徒然好きなもの

ドラマの感想など

【ネタバレ】🈡早春スケッチブック 最終回

フジテレビ 1983年3月25日

 

あらすじ

竜彦(山崎努)をたずねた都(岩下志麻)が深夜まで帰らない。 車を走らせて西洋屋敷に駈けつけた省一(河原崎一郎)は、竜彦に膝枕をさせて坐っている都をみた。 都は驚かず悪びれず竜彦を抱いていた。 怒って省一は家へ連れ帰るが、待っていた和彦(鶴見辰吾)と良子(二階堂千寿)の前でとりつくろおうとする省一にかまわず、 都は「あの人を抱きしめていたの」と卒直にはなす。

2025.3.14 日本映画専門チャンネル録画

peachredrum.hateblo.jp

竜彦<<飲もうよ。一度ぐらい飲んだくれたっていいじゃないか>>テーブルを拭く都の手を握る。

 

車を走らせる省一。

 

脚本:山田太一

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音楽:小室等

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プロデューサー:中村敏夫

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望月都:岩下志麻…字幕黄色

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望月省一:河原崎長一郎

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望月和彦:鶴見辰吾

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望月良子(よしこ):二階堂千寿

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三枝多恵子:荒井玉青

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恩田恵美子

青木かずもり

古賀プロ

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新村明美樋口可南子

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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色

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協力:相模鉄道

   いすゞ自動車

   八千代信用金庫

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写真提供:倉田精二

     「フラッシュアップ」

          (白夜書房 刊)

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演出:富永卓二

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製作・著作:フジテレビ

 

省一の車が洋館に着いた。玄関に転がるハイヒール。省一は玄関を入り、明かりのついている応接間まで忍び足で歩き、そっとドアを開けた。都の膝枕で眠る竜彦。

 

ニッコリ笑う都。「眠ってるの」

省一「『眠ってる』って…何だ? それは。それは何だ? 人の女房がすることか?」

都「うん、分かってるけど…」

省一「離れろ。そこの2人、離れろ!」

竜彦が起き、手で顔を覆う。

省一「一体、何のマネだ? 眠って…人の女房の膝枕で眠って」

竜彦「すまない」

都「何もなかったのよ」

 

省一「何もなかったことがあるか! 現に今…抱き合ってたじゃないか。お前、そいつの頭を手で…まるで、もう…」

竜彦「私が悪い。ムリに『いてくれ』と頼んだ」

省一「どこ行った?」

都「『どこへ』?」

省一「和彦や良子は心配して何度も電話をかけてたんだ」

都「ええ」

竜彦「私が『出ないでくれ』と頼んだ」

省一「『出ないでくれ』?」

竜彦「すまない」

 

省一「頼まれたら言うこと聞くのか? 子供が『事故じゃないか』『何かあったんじゃないか』と気をもんでるのは分かってるだろう? お前の心配だけじゃない。『病気が重くなったんじゃないか』と…子供たちはね、あんたのことを心配してたんだ。出ないって法はないだろう!」

うなずく都。

省一「普通じゃないか。あんた、本当に病気か? 仮病じゃないんだろうな?」

都「仮病なんかじゃないわ」

省一「…だったら、いいのか?…だったら、ほかの男を膝に抱いてもいいのか? 冗談じゃないよ、帰るんだ! 帰るんだ、早く立て!」

都もソファから立ち上がる。

 

省一「電話、借りるよ。子供たちが心配してるんでね」玄関へ。

 

竜彦「ありがとう。すまなかった」

都「ううん」

 

車の中

省一「どう言ったらいいんだ? 和彦たちに何て言うんだ? 言い訳、考えとけよな」

うなずく都。

 

望月家玄関

良子「おかえりなさい」

省一「なんだ、まだ起きてたのか」

良子「大丈夫だもん」

省一「1時だぞ、もう。あした、どうすんだ? 寝ろ寝ろ」

和彦「おかえり」

省一「おお。まったく…こっちもあした、お前、本社で報告だっていうのに。頭、はっきりしなかったら困るよ」

 

都「ただいま、ごめんね、心配かけて」

良子「そんなのいいけど」

和彦「どうかしたの? あの人」

都「うん…話すわ、居間で」

 

