TBS 1972年3月14日
あらすじ
ちょっとやそっとのことには動じないはずの寿美子(山本陽子)だが、正司(加藤剛)に会ってからはどうにも様子がおかしい。寿美子は、誰が何と言おうと、正司にもう一度会いたいと必死だった。
2024.4.8 BS松竹東急録画。
ある日少年は
地球儀の中に捜した
小さい自分の国を
そして鉛筆の先で
この辺かなと思った
生まれた平野を
生まれた町を
生まれた家を
だがそのとき少年は
地球儀をぐるぐる
廻わして
一つの言葉を思った
「僕の地球」
その日から
愛が風車のように
廻わり始めた
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
*
前田寿美子:山本陽子…鉄板焼屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。
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及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。
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篠田清:桐原新…宮沢泰子の元夫の弟。
*
林:高木信夫…小川と同室の患者。
青ちゃん:畠山麦…勉の友人。
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田中:渡辺紀行…小川と同室の患者。
鈴木:豊田広貴…小川と同室の患者。
ナレーター:矢島正明
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前田新作:浜村純…寿美子の父。「新作」マスター。
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小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。
勉のアパート
はつ「12時ですよ。まだ寝てたんですか?」
勉「俺はもうとっくに起きたんだけどね。こいつが起きないんだよ」
青ちゃん「今、起きたばっかりじゃねえかよ」
勉「早く起きろって言っただろ」
はつ「夜更かししたんでしょ? 2人で。ダメですよ、若い身空でそんなことじゃ。こんな天気がいいのに今頃まで寝ていて。勉さんも勉さんですよ」
勉「どういう風の吹き回し? まさか親父が危篤っつうんじゃないだろ?」
はつ「あきれた。あんたね、そういうこと軽々しく言うもんじゃないのよ」玄関先に立っていたのをベランダに寄りかかる勉の近くまで移動。
勉「チッ、くさるなあ、まったく。起き抜けにこれなんだから。なあ、ろくなことないだろ、今日は」
青ちゃん「ああ」
はつ「親切で来たんですよ、私は」
勉「ああ、そう。じゃ、廊下で待っててよ。こいつ起こしちゃうから」
はつ「あんたもね、人が来たら飛び起きたらどうなの? 下からキョロキョロと見てないで」
青ちゃん「起きるよ、起きるけどさ…話には聞いてたけど、よーく分かったよ。おっかないねえ、このおばちゃんは」
はつ「起きなさい!」掛け布団をとる。
青ちゃん「あっ…起きますよ、起きますよ~」
はつ「裸で寝てるんだもの、まあ…これじゃ、布団だってたまりませんよ」
青ちゃんはトランクス一丁で起き上がり、ズボンをはく。青ちゃんってキレンジャーなんだよね? デブキャラとか言うけど、意外と筋肉質でがっしりしてる。デブキャラというのなら「たんとんとん」の磯田のほうがよほど…
青ちゃん「寝巻きがないんだからしょうがないだろ」
はつ「それだったら下着ぐらい着てるんですよ。ホントにまあ、敷布ぐらい敷いたらいいのに」
青ちゃんがいなくなり、布団も片づけた部屋でタッパーのごはんを食べている勉。
はつ「まあそれでもよかったわよ。部屋で寝ていてくれただけは」
