フジテレビ 1983年1月28日
あらすじ
明美(樋口可南子)が西洋屋敷に入ろうとすると、中から物をぶつける音が聞こえ、和彦(鶴見辰吾)が飛び出して帰っていった。 中では酔った竜彦(山崎努)が、「眼をなおしゃあいいのか、長生きすりゃあいいのか」と怒っていた。 家に帰った和彦は、心配する母の都(岩下志麻)に何も語らず、部屋に閉じこもって考えこむ。 「ありきたりのことをいうな」という竜彦の言葉が心から離れたかった。
2025.3.13 日本映画専門チャンネル録画
和彦<僕の本当の父は母と結婚もしなかった。母は、ひとりで僕を産み、10年前、今の父と結婚をした。父のほうには良子がいた。でも、そのころは2歳だったし、10年たつと本当の兄妹(きょうだい)のようだった。4人家族でうまくいっていた。そこへ父が現れたのだった。正確には僕の前にだけ現れた。僕は、そんな父を拒否すべきだった。しかし、父には拒否しきれない何かがあった>
脚本:山田太一
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音楽:小室等
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プロデューサー:中村敏夫
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望月都:岩下志麻…字幕黄色
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望月省一:河原崎長一郎
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望月和彦:鶴見辰吾
望月良子(よしこ):二階堂千寿
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磯山:大林隆介
渡辺:高村玄二
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和田周
信代:中丸新将
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下坂泰雄
店主:久保晶
江藤漢
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丸山:水谷貞雄
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堀真一
高瀬仁
渕野直幸
鮎田昭夫
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丸岡奨詞
俵一
花巻五郎
天現寺竜
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百瀬三那子
大川めぐみ
大川忍
古賀プロ
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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色
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協力:相模鉄道
そうてつローゼン
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写真提供:倉田精二
「フラッシュアップ」
(白夜書房 刊)
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演出:河村雄太郎
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製作・著作:フジテレビ
明美が車で洋館へ。紙袋を抱えて中へ入ろうとすると、何かが割れる音が聞こえ、和彦が帰ろうとしていた。