省一「なにもこれからしゃべることないだろう」ダイニングで服を脱いでる。

都「でも、2人とも気にしているし」

良子「そうよ。聞きたいわ」

省一「風呂へ入りたいんだ、風が強くて。1日中、ほこりまみれだったんだ」

都「じゃ、お父さん、入ってて。2人に言えばいいことだから」

 

良子「そうよ。お父さん関係ない」

都「関係ないってことないけど…」

脱衣所から戻ってくる省一。「俺も聞くよ。ちゃんと聞いたわけじゃないんだから、俺も。子供には気をつけて口利いてくれよな」

良子「適当に言えってこと?」

省一「うるさいぞ、良子は。大人には大人の世界があるんだ。全部子供にしゃべるわけにはいかないことだってあるんだ」

良子「そりゃ分かるけど…」

 

都「そんなことないわ。全部話せるわ。みんなに心配かけて悪かったけど、簡単なことなの。お父さんが『お見舞いぐらいしてやれ』って言ってくれたでしょう? 長くない人だし、ちょっとのつもりで昼間、行ったわけ」

パジャマに着替えながら聞いている省一。

都「『帰らないでくれ』って言うの。『もう少しいてくれ』って。目がとても悪くなってて、コップにお酒つげないの。こぼしちゃうの」

うなずく良子。

都「そんなとき…ひとりでいたくないっていう気持ち、分かるような気がしたの」

良子の隣に座る省一。

都「もちろんひとりでいるのは自業自得だし、私がいてあげる義理なんて何もないんだけれど」

良子「ううん」

都「そういう筋道抜きにして、いてあげたくなったの」

省一「そりゃまあ、それでいいよ。でも、だったら電話で連絡ぐらいしたらいいじゃないか。連絡できないまでも…かかってきたら出たらいいじゃないか」

都「うん」

 

良子「いたわけ? ずっと」

都「うん」

良子「じゃ、どうして出なかったの?」

都「あの人がお母さん捕まえてたの」

省一「そんなこと、お前、よく…」

 

都「目が見えなくなること、死ぬことが急にもう込み上げてきて怖くなったのよ。お母さん、力になってあげたかった」

省一「あの男はね、治るかもしれないときに偉そうなことを言って、治しに行かなかった。今更『怖い』はないよ」

都「そうだとしても目の前で怖さに圧倒されてるの見たら、なんとかしてあげたくなるんじゃないかなぁ。お母さん、離れて見てるなんてできなかった。口で慰めるだけなんてできなかった。とっても自然にお母さんのほうから抱きしめてあげたの」

省一「聞きたくないね。『何が悪い?』って口ぶりだが、お前が俺だったらどうするんだ? ほかの女を俺が抱きしめてやったなんて、ぬけぬけと言ったらどうするんだ? 平気か?」

 

都「だって、いやらしいことじゃないんだもの。ちゃんとしておきたいの」

省一「そっちがいやらしくなくても、向こうは分からないじゃないか。大体、お母さんが男だったらどうなんだ? あの男は抱きついたか? 女だったから抱きついたんだ」

都「そうだとしてもいいと思ったの。励ましてあげたかったの。電話のベルが鳴っても、あの人しがみついてるの。まるで離したら溺れるみたいに」

省一「なにもそう詳しく言うことないじゃないか」

都「そういうときでも一度結婚したら、ほかの男性に触っては、いけないのかしら?」

省一「くだらないこと言うな」立ち上がる。

 

都「くだらなくていいわ。私、随分、自分を縛ってて、あの人の不幸に率直になれなかったわ。自然に優しくなれなかったわ」

省一「結婚してたら当然だ」風呂場のほうへ歩いていき、また戻る。「誰にでも優しくされて、たまるもんか! 俺だって自分を縛ってるんだ。結婚っていうのは、それが当たり前なんだ。まあ、今夜のことはいい。二度とよしてくれ。早く寝ろ、子供たちは」風呂場へ。

 

ソファに座ったままの和彦と良子。

都「ハァ…そういうことなの。なまじ隠すといろいろに思うでしょう? だから、少し乱暴だけど全部聞いてもらったわ」

うなずく良子。

都「寝てちょうだい」

良子も和彦もうなずく。

 

洋館へ向かう和彦と制服姿の良子。

和彦「いいな?」

良子「うん?」

和彦「怖がってたなんてこと聞いてないフリすんだぞ?」

良子「分かってるわ。あっ…」

 