勉「これでよく分かったんじゃないの。真面目なんだよ、とても、俺」
はつ「だったらどうして一度ぐらいお父さんのアパートへ顔出さないの?」
勉「いいんだよ、出したって」
はつ「じゃあ、来たらいいじゃないの」
勉「そのうちにな」タッパーにお茶を入れる。
はつ「そのうちじゃありませんよ。退院したのにさっぱり顔も見せないで。今日だってあれなんですよ。このお赤飯を私が持ってったら、お父さんがなんと言ったと思うんですか。そのうち勉の全快祝いをしなきゃならないけど、そのときは赤飯を私にお願いしようかなって言ったんですよ」
勉「面倒くさいよ、そんなこと。これでもう結構。おいしいよ。やっぱり亀の甲より年の功だな」赤飯の他にウインナーとか緑のものとかいろいろ入ってる。
はつ「そりゃおいしいわよ。早起きして作ったんですもの」
勉「ああ、おいしいおいしい」舌を鳴らす音
はつ「あんたね、大人をからかうようなこと言うもんじゃないのよ」
勉「言うわけないでしょ、僕が」
はつ「何が僕よ。調子のいいときだけ俺が僕になるんだから」
勉「うん、そうね。今日は天気もいいしさ、いい気持ちだなあ。昼までぐっすり寝て起きたら赤飯だもんな。間がいいこと、間がいいこと。裏通りで彼女にばったり会ったみたいなもんだね」
はつ「大人だか子供だか分かりゃしない」
勉「そう、ホントにね。難しい年頃だよ、まったく」
はつ「正司さんも手を焼くわけよ」
勉「いい兄貴でしょ?」
はつ「そう思ったらもうちょっとしっかりしたらどうなの? 今日だってね、あんたの義理で病院へ行ったんですよ」
勉「俺の義理で?」
はつ「大変ですよ。せっかくの日曜日に」
勉「変だなあ。日曜なんて誰もいやしないぜ、行ったって」
はつ「でもそう言ってましたよ、お父さんは」
勉「誰んとこ行ったんだろ?」
日曜日なんだから昼まで寝てたって、まあいいかな? 前回と同じ日曜日なんだよね。
小川の病室へ見舞いに行った寿美子。日曜日ということもあり、田中のところには妻と小さな女の子、鈴木も誰か女性?と向き合う。林の元にも和服姿の女性がいる。小川のベッドの周りはカーテンが引かれている。
寿美子「小川さん、お休みになってるんですか?」
林「さっきまでタオル絞ったりなんかしてましたけどね」
カーテンからの端からそっと覗いた寿美子。小川はおでこにタオルを当て寝ていた。
寿美子「小川さん、前田です」
小川「ああ、先日はどうも」
寿美子「どうなさったんですか? さっきお電話したときはなんともなかったんでしょ?」
小川「いえ、あの…今日は朝からちょっと熱があるようでしてね」
寿美子「それはいけませんね。タオル冷たくしましょうか?」
小川「あっ、いえ、すいません、どうも」
寿美子「そこで絞ればいいんですか?」今日も大きな箱を持ってきたな。
小川「ええ、ええ…お世話さまです」
小川さんは困っていたのです。さっきの電話でこれからすぐ行くと聞いたとき、急に熱が出るような気分でした。来れば必ずウソの息子のことを聞くでしょうし、聞かれても答えようがないのです。見舞いに来てくれるのはありがたいとしても、この寿美子の好意は小川さんにとって思ってもみなかった成り行きです。
寿美子は小川のおでこに乗っていたタオルを絞り直しておでこに乗せた。「秀行さんはすぐお帰りになってしまったんですか?」
小川「いえ、久しぶりですからね。ゆっくり話ができたんですよ」
寿美子「そうですか」
小川「ええ、あっ、あの…そ…そこに椅子、あの…どうぞ掛けてください」
寿美子「はあ」椅子を持ってくるときに花瓶に生けてあるカーネーションに気付く。「あら、このカーネーションも秀行さんですか?」
小川「ああ、それはね、あの…売店の娘さんがね、一緒に来てくれたんですよ」
寿美子「あら、羨ましいわ。私もご一緒になればよかったわ」
小川「そうですか? それはどうもあいにくで…」
ちょっとした間
寿美子「あれですか? あたくしによろしくっておっしゃったんですか?」
