NHK 1987年6月4日(木)
あらすじ
蝶子(古村比呂)がひとり帰宅すると、叔父・泰輔(前田吟)の妻・富子(佐藤オリエ)が玄関前で待ち構えていた。バイオリニスト・岩崎(世良公則)が蝶子を尋ねて家の中で待ち構えているのだという。岩崎に会うと面倒だと考えた蝶子は、岩崎に会うのを避けるのだが、避ければ避けるほど岩崎は蝶子のことが気になって仕方がない。そんな岩崎がアパートに帰宅する途中、彦坂頼介(杉本哲太)が現れ岩崎を呼び止める。
2025.5.22 NHKBS録画
脚本:金子成人
*
*
音楽:坂田晃一
*
語り:西田敏行
*
北山蝶子:古村比呂…字幕黄色
*
岩崎要:世良公則
*
彦坂頼介:杉本哲太
*
田所邦子:宮崎萬純
*
河本:梅津栄
木村益江:山下智子
*
佐山いと:横田早苗
浜田千代:岩下雪
*
原田:杉崎昭彦
楽団員:山中一徳
*
木下春美:森田典子
指揮者:有福正志
*
合唱団:二期会
オーケストラ:慶応ワグネル
ソサィエティー
*
女:外薗真由美
沢井美穂
早川プロ
*
野々村富子:佐藤オリエ
*
野々村泰輔:前田吟
野々村家前の路地に帰ってきた蝶子。子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
玄関の前に立っていた富子に声をかける蝶子。「あっ…」
富子「し~っ!」
蝶子「どうしたの? 重病人でも出たの?」
富子「(小声で)岩崎要が来てる」
蝶子「どうして?」
富子「『近所まで来た』とか何とか言ってる」
蝶子「さっきまでオペラの練習で一緒だったのよ」
富子「円タク飛ばして先回りしてきたんだ」
蝶子「どういうつもりなんだろ、全く」
富子「どうする?」
蝶子「あんまり会いたくないなあ」
富子「どうしよう?」
蝶子「私、どこかで待つことにする」
富子「道郎さんとこ」
蝶子「いるとはかぎらないな」
富子「ひょっとして、あの人、すぐには帰んないかもしれないよ」
蝶子「私、根岸に行く。安乃ちゃんとこ」
富子「そうおし」
野々村家
蓄音機の前でくつろいでクラシックを聴く要。「奥さん」
聴いていたのは、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲だろうか?
富子「はい?」
要「今、何時ですか?」
富子「5時半、回りましたね。もしかしてチョッちゃん、友達んとこ寄ってくるのかもしれないね。ひょっとして泊まってくるとか」
ガバッと体を起こす要。
富子「何です?」
要「奥さん、北山君は僕のこと何か言ってませんか?」
富子「別に」
要「何も?」
富子「はい」
腑に落ちない表情の要。
富子「どうして?」
要「いや、どうも私は北山君に避けられてるようなんです」
うなずく富子。
要「それがどうしてなのか僕には分からなくて」
富子「ちょっと要さん、あんた、チョッちゃんにちょっかい出そうなんて…」
要「いやいや。いや、僕は、だた、その…気楽に接しようとするんですが、彼女は何だか身構えてるんですね。それが何なのか?」
富子「それは、だっ…」
要「え?」
富子「あんたって人が女と、その、いろいろ…ま、おモテになるってことは、私にだって、においまさあね」
富子に背を向け、蓄音機を止める要。
富子「そのあげくゴタゴタあったでしょ。女の元の男っていうのが、このうちにあんたが逃げ込んできたの探り出して、押しかけてきて、もめたことあったよね」
それもあるけど、初対面で観劇マナーを注意されて怖かったのかも!?
