公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
神田村に2巻目を卸した翌日、取次店のあちこちから追加注文を受けるマチ子(熊谷真実)。再販の資金がないと言うと、売れた分を今すぐ支払うとまで言い出す取次店主たち。一方、マチ子(田中裕子)は福岡から訪ねてきた小田(織本順吉)に、「続・サザエさん」を描いて欲しいと頼まれる。福岡・名古屋・北海道の同時掲載で、3紙分の稿料がもらえると言う。そんな中、サザエさん2巻を見て、植辰(江戸家猫八)が訪ねてきて…。
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まだまだ本が山積みの磯野家。
さて、「サザエさん」2巻目の初版1万部を神田村に委託してきた次の日のことです。
電話に出たマリ子が驚き、その声にマチ子、ヨウ子、千代が集まった。
ヨウ子「マー姉ちゃん!?」
マチ子「どうしたのよ! ねえ、ちょっと!」
マリ子「とにかく落ち着いて…落ち着くのよ…。ちょっとお水一杯持ってきてちょうだい。お水」などとドタバタしていると粉まみれの均ちゃん登場。
均「皆さんでお出迎えとは恐縮しちゃうな、僕」
マチ子「えっ? あら…」
ヨウ子「どうなさったんですか? 一体…」
均「何がです?」
マチ子「頭が真っ白です」
均「あら、まだ落ちてませんか? よく払ったつもりだったのに…」
マチ子「何ですか? それ…あら…」
均「大丈夫、大丈夫。これはDDTだからね」
千代「DDT?」
均「そうなんですよ。駅前でね、問答無用に頭からパッパッ。襟の中まで、もう」
この時代、人体に直接振りかけたりしてるけど、結構危険な薬らしい。まあ、殺虫剤だもんねえ。
マリ子「嫌ね、シラミの季節じゃあるまいし」
千代「いやいや、いやいや、南京虫が…」
マリ子「嫌~! もうやだ、その話~!」
ヨウ子「あ~、もう!」
マチ子「やめて、その話は~!」
これ、いかにも原作にあるっぽいエピソードに思えたけど、ドラマ上の創作?
均ちゃんは朝男と選手交代し、持病持ちだけど、神田の製本所から1万冊くらいは運べると言ってきた。
この時代の人って健脚だよな~。
マリ子「それがなくなってしまったんですって」
均「えっ?」
マリ子「昨日の運んだ分、1日でなくなってしまったんですって」
マチ子「え~!?」
ヨウ子「本当なの!? マー姉ちゃん!」
マリ子「あなたたちにうそついたって始まらないでしょう」
均「それではどうしたらいいんでしょうか?」
マリ子「ですから私、今から神田村に行ってまいります」
マチ子「何しに?」
マリ子「市場調査よ。行って、この目で見てくるの。ヨウ子ちゃん、ハンドバッグ」
ヨウ子「はい!」
マリ子「マッちゃん、パラソル」
千代「あの、はい、お水。はい、はい、お水」
マリ子「どうもありがとう」
均ちゃんから差しだれたパラソルと水の入ったコップを持つが、コップを均ちゃんに渡す。
マリ子「あっ、大宗さん。それでは行ってまいります!」
均ちゃんがその水を飲み、マリ子の後を慌てて追う。ヨウ子もハンドバッグを持って後を追う。
神田村
金子「疑い深いね、あんたも。私が注文したんじゃないんだよ。昨日、買って帰った書店さんからの注文なんだよ。持って帰ったら昨日のうちに全部売り切れちまったから50くれの100くれのって注文でさ」
マリ子「それじゃあ売れたっていうのは本当の本当なんですね」
金子「だからさ、あと残ってるの持ってきてもらいたいと」
マリ子「持ってきたはいいけど、また返品っていうのは困るんです」
金子「分かったよ~、買い取ってやるよ! それならいいだろ?」
マリ子「それならいいですけど」
均「そうですよ、ためらうことありませんよ。うわ~!」
