TBS 1974年9月18日
あらすじ
和泉家の隣家が引っ越すことに。大吉(松山省二)はその土地を買って和泉家の隣へ移ろうと考え、元(杉浦直樹)が話をまとめる。しかしゆき(小夜福子)は、「離れているのがつきあいを長続きさせる秘訣だ」と。
2024.5.28 BS松竹東急録画。
福山大吉:松山省二…太陽カッター社長。字幕黄色。
福山紀子:音無美紀子…大吉の妻。字幕緑。
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和泉和子:林美智子…元の妻。
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原周造:森幹太…元の教え子・原京子の母の再婚相手。
原葉子:阿部百合子…元の教え子・原京子の母。
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福山隆:喜久川清…大吉の弟。浪人生。
原京子:安東結子…元の教え子。
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福山一郎:春田和秀…大吉、紀子の息子。小学1年生。
和泉晃:吉田友紀…元、和子の息子。小学1年生。
ナレーター:矢島正明
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福山ゆき:小夜福子…大吉の母。
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和泉元(げん):杉浦直樹…中学校教師。
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監督:中村登
仕事中の大吉がバイクに乗って走りだす。
子供たちの冒険に親たちはさんざん翻弄されましたが、その結果、大吉は思わず子供たちに手を上げてしまったのです。その行為は、他の親たちから非難されることになりましたが、大吉は自分の行為に少なからず驚いていたのです。それというのも何かを乗り越えたように思えたからです。その思いは、やがて他の親たちにも伝わっていくのでした。
福山家
縁側を拭く紀子と一郎。紀子は一郎をビシビシ指導する。「早くしないと晃が来ても遊べないわよ」
一郎「どうして晃ちゃんのこと、晃って呼ぶの?」
紀子「仲がいいんだもの、いいでしょ?」
一郎「じゃあ、僕も晃って呼んでいいの?」
紀子「あんたは晃ちゃんって言うのよ。お友達なんだから」
一郎「変なの!」雑巾を放って、部屋から出ていく。
別に子供同士が呼び捨てするのはいいと思うけどなあ。
紀子「どこ行くの?」
一郎「お水飲むんだよ」
紀子「逃げちゃダメよ。ホントに言うこと聞かないんだから。三島まで行っちゃうなんてとんでもないことだわ。今度あんなことしたら、お母さん、承知しませんよ」
一郎「なあに?」
紀子「今度、お母さんに黙ってどっかへ行ったら、お尻が真っ赤になるほどぶって、もう絶対おうち入れないからね」
ゆき「言うこと聞かないとお母さん恐いよ。(紀子に)晃、まだ?」
紀子「ええ、もう来ると思うんですけど。(一郎に)分かったの?」
一郎「はいはい」
ゆき「ホホホッ、返事だけはいいね」
紀子「まったく誰に似たのかしら?」
ゆき「あっちの奥さんだよ」
紀子「あら、おばあちゃんったら」
タイミングよく和子が晃を連れて福山家を訪れたので、笑い出す紀子とゆき。
和子「まあ、噂をすればですか?」
紀子「いいえ。そうじゃないんですよ。奥さんが急にみえたからちょっとびっくりしちゃって」
ゆき「まあまあ、お上がりください」
「こんちは」と挨拶した一郎に紙袋を手渡す和子。
紀子「どうもすいません。なんでしょう?」
和子「ほら、この間、縫ってたシャツよ。(晃を指し)これとおそろいの」
