1967年 日本
あらすじ
太平洋戦争終結の日、天皇陛下の玉音放送に至るまでの激動の24時間に何があったのか、当時の政治家や宮内庁関係者らへの綿密な取材と証言で執筆されたノンフィクションをもとに鬼才・岡本喜八監督が豪華キャストで描く緊迫のドラマ。昭和20年7月26日、ポツダム宣言の受諾をめぐって閣議は揺れるが、8月14日、受諾を決定。玉音放送の準備が行われる一方で、終戦に反対する青年将校たちがクーデター計画を進めていた…。
2025.3.3 NHKBS録画。朝の連続テレビ小説「本日も晴天なり」でも扱った玉音放送前の緊迫の1日…まずキャストがすごい。
創立35周年 記念映画
東宝株式会社
日本地図と銃撃音と英語の話し声。
中華民国政府主席、及び
イギリス帝国総理大臣は、
数億の国民を代表して、
日本に対し、今時の戦争を
終結せしめる機会を与える
ことに意見の一致を見たり
アメリカ、イギリス、及び
中華民国の巨大な陸、海、
空軍は、日本に対し最終的
な打撃を加える態勢を整え
たり。
一、我等は降伏に対す
る遅延を認めるこ
とを得ず
埼玉県大和田 海外放送受信局
<日本に降伏を求めるアメリカ、中国およびイギリスのポツダム宣言が海外放送で傍受されたのは昭和20年7月26日、午前6時だった>
7月26日
外務省 大臣室
英文を読む東郷外相。松本外務次官が以前のカイロ宣言とは著しく内容が変わってきており、絶対的な無条件降伏の主張を捨てて8項目にわたる平和樹立の特定条件を示していると説明した。しかし、東郷外相は陸軍や海軍…特に陸軍は絶対に承知しそうにもないと答えた。
7月27日
<翌7月27日には、このポツダム宣言をどう扱うかについて内閣の閣議が行われた>
東郷外相「現在、我々はソ連に戦争の仲裁役を求めているのだから、とにかくソ連が何か言ってくるまでには、これを一方的に拒否せずに、しばらく待っているのが一番いいと思います」
<この意見には誰も反対する者がなくポツダム宣言に対しては静観に決まった。だが、これを国内的にどう発表するかが難しかった>
岡田厚相「世界中に発表されているものであるから国民にもすぐ知れ渡る。早いほうがいい」
下村情報局総裁「発表が遅れるのは政府が動揺しているように海外ではとられるおそれもある」
阿南(あなみ)陸相「いや、発表するからには断固たる反対意見を述べるべきである。ポツダム宣言を受諾したわけではない。しかるにこれに対して反対意見を述べない場合には、あたかも受諾したようにとられるおそれがある。もし、そうなっては軍の士気、ならびに一般国民に与える影響があまりにも大きすぎる」
<閣議は紛糾した。そして、その結果、何も発表しないのは、まずいから当たらず障らずということになり、政府の公式見解は発表せず、新聞は、できるだけ調子を下げて取り扱うよう指導し、政府は、この宣言を無視するらしいと付け加えても差し支えないとの意見一致をみた>
鈴木首相が立ち上がる。
<新聞は、ポツダム宣言を軽く取り扱い、中にはこれを「笑止!」とさえ形容するものもあり、多くの国民はほとんど関心を持たなかった>
市ヶ谷台 陸軍省
<ところが陸軍の第一線部隊から、なぜポツダム宣言には明確に反対をしないのかとの詰問電報がしきりに届き始めた。国民は、つんぼ桟敷に置かれていたが、アジア大陸と太平洋の諸島に布陣する272万の第一線部隊は作戦上の通信機械、ラジオその他でポツダム宣言の内容を詳細に知っていたのである>
書類を受け取った若い軍人たち。
陸軍大臣室
畑中少佐「閣下! これでは前線の維持ができません!」
阿南陸相「分かっておる。ただし、国家非常の折であるから軽挙妄動は厳に慎むように。進も退(ひ)くもこの阿南についてくる。いいな!」
一同「はい!」
首相官邸 大臣室
阿南陸相が鈴木首相に「このまま降伏勧告を黙って放置することは将兵の士気に大きな影響を与え、前線の維持が難しいのではないかと考えます」と訴えた。
首相官邸 広間
<政府は陸軍の申し出により、やむなくポツダム宣言には積極的に答えないが、新聞記者の質疑に応じる形で意思を表明することになり、鈴木総理が記者会見に臨んだ。そして「ポツダム宣言はカイロ宣言の焼き直しであるから、これを重要視しない」と表明した。だが、新聞記者の質問に対して重要視しないを繰り返しているうちに、ついに「黙殺」の言葉が出た>
鈴木首相「回答する必要を認めません」
<新聞は前とは打って変わり、ポツダム宣言を大々的に報じ、断固「黙殺」で、これを国民に示した。そして、これが海外放送網を通じて全世界に報道された。だが、外国では「黙殺」が「無視」になり、やがては「拒絶」として報道され、その結果、アメリカとイギリスの世論が著しく硬化した>
原子爆弾の映像
<アメリカは8月6日に広島へ原爆を落とした。そして一瞬にして20万の人間が消滅した>
広島…焼け野原の映像
<「日本がもしポツダム宣言を受諾しない場合には、即時、恐るべき報復を加える」と警告していたのだが、事実となって現れてきたのである。この原子爆弾は戦争に革命的な変化を与えるものである。日本が即時、降伏に応じないかぎり、更に他の場所へも投下する。2日後の8月8日にはソ連が参戦した>
ソ満国境
<日ソ不可侵条約も一片の反古(ほご)にすぎなかったのである>
8月9日
宮城内 望岳台下 地下防空壕
<8月9日、午前10時30分。宮城(きゅうじょう)内の御文庫(おぶんこ)附属の地下防空壕で最高戦争指導会議が行われたが、その劈頭(へきとう)…>
鈴木首相「広島の原爆とソ連の参戦で戦争の継続は今や不可能であり、どうしてもポツダム宣言を受諾するよりほかに方法がないと思われるが、各自の意見を述べていただきたい」
<一同は重苦しい顔つきでじっと黙り込んでいた>
米内海相「みんな黙り込んでいては何も分からないじゃないか。それぞれに意見を出さなくては」
<参集者は思い思いに意見を述べ始めた。だが、この会議は紛糾し、容易に結論を得ることができず。しかも、この会議中、長崎に第二の原子爆弾が落ちた>
原子爆弾の映像
長崎…焼け野原の映像
<長崎も広島同様、一瞬にして壊滅した>
黒こげの人…ショッキング!
<この間に戦争指導会議は結論を得ないために打ち切り。改めて首相官邸に閣議が召集され、戦争続行か終結かの意見が戦わされていた>
阿南陸相「先ほどの戦争指導会議でも述べたとおり、第一には天皇の地位の保障。第二に日本本土へ上陸する占領軍は、できるだけ小範囲の小兵力で、しかも短期間であること。第三、日本軍の武装解除は日本人の手によって自主的に行うこと。第四、戦争犯罪人の処置は日本人に任せること。以上、4つの条件を敵側が入れざる場合には、あくまでも戦争を遂行する。これが陸軍の意見である」
東郷外相「天皇の地位については同感です。しかし、他の3条件は、恐らく連合国側が拒否するに違いありません。この際、絶対的な条件以外は差し控えたい。もし、この時期を逃せば和平の機会を失うことになる」
阿南陸相「だから、本土決戦が必要になってくる。本土決戦によって、戦局の好転を待ち、それを和平の機会とすれば、もっと有利な条件を敵側に認めさせることもできる」
米内海相「陸相は一戦後和平、一戦後和平と本土決戦を強調されるが、果たして、それを行うだけの国力が今の日本にあるのかどうか。現在の戦争は総力戦でもあるから他(た)の部門の見解も聞きたい」
<軍需大臣・豊田貞次郎、農商大臣・石黒忠篤。運輸大臣・小日山直登(こひやまなおと)らが次々と所見を述べた。日本に果たして、まだ戦う力が残っているかどうかである>
アナウンサー「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本8日未明、西大西洋において、アメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」
<戦争が始まってからの約7か月間、日本は圧倒的に強かった。瞬く間に太平洋、インド洋、オーストラリアまでを巨大な軍事力で制圧した>
爆弾を落としたり、戦闘したり、万歳する庶民の映像だったり。
<だが、太平洋戦争の天王山ともいうべき、ミッドウェー海戦で敗れてよりは、次第に国力の差が現れ、じり貧状態となり、伸びきった前線は次々とこれを支えることができず、やがては沖縄までが陥落し、サイパン、テニアンの基地より飛来するB29の爆撃に東京をはじめ、全国92の都市が焼け野原となり、軍需工場は、めくら潰しに破壊され、陸海軍将兵の死傷は、すでに360万>
死体の山。
<非戦闘員の死傷147万。罹災者は1,000万人以上にもおよび国力の余命は、もういくばくもなかった。そのうえになおオリンピック作戦と呼号する連合軍100万の本土上陸を目前にしていたのである。加えて…>
石黒農相「今年の秋は昭和6年以来の凶作が見込まれており、農民以外の者は、ほとんどが餓死に近いありさまに…日本にはもう戦う余力なぞは…」
阿南陸相「かかる事態は誰もが十分承知のはずである。この実情のもとでも、なお戦い続けるのが今日の決心でもあると思う!」
<激論3時間に及んだが、この閣議でも結論を得ることができず、最後には御前会議を開いて、天皇に直接、決定を仰ぐことに決まった。夜の11時50分から天皇の臨御(りんぎょ)を仰ぎ、御前会議が開かれた。しかし、ここでも議は容易に決せず、その最終段階において天皇は次のように決裁せられた>
椅子のひじ掛けをグッと握りしめる陛下の手のアップ。
<これ以上、戦争を継続することは我が民族を滅亡させることになる。速やかに終結せしめたい>
阿南陸相が目を見開く。
8月10日
<8月10日、午前6時。スイスとスウェーデン公使を介し、連合国宛ての電報が発信された。「天皇の大権に変更を加えることがごとき要求は、これを含んでいないものと了解して」という条件付き宣言受諾の電報である>
東郷外相がチェックした原稿を松本外務次官に渡し、大江電信課長が持っていく。
<この日の午前9時30分に阿南陸軍大臣は各課の高級部員、佐官以上の全員を地下防空壕へ集めた>
阿南陸相「かくなるうえは和するも戦うも全て敵側の回答いかんによる。今後、いかなる事態に立ち至るとも厳正なる軍紀のもとに一糸乱れず団結し、越軌(えっき)の行動は厳に戒めなければならない。一人の無統制が国を破る因をなす」
軍務課・椎崎中佐「大臣は進むも退くもこの阿南についてこいと言われたが、それでは退くことも考えておられるのですか?」
阿南陸相「不服な者は、この阿南を斬れ!」
迫水書記官長のデスクに小さな小瓶を置く木原内閣嘱託。「青酸カリです。いざという時には、これを。軍部の力でいつまた180度の方向転換をするか分かりません。もし、そうなった場合には、お互いに…」
大きくうなずいた迫水書記官長。「戦争が継続になったら全ては終わりだ。これしかもう方法はないかもしれんね」
8月12日
<8月12日0時45分。海外放送受信局はサンフランシスコ放送を傍受した。それは日本の条件付き宣言受諾の問い合わせに対する連合国の回答であった>
軍事課長・荒尾大佐が書類を阿南陸相に渡す。
椎崎中佐「この連合国の回答は少しおかしいですよ」
畑中少佐「天皇および日本国政府は連合国司令官にサブジェクト・トゥーするとなっており、これは明らかに隷属することであり、絶対に受諾などできません!」
ゆっくりページをめくる阿南陸相。
軍務課・竹下中佐「大臣は断固として受諾を阻止するべきです。もしそれができないならば切腹を! 切腹をするべきです」
<直ちに連合国の回答に対する閣議が行われた>
東郷外相「いや…サブジェクト・トゥーは外務省の見解によれば隷属ではなく、その制限下に置かれるという意味ですが」
