フジテレビ 1983年2月25日
あらすじ
いきなり竜彦(山崎努)に都(岩下志麻)と逢わせてくれと直談判され、省一(河原崎長一郎)は呆れ、怒って拒絶した。 だが、家族そろって散歩をしながらも、もうまもなく死ぬという竜彦のことが頭から離れない。 省一は今度は自分から西洋屋敷に竜彦を訪ね、その荒涼たる孤独の生活を見て、ついに息子の和彦(鶴見辰吾)といっし ょなら都と逢ってもいいと約束してしまう。
2025.3.14 日本映画専門チャンネル録画
竜彦<<2~3回でいい。奥さんを貸してくれないか?>>
省一<<もういっぺん言ってみろ!>>
竜彦<<セックスじゃないんだ>>
省一<<セックスなんて…>>
竜彦<<話だ。話をするだけだ>>
省一<<断る>>
竜彦<<どうして?>>
省一<<「どうして」!?>>
ここのやりとり6話の予告にも出てきて、7話、8話と3回目!
脚本:山田太一
*
音楽:小室等
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プロデューサー:中村敏夫
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望月都:岩下志麻…字幕黄色
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望月省一:河原崎長一郎
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望月和彦:鶴見辰吾
望月良子(よしこ):二階堂千寿
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磯山:大林隆介
渡辺:高村玄二
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下坂泰雄
高瀬仁
堀真一
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鮎田昭夫
大石信行
本城ゆき
古賀プロ
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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色
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協力:相模鉄道
八千代信用金庫
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写真提供:倉田精二
「フラッシュアップ」
(白夜書房 刊)
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演出:河村雄太郎
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製作・著作:フジテレビ
いつもの空き地に子ザル!?
良子「どこかのが逃げてきたんだね」
和彦「そりゃ、野生のがいるわけないもんな」
省一は、モンキーモンキーと呼びかける。「おいで、モンキー、ほら、ほらほら…」
都「来るもんですか、そんなんで」
といいながらも、子ザルを抱っこする省一!「そりゃそうだよ。人徳だよ、なあ?」頭をなでなで。おとなしい子だな。
和彦「猿徳(えんとく)!」
良子「かわゆい」
都「人慣れしてんのねえ」
省一「お前、どこだ? 家(うち)、どこだ?」
都「ウフフッ…キョトキョトして」
良子「すごい歯」
和彦「どうするの? これ」
良子「飼いたい!」
都「ダメよ。結局、お母さんが世話すんだもん」
しかし、省一がかまれて?逃がしてしまった。ヒモついてる? 本編に全く関係ないけど、なんで犬や猫じゃなくニホンザル??
竜彦<<話だ。話をするだけだ>>
省一<<断る>>
和彦と良子はじゃれあって先を歩いている。
都「久しぶりね。こんなふうに一家で散歩なんて」
省一「ああ」
省一<<絶対、断る>>
竜彦<<しかし、あの人は、あんたの持ち物じゃない>>
省一<<しかし、君の持ち物では、もっとない。これでも私は亭主だからね。女房のすることに意見を言うぐらいの権利はある>>
家族でマクドナルドへ行き、外の席で食べる。
省一<<イヤだ。断る>>
望月家
みんなでテレビ画面にくぎ付け。車に乗っていた田中邦衛さんの顔がアップで映り、タンクローリー車が崖から落ちて爆発。良子が「やったね」と拍手を送る。
田中邦衛さんがライバル役で出演したという「トラック野郎」かな?と思ったけど、全然違う作品かも。これこそ全く本編に関係ないだろっ!
