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【ネタバレ】早春スケッチブック 第10回

フジテレビ 1983年3月11日

 

あらすじ

西洋屋敷を訪れた都(岩下志麻)は、ひとり打ちひしがれている竜彦(山崎努)の姿に胸をつかれた。 和彦(鶴見辰吾)のことや死ぬことへの恐怖についてつとめて素直に語る竜彦に、都も心の歩み寄りを感じるのだった。 家をとび出し深夜喫茶で夜を明かした和彦は家に和解の電話をかけた。 省一(河原崎長一郎)は知り合いのレストランに和彦を呼び、ワインやステーキをすすめながら父子二人で話し合った。

2025.3.14 日本映画専門チャンネル録画

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洋館の片隅で泣いている竜彦を目撃した都。

 

脚本:山田太一

*

音楽:小室等

*

プロデューサー:中村敏夫

*

望月都:岩下志麻…字幕黄色

*

望月省一:河原崎長一郎

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望月和彦:鶴見辰吾

望月良子(よしこ):二階堂千寿

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女将:渡辺康子

ウエーター:吉田丈弘

古賀プロ

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沢田竜彦:山﨑努…字幕水色

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協力:相模鉄道

   いすゞ自動車

   八千代信用金庫

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写真提供:倉田精二

     「フラッシュアップ」

          (白夜書房 刊)

*

演出:河村雄太郎

*

製作・著作:フジテレビ

 

洋館

台所で顔を洗い、洗面器で頭に水をかける竜彦。玄関で待っていた都に「どうぞ」と声をかけた。

 

応接間に先に入った竜彦は暖炉脇の倒れた火かき棒を置く台につまずき、台を立てた。「とんだところを見られちまって、いささかうろたえてる。入ってくれ」

都「和彦が来てるんじゃないかと思って、電話したの」

竜彦「2階にいてね、下りてきて受話器取ったら切れてた」

都「そう」

竜彦「どうかした?」

都「うん…」

竜彦「試験は?」

都「1つだけ受かったわ」

竜彦「そりゃ良かった」

 

都「来なかった?」

竜彦「ああ」

都「ゆうべも?」

竜彦「ゆうべ?」

都「ひと晩、帰ってこなかったの」

 

竜彦「そう、来なかったが…」

都「こういうこと、なかったのよ」

竜彦「しかし、受かったんなら少しぐらいハメを外したっていいじゃないか」

都「うん…」

竜彦「捜し歩くほどのことかなぁ」

 

都「主人と衝突したの。初めてなの。あの年ごろで父親と衝突するの普通なのかもしれないけど、本当の親子じゃないし、あの子、抑えていたんだと思うわ。ゆうべ、急に大声で逆らったの。言っていることは、あなたが言いそうなこと。だから、飛び出して、ここへ向かったって、きっと、主人、思ったわ。私は、そう思いたくなかった。今の父親と争って、ここへ来るんじゃ、あんまり気持ち踏みつけでしょう?」

うなずく竜彦。

都「ただ、ほかにアテがなくて、やっぱり、ここかなぁって…」

ソファに座っていた竜彦が両手で顔を覆う。

 

都「どうしたの?」

竜彦「いや」

都「痛むの?」

竜彦「そうじゃない」

都「ムリしないで」

竜彦「いや。ええ? 大声でどうかしたって?」

 

都「えっ?」

竜彦「いや、和彦が…」

都「ええ…」

竜彦「ハハッ…それは心配だろうな」立ち上がる。「電話、出たんだが、切れちまってね」

都「つらそうだわ」

竜彦「何でもないのさ。ハハッ…痛くもかゆくもない。ハハハッ…」

 

都「ごめんなさい。和彦に聞いたの。『手術しないで帰った』って」

竜彦「そうかい」

都「和彦どころじゃないわよね」

竜彦「そんなことない。せん越だが、俺も心配したいね。どうしたって?」床に座る。「ちょっと聞いてなかったんだ」

都「横になったほうがいいみたい」

竜彦「いや…全く、あんたには見せたくないが、ほんの少しね、今、怖がってる。死ぬのを怖がってる。すぐねじ伏せるがね」また両手で顔を覆う。

 

竜彦に近づいた都だったが、何もできない。

竜彦「お茶でも入れようか?」

都「欲しいなら入れるけど」

竜彦「いやいや、ハハハ…お入れしたいと思っただけだ。ハハッ…」立ち上がる。

 

都「本当に痛くないの?」

竜彦「ああ」ため息をつき「そりゃないよな」

都「えっ?」

 