阿南陸相「そんな不確かなことでは困る。天皇の大権が存続されるかどうか、もう一度、再照会していただきたい。それが不可能な場合は徹底抗戦あるのみである!」
東郷外相「再交渉は交渉の決裂を意味する。そして、それは天皇の御言葉にも反する」
<こうして意見が正面から衝突してまとまらず、またもや御前会議を開き、天皇に直接、御決裁を願うことに決まった>
閣僚控室
<この会議後、官邸を去らんとする東郷外相を陸海の統帥部の人たちが引き止めた>
大西軍令部次長「外相! もうあと2,000万! 2,000万の特攻を出せば、日本は必ず…必ず勝てます!」
東郷外相「大西さん、勝つか負けるかは、もう問題ではないのです。日本の国民を行かすか殺すか二つに一つの…」
大西軍令部次長「いや、もうあと2,000万! 日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば…外相!」
東郷外相「失礼する!」
8月13日
<翌8月13日に一通の計画書が陸軍大臣へ提出された。それはポツダム宣言受諾を策する和平派を天皇から隔離し、東京に戒厳令を敷くものである>
鈴木首相「もう2日?」
阿南陸相「そうです。明日(みょうにち)の御前会議、天皇の御聖断をもう2日…2日だけ待っていただきたい」
鈴木首相「いや、それはできません。あしからず」
見つめ合うが、阿南陸相は出て行った。
小林海軍軍医「総理…陸軍大臣も部内からの突き上げで苦しいのです。いや…一部では暴発しそうな危険な動きもあるようです。それを抑えるためにも総理、待てるものなら…」
鈴木首相「小林君、それはいかん。今を外したら、ソ連は満州、朝鮮、樺太(かばふと)だけじゃなく北海道にまで…戦争の始末は何としても今のうちにつけねばならん」
小林海軍軍医「阿南さんは死にますね」
望岳台下 地下防空壕入口
8月14日
<8月14日の午前10時50分より第2回目の御前会議が開かれた。劈頭、鈴木総理は最高戦争指導会議が意見の一致をみないので、ポツダム宣言受諾に対する反対意見を聞かれたうえで、再度の御聖断を仰ぎたいと申し述べた>
阿南陸相「陸軍を代表して申し上げます。もしこのままの条件で宣言を受諾するならば国体の護持は、おぼつかない。よってぜひとも敵側に再照会をし、もし、それが聞き入れられない場合には、一戦を試み、死中に活を求める以外に道はございません」
<不気味な静寂が流れた。やがて天皇が静かに立ち上がられた>
天皇の姿は遠目で前に座る人の頭に隠れて顔は見えない。
<かくして日本には、その、いちばん長い日がやってきた>
ここでようやく”日本のいちばん長い日”とタイトルが出た。
陛下「反対論の趣旨は、つぶさによく聞いた。しかし、私の考えは、この前も言ったとおりで変わりはない。これ以上、戦争を続けることは無理である。陸海軍の将兵にとって武装解除や保障占領は耐えられないであろう。国民が玉砕して国に殉ぜんとする気持ちもよく分かる。しかし…」ポケットからハンカチを取り出す。「しかし、私自身は、いかようになろうとも」涙を拭く。「国民を…国民に、これ以上、苦痛をなめさせることは私には忍びえない。できることは何でもする。私が直接、国民に呼びかけるのがよければマイクの前にも立つ」
嗚咽して椅子から崩れ落ちる石黒農相。
陛下「陸海軍将兵を納得させるのに陸軍大臣や海軍大臣が困難を感ずるのであれば、どこへでも出かけて、なだめて説き伏せる」
米内海相も静かに泣きだす。
陛下「鈴木」
鈴木首相が立ち上がる。
鈴木首相「はっ…」頭を下げる。
他の者たちも立ち上がり、頭を下げる。みな、嗚咽しているが阿南陸相だけは厳しい表情をしている。
迫水書記官長が入って来た。「終戦の詔書は僕がやる。君は陸海軍人にお与えになる詔書の原稿を至急に…」
泣いている木原内閣嘱託。
迫水書記官長「お互いに泣いてる時ではない。忙しい。時間がない。これからは体がいくつあっても足りないぞ」
木原内閣嘱託「はっ…」
東郷外相「日本の意思は、はっきり決定した。はっきりとな。すぐに…いや、大至急に用意してもらいたい。ポツダム宣言受諾の電報を」
松本外務次官「打電は?」
東郷外相「終戦の詔書公布と同時だ。アメリカと中国にはスイス公使の加瀬俊一。イギリスとソ連にはスウェーデン公使の岡本季正(すえまさ)を通じる」
阿南陸相を迎える部下たち。一斉に軍人たちが集まる。一同はそれぞれ、閣下、大臣と呼びかける。阿南陸相は何も言わずに部屋へ。
椎崎中佐「大臣。御前会議の結果をお聞かせ願いたい」
阿南陸相「御聖断は下った。ポツダム宣言を無条件で受諾すると御聖断あらせられた。このうえは、ただ大御心(おおみこころ)に沿って進むよりほかに道はない。陛下がこのように御決断なされたのも全陸軍の忠誠に信を置かれているからである」
軍事課・井田中佐「戦争継続は全陸軍の方針のはずです。閣下の決心変更の理由を伺いたい!」
阿南陸相「陛下は、この阿南に対し『お前の苦しい気持ちは、よく分かる。我慢してくれ』と涙を流して申された。自分としては、もうこれ以上の反対を申し上げることはできない。不服な者は、この阿南の屍(かばね)を越えてゆけ!」
畑中少佐が大声を上げて泣き出した。
下村情報局総裁の前に記者たちが座っているが、メモの上に涙が落ちる。
記者「それでは陛下は、これからの日本についてどのように仰せられたんですか?」
下村情報局総裁「これからの日本は平和の国家として再建したい。しかし、これは難しいことであり、また、時も長くかかる。しかし、国民が協力一致をすれば、必ずできると思う」下を向き、涙を拭く。「私も国民と一緒に努力すると…」
阿南陸相の前に立つ椎崎中佐。「お願いします、大臣。この際に思い切って辞職を…辞職をしてください。大臣に辞職さえしていただければ、たちまち内閣は潰れ、終戦のあらゆる手続きができなくなります。そうなれば、また新しい情勢の展開が…軍が政権を握り、戦争を継続。必ず本土決戦にも持ち込めます! 大臣!」
じっと目をつぶる阿南陸相。
近衛師団司令部
同師団長室
森師団長「悩みとは何だ?」
東部軍・不破参謀「はっ! 師団長閣下とは同じ騎兵科の出身でありますし、そのうえ、陸軍大学では親しく教官として…」
森師団長「分かっとる。息子がおやじの意見でも聞きに来たと…。さっさと言え」
不破参謀「万一、廟議(びょうぎ)が終戦と決定した場合では東部軍の作戦参謀として、いかなる態度をとるべきかであります」
森師団長「東部軍の参謀とも思えぬな。後ろを見ろ」
不破参謀「は?」
壁に貼ってある組織図を指す。
森師団長「近衛師団も別格ではあるが、一応、東部軍の指揮下にある。その東部軍の中枢ともいうべき作戦参謀がそんな腹の据わらんことでは…終戦と決まれば文字どおり、承詔必謹(しょうしょうひっきん)。断じて妄動すべきではない」
不破参謀「しかし…!」
森師団長「いや、朝からもな。陸軍省の若い連中がしきりにやって来て、近衛師団の決起を促すが、わしは追い返しておる。しかし、若い連中は納得しそうにも…しかし、わしの信念は動かん。東部軍もしっかり腹を決めておけ。かりそめにも陛下の大御心に背くようなことは…ただし、これは終戦とはっきり決まったらの話だがな」
海軍302航空隊
司令所
副長・菅原中佐「司令、廟議は、いよいよ終戦と決まったようであります」
司令・小園大佐「何? 終戦と決まった?」
菅原中佐「は! そういう情報がしきりと」
小園大佐「ハハハハハ…! そういうことは、ありえないよ。いや、あっても意味がない」
菅原中佐「は?」
小園大佐「腰抜けの重臣どもがどのような恥っさらしなことを決めようと、そんなことに関係はない! 俺が司令をしてるかぎり、この厚木基地は最後まで戦う! ふん…ハハッ…見ろ! 鍛えに鍛えて温存してきた、あの新鋭機を!」
滑走路に飛行機が並ぶ。
陸軍省 軍事部
まだ泣いてる畑中少佐。椎崎中佐、井田中佐は考え込むような表情。畑中が顔を上げた。
宮内省 武官府
木戸内大臣「問題はですね、陸軍や海軍がこのままおとなしく黙っているかということですが」
蓮沼侍従武官長「建国以来、一度も敗戦を知らず、そのうえ、生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けずと徹底的に教育されておりますからね。それに本土決戦では最後の勝利をつかむものとして、その整えておる地上軍230万。特攻飛行機7.000機。海軍の特攻兵器3.000。このままのめのめとは…」
木戸内大臣「武官長、陛下もその点を特に」
蓮沼侍従武官長「とにかく陸軍大臣と海軍大臣に使いを差し向け、その点を確かめてみましょう」
石渡宮相も2人の話を聞いている。
午後1時
陸軍省を自転車で飛び出す畑中少佐と椎崎中佐。
荒川技術局長、矢部国内局長が車から降りた。
矢部国内局長「何でしょう、一体…玉音放送って」
大橋会長も車から降りた。
官房総務課長室
矢部国内局長「終戦に?」
佐藤官房総務課長「そうです。終戦の詔勅が出るが、それを陛下の直接放送にするか、それとも録音にするか、ただいま内閣で審議中です。どちらか決まったらすぐに知らせますから、至急、その準備を整えておいてください」
電話が鳴る。
佐藤官房総務課長「あ、もしもし、佐藤です。え…いや、まだどっちでも…」
松阪法相「しかし直接、陛下にマイクの前に立っていただくというのは…」
広瀬蔵相「あまりにも、それは恐懼(きょうく)に堪えない」
下村情報局総裁「しかし、それではどうしたら…それでは終戦を国民に知らせる方法がないではありませんか」
広瀬蔵相「しかし、それにしても陛下に直接、マイクの前に立っていただくというのはあまりにも…」
近衛師団司令部 参謀室
畑中少佐「ポツダム宣言を受諾して国体の護持などができるか! 武装解除された我々、軍隊に一体、何ができる!」
古賀参謀「もともと全滅か勝利か二つに一つしかない戦争だ。重臣どもは一体、何を…」
石原参謀「全ては敗北主義の重臣どもが勝手に取り決め、気弱になられている天皇や皇后に無理やりに承知をさせただけのことだよ」
畑中少佐「それを陸軍の上層部までが承詔必謹、承詔必謹。戦争に疲れ果てたのか命が惜しくなったのか、この地球上から日本が消えてしまってもいいというのか!」
椎崎中佐「いくら論じてももうどうにもならん。無意味だ。これからは、もう行動あるのみ。事の成敗を問わず、一死をもって日本の真の生き方を示す。それだけだな」
横浜市内
「作業やめ! 集まれ! 頭(かしら)中! 直れ!」土木作業?していた男たちが集まり、並ぶ。
横浜警備隊長・佐々木大尉「諸君! かねてより憂慮をしていた事態がいよいよやってきた! 情報によれば重臣どもは卑劣極まることを策しておる!」
集まっていたのは大尉の後輩である横浜高工生たち。
佐々木大尉「戦争継続のためにいよいよ我々の立ち上がる時が来たのだ!」
横浜高工生たちの足元は草鞋。
佐々木大尉「東京への出発は横浜警備隊だけではなく、忠勇なる民間人諸君の参加を切に望んでやまない! 集合時間は追って知らせる! 終わーり!」
横浜高工生「警備隊長殿に敬礼! 頭、右!」
横浜高工生のカバンに入っている。文庫本のアップ。「出家とその弟子」
川本情報局総裁秘書官「放送協会の大橋会長、出ました」
受話器を受け取る下村情報局総裁。「放送は録音に決まりました。そうです。直接放送ではなく録音です。なお、その録音は宮内省で行いますから。午後3時までに録音班を連れて宮内省へ出頭してください」
「午後3時、宮内省でございますね」
宮内省 表御座所
加藤総務局長「広さといい、場所といい、ここが一番…」
筧庶務課長「はっ。準備のほうは放送局の者が来てからに」
午後2時
