NHK 1987年7月28日(火)
あらすじ
6月。こどもたちを連れ、叔父・野々村泰輔(前田吟)の家に出かけた蝶子(古村比呂)。加津子(椎野愛)は嬉々として北海道の祖父母に電話をかけ、新しい学校での様子を報告する。電話をかわった蝶子は、味噌や砂糖を送ってくれるよう両親に頼み込む。東京は物不足に陥っていた。砂糖は配給制となり、次は米や味噌の番だと巷の噂だ。音楽の仕事も次第に減り、要(世良公則)も縁側で梅雨空を見上げるしかすることがない。
2025.8.5 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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岩崎蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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中山音吉:片岡鶴太郎
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岩崎加津子:椎野愛
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中山はる:曽川留三子
梅花亭夢助:金原亭小駒
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岩崎雅紀(まさのり):河野純平
鳳プロ
早川プロ
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:前田吟
<時は6月となりました>
路地のアジサイに雨が落ちる。
野々村家
電話している加津子。「うん、楽しい。午前中にね、午後の分まで済ませちゃうとね、みんなで散歩に行くの。先生たちと。うん、そう。九品仏(くほんぶつ)によく行く。九品仏。散歩で」
富子「雨、上がんないねえ」
泰輔「なにも雨の日に来ることはないんだよ」
蝶子「降りだすと思わなかったから」
富子「安乃ちゃんは?」
蝶子「日曜日は休み」
泰輔「これが4畳半だったら『やらずの雨』だ」
富子「何言ってんだよ!」
泰輔「ハハッ…」
富子は俊継を抱っこして外を眺め、泰輔は雅紀を膝に押せて折り紙している。
加津子「うん…」
蝶子「加津(かっ)ちゃん、そろそろ」
加津子「お母さんに代わる」
蝶子「はいはい、はい」受話器を持って、話し口?を正面へ。「母さん? 電話代高くなるから。うんうん、加津子のその後を報告しようと思っただけ。うん、そうそう。あ、それとお願い! お砂糖とかおみそ余ってたら送ってほしいのよ。ううん、違うの。物がないの。うん、東京や大阪じゃ、お砂糖は切符持ってないと買えないの。う~ん、お米やおみそもいずれそうなるらしいわ。うん、父さんによろしく。じゃあ」受話器を置く。「叔父さん、ありがとう」
泰輔「ああ、いいんだ、いいんだ」
蝶子「俊ちゃん、寝たの?」
富子「うん」
泰輔「しかしさ、しみったれた世の中になっちゃったな」
富子「配給と同じだね」
泰輔・蝶子「うん」
富子「まあ、お砂糖、月、半斤ていうのはさ、いいけど、マッチだよ、マッチ」
蝶子「そう!」
富子「ねえ、何つったって数に限りがあるんだもん。火ぃつけ損なったりしたら大変だよ!」
蝶子「この前ね、うっかりして、その辺に置いてたら、マーちゃんが手ぇ出して、グチャグチャにしちゃって」
富子「あららららら、マッチごときで頭、痛めるなんて、もう、悲しいねえ! あ~あ」
蝶子「叔父さん、喫茶店の方は?」
泰輔「ああ? 先行き暗いね!」
蝶子「そう」
泰輔「こう、物がなくちゃあさ」
富子「ま、なるようにしかなんないね」
⚟︎夢助「ただいま!」
富子「ああ、お帰り!」
泰輔「お帰り!」
蝶子「お帰り!」
夢助「あ、チョッちゃん、こんち!」
蝶子「こんにちは」
加津子「こんち!」
夢助「こんち!」
泰輔「夢ちゃん、さしずめ、この手の物は、お菓子だな?」
夢助「へへ、大当たり。ええ、ごひいきからかすめ取ったる豆大福。皆さんに」
富子「すまないね」
夢助「なんの」
富子「それじゃ、早速頂こうか?」
夢助「どうぞ」
泰輔「どうだ、え? 落語の方、景気は?」
夢助「景気? あたしゃ、ケーキより大福の方が」
⚟︎富子「何言ってんだよ!」←台所からのツッコミ!