竜彦「いや『そこら辺のヤツらとは違う』なんて生意気言って生きてきて何を残したかと言やぁ、ロクでもない写真を何百枚か残しただけ。そりゃ、中には何枚か今でもいいと思うやつもあるがね。それにしたって、たかが写真だ。その上、死ぬのを怖がってガタガタしてるんじゃ、何ひとつ取り柄がない、その辺の誰彼と同じだ。いや、誰彼よりひどい。誰彼さんは親孝行したり、子供を苦労して育てたりしている。そんなことも俺はしてない。このまま死ぬんじゃ、まさしくろくでなしの末路だ。それじゃ、あんまりだ。せめて死ぬのを怖がらず受け入れたい。無論、本当は自分を鍛え直し、豊かで、鮮やかで、力がほとばしるような写真が撮りたい。しかし、そんな暇はない。だったら、もう…堂々と死ぬしかない。ありきたりじゃなく死ぬぐらいしか、俺には、もうやることがない。それもくだらんなどと言わないでくれ。ハハハ…追い詰められちまったよ」

 

都「私にできること、ない?」

竜彦「あるとも」ゆっくり都に近づき、顔の辺りに手を伸ばすが、触れずに手を下げ、また離れる。「あるとも。ひとつだけ頼まれてくれ。俺がおびえて泣いてたなんて、和彦には言わないでくれ」

都「言わないわ」

 

レストランの個室

省一「そんな、お前、こんなとこへ来てハンバーグなんて悲しいこと言うなよ。ステーキいこうじゃないか、ステーキ」

和彦「いいよ」

省一「(ウエーターに)これ、300っていうのを彼にね、え~、私は200でいいや」

和彦「僕も200グラムでいいよ」

省一「若いのが何言ってんだよ」

和彦「でも…」

省一「いいんだ。じゃ、スモークサーモンとワインね」

ウエーター「かしこまりました」

 

省一「スープか何か取るか?」

和彦「いいよ、十分だよ」

省一「そうか。じゃ、とりあえずワインね」

ウエーター「少々、お待ちくださいませ」部屋を出て行く。

 

省一「ハハハ…いいんだぞ。金のことは気にしなくて」

和彦「そんなんじゃないよ」

省一「いや、ここはな、随分、お父さんの決断で助けてるからな。まともに勘定取りゃしないよ。ハハハ…」

 

ノックし、女将が「ごめんください」と声をかけた。

省一「あっ…はい」

女将「ワインはボルドーとか、そういう所のほうがいいかしら?」

省一「いや…そういうの、私、全然ダメ。へへ…あの、全く知識ない。お任せします」

女将「あんまり辛くないのね?」

省一「そうね。両方いけない口だから」

女将「アハッ…分かりました。少々、お待ちくださいね」部屋を出て行く。

 

この店、”女将”って感じの店じゃないけど、字幕がそうなってたんで。省一の全く知識ないって言えちゃうの、カッコいい。

 

省一「いやぁ、和食にしようと思ったんだけどね、和食だと、ひと部屋取って、酒取らないとカッコつかないだろう? ワインの小瓶だったらいいけれども、日本酒2~3本持ってこられるとなぁ。まったく…夕食となると、酒飲まない人間は気を遣っちまうよ」と笑う。

 

ホントに、昭和で酒飲めない人って苦労が多かったろうと思う。

 

省一「どうした? ゆうべは」

和彦「うん」

省一「どこに泊まった?」

和彦「深夜喫茶」

省一「そうか。そんなとこ、よく知ってたな」

和彦「歩いてたら、あったから」

省一「そうか。心配したぞ。よく電話くれた。お前とあんなふうにもめたの初めてだから、どう仲直りしようか、今日1日考えてた」

うなずく和彦。

省一「電話あったんでホッとした。いや、お前の言うことが正論だよ。なにもいい大学入るばかりが能じゃない。『こんな三流大学から、こんなすごいヤツが出た』って、そう言わせればいいことなんだ。大学にこだわることはない」

 

ノックして、ウエーターが入って来た。

 

省一「今の若い者(もん)にしちゃ、骨のあることを言うよ。見どころあるぞ。(ウエーターに)あれ? それ、小瓶か?」

ウエーター「いえ、ボルドーの小瓶がございませんので」

省一「…だったら別のでいいのに」

ウエーター「いえ、これは主人からのサービスでございます。どうかお飲みいただくように」

省一「そうか、悪いねえ。こりゃ、2人で酔っちまうぞ、こりゃ」笑う。

 