迫水書記官長「陛下の意を帯しました木戸内大臣ならびに蓮沼侍従武官長の御言葉をお伝えします。事態を平穏に収拾するため、陛下が直接、陸軍省と海軍省に出向くと仰せられておりますが、この議をおはかりください」
米内海相「いや、これ以上、陛下にご迷惑をおかけしては相済まぬ。海軍は自分が責任を持ってまとめます」
阿南陸相「陸軍は責任を持って自分がまとめます。そのように陛下に申し上げていただきたい」
陸軍省 大臣応接室
荒尾大佐が畑元帥の前に「陸軍ノ方針」という紙を置いた。
若松陸軍次官「終戦に際して、陸軍が一糸乱れぬ行動をとることを陸軍の長老の方々によって申し合わせをしていただきたいのです」
第一総軍・杉山元帥「誰の発議かね?」
若松陸軍次官「河辺参謀次長閣下のご意思と閣議中の陸軍大臣の指示により、本職が書式にしたものでありますが」
第二総軍・畑元帥「では、陸軍大臣は、こちらへ帰ってこられるのだね?」
若松陸軍次官「はっ! 閣議中ではありますが、間もなく」
兵力動員計画書
石原参謀「まずこの計画には陸軍大臣の同意を必要とする」
古賀参謀「その説得は大丈夫だろうな?」
畑中少佐「いや、今の段階では難しい。しかし計画が順調に進みだしさえすれば、やがては大臣も立たざるをえない」
石原参謀「続いて、この東部軍が動いてくれるためにはだな…」
畑中少佐「いや、それは自分が直接、田中軍司令官を説得に行く」
椎崎中佐「いずれにしても、まず宮城に入り、これを確保。外部との連絡を一切、遮断する。真っ先に火蓋を切って動いてもらうのは君たちのこの近衛師団だが…その手配はいいな?」うなずく参謀たち。
午後3時
筧庶務課長「録音されたものをですね、すぐに陛下にお聞かせすることは?」
矢部国内局長「はあ…」
荒川技術局長「いえ、録音再生機の準備はしておりませんが必要なら」
筧庶務課長「必要かどうかは不明ですが、もし陛下がそう仰せられる場合も…」
荒川技術局長「はい。長友君、二連再生機をすぐに」
長友技師「はい!」
陸軍ノ方針に署名する阿南陸相。次は畑元帥。「これで陸軍の方針は決まるわけだが、これに反するものは反逆者…つまり、反乱軍になるわけだな?」
畑中少佐は荒い息遣いで坂道を自転車で上る。
陸軍省 廊下
スピーカー「課員以上全員、直ちに第1会議室に集合せよ。15時15分より大臣の訓示あり。繰り返す…」
同 裏庭
書類を燃やす兵士たち。
井田中佐・心の声「今更、大臣の訓示なんか聞いたところで何になる。万事はもう終わったよ。何でもかんでもみんな燃やしてしまえ。そして、それが終わったら陸軍の将校は我々、市ヶ谷台上の将校は潔く全員がそろって切腹をするのだ。大東亜戦争は無意味に終わった。しかし、これだけは…このことだけは永遠に…陸軍省と参謀本部の将校全員が切腹したことだけはな」
東部軍司令部
畑中少佐が自転車を乗り捨て、建物内へ。東部軍司令官・田中大将は「お会いにならないほうが…」と止められていた。
田中「いや、顔を見て、ひと言だけ」
畑中少佐が部屋に入ると、「俺んとこへ何しに来た!」と怒鳴りつける田中大将。「貴様らの考えておることは聞かずとも分かっとる! 帰れ!」
面食らう畑中少佐。
畑中の帰りを待つ古賀参謀。「計画が順調に進むかどうかの大きな分かれ道だ。畑中の説得で東部軍は果たして…」
石原参謀「いや、今の段階では、まだ無理かもしれんな」
椎崎中佐「今は動かなくても最後には、いやがおうでも動かざるをえない状況になってくる」
古賀参謀「それは分かっておる! しかしだな…しかし!」
椎崎中佐「3時50分…ぼつぼつ4時か」外を見ると兵隊たちが行進している。「宮城警備の交代だな」
石原参謀「第一連隊に代わり、第二連隊が芳賀大佐指揮のもとに軍旗を捧(ほう)じ、今、乾門をくぐっておる」
宮城 乾門
近衛第二連隊長・芳賀大佐が先頭を歩き、後に兵隊が続く。
午後4時
筧庶務課長「内閣で詔書案の審議が始まりました。これが大体1時間くらいかかるそうですから、録音は6時ごろからになります」
矢部国内局長「6時ごろでございますね」
筧庶務課長「はあ…。詔書案ができましても、それを鈴木総理から陛下へ奉呈し、御名御璽(ぎょめいぎょじ)を頂く手続きがありますからね」
外務省 次官室
松本外務次官「6時ですね。6時には間違いなく公布の手続きが終わりますね。いやあ、こちらもそれがギリギリですよ。連合国へ打つ電報の時間がね」
畑中少佐が自転車を飛ばして陸軍省に戻ってきた。
陸軍省 講堂
畑中少佐「市ヶ谷台の将校全員が自決する!?」
うなずく井田中佐。
畑中少佐「なるほど。それは美しい姿かもしれない。しかし、それは最後の最後の手段であって、その前に我々には成すべきことがあります。承詔必謹で戦争をやめるのか。それとも、あくまで戦争完遂を貫き通すのか。この二つに一つです! しかし、井田さん、そのどちらが果たして日本のためになるかは、これは結果を待たなければ誰にも分かりません。いかなる人といえども、その結果の善しあしは予測できないはずです。とすれば、所詮は運を天に任せてのこと。同じ運を天に任せるのなら、井田さん、我々は軍人です! たとえ反乱軍、いや、逆賊の汚名を受けてもよい。直ちに宮城に入り、陛下に御諫言(ごかんげん)を申し上げ、決然と戦争遂行の道をとるべきではないでしょうか!」
何も言わない井田中佐。
畑中少佐「天運がどちらにくみするか、それは分からないでしょう。どちらにくみしてもよい。その判決は、ただ実行することによって決まると思います。井田さん、自分は全てを今夜に、今夜一晩にかけたいのです! 市ヶ谷台の将校全員自決より、それのほうがはるかに…はるかに正しいと自分は信じます!」
井田中佐「…」
畑中少佐「近衛師団との連絡は、もうついているのです! 必要な準備は全て整っており、我々の行動によって、東部軍をはじめ、やがては必ず全陸軍が立ち上がります!」
井田中佐「しかし…巨大な敵を前にして成功すればいいが、もし…」
畑中少佐「井田さん! 井田さんは、まだ成功、不成功を! その点では承詔必謹も同じです! 承詔必謹で果たして国体の護持ができるのかどうか。その成算は首相、海相、陸相、誰にもないではありませんか! だから我々は決起を! 井田さん、ぜひ同意してください!」
井田中佐「…」
畑中少佐「井田さん、戦争は、まだ現実に続いております。東部軍の情報によれば、有力な敵機動部隊が房総沖に近づきつつあるとか。全ての戦う意志をなくしたら、その時にこそ日本は一挙に粉みじんになります! 井田さん、今、我々は死を賭して日本のために決然と立ち上がるべきです!」
井田中佐「畑中…貴様の精神の純粋さは…いや、その純粋さにのみ俺は同意する。しかし、行動はしない。貴様たちだけで勝手にやれ。どうせあしたは俺もお前もみんな死ぬんだからな」
畑中少佐は何も言えずに講堂を後にした。
午後5時
迫水書記官長が詔書案の”戦勢日ニ非ニシテ”を丸で囲み、傍線を引く。
米内海相「私は戦勢非(せんせいひ)にしてでいいな。もはや我が国は軍事的に崩壊してしまっておる」
阿南陸相「ここの戦争では負けたが、最後の勝負は、まだついておらん」
米内海相「ついておらん?」
阿南陸相「陸軍と海軍では、その辺の感覚が違う。負けたとすれば補給戦の上で負けただけのことである」
米内海相「何!」
阿南陸相「開戦以来3年半、陸軍は小さな島々で戦っただけで一度も本格的な会戦をやっておらん。本土決戦こそ、その会戦と称すべき勝負であった」
米内海相「では、陸相は、これまでの戦争をことごとく小さな局地戦にすぎぬと言われるのか? 20万5,000の兵力を投入して、そのうちの戦死者20万。フィリピン、レイテ島のこの悲惨な戦闘を単に補給戦に負けたにすぎぬと陸相はその責任を他の部門に点火されようとするのか! 数え上げたらきりがない。ビルマには23万6,000を投入して16万4,000。沖縄には10万2,000を投入して9万。いや、沖縄では軍人だけでなく、9万2,000の一般国民までが…!」
めちゃめちゃヒリヒリするやりとりの中、米内海相の隣で耳に手を当て聞いている鈴木首相。
阿南陸相「私の言いたいのもその点である!」
米内海相「何?」
阿南陸相「多くの者がなぜ涙をのんで死んでいったのだ! 結果的な批判は、なんとでも言える。しかし、これは誰にしても日本を愛し、日本の勝利を固く信じたればこそのことである! しかるに負けたというこの戦勢非にしてでは、これまで死んでいった、その300万の人々になんと申し訳が立つ! まだいまだに戦っている700万の部下には何としてでも栄光ある敗北を与えてやらねばらなぬ。それがせめてもの我々の責務ではないか! これはあくまで戦勢非にしてではなく、絶対に戦局好転せずと訂正すべきである!」
米内海相「いや、あなたがどのように言われようとも、私はそうは思わぬ!」
下村情報局総裁はそっと立ち上がり、迫水書記官長に耳打ち。
宮内省 総務局長室
加藤総務局長「では、6時にはできないのですね? じゃあ、何時になったら?」
筧庶務課長も聞いている。
首相官邸 官房総務課
迫水書記官長「7時…7時なら間に合うと思いますが…そうです、7時です。では」
受話器を置く迫水書記官長。「何が7時だ。7時になったって、できないことだけは間違いないよ」
佐藤官房総務課長「書記官長、何をそんなに?」
迫水書記官長「難しいよ。戦争をやめることじゃなくて、どうやって陸軍を抑えるかがね」
米内海相が軍帽をかぶって廊下へ。「官長、よんどころない用件で海軍省へ帰らなければいけないので中座します。しかし、戦勢非にしてですよ。絶対に。負けたことは率直に国民に知らせるべきだ。いいね。この期に及んでまで国民にうそはつけない!」
迫水書記官長の肩をつかんで話す。
東部軍管区司令部
スピーカー「第十七ならびに第二十三洋上監視艇よりの報告。房総方面に近づきつつある敵機動部隊はエンタープライズ型、空母1隻、ホーネット型、空母2隻。なお、これに巡洋艦7隻、駆逐艦19隻を帯同。北上中なり。繰り返す…」
厚木基地 指令所
菅原中佐が入って来た。「司令、横鎮からの情報によりますと、終戦はいよいよ本決まりで動かないとのことですが」
小園大佐「まさに天佑神助(てんゆうしんじょ)だ」
菅原中佐「は?」
小園大佐「今日は珍しく持病のマラリアが熱を出さん。今夜、各科の科長を集めて訓示だが、なかなか文案が難しくてな。副長、くだらん上層部の右往左往なぞ、いちいち気にするな!」
菅原中佐「しかし…」
小園大佐「それより、房総沖に近づいてる敵の機動部隊は?」
菅原中佐「空母3隻を含む機動部隊で、この迎撃は児玉の二〇七(ふたまるなな)部隊に発令されておりますが」
小園大佐「空母3隻か…雑魚にしちゃ、ちょっと大きいが、まあ、そいつは児玉に任しておこう。この厚木基地の全機が殺到するのは本土上陸を狙う100万の連合軍だ! こいつを一人残らず水際でぶっ潰す! それまで戦争は…いや、副長。戦争が本当に終戦になるのは、この時でな」
官房総務課長室
佐藤官房総務課長の電話の声「いや、それがですね、実はまだ…」
外務省 次官室
電話している松本外務次官。「まだできない? 冗談じゃないですよ! もうとっくに6時を…ああ、佐藤さん、あんたじゃ話が分からん。書記官長に出てもらってください、書記官長に!」
宮内省 表御座所
電話している加藤総務局長。「しかし録音が何時になるか分からないでは、こちらもですね…は? 海軍大臣が?」
官房総務課長室
電話している迫水書記官長。「そうです。陸軍大臣や海軍大臣がよんどころない用件で時折に中座をされるもんですから、詔書案の審議がなかなか…現在も海軍大臣が…は? ああ…大体の予定と言われましても…」
