公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
正大(福田勝洋)の入営の前日。宗俊(津川雅彦)が町内に赤飯をふるまうと聞き、金太郎(木の実ナナ)が「中味は小豆」のお手玉を山ほど買い集めてきた。温かい心づかいに気丈な母のトシ江(宮本信子)もつい涙ぐむ。元子(原日出子)は正大に女子放送員の試験のことを打ち明ける。今は好きなことは何も出来ない時代だから、やりたいことは積極的にやった方がいいという正大。宗俊は自分が何とか説得すると請け負ってくれるが…。
吉 處物染御
宗
店の看板。反対に読むんだよね。
さあ、明日が正大の入隊というその日は、ご近所の女衆が張り切って朝から集まっているというのも土地柄でしょうか。
小芳「やっぱり書いたのとは違うねえ」
みんな”祝す入営 桂木正大君”の旗を縫っている。
キン「何たって旦那の気合いの入れ方が違ったもんねえ」
金太郎「こんちは」
一同「ああ、いらっしゃい」
金太郎「いいお湿りねえ。わあ~! まるで戦争だわね」
キン「ああ、戦争だとも。若旦那にどんどん敵をやっつけてもらわなきゃならないもん」
金太郎「よっ、おキンばあさんの威勢のよさ!」
百合子「ちょっと見りゃ分かるでしょ。みんな忙しいんだから冷やかしならやめといてよ」
絹子「百合子さん」
金太郎「いいのよ、いいのよ。この人のシ(ヒ)ステリ―には慣れてんだから」
百合子「何ですって?」
金太郎「おっといけない。システリーは敵性語だっけかな」
百合子「ちょっと金太郎さん!」
いきなり台詞一杯で特に説明なしの百合子さん。近所の奥さんらしいから友男さんの奥さんだろうか? オープニングで名字が出てこないからねえ。
金太郎「ごめんねぇ。私、あんたの相手をしてる暇(しま)ないのよ。ねえ、おかみさん、お宅じゃ明日の朝、赤いごはんを町内中に配るっていうの、あれ本当?」
トシ江「うん、まあ、どのぐらい配れるか分かんないんだけど、うちの人が目ぇ三角にして言うもんだから、仕事用のもち米なんですけどね、一応そのつもりではいるんですよ」
金太郎「で、あの…小豆は?」
小芳「それで頭が痛いんだよ。ゆうべっからうちの人、駆けずり回ってんだけど、当節、小豆なんて手に入るわけがないよ」当節って寅さんがよく言ってたような。
キン「何しろね、ろくすっぽ色のついてない赤飯だなんて、あたしゃ、この年になるまで見たことないしねえ」
トシ江「大丈夫よ。こっちの区切りがついたところで、私、心当たり頭下げて回ってくるから」
金太郎「よかった~。そんなこっちゃないかと思って、ほら!」
絹子「あら! お手玉じゃないの。ちょっとどうしたの? こんなにどっさり」
金太郎「お手玉の中身は何だったかなあ?」
小芳「あっ! 小豆!」
金太郎「ねっ? 頭は生きてるうちに使えってさ。(講談調)はたと気付いた金太郎ねえさん。朝から子供のいるうちを駆け回り、構わないから1個5銭で買いあさってきたという次第でござそうろう」
百合子「まっ、1個5銭!?」
金太郎「まあさ、おおかたひねた小豆ばっかりだろうけど、今からひたしておけばなんとか使えんじゃないかね」
トシ江「ありがとう、金太郎ねえさん。色のついてない赤飯なんて、何だか正大の陰が薄くなるみたいでね、気にしてたのよ、私」
金太郎「バカなこと言わないで」
トシ江「本当に何てお礼言ったらいいか、私…」涙をぬぐい、頭を下げる。
金太郎「まあ、ちょいとよしてくださいな。でも、大丈夫かなあ?」