タクシーの車内

酔っ払っている省一。「和彦、おい、こら。カッコイイこと言うなよ」

和彦「うん?」

省一「三流大学でぬきんでりゃいいだと? ヘッ…笑わせんなよ。ぬきんでるなんてことが、そんな簡単にできると思うのか? 簡単じゃないから、いい大学入って、箔つけて、なんとかしようと、みんなしてんじゃねえか。現実は、そう甘くはないよ。そう、お前、カッコよくいくかよ。三流大学出りゃ、三流会社、そして三流の人生よ。そりゃ、中にはどこにだって一流ってヤツは、いるだろう。そんなのは1万人に1人よ。俺たち凡人には関係ないことだよ。現実、そんな甘くないよ」目をつぶって寝ている。

 

和彦「1万人に1人なら、その1人になろうとしちゃいけないのかな? 現実は甘くないなんて脅かすだけの親なんて情けなくないかな?」車窓に向かいつぶやく。ふと、省一を見ると、省一は目を開けてみていた。「フゥ…眠ってるかと思ったよ」

 

朝、ダイニング。台所で目玉焼きを作っている都。

省一「『帰りの電車』って…あの男のとこ行ったのか?」

都「行ったって、別に…」

省一「わざわざ行くことないじゃないか」

都「電話をかけたのよ。だけど、出なかったの」フライパンにふたをする。

 

省一「…だったら行くのか? もう、あいつとは会わない約束じゃないのか?」

都「和彦、捜したのよ」

省一「和彦は行ってなかった」

都「だから、ホッとしたわ。ホッとしたって話じゃない?」

省一「わざわざあんなとこまで行くことないじゃないか」

都「でも、ほかにあの子が行きそうな所、思いつかなかったのよ」

省一「あいつのとこだったら行きそうなのか? 1回きりってことで、あのとき行ったんじゃないか」

都「もちろんそうだけど、事によるとと思ったの」焼けたトーストを省一の前の皿に置く。

 

省一「大体、お前らは何だ?」

都「『何だ?』って…」

省一「和彦は人をバカにしたようなことを言う。あの男の口マネみたいなことをな。お前は口実を作って会いに行く」

都「そんなんじゃないわ」

省一「俺はどうせつまらない男だよ」カバンを持ってダイニングから出る。

都「お父さん!」

 

省一「行きたきゃ行けよ。あいつがそんなによけりゃ行け」

和彦が階段を降りてきた。

省一「和彦、俺の言うことがくだらないんだったら、あいつんとこ行ったらいい」

都「お父さん、待ってよ。ちょっとどうかしてる」

省一「どうかしてるもんか!」玄関を出て行く。

和彦「お父さん! 僕は行かないよ。行かなかったじゃないか」外に出る。

省一は何も言わず、そのまま出て行った。

 

玄関に戻った和彦。

都「やぁね。行く気なんかないのに」

良子「お父さん、すねてるのよ」ダイニングに戻る3人。「ほら、あの人、ちょっとカッコイイところあるじゃない? お父さんさ、あの人に比べると貫禄ないし、ニコニコしちゃったりして、安っぽいところあるから、すねてるのよ。分かるわ、私」

都「お父さん負けないわ、あの人に」

和彦「そうだよ。いい人だし、マジメだし、公平だし、優しいし」

良子「ムリしてる」

和彦「ムリなもんかよ」

都「そうよ。いい人ってことじゃ、お父さんにかなう人、いないわよ」

良子「ちょっとつまんないけどね」

和彦「そう、まあ、多少な」

都「多少ね、フフッ…あっ!」黒こげな目玉焼き。

 

洋館

良子「うわぁ…すごい家」

庭に出ていた竜彦は良子をじっと見つめる。

良子「こんにちは」

竜彦「ああ、おねえちゃんか。たき火してるんだ、来ないか?」木の枝を数本手に持って歩くが、ちょっとした段差につまずいて転んだ。「おっと…」

良子「大丈夫?」

竜彦「ああ、大丈夫。ヘヘッ…転んじゃいけないね。ここは? お兄ちゃんにでも聞いたのかな?」

 

良子「いいえ、自分でルートたどって」

竜彦「ルート?」

良子「『新村明美さんに聞けば分かる』って言われて、電話したら、友達とかいう人が出て『沖縄へ行ってる』って」

竜彦「ああ。ここへかけるといい」切り株のほこりを払う。

 

良子「悪いけど『娘だ』って言っちゃったわ」

竜彦「娘?」

良子「そんなことでも言わないと教えてくれないと思って。『実は、おじさんの隠れた娘だ』って」

竜彦「へえ…」

良子「フッ…驚いてたわ」切り株に座る。

竜彦「そりゃ、そうだろう」

 

