NHK 1987年5月22日(金)
あらすじ
殴られてもバイオリンを弾く両腕を必死で守ったバイオリニスト・岩崎要(世良公則)のプロ根性に、惹かれていく蝶子(古村比呂)。叔父・泰輔(川谷拓三)が、蝶子が一流の声楽家になれるか問うと、岩崎は、才能や努力だけでは一流の音楽家にはなれない、壁をこえるには何かが必要だが、それが何かはわからない、と答える。人として岩崎を見直し始めた矢先、蝶子は街を見知らぬ女と歩く岩崎を目撃してしまう。
2025.5.9 NHKBS録画
脚本:金子成人
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音楽:坂田晃一
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語り:西田敏行
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北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
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岩崎要:世良公則
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国松連平:春風亭小朝
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田所邦子:宮崎萬純
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河本:梅津栄
木村益江:山下智子
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佐々木光代:山下容里枝
梅花亭夢助:金原亭小駒
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女:土生かおり
早川プロ
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野々村富子:佐藤オリエ
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野々村泰輔:川谷拓三
蝶子の部屋
益江「その女の人の恋人がここに現れたの?」
蝶子「うん」
光代「それで?」
蝶子「その人『岩崎要、出てこい!』って叫ぶんだ。で、上がり込もうとして叔母さんともめてる時、岩崎要は現れた」
2人「うん!」
蝶子「で、ちょっと言い合いして、乗り込んできた男に殴られたんだわ」
光代「へえ~!」
益江「ま、乱れた日常生活のツケが来たのよ」
光代「そう、女性をもてあそんだせいよ」
益江「自業自得ね」
蝶子「うん…」
益江「何?」
蝶子「ん?」
光代「何よ?」
蝶子「いや、話聞いてみると、その女の人も悪いみたいなんだわ。自分だけが岩崎要に好かれてると思って、今までつきあってた人から離れたんだわ。して、結婚してくれるもんだと勝手に思い込んだらしいんだ。したけど、岩崎要には、ほかにも女の人がいた。それに腹立って元の恋人に泣きついたらしいんだ」
光代「だから、何? 岩崎要、認めるっていうの?」
蝶子「なんも」
益江「大体ね、複数の女性と交際すること自体どうかと思うわよ」
光代「不貞よね!」
首をかしげる蝶子。
益江「どうしたのよ? チョッちゃん」
蝶子「なんも、なんも。したっけ…」
益江「ん?」
蝶子「いや~、驚いたんだわ」
光代「何?」
蝶子「殴られながらも自分の腕ば、かばってたんさ。ほら、バイオリニストにとっては腕は命っしょ? ああ、この人は本当の音楽家だべなって思ったんだ。したっけ、殴られたあと、どうしたと思う? バイオリンば弾いたんさ。もめたせいで腕に異常ないかどうか試すんだわ。いやいや、あの情熱は…」
光代「肩持つの?」
蝶子「なんも…持つとか持たんとか、そういうことでなく…」
⚟夢助「(せきばらいして)一席のおつきあいを願っておりますが。世の中は世辞、愛きょうなんてえことを申しまして『何だい、はっつぁん、いきなり、うちに入ってくるなり、ただの酒を飲ませろと』…」
益江「ああやって、毎日、稽古してんだ?」
蝶子「そうだね」
光代「私たちも頑張んないとね」
益江「うん!」
蝶子「私、歌う!」
立ち上がって、「鱒」を歌う。