要「…その節は、どうも」手をついて頭を下げる。
富子「アハハ、いいえ」同じように頭を下げる。「だからさ、北海道から出てきて間もない、うぶな娘が、そんなもの見りゃ、そりゃあんた、近づくもんじゃありませんよ!」
要「なるほど」
富子「…と、私は思いますがね」
要「帰ります」
富子「はあ」
玄関を出た要がちょうど路地を歩いてきた頼介に声をかけた。「やあ! 北山君なら、今、いないぞ」
夜、野々村家
泰輔「うん、本当、おいしいね、頼介君」
頼介は野々村家に来るとき、包みを抱えていたし、恐らく北海道から送られて来たトウモロコシを食べてる。石沢のおじさんが送ってきたのかなあ。
富子「おいしいの、いいからさ。どうすんのさ、あっちの方」
泰輔「何を?」
富子「岩崎要だよ」
泰輔「ああ」
富子「出入り差し止めにした方がいいんじゃないのかい?」自分の腕をパチン! 蚊に刺されたんだね。「考えてごらんよ。現にチョッちゃん嫌がってんだよ」
ハッとして富子を見る頼介。
富子「今日だって、あの人がいるから、わざわざ根岸、行ったんじゃないか。変だろ?」
泰輔「何が?」
富子「チョッちゃんがさ、自分の住むうちにも気楽にいらんないなんてことは、おかしいよ」
泰輔「うん、うん」
富子「岩崎要さえ、このうちに出入りできなくなりゃ、それでいいんだよ。そのためにはね『今後、このうちには出入りをご遠慮願います』」今度は空中を両手でパチン!「あんたがピシャリとそう言や、それで済むんだよ」
泰輔も空中に視線を送る。蚊の鳴く音が聞こえるわけでもないのに芸が細かい!
泰輔「俺が言うのか?」
富子「当たり前だろ! あんた、このうちのあるじだ」さっき蚊に刺された個所を気にする。
泰輔「あるじが言わなきゃいけないってことないだろう」
富子「あんたが言うの!」
じっと聞いてる頼介。
泰輔「しかし、角が立つんじゃ…」
富子「立ったっていい」
ため息をつく泰輔とトウモロコシをモグモグ食べる頼介。
カフェ泉
益江「ねえ、さっきも岩崎さんたちの誘い断っちゃったけどいいのかな?」
蝶子「どうして?」
益江「ほかの人、チョッちゃんのこと変なふうに見てるよ、最近」
河本「はい、特別」皿を運んできた。
蝶子「あ、ありがとう」
手を振って去っていく河本。
蝶子「変て?」
益江「『北山さんは、どうしていつも断るんだろう』って」
蝶子「私の勝手よ」
益江「中には…」
蝶子「何?」
益江「噂だよ」
うなずく蝶子。
益江「チョッちゃんと岩崎要は本当は、ひそかに交際してるんじゃないかって。で、そのことを知られたくないから、みんなの前では仲の悪いところを見せてるんじゃないかって言ってるの」
あきれてため息をつき、河本が持ってきた皿から一つつまむ蝶子。クッキーかな?「これ、おいしいよ。うん、おいしい」
益江も一つつまむ。
ドアが開く。
益恵「あっ、来た!」
河本「あ、いらっしゃい!」
楽団員「要、こっち空いてるぞ!」
要「おう、そうしようか」
ハンドバッグで顔を隠した蝶子たちの席の脇を歩いて店の奥に行く要たち。
河本「はい、いらっしゃい。どうぞ。はい、いらっしゃい」
蝶子「おじさん!」
河本「え? 何、何?」
蝶子「向こうの人たちには私たち来てるってことは、ないしょ」
河本「あ、分かった」
蝶子「見つからないうち、そっと出よ」
益江「うちに帰るって言って断っておいて、ここにいたんじゃねえ」
2人はそれぞれ小銭をテーブルの上に置く。
河本「帰る?」
蝶子「うん」
しかし、立ち上がる際、益江が椅子を倒してしまい、楽団員たちが蝶子たちの席を見た。
楽団員「岩崎!」
蝶子たちは慌てて外へ出て二手に分かれた。
要「失敬! またな!」バイオリンケースを抱えて店外へ。
走る蝶子を追いかける要。「北山、止まれ!」
(セットの)公園
素直に立ち止まっちゃう蝶子。
要「何で逃げるんだよ! 座ろう」
蝶子「私は…」手を振って拒絶。
要「君ね、何でこんなに足が速いんだ!」
蝶子「小さい頃から足には自信がありました」
要「そんなこと、こっちは知らないんだから」