良子「『とても大事なことで急用だ』って言ったら『ホントは知らないことになってるんだけど』って教えてくれたわ」

竜彦「簡単だね」

良子「ホント、ちょっと拍子抜けしちゃった」

竜彦「ヘヘッ…」

良子「そうか…」

竜彦「うん?」

 

良子「前にお兄ちゃん、家の庭で突然、たき火を始めたことあったの」

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竜彦「そう?」

良子「ここでたき火したのね? 2人で」

竜彦「ああ」

良子「だって12月よ。あのころから会ってたわけ?」

竜彦「うん」

良子「今年になってからだと思ってたけど」

竜彦「なに?」

良子「へっ?」

 

竜彦「『急用で大事なこと』って?」

良子「口実! そんなの別にないわ」

竜彦「そうか」

良子「ただ…ちょっとね」

竜彦「うん?」

 

良子「お母さんとお兄ちゃん、もう、ここへは来ないの。お父さん、ちょっとひがんじゃってるの」

竜彦「うん?」

良子「おじさん、なんとなくカッコイイところあるでしょう?」

竜彦「そうかな?」

良子「そう言われると、うれしい?」

竜彦「ああ、うれしいね」

 

良子「お父さん、劣等感っていうのかなぁ。お母さんやお兄ちゃんがおじさんのほうがいいと思ってるんじゃないかって、すねてるの」

竜彦「そうかぁ」

良子「『そんなことない』って、お母さんもお兄ちゃんも言ってるのよ。『お父さん、めったにいないぐらい、いい人だ』って。いい人には違いないけど、あんまり言い過ぎるとシラけちゃうわよね」

竜彦「フフッ…」

良子「とにかく、そういう状態だから2人ともここへは来れないの」

竜彦「いいんだ。もう来ないってことだったんだから」

 

良子「でも、ひとりっきりなんでしょう?」

竜彦「ああ」

良子「病気なんでしょう?」

竜彦「ああ」

良子「なんだか、かわいそうだわ。私がここへ来るなんて、お父さん思ってないし。ちょっと来たの」

竜彦「そう、ありがとう」

良子「ううん、ジャマかもしれないけど」

竜彦「ジャマなもんか。飛びはねたいほど、うれしいよ」

良子「じゃ、飛びはねて」

竜彦「ハハ…」

 

良子の行動力、すごい!

 

洋館

応接間のドアを開けて、良子がティーセットを持って入った。「ここかな? ソファーのあるお部屋ね」

竜彦「ああ、そうだ」

良子「うわぁ、なんか古くさくて、いい感じ。こういう家、私、初めて! テレビのおっかないのに出てくるみたい。『ギギーッ』なんていって、すっごい顔した男が…」

竜彦が応接間のドアから半分顔をのぞかせた。

良子「フフッ…ヤダ、そっくり」

竜彦「フフッ…」応接間に入って来た。

 

良子「ホント、おじさん、こういう家似合ってる。どっか性格悪いんじゃないの?」

竜彦「フフッ…レモンがないが」

良子「いいわよ。うちなんかしょっちゅうないわ」

竜彦「クッキーもなくなってね」

良子「気にしないで。私も何にも買ってこなかったんだから」

 

竜彦「あっ…これ、ついでくれないか?」

良子「やるわ」

竜彦「不器用でね。大抵、少し、こぼしちまう」

良子「やぁね。相当ね、それも」紅茶をつぐ。

竜彦「う~ん、フッ…」

 

良子「うちのお父さんは、すっごく器用なのよ。小さいころ、おもちゃなんか、どんどん直しちゃうし、テレビも湯沸かし器もすっごくうまく外して直しちゃうの」

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電気屋さんだからね~って違う!

 

竜彦「すごいねえ」

良子「いろいろ違うもんね、人間って」

竜彦「ああ」

良子「お砂糖、いくつですか?」

竜彦「2つ」

 

良子「変な気がするわ」

竜彦「うん?」

良子「この人がお兄ちゃんのお父さんなんて…」

竜彦「フッ…」

良子「どんなふうだろう? こういう人がお父さんだったら」

竜彦「フフッ…」

良子「フッ…やりにくそう」

 

竜彦「そうだねえ。君のお父さんのほうがずっといい」

良子「親としてはね。男としては、またちょっと違うと思うけど」

竜彦「いや、男としても立派だ」

良子「立派って感じじゃないけどね」

 