多恵子が赤いトレーナー、黒のジャージ?でバケツを持って歩いてきた。「来るなよ。ここはいいんだ」

和彦「『いい』って?」

多恵子「任せとけよ」

良子「だって…」

多恵子「面倒は俺が見るから来るなよ。帰れよ」

和彦「いいんだよ、そんな」

 

多恵子「誤解すんなよな。お前のためにやってるんじゃねえんだ。帰れよ、帰っていいんだ」

良子「どうして?」

 

⚟竜彦「おねえちゃん。何言ってる? 誰だい?」雑巾を持って歩いてきた。

 

多恵子「何でもねえよ」

竜彦「和彦たちか?」

和彦「そうです」

良子「こんにちは」

竜彦「よく来た。ちょうどいい。みんなでお茶飲もうじゃないか」洋館に戻ろうと引き返したが、よろけて、多恵子が腕を支えた。「ああっ…ハハハ…大丈夫だ、大丈夫だ」

 

竜彦の様子を見ている良子と和彦。

 

台所

多恵子がお湯をティーポットに注ぐ。

椅子に座っている竜彦。「そうか、フフッ…このおねえちゃん、俺とよく似てる」

良子と和彦はティーカップを並べたり、ティースプーンを置いたり。

竜彦「蓋をして、しばらく待つんだ。さあ、かけてくれ。うまい紅茶、ごちそうするぞ」

和彦「ええ」椅子に座り、良子も座る。

竜彦「フフッ…俺と似て、この子も性格が悪い。すぐ周りを蹴散らそうとする。周りは分かっちゃいねえと決め込む。こんなボロ家でひとりでいる男を分かるのは自分だけだと思い、自分だけで面倒みてやると決める。うれしいが、そう頑固になることもない。あっ…いいだろう、ついでくれ」

立ったままの多恵子。

 

竜彦「ついでくれ」

多恵子「お前、つげよ」良子の前にティーポットを置く。

良子「いいよ」

竜彦「いや、あんたがつげ。ついでくれ。ついでくれよ」

多恵子がティーポットを手にする。

竜彦「そうだ。あんた、まだ若い。人とつきあうスタイルを変えることは、いくらだってできる。今のあんたは突っかかった口しか利けない。人と口を利くと、すぐ突っかかっちまう。無論、本当に突っかかりたいんなら、かまわんが、本心は、もっと和やかにしゃべりたい。そういうときもあるんじゃないか? 本当の気持ちが表に出ない。どうしてもねじくれちまう。俺もそんなことじゃ、随分、苦労した。自分を持て余した。いまだにそういうところがある。だから、あんたを見てると一緒に楽しく騒ぎたい」

それぞれのカップに紅茶を注いだ多恵子が椅子に座る。

 

竜彦「ああ~…いい匂いだ。やってくれ。砂糖あるね?」

良子「あります」

竜彦「俺のは…」

良子「ここです」ティーカップを目の前に置く。

竜彦「ああ、近すぎて分からなかったぜ。ハハハッ…」

 

多恵子は立ち上がり、竜彦に近づく。「お砂糖、入れる?」

竜彦「あっ…俺のことかい?」

多恵子「うん」

竜彦「ああ、入れてくれ。3つ4つたっぷりと入れてくれ」

多恵子「1つにしときな」

竜彦「フッ…心遣いってやつかな」

多恵子「ああ」砂糖入れて、かき混ぜて…偉いっ!

竜彦「そりゃ、うれしいねえ。ハハハッ…」おいしそうに紅茶を飲む。

 

夜、望月家玄関

省一「『泊まっていいか』?」

都「ええ」

省一「何言ってんだ。いいかげんにしろよ」

都「私『いい』って言っちゃったの」

省一「あした、良子は学校じゃないか。いいわけないだろう」

 

リビング

都「あっちから、まっすぐ行くっていうの」

省一「そんな、お前…何言ってんだよ。ええ? ゆうべはお前で、今日は子供だ。俺をお前ら、からかってんのか?」

都「そんな…」

省一「お前、そんなことさせなかったじゃないか。お前、ビシビシ言ったろう? どうしたんだよ?」

都「だから…」

 

省一「1軒の家(うち)なんていうのは勝手を始めたら、すぐグズグズだよ。お前も泊まる気だった…今度は子供か? 冗談じゃないよ。電話しろよ。『帰ってこい』って電話しろよ。俺は迎えになんか行かないぞ。人の仕事を何だと思ってんだ? くたびれて帰ってきたら、女房がいなかったり、子供がいなかったり、なんでヤツにそんなサービスすることがあるんだ?」