蝶子「すいません。あ、別に謝ることありませんでした」
まだ息の荒い2人。
要「君、汗拭けば?」
蝶子「そうします」要とは違うベンチに座り、汗を拭く。「どうして私を追ってこなきゃならないんですか?」
要「それはね…君がうそをついたからだよ」
蝶子「ああ…」
要「君、やっぱり俺のことを嫌ってるね」
蝶子は答えず、汗を拭く。
要「野々村さんの奥さんと話、しててね、やっと分かったよ」
蝶子「叔母さん、何て?」
要「聞きたいかね?」
蝶子「…別に」
要「君は、あれだ。僕に対して、その、第一印象からして、よくなかったみたいだね。(せきばらい)特に、その、僕の女性問題に関してだよ。でもね、あれからもう2年もたってるんだよ。まあ、それなりに僕という男をだ、分かってくれてると思ってたんだけど…」
蝶子「…よく分かりません」
要「ああ、そう」
蝶子「私、あなたに興味とかそういうのないのに何か誤解する人がいて『岩崎さんには近づかないで』とも言われました」
要「ああ、気にしなくていいから」
蝶子「別に気になんかしません」ベンチから立ち上がる。
要「帰るのか」
蝶子「はい!」
要「じゃあ、送るよ。な!」
蝶子「いいです!」
要「じゃ、円タクで送ろうか?」
蝶子「友達のとこ行きますんで!」
要「じゃ、そこまで送るよ。な!」
蝶子「どうして私につきまとうんですか?」
要「君ね…君は、その、僕を誤解してるな」
蝶子「だから、何ですか?」
要「だから…解きたいじゃないか」
蝶子「どうしてですか!」歩き出す。
要「あ、どこ行くんだ!」
蝶子「ついてこないで!」
アパートのドアをノックする蝶子。「邦ちゃん」
邦子がドアを開ける。「どうしたの!?」
蝶子「人につけられた」
邦子「え?」ドアを閉めながら廊下を見る。
蝶子「ほら、例の岩崎要」
邦子「ああ、ああ」
蝶子「休ませて」
邦子「うん」
和室にラタン調のテーブルセット、ベッド。
蝶子「今すぐ千駄木に帰ると、一緒に上がり込んでくるなと思ったから」
邦子「うちに来たら、どうするのよ!」
蝶子「ここに入る前に、まいた」
邦子「あ、そ~う?」
椅子に座り、汗を拭く蝶子にコップに水を入れて持ってきた邦子。「ねっ、チョッちゃん。あんたさ、岩崎要に好かれてるんじゃないの?」
蝶子「あ~、あ~…」手を振って否定。
邦子「どうして分かるのよ」
蝶子「分かるの。人に好かれたら私は気付く」←そうかなあ~!?
邦子「そうかなあ。そういうこと、チョッちゃん、昔から疎いもんね」
蝶子「あんな人に好かれたくない!」
邦子「バイオリンの名手よ」
蝶子「関係ない」水を一気飲み。
外からバイオリンの「ユーモレスク」の音色が聴こえてきた。
蝶子「ラジオ?」
邦子「さあ?」
⚟要「北山さん!」
蝶子と邦子が窓から外を見ると、道端で「ユーモレスク」を弾く要の姿があった。
邦子「いやいやいやいや!」嬉しそう。
蝶子「どういうつもりだい」
要「北山蝶子さん、どこにいらっしゃいます!?」
邦子「行ってやれば?」
蝶子「嫌よ!」
世良さん、ホントに弾いてるんだろうな。
邦子「あんな人なんだ?」
蝶子「そう、放っとくと何やるか分からないような人さ」
邦子「どうする?」
蝶子「聴くしかないわ」←こういうところが蝶子らしい。
夜、路地の明かりのついた電柱の下に立っている頼介は要に気付き、近づく。
要「あ、君か!」
頼介「連平さんに住まいば教えていただいて」
要「ああ、何事?」
頼介「はい、あの、聞きましたけど、蝶ちゃんに、その、つきまとってるんですか?」
要「いや、つきまとってなんか、いないぞ」
頼介「いや、したけど、蝶ちゃんは迷惑してます。蝶ちゃんには、つきまとわんでください!」
要「本人がそう言ってるのか?」
頼介「いや。蝶ちゃんの嫌がることは、やめてください」
要「君もやめてほしいと思ってるんだろう。君は…彼女のこと好きなのか?」
頼介「蝶ちゃんにつきまとうのはやめてください! やめてくれますね?」
要「うん…どうしたもんかな?」
頼介「やめるって言えよ!」背中を向けた要の肩を押さえて振り向かせ、パンチ!