竜彦「さっきからお父さんの偉さを感じてるよ」

良子「『感じてる』って?」

竜彦「君を通して感じてる」

良子「見ないで、そんな目で」

竜彦「お母さんが違うのに、ちっともそういう影がない」

良子「それは少し買いかぶり。時々ひがむの。だって、お兄ちゃん受験だったでしょう? わりと大事にされてたから変なんなっちゃったわ」

竜彦「そう」

良子「まあ、メチャクチャ落ち込むってこともないけど、それを言うなら、お父さんよりお母さんのほうじゃないかな?」

竜彦「うん」

 

良子「どうしてあんな人捨てたんですか?」

竜彦「フフフッ…」

良子「悪かったのね、きっと」

笑い出す竜彦。

良子「フッ…いただきます」紅茶を飲む。

 

割と長い2人だけのお芝居、すごいなあ。

 

和彦の部屋

和彦「『行ってきた』!?」

良子「うん」

和彦「どうやって?」

良子「電車と歩き」

和彦「バカ。どうやって、あの家、分かった?」

良子「いろいろね」

和彦「いろいろって?」

 

良子「いいじゃない。代わりに行ってあげたのよ」

和彦「どうしてた?」

良子「面白かったわ」

和彦「『面白い』って?」

良子「病気が悪いの、よく分かんなかったわ」

和彦「そうか」

 

良子「いろんなこと言って、しゃべったわ。紅茶飲んで、お米をといであげた」

和彦「そっか」

良子「行かない?」

和彦「えっ?」

良子「ナイショで2人で行こうよ。お父さん、バカみたいよ。いいじゃない、会ったって」

 

和彦「そうはいかないよ」

良子「どうして?」

和彦「お前だって結婚して、相手がほかの女に会いに行ったら、いい気持ちしないだろう?」

良子「お兄ちゃんは、お父さんの奥さんじゃないのよ。お母さんは分かるよ。でも、お兄ちゃんは行ったっていいと思うわ」

和彦「ダメだよ」

良子「どうして?」

和彦「お父さんが嫌がってるんだ」

良子「だから、ナイショで」

和彦「いいよ。今、そういうことしたくないんだ。お父さんが嫌がってることしたくないんだ」

 

ダイニング

お茶漬けを食べている省一。「いいよ、もう。今ごろ刻んだって間に合わないよ」

都「待ってよ、ちょっと」台所で何か切っている。

省一「だから、要らないっつってんだろう。この、つくだ煮で十分だよ」

都「『おしんこ、ないか』って言うから…」

じっと省一を見ている良子。

省一「なに見てんだ? 早く寝ろ。あした、学校だろう?」食べ終わった茶碗を流しに持っていく。「勝手に刻んで不満そうな顔するなよな」Yシャツにステテコ姿で脱衣所へ。

 

流しに茶碗持っていくだけ偉い!と思っちゃう。

 

良子「まだ怒ってるわけ?」

都「ハァ…2~3日は、しょうがないわ」

良子「何が『立派』よ」とつぶやく。

 

また制服姿で今度はケーキの箱を持って洋館へ。

 

竜彦は掃除機をかけていた。

良子「こんにちは」

びっくりして振り返る竜彦。「よう」

良子「上がっちゃったけど、声かけたのよ。『こんにちは』って」

竜彦「ああ、そりゃ失敬した」

良子「ケーキ買ってきたの」

 

それぞれの皿に乗ったショートケーキ。竜彦は半分を良子の皿に乗せようとしている。「ホントだよ」

良子「ホントに1つ食べられない?」

竜彦「半分ぐらいがいい」

良子「どうして? そういう我慢、よくできる」

竜彦「そりゃ、大人になると…好みが変わるからね」ティーカップのハンドルを持とうとして空振りするのを良子が見ていた。「どういうこと?」

竜彦「うん?」

良子「目が悪いって聞いてたけど」

 

竜彦「いやぁ、よく見える。君の顔もね」

良子「『顔も』って…そんなこと言うほど見えないわけ?」

竜彦「そういう陰気くさい話をするのは、よそう。話してみてもしょうがないことだ」

 

窓辺で話をする竜彦。「もちろんだよ。何か好きなものがあるということは、すばらしいことなんだ」

良子「ロックとマンガでも?」

 

