NHK 1987年9月18日(金)
あらすじ
代役で舞台に出た加津子(藤重麻奈美)の芝居は大盛況。加津子が寝ている光代(清水愛)の様子が気になり部屋を覗くと、光代は加津子が上手くてびっくりした、と言う。加津子と一緒に旅が出来たらいい、と言いつつも、加津子がいたら自分は要らないか、と気づく。馬之助(加藤武)が蝶子(古村比呂)の小屋にやってきて、加津子をこのまま預けてくれ、と迫る。一緒に行こうと言われた加津子は、実は芝居が好きじゃないと…。
2025.9.26 NHKBS録画
脚本:金子成人
*
*
音楽:坂田晃一
*
語り:西田敏行
*
岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
*
北山みさ:由紀さおり
*
市川馬之助:加藤武
*
岩崎加津子:藤重麻奈美
岩崎俊継:服部賢悟
*
大久保千代:溝口貴子
大久保光代:清水愛
*
座員:笠井心
三谷侑未
小山昌幸
*
座員:大館光心
大川銀二
長坂しほり
*
舞台指導:乾譲
鳳プロ
劇団いろは
*
野々村富子:佐藤オリエ
*
野々村泰輔:前田吟
集会所
座員・女「『おつる!』」
加津子「『え?』」
柝(き)の音
座員・女「『お気を付けてねえ』」
加津子「『あいあい』」
観客から「日本一!」や「おつるちゃん!」などと歓声が沸く。
歓声と拍手
柝(き)の音と拍手
おひねりの他に舞台上に野菜を置いていく観客。
リンゴ小屋で食事中の一同。
泰輔「いや~、加津(かっ)ちゃん、大したもんだよ」
富子「うん」
泰輔「村のあちこちで大評判だよ」
みさ「そうだねえ」
蝶子「そうだねえ」
←玄関 みさ 俊継 富子 泰輔 加津子
蝶子
加津子が上座に座ってる!?
富子「おひねりは来る」
みさ「ね、カボチャが来たね?」
富子「ホント、ホント」
泰輔「これがそうだ!」茶碗からカボチャを箸で取り上げてみせる。
富子「大したもんだ。今やね、加津ちゃんが我が家の大黒柱だ」
蝶子「ウフフフ」
みさ「やっぱり血だべねえ」
蝶子「私の?」
みさ「そうだ」
蝶子「私だけの?」
みさ「ん?」
蝶子「いや、母さんの血でもあるんでない?」
みさ「私のかい?」
蝶子「母さんは、実際、行動には移さなかったけど、好奇心だけは旺盛だもの」
富子と泰輔の笑い声
蝶子「そういう血が流れてるのよ」
笑い声
富子「加津ちゃん、楽しいだろ?」
加津子「うん!」
富子「ねえ、あれだけ、お客の涙出させりゃ気持ちいいよねえ」
泰輔「今日もか?」
加津子「そう」
泰輔「もう、いっそのこと役者になったらどうだ?」
富子「バカ!」
加津子「加津子、座長さんにも言われたのよ」
蝶子「何て?」
加津子「『うちの一座に入って役者にならないか』って」
蝶子「何て返事したの?」
加津子「『なってもいいよ』って」
蝶子「また、冗談ばっかり! フフフフ」
加津子はニコニコ。
芝居のダイジェスト
加津子「『あいあい』」
拍手
加津子「『え?』」
加津子「『巡礼にご報謝!』」
また光代を見舞う加津子。
光代「お疲れさま」
加津子「うん。まだダメなの?」
光代「夏の風邪は、よくないんだって」
加津子「ふ~ん」
光代「でも、安心。加津子さんが代役やってくれてるから」
笑顔でうなずく加津子。
風鈴が鳴る。
光代「加津子さん? あれ…」
加津子「え?」
光代「びっくりした。芝居、うまいんだもん」
加津子「見てないのに」
光代「聞こえるもの、セリフ。誰も何も言わないけど分かるの。私より評判いいってこと…。拍手や掛け声、ここまで聞こえるのよ。私は下手だから加津子さんのこと、座長さん喜んでるわ」
加津子「光代さん…」
光代「そろそろ、ほかの所に移るんだって」
加津子「どこに行くの?」