浅香「何だ、ここへ寄り込んでたのか。困るじゃないか」
マリ子「はあ?」
浅香「すぐにあと1,000部入れてくれないか? すぐに」
マリ子「すいません、そんなにないんです」
浅香「何だって!?」
マリ子「今、こちらからも注文を頂きましたし、それに昨日、御徒町を頑張って回って1万部のほとんどを置いてもらってきましたから」
浅香「じゃあ、あと刷ったらいいじゃないか」
マリ子「お金がありません。1か月たたないとお宅から代金も頂けませんし」
浅香「払ってやるよ、今すぐに」
マリ子「本当ですか!?」
浅香「ああ、売れたんだし、あとも入れてもらわなきゃなんないんだから」
金子「よかろう! じゃあうちの4本分も払ってやるよ!」
マリ子「ありがとうございます!」
均「毎度ありがとうございます! いや~!」
そのころ、マチ子の方にも思いがけない客が来ておりました。
磯野家
小田「ああ、こりゃどうも。へえ~、なかなか完成でいい所じゃないか。ねっ?」
マチ子「はい」
小田「いや、実はね、出張で東京支社まで来たんやが、まあついでと言っては何だが、あんたにね『続・サザエさん』を描いてもらうように頼んでこいと、私に使者の役割が回ってきてね」
マチ子「『続・サザエさん』をですか?」
小田「うん。いや、今度ね、うちの『夕刊フクオカ』だけではなく名古屋と北海道で3紙同時掲載という話が出てるんだよ」
千代「あの、それやったら南の方から北まで『サザエさん』が出回るとですか?」
小田「まあ、東京が抜けることにはなるんだがね。しかし、稿料の方は3社からそれぞれ出ることになるから、そう割りの悪い仕事じゃないと思うんだがね」
マチ子「はあ…」
千代「しっかりしんしゃい、お嬢様。1つ描いて3つ分のお金になるとですよ。そうですたいね? 部長さん」
小田「まあ、そういうわけだね」
マチ子「あの…」
小田「うん?」
マチ子「母や姉に相談しましてからお返事してもよろしいでしょうか?」
小田「それはもちろん構わないが」
マチ子「では、そのようにお願いいたします」
小田「ああ、そう…分かった。それじゃあ、また明日お伺いしよう」
マチ子「すみません」
天海家…しっかし魚屋として営業してるのか、ここは? 「おしん」ではめちゃくちゃ忙しそうだったからなー。
朝男「へえ~、そうかい。そいつは景気のいい話が2つも重なったじゃねえか」
千代「ばってん、歯がゆうてならんとですよ」
朝男「何が?」
千代「マチ子お嬢様たい。うちの中じゃ一番威勢がよかとに知らん人が来ると急に内弁慶になってしもうて、ろくに物もしゃべらんとですよ。何かと言うてやってつかあっせ」
朝男「しかしな、その芸術の話になると俺の出る幕じゃねえからな」
タマ「本当に歯がゆいね~、あんたたちも」
朝男「えっ、何が?」
タマ「他人の心配ばっかりしてないで自分たちの相談でもしたらどうなんだい?」
朝男「おっ母…」
タマ「ふん。そんなことにかこつけてね、いちいち会うことはないんだよ。2人ともいい年をしてて何だい。だらしないったらありゃしないよ」
朝男「おっ母! ギャ~ギャ~ギャ~ギャ~何わめいてんだ。ねえ、全く…」
恥ずかしそうに顔をうつむかせるお千代ねえや。
こういうのを野球ではイレギュラーバウンドと申しますが…。
思わぬ方向にボールが飛ぶこと…なるほど。
さて、その晩の磯野家では…
はる「何もためらう必要はありません。2人とも自分がやりたいことをやればいいんです」
マリ子・マチ子「でも…」
はる「いいえ。どうしても気が進まないというのだったらやらなくたって構いませんよ。でもね、そもそも仕事というものは神様がその人にふさわしいものをお与えくださるのだと私は思いますよ」
マリ子「ええ…」
