徒然好きなもの

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【ネタバレ】早春スケッチブック 第5回

フジテレビ 1983年2月4日

 

あらすじ

竜彦(山崎努)と十八年ぶりにあった都(岩下志麻)は、和彦(鶴見辰吾)が共通一次試験を受けなかったのは竜彦の影響だとし、二度と和彦に逢わないでくれ、という。 竜彦は勤め人との平凡な家庭の平和なんてごまかしだ、昔の都をはそうじゃなかった、とそそのかすが、都はピシャリと竜彦を突き放して帰る。

2025.3.13 日本映画専門チャンネル録画

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竜彦<<お前らは骨の髄までありきたりだ!>>

 

竜彦が投げつけたもので窓ガラスが割れる。

 

リビングのソファで寝ていた省一があくびしながら起きる。<<アア…テレビも面白くねえな。あ~あ、体、なまっちまった>>

 

和彦<本当の父からありきたりだと言われて、そういう目で見ると我が家の生活は実に何もかもありきたりに見えた。共通一次試験の1日目に僕が突然、試験場から出てしまったのは「僕は、ありきたりじゃないぞ」と本当の父に言いたかったためかもしれなかった。母は、その事情をうすうす察し、長い間、会うことのなかった僕の本当の父に会おうとしたのだった>

 

都<<沢田さん。しばらくです>>

竜彦<<ああ…しばらくだね>>

 

脚本:山田太一

*

音楽:小室等

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プロデューサー:中村敏夫

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望月都:岩下志麻…字幕黄色

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望月省一:河原崎長一郎

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望月和彦:鶴見辰吾

望月良子(よしこ):二階堂千寿

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大沢誠:すのうち滋之

三枝多恵子:荒井玉青

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沢田いづみ

古賀プロ

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伊沢:久米明

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スナックのママ:根岸明美

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新村明美樋口可南子

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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色

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協力:相模鉄道

   いすゞ自動車

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写真提供:倉田精二

     「フラッシュアップ」

          (白夜書房 刊)

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演出:富永卓二

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製作・著作:フジテレビ

 

客のいないスナックに入った竜彦。「やってますか? こんにちは」

奥からママが返事をしたので、竜彦はドアを開けて都を店に入れた。水の流れる音がして出てきたママは「すみません、お待たせして」とカウンターに入った。

竜彦「よく手ぇ洗ってよ」

ママは「よく洗います」と笑う。竜彦は都にも聞いてコーヒー2つ注文。

 

ママ「ハァ…ただいま…まあ、昼間は1人なもんですからね。ホントに…ア~…ちょっとも空けられないもんだから」

 

タバコを差し出す竜彦に首を横に振る都。

 

水を運んできたママに「一度、夜、来たことがあってね」と話しかける竜彦。ママは夜は旦那と2人でやっていて、昼は勤めに出ていると話す。竜彦は「いい男だったなぁ」と褒めると、年は同じだが、主人は若く見られるもんだから私がいつも若いの捕まえたみたいに言われて…と笑う。

 

「二人の世界」のスナックトムも開店して何年か経ったら、夜中までの営業をやめて、昼だけの喫茶店になったのか、それとも夕方から開けるスナックになったのかなんて、今でも思うことがある。それくらいスナックってよく昭和ドラマに出てくる。

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都「和彦とどうやって会ったんですか? 今更、会う資格なんかないでしょう?」

竜彦「ああ」

 

コーヒーを作っているママ。

 

都「何だっていうの? 18年もたって」

タバコを吸う竜彦。

都「受験の真っ最中に動揺して迷惑してるわ」

タバコの煙を吐く竜彦。

都「『ありきたり』とかそういうこと言ったんでしょう?」

竜彦「どうして?」

都「あの子がそんなふうなこと妹に言ったの。すぐピンと来たわ。あなたのお得意のセリフだったもの。『あいつは、ありきたりなヤツだ』『あの男は、ありきたりじゃない』よく言ってたもの。『ありきたりな受験なんかやめろ』とでも言ったんですか?」ため息をつく。「いい年して、まだそんなこと言ってるの?」ため息。「幸せになんとかやってるの。ジャマされたくないの」