紀子「ああ、そうですか。ねえ、ちょっと一郎見せて」
一郎「うん」
紀子「あっ…わあ、かわいい。ねえ、お義母(かあ)さん、見てほら」
ゆき「ホントだ。本職はだしだね」
紀子「ねえ、そうでしょう? (和子に)どうもありがとうございます」
和子「いいえ」
紀子はその場で一郎に着てみるように言い、一郎が着ると、紀子もゆきも褒めた。一郎は晃と一緒に奥へ。
和子にも家に上がるように言った紀子だが、和子はすぐうちへ引き返すという。お隣がうちを売って引っ越すことになり、それが昨日分かり、うちでももう一間ぐらい欲しいので、この際、土地を少し分けてもらおうと思い、和子が交渉することになった。お隣のよしみで庭続きを5坪ばかり売ってもらおうと思っている。そんな細かいことを言っても多分ダメだろうとは思うが、話すだけ、一応話してみる。
中学校の教室
元「え~、経済という言葉がどうして出来たかというと、これはこの経国済民(けいこくさいみん)という中国の古い言葉から出来たんだね。え~、この言葉の意味は国を治め、民を救うという意味だけれども、これから経と済を取って経済という言葉が出来たんだね」
パソコンだと一発で出てこないんだね。
戸が開き、原京子が頭を下げて教室に入ってきた。
元「さあ、原君、座りたまえ」
原「はい」
教室はざわざわ。原が自分の席に座る。
元「さあ、みんな静かに。今日はね、経済生活の最初だから、まず言葉の説明から始めよう」
原京子が学校に戻ったことは、元にとって大きな喜びでした。義理の父親との間に、たとえどんな話があったとしても京子がうちに戻ったことは確かなのです。それは、京子の努力でした。元はそんな京子の肩をたたきながら、いつの間にか自分を励ましていたのです。
どうでもいいけど、原君は途中から京子と名前が付いたけど、1話でどなり込んできた母親も京子だったと思い出した。
「兄弟」の沢田雅美さんも京子だし、同じ名前が多いね。紀子もいるし。
原さんが家出したのは6月の終わりだったか。
結構長いことあのスナックにいたんだね。
福山家
紀子が和子から聞いた建て増しをするために5坪くらい土地を売ってもらおうと思っている話を大吉にする。5坪と聞いて笑い出す大吉。
紀子「もちろん奥さんだって知ってるのよ。5坪じゃあまりにも細かくて言いづらいって」
大吉「当たり前だよ。あの先生の考えそうなこったな」
原家
前は洋風な部屋だったけど、今回は和室だね。スーツ着て正座している周造。
元「今日、原君が学校へ来たから全て問題は解決したのかと思ったんですよ」
周造「申し訳ありません。いや、この問題は家庭内のことですから、先生にご迷惑かけたくないんですが、どうしてもこの子が先生のいる所で話したいと言うもんですから」
原「いや、それはまあいいんですがね」
葉子「申し訳ございません。ホントにあたくしどもも困っているんです」
前に周造、葉子と名前が出てたのに、今日は字幕が父親、母親になってる。
原「だって約束が違うんですもの」
元「でも、原君。1年待ってくれとお父さんが言ってるんだから、そこのところをもう少し考えてあげたらどうだろうね。まあ、別れて住むといっても、そのための準備とか心構えとかいろいろあるだろ? それに第一、お父さんもお母さんもちゃんと結婚されてるんだから。まあ、仮にお母さんが君と別のうちに住むということになれば、とっても不便だしね。夫婦にとっては大変なことなんだよ。まあ、それでもお父さんもお母さんも君のために1年後には、それを実現しようと言ってるんだから、それぐらいは許してあげたらどうだろうね」
原「私、別々に暮らすっていうから、うちに帰ってきたんです。1年も待ってられないわ」
元「ホントを言うとね、別々に暮らすなんて言わないで一緒に暮らしてもらいたいんだ。みんなで努力すればできないことはないと思うよ。別々に暮らすとさ、かえって毎日そのことばっかり考えたりして、かえって面倒くさいじゃないか」