都「聞いて。お父さん」

省一「黙って電話すりゃいいんだよ」

都「長くないの」

省一「そんなこと分かってるよ。だから『見舞いが、いかん』とは言わないよ。しかし、夜までいることないだろう」

都「いいと思ったの。そういうことがあってもいいって」

省一「いいわけないね」

 

都「けじめを守るのも、そりゃ大事だけど、けじめを守って、ちゃんと帰ってくるより『泊まりたくなった』っていう、あの子たち、いい子だと思ったの」

省一「帰ってくるように言えよ。どっちにしろ、あしたの朝、帰るんだろう? それなら夜だって帰れるはずだ。いい機会だ。同情なんてものは、どこまでもできるもんじゃないんだ。かわいそうだからって、その辺の野良犬、全部拾ってくるわけにいかないのと同じだよ。けじめを覚えるいい機会だ。よく言ってやるよ」

都「そのとおりよ。全部、そのとおりだけれど、そのとおりにいかないときがあってもいいんじゃないかなと思うの。思わず野良犬を拾っちゃうってこと、あってもいいんじゃないかな?」

省一「それでも飼えっこなきゃ拾わないのが大人ってもんだよ。そういうけじめを教えるのが親のすることだろう?」

 

都「門が開いたわ」

省一「門が?」

都が玄関へ。「はい?」

 

⚟和彦・良子「ただいま」

 

玄関の灯りをつけた都。「なぁに? 帰ってきたの?」

⚟良子「『帰れ』って言われちゃったの」

都「…だったら、電話くれればいいのに」鍵を開ける。

和彦「タクシー呼んでくれちゃったんだよ」

都「あら、聞こえなかった」

和彦「その下で降りたから」

 

都「どうして?」

和彦「もう1人いたんだよ」

都「もう1人って、あの子? また」

省一「おかえり」

和彦・良子「ただいま」

省一「もう少し早く帰ってこいよな」玄関に来た…と思ったら、自室へ。

都「フフッ…ホントね。お父さん帰ってきて、2人ともいないと寂しいのよ。お父さん、お茶飲もう。4人で飲もう」

省一「ああ、飲もうか」

 

洋館

寝ている竜彦の部屋に入って来た明美。ドアを閉める音で竜彦が目覚めた。「誰?」

明美「誰って…」

竜彦「こいつは失敬」少しだけ頭を上げるが、目を閉じた。

明美「そんなに見えないの?」

竜彦「ああ、こうやってるとまるっきりだ」

明美「バカ言わないで。目ぇ開けて」

竜彦「困るね。あんたは、いないもんと割り切ったのに」

明美「見えるの?」

竜彦「見えるとも」

 

明美「こないだ、あんたに追い出されて…無論、ムリにああやってくれたの分かってるよ。でも、あれに乗っかっちゃおうかと思ったわ」

竜彦「それでいいさ」

明美「できないよ」

竜彦「どうして?」

明美「ひとりでこうやってるあんた、放っとけないわ」

竜彦「ボランティアか?」

明美「気になってしょうがないのよ」

竜彦「いかんね。売り出しのモデルに死にかけの俺は似合わない」

 

明美「ホント言うとね、ちょっと悪くないなって思ってるの」

竜彦「うん?」

明美「私って、わりと自分中心でしょう?」

竜彦「そうかな?」

明美「そうなの。ここに来るんだって来たいから来るんで、来たくなければ来ないわ」

竜彦「うん」

 

明美「来たくないって思ったの。病院抜け出すし、勝手ばっかり言ってるし、もう来たくないって…いいとこ何にもないんだもん」

竜彦「うん」

明美「そういうふうに思うとね、私って、わりと冷酷なのよ。パッとどう思われてもいいやってとこあんの。気持ち、コントロールできるの。思い出したくないことは思い出さないってふうに」

竜彦「うん」

明美「でも、今度は、それがうまくいかないの。来たくないし、あんたのことなんか忘れたいのに、うまくコントロールできないのよ。来たくないのに来ちゃったの」

竜彦「ご挨拶だね」

明美「フッ…自分の中にコントロールできない情熱があるなんて初めてなのよ。こういうの『ホレてる』っていうのかなぁ」

 