竜彦「そうさ。何だっていいんだ。何かを好きになり、細かな味も分かってくるというのは、とても大切なことなんだ。そういうことが魂をこまやかにするんだ。マンガでもロックでも深く好きになれる人は、ほかのものも深く好きになれる。いちばん恥ずかしい人間は『くだらない』とか言って、何に対しても深い関心を持てない人間だ。そういう人の魂は干からびてる。干からびた人間は人を愛することも物を愛することもできない。例えばビールの蓋やジュースの蓋を子供が集める。それはハタから見ればくだらない。そんな暇があったら勉強すればいいと大人は思うだろう。しかし、違うんだ。肝心なのは夢中になっているということなんだ。何かに深く心を注いでいるということなんだ。それが心を育てるんだ。それに比べれば勉強ができるなんてことはつまらないことだ。何かを深く好きになることが必要だ。しかし、それは放っといてできることじゃない。好きになる訓練をしなければいけない。マンガが好きならマンガでもいい。ただ、気持ちのままに読み散らしているんじゃいけない。細かな魅力を分かろうとしなければいけない。すると、誰のがチャチで、誰のがいい味だというようなことが分かってくる。もっと深い味が欲しくなる。もっと複雑な魅力が欲しくなる。それはもうマンガじゃダメだということになったら、ほかのものを求めればいい。その分、君の心が豊かになってる。好きなものがないということは、とても恥ずかしいことだ。何かをムリにでも好きになろうとしなければいけない。若いうちは特に何かを好きになる訓練をしなければいけない。何かを好きになり、夢中になるところまでいけるのは、すばらしい能力なんだ。物や人を深く愛せるというのは、誰もが持てるというもんじゃない。大切な能力なんだ。努力しなければ持つことができない能力なんだ。言い方が難しかったかな?」

 

良子「ううん」

竜彦「そう」

良子「途中から…私に話してたんじゃないでしょう?」

竜彦「どうして?」

良子「お兄ちゃんに話してたの分かるわ」

竜彦「ハハッ…そんなことはないよ」

 

良子「会いたい?」

竜彦「いいんだ」

良子「お母さんには、どう?」

竜彦「いいんだよ。ずっと君に話してたさ。1人でばかりいるからね。聞き手があると、つい、おしゃべりになる」

泣き出す良子。

竜彦「どうした?」

良子「分かんない」

 

夜、ダイニングテーブルでアイロンがけする都。

良子「お母さん」

都「うん?」

良子「お兄ちゃん…ほのめかすぐらいにしか言わないけど」

都「何を?」

良子「あの人の病気、どうなの?」

 

都「『あの人』?」

良子「お兄ちゃんのお父さん。目が悪いって…それだけ?」

都「どうして?」

良子「聞きたいの」

都「どうして?」

良子「どうしてでも聞きたいの」

 

都「良子、まさか…」

良子「会わないわ。会わないけど、どうなの? どうなの?」

都「知らなくていいの。うちとは関係ない人だもの」

良子「その言い方で感じるわ。あの人、とっても悪い病気なんでしょう?」

都「そんな…」

良子「そうじゃないかと思ってたの」

 

都「良子…」

良子「いいの、おやすみなさい」席を立ってダイニングを出た。

都「良子」

 

ドアチャイムが鳴る。都に「お父さんよ、開けてあげて」と言われ、良子が玄関を開けると、省一がバケツを持って立っていた。「なんだ、良子か」

良子「おかえりなさい」

 

省一「また、お母さん、ゴミのバケツ、出しっぱなしだったぞ」

都「おかえりなさい」

省一「みっともないじゃないか!」

 

階段を上ろうとしてた良子。「お父さん」

省一「うん?」

良子「あした、ちょっと話があるわ」階段を上っていく。

省一「話? 何だ? 話って。おい」

 

自室に戻った良子。

 

早朝、都が寝ているのを見計らって部屋を出た省一。ま、都は寝たふりだけど。

 

あくびをしながら2階の良子の部屋へ入り、良子を起こした。「いや…なんだか気になってな」

良子「何が?」ベッドに寝たまま。

省一「『何が?』って、お前、話があるって言ったじゃないか」

良子「何時?」

省一「7時ちょっと過ぎだ」

良子「日曜日じゃない?」

省一「そりゃ、そうだが」

良子「1日あるじゃない」布団をかぶる。

省一「ああ、ハハ…お父さん、年取ったのかなぁ。すぐ目が覚めちまうんだ。10時ごろまで寝てようと思ったんだけどな。どうだ? 今日辺り天気よさそうだし、みんなで元町辺りまで行かないか? 中華街で夕飯食べてもいいし」部屋を出ようとする。

 

良子「お父さん」

省一「うん?」

良子「あの人の病気のこと、お父さん、どのぐらい知ってるの?」

省一「あの人って?」

良子「沢田っていう人。重いこと知ってるの?」

省一「どうして?」

良子「知ってるの?」

省一「ああ」

 