小川「ええ、ええ、ええ、言いましたよ。ありがたい人だって、とても感謝してましたよ」
寿美子「あら、そんなふうに言われると、あたくし困ってしまうんです。あっ、そうそう急いでましたから、ろくな物をお持ちできませんでしたけど、どうぞこれ気分のいいときに召し上がってください」
小川「ああ、すみません。心配ばっかりかけて」
寿美子「いいえ。何がいいかよく分からないんですもの」
小川「ありがとうございます。妙なご縁でこういうことになって」
寿美子「ホントにそう。でもあたくし、こういうご縁は、とても大事にしなきゃいけないと思うんですの。ねっ、そうじゃないでしょうか」
小川「ええ、ええ。そうですとも」
寿美子「それで、あれですか? 今度、秀行さんはいついらっしゃるんですか?」
小川「さあ、あの…それはですね…」
寿美子「東京にいらっしゃるんでしょ?」
小川「ええ、多分…」
寿美子「あら、多分ですか?」
小川「いや、それはあれなんですよ。あの…とにかく忙しくって」
寿美子「でも、あれでしょ?」
小川「あれはね…あれは、あの…あ…あれなんですよ、あの…ああ、また少し熱が出てきた」
寿美子「あっ、冷やしましょう」
小川「あっ…どうも」
寝てる時点で帰らず、声をかける寿美子、すごいなあ。
すごく揺れてるバスの車内
勉「鉄板焼きか。そんならそうと言ってくれれば俺だって行ったのに」
はつ「おいしかったわよ、すごく。お兄さん、あんたのためにすごい散財よ。あの店は一流ですからね。もっとも私が行ったから安くしてくれたけど」
「あれ? 変だな」と気付く勉。「その鉄板焼きの店ってあれじゃないの? あの狸穴マンションに住んでる、あの生意気な女の」
はつ「別に生意気じゃないわよ」←そこツッコんでくれてありがとう。年下の男が年上の女性に生意気とかないだろ!
勉「ねっ、そうでしょ? おばちゃんが世話しようと思った、あの縁談の」
はつ「実はそうなの。でもだから行ったんじゃないのよ。偶然なのよ。正司さんが誘ったんですからね」
勉「じゃ、兄貴のヤツ未練がましく行ったのかな?」
はつ「何よ? 未練がましくって。正司さんは知らないんですよ、この縁談の話は」
勉「えっ、ホントに知らないの?」
はつ「知らないわよ。こんな断られた話なんか誰も言いませんからね。お父さんだって」
勉「一体どういうことになってんだろ、こりゃ」
はつ「何が?」
バスは停留所に到着。はつは勉を連れて自宅アパートへ。いつ見てもこのアパートの階段は怖いなあ。「ゆっくり上がるといいわよ。まだホントに治ってないんだから」
はつは部屋に入り、カーテンを開け、お父さんに電話するから座布団を敷いとくように言う。はつは高行に電話をかけ、勉とアパートに来たと報告。ここで一服してから、そちらに伺うと受話器を置いた。
勉「いいなあ、このアパートは」
はつ「いいでしょ? 明るくって」
お茶か紅茶か聞くはつ。コーヒーはない。勉は紅茶を選び、はつは去年の暮れの頂き物でとてもいい紅茶があると準備をする。
勉「親父のほうからこっち来りゃいいのになあ」
はつ「そうはいきませんよ。お父さんはそう言ってたけど」
勉「ハァ…面倒くさいな、まったく」
はつ「その面倒くさいことをみんながちゃんとするから世間がうまくいくんですよ。あんたが少しズルすぎるんですよ」
勉「すぐ二言目にはお説教になっちゃうんだから」
はつ「二言も三言も言わせるのは、あんたのほうですよ」
勉「バスん中だけじゃ言い足りないもんだから」
はつ「ブツブツ言いなさんな。それよりさっきの話よ。一体どうしたっての? 何がなんだかよく分からないわよ」
勉「俺だって、よく分からないんだよ」
はつ「あんたね、その俺俺って言うのやめたらどうなの? 二度や三度、お店へ勤めたことあるんでしょ?」
勉「そりゃあるさ。よく働いたよ」
はつ「だったら、私とか僕とかいったらどうなの? 大学生か不良ぐらいなもんですよ。二十歳にもなって俺だなんて」←そういうものなの?
