公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
マラリアで倒れ、薬が飲み込めない朝男(前田吟)。千代(二木てるみ)は咄嗟に水を含み、口移しで薬を流し込む。一方、マリ子(熊谷真実)は取次店主から、新顔なのに手際が良いと褒められるも、客扱いされないことにショックを受けるが、病床の朝男からは、商売人として物を売ることの方が重要だと教えられる。そんな中、取次店から再び4000部返本されてしまう。さらに、マチ子(田中裕子)も胃痙攣で倒れてしまい…。
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布団に寝かされながら「寒い…寒い…」という朝男。「大丈夫なんだよ…大丈夫…。ただのマラリアだ」
はる「マラリア!?」
朝男「壁の…壁の所に…」
千代「壁の所がどげんしたですか?」
朝男「袋の中に…薬が…」
千代はすぐに袋から薬を取り出し、飲ませようとするが、粉薬なので吐き出してしまった。千代はマリ子たちに朝男の体を押さえるように言い、自らコップの水を含んで朝男に口移しで飲ませた。千代の大胆な行動にタマ、マリ子、はるは目を丸くする。
磯野家
マチ子「ねえ、マラリアっていうのは蚊から伝染する南方の風土病でしょう?」
マリ子「うん。ミンダナオっていう所でかかったことがあるらしいの」
ヨウ子「それで、一体どうなるんですか?」
はる「お薬ものんだし、お医者様にも来ていただいたけれども、今日は熱が続いてとても苦しいらしいのよ。でもね、明日になったら熱も平熱に下がるんですって」
マチ子「あらよかった!」
マリ子「それがよくないのよ。お休みは明日一日だけ。あさってからは、また熱がワッと噴き出すんですって」
ヨウ子「まあ…」
はる「とにかくね、今夜はお千代ねえやにおかあさんと交代で詰めてもらっていますけどね。復員なさったばかりでお疲れも取れていないのに、うちの本のことや何かで無理をなさって…。本当に申し訳ないことをしてしまったわ」
天海家
まだ寒さに震える朝男。
タマ「ねえ…せっかく無事に帰ってこられたと思ったのにさ…」
千代「大丈夫ですたい。『命あっての物種』ですけんね。こげんマラリアなんかに負けるような天海さんではありまっしぇん。おかあさん」
タマ「お千代さん…!」
磯野家
マリ子「当分は天海さんに休んでもらわなきゃならないし、まさに危機だわね」
ヨウ子「マー姉ちゃん…」
マリ子「大丈夫よ。今日の取次店回りで大体見当もついたし、明日は私一人でリヤカーでも何でも引っ張るから」
はる「そうですとも。もともと人を当てにしてはいけなかったんですからね」
マチ子「だからってなにもマー姉ちゃんが1人で…」
マリ子「ううん。マッちゃんはマッちゃんで山と原稿依頼が来てるじゃないの。それを片っ端から片づけていってちょうだい。ヨウ子はそれのお手伝い」
ヨウ子「はい」
マリ子「あと、お千代ねえやは当分、天海さんの看病をしてもらうので、お母様はしばらく畑を休んで家のことをお願いします。だって原稿取りの人たちをヨウ子一人に任せるのは…」
はる「大丈夫ですよ。そのことならこの私がちゃんと引き受けますから」
マチ子「大丈夫かしら?」
はる「何がです?」
マチ子「正確にさばいてくださいよ。この間みたいに他社へ渡す原稿を渡したりは…」
はる「あれはね…」
マチ子「それにね、えこひいきはしないでほしいの」
はる「だって人間もともと虫の好かない人っていうのはいるもんでしょう? いえ、私は来る者は拒まずですけれど、あちらさんがね…」
マチ子「それが一番危険なのよ」
マリ子「マッちゃん」
マチ子「だってそうじゃないの。2万冊も在庫を抱え込んでるというのに来る人は拒まず、ともにすべてを分かち合いましょうと財布の中身を考えず…」
はる「お黙んなさい。今、マリ子が整然と一人一人の方針を打ち立てたではありまっしぇんか。私たちも整然とそれに従っていれば乗り越えられない危機などはありまっしぇん!」
かくて翌日から整然と各人の任務に取り組んだ次第ですが…
リヤカーを引くマリ子と後ろから押すお千代ねえや。
マリ子「大丈夫? お千代ねえや」
千代「何のこれしき。まだまだ若いですけんね」
マリ子「でも、昨日はあまりよく寝てないんでしょう?」