益江、光代も立ち上がって一緒に歌い始める。
泰輔「開けるよ!」
後ろに要もいて、蝶子たちは歌うのをやめる。
泰輔「続けて、続けて」
蝶子「したって…」
泰輔「いや~、帰ってきたとたん、清らかな歌声が聞こえてきて、ほのぼのとしたよ」
要「歌ってくださいよ。ね!」
泰輔「今から、てれてちゃダメなんじゃないの? 将来、ほら、声楽家ということになった時には人前で歌わなきゃいけないんだから。音楽の方の先輩である岩崎さんに聴いていただきなさいよ」
要「これは是非」
泰輔「ほら!」
蝶子「よし、歌おう!」
連平「じゃ、私は」
泰輔「んじゃ」連平と階段を降りていく。
要だけが部屋の前に立つ。
蝶子「歌います!」
要は窓際に移動して座って歌を聴き、歌い終わると拍手を送った。
益江「どうですか? 私たち」
要「どうって?」
蝶子「実は私たち、クラスの劣等生なんです」
要「ハハハ」
光代「この前、先生に残されて『勉強が足りない』と言われました」
蝶子「曲の数もあんまし知らないし、音楽の世界の事情にも詳しくないし…ね」
うなずく光代と益江。
要「いや、そんなことは音楽の実力とは関係ないよ」
蝶子たちの顔が輝く。
要「いや~、まだ1年生だっていうし、これから頑張るんだね。じゃ!」部屋を出ていく。
蝶子「はい!」
光代「はい!」
蝶子「ほら、物を知らないことは音楽の実力とは関係ないって」
益江「いい人ねえ」
光代「気休めかもしれない。そうやって女の人に近づく手かもしんない」
蝶子「したけど、私は勇気が湧いたさ」
益江「頑張ろう!」
光代「うん!」
益江「頑張ろう!」
ポーっとなる女学生3人。まあ、納得の展開だな。
茶の間
将棋を指す泰輔と連平。泰輔側にしゃがんで見ている要。
連平「あ、そこ」
泰輔「何?」
連平「待ってくださいよ、これ。待ってくださいよ、これ」
泰輔「しょうがねえなあ」
連平「すいません」
蝶子たちがキャッキャしながら1階へ降りてきた。
益江「どうもお邪魔しました」
光代「お邪魔しました」
泰輔「また、いつでもね」
2人「はい」
連平「今度、一緒に遊ぼうね」
2人「はい」
要「じゃあ」
ニコニコしながら出ていく3人。
連平「要さん、どうでした? 女学生の歌声は?」
要「まあ、これからさ」
連平「なるほどね。う~ん、社長」
泰輔「分かってるよ」
夢助「若旦那!」
連平「おう」
夢助「あ、これは」
要「この間は迷惑かけました」
夢助「いや、もう。若旦那、ちょいといいですか?」
連平「何だい?」
夢助「折り入って、ちょいと」
連平「あ、そう」
要「代わろうか?」
連平「あ、じゃあ」手に持っていた駒を渡す。
夢助「すみません」
連平「何だ、何だ?」
連平は夢助と出ていき、要は泰輔と向き合う。
要「じゃ」
泰輔「お強いんでしょ?」
要「いえいえ」
泰輔「いやいや、いやいや」
蝶子が戻ってきた。
泰輔「岩崎さん」
要「はい?」
泰輔「正直な話、この子に見込みはありますか? 何しろこの子は音楽の道に進むことを反対した父親を振り切って北海道から出てきたわけです。この子には何としても一丁前になってもらわないと、この子の父親の手前、私も面目が立たないというか…いや、もちろん、この子自身のためにも声楽家として立派になってほしいわけです」
要「声はいいと思いますよ」
泰輔「ほう」
要「でも、声がよければ声楽家になれるっていうもんでもないんです」
泰輔「あの…」
要「努力すりゃなれるってもんでもない。そりゃ歌に限らず、努力すれば、ある程度のとこまではいくもんです。そこに壁がありましてね、それが一流になれるか、なれないかの分かれ道なんです」ため息をつく。「どうすれば、その壁を乗り越えられるか、これが分からない」
泰輔「才能ですか?」
要「まあ、何かが必要なんですよ。運とか…何か才能とか努力とか、そういうものとは別の何か。ま、それが分かればね、誰も苦労しないんですけど。こればっかりは、やってみないと分かんないから」
蝶子「叔父さん、心配しなくていい。やるだけやるしかないっしょ!」
泰輔「うん…」
深い話。才能、努力だけじゃない何か…あるよねえ。
要「では、こう、と」
泰輔「あ、これ」
要「は?」
泰輔「待ってもらうわけには…」
要「いや、待てません」
泰輔「どうしても?」
要「はい。勝負に『待て』はありません。そういう主義ですから」
泰輔「なるほど」
要を見つめていた蝶子も大きくうなずく。
連平「ごめん、ごめん」
要「おう」