良子「死にそうなことも?」

省一「ああ、し…しかし…」

良子「死にそうなの!? あの人、ホントに死にそうなの?」

省一「良子…」

良子「なんだか私、そんなような気がしてしょうがなかったわ」

 

省一「お前…」

良子「…だったら、会わせてあげればいいじゃない。お母さんやお兄ちゃん、会わせてあげたらいいじゃない!」

 

布団に入りながらも都も和彦も聞いている。

 

省一「どうかしたのか?」

良子「『1回だけ』なんてケチなこと言わないで『どんどん会いに行け』って言ってよ」

 

体を起こす和彦。

 

省一「お母さん、会いたいっつってんのか?」

良子「言わなくたって分かるわ。死にそうなら会いたいと思うわよ」

省一「何言ってるんだ? お父さんは、すべきことはしたんだ。それ以上してやる義理はない!」

 

都も階段下から様子をうかがう。

 

良子「そうかもしれないけど…」

省一「大体、迷惑を被ってんだ。和彦を見ろ」

 

良子を見てしゃべっている省一の背後に和彦!

 

省一「和彦が妙なことになっちまったのは、あいつのせいなんだ。あいつがつまらないことを吹き込んだからなんだ」

良子「つまらないって言うけど…」

省一「もう、いい! お父さんは考えたあげくにそうしてるんだ」良子の部屋のドアを開けて廊下に出ると和彦がいてびっくり。「何でも自由だなんつったら、うちみたいな家族は、すぐぶっ壊れちまうよ」階段を降りていく。

 

良子が自室のドアを開ける。「自信がないんじゃない?」

和彦「良子」

降りかけた階段を戻りかける省一。

都「良子、何言ってるの!」

 

良子「お父さん、自信がないから会わせないのよ」ドアを閉める。

 

階段を降りた省一。「なにも良子に『会いたい』なんて言うことないだろう」

都「言ってないわ」

省一「言ってなきゃ、どうして良子があんなこと言いだすんだ」

 

和彦が良子の部屋のドアを開けようとするが、鍵がかかっている。

 

ダイニング

都「分からないわ」

省一「お前らがほのめかしたんだ。だから、良子は思い詰めたんだ。会いたきゃ会えよ。会いたきゃ会いに行ってこいよ!」

都「会いたくないわ。そんなことひと言も言ってないし。ほのめかしたつもりもないわよ」

省一「血圧、このごろ高いんだからな。カッカさせるなよ。脳血栓になっちゃうじゃないか」台所の布巾を絞って顔に当てる。「日曜に…日曜の朝から何だっていうんだよ」

 

和彦が良子の部屋のドアをノックすると、ドアが開き、良子は着替えて階段を降りようとしたのを和彦が良子の腕をつかんで止めた。「やめとけ、もう」

良子「離して!」振り切って階段を降りる。

和彦「良子!」

 

ダイニングに入った良子は省一の前に立つ。「『あいつ』だなんて、よく言えると思うわ。『あいつ』だなんて言われて、お兄ちゃん、どんな気がすると思うの?」

和彦「そんなこと、いいんだ」

良子「向こうは、お父さんのこと『立派だ』って言ってたわ。『男として立派だ』って」

都「会ったの?」

良子「会ったわ。お母さんもお兄ちゃんも遠慮して会わないから、私が行ったのよ」

省一「何言ってんだ?」

良子「向こうは、お父さんのこと褒めてるのよ。それなのにお父さんは『あいつ』だなんて悪口言って、随分違うじゃない」

 

省一「いつ、会った?」

都「どうやって会ったの?」

良子「シャクじゃない? 向こうのほうがステキだなんて悔しいじゃない?」

省一「そんな、お前…」

良子「しっかりしてよ、お父さん。しっかりしてよ!」

省一「バカ者! 俺は、しっかりしてるぞ!」

 

ダイニングを飛び出した良子は玄関へ。

都「どこ行くの?」

和彦「こんな朝、どこ行くんだ!?」

良子「そんなこと分かんないわ」玄関を出る。

和彦「良子!」

 

都「和彦、ほら、追いかけて」

和彦「だって、僕、こんな格好で…」

都「お母さんだって、そうよ」どちらもパジャマ姿。

 

和彦「おい、良子、ちょっと待て!」外に声をかけて、階段を上る。

 

都「どうするの?」

和彦「着替えてくよ」

 

和彦は着替えて、良子の上着も持って走り出す。

 