原「前に言ったことと違いますね」
葉子「京子。(元に)すみません」
元「いや、いいんです。ねえ、原君。逃げることは簡単だよ。でもそれじゃ、いつまでたっても進歩しないよ。約束が違うなんて言わないでさ、この1年間じっくり考えてみたらどう?」
原「私はヤなんです。先生にも言ったじゃありませんか。先生まで裏切るとは思わなかったわ」
葉子「なんで分からないの、お前は」京子の頬をたたく。
周造「バカ。何をするんだ!」
原「私はこの人が嫌いなんです!」テーブルに突っ伏して泣きだし、葉子も泣く。
周造「な…何を言うんだ。分かったよ」
この家が周造の家で葉子が京子を連れてきたのだったら、周造がかわいそうになって来た。それか、京子に何かしでかしてるのか? それだったら話は全然違って、葉子がさっさと京子を連れて出ていけばいい。葉子が専業主婦なら厳しいのかな。
元はこのとき父親の敗北を目の当たりに見てしまったのです。それは努力の果ての絶望でした。その苦しみの姿を見つめながら、元は改めて、わが身の立場に緊張したのです。
福山家
寝たばこをしてる大吉。隣には一郎、その隣に紀子が寝ている。大吉は紀子に向こうのおうちの隣をうちで買おうかと提案した。うちで買って引っ越す。
驚いて体を起こす紀子。隣同士になれば全て便利になるという大吉。「いや、俺はね、ずっと前から考えてたんだよ。俺たちは仲良くなるために親戚づきあいを始めたんだよな。それでやっとここまで来たんだ。でもな、なんかもう少し足りないような気がするんだよ。そう思わないか?」
紀子「さあ…急に言われたって分からないわ」
大吉「どうして? 子供たち遊ばしたりさ、何をするんでも、いちいち日にち決めたりさ、連絡し合うの面倒くさいと思わないか? いや、できることならさ、すぐそばにいたほうが便利でいいじゃないか」
紀子「そりゃそうだけど…」
大吉「いや、この間ね、俺は三島で2人の頭、殴っただろ」
紀子「ええ」
大吉「まあ、あれはついカッとなっちゃってやっちゃったんだけど、まあ、あそこまでやるんだったらね、俺たちもただ親戚づきあいっていうようなことじゃなくてさ、もっとなんかしなくっちゃいけないような気がするんだよ。そうだろ?」
紀子「だって、今だって一生懸命やってるじゃないの」
大吉「いや…うん、そういう意味じゃないんだよ。親としてな、もっとなんとかしてやりたいんだよ。まあ頑張ればさ、お前たちのためにこのへんぐらいまではできるんだぞってなとこをさ、子供たちに見してやりてえじゃねえかよ」
紀子「でも、向こうのうちのことだってあるでしょ?」
大吉「それは大丈夫だよ。向こうのうちは賛成してくれるよ」
紀子「そうかしら」
大吉「うん」一郎の寝顔を見つめる。「俺はさ、この子たちのために何かしてやりたいんだよ。なっ?」
紀子「分かったわ」
大吉「大丈夫だよ。絶対うまくいくよ」
大吉と紀子の力関係だとたとえ紀子が反対しても大吉が押し切りそう。
元の働く中学校
大吉「ゆうべ、夜中にねパッと気がついたんですよ。いい思いつきでしょ? これでうちがお宅の隣へ引っ越すようになれば全て解決ですよ。そうでしょ? そうすりゃね、年中、子供の送り迎えはしなくてもいいし、連絡は簡単だし、子供たちだってね、隣同士になれば、もう危険ありませんからね。どうですか? お隣に話していただけませんか?」
元「ええ、それはまあいいですけども…」
大吉「もしうちがその土地を買うようになったら5坪ぐらいお宅に分けるのはわけありませんからね」
元「でも隣は50坪もありますよ」
スナックトムは7坪。
糸が購入した寛のマンションは15坪で2000万円以上。
修一のラーメン屋・どさん子も坪30万。
中西家は15坪。中西家の平屋と寛のマンションが同じ広さなんだね。