佐藤官房総務課長「書記官長! 海軍大臣が海軍省から戻ってこられました」
米内海相が車から降り、会議室のドアに手をかけるが、そのまま廊下を歩き、トイレへ。大きなため息をつく。
米内海相は席に着き、阿南陸相に何やら小声で話す。大きくうなずく阿南陸相。
米内海相「官長、戦勢非にしての件だが、これは陸軍大臣の主張するように戦局好転せずと訂正しよう」
迫水書記官長「しかし、先ほど、あなたは…」
鈴木首相「書記官長。そのとおりにこれは訂正しましょう」
宮内省 表御座所
電話している加藤総務局長。「え? 詔書案の審議が順調に進みだした? それは結構でした。で、何時ごろになりましたら?」筧庶務課長とうなずきあう。
官房総務課長室
電話している佐藤官房総務課長。「大体、今の予定では7時か7時半ぐらいには終わるんじゃないでしょうか。詳しいことは後ほどに、また。では」受話器を置く。
佐藤官房総務課長「米内さんが妥協されるとは思わなかったが、しかし、まあ、よく譲歩を…」
川本情報局総裁秘書官「海軍省へ帰られてみて部内の突き上げの激しさに…阿南さんと同じ苦しさをひしひしと身にしみるほど感じられたんじゃないでしょうか。しかし、もう、これで全ては順調に…」
佐藤官房総務課長「いや、まだまだ手放しでは…中座された阿南さんが陸軍省から帰ってこられて、またどうなるか…詔書にきちんと副署をされるまでは安心できんよ。陸軍大臣の署名のない終戦の詔書は公布の手続きのできない反古同様だからね」
陸軍省の裏庭で燃える書類。講堂から戻ってきた井田中佐が陸軍省の入り口に落ちているヘルメットを見つける。
横浜警備隊 新子安兵舎
佐々木大尉「非常呼集の予定は12時! なお、東京への出発までには鶴見総持寺の一個大隊を説得! これをして同一行動をとらせる! 作戦目的! 一つ! 無条件降伏を策しおる! あたかもイタリアにおけるバドリオ政権のごとき愚か極まる鈴木内閣総理大臣以下重臣どもの襲撃!」すべてのセリフが絶叫。
官房総務課長室
佐藤官房総務課長の電話の声。「あ、次官。今、詔書案ができました」
午後7時過ぎ
外務省 次官室
電話している松本外務次官。「何! できた? 終戦の詔書ができたんですね。それで? うん…うん…」
訂正の入った詔書を見ている鈴木首相。「それでは直ちにこれを宮中へお届けいたします」
総務課員・佐野恵作が詔書を加藤総務局長から受け取る。「録音の際には、お上がこれをお読みになる。急いで清書を。放送局の録音班も昼から来て待っている。急いでね」
佐野恵作「はっ!」
内閣理事官・佐野小門太が筆で清書。
佐藤官房総務課長「陛下の御名御璽(ぎょめいぎょじ)を頂いたうえで各大臣が副署をする正式のもんだからね。間違いのないように。いや、急いでね」
録音の準備を進める。
矢部国内局長「録音がこのように遅れますと、実際の放送は一体、何時ごろに?」
下村情報局総裁「いや、今日の夜の放送は、とても無理ですよ。国民には予告も何も…詔書の審議に時間がかかりすぎましたからね」
東郷外相「それでは明日(あす)の朝の7時では? とにかく放送は一刻でも早いほうが」
阿南陸相「いや、それは16日にしてもらいたい。この放送は外地のあらゆる部隊にまで聞かせなければならない。特に第一線は相手側の武装解除を受けるのであるから、十分、納得させる時間が必要である」
東郷外相「しかし、連合国には降伏の電報を打っておき、国民には2日間も知らせないというのは」
下村情報局総裁「しかし、明日(みょうにち)の朝では大変、聴取率が低いですね。殊に農民は朝が早いし、もう農耕には出かけてしまっているし、放送としては適当な時間帯では…」
米内海相「冗談じゃないよ! 冗談じゃない。16日にまで延期して、もし、その間に万一の事態でも起きたら」
下村情報局総裁「いや、それでですね。今晩のニュースの時間にその予告をしておいて明日の正午に放送する。それが一番適当だと私は…」
阿南陸相「いや、それは!」
鈴木首相「いや、それがよろしい。それを閣議の決定とする」
阿南陸相「しかし、総理!」
鈴木首相「放送は明日正午とし、それまでにこの通達が第一線へ到達するよう陸軍大臣にはあらゆる努力をしてもらいたい」
グヌヌ…と険しい表情の阿南陸相。
第二総軍参謀・白石中佐「明日、畑閣下とともに飛行機で広島に帰ります」
荒尾大佐「ご苦労さんです」
白石中佐「ついては軍の真意をお聞かせ願いたい」
荒尾大佐「真意? 真意なぞは別に」
白石中佐「しかし、こんな簡単な全面降伏が…軍がそれを承知したからには、その裏には何か?」
荒尾大佐「いや、阿南閣下を中核に全軍が粛々と規律正しく退却するのです」
白石中佐「では、特別の意図みたいなものは何もないのですね」
荒尾大佐「そのとおりです」
白石中佐「いや、よく分かりました。戦うにせよ、戦わざるにせよ、私もそれが一番正しいと。では」
荒尾大佐「宿舎へですか? これから」
白石中佐「いや、まだ時間も早いし、久しぶりですから近衛師団へ行って、森師団長をお訪ねしたいと思っております」
食事中の蓮沼侍従武官長のもとを訪ねた参謀たち。
古賀参謀「今日は陛下の録音があるとのことですが、それは何時から行われますか?」
石原参謀「近衛師団の参謀として兵力運用の都合もあるから一応お聞きしておきたい」
一緒に食事をしていた侍従武官の清家中佐と中村中将と顔を見合わせる蓮沼侍従武官長。
古賀参謀「じゃあ…もう録音は終わったんですね」
清家中佐「いや、武官長も我々も録音のあることは聞いておるが、その詳細については知らされていない」
古賀参謀「しかし!」一歩詰め寄る。
石原参謀「よせ! 本当にご存じないんだろ」頭を下げて足早に出て行った。
午後8時
小園大佐「無条件降伏に関する海軍大臣命令は以上のとおりであるが、それに対するこの厚木基地のとるべき態度。その向背を明らかに!」
部下たちの顔がずらっと映る。
小園大佐「今後、いかなる事態が発生しても小官は断固、交戦する! 貴官たちも一心同体で進んでもらいたい!」
飛行整備科長「海軍大臣の命令は承詔必謹とのことですが、それでは命令違反にならないでしょうか?」
小園大佐「今の質問に答える。我々の行動に違勅や命令違反はありえない。房総沖には敵の機動部隊が現れ、埼玉県の児玉基地、陸海混成第二〇七飛行集団は、今、出撃の準備中である! 戦争はまだ終わってない!」
陸海混成第207飛行集団
飛行機のプロペラが回る。
埼玉県 児玉基地
飛行機を整備する男たち。日の丸の旗を持った子供たちが走っている。
飛行団長・野中大佐「攻撃目標は房総沖400キロにある空母3隻を含む三十数隻の敵機動部隊。出撃予定時刻は払暁(ふつぎょう)攻撃を目指し、午前0時」
若い飛行兵たちのまなざし。
野中大佐「なお、本日の出撃については、特に児玉町町民に諸賢の歓送をごく間近にまで許した。久しく敵機の跳梁下(ちょうりょうか)にあって切歯扼腕(せっしやくわん)している銃後の人々に今日こそは翼に日の丸をつけて、大空を駆け巡る36機の大編隊を見せたい! 本土決戦の緒戦、皇国の興廃は、かかって出撃諸賢の双肩にある!」
宮内省 総務課
筧庶務課長「ちょっと」
佐野恵作「もうすぐです。もうすぐに…」
筧庶務課長「待ってくれ。お上が詔書に目を通されて5か所ほど訂正された」
佐野恵作「え! しかし…しかし、今更、書き直すとなると1時間以上は…」
筧庶務課長「しかたがない。直された所には紙を貼り、そこだけでも。さっき電話で知らせたが、内閣のほうも慌てて大騒ぎだ」
佐野恵作「しかたありません。異例のことだが…すいません、手伝ってください」
佐野小門太が詔書を読み上げる。「世界の大勢(たいせい)、亦(また)、我に利あらず。加之(しかのみならず)敵は新に残虐なる爆弾を使用し、惨害の及ぶ所…」
佐藤官房総務課長「ちょちょ、ちょちょ…!」
佐野小門太「敵は新に残虐なる爆弾を使用し、惨害の及ぶ所…」
佐藤官房総務課長「そうじゃないよ、君! チッ!」
佐野小門太「は?」
佐藤官房総務課長「『敵は新に残虐なる爆弾を使用し、頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷し』そのあとが『惨害の及ぶ所』と。しかたがない。時間がない。そこは小さな字で横へ書き込みを」
佐野小門太「はっ!」
佐野恵作は天皇陛下に渡す清書で佐野小門太は鈴木首相に渡す清書を書いてた?
詔書に目を通す鈴木首相が読み終わって立ち上がった。「では、これより直ちに陛下に拝謁し、この詔書を奉呈。御名御璽を頂きます」
♪生命(いのち)惜しまぬ 予科練の
子供たちが旗を振りながら歌い、女性が飛行兵に鉢巻を巻いたり、おはぎを食べさせたり。
宮城内 地下御政務室
”裕仁”と御名御璽し、鈴木首相と木戸内大臣は頭を下げ、受け取った。
木戸内大臣「総理。ちょっと他から聞いたんですが近衛師団に何か不穏な動きがあるなどと…総理は、これをお聞きに?」
鈴木首相「私は誰からもそんなことは。ばかな。近衛師団にかぎって、そんな。大体、近衛師団は陛下をお守りするための師団ですよ」
午後9時5分
近衛師団司令部 参謀室
古賀参謀「参謀長は師団長の意向でどうにでもなる。問題は師団長だ」
畑中少佐「しかし大隊長クラスは〇が多いから、次第にこれを増やしてゆけば、最後には師団長も動かざるを…」
石原参謀「いや、そうは簡単に…この説得は骨だぞ」
椎崎中佐「その説得には我々が当たる。軍事課の井田中佐を駆り出してな。しかし、いずれにしても天皇の放送が先にあってはどうにもならん」
畑中少佐「今夜中だ。なんとしても今夜中にやらないと。あ、それから航空士官学校の黒田に連絡が取れた。間もなくこちらへ顔を出すが、明日(あす)になれば黒田は航空部隊を率いて宮城上空へ飛来し、我々を救護激励してくれる」
チャイムが鳴る。
畑中少佐「これで航空部隊も一斉に立ち上がるだろうし…」
椎崎中佐「待て」
チャイムの音。
ラジオからアナウンサーの声が聞こえた。「国民の皆様にお知らせをいたします。明(みょう)8月15日の正午から重大な放送があります。国民の全員がこれを謹聴するように」
畑中少佐「よし! あしたの正午までだな 森師団長の説得を急ごう! それから陸軍大臣の説得ですが…」
椎崎中佐「それなら適任者がいる。軍務課の竹下中佐だ。やつの姉は大臣の奥さんで義理の兄弟だ」
陸軍大臣室
荒尾大佐「御聖断、すでに下る。全軍こぞって、この大御心に従い、最後の瞬間まで光輝ある伝統とかくかくたる武勲とを辱めず、一兵に至るまで断じて軽挙妄動することなく皇軍の名誉と栄光とを内外に闡明(せんめい)されんことを切望してやまず。小職は万斛(ばんこく)の涙をのんで、これを伝達する。なお、右に関する詔書は明15日発表せられ、特に正午、陛下御自らラジオにより、これを放送したもう予定なるをもって、その大御心のほど、つぶさに御拝察を願う」
聞いていた阿南陸相がうなずく。
荒尾大佐「早速に全陸軍部隊に打電を」
うなずいて、立ち上がり窓の前に立つ阿南陸相。「若い軍人をなんとか生き残れるようにしてもらいたいものだな」
荒尾大佐「は?」
阿南陸相「警察官などに転業できるような措置を。そうした便宜をな」
荒尾大佐「閣議へ、お戻りに?」
阿南陸相「まるで飛脚のように総理官邸と陸軍省の間を往復だ。忙しい一日だったが、もうすることは全部…」
電話している松本外務次官。「詔書が出来上がり、天皇が御名御璽を押されれば、もうそれでいいんでしょう。こちらはね…!」
佐藤官房総務課長「いや、それがですね、陛下の御名御璽だけでは公布の手続きが。総理以下各大臣の副署がないと。ですから、今、それが始まるとこなんですよ。もう少し! もう少しだけ!」
鈴木首相が副署する。きれいな字!