明美「どうしたの?」
和彦「いいんです」
明美「ちょっと!」紙袋を床に置き、和彦を追う。「ちょっと待って!」
しかし、和彦は振り向かず走り去り、明美は家に戻る。「どこ? 台所?」
ダイニングテーブルの上に座りうなだれる竜彦。
明美「どうしたの? あの子に何言ったの? どうしたの?」
テーブルの上の布巾をぶん投げる竜彦。
電車の中
和彦は竜彦の言葉を思い出していた。
竜彦<<ありきたりな…ありきたりなことを言うな! お前らは骨の髄までありきたりだ!>>イライラした様子で何かを思いきりタンスのガラスにぶつけた。
洋館
明美「何をあの子が言ったの? うん?」
竜彦「早く眼を治せと…」
明美「当たり前じゃない? そんなことで怒ったの?」
竜彦「どんなことだって怒りてえときは怒るんだ!」
明美「何言ってんの? 臆病で怖くて精密検査を受けられなくて、人が言うとすぐにいきりたって誰が見てもバカみたいよ。まるで子供じゃない? そのまま動かないで。どう? 私が見える? 見える? ここならどう? ここでもまだ見えない?」冷蔵庫の前から窓の前まで移動する。
竜彦「余計な世話、焼かんでくれ」ドアを開けて部屋を出た。
明美「何が余計よ? 私が何か買ってこなかったら、あんたなんかとっくに干ぼしになってるわよ!」
竜彦「干ぼしにしろ。俺なんぞ干ぼしにしちまえ!」階段を上っていく。
帰り道の和彦はまだ竜彦の言葉が浮かぶ。
竜彦<<病気は治しゃいいのか? 長生きは、すりゃするほどいいのか? そうはいかねえ。体が丈夫だって、長生きしたって何にもならねえヤツは、いくらでもいる! 何かを…誰かを深く愛することもなく、何に対しても心からの関心を抱くこともできず、ただ、メシを食らい、予定をこなし、習慣ばかりで1日を埋め、くだらねえ自分を軽蔑することもできず「俺が生きてて何が悪い?」と開き直り、魂は1ワットの光もねえ!>>唾を吐く。<<そんなヤツが長生きしたって何になる? そんなヤツが病気治して何になる!?>>茶碗やポットを流しのほうに投げつける。
やだなあ…こういうの。
少し日が陰ってきた空き地に座り込む和彦。
望月家
ソファで寝ていた省一は、あくびをしながら伸びをする。「アア…あ~あ、テレビも面白くねえな」テレビを消す。漫才っぽいのやってた。「あ~あ、体、なまっちまった。あしたから仕事だっていうのに」立ち上がって体を動かす。
都は台所で料理。
良子「あっ…お兄ちゃん、今ごろ帰ってきた。出歩いてばっかりでいいの? 勉強しなくて」
和彦「うるせえ」階段を上っていく。
良子「お母さん! お兄ちゃん、やっと帰ってきた」
和彦「うるせえ、うるせえ」
リビング
省一「良子、あんまり言うな、こら」
良子「だって、少しは言わなきゃダメよ。このごろサボってばっかりいるんだから」
都は沢田竜彦写真集を見つけたことを思い出す。
夜、省一はまたソファで寝て、毛布を掛けられている。良子はリビングのテーブルで勉強。
都は和彦の部屋にお茶を運んだ。ノックし、都だと分かると鍵を開けた。「なに?」
都「食べない?」
和彦「食べたきゃ、下行くって言ってるのに」
都「そうだけど、お父さん、甘い物好きだから」部屋に入ってドアを閉める。「みんな、お菓子ばっかり持ってくるでしょう?」
和彦「『冷凍しときゃ、もつ』って言ったじゃない」
都「なにもいいでしょう? そんな言い方しなくたって」
和彦「部屋で何か食うのイヤなんだよ」
都「じゃ、お茶だけでも飲みなさいよ。あっ…やぁね、どうして、こうやって床に置くの? 気分悪くないの?」セーターかな?
和彦「悪いけど出てってくれないかなぁ」
都「2~3分でそんなこと言わないの。昼間、勝手に出歩いてるのに」
和彦「出歩いてたから、今、やってるんじゃない?」
都「あらヤダ。ベッドの下にも本があるわ」
和彦「お母さん!」
都「なに?」ベッドの下に手を伸ばす。
和彦「人の部屋、かき回すのやめてよ」
都「だって、何かあったから…」