キン「大丈夫ですよ。今から浸しとけばね」
小芳「はい、はいはい」桶を持ってくる。
キン「このおキンばあや、意地でも真っ赤な赤飯炊いてみせますわ!」
絹子「恐れ入ったわ、金太郎さん。私たち子供がいないから気ばかり焦ってたんだけど、お手玉とはとんと気が付かなかった」
金太郎「ちょいとやですよ。この金太郎さんだって子持ち芸者じゃありませんってばさ」
絹子「あら、本当だ。アハハハ!」
キン「ちょっと、ちょっと、ほら、見てごらんなさいましよ。この色艶のいい小豆」
この半年後には疎開児童がひもじさに持っていったお手玉の小豆を生のままかじって飢えをしのいだという切ない実話が生まれるのですが…。
こういうのをぶっこんで来るのが小山内脚本って感じだなあ。切ない…。
金太郎「で、若大将は?」
トシ江「お墓参りに」
金太郎「それじゃ、宗俊旦那もご一緒?」
トシ江「うん、ちょっとね…」
絹子「寝てるのよ」
小芳「というのは口実。例の病気なんですよね、おかみさん」
トシ江「威勢のいいのは口ばっかり。どうしようもなくなると、お布団ひっかぶっちゃうのはお得意の巻なんだから…」
風鈴の音
宗俊「なにがチリリンでぇ…。はあ~、人(しと)の気も知らねえでよぉ…」布団はかぶってないけど、畳に寝っ転がっている。
お墓
正大が手を合わせ、その後、学帽をかぶる。後ろには元子が立っている。セットのお墓じゃなくどこかの墓地。
正大「行こうか」
元子「うん」
ヒグラシの声が聞こえる。
元子「でも、お兄ちゃんにあんな人がいたなんて、私、びっくりしちゃった」
正大「おかげで思い残すこともなくなったよ」
元子「変なこと言わないで」
正大「ところで何だい?」
元子「え?」
正大「代わりに頼みたいことがあるとか言ってたじゃないか」
元子「うん…」
正大「言ってみろよ。俺にできることなら力になるよ」
元子「私、放送局受けたいの」
正大「放送局?」
元子「うん」
正大「だからって、お前はあと1年あるじゃないか」
元子「でも、卒業したところでやっぱり女子挺身隊でしょう? そりゃあ非常時だから働くのは当然だけど、でも、できることなら自分のやりたいことでお国のために役に立ちたいわ。女子放送員は私の夢なのよ」
正大「で、その女子放送員ってのは何なんだ?」
元子「アナウンサー。でも、敵性語だから女子放送員」
正大「フッ、くだらないね」
元子「どうしてよ?」
正大「いや、言葉にこだわるってことがさ」
元子「じゃ、放送員そのものは賛成してくれる?」
正大「ああ、お前がやりたいのならやってみなよ」
元子「ああ…やっぱり私のお兄ちゃんだ」
正大「よ~し、できるだけ援護射撃はしてやるよ。好きなことは何もできない時代だけど、それだけにやってみるだけの価値はあるさ。自分は生きてるって証しのためにもね」
元子「それに私、もう願書出しちゃったんだ」
正大「え?」
元子「だからお兄ちゃんにあれほど後押ししてもらったのに中退になるっていうことだけが申し訳なくて…」
正大「俺だって中退と同じだよ」
元子「でも、お兄ちゃんのは帰ってくれば、また復学できるんでしょ?」
正大「ああ…」
元子「お兄ちゃん」
正大「大丈夫だよ。第一、女子大や専門学校から大勢受けるんだろ? 受かるかどうかだって分かりゃしないじゃないか」
元子「本当だ。どうしよう?」
正大「フッ…ハハハハッ!」
とはいえ、あんちゃんが援護射撃を請け合ってくれたものの、攻撃目標である、おやじの宗俊の方がなぜか正大につけいる隙を見せません。