省一<<あいつは、はっきり言ったよ。あんたとは絶対に二度と口を利きたくないとね>>
都の寝顔を見つめる省一。
竜彦<<私は長くないんですよ。じき、死ぬんです。あなたに迷惑かけたとしても短い間です>>
信用金庫
省一「利息が無税であること、いつでも満期にできること。それ以上に僅か1000~2000円のお金でも我々が定期的に訪問することによって、いながらにして預金ができる。それが我々とお客との信用の積み重ねになり、新規契約の開拓にもつながる。そのことを強調しておこう。いいな?」
職員たち「はい」
洋館
電話の着信音が鳴り響く。
店先の公衆電話から省一が電話していた。「沢田さん?」
竜彦「そう」
省一「望月です。ああ、こんにちは」
省一はタクシーに乗って、紙にメモした地図を見ながら道案内し、道端で立って待っていた竜彦を見つけて、タクシーを降りた。「待ちました?」
竜彦「いや」
省一「二度ほど道、ちょっと間違えて。(運転手に)はい、ありがとう、ご苦労さん」とカバンを座席から取った。「寒かったでしょう?」
竜彦「いや…どうぞ」
洋館
竜彦「コート着ててください。ストーブ1個なもんで、薄ら寒くてね」
省一「いや、私は大丈夫。寒さには強いから。いやぁ、なかなか立派なお宅だなぁ。戦前でしょう?」
竜彦「そう、そのようです」
省一「どういう人です? 持ち主は」
竜彦「ドイツ人の大学の先生でね」グラスに氷を入れている。
省一「あっ…私、酒やりませんから」
竜彦「そう?」
省一「どうか、おかまいなく。あっ…そう…うんと薄いのを作って置いといてください」
竜彦「コーヒーか何か?」
省一「いいや、いいんです。薄く、どうか…ハハハ…」
昭和だと無理やり飲まされる場面も多かっただろうし、大変だっただろうなあ。
省一「そうですか。大学の先生ですか。いいですか? ここ」
竜彦「ああ、どうぞ。もう年でね」
省一「ああ、そうでしょう」ソファに座る。
竜彦「息子がドイツで会計士のようなことをやってて」
省一「ああ、子供はドイツで…」
竜彦「そう。カミさんも亡くなって」
省一「あっ…1人でここに?」
竜彦「そう…で、まあ1年だけ、あっちで暮らしてくるって」
省一「そりゃ、しかし、ここを売り払えばドイツで悠々と暮らせるでしょう?」
竜彦「さあ、そこんとこは私には分からないが、来年の夏には帰ってくると言ってね」グラスを2つ持って省一の向かいのソファに座る。
省一「ああ、そうですか」
竜彦「向こうで倒れて死んじまうのもいいなんて言ってたが」
省一「いくつですか?」
竜彦「80いくつだろうけど」
省一「そうですか」
竜彦「4~5年前、公園で知り合ってね」
省一「ええ」
竜彦「姿がいいんで写真を撮ったら…フッ…怒ってね」
省一「アハッ…そういうこと外人は、うるさいから」
竜彦「いいじいさんで…」
省一「なんか目に浮かぶなぁ」
竜彦「フフッ…」
借りものの家なのに窓や家具を破壊してたのか!?って思うと…ちょっとやだ。外観はロケで部屋の中はセットだろうけどね。
省一「いやぁ、私のほうから会いたいなんて妙な話なんだ」
竜彦「いえ」
省一「なんか、気になってねえ」
竜彦「そうですか」
省一「フフフッ…あんたが脅かすもんだから」
竜彦「えっ?」
省一「いや、『じき、死ぬ』とか言って、フフフッ…」
竜彦「フフッ…」
省一「ウソ…ですよね」
竜彦「そんなウソ、言いませんよ」
グラスを手にする省一。「1人でここで?」
竜彦「ええ」
省一「ああ、そうですか」お酒を飲んでせき込む。「いやぁ、つまり、ここんところ少し考えましてね」
竜彦「ええ」
省一「せんだっての私の返事に、まあ、間違いはないんだが、ただ、会って話したいというのに多少かたくなだったかという気持ちがありましてね。まあ、和彦が…生まれたときには、もうあなたは、いなかったそうだし、どの程度、息子という気持ちがあるのか見当つきませんが、生物学的には確かに父親なんだし、まあ、会いたいと思う気持ちもムリはない。隠れて会わないで正面から私に頼んでいらしたのに、ただはねつけるというのも男気がないというか、ハハ…まあ、思い直す気持ちがありましてね。ここで1人でいるというのは、そりゃ寂しいでしょう? 結婚は一度も?」