大吉「ええ、いいですよ。坪30万としたって、1500万でしょ? そのぐらいの金だったら、なんとでもしますよ。必ず作ってみせます。それとも隣へ引っ越すのは反対ですか?」
元「いやいやいや、そんなことありませんよ。どうも、あまり急なお話しなんで…」
大吉「いや、金のことだったらね、ホントに心配いりませんよ。今住んでるうちを売ったってね、十分にそれだけの金額は出来ますからね」
元「ええ、それは分かってますよ」
大吉「いや、ですからね、お隣に話していただけませんか? あとは僕がやりますから」
元「え…ええ」
大吉「この話はですね、あくまでお宅の了解がもらえないと、やっても意味がありませんからね。それで聞いてんですよ」
元「ええ、もちろん僕は賛成なんですけどもね、どうもまだちょっと見当がつかないもんだから。もうちょっと考えさしてください、ええ」
大吉「どうしてですか? 考える必要なんてないじゃないですか。僕たちは親戚づきあいをしてるんですよ。あなただってこの間、もっと密接になるべきだって言ったばかりでしょう」
元「ええ」
大吉「いや、それにですよ。もし、うちが隣へ引っ越すようになれば子供たちのことだって面倒が見られますよ。そうすりゃ、この間みたいなことは起こりませんよ、ねっ? いずれにしたって2人で見るよりは4人で見たほうが安全でしょ?」
元「ええ、それはまあ…」
大吉「いや、だからやれるとこまでやってみましょうよ」
元「分かりました」
大吉「そうですか。ハハッ、じゃ、お願いしますよ」
元「ああ…」
大吉「アハハハッ。実はですね、僕はね、引っ越すだけじゃなくて、もっとすごいことを考えてんですよ」
元「どんなことですか?」
大吉「えっ? エヘヘヘ…」
元「教えてくださいよ。どんなことです?」
大吉「いや、今すぐってわけじゃないんですけどね。そこへ引っ越すようなことになれば、将来、両方のうちを壊してですね、大きなマンションをぶっ建てるわけです。そうすりゃ子供の将来だって心配ありませんからね。すばらしいやつにするわけですよ。いいでしょ? ハハッ、僕はね、そこまで考えてんですよ」陽気に笑い続ける。
バイクに乗って帰途につく大吉はニコニコ。元は悩まし気に廊下を歩く。
福山家
片耳イヤホンでテレビを見ている隆。
同じことを順二もやってたよ。
大吉「どうして反対なんだよ?」
ゆき「まあ、やめたほうがいいと思うよ」
大吉「なぜ人がやろうとしてることにいちいちケチつけるんだよ」
ゆき「ケチなんかつけてやしないよ。ただ、母さんは心配なんだよ」
大吉「何がさ」
ゆき「う~ん、いろいろとね…」
大吉「いろいろじゃ分からないよ。いいかい? 俺はね、一番いい方法は何か、それを一生懸命考えてるんだよ。子供たちがさ、一番傷つかないようにするにはどうしたらいいか。それを考えてんだよ。隣同士になれるっていうんだからさ、こんないい機会はないじゃないか。それをなんだい。俺はもう子供じゃないんだからね。話の腰を折るようなことを言わないでもらいたいね」
ゆき「母さんはなにも、ただ反対してるんじゃないんだよ」
大吉「だったらその理由を言ったらいいじゃないか」
紀子「私もね、この話は悪くないと思うんです。向こうの奥さんだって夢のようだって喜んでたし、子供の将来のためにもいいと思うんです。そりゃまあ、隣同士になれば、いろいろと面倒くさいこともあるでしょうけど、でもそれは私たちが責任を持って解決していくつもりです。子供のためですもの。できないことはないと思うわ」
大吉「そうだよ」