千代「いや、天海さんがどげんしても聞かんやったとですよ。俺の看病はいいからなぜマリ子さんの手助けをせんかと、それは恐ろしい顔で」
マリ子「お千代ねえや…」
千代「ばってん思ったよりよかお人ですね、天海さんってお人も」
マリ子「そんなこと当たり前じゃないの」
千代「あら? なして当たり前ですかいね?」
マリ子は交渉、千代は荷物番。
マリ子「ごめんくださいませ」
取次店主「あ~、はいはい…。おっ、新顔さんだね」
マリ子「はい。私、姉妹出版の磯野と申します。今度は私どもでこのような本を作りましたもので、こちら様に置いていただければありがたいのですけれど…」
取次店主「『サザエさん』…ふ~ん、漫画だね。いいだろう。4本置いていきなさい」
マリ子「はい、ありがとうございます! では早速、今!」
取次店主「今、持ってるの?」
マリ子「はい、ちょっとお待ちください」お千代ねえやに4本運ぶように言う。
マリ子「はい、これが納品書です。判をお願いします」
取次店主「へえ~。新顔なのにバカに手回しがいいんだね」
マリ子「昨日、覚えたばかりです。あっ、それからお勘定は半月後でも結構ですから」
取次店主「覚えたてにしちゃ、バカにしっかりしてるんだね」
マリ子「いえ、とんでもございません」
千代「はい、どうも。あの、これ、どちらに置いたら…?」
取次店主「あ~、その辺に置いときゃあいいだろ」
千代「あ~、はい、すいません」
店員「これはこれはいらっしゃいませ。あの、お茶をどうぞ」
取次店主「おい、この人たちならお茶は要らないんだよ」
店員「へえ」
取次店主「この人たちはお客じゃねえんだ。バカ! 何度言ったら客と客じゃねえとの区別がつくんだい!」
店員「へえ、すんません」
ショックを受けるマリ子とお千代ねえや。
天海家
朝男「ハハハハハハッ、そいつはしょうがねえよ。商人(あきんど)にとっちゃね、物を買ってくれる人が客で、あんたはいわばその店に買ってもらう立場なんだから」
マリ子「はあ、それは…そうなんですよね」
朝男「だったらさ、ええ? どうしてそうしょぼくれてんだい?」
マリ子「ちょっとショックだったんです。別に欲しかったわけじゃないけど物売りはお茶ももらえないのかって」
朝男「そのとおりだよ。いえいえ、お茶なんか要りませんから、その分、もう一冊でも余計に、もう一銭でも高く買ってくださいってそういうふうに言えるようにならなきゃ一人前じゃねえな」
マリ子「ええ」
朝男「いいかい? そのおっさんの言うとおり、あんたは本当に客じゃねえんだからね。お茶なんかもらえなくったって冷てえななんて恨んじゃいけませんよ」
マリ子「いえ、恨んでなんかいません。ただ随分はっきりとずけずけ言うなって。いわば貫禄負けですわ」
朝男「どだい年季の入れ方が違うっていうことだな」
マリ子「本当」笑い
天海さん、今日は一段と口調が寅さん。
朝男「いや~、しかし、昨日の5,000入れて7,000近く置いてもらったんだって?」
マリ子「はい」
朝男「そいつは立派だよ。大したもんだい!」
マリ子「本当に天海さんにはすっかり迷惑をかけてしまって…」
朝男「いやいや。まあ、均五郎と同じであっしのも当分これは持病だよ」
マリ子「大事にしてくださいね、お願いだから」
朝男「当たり前だよ。ねっ? 戦地から大事に持って帰った命だ。なっ? マラリアともども大事にしないとね」
マリ子「はい」
マドカが「ごめんあそばせ」と卵がゆを持って来た。「あのさ、明日はまたこの震えがやってまいりますのでしょう? ですから、今日のうちにもうしっかりと栄養をつけとかないと明日、参りますことよ」
朝男「はいはい、分かっております。へい」
マリ子「あら、おばさんは?」
朝男「あ~、あっしの代わりにね、配給ものの区分けに行った」
マリ子「まあ」
マドカ「いえ、ご心配はいりませんことよ。お千代さんはあなたのお手伝いでしょう? ですから、天海さんのお体がしゃんとなるまで、私と姉とが代わりばんこに見ますから。ねっ?」
マリ子「おば様…」
マドカ「あっ、それからね、うちには使ってないゲストルームもございますし、お収めになるご本はお宅に積んである本からお出しあそばせよ。ねっ? うちの方は全然構いませんことよ」
マリ子「すみません。マチ子の原稿取りで編集者の方もたくさん見えますし、せめてお座敷だけでも空くと助かりますので」
マドカ「それがよろしいわ。うちもね、お部屋を空けておくのはもったいないし、一度はどなたか同居人を置こうかな~なんて考えたこともございましたのよ」
