TBS 1971年12月28日
あらすじ
小川(三島雅夫)はベニスに行く正司(加藤剛)に、息子のふりをして手紙をくれるよう頼んでいた。しかし、手紙はなかなか届かない。そのころ正司は、ローマで1年前に別れた泰子(馬渕晴子)と再会していた。
2024.3.21 BS松竹東急録画。
ふと淋しい時
あなたの目は
何を見つめていますか
空の雲ですか
光の中の花ですか
あなたの中の涙ですか
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
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前田寿美子:山本陽子…新作の娘。25歳。字幕緑。
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及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。
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前田昭三郎:山本豊三…新作の三男。
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矢場:日野道夫…小川の隣のベッドの入院患者。
堀:森野五郎…小川の向かいのベッドの入院患者。
板前:浅若芳太郎
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友子:白水聿子…鉄板焼屋「新作」の仲居。
大西千尋
稲川善一…旅行客。
ナレーター:矢島正明
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宮沢泰子:馬渕晴子…正司の元恋人。
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前田新作:浜村純…寿美子の父。鉄板焼屋「新作」のマスター。
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小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。
病院の売店
良子が開店準備をしていると、勉が顔を見せた。店に入ってこようとする勉をこれから掃除だから、まだダメと良子が止めるが、構わず入ってくる。それなら病室で食べてとレジに立つが、コーヒーが飲みたいと席につく。これからお湯を沸かす、お砂糖がないかもしれないと言っても帰らない。
良子「どういうの? あんた」
勉「何が?」
良子「昨日の今日よ。私ね、あんたの顔なんて見たくないの」
勉「だから、気になって店が開くの待ってたんじゃないか。君の顔が見たかったんだよ」
良子「おあいにくさま。こんな顔で」
勉「そうでもないよ、まあね」
良子「何がまあねよ」
店に女性客がパンを買いに来たが、パンはまだ到着しておらず、あとで参りますからと帰っていった。この方が大西千尋さんか? 2話にも名前があったけど、若い女性かと思ってた。
勉はパンとコーヒー、良子も少し離れた席でコーヒーを飲んでいる。
勉「初めて食べたけど君のとこのパンはうまいな」
良子「まずい物(もん)なんて売らないわ」
勉「特製だな、きっと。病院だから」
良子「それほどでもないけど、おいしいのよ。このパン屋さん」
勉「コーヒーもうまいよ。やっぱり特製だな。角砂糖は2つでもいいんだなあ」
良子は何が言いたくてお店が開くのを待っていたのか聞く。
勉「何がって君の顔が見たかったんだよ」
良子「怒るわよ、私」
勉「どうして?」
良子「あんたなんかにバカにされてたまるもんですか」
勉「何言ってんだよ、君は。気になったんだよ、昨日のことが。君だって気になってんだろ?」
良子「とんでもない。昨日のことなんてさらさら忘れちゃったわ」
勉「そうかなあ」
勉の「気になってるからプリプリしてるんだろ?」に「相手によりけりですからね。あんたみたいに変な人にいい顔ができますか」とますますプリプリする良子。
勉「君だって年頃なんだろ?」
良子「まあ、ずうずうしい。私はね、あんたなんかに好きになってもらわなくてもいいの」
へへへへと笑う勉。「だけどさ、誰だって年頃になれば結婚したいと思うだろ?」
良子「大きなお世話です。そんなこと」
女性客が訪れ、会話は中断。客はあんパンとクリームパン2つずつお買い上げ。
そのとき、勉は、ふと自分の中の寂しさに気がついたのです。ここに来て、この良子といくらしゃべっていても気の晴れない自分に。そして、年頃という言葉を口にしたとき、実は、もうとっくに年頃を過ぎてしまった兄貴のことが妙に気持ちに引っ掛かっていたからです。
勉はタクシーに乗って移動。
そば屋「信濃路」
松葉杖をついた勉が来店。
はつ「あら、どうしたのよ? あんたは」
勉「ちょっとね。そばが食べたくなってさ」
はつ「何言ってんの? わざわざこんな遠くまで来なくたっていいのに」
勉「だってどうせならうまい家(うち)のほうがいいじゃないか」
はつ「ウソ言いなさい。ここならタダと思うんだから」
勉「違うったら。タクシーにいくら払ったと思うんだよ?」
はつ「あっ、そうか。だけどあんたいいの?」
勉「何が?」
はつ「病院抜け出してきて」
勉は、親父がまた倒れたと言って出てきたと、しれっと壁のメニュー表を見ている。
はつ「言うに事欠いて親父さんがまた倒れたとは何事よ。今度倒れたら、それこそダメじゃないの」
勉「大丈夫、大丈夫」
はつ「何が大丈夫だもんですか。一番イヤなこと、平気な顔して」
勉「うっせえな。人がせっかく来てやったのに」
はつ「来てもらわなくたって結構ですよ」
勉の席の向かい側に座るはつ。