竜彦「頼みが3つある」

明美「なに?」

竜彦「なるべく来るな」

明美「フッ…また言ってる」

竜彦「病人にホレると、くたびれる。くたびれて、ホレてるんだか何だか分からなくなる。あんたみたいな女にはホレててもらいたい。世話なんか焼いて気持ち壊さないでくれ」

明美「できればね」

 

竜彦「仕事してりゃいいんだ。こっちは息子やら何やら、結構頼める」

明美「そう?」

竜彦「だって部屋だって、よく片づいてるだろう?」

明美「うん、どうしたのかなと思って…」

竜彦「恵まれすぎだ」

明美「フッ…そういうこと言うかねえ」

竜彦「フフッ…まったくだ」

 

明美「あと2つは?」

竜彦「ああ。1つは三宅先生になんとか注射もらってきてもらいたい。飲み薬じゃだんだん効かなくなってる」

明美「入院したら?」

竜彦「したくないの分かってるだろう? どうせ死ぬんだ。頼むよ」

明美「いいよ」

 

竜彦「もう1つは…」

明美「うん?」

 

明美の車に乗る竜彦。

 

竜彦<<そろそろ外へ出るのも限界でな。ドライブがしたい>>

明美<<いいよ>>

竜彦<<うんと人くさい所へ行きたい>>

明美<<いいよ>>

 

ディスコ、飲み屋街

さざんかの宿

さざんかの宿

  • provided courtesy of iTunes

流れた演歌は「さざんかの宿」だよね!?

 

昼、洋館の電話が鳴る。毛布をかぶった竜彦が電話に向かう。

 

公衆電話

多恵子「多恵子、私、多恵子! 分かる?」外から中年男女が公衆電話の壁をたたく。

竜彦「ああ、分かるよ」

多恵子「行けなくなったの! これからよ、中学最後の補導だとよ。富士のよ、富士の裾野で鍛えるんだとよ!」

竜彦「そうか」

多恵子「絶対抜け出すからよ! 絶対に抜け出すからよ! 待ってろよな!」補導員?たちに腕を引っ張られている。

受話器を置いた竜彦。

 

⚟省一「こんにちは、望月です。こんにちは」

 

毛布をかぶった竜彦が応接間まで手探りで歩き、よろけながらソファに座る。「どうぞ」

省一「いや…急に伺って…」

竜彦「かけてください」

省一「だいぶいけませんねえ」

竜彦「いやぁ、思ったより悪運強くて、なんとかやってますよ」

省一「『仮病じゃないか』なんて言っちまって、後味悪くてね」

竜彦「いやぁ」

 

省一「しかし、女房がよその男を膝に抱いてりゃ誰しも多少興奮するでしょう?」

竜彦「しますよ、そりゃ」

省一「子供があした学校があるのに11時近くまで帰ってこなけりゃ怒ってもしょうがないでしょう?」

竜彦「私が悪いんで」

省一「そういうことを言いに来たんじゃないんです。私は、あなたの病状を気にするゆとりがなかった」

竜彦「いやいや」

省一「家内も子供もあなたの病状を見て、いつもと違ったことをしちまったのに、そういうことには頭がいかない。連れ戻したり、腹を立てたりした」

竜彦「秩序を守るっていうのは、そういうところありますよ。いちいちあれこれ気持ちを考えていたら示しなんかつきやしません」

省一「実は私もそう思ってる。当然のことに腹を立て、当然のことを叱ったまでだと思っている。しかし、なんか1人で悪役になっちまったみたいで…ふいとあなたの病状が気になりましてね。外回りの足を伸ばして伺ったんです」

竜彦「そりゃ…」

 

省一「私が見えますか? 見えるんですか? 割合、本気で聞いてるんです」

竜彦「明暗程度です。そこにいらっしゃることは分かる」

省一「そうですか」

竜彦「しかし、慣れた家で痛みもなんとか抑えてる。金も多少あります。ひとりでいられないわけじゃない。あなたにも奥さんにも余計な迷惑をかけました」

省一「いいえ」

竜彦「もうご迷惑はかけないと言いたいが、できたら坊やには2~3度会いたい」

省一「いいですとも」

 