勉「すぐお説教になっちゃうんだから」
はつ「誰かがしつけなければ一人前にはなりませんよ」
着信音が鳴る。「信濃路です」と出ちゃうはつ。相手は新作で至急あんたに会いたいと言う。寿美子さんのことで~という電話を聞いている勉。はつは少ししたら伺うと受話器を置いた。「変な話。あんたの話も変だけど、こっちの話も変だわ」
勉「誰からかかってきたの?」
はつ「狸穴マンション。あんたの嫌いな人のお父さん」
勉「えっ? じゃ、あの生意気な女は寿美子っていうの?」
はつ「ええ、そう。その寿美子さんがね、さっき病院へ行ったんですって」
勉「あいつも行ったの?」
はつ「それもなんだかわけの分からないおじいさんのお見舞いに行ったんですって」
勉「じゃ、あの人んとこだよ。兄貴もその人んとこ行ったんじゃないかな、きっと」
はつ「じゃ、同じ人ん所へお見舞いに行ったの?」
勉「だから変な話だよね。振られた男と振った女と…あっ、だけど待てよ」
はつ「だけど、どうしたのよ?」
勉「いや、やっぱり違うかな?」
はつ「何が違うのよ? じれったいわね」←全編こんな感じ。
勉「だから分かってることはこうなんだよ。そのね、寿美子って女は、うちの兄貴のこと勘違いしてんだな。お見舞いに行った年寄りのね、息子だと思ってんだよ」
はつ「えっ? なんですって?」
着信音が鳴る。
勉「よくかかるんだな」
電話は高行から。すぐに伺いますからと受話器を置くはつ。
勉「何を言ってきたの? 親父が」
はつ「正司さんから電話があったんですって。売店の娘さんと有楽町で映画を見てから帰るんですって」
勉「へえ~、よっちゃんと出かけたのか」
はつ「いい娘さんよね。あの、よっちゃんっていう子」
勉「だけどどうして一緒になったんだろ? 売店は日曜日、休みなんだけどなあ」
はつ「あんたね、お嫁さんもらうなら、ああいう子がいいわよ」
勉「冗談じゃないよ。あんな口うるさいの」
はつ「だからいいのよ。言いたくなるわよ、あんたを見てりゃ」
勉「あんなの嫁さんにしたらね、先が目に見えてますよ。おばちゃんそっくりになるに決まってんだから」
はつ「だったらいいじゃないの」
勉「おあいにくさま。御免被るね」
はつ「あんた、角砂糖いくつ入れんのよ?」
勉「さっき2つだろ? 今度で4つだよ」
はつ「いやらしい。そんなに甘くしたら飲めないじゃないの」
勉「ちょっとね。ヤケかな」
はつ「あんたね…」
勉「分かった、分かったよ。俺の嫁さんのことよりさ、兄貴のほうを早くなんとかしてやってよ」
はつ「そりゃそう思ってますよ」
勉「俺なんか、どうせな」
はつ「俺じゃないの。僕とか私ですよ」
着信音
勉「またか。どうしたんだ? 一体」
はつ「これくらい商売繁盛だといいんだけどね。はい、毎度どうも」
新作は戸惑う。「びっくりするよ。毎度ときちゃ」
はつ「いえね。ちょっと錯覚起こしたんですよ。だって、さっきのまたでしょ? 毎度みたいなもんですよ」
新作からさっき寿美子が帰ってきたが、あしたのほうがいいと言われ、あしたの昼ごろと約束して受話器を置いた。
勉「いいな。あした、ごちそうしてもらうの?」
はつ「そうじゃないのよ、聞き違い。こっちへ来るから何かごちそうしてもらうんですって」
勉「なんでえ。さっきの鉄板焼きの親父だろ?」
はつ「あんたが親父ってことはないでしょ。まるっきり言葉遣い知らないんだから」
勉「じゃあ、親父んとこ行ってくるよ」立ち上がり、玄関へ歩き出す。
はつ「あんたね、たまには、お父さんって言ったらどうなの?」