竜彦「ええ」
省一「まあ、その分、自由を楽しんだんでしょうけど、ハハハ…私なんか平凡な人間で、とてもひとりではダメでね。女房・子供を抱えちまう。そうなりゃ出るものは出て、小遣いなんてのも情けないぐらい少なくて、『病気だ』『学校だ』といっつも何かある。たまにはひとりになりたいと思う。1人でマンション住まいで女なんかを連れ込んでね、フフッ…いやぁ、しかし、結局はそういうことはできない。あくせく働くだけでロマンチックなことも一向にない。ただ、家族がいる。『お父さん』なんて子供が甘える。そういうことが慰めでね。まあ、つまり、強い人なんだな。こういう所で1人で暮らせるっていうのは」
竜彦「強くないから、あなたに頼んだ」
省一「いや、しかし、弱い人間だったら病院へ行くんじゃないかなぁ。病気と承知していながら…」
竜彦「あのベッドが嫌いでね。廊下もにおいも食事もスリッパの音も医者も看護婦も弱くてね」
省一「そんなことで、あなた…」
竜彦「私は『あなたの奥さんに会いたい』と言った」
省一「同時に息子にも会いたいでしょう? いや…というより、つまり、息子と一緒なら、一度、どこかで夕食でも食べたらいいと思ったんだ。まあ、正直言うと、それなら安心という気もないではない。私んとこへ来たのは、よくよくのことでしょう? いや、ホントによくよくのことか確かめたい気持ちがあって…納得しました。ここで1人でいるのは寂しい。こう言っちゃなんだが、家族に囲まれている私が1日ぐらい我慢するのは、しょうがない。日を言ってくれれば家内と和彦にあなたと会うように言いましょう」
竜彦「それは、ありがとう」
省一「いえ…いや、気になってね。同じ男として、あなたの気持ちが分からないでもないような気がしてね」
竜彦「あした、どうです?」
省一「ああ…2人の都合がよければ、いいんじゃないかな?」
竜彦「じゃ、あした5時ごろにでもここへ来るように言ってください」
省一「ここがいいかなぁ…」
竜彦「洋食の出前でも取ります」立ち上がる。
省一「ええ…」
竜彦「そいつは、わざわざご親切に」自分のグラスに酒を注ぐ。
省一「いやぁ…」
ドアの開く音がし、足音がした。
⚟明美「どなたかいらしてるの?」
省一「あっ…」ソファから立ち上がる。
明美「あっ…こんばんは」紙袋を抱えている。
省一「あっ…どうも」
明美「珍しいわね、お客さまだなんて」
竜彦「あんたもしばらくだな」
明美「うん…ちょっとね。(省一に)あっ…かけてください」
省一「はぁ…いや、私は、もう…」と言いつつ、座る。
明美「酒の肴みたいな物、買ってこなかったなぁ」
省一「いえ、そんな、もう…」
明美「いるか、いないか分からなかったし」
省一「いや、どうか、おかまいなく」
明美「電話かけりゃ『来るな』なんて言って、よくあんなこと言えるわね。お酒なんか、なぜ飲むのよ? お酒どころじゃないでしょう!?」
竜彦「よせよ」
明美「もう来るの、よそうかと思ったわ。勝手で…気ぃもまして。(省一に)ごめんなさい」
省一「いいえ」
明美「心配するの、ばかばかしくて」
竜彦「分かった。客がいるんだ」
明美「でも、来ちゃったわ。やっぱり来たくて来ちゃったわよ」
省一「そ…それじゃ、あの…私は、これで」立ち上がる。
竜彦「そうですか。悪いなぁ」
省一「いやぁ」
竜彦「じゃ、あした、待ってます」
省一「はぁ…じゃ」
竜彦「駅、分かるかな?」
省一「ええ、地図見たし。そこまで行けば、タクシーあるだろうし」
竜彦「いや、なかなかどうかな?」
明美は省一に背を向けるように立ち、涙を拭く。
省一「いやいや、ご心配なく…どうも、ごめんください」
竜彦「ありがとう」
省一「いやいや、いいんです。分かってますから。どうもさようなら」リビングの戸を閉めた。
明美「なによ」
省一が振り返ると、リビングのガラス戸に竜彦に抱きつく明美の姿がうっすら見える。
⚟明美「どこ行ってたのよ?」
⚟竜彦「おい、よせよ。まだ、そこに…」
⚟明美の泣き声
うわっ、キスシーン!