連平「代わるよ。え~と。どうなった、これ」
泰輔「夢助、何だった?」
連平「え? ああ、ゆうべね、座敷でしくじって、うちのおやじにとりなしてほしいって。え~と、あれ…」
要は畳に寝転がる。「ああ、ここはのんびりしてていいな。落語の声がする。歌曲を歌う声がする…か」
泰輔「王手!」
連平「あ! 参ったな、これ」
起き上がって将棋盤を見る要。「何でお前が負けるの!?」
連平「だって王手だもの」
要「いや、だって、これ金取るだろ?」
連平「うん」
要「成って、で、1、2、3手で詰みだろうが、お前は!」
連平「社長、ひどい、これ!」
泰輔「ハハハハハ、勝った、勝った!」駒をぐしゃぐしゃにする。
連平「ひどいよ、社長、これ」
蝶子もほほ笑ましく見ている。
台所
天ぷらを揚げる富子の手伝いをする蝶子。「叔母さん」
富子「何だい?」
蝶子「あの人、案外、いい人だね」
富子「ああ、連平?」
蝶子「岩崎要」
富子「あ?」
茶の間
連平「うまい、このみそ汁」
富子「ホント?」
要「連平、これ食え」
富子「あら、揚げ物お嫌いですか?」
要「いや、にんじんがちょっとだけ…」
連平「そういえばキンピラも食べなかったね」
富子「へえ~」
要「食べますよ」
富子「いいんですよ。無理して食べなくたって」
要「いや、いきます」一口でにんじんの天ぷらを口に入れた。
蝶子は笑い出し、みんなも笑い出した。
ギャップ萌えってやつ!? もう、蝶子はすっかり参ってる感じだな。
<4月も末の日曜日。チョッちゃんは連平さんに東京を案内してもらっているのです。そして今、憧れのカフェに来ています>
梅津栄さんがマスターの店ね。
連平「どう? 面白い?」
蝶子「楽しい」
連平「そう、そりゃよかった」
ウエートレス「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
蝶子「私はソーダ水」
連平「う~ん、私はね、ソーダ水」
蝶子「連平さんのうちは東京かい?」
連平「うん、浜町」
蝶子「それなのに部屋、借りてるのかい?」
連平「だってさ、いい大人がね、親元から仕事場に通う図なんかゾッとしないでしょ?」
蝶子「そうか。家は何かやってんのかい?」
連平「料亭やってんの」
蝶子「手伝わなくて、よかったんかい?」
連平「三男坊だからさ、うちにいてもしょうがないんだよ。で、毎日、ブラブラしてたらね、うちのおやじがね、これじゃいけないっていうんでね、親戚づきあいしてる日本橋のデパートに就職させてくれたの。ちょうどね、15の時」
蝶子「うん」
連平「それで、音楽部に入ったの。そこでさ、要さんに知り合ったの。あのね、要さんて、なかなか難しい人なんだよ。気性も激しいしね、友達が出来にくい体質なの。だけどさ、どういうわけだか、あたしとはウマが合ってね。もう10年も仲よくつきあってんだよ」
蝶子「ふ~ん」
連平「あ、来た来た」
ウエートレスがソーダ水を運んできた。「お待たせいたしました」
連平「おいしそうだね。どうも。どうぞ」
蝶子がソーダ水を飲む。
連平「あ! 要さんだ」
要が外を女性と2人で歩いていた。
連平「あの女…」
蝶子「知ってる人?」
連平「あの女とは3年前に切れたはずなんだけどな。またヨリ戻したかな。だけど、あいつ一人がなぜモテるのよ」
<チョッちゃんは岩崎要という男に訳の分からない不気味さを感じていたのです>
夜、自室で手紙を書く蝶子。
「峰ちゃん、お元気ですか? 私は今、東京です。音楽学校に入ることができたのです。こっちに来て以来、何かと忙しく、今日やっと筆をとりました。岩見沢では、もう雪も解けたのでしょうね?」
北海道の風景。
「みんなどうしているんでしょうね? 神谷先生や伊佐子さんや加代ちゃんたち、何か便りはありますか? それに家出した邦ちゃんは、その後、どうなったか知りませんか?」
雨の日、野々村家で発声練習をしていた蝶子。
<時は6月になっています。梅雨のさなかです>
蝶子「は~い!」
⚟富子「お客さん! 田所さんて人!」
慌てて階段を降りる蝶子。玄関に邦子が立っていた。
蝶子「邦ちゃん…」
邦子「チョッちゃん」
蝶子は邦子のそばに行き、肩に手を乗せ、再会を喜ぶ。「邦ちゃん、どうしたんさあ!」
笑顔でうなずき合う邦子と蝶子。(つづく)
邦ちゃんは絶対洋装が似合いそうなのに、和服だった。北海道編はわりとゆったり時間が流れていたけど、今週は月曜日が4月としてもう2か月。そして、邦ちゃん再登場! 何してたんだろな~!?