泰輔「お前さん、いいねえ。太平楽でさ」
夢助「冗談じゃないですよ!」
泰輔「ほう」
夢助「これでもね、悩みてえもんがありまして」
泰輔「ほう~」
夢助「あ、信じてませんね?」
蝶子「あ、そんなことないから」
夢助「本当?」
加津子「本当」
蝶子「どんな悩み?」
照れたように頭をポリポリかく。
泰輔「うん?」
富子「噺がうまくならない!」
夢助「なんの」
富子「真打ちになりたい!」
夢助「どうして、どうして」
泰輔「ああ、もう、何だよ、何だよ!」
夢助「嫁さんが欲しい」
泰輔「え?」
富子「相手いるの?」
夢助「どうして、どうして。いないから悩みの種」
富子「なんだ」
泰輔「そいつはね、幸せな悩みだよ」
夢助「え~、さてと稽古しよう!」
加津子「聴こう!」
夢助「え?」
富子「ダメなの?」
泰輔「加津ちゃん、袖にすんのか?」
夢助「いや~…」
蝶子「話の途中、質問するんでしょ?」
夢助「そうなの!」
加津子「今日は質問しない」
夢助「本当?」
加津子「うん」
夢助「うん、じゃ、いいよ」
蝶子「すいません」
夢助「いいのよ。じゃ、行こう! 加津ちゃん、本当だよ」
加津子「約束」
夢助「うん、いい子だね。さ。あ、加津ちゃんを嫁さんにしちゃおうかな~」
富子「あ~あ~」
夢助と加津子は2階へ。
富子「ねえ?」
泰輔「ええ?」
富子「喫茶店の方、うまくいかなかったら、どうすんのさ?」
泰輔「映画館があるよ。そっちの方もダメだったら下宿屋のおやじになりゃいいんだ」
富子「うん」
泰輔「うん」
夜、岩崎家
蝶子「でも、どうしてこう物がなくなるの?」
坂上「あのね、軍需品に化けてんの」
蝶子「ふ~ん」
連平「物はなくなるし、物価は上がるし、芝居どころじゃなくなったら、あたしら飯の食い上げだよ」
坂上「こっちも同じさ」
蝶子「そう?」
要「まあな。生活のことで手いっぱいってことになれば、まあ、演奏会に行くどころの騒ぎじゃないだろう?」
坂上「おいおい仕事も減ります」
蝶子「そしたらどうなるの?」
坂上「いや、岩崎」
要「うん?」
坂上「俺らもちゃんと考えとかんといかんぞ」
要「何?」
坂上「俺らの仕事は先細りするだけだ。その、演奏会だけじゃあ、生活できなくなるよ」
連平「坂上さん、何か考えてます?」
坂上「例えば、音楽の個人教授をやるとか。まあ、トランペットを教わりに来るのは、めったにいないからオルガンとかピアノを教えるとかさ」
連平「なるほどね!」
坂上「お前のとこなんか、ふだんでも、そういう志願者来るんだろ?」
要「…まあな」
坂上「教えないのか?」
蝶子「みんな断るの」
連平「え、どうして?」
要「いや、金を取って教えるっていうのがな」
連平「そのうちねえ、そんなこと言ってられなくなるよ」
要「いや、しかし、俺としてはだ」
蝶子「ああ、そうそう! その時は、その時よ! 何とでもするわよ。苦しいのは、うちだけじゃないんだもの。みんな、そうなんだもん。そう、そうだよね。うん、食べて食べて! さあ」
バイオリン教室需要あると思うよ~。ポンとバイオリンを買えるエイスケの母!
雨が池にも落ちる。魚はいなくなった?
<その後、本当に要さんの仕事は減っていきました。人々の心に演奏会に出かけるという精神的な余裕がなくなっていったのと同時に社会の状況も、そういうものを許さなくなっていったんでしょうね>
雨の降る中、縁側で爪を切る要。庭に干せない洗濯物が縁側にまとめて干されていた。あおむけになりため息をつく。
<チョッちゃんは生活費の足しにと内職を始めることにしました。男物も女物も関係なく古着の仕立て直しや古いシーツをブラウスに化かしたりしています>
⚟︎木づちの音
加津子が蝶子のそばに来た。「ねえ、洋服屋さんになるの?」
蝶子「う~ん、そういうんじゃないのよ」
加津子「でも、お金もらってるでしょ?」
蝶子「うん、そういうのを『内職』っていうの」
加津子「ふ~ん」
蝶子「例えば、魚屋さんじゃないのに自分が取ってきた魚を売る人がいるじゃない? それと同じ」
加津子「うん?」
蝶子「たとえが悪かったか」
加津子「どうして内職するの?」
蝶子「え? うん、お父さんが悪いんじゃないんだけど、だんだん仕事が少なくなってきたのよ」
加津子「ふ~ん」
蝶子「いっぱい仕事したいのにないの!」
加津子「お父さん、かわいそう」
蝶子「そうね」
加津子「お父さんも内職したらいいのに」
蝶子「お父さんはね、バイオリン以外に何にもできない人なのよ」
加津子「ふ~ん」
庭に入ってきた音吉。「いや~、雨上がったねえ!」
蝶子「いらっしゃい!」
はる「さっきは、おしょうゆありがとう。これ、里芋の煮っころがし」
蝶子「いや~、いつもすいません」
はる「お皿、いつでもいいから」
蝶子「はい。あ、上がってきませんか? お茶いれますんで」
音吉「そうですか」
はる「じゃ遠慮なく…」
蝶子「はい、加津ちゃん、座布団出して!」
はる「あ、いいのよ」