省一「何だってんだ? まったく…『ひとりだ、ひとりだ』とか言ってて」ブツブツ言いながら門扉を開けて屋敷を出た。開けっ放しの門扉を戻って閉める。「あんな若い、いい女がいるくせに。ちくしょう」止めてあった明美の車を軽くたたいて去った。
さんざん家族マウント取ってたからね~。
望月家
ダイニングテーブルで都が下着にアイロンをかけているのを見ている省一。都は遅く干したから湿っぽいと話す。
省一「あしたの午後5時に和彦と彼んとこ行ってやれよ」
都「えっ?」
省一「5時だよ。あした、彼の家だ」立ち上がる。
都「彼って?」
省一「分かってるだろう? 沢田氏だよ」
都「どうして?」
省一「親子には違いないだろう?」
都「だって…」
省一「会いたいっつってんのを会わせないほど、俺も心は狭かないよ」リビングを出た。
アイロンの手を止めた都。「何かあの人、また言ってきたの?」
夫婦の寝室
省一「言ってきやしないよ」
都「…だったら」
省一「これが地図だ。世田谷の道は分かりにくいから曲がり角、気をつけて行ってこいよ」メモを置く。「ハァ…体を悪くして、ひとりでいるっていう自業自得には違いないが、そういうときは寂しいもんだよ」
都「また会ったの?」
省一「絶対会わせないって頑張ってんのも大人げない」
都「いいのに」
省一「『いいのに』じゃないよ」
都「どうして?」
省一「和彦のこと考えてみろよ。和彦の実の父親だろう? いっぺんも会わせなくてもいいのか? いっぺんぐらい会わせるべきだと思った」
都は寝室の戸を閉めた。
省一「どんな暮らししてるか、まあ、下見と言っちゃなんだが、行ってきたんだ。確かに寂しそうだった。あれで体が本当に悪かったら、そりゃ昔のえにしにせよ、誰かに会いたくてもムリはない。2人が行くことを約束した。ところが女がいるんだ。若い女がもうまるで自分の家みたいに上がって、もうベタベタしちまって…」
都「お父さんの前で?」
省一「よくもまあ、あんなに寂しそうな顔ばっかりできたもんだよ。モデルか何か知らないが若い、きれいな…お前」
都「…だったら、行くことないわよ」
省一「そうはいくかよ」
都「どうして?」
省一「約束したんだ。『女がいるから、よす』なんて言えるか? 問題は全然違うんだ。息子に会わせようと言ったんだ」
都「…だったら、和彦だけ行けば?」
省一「そうはいかないよ」
都「いいじゃない」
省一「やきもちやいて、女房行かせないみたいじゃないか」
都「そうかしら?」
省一「いっぺんきりだよ。行ってこいよ。あいつの言うとおりなら、あんまり長くはないんだ。会っといてやれよ。それだけだ、アア…」布団に寝た。
翌日、掃除機をかける都。省一は、いつも通り外回り。和彦と良子はリビングでトランプ遊び? 都は料理。
電車に並んで乗る都と和彦。
望月家
良子が電話に出ると、省一だった。「ああ、お父さんだ。お母さんたち出かけたか?」
良子「うん、3時40分ぐらい」
省一「そうか。お父さん、今日、5時で帰るからな」
良子「いいよ、私1人で」
省一「いや、しかし、お父さんもたまには早く帰りたい」
良子「…だったら、いいけど」
省一「何か買ってくか?」
良子「ううん、お母さんがビーフシチュー作ってた大丈夫。うん…うん、じゃあね、待ってる」
喫茶店
和彦「まだいい?」
都「10分あれば行くでしょう」
和彦「うん。正確に5時ならまだ5~6分いいけど」
都「正確に行こう」
和彦「いいよ」
都「今更、あなたももう会ってるって、お父さんに言えなくて、こんなことになっちゃったけど」
和彦「イヤ?」
都「えっ?」
和彦「会うのイヤなの?」
都「イヤじゃないけど…」
和彦「でも、面倒くさいような言い方ばっかりするから」
都「だって、やっぱり今の家にとっちゃ困る人だし。喜んで会いに行くわけにはいかないわよ」
和彦「ホントにそう?」
都「なによ、それ」
和彦「僕は、また会えると思うと、ちょっとうれしいよ。そりゃ、お父さんは、いい人だけど、お父さんにない所、あの人は持ってるし。僕や嫌々じゃないよ」
都「そう…そのほうがいいわ。あなたが嫌がったり、軽蔑したりしてたんじゃ、お母さんやっぱり情けないし、そのほうがうれしいわ」
和彦「うん」
洋館
竜彦が紅茶をいれている。「お父さんにわがままを言った。『2~3回でいい』公明正大にね『会わせてくれないか』って。1回だけだと言われた。まあ、それでもいい。お父さんは私を見抜いてる。深くつきあう相手じゃないとね。甘い顔を見せると平和な家庭に波風を立てかねない。1回だけというのは厳しいが、確かに3~4回がいいところだ。家庭なんていうものとは似合わない男だ。そういう人間がともあれ、こんな夜を与えられたことをお父さんに感謝している。フフッ…まるで演説だね。ハハハッ…」
和彦「フフッ…」
都も微笑む。
竜彦「どうだい? 少し飲んでいいのかな?」
都「ええ、少しなら」
竜彦「しおらしいこと言うようになっちまったね」
下を向く都。
竜彦「水割りかな?」立ち上がる。
都「ええ」
竜彦「君はどうする?」
都「この子は、まだ…」
和彦「少しもらいます」
都「大丈夫?」
竜彦「大丈夫、大丈夫。都さんが用心深いこと言うなよ」
もうね、未成年飲酒は昭和は普通にやってるね。
都「だって…」
竜彦「坊や、そのナプキン取ってくれ」
和彦「はい」立ち上がる。
竜彦「これでもね、料理は全部、私が作った」
都「全部?」立ち上がる。
和彦はテーブルの上の布を外していく。
竜彦「ぶっきらぼうでやくざな料理ばっかりだが」
都「あら!」
竜彦「独り者(もん)が中年になると、いつの間にか、そんな物作るようになってる」
都「驚いた」
竜彦「歳月というやつだね」
都「ホントね。おいしそうじゃない?」
和彦「うん」
…省一には洋食の出前を取ると言ってたし、普段は明美が料理を作っているし、本当に竜彦が作った物なのかな??