午後10時
宮城内 衛兵指令所
芳賀大佐「それでは、その計画に対しては陸軍大臣、参謀総長、東部軍司令部、近衛師団長、この全員がすでに承認をされておるんだね?」
畑中少佐「そうです」
芳賀大佐「間違いないね?」
椎崎中佐「連隊長殿! このような重要なことが我々だけで計画できるとお思いになりますか?」
最後に阿南陸相が副署。
下村情報局総裁「それでは陛下の録音がございますので、これから宮内省へ行ってまいります」
井田中佐「森師団長を?」
畑中少佐「師団長以外は我々に全員が賛成です。今こそ井田さんに出馬をお願いしたい」
井田中佐「森師団長は陸大時代の教官でね、我々だけでは、ちょっと子供扱いで押しが利きにくいんだよ。しかし、俺が行っても同意されるかどうか…いや、誰が行ったところで恐らく…もし、師団長が反対された場合はどうするんだ」
畑中少佐「いや、井田さんにさえでていただければ絶対に!」
椎崎中佐「君に動いてもらってもだな、師団長が同意をされない場合には、しかたがないからこの計画は諦める」
畑中少佐「井田さん! 成功するしないは、もう問題ではありません! それは今日、よく申し上げたではないですか!」
井田中佐「東部軍の動きはどうなんだ」
畑中少佐「軍司令部の説得には自分がまいりましたが今のところは未知数です。しかし、近衛師団が決起をし、宮城内へ籠城すれば全陸軍がこれに従うに違いありません!」
井田中佐「しかし、師団長は…」
畑中少佐「だから! だから私たちは井田さんに懇請を! もし、あなたが出馬をしていただいても森師団長が動かれない場合には潔く計画は諦めます!」
井田中佐「畑中。森師団長の説得は、ほとんど見込みがない。だが、やれるだけやってみよう」
畑中少佐「はっ…!」
井田中佐「畑中、俺はな、市ヶ谷台の将校全員が潔く自決すべきだと思っていた。しかし、それは言うは易くともなかなか…」タバコを消す。「俺はお前の一本気なその熱情に打たれた。俺は、そのお前に賭けてみる」
畑中少佐「それでは井田さん!」
井田中佐「しかしな、畑中。俺が説得しても師団長が動かれない場合には、本当にその計画は諦めるんだな?」
畑中少佐「はい!」
横浜警備隊 鶴見総持寺
佐々木大尉「皇軍の辞書には『降伏』の二字なく、最後の一兵まで戦うのみである! しかるに貴様ら…!」
「しかし、渋谷の本部からは決起命令も行動命令もまだ何も?」
佐々木大尉「何を手ぬるいことを! 貴様らも9時の報道を聞いたはずだ。明日の正午には重大放送があることはな! もう一刻の遅滞も許されん! 直ちに同意のうえ、協力一致! 決行を望む!」警備隊の前で絶叫。
午後11時過ぎ
佐藤官房総務課長の電話の声。「各大臣の副署もすべて終わりましたから」
松本外務次官「じゃあ、佐藤さん。いいんですね、手続きは全て。電報を打ちますよ。連合国宛ての電報。いいですね。じゃあ、どうも」
大江電信課長に発信を命じ、大江電信課長は部屋を出ていった。
ソファに腰を下ろす松本外務次官。「全ては終わったよ、これでな…11時か…いや…今日ほど長い日は…」タバコに火をつける。「本当に長い一日だったよな」
<9日以来、議論に議論を重ねてきた閣僚たちは疲労と心労が一時に噴き出し、もうほとんど虚脱状態に近かった。その頭の中で鈍い、いろいろの思いが去来して交錯する。ある者は歴史上、初めて経験する敗北の意味をなんとかかみしめようとし、ある者は終戦に持ち込めなかった日本をぼんやり想像した。原爆が次々と各都市を破壊してゆく。九州の薩摩半島と関東地方の九十九里浜へ殺到してくる100万の連合軍。北海道にはソ連。いや、ソ連は朝鮮半島を一気に南下し、北九州や中国地方へ。日本は各所で分断され、男も女も子供も老人もその砲火と硝煙の中で倒れてゆき、日本列島は8,000万の累々たる死骸の死の島に。だが、これらの曖昧模糊(あいまいもこ)とした思いも肉体的な疲労感には勝てず、ともすれば薄らぎ、そして最後に残る感慨は誰しも皆一様に同じだった。疲れた…長い日だった。本当に長い一日だった。だが、その長い日も、今、やっと終わった>
ある者…前者が阿南陸相、後者が東郷外相。
午後11時10分
<しかし、その一同の感慨は間違っていた。長い日は終わるどころではない。まだやっとその半分しか過ぎていなかった>
荒い息遣いで自転車をこぎ、森師団長のいる近衛師団司令部へ向かう畑中少佐、井田中佐、椎崎中佐だったが、森師団長に来客がいると言われた。来客は第二総軍の参謀、白石中佐。森師団長の義弟。
畑中少佐「待ってる暇がない! 井田さん、自分は、この間に駿河台の渋い宿舎まで行ってきます!」
井田中佐「駿河台の宿舎へ?」
畑中少佐「そうです! 軍務課の竹下中佐殿に懇請し、陸軍大臣の決起をお願いしてまいります!」
ソファからゆっくり立ち上がった阿南陸相は手荷物を持ち、「いろいろお世話になりました」と東郷外相に頭を下げた。
東郷外相「いや…とにかく無事に終わって本当によかったと思います」
ドアをノックし、隣の控室にも「失礼します」と頭を下げる阿南陸相。「終戦の儀が起こりましてからは、私は陸軍の意思を代表し、これまでに随分、強硬な意見を申し上げましたが、謹んで、それをおわび申し上げます。私の真意は、ただ一つ。国体を護持せんとするものであって、他意はありません。何とぞご了承ください」
鈴木首相「そのことはよく分かっております。私は、あなたの率直なご意見に心から感謝を」阿南陸相の右肩をぽんぽんとたたく。「あれもこれもみんな国を思う熱情から出たものです」
うなずく阿南陸相。
鈴木首相「しかし、阿南さん。日本の国体は安泰であり、その前途に私はそれほど不安は感じてはおりません」
阿南陸相「私もそのように信じてはおります」新聞紙に包まれた箱を渡す。「これは南方の第一線から届けてくれたものですが、私は、たしなみませんので総理にと持参しました」ビシッと頭を下げ、出て行った。
鈴木首相「阿南君は暇乞(いとまご)いに来てくれたんだね」
マイクの前に立つ陛下。お姿は手前に立つ人で隠れている。直立不動で頭を少し下げながら立っている人々。
録音が準備。
陛下「声はどの程度でよろしいのか?」
下村情報局総裁「はい。普通のお声で結構でございます」
録音が始まる。
陛下「朕深く、世界の大勢(たいせい)と帝国の現状とに鑑(かんが)み、非常の措置を以て、時局を収拾せんと欲し、茲(ここ)に忠良なる爾臣民(なんじしんみん)に告ぐ」
児玉基地
♪仰ぐ先輩の 予科練の
人々が「若鷲の歌」を歌って手を振る中、飛行機が飛び立つ。
陛下「然るに交戦、已(すで)に四歳(しさい)を閲(けみ)し、朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有司(ひゃくりょうゆうし)の励精(れいせい)、朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公、各々、最善を尽(つく)せるに拘(かかわ)らず、戦局、必ずしも好転せず」
児玉基地
子供たちが旗を振る中、飛び立つ飛行兵。
陛下「而(しか)も尚、交戦を継続せんか、終(つい)に我が民族の滅亡を招来(しょうらい)するのみならず、延(ひい)て人類の文明をも破却すべし。斯(かく)の如くんば、朕、何を以てか億兆の赤子(せきし)を保(ほ)し」
児玉基地
飛行機が飛び立つ。
「最後の第十二攻撃隊、飛び立ちまーす!」
敬礼して飛んでいった飛行機を見つめる野中大佐。
人々が旗を振り続ける。
録音終了。
近衛師団司令部
井田中佐「師団長閣下。すでに近衛歩兵第二連隊は軍旗を捧じ、宮城内へ入っているんです」
椎崎中佐「彼らは午前2時を期して立ち上がり、宮城を占拠します」
井田中佐「形式的にただ皇室だけが残ればいいとする政府の敗北主義に対して、私たちは反対しているんです。形骸に等しい皇室…腰抜けになってしまった国民…そして荒廃に帰した国土さえ保全されれば、それでいいんでしょうか。極端に言えば、敗戦処理を陛下だけに任しておいて、自分たちは責任逃れをしようとしているのが現在の重臣なんです!」
団扇で仰ぎながら話を聞いていた森師団長が団扇を置く。「理屈はいかにあろうとも、ひとたび御聖断の下った今、陛下の御意志に反するような動きには賛成できないな」
井田中佐「しかし、師団長閣下!」
午前0時過ぎ
宮内省 侍従室
録音テープをテーブルの上に置く長友技師。「このままでもし蓋が開いては…何か適当な入れ物が?」
荒川技術局長「大丈夫だとは思うが…何か適当な入れ物があれば、ありがたいのですが」
顔を見合わせる加藤総務局長と筧庶務課長だったが、筧庶務課長が背後の鏡にかけていた袋を渡した。「こんなものしか…」
荒川技術局長「はっ、これで結構です。どうも」
長友技師が録音テープを巾着袋にいれ、荒川技術局長へ渡す。「放送は正午ですが、それまでこれをどこに保管しておきましたら?」
神田駿河台 渋井宿舎
竹下中佐「連隊長が?」
畑中少佐「軍旗を捧じて宮城内へ入ってる」
竹中中佐「芳賀連隊長が同意をされているんだな?」
畑中少佐「そうです。彼らは午前2時に立ち上がり、宮城を占拠します。連隊長の他にも4人の大隊長がこの計画に対し、積極的な同意を!」
竹下中佐「で、森師団長は?」
畑中少佐「いや、その、師団長のみが不同意で、今、井田さんと椎崎さんがその説得をされており、これも時間の問題です。竹下さんにお願いしたいのは阿南陸軍大臣の説得です! あなた以外にそれをしてくださる方は!」
竹下中佐「しかし、それを説いてみても、今更、大臣は…」
畑中少佐「いえ、大丈夫です! 竹下さんさえ動いてくだされば。お願いします! 時間がありませんから自分は近衛師団へ帰ります。ここまでくれば自分たちは独力でも…竹下さん、自分たちは決して今すぐに同意してくださいと言っているのではありません。我々の計画がうまく運びだしたら、その時には、ぜひとも!」
竹下中佐「畑中、俺はこれから大臣の所へ行ってくる」
畑中少佐「はっ!」
竹下中佐「いや、決起の要請をするしないは別として、ちょっと様子も気になるんでな」立ち上がる。
下村情報局総裁「放送局が預かる?」
筧庶務課長「そうです。放送は放送局がするのであるから、それが当然だと思いますが」
矢部国内局長「しかし、この深夜に玉音盤を持ち帰るというのは恐れ多いことでございますし、それに…軍部の一部には不穏な動きもあるとか…もし、そうだとすると、これはやはり宮内省で保管していただいたほうが」
筧庶務課長「しかし、宮内省には適当な保管場所が…むしろ、陛下のおそばに近い侍従の方々にお預かりを願ったほうが…」
徳川侍従「そうですか。いや、そういうことなら私のほうで」
午前1時
近衛師団司令部
井田中佐「師団長閣下、これで私の申し述べたいことは全て申し上げました。いや、最後にもうひと言だけ。本土決戦も行わず、こんな中途半端な形でもし戦争をやめるなら、我々はこれまで前線で散った300万以上の英霊をことごとく欺いていたことにはならないでしょうか。現に今でも飛行基地からは敵の機動部隊を目指し、特攻機は帰らぬ出撃を続けております。最後の一兵まで戦うのならともかく天皇がやめると言われるから、その命令を守ってやめる。聞こえはいいが、これは一種の責任逃れです。国民は、この軍の態度を…打算的でご都合主義のこの軍の態度を一体…閣下、もうこれ以上は何も申しません。今こそ全ての軍人が死を賭して立つ時であり、近衛師団は、その中核となるべきです! どうか…閣下のご決意を!」
森師団長「諸君の意図は十分に分かった。率直に言って感服もした。私はこれから明治神宮へ行く」
井田中佐「は?」
森師団長「赤裸々な一人の日本人として明治神宮の社前にぬかずき、右するか左するかの決断をつけたいと思う」腕時計をチラ見。「水谷参謀長の意見も一応は聞いておいてくれ」
井田中佐「はっ! それでは…」部屋を後にする。
廊下に出ると、畑中少佐は航空士官学校の黒田大尉と一緒に来た。「いかがでした?」
井田中佐「大体、動いてくださるとは思うが…ちょっと水谷参謀長に話を」
畑中少佐「それでは…!」
井田中佐「詳しいことは、あとでな。椎崎もいる。中で一緒に待っててくれ」
畑中少佐「はっ! では」
「陸軍省、畑中少佐入ります!」と大声で叫んで部屋へ。