うなずく竜彦。

 

都「もう会わないでくれるわね?」

竜彦「ああ」

都「それだけはっきり確かめておきたかったの。さよなら」立ち上がる。

竜彦「コーヒー飲むぐらいいいじゃないか。せっかく入れてるんだ」

席に戻った都をじっと見つめる竜彦。

 

都「フッ…相変わらずね」

竜彦「うん?」

都「女性の部屋の前で会うなんて」

竜彦「いや、内情は、ひどいもんでね。しかし、ホントにしばらくだ」

都「ええ。そんなに見ないで」

竜彦「いいじゃないか」

都「老けるの当然でしょう?」←おばさん感は、ないよなぁ。

 

竜彦「旦那は信用金庫だって?」

都「ええ」

竜彦「面白い人?」

都「面白いとか、そんなことで結婚しないわよ」

竜彦「どんな人、選んだかな?」

都「和彦がいたのよ。選ぶとか、そんな結婚じゃないわ」

竜彦「しょうがなし?」

都「そうじゃないけど…和彦のこと大事にしてくれる人じゃなきゃ困るでしょう? いい人だし、幸せにやってるの」

竜彦「そう。それは結構だ」

 

都「なんて言い方」

竜彦「ああ?」

都「結構だなんて思ってもないくせに」

竜彦「そうかな?」

都「あなたの考えてることぐらい分かるわよ。『ありきたりのつまらない男の女房になって何が幸せなもんか』って」

竜彦「つまらない男なの?」

都「そうやって人の気持ちをかき回すの、ちっとも変わってないわね。その手で和彦にも何か言ったんでしょう? あの子はね、共通一次の試験を試験場まで行って受けないで帰ってきたのよ。そんなことする子じゃないのよ。素直で成績もいいし、そんなバカなことする子じゃなかった。あの子にしてみれば…実の父親が突然現れて、何か言って…動揺したんだわ、きっと。思い当たんじゃない? あなたには言葉の遊びでも、あの子には一生が懸かっているの」

 

竜彦「俺のせいかどうか聞いてみたいね。俺ごときがそんな影響を与えるとは思ってもいなかった。ほう」少し頬が緩む。

都「喜んでるの?」

竜彦「いや」

都「共通一次を受けなかったのよ」

竜彦「大変なこと?」

都「ハァ…当たり前じゃない? 少し大げさに言えば小学校のころから、あの試験を受けるために勉強してきたようなもんよ」

竜彦「そう」

都「大学が違えば、入る会社だって違うし、そうすれば一生のことじゃないの? あの子に何を言ったんですか?」

 

竜彦「横浜で…」

都「横浜?」

竜彦「風を切って歩いてた都さんが…」

都「そんなこと聞いてないわ」

竜彦「子供をいい会社、入れたいか?」

都「二十歳のころと同じじゃないわ」

 

竜彦「県庁の前の通りでキスをしたことがあったね」

都「忘れた」

竜彦「通勤してくる連中がびっくりして、よけたり、テレて笑ったりした」

都「つまらないことしたわね」

竜彦「そうかな?」

都「訳もなく勤めてる人をバカにして…バカにする資格なんて私たちにはなかった」

 

竜彦「ああいう連中は本当には生きていないという気がしていた。幸せだと思ったり、マジメに生きてると思ったり、いい人間だと思ったりしている。しかし、本当に幸せかといえば、ただ、自分の中の不幸を見ないふりをしてるだけ。マジメにいきてるつもりが実は成り行きで生きてる。ほかのことをする活力がないだけ。いい人間のつもりが流れから外れたヤツには平然と冷たかったりする」ため息をつく。「そういうことにあのころは敏感だった」

都「自分のことを棚に上げてね」

竜彦「いや、努力して、みんなより生き生き生きようとしていた」

都「生き生き、私から逃げ出したわけね。子供ができたと聞いて慌てて…フッ…よくきれいなこと言ってられるわね」

 

