一「一流とはどんな仕事だい? 俺たちが今やってる仕事は四流か五流だっていうのかい?」
竜作「そりゃ、小さなうち建てるんだって大事な仕事には違いないさ。だけどな、40階や50階のビル建てたいと思うのは人情じゃねえか」
健一「俺はそんな人情分かんねえな」
竜作「何怒ってるんだ?」
健一「彼女となぜつきあわないんだ?」
竜作「つきあってるさ」
健一「そうは言ってなかったぜ」
竜作「そりゃ、その辺の連中みたいに毎晩会うってわけにはいかねえさ。目的がありゃ当たりめえだろ?」
健一「俺はその目的が気に入らねえんだ」
竜作「どうして?」
健一「ビル建てるほうが小さな住宅を建てるよりマシだと思ってんのが気に入らねえんだ」
竜作「うん。それはそうかもしれねえな。だけど、俺はのし上がりたいって気持ちが抜けきらねえんだ。一流の建築家になって今までバカにした連中を見下してやりてえんだ」
健一「どうすんだ? 彼女は」
竜作「どうするって…好きだよ」
健一「じゃ、なぜほっとくんだ?」
竜作「彼女は分かっててくれるはずだよ」
健一「頭で分かったって寂しいんだ」
竜作「そんなこと言ったのか?」
健一は竜作と文子にもらったネクタイを返した。
健一「本当に恋人ならしっかりつかまえとけよ。迷惑だよ、俺は」歩き出した健一を呼び止める竜作だったが健一は「なんでえ、バカ野郎」とそのまま歩いていった。
ん~、健一も文子もめんどくさい同士お似合いなのかも。
新次郎が襟元を緩めながらアパートの階段を上ると文子が立っていた。「ああ、あんた、あの…竜作、いや、竜作君の恋人…じゃなくて友達だね?」
文子「はい」
どうかしたの?と聞く新次郎に「ご相談したいことがあるんです」と文子。出たー、相談女は異性にしか相談しない。女房がいなくて一人だと言う新次郎に「お邪魔ですか?」だって。
あんたさえよければどうぞと鍵を開けて中へ入る新次郎。散らかったテーブルの上を片づけ、やかんに火をつける。ビールならあるけど、ビールってわけにはいかない。
新次郎「あっ、私に相談事?」
文子「はい」
新次郎「遠慮なくなんでもおっしゃい。いや、私もまだ年若いけども、まあ…あなた方から見りゃ先輩だから相談に乗るぐらいの知恵はあるつもりなんだ」
文子は健ちゃんに変なことを言ったと話し始める。心にもないことを言ったわけではなく、あのときはとっても自然にそう思ったと竜作さんよりも健ちゃんのほうが好きだと言ってしまった。でも、やっぱりそれは一時の感情だと分かり、どうかしてたんだと思った。聞き流してくれてればいいが、もし健ちゃんが本気に取っていたらと今日一日気になってしょうがなかった。竜作さんと健ちゃんがまた変なことにならなければいいんですけど、と心配している。
新次郎「そう。いや、そりゃまずいこと言っちゃったなあ。いやね、私ははたから見てて知ってたんだけどね」
文子「えっ?」
新次郎「健坊、前からあんたのこと好きだったからねえ」葉巻に火をつける!「竜作の恋人じゃしょうがねえってんで諦めてたんだからねえ。そりゃ聞き流しちゃいないなあ。そうか、それで健坊、竜作んとこ行ったのか」
ドアが開き、とし子が帰ってきた。「何よ、あんた!」
慌てる新次郎にとし子は「1人で寂しいだろうと思って帰ってきてやったら何よ!」と怒っている。誤解だという新次郎と文子。
新次郎「お前、そんな言い方ないだろう? この人はね…」
とし子「どんな人にしたってだね、男一人のアパートへ夜来てるような女は信用できないね、私は」←そうだ、そうだ!