森師団長の脇に白石中佐が椅子に掛けていた。ドア側のソファにかけていた椎崎に声をかける畑中少佐。「椎崎さん! 一体話はどうなっているんです?」
椎崎中佐「師団閣下はな、これから明治神宮へ行かれる」
黒田大尉「行かれるのは明治神宮じゃなく宮城のはずだ!」
森師団長「何? 貴様は何者だ!」
黒田大尉「航空士官学校の黒田大尉です! 近衛師団が決起すると聞いて駆けつけてまいりました!」
森師団長「何が決起だ!」
畑中少佐「閣下! それでは決起のご意志は?」
森師団長「ない!」
黒田大尉「畑中少佐、もう最後の手段だ。グズグズしてると夜が明けるぞ!」刀に手をかける。
畑中少佐「閣下! お願いします! もう一度…もう一度、お考え直しを!」
森師団長「くどい!」
刀を抜いた黒田が斬りかかり、森師団長をかばった白石中佐が斬られ、首が落ちた。うわ~…
畑中少佐「閣下!」銃を向ける。
森師団長「ばか者!」
畑中少佐「閣下ー!」銃を撃ち、森師団長の腹に命中。
別室で銃声を聞いた水谷参謀長と井田中佐。
森師団長「貴様ら…」
黒田大尉が斬りかかり、森師団長が倒れた。黒田大尉、やべーやつ過ぎる。
呆然と廊下に出た畑中少佐のところへ井田中佐が駆けつけた。「畑中! お前は!」
畑中少佐「師団長は我々には…いや…時間…時間がなかったんです。それで、とうとう…しかたがなかったんです…」
水谷参謀長「井田! 頼む! 一緒に早く…一刻も早く、とりあえず東部軍へ!」
畑中少佐「井田さん、お願いします! このうえへ一刻も早く東部…東部の決起を!」
黒田大尉は右手から離れない刀の柄を机にたたきつけて、ようやく離れた。その光景を見ていた椎崎中佐。2人の遺体。
徳川侍従が棚の中の手提げ金庫にしまい、その上に書類などを重ねて隠した。
近衛師団司令部
古賀参謀「近衛師団命令、8月15日2時。一つ、師団は敵の謀略を破砕。天皇陛下を奉持。我が国体を護持せんとす。二つ、近歩一長は、その主力をもって、東二つ、東三営庭および本丸馬場付近を占領し、外周に対し、皇室を守護し、奉るべし! また約一中隊をもって東京放送局を占領し、放送を封止すべし! 三つ…」
畑中少佐、石原参謀、椎崎中佐が古賀参謀の読み上げる命令書を聞いている。
井田中佐が車を運転し、水谷参謀長が助手席にいる。タバコになかなか火がつけられない。「急ぐんだ! もっと早く! もっと早くやれ!」
近衛師団司令部
古賀参謀「七、近砲一長は待機すべし! 八、近工一長は待機すべし! 九、近衛機砲大隊長は現態勢をもって宮城を奉護すべし! 十、近衛一師団通長は宮城、師団司令部間を除く宮城通信網を遮断すべし! 十一、予は師団司令部にあり! 近衛師団長、森赳(たけし)!」
石原参謀と椎崎中佐がうなずきあい、畑中少佐が森師団長の机の上からハンコを取り出し、押す。
畑中少佐と椎崎中佐がサイドカーで芳賀大佐のものへ向かう。
宮城内 衛兵指令所
畑中少佐「私たち2名は、このたび大本営命令により陸軍省より増加参謀として近衛師団に配属されました!」
椎崎中佐「間もなく球場確保の師団命令が正式に下達されるはずであります。計画どおりに直ちに兵力配備を!」
芳賀大佐「陸軍大臣は予定どおりお見えになるんだね?」
椎崎中佐「はっ! 間もなく!」立ち上がり、窓を開けて呼びかける。「第三連隊長!」
「はっ!」
芳賀大佐「命令! 大隊は直ちに宮城を占拠。確保せよ!」
集合がかけられ、近衛師団が宮城を占拠し始めた。
横浜警備隊 新子安兵舎
ラッパが鳴り、警備隊が集められる。
「気をつけ! 隊長殿に敬礼! 頭、右! 直れ!」
佐々木大尉「非常呼集が終わり、準備できしだい、直ちに東京へ出発する! 国家存亡の危機にありながら、立ち上がる者、極めて少ないにかかわらず民間人である諸君の応援参加には隊長として心から礼を述べたい!」相変わらずの絶叫。
陸相官邸
障子のある部屋なんてあるんだな~。障子の影から竹下中佐が声をかけた。「竹下、まいりました」
⚟阿南陸相「何しに来た。まあ、いい。入れ」
竹下中佐「はい」
広い和室の机の上に小刀が置かれており、阿南陸相は何か書いていた。
大君の深き恵みに
あみし身は
言い遺すへき
片言もなし
昭和二十年八月
陸軍大将 惟幾
近衛兵「交換台を探せ! 電話線は全て、たたっ切る! 急げ!」
総務課
近衛兵「急げ!」
メチャクチャに部屋を荒らし、電話を壊しまくり。
交換室
近衛兵「起きろ!」一人で番をしていた人を起こし、交換台をハンマーでたたく。
廊下
近衛兵「おい、電線を切れ!」壁の電線をハンマーでたたく。
宮城内 坂下門
近衛兵たちが車を止めた。後部座席に乗っていたのは下村情報局総裁。近衛兵たちはうなずきあい、バックを命じた。
宮城内 衛兵指令所
畑中少佐「何? 情報局総裁が?」
近衛兵「そうであります。ただいま捕虜にいたしました」
椎崎中佐「録音関係者か。いいものが捕まったな」
畑中少佐「よくやった。引き続いて警戒を厳重にしろ」
近衛兵「はい!」
奥の部屋にいる芳賀大佐の様子を伺いつつ…
畑中少佐「東部軍に行かれた井田さんの説得ですが、うまく?」
椎崎中佐「そう…早く東部軍が動いてくれないと発覚するおそれがある。偽の命令がな」
東部軍司令部 参謀室
水谷参謀長「決起を…」
不破参謀「近衛師団が決起をした?」
水谷参謀長「そ…そうだ…」
不破参謀「さっき近衛の参謀から電話でそのような要請があったが決起とは一体、どういう意味だ?」
水谷参謀長「森師団長が…さ…殺害された!」
不破参謀「何!?」
話を聞いていた板垣参謀が部屋を出た。
井田中佐「以上、申し上げましたように近衛師団決起の趣旨は、あくまでも国体の護持のため。陛下に対して最後の意見具申を行うにあり、他意はありません!」
井田中佐の話を聞いていた高嶋参謀長は板垣参謀から耳打ちされて驚く。
井田中佐「参謀長閣下! 東部軍さえ立っていただければ必ず日本の全陸軍が動きます! そうすれば陛下のお気持ちもお変わりに…お願いします! 今、立っていただかなければ手遅れに…陛下の録音が放送されてしまっては全てが終わりになります! 今こそ断固として日本の国体護持のために! 参謀長閣下!」
午前2時
衛兵指令所内 一室
下村たちが狭い部屋に閉じ込められて汗を拭いている。そこへ長友技師がつれてこられ、荒川技術局長の顔を見て声をかけた。
兵士「話してはいかん! 私語と喫煙は禁じてあるはずだ!」
伍長「今、新たに入った者は、この紙にそれぞれ位階勲等と氏名を書け」
川本情報局総裁秘書官「暑くてたまんないんですけど、上着を脱いでもよろしいでしょうか」
伍長「いかん、命令だ!」
東部軍司令部
田中大将「直ちに自分が宮城へ行き、反乱軍を鎮圧する!」
「いや、ご出発は今しばらく様子を。状況を明らかにしてからでなければ…」
不破参謀「どういう事態になっているかよく分かりません。とにかく武装した一個師団が立ち上がってるのです。まず状況を調べてからでなければ」
田中大将「宮城内との連絡はどうなっておるのだ!」
不破参謀「はっ! いろいろとやってるのですが、電話線が全部切断されてるらしくて」
畑中少佐「では録音は今夜遅くに宮中で行われたのだな?」
矢部国内局長「そうです」
畑中少佐「その録音盤はどこにある?」
矢部国内局長「宮内省の方に預けました」
矢部国内局長「誰かは存じませんが、侍従の方です」
畑中少佐「侍従だと?」
ニヤリとする椎崎中佐。「もういい、連れて行け!」
「はい!」兵士たちが連れて行った。
椎崎中佐「録音盤は我々の手のうちにあると。あとは…」
畑中少佐「東部軍の決起と陸軍大臣の動きですか?」
芳賀大佐「陸軍大臣は、まだお見えにならぬのか」
椎崎中佐「ただいま、陸軍省軍務課の竹下中佐がお迎えに。間もなくお見えになります」
陸相官邸
阿南陸相と竹下中佐が向かい合って酒を飲んでいる。
⚟黒田大尉「航空士官学校の黒田大尉。竹中中佐に連絡にまいりました!」
竹下中佐が部屋の外へ。「何?」という声に阿南陸相が反応する。
竹下中佐「森師団長を?」
午前3時
衛兵司令所前で車を待っていた畑中少佐たち。井田中佐が車から降りてきた。「畑中…いかん。東部軍は冷えきっている。立つ気配はない。諦めて兵を引け。もし、このまま籠城を続けると国家の非常事態を前にして東部軍との一戦になるぞ」
畑中少佐「一戦、恐るるに足らずです! 自分たちは宮城を占拠し、天皇を擁しております! そのうえ下村総裁以下、捕虜も多数!」
井田中佐「ばか言え! 師団長を殺しておいて、いつまで師団の団結が…団結なくして何が一戦だ! 師団長の死が伝われば、たちどころに師団の士気は崩壊する。貴様には、それが分からんのか!」
畑中少佐「はっ…」
井田中佐「夜が明けるまでには兵を引け。そして、今夜のことは我々だけで責任を取ろう。畑中…それでいいじゃないか。世の中の人もな、今夜のことは苦い笑いで見過ごしてくれるだろう。はかない日本陸軍の最後のあがき。真夏の夜の夢とでもな。とにかくこの状況を今から陸軍大臣に報告してくる」再び車のドアを開けるが、振り返った。「いいか、畑中。夜が明けるまでには必ず兵を引けよ」車で出て行った。
立ち尽くす畑中少佐たち。
椎崎中佐「少し予定が狂って長期戦になるかもしれないな。東部軍が我々と一戦を交える? 冗談じゃないよ。天皇を擁している我々にどうして戦車や飛行機を。二・二六の連中は反乱軍になった。天皇を擁していなかったためにな。しかし、今の我々の立場は、まさにその正反対…攻めてくるやつのほうが反乱軍になる。それに第一、我々の命令は、まだ生きておる。籠城が長引けば、やがて、それが全軍に知れ渡り、必ず決起する部隊も…最後の勝利は我々のものだ。どう転んでもな。いや、もし、それを阻むものがあるとすれば…はっ! そうだ…あの録音盤だ。あれが放送されれば万事休す。こうなれば一分でも一秒でも早く、しっかりとこの手にあの玉音盤を!」畑中少佐、古賀参謀と顔を見合わせ、うなずき合う。「衛兵司令! 放送関係者をもう一度呼べ!」
「急げ! 急げ!」と急かされながらトラックの荷台に乗り込む横浜警備隊。佐々木大尉が「よし! 出発!」と叫び、自らも別の車に乗り、トラックを先導して走り出す。
古賀参謀「確かに玉音盤は侍従の一人に渡したんだな?」
矢部国内局長「そうです」
古賀参謀「何という侍従に渡した?」
矢部国内局長「それが何しろ、今夜、初めてお会いしたんで名前までは…」
古賀参謀「では、顔を見れば分かるのだな?」
矢部国内局長「はい。それは多分」
古賀参謀は第二大隊長に矢部国内局長を案内人として宮内省へ行き、録音盤を探してこいと命じた。「貴重品であるから粗略に扱わぬようにな」
第二大隊長「小隊、止まれ! 弾、込め! 玉音盤捜索、始め!」
同行した矢部国内局長はギョッとした表情。白襷の近衛兵たちが宮内省へ入っていく。
近衛師団司令部
兵士「止まれ!」
板垣参謀「かまわん、やれ!」車で乗りつける。
兵士「止まれー! 誰か! 誰か!」
板垣参謀「東部軍の作戦参謀だ。近衛の参謀と作戦打ち合わせに来た」
不破参謀と板垣参謀が石原参謀が1人残っていた近衛師団司令部の参謀室に入って来た。
不破参謀「貴様たちは何ていうばかなことをしでかしたのだ! 状況を視察に来た。官姓名を名乗れ!」
刀を手をかけ、立ち上がった石原参謀と対峙する不破参謀たち。
不破参謀「先に師団長の様子を…」と板垣参謀に言う。再び石原参謀に向け「貴様らの偽命令の詳細は、あとで詳しく聞かしてもらうからな!」と告げ、部屋を後にした。
廊下に出ると銃剣を向ける見張りたち。「どけ! どかぬか!」
廊下に出てきた石原参謀が「かまわん! お見せしろ!」と叫ぶ。「国家に危機に直面しながら立ち上がろうともしない、ふぬけ同様の軍人の最期は、どうなるか腰抜けの参謀たちによく見せてやれ!」
不破参謀たちが部屋に入ると、斬り捨てられた森師団長と白石中佐の遺体。不破参謀と板垣参謀は2人の遺体に敬礼した。
ハンマーでガラス戸のガラスを割り、入っていく近衛兵たち。
総務課
部屋を荒らしまくる。
廊下で待っている矢部国内局長。
第二大隊長「こいつではないのか? お前が録音盤を渡したのは」兵士たちが1人の男を連れてきた。
連れてこられた男をチラ見する矢部国内局長。「いえ、もっと背の高い…そう、鼻の大きい方だったと思いますが」
戸田侍従「では私はこれで。陛下のおそばにまいらねばなりませんので」