竜彦「急に会ったもんでね。私も多少、自分を失ったところがある。いい子だし、あなたが羨ましかった。せっかちに影響を与えたいと思った。あなたにも見苦しく絡んだところがある。あなたのよさを見ようとせず、鋭くつまらん所ばかりをつつこうとした。そういうことをできたら修正したい。欠点を鋭く指摘して、人に恥ずかしい思いをさせるなんてことは実に下劣なことです。すばらしいのは誰にも恥ずかしい思いをさせないような人格だ。そういうことを言いたい。私は殊によると反対の印象を与えてしまっている。気を引きたかった。あの子に強い印象を与えたくて大げさな口を利いた。『貴様ら骨の髄までありきたりだ』などとわめいた。確かに私にはありきたりなものへの嫌悪がある。ものを深く考えようとはせず、ありきたりな口を利き、ありきたりな楽しみを求め、自分では何ひとつ新しく始めようとはしない人間を嫌う気持ちがある。しかし、言葉で非難すべきではなかった。そんなのは下劣です。自分を棚に上げてる。自分にもいくらでもありきたりな所はあるのに。あっ…ハハ…すいません」

省一「い…いやぁ」

 

竜彦「目が見えないせいか、ふいとひとりでいるような気になっちまう。何か勝手なことを言ってました」

省一「いえ…私には、よく分かんないとこがあるが、和彦に言ってやりたいことがあるんだったら、どうぞ言ってください。私なんか、あなた…子供に是非、言いたいことなんてことは実になくて『勉強しろ』とか『そんなことじゃ社会出て、のしていけないぞ』とか、そんなことしか言えない。それ以上のことは何にも言えない」

竜彦「一緒に暮らしてれば、それでいいんです。私は離れてるし、これからもっと離れちまうから言葉が要るんです」

 

省一のポケットベルが鳴る。「あっ…失礼。仕事中なもんで呼び出しがかかりました。電話、貸していただけますか?」

竜彦「あっ…どうぞ」

 

玄関ロビーで電話している省一。「あっ…俺だ。うん、うん…ダメだよ、そんなの黙ってちゃ! ああ、じゃ、俺が言ってやる。俺が今、かけてやるよ。分かった」受話器を置く。

 

応接間のソファでじっと聞いている竜彦。

 

省一「すいません。都内1本かけてさせてください」

竜彦「どうぞ」

 

省一「いやいや、まいったな。清川さん! そりゃ、ないですよ。いじめ…いじめですよ、そんなぁ。そんなウチみたいな弱小信用金庫、いじめないでくださいよ。アハハハッ…」

 

応接間で省一の電話をじっと聞いている竜彦。

 

省一「いやいや、もう、清川さんにそんなこと言われると肝が縮まっちゃいますよ~、ねっ?」

 

望月家

鍋を囲む家族。

 

夕食後、テレビを見ている良子と省一。テレビ画面に映るのは片岡鶴太郎さんできっと「俺たちひょうきん族」だ! 都はダイニングで家計簿をつけ、和彦は自室のベッドにあおむけになっている。

 

夫婦の寝室

都は眠っているが、省一は目を開けている。ドアやソファにぶつかりながら歩く毛布をかぶった竜彦を思い出していた。

 

省一「都。お母さん。おい、都」隣で寝ていた都を起こす。

都「ハッ…なに?」

省一「あしたの日曜、家じゅうであの家へ行こう」

都「『あの家へ』?」

省一「一家で押しかけて、あの家へ住み込んじまうんだ。短い間だ。あの家で暮らすんだ」

都「何のこと?」

 

省一は寝室を出て、階段下から呼びかける。「和彦! 良子! ちょっと起きろ。ちょっと話がある! 起きろ!」

 

洋館

ノックする省一。「ごめんください。おはようございます。ごめんください」省一の後ろには和彦、良子、都。

 

明美「はーい」

 

都「お父さん…」

良子「だから都合聞いたほうがいいって言ったのよ」

 

水色と白のストライプのガウンを着て明美が階段を降りてきた。「どちらさま?」

 

⚟省一「いや、あの…望月といいますが」

 

明美「あっ…はい! 今…」慌てて鍵を開ける。

 

省一「いや…こりゃ、どうも」

都「すみません」

和彦・良子「おはようございます」

明美「おはよう。あっ…どうぞ」

 

省一「いや…こりゃ、いい年して、実は間の抜けたことを考えて」

 

⚟竜彦「誰?」

 

