公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
トシ江(宮本信子)は正大の夢を見て不安でいたたまれず、空に手を合わせ祈る。元子(原日出子)も同じ日に、同じく兄の不吉な夢を見ていた。そこに友男(犬塚弘)が区役所の役人を連れてくる。正大の戦死の公報だった。耐えていたトシ江はついに号泣し、宗俊(津川雅彦)は悲嘆にくれる。幸之助(牧伸二)や小芳(左時枝)が慰めに来るが、宗俊は気が抜け口もきかない。そこへ正道(鹿賀丈史)が、まっさらの布地を運んでくる。
裏庭
太陽に手を向かって合わせるトシ江。「正大…」
大原家から出てきた元子が「おはよう」と声をかけても手を合わせ続ける。
宗俊「おい、いつまでそんな寒い所、突っ立ってるんだ。夢が何だってんだよ。おい」
元子の心の声「夢…? それじゃあ、お母さんもあんちゃんの夢を…!」
同じ日に元子とトシ江が正大の夢を見たとはどういうことなのでしょうか。
宗俊「おい…おい、何とか言ってやれよ」
元子「えっ?」
宗俊「いやぁ、母さんな、正大が夢ん中で白い着物を着てたから何かあったに違(ちげ)えねえってこう言うんだよ」
元子「えっ、ええ…」
宗俊「戦争が終わってから、もう半年近くもたってんだ、な。今更、戦死するわけがねえじゃねえか。そうだろ?」
元子「そうよね…本当にそうだわ」
宗俊「ああ。ほら見ろ、そう言ってんじゃねえか。え、トシ江」
元子「お母さん…」
誰の声も耳に入っていないかのように手を合わせ続けているトシ江。
不吉な夢を見たにもかかわらず、幸い、恐れた便りもなく10日余りが過ぎました。
桂木家2階
巳代子「それじゃあ、お姉ちゃんもおんなじ日に?」
元子「うん…あんまり気持ち悪かったから誰にも言わなかったんだけれど、あれは偶然だったのよね」
巳代子「そうよ。あの晩はほら、新円交換のことでみんなとっても不安になってたし」
元子「そうは思ったんだけど…」
巳代子「何よ」
元子「もしかして、千鶴子さんに何かあったんじゃないかしら」
巳代子「あんちゃんの夢を見て、どうして千鶴子さんなの?」
元子「だからあんちゃんが千鶴子さんのことを気にかけていて、私たちになんとかしてやってくれとか」
巳代子「ハハハハ、変よ、そんなの。もしも千鶴子さんに何かあっても、あんちゃん、南方にいるのよ。千鶴子さんだって遠いあんちゃんより同じ日本にいる私たちを頼るのが当たり前じゃないの」
元子「それはそうだけど…」
巳代子「あのまま長野にいるのかしら」
元子「東京は転入制限をしているし、うちと仕事のない人(しと)はなかなか帰ってこられないらしいわ」
巳代子「うん…」
元子「まあ、そっちの方の心配は消えたとして、巳代子、生活学院の方の決心はついたの?」
巳代子「うん、願書出してきた。よろしくお願いします」
元子「フッ…大丈夫。お姉ちゃんにドンと任せておきなさい。そのかわり、お店が忙しい時は手伝っていただきます」
巳代子「もちろんよ。では、お言葉に甘えさせていただきます」
元子「そんじゃ、そろそろ正道さん、起こさなきゃいけないから」
巳代子「お義兄(にい)さん、昨日も遅かったみたい」
元子「うん。追い込みなんですって」
巳代子「大変だなあ」
元子「そうなのよ、大変なのよ。じゃあね」
男性「ごめんください」
元子「はい」
吉宗
元子「何でしょうか」
友男「まあな、こんな役は仰せつかりたくなかったんだけどよ、俺、隣組長だし、それに、今、この区役所からの方が来られたもんで…」
元子「おじさん…?」