光代「今度は港町の方だって」
加津子「ふ~ん。…家は、どこなの? 本当の家」
光代「知らない」
加津子「ないの?」
光代「母さんのお父さんは名古屋にいるけど、行ったことない」
加津子「じゃ、生まれた所は?」
光代「旅の途中。秋田の角館っていう所だって」
うなずく加津子。「ふ~ん」
光代「座長さんね、加津子さんを一座に入れたいみたい。話、なかった?」
加津子「あった」
笑顔の光代。
加津子「私はね、光代さんと一緒なら楽しいなって思った」
光代「私も…」
笑顔でうなずく加津子。
光代「でも…加津子さんがいたら、私に役が来ないな」
真顔になる加津子。
畑にいる加津子、みさ、俊継。
馬之助「おお、こりゃ、皆さん」
みさ「あ、どうも」
加津子「こんにちは!」
俊継「こんんちは!」
馬之助「お母さんは?」
加津子「中にいます」
馬之助「ああ。じゃ、ごめんなすって」バサッと扇子を開く。
心配そうな加津子の顔。
リンゴ小屋
馬之助「この度は急なお願いにもかかわりませず、加津子ちゃんに代役を務めていただきまして、まことにありがとうございました」
蝶子「いえ、もう、そんな…」
馬之助「いや、もう、おかげさまで連日連夜の盛況でございました」
蝶子「はあ」
馬之助「これもひとえに加津子ちゃんの熱演の賜物と、こうしてお礼に参上いたした次第」芝居がかった感じで手をついて頭を下げる。
蝶子「わざわざ恐れ入ります」
バサッと再び扇子を開く馬之助。「いや~、しかし、まあ加津子ちゃんには参りました。もう、ほんの代役をやっていただくつもりが、うちの一座の看板になっちまったんですからね」
蝶子「へ~え」
馬之助「ええ。もう、ほかの出し物にも『どうして加津子ちゃんを出さねえんだ』って、もう、客がうるさくて」
蝶子「そんなに?」
馬之助「ええ!」
蝶子「へ~え」
馬之助「いや、その、お驚きは、よ~く分かります。親ってもんはね、子供のことが分かっているようで、これで分かってないんですよねえ」
蝶子「はあ?」
馬之助「だから、せっかくの才能を潰すことになっちまうんで。ねえ」
扇子が開く音と笑い声
蝶子「出発は?」
馬之助「ええ、今日、たちます」
蝶子「本当にいろいろありがとうございました」
馬之助「いえいえ」
蝶子「加津子にもいい思い出になったと思います」
馬之助「お母さん」
蝶子「はい」
馬之助「実は…加津子ちゃんをワシに譲っていただきてえ。いや、うちの一座に譲っていただきたい」
蝶子「いや、ちょっと…」
馬之助「いや、是非!」
蝶子「いや、そんな…」
馬之助「是非! 頂かしていただきたい」
蝶子「そんな…」
馬之助「決して悪いようにはいたしません」
蝶子「待ってください!」
馬之助「聞くところによりますと…いえ、加津子ちゃんからちらっと聞いたんですが…。疎開をしてきて、生活もあんまり楽ではないということ。着物を米や着物に替える暮らしだということを聞きました」
蝶子「はい」
リンゴ小屋を見回した馬之助。「…でしょうねえ」
蝶子「それが何か?」
馬之助「これから先、どうなさるおつもりで? 仕事がなくて、生活はどうなさるんで?」
蝶子「それは…」
馬之助「もし、お嬢ちゃんがうちの一座に来てくれたら、これはもう評判、間違いなしだ! 稼いでくれますよ。そうなりゃ、それだけ一家が潤うんだ。ね!…いやいや、あっしはね、なにもお宅の弱みにつけこんで、こんなこと言ってんじゃございません。間違わないでおいてくだせえ。ただね、加津子ちゃんに聞いたら『芝居をする気がある』って言うんだ。『してもいい』と言ってくれたんだ。芝居好きなんだ」
うつむく蝶子。