”陛下”と発した瞬間、直立になる兵士たち。戸田侍従は廊下を歩いていった。
古賀参謀「まだ? まだ発見できない!?」
兵士「捜索は迅速に進めておりますが、部屋の数が多く、それに建物自体が迷路のように入り組んでおりまして」
畑中少佐はイライラしたように机をたたく。
椎崎中佐「兵力を増やすんだ!」
古賀参謀「命令! 予備の一個中隊を直ちに捜索隊に編入。録音捜索隊に全力を挙げ、速やかに入手すべし。復唱よろしい!」
兵士「はっ!」
芳賀大佐「陸軍大臣は、まだ来られないが一体どうなっておるのか!」
畑中少佐「こちらへお出かけになられたかどうか電話でもう一度!」
芳賀大佐「君たちは、さっきから同じことばかり言ってるじゃないか! そのうえ、あれほど師団長へ連絡を取ってくれと言ってるのに、なぜ実行しないんだ!」
古賀参謀と椎崎中佐が顔を見合わせる。
古賀参謀「連隊長殿、師団長は死亡されました」
芳賀大佐「何!?」
古賀参謀「これよりは連隊長殿が師団長に代わって近衛師団の指揮を執っていただきます」
芳賀大佐「師団長が死亡された? 師団長が死亡を…それは一体どういうことなんだ! 師団参謀の君が知らないわけはない!」
椎崎中佐「間もなく陸軍大臣がお見えになります。それまでは連隊長殿は近衛師団の指揮を。作戦内容は我々が、よく心得ております」
陸相官邸
阿南陸相と竹下中佐の前に井田中佐が現れた。「閣下! 閣下…」ひざまずく。
阿南陸相「井田、何も言わなくていい。詳細はある程度…森師団長を斬ったこともな」
頭を下げる井田中佐。
阿南陸相「そのおわびも一緒に。東部軍が立たない以上、全ては、もう間もなく収まる」
京浜国道 多摩川大橋
横浜警備隊を乗せたトラックが走る。「これより東京に入ります!」
佐々木大尉「第一の攻撃目標は鈴木内閣総理大臣!」
午前4時
宮城内 衛兵指令所
芳賀大佐は手を組んで椅子に座り、隣の部屋の怒号を聞いていた。
⚟古賀参謀「まだ見つからない!? ええい、手向かいするやつは斬れ! 容赦なくたたき斬り、一刻も早く録音盤を手に入れるのだ!」
兵士「はっ!」
椎崎中佐「こんなに探しても見つからないということはだな…もしかすると録音盤は陛下のごく御身近に…」
芳賀大佐が椎崎中佐たちのいる部屋に入って来た。「もう自分には分かっておる! 自分には…自分にはもう分かっておる! 君たちは反乱を企てているんだ! 阿南大臣も東部軍司令官もやって来られないのは、そのせいだ。いや…もしかしたら近衛師団長閣下を殺害したのは君たちかもしれない!」畑中少佐を指さす。「そうしておいて私をだましておるんだ! 自分はもうこれ以上、君たちの指導に従わん! さあ、宮城から出て行ってもらおう! これ以上、反乱を続けるのなら私を殺せ! この私を殺してからにせい!」
立ち尽くし、下を向く畑中少佐たち。
しかし、椎崎中佐だけ顔を上げる。「命令には従ってもらわねば困るな」
芳賀大佐「何!」
椎崎中佐「連隊長は師団長の指揮下にあるはずだ。不幸にも師団長は死亡されたが、その師団命令は、まだ生きておる」
芳賀大佐「しかし、その命令は恐らく君たちが勝手に…!」
椎崎中佐が詰め寄る。「軍隊は命令で動くものだ。上官の命令は事のいかんを問わないはずである!」
近衛兵たちが大勢入ってきて、式部職事務室や掌典(しょうてん)長室、内舎人(うどねり)室、宗秩(そうちつ)寮などの部屋の前をバタバタ走っている。
縫手室
女嬬(にょじゅ)室
用度倉庫
各部屋を荒らしまくる兵士たち。
皇后宮職事務官室
ついに徳川侍従が隠した部屋までたどり着く。
兵士「録音盤と内大臣を探してるんだ。貴様、知ってるだろ!」
徳川侍従「知るものか!」
第二大隊長「こいつ手向かうのか! 斬ってしまえ!」
徳川侍従「斬るなら斬れ! しかし、斬っても何にもならんだろ!」
第二大隊長「ふん…貴様らのような腰抜けを斬ったところで刀のさびに…その代わりに日本精神の在り方を教えてやる!」
徳川侍従「日本精神? 君たちだけが国を守ってるんではない。我々国民が一人一人、力を合わせなければ…」
いきなり徳川侍従を殴りつける兵士。
トラックで乗り付けた横浜警備隊が一斉に銃を構える。
佐々木大尉「撃て!」
激しい銃撃音で目が覚めた迫水書記官長は窓を開けて様子を伺い、廊下へ駆け出す。
銃撃は続き、佐々木大尉は「開けろー!」と首相官邸へ乗り込もうとし、何度も「開けろ!」と繰り返し、ドアをたたく。
中から顔を出した巡査。「首相は中に…ここにはおられません!」
佐々木大尉「何? そんな…!」
巡査はかぶっていた鉄兜を外す。「いいえ。私もあなた方のお考えに賛成です。今更、無条件降伏なぞ君側(くんそく)の奸(かん)は何としても葬らねばなりません。首相は丸山町の私邸に帰っております。どうかそちらを襲撃してください!」
佐々木大尉「丸山町の私邸だな。ありがとう!」がっちり握手。
「小隊、止まれ!」
宮城内 御文庫前
徳川侍従や入江侍従が鉄の窓を閉める。
入江侍従「敵の空襲にも閉めたことのないこの窓…この窓を」
徳川侍従「お上は?」
三井侍従「起きておられる」
兵士を乗せたトラックが丸山町へ走る。
外に出た畑中少佐はイライラし、ウロウロ。
椎崎中佐「ここまで探して見つからないとすれば、もしかすると録音盤は放送局へ…いや、しかし…」
畑中少佐「椎崎さん! 陸軍大臣立たれず、東部軍、動かず。そのうえ、録音盤も見つからない! このうえは…もうこのうえは!」
椎崎中佐「慌てるな! まだ手はある」
畑中少佐「は?」
椎崎中佐「直ちに占拠中の放送局へ行け! そうしてな、夜が明けるのと同時に日本全国へ放送するのだ。ポツダム宣言を受諾してはいけない! 日本はあくまで徹底抗戦をする。もし仮に天皇のポツダム宣言受諾の放送がどこからか行われたりしても、それは重臣どもの策略であり、陛下の真意は、あくまでも光輝ある陸海軍とともに最後まで戦うと仰せられているとな!」
畑中少佐「はっ!」
陸相官邸
盃を置いた阿南陸相は小刀を手にする。
井田中佐「閣下! 私もお供を!」
阿南陸相が井田中佐をビンタ。「ばか者! 何を言うか! 死ぬのは俺一人。死ぬよりは生き残るほうがずっと勇気がいるのだぞ。俺ぐらいの年配になると腹を切るのは、それほど難しいことではない。難しいのは、むしろ、あとに残るお前たち若い者のほうだ」
井田中佐「生き残った我々に一体何ができるんです」
竹下中佐「大臣…大臣は日本の国が再建できるとでも?」
阿南陸相「再建しなければならんのだ! 生き残る人々には、あらゆる苦しみが待ち受けておる。しかし…しかし、これからは日本の歴史が変わるのだ。どう変わるのかどう変えなければならんのか、それは今の俺には、さっぱり見当もつかん」竹下中佐や井田中佐の盃に酒を注いでいる。「ただ、たとえ歴史がどう変わろうとも日本人の一人一人が、それぞれの持ち場で生き抜き、耐え抜き、そして懸命に働く。それ以外に再建の道はない。いや、そればかりではなく生き残った人々が二度とこのような惨めな日を迎えないような日本に何としてでも、そのような日本に再建してもらいたい」自分の盃はひ伏せて置く。「もう間もなく夜が明けるな。昭和20年8月15日か」
午前5時
「第一小隊、前へ! 進め!」
近衛歩兵第一連隊
「歩調とれ! 第二小隊、前へ!」
近衛第一連隊長・渡辺大佐は入ってきた車のほうを向く。
不破参謀「東部軍司令部閣下だ!」
田中大将が車を降りて来て、渡辺大佐に敬礼した。「誰の命令で動いておる!」
渡辺大佐「師団命令であります! 師団参謀・石原少佐の指導によりこれより宮城へ!」
田中大将「それは偽の命令だ!」
渡辺大佐「は?」
田中大将「やつらが師団長を殺しておいて勝手に偽の命令をだしておるんだ! その石原参謀はどこにおる!」
宮城内 衛兵指令所
田中大将「貴様らのやったことは何というざまだ! 反逆罪だ! 検挙せい!」と部下に命じ、石原参謀はその場を動かず、手錠をかけられた。
ようやくここまで来たー!
第1スタジオ
近衛兵たちが入っていく。
第12スタジオ
原稿を渡す畑中少佐。
放送員・館野守男「現在は警戒警報発令中であります。東部軍の許可のないかぎり、一切の放送は禁じられております」
畑中少佐「今から自分が軍の真意を全国民に伝えるのだ! すぐに用意しろ!」
館野「いや、何と言われましても東部軍の許可のないかぎり、放送は…」
畑中少佐「何!」小銃を突きつける。
宮城内 御文庫前
近衛兵が大勢集まっている。
徳川侍従がそっと外の様子をうかがう。「何ということだ。お上をお守りする、陛下をお守りするはずの近衛兵が…」
徳川侍従「お上はどのように?」
三井侍従「私が出て行く。兵を庭に集めろ。兵には私の心を言って聞かせる。いずれにしてもすぐ侍従武官長を呼べと」
徳川侍従「しかし武官長は宮内省の庁舎に軟禁を。おおかみに群れの中を通っていくようなものです」
外から近衛兵たちの声が聞こえる。「機関銃、前へ!」「急げ!」「第一、第三分隊、横に散れ!」
館野放送員に銃を突きつける畑中少佐。
田中大将が車で乗り付けた。「東部軍司令官だ! 門を開けろ!」
宮城内 衛兵指令所
田中大将「以上、伝えたごとく、師団命令は、そこにいる参謀者たちの偽命令であり、以後は、この田中が近衛師団の指揮を執る」
芳賀大佐「はっ!」
田中大将「速やかに兵を徹して原配置に帰れ。その処置が終われば直ちに軍司令官まで実行報告せよ!」
「うわー!」と大声を上げた椎崎中佐が外に出て木を刀で斬りまくった。
第12スタジオ
館野放送員に銃を突きつける畑中少佐は引き金に指をあてる。
午前5時53分
スタジオの外の電話が鳴り、近衛兵が出た。「は? はっ! はい! (畑中少佐に)東部軍からです」
銃をしまい、電話に出る畑中少佐。「はい! 畑中少佐!」
陸相官邸
テーブルの上に広げられた遺書
一死以て大罪を謝し奉る
昭和二十年八月十四日夜
神州不滅を確信しつつ
縁側に阿南陸相が小刀を手にし、正座している後ろに竹下中佐、井田中佐も正座して控えている。
鈴木首相 私邸
横浜警備隊が雨戸を破って家に侵入した。
佐々木大尉「首相以外の者には乱暴するな! 目標は鈴木貫太郎だけだぞ!」
ガラスを破って風呂釜の中を見たり、銃剣でふすまを突き刺したり…
佐々木大尉「何? いない? 首相はいないんだな?」
百合子「は…はい。か…官邸のほうから反乱軍がそちらに向かったと電話がありましたので、皆様は…」
佐々木大尉「どこへ行ったのだ!」
百合子「そ…それは私にも…」
佐々木大尉「ええい…焼け! 国賊の家は不浄だ! 直ちに焼き払え!」
一同「はっ!」
ガソリンをまく男たち。
佐々木大尉「ようし、撃て!」
銃を放つと家具に火がつき始めた。
陸相官邸
小刀を抜き、自らの腹にあてた阿南陸相は、うめき声を上げる。
第12スタジオ
電話している畑中少佐。「では、これほどお願いしましても!」
稲留大佐「駄目だ! いかん。放送は許可できない」
畑中少佐「では、受諾反対の放送はもういたしません。せめて…せめて、昨夜立ち上がった私たち青年将校の気持ちを! それだけを5分! いや、3分間だけでも!」
稲留大佐「畑中! もうよせ。それが未練というものだぞ」
畑中少佐「未練?」受話器を置き、軍帽の顎紐をかけ、歩き出す。
鈴木首相の私邸は燃えた。
外で見ていた佐々木大尉。「ようし! もういい! 次は米英びいきの枢密院議長。平沼騏一郎だ!」
陸相官邸
うめき声を上げながら、首のあたりを触る阿南陸相。
竹下中佐「大臣、介添えを!」
阿南陸相「無用だ! あっちへ行け!」自らの手で首に刀をあてた。
竹下中佐「大臣…」
井田中佐「閣下!」
上半身がぐらぐら揺れ、倒れた阿南陸相を見て泣き崩れる竹下中佐と井田中佐。
すっかり明るくなり、閉じ込められていた下村情報局総裁たちが外へ出て汗をぬぐう。
川本情報局総裁秘書官「水を…水を1杯ください!」
第12スタジオ
チャイムが鳴り、館野放送員が原稿を読む。「謹んでお伝えいたします。かしこき辺りにおかせられましては、このたび、詔書を渙発(かんぱつ)あらせられます。かしこくも天皇陛下におかせられましては、本日正午、御自ら放送をあそばされます。まことにおそれ多い極みにございます。国民は一人残らず謹んで玉音を拝しますよう」
午前8時
乾門に入ってくる近衛兵を敬礼で迎える田中大将。近衛兵を見送り、ほっとため息。