文子「ひどいわ!」
新次郎「ひどいよ、お前。それは」
とし子「何よ! 2人で口を合わせて私を責める気?」
新次郎「そんなものすごい顔するなよ」
とし子「すごいって何よ」
新次郎「お前ね、俺がこの人と何かあるわけないだろう?」
とし子「どうして? あんた若いの好きじゃないよ」
新次郎「そりゃ好きだけど…」
とし子「そりゃ好きとは何よ!」
文子「ちょっと待ってよ、失礼じゃないよ」
とし子「なんだって? 人のうちへ上がり込んで失礼とは何よ!」
文子「私、こんな中年の人と恋愛なんかしないわ」
新次郎「えっ?」
とし子「中年で悪かったわね!」
文子「バカなやきもちやかないでよ! 誰があんたの旦那なんかと」部屋を出る。
新次郎「あっ、ちょっとそりゃひどいよ」
とし子「ちょっと待ちなよ、こら!」
文子「バカにしないでよ。私だって恋人くらいいっぱいいるんだから」玄関から出ていく。文子の本性見えたね。
とし子「いっぱいいるわけないじゃないか。お前なんか!」
新次郎「おい、ちょっと何を言ってんだよ。お前はまた急に帰ってきて」
とし子「自分のうちへ帰んのに急いじゃいけないのかさ」
新次郎「あの人はね、竜作の恋人で俺に相談があって来てたんじゃないか」
とし子「誰の恋人だってね、この部屋に女と2人でいられちゃ面白くないよ、私は」
新次郎「フフフッ。そうかねえ。お前がそんなにやきもちやくと思わなかったな」葉巻をくわえる。
とし子「うぬぼれないでよ」
新次郎「へえ~、ヘヘッ。しかし、そんな心配なもんかね? フフッ」
とし子「もう心配なんかしないよ」
新次郎「ホントか?」
とし子「今のヤツ、言ってたじゃないか。こんな中年男とは恋愛なんかしないって」
新次郎「いや、あれはお前があんなギャーギャー、ギャーギャー言ったからさ。いや、俺は中年ったってね、そんじょそこらの中年とはわけが違うんだよ。いや、お前、安心すんなよ? バカ。俺はモテんだから、どこ行ったって」
とし子「女房にね、そういうこと言うようになったらおしまいだよ、あんた」
新次郎「おしまいとはなんだよ。見ろよ、俺の顔、見ろよ」
とし子「いいよ、今更」
無理やりとし子の顔を自分のほうにむける新次郎。「見ろって。お前が惚れてきたころとどう違うっていうんだよ」
とし子「何言ってんのよ? あんたのほうが先に惚れてきたんじゃないのよ」
新次郎「どうだよ? ええ? どうだよ?」
とし子「バカ。フフフッ」
新次郎「フフフフッ。なんだ、あいつは、ええ? 中年男がどうしていけないんだよ」
とし子「そうよねえ?」
新次郎「うん、そうさ」
とし子「正直言ってさ、あんた、前より魅力が出てきたもん」新次郎の手を握る。
新次郎「あっ、そう? そう?」
とし子「ホントよ。渋みが出てきた」
新次郎「いや、またまた。調子いいからね、案外、あんた」
とし子「ねえ、会いたくなっちゃったんだ。急に」新次郎の膝に乗り、首に手を回す。
新次郎「そうか」
とし子「さおりがね、寝ちゃったからさ、おばあちゃんに預けてね、帰ってきちゃった」新次郎の口に葉巻をくわえさせる。
新次郎「うんうん、そう、フフッ」
とし子「ごめんね」
新次郎「いいんだ、いいんだ、うん。ハハハッ」
とし子「寂しかった?」
新次郎「うん。寂しかったよ、そりゃ」
とし子「フフフッ」
結局とし子にはベタ甘な新次郎。でも、「あしたからの恋」の和枝と直也のケンカップルよりずっと見てて面白い。
現場
もと子「ハハッ、ハハッ、そうでんなあ。ペンキ屋さんがもういっぺん来ないけまへんな。それから経師屋と電気屋はんとガラス屋はんですかな。そんなもんですわ」
経師(きょうじ)… 障子や襖、壁や天井などに紙や布を張る職人のことをいう。古くは書き写す職人のことを指す。
敬子「ホントにうれしいわ。ボヤの跡、全然ないんですもの」
もと子「そう、そりゃね、新さんが熱を入れてくれましたもの」
敬子「あっ、洋間の照明ありました?」
もと子「洋間のってどんなんでしたっけ?」
敬子「あの…カタログ見て決めた、長い天井へつける」
もと子「ああ、あれね。あっ、あれはもう取り寄せてあるって言ってましたよ、ええ」
敬子「まだ照明はなんにもついてないんですね?」
もと子「(畳職人に)お邪魔さん。(敬子に)ええ、あれはね、まだ照明ってね、あの…壁が乾かないと取り付けられないんですよ」
敬子「そりゃそうですわね」
もと子「いっぺん、ほら、塗り直したでしょ。だからまだ乾いてないんですよ」
敬子「ふ~ん」
もと子が壁を軽く触る。
敬子「あら? 押し入れのふすま、この間、入ってたような気がしたけど」
もと子「あっ、あれはあの…木の枠を見たんでしょう」
敬子「ええ、まだ紙が貼ってないのが」
もと子「ああ。こっちいらっしゃい。座りましょう。小宮さん、ここなら邪魔にならないかな?」
小宮「あっ、いいよ、あねさん」←この方、役者さんじゃなく畳職人?
もと子「座りましょう。おなか重いでしょう?」
敬子「ハァ…よいしょ。ハァ…しょうがないわ。もうじきだから」
もと子「あの…押し入れのふすまのことですけどね」
敬子「ええ」
もと子「このごろね、経師屋さんがね、もう車へちゃんとね乗せちゃって自分のうちへ持って帰るんですよ」
敬子「はあ」
もと子「この前、ほら、奥さんにうちで選んでいただいたふすま紙ね、あれをちゃんと貼って、また車へ乗せて入れに来るんですよ」
敬子「そうなんですか」
もと子「ついこの間まではね、現場で貼ってたんですけどね、このごろ車があるでしょう」
敬子「うん」
もと子「ですからまあ、職人さんも楽になりましたね、いろいろと」
さすが、日産提供って感じの車ありがたいトーク。
敬子「あっ、ガラス。あの変な模様の入ったの、やめていただけました?」
もと子「ああ、あの牡丹の?」
敬子「ええ」
もと子「アハハッ。あれね、あのガラス屋のおっさんね、なんかいうとあれを入れたがるんですよ。いえ、この前もね、まるで旅館の風呂場だって苦情が出ましてね、ハハハッ。お一ついかが?」板ガムに見えたけど違うかな?