はる「時には荷が勝ち過ぎていると思うこともあるでしょう。でもそれは神様のお考えで、その人がそれだけの重さが必要だと思われるから、そうするのでしょうし、荷が軽いと思っても、それはそれで私たち俗人には分からないようなお考えが神にはおありなんだと私は信じますよ」
マチ子「はい」
はる「まあ、2人でゆっくりとお考えなさい。ただし、仕事をお与えくださった神と」
声をかけてくださった人々への感謝の気持ちを忘れないようにね」
はるは席を立った。
マチ子「ああ言われると、やっぱり弱いのよね~」
マリ子「さりとて南京虫騒動だけはごめんだし…」
マチ子「やめてよ、またかゆくなっちゃうじゃないの」
マリ子「といって塚田さんからお借りしたお金、あれは絶対返さなくちゃいけないし」
マチ子「でも…」
マリ子「うん?」
マチ子「マー姉ちゃん、本当は挿絵に戻るつもりだったんでしょう?」
マリ子「しかたない。これも神様がきっと何かの考えで足踏みさせてるんだと思うわ」
マリ子も挿絵をやろうと思ってたのね。
「こんばんは。ごめんくださいまし」という男性の声。
はる「まあ、植辰さん!」の声に、マリ子マチ子が玄関へ向かう。
ヨウ子「おじさん!」
植辰「ああ! いたいた! ちゃんとみんなそろっていたじゃねえか! バカだね、俺は本当に…」
植辰さんは白髪の短髪ヅラ
はる「まあ、何をおっしゃるんですか。さあ、お上がりください」
マリ子「よくご無事で」
植辰「読んだんだよ、『サザエさん』の漫画!」
マチ子「えっ!?」
植辰「ほら! ここ見てくださいよ。『磯野マチ子』って書いてあるでしょう? これはお嬢さんの漫画でしょう?」
マチ子「は…はい!」
植辰「ねえ! 畜生、あのバカ野郎、本当に…」
はる「はあ?」
植辰「あのね、実はあの今日の夕方ね、仕事が終わって後片付けをしてたら、俺んとこの若えのがね、一人だけ漫画本読んでゲラゲラ笑ってサボってやがるじゃねえですか。ねえ。当節、民主主義がはやってるか何だか知らねえけどさ、そんなちょぼいちはこちとら通じねえや、本当に」
いくつか意味があるけど、2のいんちき、でたらめの意味かな?
植辰「頭に血がね、カ~ッと上ってね、やい、この野郎って取り上げたのがこの本なんですよ。でもね、この名前を見た時に驚いたの何のってね。ついでにどこから出てるんだって聞いたらね、ここだってえじゃねえですかい! いや、もう、何も…とりあえず飛んできたんですよ、奥さん! マリ子さん! マチ子さん! ヨウ子ちゃん! それから…あんた誰?」
千代「はあ?」
ここまでが玄関での会話。
客間に座って
植辰「そうですかい、去年の暮れにね…。どうもなんとも申し訳ありませんでした。まあ、案じねえわけがなかったんですけどね、何しろこちとらも、その日暮らしが精いっぱいでね、今更、皆さんがこっちに帰ってきなさってるとは夢にも思わなかったんですよ」
マリ子「お互いさまですわ。私も何度か日暮里辺りを歩いてみたんですけど、皆様の手がかりがなくて…」
植辰「何しろね、3月10日あとはめちゃくちゃですよ。自分でもね、あの大空襲のさなかによく生き残れたと感心してるぐらいのもんですからね」
マリ子「それで酒田さんのことで何かご存じのことは?」
植辰「へえ、まず…大将は駄目だったでしょうね」
マリ子「それじゃあ…」
植辰「へえ。あのあと、4~5日かみさんと一緒に焼け跡中を捜して歩いたんですがね川に流されちゃったのか、どっかに埋められちゃったのか、大将の姿、どこ行っちゃったんだか見当たらなかったんですよ」
はる「あの…そのおかみさんというのは?」
植辰「へえ、大将んとこのかみさんですよ」
ヨウ子「それならおばさんは!」
植辰「へえ。東京全部が焼け野原…まあ全部なくなっちゃったもんですからね。年寄り抱えてたんじゃどうしようもねえですからね。ばあさんと一緒に実家へ帰ったんじゃねえかと思いますよ」
マリ子「それじゃあ、おばあちゃまは!」