皇后宮職事務官室
徳川侍従が手提げ金庫の下に隠した巾着袋に入った録音盤を見つけた。
岡部侍従「おはようございます」と汗を拭く。「何か変わったことでもあったんですか?」
⚟畑中少佐「国体護持のため、本8月15日早暁、決起せる我ら将兵は…」
ビラを拾って首をひねる男。
⚟畑中少佐「全軍将校ならびに国民各位に告ぐ! 我らは敵の謀略に対し、天皇陛下を奉じ国体を護持せんとす! 成敗利鈍は我らの関するところにあらず! ただただ純忠の大義に生きんのみ!」
椎崎中佐がサイドカーに乗りながらビラをバラまき、畑中少佐が馬上からビラをまく。
陸相官邸
小刀、血のついた遺書、軍服に抱かれるように置かれた陸相次男・惟晟少尉の写真。
玉音盤(副)はお盆にのせて布をかけ、筧庶務課長が運ぶ。玉音盤(正)は肩掛けカバンに入れて男が運んでいった。
迫水書記官長が訪ねると、鈴木首相がいた。「おう」
迫水書記官長「本当に…本当によくご無事で」
鈴木首相「迫水君、宮中の枢密院会議は11時からだったね」
迫水書記官長「はあ」
鈴木首相「それが終わったら、そのあとで閣議を開いて、内閣の総辞職をしたいと思います。そのつもりで」
うなずく迫水書記官長。
鈴木首相「もう年寄りの出る幕じゃないよ。これからの日本は、もっと若い人が中心になってやるべきでね」
⚟畑中少佐「皇軍全将兵ならびに国民各位! 願わくば我ら決起の本義を銘心(めいしん)せられ! 君側の奸を除き、謀略を破砕し、最後の一人まで国体を守護せんことを。国体護持のため、本8月15日早暁、決起せる我ら将兵は全軍将兵ならびに国民各位に告ぐ!」
馬で走り去った道端でビラを拾う子供たち。
迫水書記官長が電話していた。「あ、東郷さん。今日11時から宮中で枢密院会議が行われ、改めて終戦の儀が決定してですね」
東郷外相「いや、それは昨日からお聞きして、よく」
迫水書記官長「いや、そのあとでですね、閣議を開いて内閣の総辞職を行いますから。そうです、総辞職です。よろしく」
稲留大佐「あ、放送協会。配備兵力はすぐ…え? 何! 録音盤が着いた? 正副とも間違いなく着いたんですね? え?」
政務室
ラジオのアンテナを伸ばす徳川侍従。
迫水書記官長。「それでは下村さん。総辞職の件は一つ、よろしく。私は11時から行われる枢密院会議の打ち合わせにこれから宮中へ」部屋を出て行く。
川本情報局総裁秘書官「お忙しいですね、書記官長も。昨日から体が2つあっても3つあっても足りないぐらいですよ。しかし、今更、枢密院会議を開き、改めて終戦の儀を決定するというのも…もう事実上、終戦は決まってしまってるんですからね」
下村情報局総裁「いや、そうでもないよ」
川本情報局総裁秘書官「は?」
下村情報局総裁「あらゆる手続きが必要だよ。儀式といったほうが正しいのかもしれないがね。日本帝国の葬式だからね」
陸軍省ではまだ書類を燃やしていた。
午前11時
⚟畑中少佐「成敗利鈍は我らの関するところにあらず! ただただ純忠の大義に生きんのみ!」馬で走りながら絶叫し、椎崎中佐もサイドカーであとに続く。
閣議室には全員着席していたが、陛下が来たので立ち上がり、頭を下げた。
⚟畑中少佐「皇軍全将兵ならびに国民各位! 願わくば我ら決起の本義を銘心せられ! 君側の奸を除き、謀略を破砕し、最後の一人まで国体を守護せんことを!」
線香があげられ、2つの棺の前で古賀参謀は自ら刀で腹に突き刺し、死んでいた。
閣議室
鈴木首相が立ち上がり、陛下に頭を下げる。「戦争終結の処置につきましては、本日正午より陛下の玉音がラジオによって、あまねく全国民に放送され…」
宮城内
椎崎中佐は自ら腹を刺して死亡、正座していた畑中少佐も自らのこめかみに銃をあてて引き金を引いた。
放送局 第8スタジオ
録音盤が持ち込まれ、放送員・和田信賢ら、その場にいた者が頭を下げた。
小園大佐「くっ…こんな時にマラリアが…」左肩に注射を打ってもらいながら震えている。「この非常事態に…くっ! しかし…くっ! この厚木基地だけは最後まで…最後まで抵抗するぞ!」気合いで立ち上がるが、机の上に倒れ込む。「この厚木基地だけは最後まで…最後まで!」
児玉基地
野中大佐が外で立っている。
部下「玉音放送を拝するため、全員、整列終わりました。一同の中にはこのたびの攻撃が成功せず、そのうえ熊谷市がB29の爆撃により炎上するのを目撃しておりますので、今日の放送は陛下が我々軍人に対し、御自ら、一層、奮励努力せよと叱咤激励されるものとばかりに思い込んでいる者が多数あるようでありますが」
放送局 第8スタジオ前
不破参謀「東部軍参謀長閣下だ。放送の立ち合いのために入られる」
直立不動の憲兵中尉にも話しかける不破参謀。「いよいよ陛下の放送が始まるが、警備を一層厳しくするように」
憲兵中尉「終戦の放送などをさせてたまるか! やつらを皆、たたき斬ってやる!」刀を抜いた。
不破参謀「やめろ!」
憲兵中尉「離せ!」
不破参謀「やめるんだ!」
不破参謀「不穏なことを更にするようなら、かまわん! 斬り捨てろ!」
回りにいた男たちに取り押さえられる憲兵中尉。「離せ! 離せ! 何が終戦だ! 何が終戦だ!」刀を落とす。
正午
時報が鳴り、和田放送員が原稿を読む。「ただいまより重大な放送があります。全国の聴取者の皆様、ご起立を願います」
ここからが「本日も晴天なり」の35話の内容。
下村情報局総裁がマイクの前に立って話す。「天皇陛下におかせられましては全国民に対し、かしこくも御自ら大詔(たいしょう)を述べさせられたまうことになりました。これより謹んで玉音をお送りいたします」
君が代が流れる。
阿南陸相の横顔。
椎崎中佐、畑中少佐が倒れている。
基地に整列する人々。
閣議室では涙をこらえる者もいる。
玉音放送「朕(ちん)深く世界の大勢(たいせい)と帝国の現状とに鑑(かんが)み、非常の措置を以(もっ)て時局を収拾せんと欲し、茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾臣民(なんじしんみん)に告ぐ」
ラジオの前に座る陛下の後ろ姿。
玉音放送「朕は帝国政府をして米英支蘇(べいえいしそ)四国に対し、其の共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり」
ナレーション<長い長い24時間だった。かくして、日本のそのいちばん長い日が終わった。昭和20年8月15日、太平洋戦争が終わった日である>
エンディング画面に大きくテロップが出る。
太平洋戦争に
兵士として参加した日本人
1,000万人
(日本人男子の1/4)
戦死者
200万人
戦時中の写真と共に玉音放送が流れる。
帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ、非命に斃(たお)れたる者、及(および)、其の遺族に想(おもい)を致せば五内(ごない)為に裂く。
一般国民の死者
100万人
計 300万人
(5世帯に1人の割合いで
肉親を失う)
惟(おも)うに今後、帝国の受(う)くべき苦難は固(もと)より尋常にあらず。
家を焼かれ
財産を失った者
1,500万人
爾(なんじ)臣民の衷情(ちゅうじょう)も、朕(ちん)、善(よ)く之を知る。
ナレーション<今、私たちはこのようにおびただしい同胞の血と汗と涙であがなった平和を確かめ、そして日本と日本人の上に再び、このような日が訪れないことを願うのみである。ただ、それだけを…>
製作:藤本真澄
*
脚本:橋本忍
大宅壮一編
「日本のいちばん長い日」より
文芸春秋「歴史研究会」
株式会社 文芸春秋版
*
監督:岡本喜八
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音楽:佐藤勝
*
コロムビアレコード
毎日新聞社-出版写真部
読賣新聞社-資料部
光文社版「太平洋戦争史」
山端庸介・柳田芙美緒
影山光洋・石川光陽
*
出演者(登場順)
松本俊一(外務次官):戸浦六宏
岡田忠彦(厚生大臣):小杉義男
下村宏(情報局総裁):志村喬
井田正孝中佐(軍務課員):高橋悦史
竹下正彦中佐(軍事課員):井上孝雄
椎崎二郎中佐(軍事課員):中丸忠雄
畑中健二少佐(軍事課員):黒沢年男
石黒忠篤(農商務大臣):香川良介
平沼騏一郎(枢密院議長):明石潮
荒尾興功大佐(軍事課長):玉川伊佐男
大西瀧治郎中将(軍令部次長):二本柳寛
小林海軍軍医:武内亨
木原通雄(内閣嘱託):川辺久造
川本信正(情報局総裁秘書官):江原達怡
豊田貞次郎(軍需大臣):飯田覚三
左近司政三(国務大臣):起田志郎
小日山直登(運輸大臣):田中志幸
太田耕造(文部大臣):山田圭介
政治部記者:三井弘次
不破博大佐(高級参謀):土屋嘉男
森赳中将(第一師団長):島田正吾
大橋八郎(日本放送協会会長):森野五郎
大江晃(電信課長):堤康久
海軍省 保科善四郎中将(軍務局長):髙田稔
矢部謙次郎(国内局長):加東大介
荒川大太郎(技術局長):石田茂樹
小園安名大佐(司令):田崎潤
菅原英雄中佐(副長):平田昭彦
飛行整備科長:堺左千夫
中村俊久中将(侍従武官):野村明司
清家武夫中佐(侍従武官):藤木悠
松阪広政(司法大臣):村上冬樹
広瀬豊作(大蔵大臣):北沢彪
畑俊六元帥(司令官):今福正雄
加藤進(総務局長):神山繁
筧素彦(庶務課長):浜村純
若松只一中将(陸軍次官):小瀬格
古賀秀正少佐(参謀):佐藤允
石原貞吉少佐(参謀):久保明
長友俊一(技師):草川直也
枢密院会議の重臣:秋月正夫
枢密院会議の重臣:野村清一郎
近衛師団兵:桐野洋雄
近衛師団兵:荒木保夫
田中静壱大将(司令官):石山健二郎
塚本清少佐(司令官副官):滝恵一
芳賀豊次郎大佐(歩兵第二連隊長):藤田進
小林四男治中佐(陸軍大臣副官):田中浩
佐野恵作(総務課員):佐田豊
佐野小門太(内閣理事官):上田忠好
白石通教中佐(参謀兼司令官副官):勝部演之
児玉基地副長:長谷川弘
戸田康英(侍従):児玉清
三井安弥(侍従):浜田寅彦
入江相政(侍従):袋正
黒田大尉:中谷一郎
水谷一生大佐(参謀長):若宮忠三郎
宮城衛兵司令所の伍長:山本廉
近衛師団兵:中山豊
高嶋辰彦少将(参謀長):森幹太
板垣徹中佐(参謀):伊吹徹
大隊長:久野征四郎
首相官邸警護の巡査:小川安三
渡辺多粮大佐(歩兵第一連隊長):田島義文
館野守男(放送員):加山雄三
原百合子(鈴木首相私邸女中):新珠三千代
稲留勝彦大佐(参謀):宮部昭夫
岡部長章(侍従):関口銀三
神野敏夫少佐(参謀):関田裕
和田信賢(放送員):小泉博
ナレーター:仲代達矢
(終)
エンドクレジットに記載なし
蓮沼蕃大将(侍従武官長):北竜二
鈴木一(総理秘書官):笠徹
ほか
いや~、ちょっと印象的な言葉でも残しておこうかと思ったんだけど、見逃せなくてちょこっとずつ見た。いくら知ってる俳優が多いといっても、やっぱり分からない人も多くて誰が誰だか?と思う瞬間も多かった。
芳賀大佐役の藤田進さんは戦時中の映画にたくさん出てたな。「ハワイ・マレー沖海戦」「加藤隼戦闘隊」「指導物語」…
佐々木大尉役の天本英世さんは全てのセリフで怒鳴ってたけど、私はインテリじいさんのイメージでこういうの脳筋っぽい役をやってるのが意外だった。実際の佐々木大尉は戦後、名前を変え80過ぎまで生きた、と。焼き討ちまでしといて。
最後に出てくる憲兵中尉の井川比佐志さんもさすがの存在感!
ミーハー目線だと徳川侍従役の小林桂樹さんの近くにいることの多かった戸田侍従役の児玉清さんが飄々とした感じでよかったな。背が高くイケメンで昭和の濃い美男子より今のほうが受けが良さそう。児玉清さんは年取るほどカッコいいけど、若いときもやっぱりカッコよかった…この映画は「ありがとう」の最初のシリーズの2年前か。
「本日も晴天なり」の本多さんが和田放送員、川西さんが館野放送員だったんだな。朝ドラでも緊迫感はあったけど、それでも朝ドラらしくおさめてたんだな。
後半、グロいシーンの連続で目をそらしてしまった。岡本喜八監督は「肉弾」を見て、ちょっと苦手かな、これからは避けようと思ってたんだけど、これは見ないわけにはいかなかったのです。庶民目線の戦争とは全然違って、すごいものを見た。