ちゃぶ台2つに一つは正大、宗俊、友男、幸之助、芳信の男性陣。もう一つは金太郎、小芳などの女性陣が座っている。手伝いの女性か見慣れない女性たちが数人。
♪進軍ラッパを聴くたびに
瞼に浮かぶ旗の波
拍手
友男「めでてえ、めでてえ。こんな結構な入営祝い、一体(いってえ)何年ぶりかな?」
幸之助「そのとおりだよなあ。しかし、お国のためとは言いながらよ、こう品物(しなもん)が窮屈じゃなあ、景気よく送り出すこともできねえよな。送り出しが景気悪きゃあ、ドンパチの方だって、自然、景気が悪くなるって寸法じゃねえかよなあ」
小芳「お前さん!」
幸之助「何だい!」
小芳「もうそんなことでっけえ声で言うもんじゃねえよ」
幸之助「でけえ声も小さい声もあるもんか。バカ野郎。赤紙一枚で呼び出すんだよ。え? え? 悔しかったら、お前、陸軍省だってデ~ンとこもかぶりの一つぐらい特配したらいいんだ。ハッハッハッハッハ!」
芳信「悪い酒だねえ、秀美堂さんも」
小芳「もう、そうなんですよ! これじゃ、祝いに来たのか、祝い酒目当てに来たのか!」
幸之助「何だとこの野郎! 俺はまあちゃんのためにだなぁ…」
宗俊「いいからいいから、お前はもうあるだけジャンジャンやってくれ」
金太郎「明日の分はいいんですか?」
宗俊「明日は明日の風が吹かぁ。底つきゃあ繰り出しゃいいんだ。繰り出しゃあ」
友男「何を言ってやがんだ。表は灯火管制なんだよ。どこへ繰り出すとこがあるんだい」
宗俊「バカ! そんなこたぁ、てめえの頭で考えろ」うちわで叩く。
友男「ハッハッハッハッハ」
正大「まあまあ父さん」お酒を注ごうとする。
宗俊「動くなっつったろう! お前は今夜はお飾りなんだから。うん? 明日はおめえ、皇軍ってぇもんになるんだから、え? ダ~ンとうろちょろしねえでデ~ンとそこへ座ってろ」
正大「けどさ…」
芳信「言うこと聞いてやんなよ。当分、親孝行もしてやれねえんだから。なあ? なあ、みんなそうだろ?」
荒谷二中の校長が伊東先生と会話してる~。
幸之助「おいおい。そういう湿っぽい話は言いっこなし!」
友男「そう、この際だ」
幸之助「おい! 金太郎」
金太郎「はいよ」
幸之助「おめえ、だてに三味線抱えてんじゃないでしょ?」
金太郎「いけない!」
小芳「ねえさん!」
女性陣が拍手。
金太郎「弾きますよ」
台所
巳代子「あんちゃんは私たちのあんちゃんなのよ。いいかげん気を利かせてくれないかしら」
元子「そうよ。母さんとだっていろいろ話したいこともあるはずなのに」
トシ江「な~に、顔さえ見えてりゃそれでいいんだよ。あとは特別に話があるわけじゃないし」
元子「それにしても無神経よね。遠慮も何にもないんだから。こういう時の下町ってたまんないわ、私」
トシ江「いいんだよ、これで」
元子「どうして?」
トシ江「うん…? だってさ、誰も来なくてさ、私たちだけでいてごらん。いざとなったら体に気ぃ付けてぐらいしか言うことなくて、あとはめそめそ湿っぽくなるのがオチだもの。ねえ、おキンさん、あんたの息子さん時もこうだったわよね」
キン「はい。おかげでせがれも笑って出ていきましたしね」ずーっとナスを切りながらの演技。
元子「それにしても大丈夫なのかしら? 父さん」
トシ江「ん? 何が?」
元子「まるでやけくそじゃないの。あんなに飲んで明日起きられなくなったらどうするのよ」
トシ江「いいじゃないの。これも語りぐさになるかもよ」
巳代子「母さんったらよくも平気でいられるわね」
キン「しかたないんですよ。今更ジタバタしたって」