要「あいたっ! ちょっと待て、君!」
頼介「やめるって言え!」殴り続ける。
要「あいたたたた、いたたたた!」
頼介は要の左腕をねじ上げる。
要「痛い、痛い! 君!」
頼介「やめるって言え!」
野々村家
泰輔はスーツに帽子をかぶったままだから、恐らく帰ってきたばかり。富子と何事か話し合っている。
蝶子が2階から降りてきた。「あ、叔父さん、お帰り!」
泰輔「ああ、ただいま!」
蝶子「叔母さん、ごはんの支度は?」
富子「ねえ、チョッちゃん」
泰輔「よしなさいよ」
富子「いいじゃない」
蝶子「何よ?」
富子「今日、岩崎要さんの様子どうだった?」
蝶子「岩崎さん、休みだったけど」
富子「あら」泰輔の顔を見る。
泰輔「休みの理由は分かってんの?」
蝶子「分からないけど、どうして?」
泰輔「う…うん」
富子「お言いよ」
泰輔、せきばらい。
蝶子「何よ?」
泰輔「いや、今日、ちょっとね、連平君に聞いたんだけどさ、うん…」
富子「ねえ、頼介君て偉いじゃないか、チョッちゃん」
蝶子「?」な表情。
富子「『チョッちゃんにつきまとうな』って岩崎さん、ぶん殴ったんだって」
蝶子「頼介君が!?」
富子「うん、よくやったよ」
泰輔「要さんは連平君に『チョッちゃんには言うな』って言ったらしいんだけどね」
富子「ただ、ちょっと気がかりなのは、岩崎さん、腕を少し痛めたらしいって」
泰輔「それが原因で今日の練習休んだとしたら、やっぱり心配でさ」
うなずく蝶子。
練習場
♬~(オーケストラと歌声)
<岩崎要さんは翌日も休みです>
ぽっかり空いたコンマスの席。
<チョッちゃんも気が気ではありません。岩崎要というバイオリンの名手がもう二度とバイオリンを弾けないような、けがを頼介に負わされたとしたら…チョッちゃんは困ってしまいました>
練習も上の空の蝶子。(つづく)
すごくモテてた、すごくモテた人と結婚したというのが昭和のステータスで、リアルなのかちょっと盛ったのか分からないけど、昭和らしいエピソードだな。今、ドラマ化するなら、この部分をクローズアップしないと思う、要の印象が悪く見えるし。
要を殴りつけた頼介君こと杉本哲太さんは横浜銀蝿の弟分としてデビューしたバリバリのヤンキーだったそうだけど、私は、その頃を知らなくて、頼介君みたいなマジメで朴訥な役も結構やってるから、元ヤンてのが信じられない。
こんな感じの歌を歌ってたのね。横浜銀蝿の歌は知ってるけど、こっちは…。
なんちゅータイトル! しかし、これはボーカルは杉本哲太さんじゃないらしい。バンドとして活動しながらも俳優業もやっていた。川谷拓三さんの貫八先生にも出てたんだねえ(生徒役ではありません)。
ここからが蝶子の転換点なのかな~?