竜彦「さあ、これは、お母さん」
都「はい」水割りを受け取る。
竜彦「これ、坊やだ」水割りを渡す。
都「『坊や』なんて、やめて」
竜彦「じゃ、何て言う?」
都「『和彦』でいいわ。ねっ?」
和彦「うん」
竜彦「そうか…呼び捨ても悪いような気がしてな」
都「ハハッ…ずうずうしいくせに変な所、遠慮するのよね」
竜彦「変な所なもんですか。坊やは俺のいちばんの弱みだよ」
都「あっ…そう言えば、そうだけど…」
竜彦「今夜は、よく来てくれた。ありがとう」グラスを持ちあげ、酒を飲む。
望月家
ダイニングテーブルの上に花が飾られている。
省一「うわぁ、すごい花じゃないか」
良子「小さな花束買いに行ったらさ、あのおじさんくれちゃったのよ。『300円でいい』って」
省一「そりゃ安いや」
良子「『都合のいいときばかり、お母さん頼んでるから』って」
省一「まあ、そうだな。それぐらいしてもいいだろうな」
良子「お風呂沸いてるけど入る?」
省一「だって、メシできてんだろう?」
良子「できてるけど」
省一「じゃ、メシ食おう。お前だって腹減ってんだろう?」
良子「いいよ、待ってたって」
省一「食おう食おう。良子と2人っきりなんて何年ぶりだ? 楽しく食おうじゃないか」
良子「お父さんって、言葉悪いね。『食おう』だの『腹減った』だの。『食べよう、おなかがすいた』って言ってもらいたいわ」
省一「少しお母さんに似てきたな、お前」流しで手を洗っていて、目の前の布で手を拭く。
良子「それで拭かないの! 布巾じゃないの…」
省一「分かりました、お嬢さま。ハハハ…」
おどける省一にあきれる良子。
ソファの背にもたれかかり、ゆったり座る竜彦。「社員は、やっぱり低い金利でねえ」
都「銀行なんかもっといいらしいんだけど、そういう制度がなかったら、あんな家持てなかったわ」
竜彦「角地だし、日当たりもいいだろう?」
都「うん。フフッ…あれ、急でね」
和彦「うん」
都「野毛でレストランやってる人なんだけれど」
竜彦「うん」
都「税金、すごく滞納しちゃって放っとくと押さえられて競売でしょう? それじゃ、時価の半分になっちゃうからって売り急いだの」
竜彦「抵当か」
都「うん。信用金庫、すぐ、そういう情報入ってくるから。お父さん、『こりゃ安い』って言って、急いで私たち車に乗っけて見に行ったのよね?」
竜彦「じゃ、家、建ってたの?」
都「うん。建って1年半ぐらいだったかな」
竜彦「そう」
都「サラ金なんかが入ってると怖いけど税務署が押さえているんだったら、税金払えばいいんだし、フッ…うちの人、そういうところ詳しいから」
竜彦「いろいろ特典があるんだなぁ」
都「ううん、そのくらい。あとはもう、帰りは遅いし、銀行なんかより、もっと細かく商品の人とつながってないといけないでしょう。だから、もう商売抜きでいろいろつきあわなくちゃならなくて」
竜彦「そうか」
都「和彦なんかイヤだもんね」
竜彦「何やりたいんだい?」
和彦「ええ…」
都「分からないのよね? どうせどっか勤めるようになるんでしょうけれど。このごろ、入る大学で入れる会社かなり決まっちゃうし。まだね、フフフ…」
竜彦「そうか」
都「あさって1つ発表あるんだけど」
竜彦「そう」
都「なんとか浪人しないで済みそうよね?」
和彦「分かんないよ」
都「大丈夫よ! 国立のかなりの所だって入れるはずだったんですもの。落合先生も『まず大丈夫だ』って。(竜彦に)高校の先生なの」
和彦「そんな話、もういいよ」
都「いいじゃない?」
和彦「家がどうの、学校がどうの、そんなこと、こちらは興味ないよ」
都「そうかもしれないけど」