区役所係員「桂木正大さんの公報が入りました。謹んでご連絡申し上げます」
元子「公報…!」封筒を受け取ろうとしたもののやめる。
友男「もっちゃん」
元子「公報って復員の知らせですか? それとも…」
区役所係員「戦死の公報です」
元子「うそです! 戦争は、もう終わったんですよ! そんなことあるわけないじゃないですか!」
友男「落ち着くんだよ、もっちゃん」
元子「悪いけど、帰ってください」
宗俊「待ちな」
元子「お父さん…」
区役所係員から封筒を受け取り、中身を読む宗俊。「『死亡告知書 陸軍少尉 桂木正大。右 昭和20年3月12日 比島方面において戦死せられ候』」
膝から崩れ落ちるトシ江。
元子「お母さん…」
トシ江「大丈夫」
宗俊「こんなものは受け取れねえな」
友男「宗ちゃん」
宗俊「何だい、こりゃ。正大が戦死したと一体誰がそう認めたんですかい」
区役所係員「ですから、あの、それはここに書いてありますとおり…」
宗俊「この何とかっていう名前の人が正大の死んだところを確かに見たってんですかい」
区役所係員「桂木さん、お悲しみはお察しいたします。しかしですね…」
宗俊「ああ、やつが出て行った時からこういう時が来るんじゃねえかと覚悟していなかったといったらうそになる。けどね、こんないいかげんな紙っぺら1枚で、あいつが殺されてたまるかい! 戦死したならしたで、いつ、どこでどういうふうにして死んだとはっきりした証拠を見ねえ限り、あっしは認めるわけにはいかねえんだ。友ちゃん、そういうわけだ。すまねえがな、この人に帰ってもらってくれ」
区役所係員「いや…」
宗俊「トシ江、来い…」
入れ違いに巳代子と正道が出てくる。
元子「正道さん…」
正道「それが公報ですか?」
友男「ああ…」
正道「自分がお預かりします」
友男「そ…そうしてくれるかい」
元子「駄目よ、正道さん! そんなものを受け取ったら、あんちゃんが戦死したってこと…」
正道「いや、これがあれば調査する方法も探せるだろうし、希望的観測を言うわけじゃないけども墓を建てられてから帰ってきた復員兵の例だって、ここんとこ、いくらだってあるじゃないか。どうもご苦労さんでした」
区役所係員「よろしくお願いいたします。どうも」
区役所係員役の宮沢元さん。wikiには「おしん」45、47、83話。「はね駒」23話。「阿修羅のごとく」の1話とあるけど分からないな~。しかし、受け取らないとか言われても区役所の人も困るね。
友男「もっちゃんよ、俺ぁ改めて出直してくらぁ。くれぐれもお父っつぁん、おっ母さん、よろしく頼むわ」
元子「はい…」
夫婦の部屋
宗俊「泣くなら泣きな。靖国の母になれて名誉ですと無理して言わなきゃならねえ時代は終わったんだ。おめえさんが腹ぁ痛めて産んだ子だ。泣きな、トシ江。思う存分、ここなら誰にも気兼ねはいらねえ。頼む、トシ江。俺ぁ大丈夫(でえじょうぶ)だからよ、え。しっかり女房の看板なんか外しちまえ、トシ江」
なんだかんだいい夫なんだよね。泣き崩れるトシ江。慰める宗俊の目にも涙。
茶の間
正大の写真を見つめるキン。
順平「ねえ、何やってるんだよ。早く弁当作ってくれなきゃ、学校遅れちまうじゃねえかよ」
元子「順平、こっちおいで。お姉ちゃん作ってやるから」
順平「ねえ、みんなどうしちゃったの?」
巳代子「順平…」順平にすがって泣き出す。
順平「何だよ…」
裏庭
うなだれる彦造。
吾郎「よう! ここんちのあんちゃんが戦死したって本当?」
彦造「うるせえ、このガキ!」殴りかかるが家の中へ。
正道「彦さん…」
子供たちが無邪気すぎる!