竜彦「そうかな? あれでも俺は努力して気を励まして、あんたから逃げ出したんだ。あんたにホレてたからね」

都「フッ…便利ね、口は」

竜彦「『2人で子供を育てよう』ともう少しで口から出そうだった。しかし、あのころの俺は子供とあんたを抱え込んだら、撮りたいものを勝手放題、撮ってるわけにはいかなくなる」

都「その分、成長したわよ、きっと」

 

竜彦「俺は何度も頼んだ。しかし、あんたは、おろさなかった。なぜだ?」

都「子供が欲しかったの。ホント言って、あなたなんかどうでもよかった」

竜彦「ウソだ…産むと言い張れば、俺を引き止めておけると思ったんだ。子供は脅迫の種だった」

都「何を言うの?」

竜彦「あんたが子供をかわいがる柄かい?」

都「かわいがったわ。立派に育てて…その子にあなた、会いたがったんでしょう?」

 

竜彦「『立派に育てた』か。しょうがなしに育てたんだろうが」

都「なぜそんな言い方するの?」

竜彦「ホントだからさ」

都「どうして分かるの?」

竜彦「俺は、あんたをよく知ってる。赤ん坊を抱きたくて子供を産むような女じゃない。もっと自分中心の女だよ」

都「よくも、そんなこと…」

 

竜彦「亭主と子供と幸せに暮らしてるだと?」

都「何が悪いの?」

 

大きな声にママもびっくり。てか、コーヒー出てくるの遅い。

 

竜彦「掃除して、洗濯して、メシ作って、退屈な亭主と暮らして幸せなわけがないじゃないか」

都「幸せだわ!」

竜彦「だったら、自分をごまかしてるんだ。思い込もうとしてるんだ」

都「バカげてるわ。二度と和彦に会わないでちょうだい!」立ち上がる。

 

竜彦「もし、あんたが…」立ち上がり、店の出入り口の前に立ちふさがる。

都「どいてちょうだい!」

竜彦「もし、あんたが自由に生きてたら、恐らく今の10倍は、きれいだろうぜ」

都「どいて!」

竜彦「亭主への不満、子供や金の心配、退屈・ヒステリーが顔にこびりついてる」

都が竜彦の股を蹴る。

竜彦「オッ…」

都「ママ、ごめんなさい」

 

竜彦「あいたぁ…」

 

お盆にコーヒーを載せているママもびっくり。

 

竜彦「アアッ…やりやがった」とぴょんぴょん飛ぶ。

 

カウンターに座り直した竜彦。

ママ「強い人」

竜彦「そうだろう? フフッ…あんなのが信用金庫の亭主と幸せだなんて笑わせるぜ」

 

スナックのママ役の根岸明美さんは「3年B組 金八先生」第1シリーズ、宮沢保のクラスメイト、屋島みゆきの母・勝子も演じていた。へえ~。

 

ハンドバッグを肩に乗せ、風を切って歩く都。

 

望月家

省一「いや、いろいろ聞くとさ共通一次ってのは、相当、問題があるらしいな」

和彦「うん」

省一「『国立は、あの試験でダメになる』って説もあるらしいぞ。私立に面白いヤツがみんな行っちまってさ。『これからの世の中でのしていくヤツは私立の2~3流だ』って本気で支店長、ぶってたぞ」

 

省一の着替えを見つめる和彦が面白い。

 

都「お父さん! お風呂、いいですよ」

省一「はいよ! いやぁ、あんなもん、受けなくてよかったかもしれないな。私立で頑張りゃいいよ」ステテコ姿で風呂場へ行き、今度は都と話している。「今日は、お前…帰る前に支店長と渡辺と預金係長と共通一次大議論だよ、ハハッ…」

都「受けなかったって言ったの?」

省一「いや…お守りもらっちゃったからさ。『ちょっと体の具合、悪くした』って」脱衣所で和彦のほうを見る。「うん、大丈夫、大丈夫! そのほうがいいぐらいだって。ヘッ…大変だよ、みんな」

都「そうよね。受けたって浪人する子、たくさんいるんだし」

省一「そうだよ。とにかく気にしないこった。ハハッ…お父さん、今日は、みんなに励まされちゃってな。まるで俺が受けるみたいだったよ」風呂に入った。

 

大学共通第1次学力試験は1979年1月~1989年1月までの11年11回行われ、以降は大学入試センター試験に移行。受験の申し子・爆笑問題の田中さんは、この世代か~。

 

都「頑張って、どっか受かっちゃって! 落合先生も『早稲田ぐらいなら十分入れる』って言ってるし、それなら大威張りじゃない?」←早稲田”ぐらい”なの~?