和彦「あとで取るよ。出てってよ。出てってったら」
部屋を出ようとする都。
和彦「ごめんよ。ちょっとどうかしてるんだよ。お茶はありがたいけど…でも、いいんだよ。あとで下でもらうよ」
都「和彦…」
和彦「悪いけどジャマしないでよ。悪いけどさ」
都「和彦…お母さん、本当は昼間、ベッドの下の本、見ちゃったの。どうしたの? あの本。どうしてあんな所にあるの?」
良子が都を呼ぶ声がする。「川谷さんから電話よ」
都は「はーい」と返事をして、部屋を出て行った。
⚟都「だって、15日は、お兄ちゃんの共通一次だって言ったのにねえ」
⚟良子「私に言ったって知らないわよ」
凧が電線に引っ掛かっている朝。
出勤しようとしている省一。「ああ、渡辺んとこ生まれたかな? あれっきり何にも言ってこないな」
都「うん…」
省一「月末(つきすえ)には岡田がカミさんもらうし、しょうがねえなぁ、金が出て」
都「うん…」気のない返事。
省一「おい、亭主が仕事始めで出かけんだ。もうちょっと景気よく送れ、バカ」ドアを閉めたので、都がドアを開け「いってらっしゃーい!」と声をかけた。
バカとか言ってるけど、語尾につけてるだけで、そんなイヤな感じはしないのよ…ってのは文字だけじゃ伝わりにくいな。
信用金庫
壁には”迎春”と書かれた紙が貼られ、女性職員は晴れ着姿の者もいる…ってのが昭和だね。
丸山「新年あけましておめでとう」
職員たち「おめでとうございます」
丸山「え~、今朝は、まず渉外課長を見ろ、渉外課長を」
省一「はぁ?」
丸山「今朝、最も明るく、意気に燃えてニコニコと現れたのは渉外課長だった」
省一「いやぁ…」
丸山「この笑顔を見習おう。みんなこのようにニコニコして仕事を始めよう」
省一「あっ…いやぁ、アハハ…」
あとからドーンと落とすようなこと言うんじゃないだろうなあ!? 怖いよ。
望月家
出かけようとしている良子に料理用の日本酒を買ってくるように頼む都。2級酒の二合瓶…あと何かあったっけ?と考え込んだが、良子は、もういいと外に出た。
都「あっ、パン! 食パンの7枚切り」
良子「一時(いちどき)に言えばいいのに…」
7枚切りの食パンが存在するのに驚き。
良子が門を開けて出て行った。
都「あっ、スーパーのパンは、やぁよ!」
ってことはパン屋さんで切ってもらうのか。
自室の床にあおむけになっている和彦。
都は玄関の靴をそろえて2階を見上げる。和彦は手を伸ばして写真集をベッドの下に隠し、飛び起きて、都に声をかけた。「どう思ったか知らないけど、あの人、もう関係ないし、会う気もないし、気にしなくていいんだよ。それだけ」
都「和彦。会ったの? あの人に」
和彦「ああ」
都「誰がそんなことを? 誰も知らないはずよ。おばあちゃん死んだし、お母さん、誰にも言ってないし。まさか、あの人があなたに…」
和彦「そうじゃないよ。いいじゃない、もう会わないんだから」
洗濯機の前にボーッと立つ都。
電話が鳴り、都が出た。慌てた明美は代々木の事務の者だと言って、和彦に代わるよう頼んだ。慌てて電話に出た和彦は、はいはいと返事をして電話を切り、こないだのテストのことだと都に説明した。
都「『代々木の予備校』って変な言い方じゃない? 普通なら『代々木ゼミ』とか『駿台予備校』とかそういう言い方するんじゃないの?」
和彦「そんなこと向こうに言ってよ」2階へ。
夜、ダイニング。ハンバーグ作り?している良子と都。
良子「だからキヨミがハラダの悪口言いだすと、みんな、しらーっとしちゃうの」
都「男の子の話ばっかりじゃないの」
良子「あーら、ウチの学校なんてかわいいもんよ。好きな子の悪口言ってるぐらいがせいぜいで実際に何かするってこと、ないもん」
都「当たり前でしょう? 中学1年で何言ってんの」
良子「でもねえ、お母さん知らないけど…」
都「ちょっと黙って」
和彦が階段を降りて玄関へ。「出てくるよ、ちょっと」
都「どこへ?」
良子「だから、怒ったほうがいいって言ってるのよ。このごろ勉強してないわよ、絶対」