天海家の2階で子供たちが走り回る音がするとマドカが大声で「ご病人がいるのよ! ギャ~ギャ~騒ぐんじゃないの~!」と怒鳴った。
マドカ「こういうこともございますでしょう。口やかましい年寄りは嫌われるだけでございますものね。ですから気ままにきょうだい2人、どちらかが欠けるまで2人で仲よく暮らそうっていうことにいたしましたの」
マリ子「そんな、おば様…」
マドカ「いいえ、ですから、あなたのご本をお預かりするなんて一向に構いませんし、むしろお役に立ってうれしいの」
マリ子「本当にありがとうございます。でもおかげさまで売れてるようですので。それにもう少しのお願いですから」
マドカ「まあ…それはよかったわ~」
そして、神田村から御徒町の取次店へと足しげくリヤカーを引いて通って半月がたちました。
陽談社の編集者、井関が訪れた。外のリヤカー、家の中の本の山に驚く。
千代「大丈夫たい。マリ子お嬢さんの奮闘でお座敷は広々としておりますたい」
井関「あっ、それじゃあ、あの…」
マリ子「おかげさまで売れてるのよ」
井関「そうですか~! それはよかったですね!」
千代「『為せば成るたい、何事も』」
井関「はあ」
マリ子「あなたも頑張らないと。陽文社と文学館の方が来てデンと頑張っていらっしゃるわよ」
井関「本当ですか!? それは大変です! 失礼します」
慌てて家に入って行く井関と、これから出かけるマリ子とお千代ねえや。
そうです。「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も」ではあったのですが…
ある取次店
マリ子「ごめんくださいませ。姉妹出版の磯野でございます。先日はどうもありがとう存じました」
浅香「あ~、あんたかね」
浅香役の上田忠好さんは「3年B組金八先生」第2シリーズで音羽と同じく荒谷二中で加藤優をいたぶっていた清水教諭でした。金八ファミリーからまた一人増えた。
浅香「一体どうなってんのかね? あんたんとこの本は」
マリ子「はあ?」
浅香「あ~、リヤカーで来てんのかい?」
マリ子「はい」
浅香「ちょうどよかった。場所塞ぎで困ってるんだ。4,000部持って帰ってくれ」
マリ子「えっ!?」
浅香「どこの本だってね、置いておきさえすりゃあ黙っててもなくなっちまうのによ、あんたんとこのは駄目だね。ええ? 持ってってもらったなと思ったらさっぱり駄目だって返ってきちまうんだよ」
マリ子「そんな…」
浅香「とにかく、まあぼつぼつ1,000部は出るだろうからな。はい、2万5,000円の7掛けの1万7,500円、はい。あとは全部持って帰ってくれよ」
マリ子「お願いします。うちはやっとみんなが座れるようになったんです。あれを持って帰ったらまた…」
浅香「あ~、それはお互いさま。こっちだって利の薄い商売なんだ。ねっ? 回転しなきゃアップアップなんだから」
マリ子「でもございましょうが…」
浅香「いいから…」
またまた身にしむ世間の風のつらさよ。
磯野家
マチ子「ということはどういうことなの?」
マリ子「つまり持って帰ってきたっていうこと」
マチ子「4,000部もおとなしく!?」
千代「おとなしくじゃありません! そりゃあ、マリ子お嬢様は、まあ見事に粘りんしゃったとですよ。ばってん何せあちらがお客様ですからね」
マチ子「あら…それじゃあ、またまたこの部屋もあの本でいっぱいになっちゃうわけ?」
マリ子「あっ、それは解決したわ。ウラマドのおば様が預かってくれるとおっしゃったのでお部屋代を差し上げることにしてお願いしてきましたけどよろしいでしょう? お母様」
はる「それは当然のことでしょうね」
マチ子「そんな…お母様はよくもこんな時に当然って顔してらっしゃれますこと」
マリ子「ごめん、マッちゃん…」
マチ子「何言ってんのよ。私はマー姉ちゃんのせいにしてるんじゃないのよ。私はね…」
マリ子「大丈夫よ。また明日から取次店を回ってみるから」
千代「そげです。うちも及ばずながらお供いたしますけん」
マチ子「いや、そんなこと言ってるんじゃないの…!」突然苦しみ出したマチ子。
均五郎君に天海さん、「二度あることは三度ある」といいますが、マチ子の病気はスルメが原因の胃けいれんでした。
まだ「サザエさん」の1巻が出たばかりの頃からこんなに苦しみながら描いていたとは…。