 

和彦は無言で自室に戻った。洗い物をしていた都が追いかけ、部屋に入って来た。「お父さん、いい人じゃない? ホントに心配してくれてるわ。私立は授業料高くて大変だけど、そんなこと、おくびにも出さないし、ああいうお父さん裏切るのよくないわ。結果はどうあれ、今度は本気で受けて。いいわね?」

窓の外を見ながらうなずく和彦。

都「それだけ」部屋を出て行った。

 

洋館を訪ねた和彦。

 

竜彦はカメラの手入れをしていた。

 

⚟和彦「こんにちは」

 

竜彦は驚く。

 

何度も玄関で「こんにちは!」と声をかける和彦は「ごめんください」とドアを開けた。

 

竜彦「ダメだ、ダメだよ。あんたのおふくろさんに約束しちまってな。もうあんたと会わないって言っちまった」

 

和彦「母と会ったんですか?」

 

竜彦「ああ、会った。あんた、共通一次、放っぽらかしたんだってな? そんなことするなよ。親不孝するな。俺は、あなたに『しっかりやれ』って言ったんじゃないか。『大学受けるな』なんて、そんなこと言った覚えないぞ」

 

和彦「そうかもしれないけど、ここへ来なかったら、僕、あんなことしなかったと思います」ドアを閉め、「ちょっと上がります」

 

竜彦「おい、俺は…」和彦の顔を見てほほ笑み、「ナイショだ」

和彦はうなずく。

竜彦「この部屋…天気がいいと、よく日が入ってな、暖かい。かけろよ、ここへ」

和彦「僕は着てるから、そちらがかけてください」

竜彦「そうかい? 実を言うと、ここ以外は寒いんだ。あっ…ドア閉めるか?」和彦はドアを閉めたが、立ったまま。「どうした?」

和彦「ええ…」

竜彦「試験投げ出しちまっちゃ大変だったろう? かけろよ」

 

和彦は布のかかったソファセットの竜彦の斜め前のソファに座る。

 

竜彦「お母さんに怒られたか?」

和彦「いえ」

竜彦「あの人は怒ると、すごいからなぁ」

和彦「カメラ持ってなかったんじゃなかったんですか?」

 

竜彦「ああ、実は、ゆうべから猛然と撮りたくなってな。さっき、金かき集めて質流れ買ってきたんだ」

和彦「何を撮るんですか?」

竜彦「うん…」

和彦「何ってことは、ないかもしれないけど…」

 

竜彦「いや…大いに何ってことはあるんだ。どうしてた?」

和彦「ええ」

竜彦「思いきったことしたもんだ」

和彦「いえ…」

竜彦「そんなことする子じゃないって、お母さん言ってたぞ」

 

和彦「母はどうして?」

竜彦「ひどく怒ってた。二度と会うなと言われた。そんなに影響を与えたかな?」

和彦「僕は試験を投げたとき、すごく大変なことをしちゃったと思いました」

竜彦「うん」

和彦「これで僕は随分、普通の人とは違う生き方をすることになるだろうって」

竜彦「うん」

和彦「でもみんな『大したことじゃない』って言うんです。『私立を受ければいい』って。『やったことは忘れて、いい私立へ入れ』って励ましてくれます」

竜彦「そうか」

 