竜彦「『興味を持て』とお母さんは私に言ってるんだ。家をどうやって手に入れたか、金はどうなったか。学校の合格発表は、どうなってるか。そういうことをこまごまと心配していくことが生活していくことだとお母さんは言ってる。子供を育てていくということは、そういうことだ。ありきたりだろうと何だろうと三度三度のメシを作り、金を数え、掃除をし、着る物の心配をしていかなきゃ子供なんて育つもんじゃない。そう、お母さんは言ってるんだよ。こんな所で自分ひとりだけのことを考え、並の人間とは違うようなつもりでいる私に子供を育てて生きていくということは、こういうことだと言ってるんだよ。ありきたりが何が悪い? 無数のありきたりに耐えなければ子供なんて育てられない。生活というものは平凡でありきたりなもんだ。それを批評する資格なんてあんた(自身を指す)にはない。聞きなさい、イヤでも聞きなさい。どうやって安い金利でお金を借りたか、どうやって家を見つけたか、私は、そういうこまごましたことに立ち向かって、ここまで和彦を育ててきた。そう、お母さんは言ってるんだよ。違うかな?」
都「フフッ…そんなに恨みがましくじゃないけど、そういう気持ちがあることは事実ね」
竜彦「私に反ばくする資格はない」
都「いいのよ、何でも言って。そこまで分かってくれてるなら反論されてみたいわ」
竜彦「いや、議論する気はない。ハハハ…」
都「フフフ…」
竜彦「楽しくというわけにもいかないだろうが、もう少し飲んでくれよ。和彦」
和彦「はい」
竜彦「イスの背にもたれないか?」
和彦「ああ…」
竜彦「都さんも」
都「あっ…はい」何となくぎこちない感じ。
竜彦「ハハッ…他人行儀は、しかたがないが、ひと晩だけだ。哀れと思って、せめて、くつろぐ芝居を」グラスを高く掲げて酒を飲み、都と和彦も飲む。
望月家
ケーキを食べている良子と省一。
良子「へえ、あんな所にお店できたの?」
省一「ああ、少し甘すぎるなぁ」
良子「そうね。このごろのは、もうちょっとシャレてないとね」
省一「しょうがないな。ウチは、そういうヤボな店に金貸してんだからな」
良子「そうなの? 言ってやったら?」
省一「うん…明日、また寄ってみるかな」
良子「そういうときって、どうなの?」
省一「どうって?」
良子「お金貸してれば、やっぱり、お父さん大きい顔するわけ?」
省一「そんないやらしかないよ」
良子「だけど向こうは『課長さん』とか言うんでしょう?」
省一「そりゃ、立てようとはするさ」
良子「そういうときのお父さん、見たいなぁ」
省一「どうして?」
良子「天王町で家の近所回ったことあったじゃない?」
省一「ああ、支店長な」
良子「そう。私が4年生ぐらいのときだったかなぁ。回るの、ついて歩いてさ」
省一「ああ、春江ちゃんとな」
良子「そう…途中でやめちゃったのよ」
省一「そうか」
良子「『よそう』って、公園行っちゃったわ」
省一「どうして?」
良子「だって、お父さん、あんまりペコペコするんだもん。『どうぞよろしく、どうか、どうか』って、すごかったじゃない」
省一「ひどいこと言うなよ」
良子「あれだけなのよ」
省一「何が?」
良子「お父さんが仕事してるの見たの」
省一「そうか」
良子「お金貸してさ、ちょっと威張ってるところ見たいな」
省一「そりゃ、こっちだって見せたいよ。大体ね、お父さん、ペコペコなんかしてるもんか。関内(かんない)だって、戸塚だって、大和んときだって、お父さんが肩入れしたから助かった店、いくらでもあるんだ。ペコペコどころじゃないよ。『望月さん、相談に乗ってくれ』『これ持っていけ』そりゃもう大変だよ。それが証拠に幸福堂の長男、お父さんが名前付けたろう?」
良子「大和の?」
省一「そうだよ! あの家なんか行ったら大変だよ。『この店が今あるのは望月さんのおかげだ!』もう、そりゃ、下へも置かないよ。おばあちゃんなんか手ぇ合わせちゃってさ。神さまだよ、お父さん」