和彦は小走りで外へ。
明美「会ってもらえないかと思ったわ」
和彦「いえ」
明美「私、うんと怒ったの。『甘えるのもいいかげんにしろ』って。あの人、口じゃ偉そうなこと言うけど、臆病で自分勝手で人の気持ち分からないのよ。目を治せって言ったら怒るなんて驚いちゃうわよね」
和彦「いえ、僕…」
明美「うん?」
和彦「あのときは、ただ驚いたけど」
明美「そりゃそうよ」
和彦「あとで思うと確かにありきたりなこと言ったと思うし」
明美「だって…」
和彦「僕は、ありきたりだと思うし、周りもありきたりだし、将来もありきたりだし、なんだかあの人が怒りたくなった気持ち分かります」
明美「へえ」
和彦「『病気治してください』なんて決まり文句でそういうこと言ってたし、ホントに僕は、ものを心から本気で考えることなんて、ずっとなかったし、僕は、ちっとも、今、怒ってません」
明美はやっぱり血とかそういうことってあるのかしら?と和彦の発言に驚きを見せた。「あの人のこと、お父さんだなって思う?」
和彦「いえ、そういうことは思いません」
明美「そう」
和彦「僕は今の父が父だと思ってます。10年、ホントに差別なんかなかったし」
明美「そう」
和彦「ただ、ひとりの男として、あの人に会って…ああいう人に会ったことがなかったんで教わったなと思ってます」
明美「そう。喜ぶわ、あの人。しょげてたのよ。『あなたにひどいことした』って」
和彦「目のこと…」
明美「うん?」
和彦「悪いようには見えなかったけど」
明美「そうね。今はまだそれほどじゃないけど。普通、目って、ほら、これくらいの所まで見えるでしょう?」手を顔の脇で振る。
和彦「ええ」
明美「多分、あの人、今、これくらいなの」顔の幅くらいで手を伸ばす。
和彦「えっ?」
明美「少しずつ悪くなってるのよ。あの人、カメラ売り払っちゃったでしょう?」
和彦「ええ」
明美「いろんな理屈言ってるけど、そのせいなのよ。物が二重に見えたりしてるんじゃないかと思うの」
和彦「どうしてお医者へ…」
明美「何度もあちこち行ったのよ。それからぱったり行かなくなっちゃったの。『大きな病院で精密検査しろ』って多分、言われたのよ。行かないのよ、怖いのよ、あの人」
和彦「でも、放っとけば見えなくなるでしょう?」
明美「だから、全然ばかばかしいのよ。頑固でひとりで閉じこもって。私じゃ手に負えないから、あなた探したの。息子とつきあいでもできれば生きる張りもできるかなって。ごめんね」
和彦「いえ」
明美「勉強のジャマ、さんざんしちゃったわね」
和彦「いえ」
望月家
良子「大丈夫よ。お父さん、あんまり強いこと言わないから」
都「ううん、言ったっていいけど」
良子「言えないのよ。お兄ちゃん大きくなったから、お父さん怖いのよ」
都「何言ってるの」
良子「ホントよ」
和彦の部屋
省一「正月だし、多少、外へも出たくなる。いちいち言うことではないんだが、良子がうるさくてな。『お兄ちゃんに甘い』とか何とか。あいつこのごろ少しひがんできたな」
和彦「うん」
省一「年ごろなのかな?」
和彦「うん」
省一「ごく公平にかわいがってきたつもりなんだけどなぁ」
和彦「うん」
省一「変にグレたりしたら困る」
和彦「大丈夫だよ」
省一「フフッ…お前より、あいつのほうがよっぽど心配だ。フフフッ…ジャマした」
和彦は部屋を出ようとした省一を呼び止めた。「お父さん」
省一「うん? 何だ?」
和彦「呼んだだけだよ」
省一「バカ。何言ってんだ」
タバコ屋の公衆電話で電話をかける都。「ええ、そうです。そちらで2年前にお出しになった写真集です」
竜彦の住所を聞こうと出版社に電話したが、社員はインドへ行った、世田谷辺りにいるという噂しか知らず、カメラをみんな売ってやめてしまい、誰も知らないのだと答えた。
パートで仕事している都。
カメラマン「ええ、あの人の仕事はちょっとしたもんだったですねえ」
背後ではブルーバックで全裸の女性の撮影が行われている。10時台ならヌードありなんだ!?