和彦「誰もどうして試験を投げたかなんて聞きません。ただ『忘れろ』って」

竜彦「まあ、それが大人ってもんだ。コースから外れかけたら、コースへ戻すことが先決だからな」

和彦「これで私立へ入って、どっかの会社へ就職するなら、共通一次を投げたって、確かに大した意味はないし、多分、そうなるような気がするんだけど」

竜彦「それでいいさ」

和彦「ホントにいいと思ってますか?」

竜彦「俺がどう思おうといいじゃないか」

和彦「そりゃそうだけど。『お前らは、ありきたりだ』って言われたの、こたえたんです。本当にありきたりだなと思って。試験場で大勢の学生が、みんな同じようにいい大学入ろうとしているのを見ていて、なんだかみんなと違うことを心からしたくなったんです。そういうのは、ただ、どうかしてたってだけのことでしょうか? 『どうかしてたんだ』って忘れて、私立を一生懸命受験すればいいんでしょうか?」

 

竜彦「ほかにどうする?」

和彦「えっ?」

竜彦「受験しないで何をする? 高校だけで、どっかへ勤めるかい? だからって格別、変わった生き方ができるってもんでもないだろう。大切なのは、一見、みんなと同じでも実は、周りのみんなより、ずっと生き生き生きてるかどうかだ…というのは建て前でな、実は訳もなく、俺はみんなと同じじゃイヤだってところがある。素直でいい子のあんたも多少、遺伝しちまったかもしれない」突然、よっ、と右手を上げる。「やってみな」

 

和彦「えっ?」

竜彦「よっ…やってみな」

 

和彦が戸惑いながら右手を上げると、竜彦は左手も上げた。

 

竜彦「♪アリャアリャ アリャサ アリャアリャ アリャサ」左右の手先を振って、踊る。「どうした? やってみな」

 

和彦「あの…」

竜彦「ハハッ…普通の人間は、こういうことは、しない。そういうことをやってみるんだ…すると、その分、魂から、こわばりが取れる。こんなバカなことができるかと思ってるのは、ありきたりってもんだ。やってみろ、やってみろ、理屈じゃないんだ。やってみりゃ、あんたが小さくまとまってたことがよく分かる」今度は、さっきの節を大声で歌い出す。「自分を少し滑稽な立場に置いてみる…すると、気取ってたことがよく分かる。こんなこと、ひとつでも人のやらねえことをやると気持ちが広がってくる。やれやれ! やれやれ!」

和彦も立ち上がって、一緒に踊ってみる。

 

夜、望月家

電話が鳴り、良子が出た。「はい、望月です」

竜彦「ああ…」

良子「『ああ』?」

竜彦「いや…お母さん、いるかい?」

良子「どちらさまですか?」

竜彦「沢田だ」

良子「お母さん、感じの悪い電話」

 

台所仕事していた都が慌てる。「そんなこと、おっきな声で言ったら聞こえるでしょう?」

良子「沢田だって」

 

都は覚悟して電話に出る。「もしもし」

竜彦「切らないでくれ。本気で頼みがある。半年前、俺はカメラを捨てた。いや、正確には売り払っちまった。しかし今、猛然と撮りたくなった。あんたを撮りたくなったんだ」

都「勝手なこと言わないでください」ガチャ切り。

 

良子「何なの? 誰なの?」

 

都はガスに火を入れ、鍋をかき回す。

 

和彦、帰宅。「ただいま」

都は大きな声で「お帰りなさい!」と返す。

 

良子「何なの? 誰? 沢田って」

都「いいの。勝手なヤツ。セールスマン」

良子「何の? 何のって…今更、私たちに何しようっていうのよ」

 

玄関に立っていた和彦は両手を上げて「♪アリャアリャ アリャサ」の舞を踊る。

 

昭和五十八年度

経済学部入学試験会場

 

省一「どうだ? 別に何もないか?」

都「ええ、今のところ」

 

店先の公衆電話で電話している省一。「じゃ、大丈夫だ。ちゃんと受けてるさ」

都「ええ」

省一「頼んだの、3人だろう? 何かありゃ、誰かが電話くれるさ。今度は、ちゃんとやってるさ」

都「ええ、そう思ってるけど。良子も心配して二度ほど電話よこしたわ」

 

友達と別れた良子が「あした返すね」とレコードを持って走って帰っていると、帰り道の階段の上に多恵子がいた。

 