大原家
元子は手紙を書いていた。「千鶴子様 主人は諦めるなと励ましてくれておりますが、兄、正大の戦死通知のあったこと、やはりお知らせしなければならないのではないかとつらい筆を執っています。新聞、ラジオで南方からの復員船到着の知らせがある度に心を躍らせておりましただけに家族のショックも小さくございませんでした。この分では恐らく遺骨が帰ってきたといっても、それは多分、箱だけということになるでしょう」
幸之助「ごめんよ」
小芳「こんにちは」
元子「あっ、おじさん」
幸之助「その後、河内山どうしてる?」
元子「うん、今回は、あの布団ひっかぶりの病気にはならなかったんだけど」
小芳「すっかり気抜けしてるって聞いたもんだからさ」
幸之助「といって、慰めりゃ済むってもんでもねえしな、顔合わせんのがつらくってよ、ここんとこしばらく口もきいてねえんだよ」
元子「本当にご心配おかけして」
幸之助「ああ、自慢にしてたせがれだ。親としちゃあ、片身もぎ取られたような心境だろうよ」
小芳「けど、大原さんがいろいろ骨折ってるっていうから本当によかったと思ってんだよ」
元子「だからって、正道さんもどう慰めたらいいか、つらいらしくて」
幸之助「いやぁ、ぜいたく言っちゃいけねえよ。ああいう婿さんだってもしいなかったら、宗俊旦那、もっとがっくりきてただろうさ」
元子「ええ」
吉宗
正道「お義父(とう)さん、生地が来ましたよ! 生地が来たんですよ、生地が! さあ、約束の生地です」
藤井「やっと運んできたんですが、どうも遅くなって申し訳ありませんでした」
正道「さあ、仕事してください、お義父さん」
宗俊「仕事を?」
正道「江戸染紺屋8代目の吉宗当主でしょう。その大将の目の前に今、真っさらの生地があるんです」
宗俊「ああ…」
正道「やる気をなくしたとおっしゃるんでしたら白生地のままだって飛ぶように売れるんですが、どうしますか、お義父さん」
藤井「ええ、このままだってすぐ売れますよ。ブローカーなんてのは品物を転がすだけで利ざやが入ってくるもんなんですよ」
正道「となると、お義父さん、ブローカーの出資者ということにはなりますが。せっかくの腕がありながら、体動かすより、その方がいいとお考えなら自分は反対しません。しかし、正大君が帰ってきたら、きっと彼は嘆くでしょうね」
宗俊「てやんでぇ、あいつは帰(けえ)ってくるもんかい」
正道「だから何にもしないで、そうやって座ってるんですか!」
宗俊「何だと?」
正道「いえ、言葉が過ぎたら謝ります。しかし、仮に正大君の公報が本物だったとしても戦争で息子を亡くしたのは、あなた一人じゃありません」
宗俊「そんなこたぁ分かってるよ」
正道「だったら一家の大黒柱を亡くして忘れ形見の子供を抱え、担ぎ屋でももく拾いでも何でもして生活してる未亡人のことをどうお考えですか?」dictionary.goo.ne.jp
宗俊「正道っつぁん…」
正道「自分は江戸っ子はきっぱりしすぎてるようで、その点、お義父さんにはかなわないと思ってました。しかし、はなっぱしばかり強い意気地なしで夫を亡くした未亡人の方がよっぽど尊敬できると、今、はっきり分かりました」
宗俊「分かったよ。やりゃあいいんだろ」
正道「そうです。やればいいんです。たとえ戦争に負けても日本には後世に残さなければならないものがあるんです。その一つが伝統技術です。敗戦国としてのプライドはそういったもので支えられ復活していくんだと思います。だから、お気持ちはよく分かりますが、お義父さんが個人的な悲しみで8代続いた藍染めの腕をくさらせてしまうなんて正大君だって悲しむに決まってます」
宗俊「彦さん、そういうわけだ。さあ、仕事にかかるとするか」
彦造「へえ」
藤井「そんじゃあ、これは私が。よいしょ…」もう一つの風呂敷包みを抱えた。えっ、持ってっちゃうの!?
作業場
宗俊「伝統技術だと。うちの婿さんも口のうめえこと言いやがる。おい、彦さん、生地つもってみてくれ」順平の頭に手を置きながら。
彦造「へい」
宗俊「順平」
順平「何だい?」
宗俊「いいか、よ~く見ておけ。藍はな生き物なんだ。俺たち職人がな、しっかりとつきあっていく限り、お父っつぁんが死んでも、この藍は、おめえの代まで生き続ける。どうだ、大(てえ)したもんだろ、え。見ろ、プ~ンといい香りだ」
順平「うん」
順平の隣で藍の香りをかいだ元子が「ううっ…」
トシ江「元子」
宗俊「どうした、え?」
元子「ううん…何でもない。大丈夫よ」
正道「寝不足だろ。ここんとこ、よく寝てないから」
元子「ええ。うっ…」口を押えて裏庭へ。
正道「元子!」
巳代子「お姉ちゃん!」
元子「大丈夫か、元子」
巳代子「大丈夫?」
キン「おかみさん、まさか…」
トシ江「多分、そうなんじゃないかしら」
小芳「あ~、やっぱり! ハハハ~ッ!」
幸之助「何がだよ」
小芳「えっ? 出来たんだよ! もっちゃんに子供が出来たんだよ!」
宗俊「えっ? 何だって!?」
トシ江が微笑む。
元子の背中をさする正道と巳代子。笑顔でトシ江の肩を抱く宗俊。
悲しみのあとに新しい命が一つ、元子の体に宿っておりました。
つづく
来週も
このつづきを
どうぞ……
は、早いなー! 新円交換が昭和21年の2月で、そこから10日以上なので、3月入った頃かな。
正道「寝不足だろ。ここんとこ、よく寝てないから」←意味深