馬之助「ハハッ、何にも心配することはござんせんよ、ええ。加津子ちゃんのことをね、うちの一座の連中は、みんな好きなんだ。いや、あっしはね、加津子ちゃんの素質に惚れ込んだんだ。将来、立派な役者になれると見込んだんだ。いいえ、この市川馬之助が立派な役者にしてみせます!」
蝶子「けど…」
馬之助「是非!」
蝶子「やっぱり! お断りします。お気持ちは本当にありがたいのですが…」
馬之助「どうして?」
蝶子「子供は私一人のものじゃありませんから。夫の許しもなく、勝手には決められません」
馬之助「旦那は?」
蝶子「戦地です」
馬之助「だったら…」
蝶子「でも…子供と親は苦労したって一緒に暮らした方が…」
加津子が戸口に立った。
蝶子「どうしたの?」
加津子「話、聞いてた」
馬之助「加津子ちゃん、『役者になりたい』と言ってたでしょう? この前さ」
加津子「あれ、ウソ」
馬之助「え?」
加津子「ホントは芝居、好きじゃないの。ごめんね」
馬之助「いや…ハハッ。じゃ、しかたがないね」
加津子を見つめる蝶子。
馬之助「お母さん」
蝶子「はい?」
馬之助「これは、ほんの些少ですが…」封筒を差し出す。
蝶子「お金は頂きました」
馬之助「いえいえ、あれは加津子ちゃんの稼ぎ。これは、お礼のしるし」
蝶子「いや、けど…」
馬之助「こんなご時世だ。遠慮をしちゃいけやせん」
玄関を出た馬之助。「いや、どうもどうも。突然に伺いまして、妙なことを申し上げて申し訳ございませんでした」
蝶子「とんでもないです」
馬之助「それじゃ…」
蝶子「お気を付けて」
馬之助「はい」
加津子「座長さん!」
ふり向く馬之助。
加津子「光代さんを…お願い、光代さんにお芝居やらせてあげて! 光代さん、私なんかより、ず~っとお芝居好きなのよ」
馬之助「なるほど。いや、分かってるよ。光代がよくなったら、もう、ちゃ~んと役は決めてあるんだ」
加津子「ホント!?」
馬之助「加津子ちゃんと2人で『角兵衛獅子』をとね」
加津子「すいません」
馬之助「しかたないよ。じゃ」
蝶子「皆さんによろしく」
馬之助「へえ、あなた方も…お達者で」
蝶子「はい」
畑にいたみさに馬之助は「お達者で」と頭を下げる。
みさ「どうも」
蝶子「加津ちゃん。光代ちゃん、見送らなくていいの?」
笑顔でうなずく加津子。
集会所
加津子が駆けつけると、座員たちが大八車に荷物を積み込んでいた。
座員・男「座長、これで終わりです!」
馬之助「よ~し! 忘れもんはねえな?」
座員・男「へい!」
馬之助「よ~し、じゃ、行くぞ!」
千代が加津子に気付き、大八車に座っていた光代に教えた。
加津子は何も言わずに手を振り、光代も振り返す。
千代「さよなら」
加津子「さようなら!」
光代「さようなら」
千代「元気でね!」
加津子「さようなら!」
千代「さようなら。元気でね」
手伝いに来ていた地元の人は帰っていき、加津子は集会所に入って舞台を見つめた。
加津子「『あいあい、父(とと)さんの名は』」
舞台の扮装で芝居をする自分の姿を思い、笑顔になる。
集会所を出た加津子。「父さんの名は要と申しまする。母(かか)さんの名は蝶子と申しまする」とセリフを言いながら石段を駆け上がった。
風の音。雨も激しく降り出した。
<その日、青森は台風に見舞われました>(つづく)
最後、ヒロインの顔で終わらないのって案外珍しくない!? ナレーションも最後だけだった。
いつもの加藤武さんの顔と違うなと思ったら、旅芸人仕様?の細眉のせいか。
「伊豆の踊子」とか昭和の映画を見てると、旅芸人一座の話が時々あるけど、全然いいもんじゃないし、稼げるイメージもないな。大勢で移動して、それなりに経費もかかるし。旅芸人じゃないけど、「おもひでぽろぽろ」の子役にスカウトされる話を思い出した。あれも父親が反対したけど、やっぱり要も反対しただろうな。
昨日今日とちょっと番外編的なエピソードだったな。