ゆき「母さんが心配してんのはね、人間にはやっぱり限度があるってことなんだよ。どんなに両方でその気になって努力しても、毎日顔を突き合わせててごらん。今まで目立たなかったことでも気になりだすもんさ。今はどうにかこうにかうまくいってんのも、お互いに離れてるからじゃないのかね。まあ、都合の悪いときには会わなくてもいいし、お互いに悪口の一つも言いたくなるときだってあるだろ。お隣同士になれば、いちいち相手を気にしなきゃならないんだよ。そりゃあ、お隣同士になれば、都合のいいことだってたくさんあるよ。そりゃ、お母さんだって分かってるつもりだよ。でもね、いいときばかりじゃないんだよ。悪いときをうまく切り抜けるには、やっぱり離れてるほうがいいと思うけどね。それが長続きさせる秘訣だよ。そう思わないかい?」
さすが、高円寺(違)! でもホント、その通りだと思います。
大吉「やってみなくちゃ分かんないよ」
ゆき「そうかね。まあ、母さんは自分の経験だけで言ってるから、お前たちと違うかもしれないけど」
大吉「そうだよ」
ゆき「ハァ~、それならそれでしかたがないね。ただね、お父さんが死んだあと、叔父さんのうちにみんなでいただろ? あのころのことをお前、骨身にしみてると思ったからさ」
大吉の父が亡くなったのは大吉が12歳のとき、隆は大吉の10歳下。ゆきは12歳と2歳の子供を抱えて、叔父さんのところに世話になりながら働いてたってことか。大吉が独立したのがいつか分からないけど、若いうちに会社を興したんだろうね。
隆「俺はもうイヤだね、あんなこと」
大吉「お前は余計なこと言うな」
隆「でも、イヤだよ。あんなの」イヤホンを外したので、テレビの音が聞こえる。
テレビ「それでブワーっと駆け出した。もう眼鏡はさし込みっぱなし、かばんは置きっぱなし、靴も履かずに表へうわ~っと駆け出したもんですから…」画面には落語家がしゃべっているのが映っている。
大吉「やかましい!」
テレビ「奥さんが驚きまして…。あの、先生…」隆はテレビを消して部屋を出ていった。ホント、この監督さんテレビ画面を映すの好きだね。
そのとき、元が家を訪ねてきた。「それがね、話がとんとん拍子なんですよ。やっぱりまだ売れてませんでした。ハハハッ」
紀子「さあどうぞ、お上がりください」
元「そうですか」茶の間に上がり話を続ける。「いや、それでね、最初は30万って言いましたよ。まあ、それを隣だからっていうんで1万まけさせて29万ということになりました。これはもう絶対買い得ですね。ハハハハッ」
大吉「そ…そうですか」
元「29万じゃ高かったですか?」
大吉「えっ? いやいや、そうじゃないんですけどね」
何となく様子がおかしい福山家を察する元。「どうしたんですか?」
場面は変わって、バーへ。
グイッとグラスの酒を一気飲みする元。「ひどいよ、あんた」
大吉「申し訳ない」
元「申し訳ないじゃ済みませんよ。子供の使いじゃあるまいし」
大吉「だから、このとおり勘弁してください」
元「どうしてあんた、そう変わるの?」
大吉「いや、別に変わったわけじゃありませんよ」
元「変わってるじゃないですか。引っ越さないことになったんでしょ」
大吉「いや、だからどうかなって相談してるんです」
元「何を言ってるんですか。いや、僕はね、最初から半信半疑。これはどう考えたもんかなと思ってたんですよ。それをあんた、わざわざ学校まで来て熱っぽくしゃべるから、これはあんたのほうによっぽどの決心があるんだなと思うじゃないですか。そうでしょう? だから僕もそれじゃあっていう気持ちになったんですよ。それが一晩ももたないっていうのはどういうことですか?」
大吉「いや、だから土地は買いますよ」
元「そんなこと言ってるんじゃありませんよ」
大吉「困ったな」
元「困ってるのはこっちじゃないですか」
大吉「いや、そうじゃないんだな。分かってくださいよ」
元「いいですか? たとえどんな理由があろうと簡単に変わる決心ならね、これからは僕に話さないでください。そのたんびに走り回るのは困りますよ」
大吉「分かってます。いや、ただね、今回は特別なんですよ。別に決心を変えたわけじゃないんです。ん~、少しその…隣に引っ越すのを延期したいなと思ったんです。いや、そんならいいでしょ?」