明美「あっ…あの…望月さんのところのご一家なの」

省一「いやぁ、ごめんなさい。私は、その…ゆうべ、いろいろ考えて、自分としては実に思いきったことをしようと思ったんです。きっとあなたが喜んでくれると思って」

 

壁を伝いながら竜彦が階段を降りてきた。

 

省一「しかし、こりゃ、あの…独り善がりだったようで。まったく恥ずかしいことで…失礼します」

竜彦「ちょっと待って」

明美「待ってください」

竜彦「『望月さん一家』って言ったね?」

明美「ええ、皆さんで」

竜彦「何ですか? みんなで来てくれるなんて」

省一「いや…」

竜彦「上がってください。どうぞ上がってください!」

 

省一「いや、その…実にとっぴというか。しかし、本気で考えたんです。おい…」家族を手招きして玄関に入れた。「家内があなたをひとりにしにくいと言った。子供たちもそう言った。私も昨日、帰るとき、そう思った…だったら押しかけて、一家で住み込んじまおうと思ったんです。いや、普通じゃないっていや、普通じゃないが。あなたを目の敵(かたき)にして家を守っているよりは、いいと思った。なんか考えてみるとキーキー言って、あなたを追っ払うことばかり考えてたようで」

竜彦「そんなことはない」

省一「家じゃ、私が急にこんなこと言いだしたもんで、どうかしちゃったんじゃないかと思ってます。『いいから来い!』って連れてきたんです」

 

明美「あっ…ねえ、上がってください。ねっ?」

竜彦「そう…上がってよ」

省一「いやぁ、女性がいることをうっかりしてました。まったく人騒がせなことですいませんでした」

 

竜彦「泊まってください。みんなで泊まってください。いやぁ、この人もゆうべ来て『住み込む』って言いだしたんです」

省一「それなら、なおさら…」

竜彦「いや。よかったら、みんないてほしい。私の一生でこんなことはなかった。泊まってってください」

 

省一「どうする? お母さん」

都「お父さん、決めて」

省一「いや…その…ハハッ…ムチャクチャっていうか…」

竜彦「うれしいなぁ。ハハッ…みんなが泊まってくれたらうれしい。和彦とも良子ちゃんとも、ゆっくり話ができる」

省一「ええ、しかし…」

明美「あの…どうぞ、上がってください。ねっ? どうか」

竜彦「どうぞ、お願いだ」

省一「じゃ、1泊だけでもそうさせてもらおうか」

和彦も良子もうなずく。

都「ええ」

竜彦の目がウルウル。

 

和彦と良子はスーパーで買い物。省一は外、都は中の掃除。

 

着替えて階段を降りてきた明美。「すいません」

都「あっ…はい」

明美「じゃ、あの…これから仕事に行ってきます」

都「いってらっしゃい」

明美「あっ…なんかこんな風変わりなのって、どういう顔していいかよく分かんないけど」

都「ホントね」

明美「7時ごろには帰れると思います」

都「…だったら、食べないで帰ってきて」

明美「ええ」

都「いってらっしゃい」

 

明美「あっ…こんなことできるなんて、ご主人、ステキね」

都「ああっ…」

 

省一は外仕事を続け、和彦と良子は竜彦とたき火にあたる。

 

和彦のナレーション<本当にそれは思いがけない1日だった。こんなことがあるなんて、つい昨日まで思ってもいなかった>

 

都や省一もたき火に加わり、焼き芋を食べてる。

 

和彦<そして、それを常識の範囲外のことは決してしないだろうと思っていた今の父がやろうとしたことがうれしかった。なにかとても世界が広がったような気がした>

 

応接間

竜彦「昨日、お父さん、そこで仕事の電話を2本かけたんだ。会社とお得意さんへね。声を使い分けて、お得意さんには一生懸命愛想よくしていた。それ聞いてて『ああ…こうやって、お父さんは和彦と良子ちゃんを育ててきたんだな』と…その上、私のこともこうして考えてくれた。これは、かなわない。君たちに利いたふうなことを言う資格はないと思い知ったよ」

和彦「そんなことありません。父が今日みたいなことをしたのも、あなたがいたからで、そうじゃなかったら、こんなムリは決してしなかったと思うし、対抗上、ツッパったってところ、絶対あると思います」