良子「へえ~」
省一「見せたいなぁ、そういうところ」
良子「ホント、フフッ…」
ほのぼのしてて、いい。
洋館
竜彦「強いね」
都「ううん、ほとんど飲まないから」
竜彦「そう」
都「飲まないと弱くなるでしょう? もう限界って感じ」手に持っていたグラスをテーブルの上に置く。
都も和彦も背もたれから背を離している。
竜彦「ハハハ…呼んどいて一向に面白くないね」
都「面白いってわけにもいかないわ」
竜彦「そう、無論、そうだ。どうだい? もう1杯、薄いのを飲まないか?」
和彦「ええ」
都「4杯目よ」
竜彦「大丈夫。ハハッ…俺の息子なら強いはずだ」水割りを作るために立ち上がった。「ハハ…やなこと言ったね」
都は首を横に振る。
竜彦「いやぁ…どうシャッターを押しても、自分には、もう力のある写真は撮れない。独自の画(え)が撮れない。撮る対象を愛する力もなくなっちまった。そう思い知ってね、カメラたたき売ってゴロゴロしてた。何かに深く執着することもない。好奇心なんてものも持てない。好奇心なんて、あんた…誰かにそれを話すとか撮った写真を見せるとか、そういう欲がなきゃ湧くもんじゃない。そんなとき、視神経に腫瘍があることが分かった。『放っとくと死ぬよ』と言われた。しかし、平気だったね。潮時だと思った。誰もいないしね」水割りを和彦に渡す。「仕事に希望もない。死んでもいいと思った。女が…あの若いのが気を遣ってくれてね、『前にあんた子供がいるって言ってた』って、どう捜したのか、この子を連れてきた。こりゃ衝撃的だったねえ。ハハハッ…会ったときは、どうってこともなかったが、酔ってたからねえ。じわじわ効いてきた。『俺にあんな息子がいる』いや、こういう言い方はカンに障るかもしれないが」
都「いいのよ」
竜彦「うれしいんだねえ。死ぬのをとどめるようなものは何もないと思ってた。自殺をする気はないが、病気で死ぬなら逆らうまいと思ってた。しかし、やっぱり内心、自分が泡みたいに、ある日、跡形もなく消えちまうのは寂しかったんだねえ。こっちの勝手な思いだが、自分の一部が和彦に受け継がれて、死んだあとも生き続けていると思うのが安らぎだった。和彦が来ると、つい、何か説教めいたことを言ってる。『ある人間が何について悩んでいるかを知れば、そいつの程度が分かる』とかね。フフ…なんかこう教えたがるんだね。少しでも自分の影響を与えたいなどと思ってる。しかし、それは虫がいいってもんだ。影響を与えるほど会う資格はないやね。こうやって2人と夕飯(ゆうめし)を食うことができたのも多分、恵まれすぎってもんだろう。お父さんに礼を言わなきゃいけない。今日は、いろいろ考えてね『面倒なことは一切言うまい』『3人で歌を歌うのもいい、踊りまくるのもいい、いやいや静かにモーツァルトなんてのはどうだ?』なんてね、フフフッ…お母さんの言うとおりだ。あんた方は楽しがるわけにはいかない。そう簡単に打ち解けられる相手じゃない」
都「音楽、あるの?」
竜彦「そう、音楽ならいいね。黙りがちな時間を埋めるためには俺のおしゃべりよりモーツァルトのほうがいいに決まってる」
都「そんなこと言ってないわ。歌がよければ歌ってもいいわ。少し回ってきたし」
竜彦「そして『そろそろ失礼するわ』か」
都「あまり遅いと心配するし…歌って、どんな歌?」
竜彦「変わりゃ変わったもんだ。あの亭主が心配するか…勝手に心配させときゃいい」
都「何を言うの?」
竜彦「くだらん家庭を大事にすりゃいい。一体、お前らの暮らしは…」
都「どうしたの? 急に」
竜彦「和彦…和彦!」
和彦「はい」
都「どうしたの?」