元「それはあなたの決心でしょ?」
大吉「ええ、ですからね、少し延ばしたいんですよ」
元「理由はなんですか?」
大吉「隣同士になるのはまだちょっと時期が早いかなと思ったんですよ」
元「まだそこまで親しくなってないっていうわけですか」
大吉「いやいや、いや、そういう意味じゃありませんよ。やだな、先生。変なふうに勘ぐったりして」
元「だってそうでしょ? 決心を新たに変えるっていうことは、そういうことじゃないですか」
大吉「違うんですよ」
元「奥さんのご意見ですか?」
大吉「いえいえ、女房なんて関係ありませんよ」
二人はそれぞれバーテンにお代わりを頼む。
元「さて、どうしようかな」
大吉「えっ?」
元「いや、隣へ行って、なんて断ろうかなと思ってね」
大吉「いや、断る必要ありませんよ。だから土地は買うって言ってるじゃないですか」
元「いや、無理はしないほうがいいですよ。安い金じゃないんだから」
大吉「冗談じゃないよ。俺は買うよ。絶対買いますよ。そう決めたんだから」
元「およしなさいよ」
大吉「あんたもしつっこいなあ。関係ないでしょ? 大体ね、あんたに怒られる筋合いはどこにもないんですよ。約束破ったわけじゃないんだから。だって、そうでしょ? 土地は約束どおり買うって言ってるんだしさ。隣へも必ず引っ越すって言ってるんだから。ただそれがね、ちょっと先になるだけじゃないですか」
元「今回は、やめましょう」
大吉「どうしてですか?」
元「いや、こういう話はね、お互いの気持ちがぴったり合ってないとやっても意味がないんですよ」
大吉「いや、合ってるじゃないですか」
元「合ってませんよ。ご家族のご意見だってあったわけでしょ。それにね、実を言うと僕もホッとしてるんですよ。あんたが今、隣へ引っ越してきたら、恐らく年中ケンカしてることになるんじゃないかと思ってね」
大吉「そんなバカな…」
元「いやいや、やりますね、多分。お互いにだんだん遠慮がなくなってきてね、そのうちにはもう大ゲンカですよ。ところがね、いっくらケンカしたって、僕たちはさようならってわけにいかないんですよ。それがもしホントにさようならってことになったら、それこそ大変じゃないですか、お互いにね。ハァ…ダメだな、僕は」
大吉が元の顔を見る。
元「いや、2人の子供を年中、見るようになったでしょ。最初のうちはただうれしかったけど近頃は違うんだな。2人とも引き取れないことが分かってるから、いつの間にか考えるんですよ。俺は本当はどっちの子供を引き取りたいと思ってるんだろうなって。そんなこと考えませんか? どうしてもそこを素通りすることはできないんですね。どっちの子を本当に好きなのか、時々考えるんですよ」
大吉「子供が選ぶんだって言ったでしょ?」
元「ええ。でも、情けないことに僕たちの気持ちは残るんですよ。最終的にはどっちかが好きなはずなんです」
大吉「そうかな?」
元「福山さん、あなた、どっちの子が好きですか?」
大吉は驚いた表情で元を見る。
元「本当はどっちの子を引き取りたいんですか?」
一郎と晃の寝顔が映る。
大吉の横顔。(つづく)
元もだいぶ砕けた口調で大吉と話すようになったな~。それにしても、福山家には、ゆきがいてよかった。突っ走りがちな大吉を止めるのは紀子じゃないんだよな。年下だし、結局言いくるめられちゃう。
「おやじ太鼓」40話。六カ月後、タイ国から始まる。お手伝いさんがお敏さん1人になっちゃって大変そう。引っ越しの手伝いもしないのに結婚してない女云々言われるのはヤダね~。大体、三郎が言うんだよ。
しかしさ、週末に「兄弟」見てるから三郎、敬四郎、かおるがわちゃわちゃやってるのを見るのが楽しい。静男も時々三郎っぽさを見せるときがあるんだけどね~。
さて、「わが子は他人」はどんな結末を見せるのか。