トシ江「ねえ…」
元子の心配どおり、とうとうその晩は宗俊のごう沈でお開きになり、女子放送員の話は空中分解の運命となったのであります。
寝室
いびきをかいて寝ている宗俊。トシ江は明かりを消して、蚊帳を広げる。
茶の間
トシ江「あんたたちも早くおやすみなさい。明日は明日で早いんだからね」
元子「大丈夫よ、一晩ぐらい徹夜したって。ねえ?」
巳代子「うん」
正大「とにかくあとのことは頼んだよ」
元子「うん」
正大「何かあってもお前が長女なんだからね」
元子「大丈夫よ。そのかわり、きっと元気で帰ってきてよ」
正大「ああ。そのつもりでいるけどね」
巳代子「あんちゃん!」
正大「僕はどこへ持っていかれるか分からないけど、これからは内地も厳しくなるだろうって、ある人が言っていた」
巳代子「厳しいって…?」
正大「敵は機動力が違うからね。サイパンは取ったし、あとはジリッジリッと本土への距離を縮めてくるだろうって」
トシ江「まさか…!」
正大「だから、僕は母さんたちを守るために戦争に行くんだけど、母さんたちも十分、体に気を付けてください」
トシ江「正大…」
元子「そうだ! 千葉へ行ったらいいのよ。大原さんの所へ」
正大「大原? 大原って大原先輩のことかい?」
元子「やだ、騒ぎで言うの忘れてたわ、私たち」
トシ江「そうだったね。大原さんね、千葉の機甲部隊にいるんだってさ。この前、ひょっこり見えられてね、明日はきっと見送りに来てくださるって」
正大「本当! ああ、懐かしいなあ!」
元子「ねえ、本当に大原さんの部隊に入れるといいわね、ねっ」
巳代子「うん、そしたらちょいちょい面会にも行けるしさ、ねっ」
トシ江「そうだね。そうしておもらいよ」
正大「はいはい。できるだけそうお願いしてみましょ」
笑い声
とは言うもののそんなことはとてもできないというのは百も承知のみんなです。
正大「ところで母さん。元子のことだけど…」
トシ江「ああ」
正大「僕から父さんには言いだす機会がなかったんだけど、こいつの女子放送員のこと、なんとか父さんに承知してもらうように頼んでやっていただけませんか?」
トシ江「ああ、分かってるよ」
正大「明日の朝、折があったら僕からちゃんと話しておくつもりだけど、また後でゴタゴタ言いだした時には元子も母さんが頼りだから」
トシ江「ああ」
巳代子「それに私もついてます!」
元子「はいはい、よろしくお願いいたします」
正大「とは言っても、まだ受かるかどうか分からないぞ。これは万が一、受かった時の話だぜ」
元子「ひどいわ、万が一だなんて…」
正大「いや~、だからさ、それまでは隠密作戦でいけばいい。なっ? 受ける前から騒がれては事だろう」
元子「では、そういうことでまいりますので受かった時はどうぞよろしくお願いいたします」
巳代子「はい」
頭を下げてちゃぶ台に額をぶつける元子。みんなで笑う。
ザ・朝ドラという感じがして私は好きだな。「マー姉ちゃん」の三吉君はフラグ立てまくってたけど帰ってきた。しかし、あんちゃんは何だかざわざわするな~。もう本人は戦局がかなり悪いことなど分かってる感じがするのも何とも切ない。
書き起こして分かるけど、金太郎、幸之助、小芳などKのつく名前の人、元子、正大、巳代子とMのつく名前の人…小山内先生のこだわりなのかな。「マー姉ちゃん」のマリ子、マチ子は本当の名前だけど、ウラマド姉妹のマドカとか三郷さんとか道子とか、やっぱりMの名前の人(三郷さんは名字だけど)が多かった。だから、何?だけど。