勉「あっ、そうそう。兄貴のヤツね、あの病院の年寄りのことをさ、お父さんだって」
はつ「まあ…」
勉「ヘッ、笑わしちゃいけないよね」
新作のマンション
紫のハイネックセーター、セーターより少し薄紫のスカートをはいている寿美子。「ちっともおかしいことなんてないでしょ? 年を取って病気をすれば誰だって寂しいんですもの」
新作「そりゃ寂しいさ」
寿美子「だからお見舞いに行ってあげたんですもの。何回だって行ってあげたほうが喜ぶじゃないの」
新作「だけどそうじゃないから心配なんですよ、お父さんは」
寿美子「いいんです、心配しなくても」
新作「そうはいきませんよ。大体、少しおかしいですよ、お前は。第一、事の起こりはポーっとしたからじゃないか。まあ、それもいいですよ。年頃なら少しはしかたがないからね」
寿美子「少しばかりじゃないわ、私」
新作「それがいけませんよ、それが。自分からそういうことを言っては」
寿美子「だって…」
新作「だってじゃありませんよ。今朝も言ったように、お前のすることはまるでむちゃくちゃですよ。せっかく井上のおばちゃんが持ってきてくれたいい縁談を断ってしまって。それもですよ、その断った条件が、そのままそっくり当てはまる相手じゃありませんか。お父さんは1年半も病気で入院しているし、お前があれほどイヤだって言ってた外国のことだって、やっぱりその男だってベニスへ行ってたんじゃないか」
寿美子「でもね、お父さん」
新作「なんですか?」
寿美子「お父さんだって鉄板焼きの店を始めて成功したんでしょ?」
新作「ああ、しましたよ」
寿美子「じゃあ、もう一軒、イタリア料理のお店を出したらどうかしら?」
新作「イタリア料理?」
寿美子「スパゲティやピザやマカロニや、きっと繁盛するわよ」
新作「そりゃまあ、繁盛するかもしれないけど」
寿美子「ねえ、そうしましょ? そしたらとってもいいじゃないの」
新作は寿美子の話を止め、注文があると言う。なんでも言ってちょうだいと言いつつ、ホントにお父さん大好きよ、ホントにホントに大好きよと先手を打つ寿美子。新作は、もう一度、井上のおばちゃんに写真を借りてくるからとにかく見ることと言う。
寿美子「まだそんなこと言ってるんですもの」
新作「まだじゃありませんよ。何もかもそれから始まるんですよ」
そのころ、正司と良子は銀座を楽しげに歩いていたのです。2人とも屈託のない様子でした。だが、正司の中には過ぎ去ろうとする青春がともすればセンチメンタルな影を落とすのです。そしてまた良子のほうも、もし、このひとときが恋人と呼んでいい人と一緒であったなら、どんなにか満たされた今日のこのときかと、やはり悲しいような気持ちで自分の境遇を思うのです。
そのとき、2人のあとを追うようにつけている一人の青年があったのです。彼は授業料値上げ反対で大もめをした大学の学生です。年は二十歳。名は篠田清です。
正司「どっかでご飯食べていくといいんだけど、今日はいいね?」
良子「いいわ。そんなこと」
正司「親父が待ってるだろ。一人っきりの夕食って寂しいもんな」
良子「そうよ。早く帰ってあげたほうがいいわ」
正司「じゃあ、地下鉄で帰ろうかな」
清「及川さん。すいません、僕、篠田という者(もん)ですけど」
正司「どうして僕の名前を知ってるの?」
清「ええ、それ、あれなんです」
良子「ああ、あの人よ。私、覚えてるわ。ほら、あの…六本木のあの店で」
正司「ああ、そうか」
清「すいません、こんな道の真ん中で。でもちょうどいいとこでお会いできたんです」