良子「私?」

うなずく多恵子。

良子「今日は困るわ。早く帰りたいの」

階段を下りてくる多恵子。

良子「なに?」

多恵子「来な」

良子「イヤよ」

にらみつけながら良子に近づく多恵子。

 

茶店…和彦と入った店だね。

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ウエートレスがケーキ1つとコーヒー2つを運んできた。「ケーキはどちら…」

多恵子「そっち」と良子を指す。

 

ケーキとコーヒーを置いたウエートレスが去る。

良子「どういうこと?」

多恵子「やんなよ」=食えよ

 

良子「どうして?」

多恵子「好きだろう? どうせ」

良子「好きだけど…どうしてここで食べんのよ? 分かんないじゃない。太らせようっていうの? そうはいかないわよ」

多恵子「バカ」

良子「何がバカよ。私、ずっとダイエットしてるもん。ケーキなんか、ここ半月以上、食べてないんだから。これ、ひとつぐらい食べたって太らないわよ」

多恵子「…だったら食やぁいいだろう?」

良子「やぁよ、意味分かんないもん」

多恵子がにらむ。

良子「なによ?」

 

多恵子「受験、行ったのかよ?」

良子「受験?」

多恵子「お前の兄貴だよ」

良子「それがなによ?」

多恵子「ツッパるんじゃねえよ! 素直に答えろよ!」

 

大きな声に店にいた客やウエートレスが見ている。

 

良子「行ったよ…受験、お兄ちゃん」

多恵子が手を伸ばすので、びくっとする良子だったが、多恵子はシュガーポットのふたを開け、自分のコーヒーに砂糖を入れた。「いくつ?」

良子「えっ?」

多恵子「砂糖は、いくつ?」

良子「あっ…いいわ」

多恵子「いいよ」

良子「いいの。私、ダイエットしてるから」

 

多恵子はふたを閉め、コーヒーをかき混ぜる。

良子「どうしてお兄ちゃんの受験のことなんか?」

多恵子「そんなによ…」

良子「えっ?」

多恵子「ダイエットすることねえよ。ちっとも太ってねえじゃねえか」

良子「そうじゃないの。私、下半身デブなのよ。脂肪がすぐ下りてっちゃうの」

多恵子が笑い出し、良子も笑う。

 

な、なに、この2人、かわいすぎるっ! そして、良子は全く太ってない。

 

望月家

大沢「ええ、どうもおジャマしました」

都「どうもありがとう」

和彦「じゃあな」

良子「さよなら」

大沢「それじゃ、失礼します」玄関ドアを閉めた。

都「さようなら」

 

望月家玄関

良子「人がいいねえ、あの人」

都「そんな言い方するんじゃないの」

良子「悪口じゃないもん。お兄ちゃんなんか絶対、心配しないよね。人の受験なんか」

和彦「うるせえよ」2階へ

良子「だって、そうじゃない? 人が受験したかどうか心配しっこないわよね」

 

寒々しい道端のベンチに座ってタバコを吸う多恵子。

 

洋館のダイニング

明美「帰ってこないねえ」

和彦「ええ」

明美「ここ、一歩も出ないようなこと言ってたくせに。家(うち)に2~3度来たらしいのよ」

和彦「へえ」

明美「私、急に仕事でカナダに8日間行ってたの」

和彦「へえ」

 

明美は和彦にミルクを出す。「ジャマみたいなこと言うから、放っとくと寄ってくるよ」

和彦「フフッ…」

明美「強がりばっかり言ってるくせにね」

 

和彦「僕なんかよく分からないけど…」

明美「うん?」

和彦「恋人とか、そういうことなんですか?」

明美「フッ…」

和彦「そうだと思うけど…」

 

明美「私のほうは好きなわけ」

和彦「でも、向こうもそうやってお宅へ伺うくらいなら」

明美「ひとりでしょう?」

和彦「えっ?」

明美「今、こんなとこにいて、ほかに女できようがないからね。私で間に合わせてるのよ。性欲なのよ」

和彦「そんな…」

明美「まあ、こっちはホレてるからしょうがないけど」

和彦「そうかな?」

 