カメラマン「個展の手伝いをしたことあるんですがね。去年の春ごろからかなぁ。仕事どんどん断ってるってウワサがあって。『うつ病じゃないか』って言う人もいたけどねえ」
夜、自転車を押して帰る都。
カメラマン「なんかいなくなっちゃったようですねえ」
男性「ちょっと分かんないなぁ。あの人、大体、つきあいのいいほうじゃなかったからね」
ママ「分かんないわね。ウチへ来てたの? 去年の3月ごろまでかしら」
編集者「いや『写真がもう撮れなくなった』なんて話は聞きましたけどね。しかし、写真なんてのは絵とは違って、ある程度、技術持ってりゃ撮れないなんてことないんですよねぇ。シャッター押しゃいいんだから」
都「どこへ聞けば分かるか、お心当たりありませんでしょうか?」
夜、電話ボックスにいる都。
信代「あんたさ、このごろ、あの人、捜してる人?」
都「ええ、あの…電話で何人かの方に…」
信代「恋人?」
都「そ…そんなんじゃありません」
信代「本当? 『あの声は恋人捜してる声だ』って。みんな言ってるわよ」
都はスーパーで買い物し、袋をいくつも抱えて帰る。
都「ちょっと子供のことでお目にかかりたい用があるだけです」
望月家ダイニング
都、和彦、良子で夕食。
自転車でパート先に向かい、働く都。
和彦は良子を後ろに乗せて途中まで送った。
良子「サンキュー、じゃあね」
和彦「ああ」
良子「お兄ちゃん」
和彦「うん?」
良子「どうしちゃったの?」
和彦「何が?」
良子「少しは笑いなさいよ」
和彦「フッ…バカ」
望月家
洗濯物を取り込んだ都が電話に出た。
信代「あっ、私…分かる?」
都「はぁ?」
信代「『ロマン派』の信代よ」
都「ああ、あの…先日はどうも」
信代は新村明美という、このごろ売れだしたモデルが知ってるかもしれないというので、お礼を言い、電話を切ろうとした信代に明美の電話番号は、どこで聞いたら分かるのか聞いた。
信代「あんた、主婦?」と聞き、「その子に電話かけようなんてダメよ」と注意。「誰も知らないでしょう? 沢田さんのこと。ちょっと前まで景気のよかったカメラマンを誰もどこにいるか知らないっていうのはねえ、自分で消えたのよ。居場所隠してんのよ。電話で教えるわけないじゃない」納得する都に「家庭の主婦って、そういうとこイライラすんのよ!」とガチャ切り。この役が中丸新将さんだったとは!
夜、ダイニング
良子「お兄ちゃん、少し落ち着いてきたんじゃない?」手伝いよくする子だな、偉い!
都「そうね、この2~3日」
良子「やっぱりあさって共通一次じゃ、そうそう浮ついてられないわよね」
都「ホントね、どうしようかと思ってたけど。まあ、何もしなくて済みそうだわ」
良子「世話が焼けるね」
都「ホントね、フフッ…」
自室で勉強している和彦。
竜彦<<ありきたりな…ありきたりなことを言うな! お前らは骨の髄までありきたりだ!>>
電動削り器で鉛筆を削り、じっと見る。
リビング
省一「いやぁ、集めた集めた。あっちこっちに頼んどいたらな、見ろ。12個も集まった」
都「へえ、これ、みんな受験のお守り?」
良子「へえ、強力じゃない?」
省一「ああ、このごろは、どこでもあんだな。これは京都の伏見だ。本社の営業課長が取ってきてくれたんだ」
都「へえ~」
省一「いやぁ、会社でも有名になっちゃってな。お前の共通一次は」
和彦「へえ~フフ…これなら絶対だね」
良子「あっ、気のない言い方」
和彦「…んなことあるかよ」
和彦<<このところ、父に対して、今までになかった感じを受けてしまう。とても他人に思えるのだ。僕とちっとも似てないと思う>>
前回出てきた酒屋の店主と話している省一。