竜彦「『どうせどっかへ勤める』か。『どうせ大した未来はない』か。バカ言っちゃいけねえ。そんなふうに見切りをつけちゃいけねえ。人間ってもんはな…もっとすばらしいもんなんだ。自分に見切りをつけるな。人間は給料の高(たか)を心配したり、電車がすいてて喜んだりするだけの存在じゃねえんだ。その気になりゃ、いくらでも深く激しく広く優しく世界を揺り動かす力だって持てるんだ。偉大という言葉が似合う人生だってあるんだ。あんな親父と似た道を歩くな」
都「よして」
竜彦「親父に聞いてみろ。『心の底まで引っさらうような、ものすげえ感動をしたことがあるか?』ってな」
都「あなたは、あるの?」
竜彦「自分を磨くんだ。世界に向かって『俺を重んじよ』と言えるような人間になるんだ。『家庭が幸せなら事足りる』なんて言うような、あんなヤツに…」
都「あの人のことをどうしてバカにするようなこと言えるの?」
竜彦「いくらでも言えるぞ」
都「あなたは、なに? ただのろくでなしじゃない?」
竜彦「あいつは、ろくでなしでさえないんだ」
都「勝手なこと言わないで! あの人の厚意でこうやって、今、3人いるのよ」
竜彦「お人よしは徹底的に俺をはねつけるだけのことができねえんだ」
都「ハァ…何言ってんの…」
竜彦「1回ぐらい会わせといたほうが気が休まるのよ。自分をいい人間だと思うこともできる」
和彦の目から涙が流れる。
竜彦「ああいう手合いは自分を悪人にすることもできねえんだ。誰かに悪く思われてるなんてことに耐えられねえんだ」
都「『下衆の勘ぐり』ね。あなたの人柄が分かるだけよ」
竜彦「ばかにヤツには点が甘いじゃねえか」
都「甘くなんかないわ。あなたなんかより、よっぽど誠実で」
竜彦「よっぽど誠実!?」テーブルをたたく。「ありゃ、誠実なんてもんじゃねえ! 気が小せえだけだ!」
都「何を言うの…」
竜彦「あんたを愛してるか? あんたは、あいつを愛してるか?」
都「そう…」
竜彦「愛してなんかいるもんか。ああいう…ああいう男が人を愛するなんてことができるわけがねえ。自分のことばっかりよ。心の中、のぞいてみろ。安っぽくて、簡単で」ラジカセをつける。「カラカラ音がしてるだろうぜ」
都「帰るわ」
竜彦「和彦」
都「余計なこと言わないで」
竜彦「適当に生きるなんてことを考えるな。体裁のいい仕事に就いて女房もらって、子供つくって、平和ならいいなんて、そんなくだらねえ人生、送るな!」
都「どこがくだらないの?」
竜彦「あんたの亭主のような人間がこんなちっぽけな魂しか持ってねえってことは…あんたも百も承知だろうが! その上、ヤツらは『それで何が悪い?』と開き直ってる」
都「和彦!」
リビングのドアを開けて玄関に向かう。
竜彦「あいつがあんたを愛してるもんか。うんざりしながら便利に使ってるだけだ! 言っとくが、あんた、あんなヤツで満足してるわけがねえ。ヤツはいっぺんでも自分の魂の安っぽさに悩んだことがあるか? 少しでも魂を豊かにしようと自分を鍛えたことがあるか? 悩んでることは月給だの体の調子だの天気の具合なんてことばっかりだろうが」
都「私は、あの人を愛してるわ」
竜彦「フフフッ…」
都「あの人を誇りに思ってるわ!」
竜彦「誇りに?」
和彦「いいです、さよなら」
竜彦「ヤツを誇りに思ってる?」悪魔みたいな高笑い。
洋館を出て歩き出す都と和彦。
竜彦「あんなヤツをどうやったら誇りに思えるんだ!」
「レクイエム ニ短調」が流れる。
ひとり残された竜彦は突然頭を抱えて苦しみだす。
帰りの電車は和彦が立ち、都が座っている。
苦しんだ竜彦は電話を電話台から落としながらもダイヤルを回す。
明美が車を走らせ、竜彦は電話線を引き抜いて頭に巻く。うつろな表情の都。
のたうち回る竜彦が手を伸ばし、テーブルクロスを引いて、料理が落ちた。(つづく)
また予告なし。
いいことも言ってるけど、省一を悪く言うことないのになあ。すごいセリフ量。