ダイニング

電話が鳴り、都が出ると和彦だった。「あっ…僕。今、良子、捕まえたよ。駅前…うん、でも帰るのイヤだって言ってるんだ」電話ボックスの中に2人でいる。

都「イヤって…ちょっと良子と代わって」

和彦「いいよ。少し外に出て、それから帰る。気にしないで…ああ、大丈夫」受話器を置いた。

 

都「『駅前で見つけて、少し歩いてから帰ります』って」

省一「俺のどこが悪い?」

都「悪くないわ」

省一「地道に働いて、家族のことを思って…」

都「良子が悪いわ」

省一「『しっかりしろ』とは何だ?」

都「よく言うわ、私が」

 

省一「あっちは勝手に生きて、好き放題して、今、働いてもいない」

都「分かった」

省一「それがステキだなんて、どうして言えるんだ?」

都「お父さんのほうがステキよ」

省一「調子いいこと言うな」

都「ホントだもん」

 

省一「俺は自分勝手なことは何ひとつしてないぞ。いつだって家族のことを考えて仕事で手を抜いたこともない。マジメに正直に誰に恥じることもなく働いてきた」

都「そうよ」

省一「それで、あっちがステキだなんて、そんなこと言われてたまるか」

 

電車が見える丘に座る和彦と良子。

和彦「子供だよ、お前は」

良子「そうだもん。しょうがないわ」

和彦「あんなこと言えば、お父さん、すごいショックだぞ」

良子「自分だって出てったくせに」

和彦「そりゃ…」

良子「人のことばっかり言わないでよ」

 

和彦「俺はちゃんと謝ったぞ」

良子「次の日の夜ね」

和彦「あれから、大して時間がたってないんだ。今度はお前じゃ、お父さんかわいそうだろう?」

良子「じゃ、どう思う?」

和彦「何を?」

良子「お父さんとあの人とどっちが魅力ある?」

和彦「そりゃ…」

 

良子「お父さんなんて言わないでよね」

和彦「お父さんだ」

良子「ウソよ。私、ずっと、あっちのほうが魅力あったわ。帰ってきて、お父さん見るとやんなっちゃったわ。ゴミのバケツのことなんか文句言って。『会うな』なんて威張っちゃって」

和彦「一緒に暮らしてりゃ、いいとこばっかりは見えないよ。離れてる人間と比べるのがムリなんだ」←そうそう!

 

良子「そうかなぁ。お兄ちゃんだって比べたから出てったんじゃない? 『しっかりしろ』って言いたくなるわよ。しょうがないわよ。行こう」

和彦「うん?」

良子「あの人んとこ行こう」

和彦「何言ってる」

良子「お父さんに遠慮なんかしないで会ったほうがいいわよ」

和彦「そんなのはダメだって言っただろう?」

良子「それでいいの?」

和彦「いいよ。今、俺があの家に行くなんて無神経もいいところだろう」

 

良子「だから、ダメなのよ」

和彦「何が?」

良子「お兄ちゃんは、すぐいい子になりたがって」

和彦「いい子なんて関係ないよ」

良子「非難されてもいいから行くなんてことないじゃない。いっつもお父さんの顔色みて」

和彦「顔色なんて言うなよ。顔色なんて見てないぞ」

良子「会いたきゃ行けばいいのよ」

 

和彦「こういうときにな、会わないってのが男の仁義ってもんだ。女には分からねえのかよ!」

良子「仁義って何よ? 急に似合わないこと言わないでよ」

 

土手を下る和彦についていく良子。

 

望月家

また目玉焼きを作る都とソファに寝転んでいる省一。

 

また一人震えている竜彦。

 

和彦の後を歩く良子。梅の花が咲き始めていた。(つづく)

 

次回予告

竜彦「帰るんだ」

明美「な…なによ? なによ! イヤ…はな…はな…」竜彦に引きずられる。

竜彦「二度と来るんじゃねえ」

明美「離してよ!」

 

テーブルを拭く都の手を握る竜彦。

 

ご期待下さい

 

すごいなー、とにかく良子がすごい! 良子は初対面は最悪だったにしろ、竜彦のいい所しか見てないもんね。

 

二階堂千寿さんは1975年の石井ふく子プロデュース「はじめまして」「明日がござる」にも出演。当時6歳。「はじめまして」では江利チエミさんの娘、松田洋治さんの妹役、「明日がござる」は「ありがとう」シリーズメンバーが集結したドラマでBS12で再放送したこともある…いつか見たいなー!

 

竜彦を演じられる40代俳優がいるだろうか?と思う反面、今の時代、省一のほうが難しくないか!?と思う。想像できない。