敬子「いただきます」
もと子「それより奥さん、赤ちゃんのことを考えてあんまりヤキモキしないでくださいよ。胎教に悪いんですからね」
敬子「ええ」
もと子「あの…田舎からお母さんかどなたかいらっしゃるんですか?」
敬子「いいって言ったんです。遠いから」
もと子「あっ、そう」
敬子「主人のほうは熊本の阿蘇に近い田舎だし、私のほうは岩手の山の中だし、来てもらうのやめたんです」
もと子「あっ、そうですか」
敬子「病院で産んじゃえば別にどうってことないでしょう? 退院してこのうちに落ち着いて十分動けるようになってから新築祝いに来てもらおうかなって思ってるんです」
もと子「うん、そのほうがいいですよね」
敬子「ええ」
もと子「じゃあ、あの…産まれてすぐの忙しいのは、私が手伝いましょうか?」
敬子「いいんです。そんな」
もと子「でも赤ちゃん産んだら21日間は寝てなきゃいけないんですよ」
敬子「動いたほうがいいそうですよ、少し」
もと子「そりゃ少しぐらいはいいですけどさ、でも食事したり、洗濯したり、第一あんた、産湯に入れなきゃいけないでしょう」
敬子「家政婦さん、頼むんです」
もと子「およしなさい。お金がいるときにもったいない。私、日参しますよ。私、好きなの。あのグニャグニャの赤ちゃんね、産湯、つかわすの好きなんですよ」
敬子「悪いわ」
もと子「悪いことありますかいな。若い奥さんが難儀してはんの助けんの当たり前ですがな。なんのために先、生まれてまんねんな」
敬子「すいません」
もと子「いいえ。ああ、私も楽しみできたわ。あの、なんでんなあ、首の据わらんやわらかい赤ちゃんを、こう、抱いてみたいのは女の本能ですな」
下小屋
健一と竜作が一緒に電気ノコギリ?を使うところを心配そうに見ている新次郎。
竜作「お前も慣れたな、随分」
健一「当たり前さ。このぐらい、とっくさ」
竜作「だけど、こういうとき、ケガすんだからな」
健一「なんだい、説教かい?」
竜作「ねえ、新さん。大抵慣れたころやるよね? なんか」
新次郎「ああ、なんでもそうだな。危ねえ仕事は」
健一「大丈夫だよ、気をつけてっから」
竜作「この野郎。素直にうんって言え、たまには」
健一「ハハッ」
新次郎「しかし、2人とも仲いいじゃねえか」
健一・竜作「えっ?」
新次郎「いや、まあ、いいんだよ。仲良けりゃ結構だよ」
健一「なんだい? そりゃ」
新次郎「ハハハッ。いや、まあ別になんでもねえんだよ。さあ、一頑張りして飯にするぞ」
健一「なんだい? 新さん」
新次郎「えっ? ヘヘッ。いや、なんでもねえさ」
新次郎でなくても二人が仲良すぎてちょっと怖いぞ!
そこに頭(かしら)が「産まれちゃったよ」と駆け込んできた。ブロック屋から電話が入ったが、尾形家は電気ノコギリを使っていたため、電話に誰も出ないため、もと子は畳屋の車で産院まで向かっている。
敬子「あっ、また来た。痛い…」
もと子「大丈夫、大丈夫。人間一人産まれんだからね、多少痛いのは我慢しなくちゃ、大丈夫」
車が走っていく。(つづく)
先日、↓を書いたときにも、山田太一さんは岩手出身者を登場させることが多いと感じたけど、今回も中西敬子さんが岩手出身と判明。
木下恵介さんの脚本だと自身が生まれ育った浜松や第二の故郷と言われる信州が登場人物の出身地として出てくることが多いけど(あとは山梨とか)、山田太一さんはプロフィールを見る限り、岩手に縁があると思えないけど、単純に分かりやすい田舎として名前を出してるのかなあ。遠い田舎のイメージ?
”山田太一 岩手”で検索したらこんな作品見つけました。
東京のど真ん中に、置き忘れられたように建つ木造集合住宅、「小松アパート」、その一室に一人の中年男が越してくる。岩手からでてきたというその男・中井治郎が、アパートの住人たちとぶつかりながらも触れ合っていく様を、山田太一が絶妙に描き出す。1993年に「土曜ドラマ」で放送された全3話を収録。
なにこれ、面白そう。
しかし、結局岩手との縁は分からずじまい。
たまたまだけど、とし子の母の宮城千賀子さん、8話で中西の家にいた風間という嫌みな男を演じた立花一男さんもも岩手出身らしい。意外と演劇界にいるんだね。