和彦<<そんなことは当たり前で、もっと小さいときに感じてもいいはずなのに小さい僕は、すぐ本当の父のように思ったのだった。きっと本当の父だと思おうと努めたのだ。「打ち解けよう」「父に気に入られよう」と努めたのだと思う。その結果、僕は、あまり面倒をかけない子供になって、随分長いこと、自分を抑えてきたのだと思う。そんなことをこのごろ時々、考えている。「考えている」? 何をしているんだ? 共通一次の前の日に僕は何を考えてるんだ?>>
ノートに自分の思いを書いている和彦。これ、鶴見辰吾さんの字ならかわいいな。
朝、和彦が「いってきます」と手を振る。
都「いってらっしゃい」
良子「頑張って!」
省一「慌てんなよ!」
和彦が歩いていくのを見守る家族。
入学者選抜共通一次学力試験
経営学部}試験場
受験生が集まって、外で受験票を確認したり、和彦も友達と談笑している。
受験生入口の門が開く。
空き地で省一がバットで素振りし、良子がカウントする。70回でクタクタ。「アアッ…ああ、ダメだ。アハッ…弱くなった」しゃがみ込む。
良子「大丈夫?」
省一「アア…」
縄跳びする良子。「あした、腕痛いわよ。やり過ぎよ」
このおぼこい子が鎖でタイマン…
省一「これぐらい何でもなかったんだけどな」
良子「年だもん」
省一「ひでえこと言うなよ。随分やってないからな」
良子「よしてよ、もう!」
省一「和彦が今ごろ頑張ってんだ。こっちも多少つきあわなくちゃな」
良子「あーら、それで頑張ってたの?」
省一「ひがむなよ。お前んときもやってやるから」素振りを続ける。
都が駆けつけ、高校の落合先生から和彦が試験場からいなくなったらしいと電話があったと知らせた。落合先生は大学へ行ってみるという。黒田君という同級生が試験が始まるまでみんな一緒にいて、いざ始まるっていうときにいなくなったと高校に連絡を入れた。
家に戻った省一はすぐ着替え始める。「見つかったとしても1科目目は、もうダメだよな」
都「うん。1科目終わって、その子、高校へ電話してきたっていうから」
省一「先生も高校のほうで待ってないで試験場へ行ってればいいのに」
私も行くという良子だが、省一は車で高校に向かった。
会議室に通された省一。和彦もいた。省一は落合先生に自己紹介し、今日のことを謝った。落合先生は来るのに1本間違えて大学のほうを大回りをして、下の寺の前を通りながら何気なく境内をのぞき、和彦がしょぼーんと木の下にいるのを見つけた。
省一「和彦、どうした? 驚いたぞ」
落合「何も言いたくないようなんですが」
省一「誰かにムリに引っ張っていかれたとか、そういうことじゃないのか?」
かすかに首を振る和彦。落合先生も予想しておらず、誰かにやられたと思っていた。
省一「脅されて言えないとかそういうことじゃないんだな? 事実を言わなきゃダメだぞ。これは一生に関わることなんだ。今日、受けられなかったってことは、少なくとも1年後じゃなきゃ、国立は受けられないってことなんだ。誰かのせいだったら黙ってたらいけない。どうなんだ?」
落合「私も何度も聞いたんですが…」
和彦「ホントに…」
省一「うん?」
和彦「誰のせいでもないよ。僕が自分でしたことだよ」
省一「なぜだ…なぜ、そんなことをしたんだ!? 理由を言え!」
落合「まあ…お父さん。あの…とにかく私立に願書も出すことにしてるんです。今、ここでこのことを追求するよりも私立に挑戦したほうがいいんじゃないでしょうか?」
省一「しかし、理由も分からずに…」
落合「怒ってみても取り返しのつくもんじゃありません。したことは、したことです。立ち直って、私立をなんとかしてみようじゃありませんか」
省一は、あしたの試験は受けて、今日の分は追試とかそういう扱いはできないのか?と落合先生に聞く。770~780点は固いと聞いていた省一は諦めきれず、なんとかチャンスを与えていただけないでしょうか?と何度も頭を下げてお願いした。
帰りの車中、省一は和彦の様子を気にする。
夜、望月家