音吉「やあ、ごめんね、加津ちゃん」
加津子が座布団を敷き、ありがとうとお礼を言う音吉、はる。
音吉「加津ちゃん、学校どうだい?」
加津子「楽しい」
音吉「ああ、そうか」
はる「勉強、何が好き?」
加津子「う~ん…何でも好き」
音吉「おお、大したもんだ!」
お茶を運んできた蝶子。
音吉「あ~、どうもどうも」
加津子「あのね、杉山学園には校歌がないの」
音吉「ん?」
はる「学校の歌だよ」
音吉「あ~ん」
加津子「前の学校には校歌あったのよ」
蝶子「へえ、ないの?」
加津子「うん」
音吉「校歌ってのは、なきゃいけないもんなのかい?」
はる「さあ?」
加津子「あった方がいいと思う」
音吉「う~ん…なるほどね」
はる「しかし、加津ちゃん、しっかりしてきたよね」
蝶子「そう?」
音吉「う~ん、してきたよ」
加津子「おじさん、加津子ね、将来、駅員さんになるの!」
音吉「建具屋じゃねえの?」
加津子「駅員さんなの」
音吉「どうして?」
加津子「電車の切符、いっぱい集められるから」
音吉「あ、切符かあ…」
はる「がっかりだね」
音吉「切符にゃ負けるな、おらぁ」
蝶子「え?」
音吉「いや、ほら、世の中ね、砂糖もマッチも切符制になっちまったでしょ? つまり、そういうことだよ」
はる「あ、しゃれね!」
音吉「鈍いんだ、お前は」
蝶子「なるほど! アハハハハッ」
音吉「今ごろ、分かったの?」
要の部屋をノックする音。
要「はい」
蝶子と加津子が入って来た。
要「どうしたんだ?」
蝶子「加津ちゃんがね、話あるんだって」
要「へえ、何だい?」
蝶子と加津子がソファに座る。
加津子「あのね、杉山学園には校歌がないの」
要「うん」
加津子「ほかの学校にはあるのに杉山にはないから1年生のみんなと話して『作ってほしい』って校長先生に頼んだの」
要「うん」
加津子「校長先生は『分かった』って言ったんだけど、まだ出来てないの」
要「うん」
加津子「どうして出来ないのかなって考えたんだけど、うんと…校長先生は音楽の先生じゃないから、やっぱり難しいのかなあって思ったの」
要「うん?」蝶子をチラ見。
笑顔でうなずき返す蝶子。
要「それで?」
加津子「うん、それで加津子、やっぱり校歌欲しいから音楽の仕事しているお父さんに校歌、作ってほしいの」
蝶子をチラ見する要。「ハハハ…うん。いや~、でも、校長先生が何て言うかな?」
加津子「校長先生には加津子がお願いするつもり」
要「何て?」
加津子「『お父さんの曲を校歌にしてください』って」
要「ああ…うん、でもね、加津ちゃん、校歌には歌詞っていうもんがね」
蝶子「書いたんだもねえ?」
加津子「…書いた!」立ち上がってメモを要に渡す。
要「ん? どれどれ。『すぎやまがくえん たのしいな』」
満面の笑顔の加津子。
要「『おはよう おはよう
あさのごあいさつ
たのしいね たのしいね
きのぼりだって かんけりだって
みンな とってもうまいンだ』」
加津子「それは第1部」
要「え、2部もあるのか?」
加津子「2部は、まだ出来てない」
要「あ、ハハッ。よし分かった。じゃあねえ、朝のお出かけに間に合うように、お父さんが作ってあげよう」
蝶子「よかったねえ!」
加津子「わ~い!」
要「ようし、じゃ、お父さん、今日は寝ないで朝までに頑張らなきゃね!」加津子を抱き上げてぐるぐる。「どんな曲になってるかなあ? 楽しみだなあ! 楽しみだなあ!」
<翌日の午後です>
うなだれて帰ってきた加津子が家の前の路地で割烹着を着た大日本国防婦人会の女性たちとすれ違う。
岩崎家
洗濯物を畳んでいた蝶子。「あ、お帰り」
加津子「ただいま」
蝶子「どうしたの?」
加津子「うん…」
全身が映るショットだと、加津子ちゃん、脚も長いし、小学1年の役だけど、本当は高学年らしいというのが分かるなあ。
蝶子「学校で叱られた?」
加津子「ううん」
蝶子「どうしたの?」
加津子「うんと…」
蝶子「何?」
加津子「…校歌が出来てたの」
蝶子「ん?」
加津子「今日、お父さんの楽譜、持ってったでしょ?」
蝶子「うん」
加津子「校長先生に見せようと思ってたら、それより先に校長先生が『校歌、出来ました』って」
蝶子「そう」
加津子「校長先生も出来てたの」
蝶子「お父さんの楽譜、出せなくなったのね?」
加津子「うん」
蝶子「そう」
加津子「お父さんに何て言ったらいいかなあ? 頼んで、せっかく作ってくれたのに『もう要らない』って言えないなあ」
蝶子「楽譜は?」
加津子「ある」ランドセルから楽譜を出した。
蝶子「はい。このことはね、お母さんが話してあげる」
加津子「本当?」
蝶子「大丈夫よ。はい、置いてらっしゃい」加津子はランドセルを持って自室へ。
<なかなかうまくいかないもんです>(つづく)
今日はかなり長く加津ちゃんがしゃべったので、棒読み気味の昭和の子役じゃなく、こういうしゃべり方をしたうまい子役なんだと気付きました。ずっとあの調子でしゃべるのも大変そう。