正司「僕に何か用なの?」
清「ええ、ちょっと」
正司「大体君はどういう人なの?」
清「篠田タダシの弟です。スペインにいる」
正司「ああ、そうか。だからあのとき、あの人と一緒にいたのか」
清「あなたのことを義姉(あね)から聞いたんです」
正司「何を聞いたんだろう?」
清「すいません、お願いがあるんです。義姉のことで」
良子「ああ…あっ、私、先帰りましょうか?」
正司「じゃ、すまないけど」
清「どうもすいません」
良子「じゃ、ごちそうさまでした」
正司「またね」
良子「さよなら」
清は笑顔で話してるけど目が笑ってなくて怖いんだよ~。
喫茶店で向かい合う2人。どちらもハイネックセーターとジャケットでお揃いみたい。
正司「泰子さんはどういうつもりで僕のことを君に話したんだろう?」
清「話したんじゃないんですよ。僕のほうがそんな気がしたからそう言ったんです。そしたらずばり当たっちゃったんですよ」はっきり言ってもいいのかと言う。
正司「そうか。面白い人だね、君は」←へ?
清「そうかな?」
正司「はっきりしてていいよ」
清「じゃ、はっきり言いますよね」
正司「ちょっと待ってよ。君が誤解しないように初めにはっきりしときたいんだけど」
清「ええ」
正司「僕と君の義姉さんとは昔はともかく今ではもう縁もゆかりもないんだからね。変なふうに誤解されると僕のほうが迷惑なんだよ」
ウェイトレスがコーヒーを運んできた。いただきますと正司に言う清。
正司は困った話になりそうな気がしていたのです。でも、それでいて、この若者には妙に清潔な好ましさを覚えたのです。
清「もしかしたらあなたのほうが誤解してるんじゃないでしょうか?」
何も話を聞いてないのに誤解のしようがないと答える正司。
清「でも、義姉は兄と別れるつもりでスペインから帰ってきたんです。あなたとローマのホテルで会ったんですってね」
正司「会ったけど、あれは偶然なんだよ」
清「ええ。そう言ってました、義姉も」
正司「だから君もそのことをそう思ってくれるんだろ?」
清「もちろんです。それに東京でも会ったんですってね」
正司「会ったけど…それ、あれなんだよ。僕の意思というよりも君のお義姉さんがどうしても会いたいって言ったから…」
清「そうですってね。そのことも義姉から聞いたんです」
正司「じゃあ、君はいい気持ちがしなかったんだろ?」
清「どうしてですか?」と笑顔。だから怖いって。
正司「君の義姉さんは君の兄さんをスペインに置き去りにしたまま帰ってきたんだよ」
清「ええ、そうですよ。だから僕は…もうあんな兄貴の所へは帰ってはいけないっつってるんですよ。ひどいヤツですよ、あの兄貴は」テンション下がる。
正司「どういうの? それは」
清「何がですか?」
正司「だって君は弟だろ?」
清「ええ。弟だから兄貴のことは一番よく知ってるんですよ」またニコニコ。
正司「なんだか変な話だな」
清「だから言ったでしょ。あなたのほうが誤解してるんじゃないかと思うって」
正司「つまり君は僕に何を言いたいの?」
清「義姉を助けると思って、結婚してほしいんです。お願いします。それでなきゃ、義姉がかわいそうなんです」
戸惑いの正司。(つづく)
清は泰子が好きで手を出すなと思ったら、違った~。正司は顔がいいばかりにいろんな人に絡まれ、頼りにされまくり。
「おやじ太鼓」6話。お敏さんの名言「親が死んでも食後の一服」が出た回。
7話はこれから見ます。
それにしてもNHKはBS4Kでばっかり昭和ドラマの再放送しないで、BSでもやってよ~。