都が電話を受け、お礼を言っていた。電話を切ってため息をつく。校長先生も随分動いてくれたが「自分の意思でしたこと」だと大学の人に言ってしまったため、今更事故扱いにできなかった。そりゃ、そうだろう。新聞に書かれたりしないように、その点は注意した。
80年っていちばんマスコミがきつそう。
「気を変えて私立を狙いましょう」と言われた都。しかし、省一は理由が分からないんじゃ私立の試験だって投げ出さない保証はない。「そっとしていてやってくれ」といっても、それで済むことではない。「どういうことなんだ?」と首をひねる。
「すみません」と謝る都。「お父さんも良子もあの子の受験には、今日までずーっと気を遣ってくれて大変だったのに肝心な日にこんなことするなんて…」
省一「そんな…水くさいこと言うなよ。お母さんが謝ることはないよ」
都「でも…」
省一「じゃ、良子が悪いことをしたら、俺がお前に謝んなきゃいけないのか? そんなことしてたら、いつまでたっても本当の家族になれないよ」
都「うん…ホントね」
良子が様子を見てくると、和彦の部屋へバット持参でドアをノックした。返事がなくても入っていくと、和彦はベッドであおむけになっていた。
良子「いいじゃない、いいわよ、なにも東大や一橋じゃなくたって、どうってことないわよ」
和彦は、あとでいいからパンかクッキーか何かないかと聞いた。おなかすいたの?とあきれる良子。和彦は、あんなことしてパクパク食っちゃ悪いと気遣っていた。
良子「安心した! どうなっちゃったかと思ったんだから。口利かないし、頭おかしくなっちゃったかと思った」
フフッと笑う和彦。
良子は和彦のすぐわきに寝っ転がり「ホントはなに? どうしたの?」と聞く。
和彦「まいったよなぁ」
良子「うん?」
和彦「これで国立パアだもんな」
良子「何言ってんの? 自分でしたんでしょう?」
「ホントはどうしたの?」と追及する良子だが、「分かんない」と答える和彦。「ただ…俺が試験受けないなんて誰も思ってなかったろう? 俺だって思ってなかった。試験を受けるに決まってるって、みんなが思って、ほかのことをするなんて夢にも思ってなくて…」
良子「当然でしょう?」
和彦「でも、やろうと思えばできるんだよな」
良子「うん?」
和彦「みんなとすごく違うことしようと思えば、できるんだ」
良子「何言ってんの?」
和彦「俺はそんなことしないタイプだと思ってたし、ずっとまあまあの線で、そんな変わったことしないで生きていくと思ってたけど…」
竜彦<<お前らは骨の髄までありきたりだ!>>
和彦「ありきたりじゃ…ないわけよ」
「熱とか測った?」とおでこを触る良子。
和彦「ないよ」
良子「どうするの? これから…私立、受ける? 受けなよ、ねっ? ねっ?」突然、和彦をくすぐる。
ダイニング
省一「何かあったんだろうなぁ」
都「ええ…」
省一「気が散りだしたの暮れからだろう?」
都「ええ…」
省一「何があったんだろう?」
都「ええ…」
都は道行く人に道を聞きながら「グレドール・コマザワ」を探す。いつものカジュアルな格好ではなくきちっとしたスーツにハイヒール。エレベーターに乗り、305号室の新村の部屋のドアのインターホンを押す。しかし、何度か押しても無反応だったため、帰ることにし、エレベーターのボタンを押す。
エレベーターから降りた男の後ろ姿を振り返って見つめる都は、インターフォンを押す男に声をかけた。「沢田さん。しばらくです」
竜彦「ああ…しばらくだね」(つづく)
次回予告
竜彦「俺は何度も頼んだ。しかし、あんたは、おろさなかった」
都「子供が欲しかったの」
竜彦「掃除して、洗濯して、メシ作って、退屈な亭主と暮らして幸せなわけがないじゃないか」
都「幸せだわ! これ以上、和彦に会ったらただじゃおかないわよ!」
ご期待下さい
ありきたりってそんな悪くないと思う…最初は「それぞれの秋」っぽく、だんだん「沿線地図」の流れに…