明美「どうなの? あんたは」

和彦「えっ?」

明美「ひどいこと言われて、よく来るじゃない」

和彦「ええ」

明美「来たい?」

和彦「ええ…やっぱりいろんなことをどんなふうに思うか聞いてみたくて」

明美「口うまいからね」

和彦「いえ」

 

明美「やなヤツでシャクに障るけど魅力もあるんだよね」

和彦「フフッ…」

 

明美は竜彦の帰宅に目ざとく気付く。和彦は全く気付かないが、明美はホレてると聞こえるのよと笑い、部屋を出て、竜彦を出迎えた。竜彦はスーパーへ買い出しに行っていた。

 

明美「ふーん…息子、来てるのよ。いらっしゃい、坊や」

竜彦「そりゃいいや。3人なら鍋で1杯やろうじゃねえか」

明美「いいわね、やろうやろう。ハハッ…」

和彦が玄関に顔を見せると、竜彦は「よく来た」と歓迎したが、「ナイショだろうな? おふくろさんに」と厳しい顔になる。

和彦「はい」

明美「そうだって」 

竜彦「よーし、じゃ、これ全部ぶち込んで大騒ぎだ!」

明美「わぁ!」

 

ラジカセでヨーデルが流れ、竜彦と明美がダイニングで踊っている。和彦が手拍子をしながら楽しそうに見ていた。

 

望月家

ソファで眠る省一を「お布団のほう行って」と起こす都。11時20分。省一は和彦が帰ってこないのを気にしていた。「ハァ…もうダメだ。眠いよ」

都「しょうがないわぁ」

 

都が寝室に入り、省一の掛布団をめくる。「連絡もなしにこんなことする子じゃなかったのに」

省一「あんまり言うなよ。今までが出来過ぎだったんだ」

都「ほかのときならいいけど、よりによって受験の真っ最中に」

省一「大丈夫だよ。あいつはバカじゃないから」布団に寝た。

都が省一の羽織っていたカーディガンを畳んでいると、鍵の開く音がした。

 

玄関に入り、鍵をかけ、ボーっとしている和彦。都が「おかえり」と声をかけると、「ただいま」と返事をし、そのまま2階へ行き、「あしたにしてよ」と自室に入り、鍵をかけた。

 

都が部屋の前に行くと、ドアが開いた。「なによ? 小学生じゃないんだから」またドアを閉めた和彦にノックする都は、和彦の部屋に入った。

 

和彦「ハァ…なにさ?」

都「どこで飲んだの? うん?」

窓を開ける和彦。「ちょっとしたとこだよ」

都「寒いわ、閉めて」

窓を閉める和彦。

都「だいぶ飲んだの? 玄関でにおったわよ。こんなこと初めてじゃない?」

和彦「いいじゃない、別に」

 

都「いいわよ。普通のときなら、お母さん、何にも言わないけど、でも、今、お酒飲むときじゃないんじゃない? 一次がやっと1回済んだだけじゃない? そういうときにお酒飲むのよくないわよ」

和彦「今日だけだよ。ワーッてハメ外すときがあったっていいんじゃないかな」

都「受験中に…」

和彦「うちなんか、いつだってビクビクしてるじゃない。1回だって心からワーッて騒ぐことないじゃない。旅行したって『ここは高い』とか『ぼられた』とか、そんなことばっかり言って、1日思いきって遊ぼうってときだって、お父さん、半分は、はしゃいでないし、ちょっと何かやろうとすると『よせ』って言うし、『ハンググライダーやらせてやる』って佐古さんが言ったときだって、『危ない、危ない』って、とうとうやらせなかったし、いつもなんかケチケチしてて、『今日は思いっきり』なんてこと1回だってなかったじゃない。ワーッて騒ぐと、よく分かるよ。縮まって生きてたの、よく分かるよ。1000円と800円の物があれば、必ず『800円の物にしろ』って言うし、松竹梅とかあれば、梅か竹で特上なんて取ったことないし」