良子「そう思うわ」

竜彦「そう思うか」

良子「おじさんの話、とっても面白かったし、もっと聞きたいと思うわ」

竜彦「いや、おしゃべりは終わりだ」

和彦「なぜですか?」

竜彦「お父さんは何も言わずにこうやって自分の奥さんの昔の男、しかも、傲慢で身勝手な男の所へ家じゅうを連れてやって来てくれた。おしゃべりじゃ対抗できない。こっちも行いで応えるしかないが、できることは、もうジタバタしないでなんとか落ち着いて死ぬぐらいしかない」良子の肩、和彦の膝に手を置く。「今日は来てくれて…ホントにうれしいよ」

 

和彦<父は居場所がないように外へ出ては金づちをたたいて、どこかを修理していた。母も父に気兼ねするのか台所に入ったきりで…3人で応接間で何曲も音楽を聴いた。沢田さんは…もう、ほとんど何も言わなかった>

 

多恵子「おじさん! 逃げてきた、逃げてきたよ、おじさん!」

 

和彦<だから、その夜は7人の夕食になった。みんな明るかった。ムリにでも明るくしていようというふうだった。そう、みんなムリをしていた>

 

いつものソファセットは端に寄せて、大きな低いテーブルにクッションみたいなのに座っている。

 

和彦<それがとても良かった。明美さんがまず歌い始め、次が僕、その次が良子、それから彼女(多恵子)、そして、とうとうお母さんも歌った。もっともお母さんは長いこと歌わなかったので歌詞が続かず、半分ぐらいはハミングだった>

 

そういや、和彦って多恵子のことは、君とかあんたとかみたいな呼び方しかしてない。

 

和彦<みんなでなんとか和やかに盛り上げようと一生懸命だった。そして、クライマックスは2人の父のデュエットだった。今の父は一瞬もシラけた顔など見せず、精いっぱい陽気に振る舞った。沢田さんも目が見えず、間もなく死んでいくことなど毛筋ほども見せなかった。僕には2人が頑張って自分を越えようとしているように見えた。自分を克服して自分以上のものになろうと張り詰めているように見えた>

 

  良子 都 和彦

竜彦       省一

  明美  多恵子

 

こんな並び。

 

和彦<そして、張り詰めた糸が切れたように翌朝、沢田さんは倒れ、そのまま意識は戻らずに2日後の3月22日に病院で息を引き取った。それも僕には沢田さんの意志の力のようにも思えるのだった>

 

望月家4人で朝日を見ている。

 

1983年3月22日(火)か…最終回を見た日が3月23日でタイムリー!

 

望月家

都が掃除機をかけている。そういや、花屋のパートのシーンが全然なくなったな。

 

和彦<我が家は、また何気ない毎日だった。でも、この3か月が…何でもないはずはなかった。少なくとも僕は変わらなければならないと思った。あるがままに自然に生きるのではなく、ムリをして、自分を越えようとする人間の魅力を忘れたくないと思った>

 

庭先で車を洗っていた和彦はホースの水を良子にかけた。

良子「キャッ…お兄ちゃん、ここにいるのに!」

和彦「『向こう先にやれ』って言っただろう?」

良子「お母さーん! お兄ちゃん、ホースで水ひっかけるよ!」

家の中から顔を出す都。「和彦、いいかげんにしなさい」

 

仕事中の省一。「またあの…いろいろとご相談に乗ることありましたら…よろしくお願いいたします。どうも」

 

洋館の玄関先で寂しそうに座り込む明美

 

庭先で作業する和彦、都、良子。竜彦の名場面。望月家の近所の風景。(完)

 

おお~! 良かった。竜彦の考えを受け継ぐなら、和彦は三流大学へ行ったのかな!?

 

「それぞれの秋」「岸辺のアルバム」「沿線地図」、そして「早春スケッチブック」は何となく同じカテゴリのドラマと思うけど、この家族が一番好きだったかも。血のつながりはないかもしれないけど、仲のよさが自然だった。省一の器がでかいんだな。

 

「沿線地図」は面白い場面はいっぱいあったけど、若いカップルがどうしても好きになれなかった。このドラマもTBSなら違ったキャストだったりするのかな? 音楽も爽やかでよかったな~。山田太一作品で好きな作品上位に入るな。私が好きなのは木下恵介アワーの「3人家族」なんですけどね。「それぞれの秋」もまあ好き。

 

いいドラマを字幕ありで観られて幸せ。