植辰「へえ。まあ別れる朝までは、まあ焼け跡で同じ防空壕の中で暮らしてましたからね、その時までは無事でしたよ」
マリ子「お母様!」
はる「ええ! あの、それでそのおかみさんのお里というのは?」
植辰「へえ。確か栃木とか茨城とか思ってたんですがね、何しろ区役所行って聞いたら持ち出した書類は、みんな焼けちゃったっていうんですよ。で、訪ねようがねえんですよね」
はる「そうですか…それじゃあ、おばあちゃんとおかみさんは…!」
植辰「へえ、それはもう、その時までは確かに」
マリ子「あ~…よかった…。それで、今、植辰さんはどこで?」
植辰「へえ、面目ねえんですけど、昔の仲間ん所へ転がり込んでんです」
マチ子「それじゃあ栄一さんは?」
植辰「へえ、よく聞いてくださいました。私は岸壁の父なんですよ」
マリ子「岸壁の父?」
植辰「へえ。皆さんが疎開したそのすぐあとなんですがね、野郎のとこにも赤紙が来ましてね、関東軍なんですよ。ちょうど写真屋さんとおっつかっつの船で満州へ渡ったきり…。今頃は多分、シベリア辺りへ送られてんじゃねえかと思いますがね…。でもね、奥さん、私は待ってますよ。どんなことがあったって、あの野郎が帰ってくるまで待っててやらなくちゃね」
マリ子たちが福岡に疎開したのが昭和19年3月。三郷さんもその別れの席で満州行きを話していた。
はる「そうですとも。そのとおりですわ」
植辰「ええ、奥さん、あの野郎…」
後ろの方でそっと涙を拭くお千代ねえや。
かすかな手がかりにしろ懐かしい人たちの消息が分かったのは「サザエさん」第2巻目を出版したことのお手柄だったのでしょう。
玄関を出て
植辰「どうも。どうも、奥さん、えらく長っ尻しちまいまして、どうも申し訳ございません」
はる「まあ、まあ。どうぞどうぞいつでもまたお越しくださいましね」
植辰「おっしゃるまでもなく、ちょいちょい寄せていただきます、どうも。じゃあ、皆さん、どうもお休みなさいまし」
一同「お休みなさい」
マチ子「さようなら」
植辰「これ、楽しみにしてますから」と「サザエさん」を見せて帰って行った。
マチ子「私、やるわよ、マー姉ちゃん」
マリ子「私もやるわよ」
マチ子「北海道の新聞に出るんだったら三郷さんも読んでくれるかもしれないしね」
マリ子「そうよ。それで2巻目がもっと売れたら、もしかしたら日暮里のおばあちゃまも手に取って見てくれるかもしれないし」
マチ子「そうよ、そのとおり!」
マリ子「はあ~、これからまた製本所と印刷所相手の戦いが始まるのね」
マチ子「頑張れ、頑張れ、負けるな、マー姉ちゃん!」
マリ子「マチ子も頑張れ!」
励まし合う2人をほほえましく見ているはるとヨウ子。
マリ子がリヤカーを引き、均と千代が後ろから押す。リヤカーを止めた途端、群がる取次店の人々。
マー姉ちゃんは頑張りました。そして、その秋には再版1万部が完成。これまた飛ぶような売れ行きを示せば、マチ子の「続・サザエさん」もまたフグ田マスオというご主人とタラちゃんという坊やを抱いて再登場。福岡、名古屋、北海道の3紙に同時連載を敢行しました。
続・サザエさんから
1コマ目
茶の間に家族が揃っている。
波平「ただいま」
一同「おかえんなさーい」
2コマ目
真っ黒いコマにふきだしだけ
「アッ! またていでんだ!」
「これじゃ、お父さんのごはんのしたくもできないわ!」
3コマ目
真っ黒いコマ
波平「まあゆっくりでいいよ。わしはひばちにあたっておるから」
4コマ目
電気がつくと、波平は火鉢ではなくおひつに手を当てていて家族に笑われた。
またまた当時の再現描きおろしなんだろうなあ。すごい! 「サザエさん」以外もたくさん連載を抱えてたみたいだけど、そういうのも読んでみたい。しかし、明るいだけじゃなく植辰さんみたいな戦争体験が時々ずしんとくるね。