都「お金のことで、そんな…」

和彦「お金のことを言ってるんじゃないよ、気持ちだよ。そんなこと分かるでしょう? ある日はイモ食べて、ある日はワーッて贅沢するってことがないんだ。いつだってほどほどでビクビクしてて、一応、体裁作って…」

 

都「よして! 言いたいことは分かるけど、そんなふうに言うの、感じよくないわ。そりゃ、お父さんハメ外すところないし、お母さんも不満なときがないわけじゃないけど、でも、お父さんなりに、そこらのお父さんより、よほどあなたのこと親身に…」

和彦「いつだって、そうだ」

都「どういうこと?」

和彦「いいお父さんだよ。びっくりするぐらい本当のお父さんみたいだよ。世話にもなってるよ。だけど、何にも言っちゃいけないのかな? 『お父さんに合わせろ』『お父さんが気を悪くする』『お父さんが喜ぶ』『お父さんを裏切るな』」

 

都「そんなこと18にもなって言うことじゃないでしょう?」

和彦「しょうがないよ。今、そう思うんだもの」

都「誰と飲んだの? 誰とハメ外したの?」

和彦「友達だよ」

都「どういう友達? 受験の最中にそんな人いる?」

和彦「いるさ! いくらだっているよ。みんな僕みたいにおとなしかないよ」

 

電車に乗っている都。

 

都<<もしもし>>

竜彦<<ああ、俺です。切らないで。たちまちすげなくされちまったんだが、まだ諦めてないんだ。写真に撮られてくれないかね? もしもし? この間、あんたを十何年ぶりに見て…>>

都<<どこへ行けばいいかしら? 会いたいと思ってたの>>

 

洋館へ来た都が門扉を開けて入ると、シャッター音がする。顔を隠す都。「よしてよ」

かまわずシャッターを切り続ける竜彦。

都「やめてって言ったら、やめてよ!」

 

都「いいかげんにして!」とハンドバッグで竜彦の頭をたたいた。「勝手なことしないでよ」

竜彦「これがまず最初の写真。昔撮ってたのが残ってりゃいいんだけどね。みんな捨てちまった。なにも君の写真を特別捨てたわけじゃない。ネガというネガ、みんな捨てちまった。あのころの写真が残ってりゃ、今のと並べるだけでもちょっとしたもんになる」家の中に入っていく。「上がったら閉めてくれ」

 

リビング

竜彦「あんたを歓迎してね、初めて家具のカバー取ったよ。ほら、白いきれがみんな掛かってたんだ。ハハッ…さあ、来てくれ。こっちだ、上がって左だ」カメラを構えて、都が入ってくるとシャッターを切る。「よして、やめてよ」

 

竜彦「いいよ、もう撮らない。ほら、カメラ、ここ置いたよ」

階段下にとどまる都。「写真撮りに来たんじゃないわ」

竜彦「来てくれ」

都「和彦にお酒飲ませたの、あなたね? あなたね?」

竜彦「そうだ」

都「ずるいじゃない。もう会わないって言ったはずじゃなかった? 私たちをどうしようっていうのよ? どうもさせやしないわ。あなたなんかにかき回されてたまるもんですか。これ以上、和彦に会ったら、ただじゃおかないわよ! 私も二度と会う気ははいわ。それだけ、はっきり言いに来たの。じゃ」玄関を出た。

 

都を追いかける竜彦。「都、そんなこと言うなよ。助けてくれ」

 

都は、そのまま家を出たところで男に声をかけられた。「あっ、実は私…この地区の民生委員の伊沢と申す者ですが」

 

伊沢から重大なことを抱え込んでいるので、そこらの喫茶店までお願いしますと頭を下げられた。

 

玄関先に座り込む竜彦。(つづく)

 

次回予告

竜彦「和彦の本当のお父さんだ。この人の昔の男だ」

良子に言ってるー!

都「ウソよ、全部ウソ! 出まかせ!」

竜彦「なにも隠すことはない。それぐらいで壊れちまう、やわな家じゃないんだろう?」笑い出す。

 

ご期待下さい

 

良子に知られる!? はぁ~!? 省一がいい人なのでなんかつらいね。