勉「やっぱりおばちゃんとこの天ぷらそばはうまいね。特別に作ってくれたのかな?」
はつ「そりゃそうよ」
勉「これならタクシー代払っても安いよ」
はつ「まあ、怒らしたりうまいこと言ったり、ホントにあんたって人はえたいが知れないんだから」
勉「そういうふうに見るからひがんじゃうんだよ、僕のほうが。もっと素直に見なくちゃ、まともに」
はつ「何言ってんの。それを言いたいのはこっちのほうですよ」
勉「まあ、どっちでもいいけどね」
はつ「だけどね、勉ちゃん」
勉「そば湯くれない?」
はつ「まあ、いいから聞きなさいったら」
勉「聞くよ。聞くからさ」
はつ「聞いてなんかいませんよ。いつだって空っとぼけちゃって」
勉「じゃあ、僕のほうだって聞きたいことがあるよ」
はつ「聞いたらいいでしょ。何が聞きたくて来たの?」
勉「兄貴の縁談だよ。そんなにいい話だったの?」
はつ「もうね。ダメよ。良くても悪くてもね」
勉「それがみんな俺のせいか。俺みたいな弟があっちゃな」
はつ「みんなとは言わないけど…」
勉「赤坂のなんていったっけ? その鉄板焼きの店は」
はつ「新作ですよ」
鉄板焼屋「新作」厨房
仲居の友子が新作に「今、フロントに変な電話があったんですって」と報告。名前も言わない若い男が「お嬢さんはいますか」と聞き、今日はお休みだと言うと切れた。
友子「だから、またあれじゃないんですか?」
新作「何がまたあれなんだ?」
友子「だって、あれでしょ? この前のあの騒ぎだって…」
新作「冗談じゃありませんよ」
友子「でも、あれなんですよねえ。この前の人も22なんでしょ?」
新作「この前はこの前ですよ。早く電話をかけなさい」
友子「はい」立ち去ろうとする。
新作「こら、バカ! どこへ電話をかけるんだ?」
友子「はい、どこにかけるんですか?」
新作「決まってますよ。マンションですよ」
が、結局、新作が目の前の電話で自らダイヤルを回す。「あっ、お話し中だよ」
友子「じゃあ、あれじゃないんですか? さっきの若い男がかけてるんじゃないんですか?」
1話は姿を見せず、声だけだった板前さんが今回は新作と友子の会話をタバコを吸いつつ眺めていたけどセリフはなかった。
新作のマンション
電話中の寿美子。「えっ? 弟さんですって?」
勉「ええ、そうです」
寿美子「その弟さんがあたくしにどういうご用がおありなんでしょうか?」
勉「兄貴のことでちょっとお話したいことがあるんです」
寿美子「あら…だっておかしいじゃありませんか。あたくしはあなたのお兄さんを知らないんですよ。それなのに、どうしてあなたとお話ししなければならないんですか?」
勉「知らないなんて、そんなことはウソです」
寿美子「まあ、あなたはなんていうこと言うんですか? あたくしがどうしてウソを言わなきゃならないんです?」
勉「だってそんなはずはないですよ。いくらなんだって、縁談があった相手を…」
寿美子「相手なんかじゃありません。少なくともあたくしはお断りしたんですからね」
勉「だからなぜ断ったんですか? 僕はそれが聞きたいし、そのことで話がしたいんですよ」
寿美子「とにかくあたくしの知らないことです。お話があるんなら父におっしゃってください」受話器を置く。
昭三郎「誰からかかってきたの?」
寿美子「知るもんですか、あんな人。人をバカにしてるわ」
元はといえばお父さんが悪いという寿美子に乗っかり、親父の悪口を言いだす昭三郎。
また着信音が鳴り、昭三郎が出た。「もしもし」という男の声にびっくりする新作。「君は一体誰なんだ?」
昭三郎「そういう君こそ誰なんだ? このバカ野郎!」
怒りに震える新作。
昭三郎「こら、なんとか言ったらどうだ」
新作「バカ者! お前こそ誰なんだ? 私は狸穴マンションの自分のうちへかけてるんだ」
驚いて受話器を置いてしまう昭三郎。
また着信音が鳴る。今度出たのは勉。すぐ受話器を置く寿美子。また親父だったらとビビって電話に出たがらない昭三郎にまた寿美子が出ると、また勉。このくだり、ちょっとしつこかったかな。
昭三郎は寿美子を心配してきたと言うものの「今度の話はステキだよ。こんないい縁談はめったにないぜ」と言う。
寿美子「まあ、あきれた」全力で縁談を嫌がる。
そんな寿美子を笑う昭三郎。
寿美子「何がおかしいの? 笑うことはないでしょ」
昭三郎「だってだよ」
寿美子「だってはお父さんだけでたくさんよ」
昭三郎「しかしだよ」
寿美子「しかしはお母さんの口癖」
昭三郎「お母さんは、しかしですね、だよ」
寿美子「どっちでもいいからもう帰ったらどうなの? お昼休みはとっくに過ぎたんでしょ?」
昭三郎「そこが難しいんだな。あんまり働きすぎてもいけないし」
着信音が鳴る。結局出たがらない昭三郎。寿美子が出ると友子からで、新作がマンションへ帰ったという。お父さんが来ると言うと、昭三郎は慌てて帰り支度をした。
エレベーターは調整中で屋上を回って向こう側のエレベーターに乗るといいと寿美子に教えられた昭三郎は階段を上っていった。屋上へ行くと、「屋上の出入禁止 OFF LIMIT」とドアに赤字で書かれていたが、構わずドアを開ける昭三郎。屋上の反対側のドアを開けると「こら! このバカ者(もん)! 何しにお前なんかが来たんだ!」と新作が出てきたので、走って逃げる昭三郎。
新作のマンション
新作「つけあがりやがって、あのバカが。店へ来るだけだって腹が立つのに…お前もお前ですよ。あんなヤツをこのうちへ入れることはないんだ」
寿美子「だってやっぱり兄さんですもの」
新作「追い返せばいいんだよ、追い返せば。あんなヤツはババアの息子だけど、私の息子じゃないんだ。いいか? 寿美子。私はだよ、こう言っちゃなんだけど、お前のおふくろにはひどい目に遭ったんだ。家付きの娘だか頭取のお嬢さんだか知らないけど、この私を頭っからバカにしやがる。それも30年間だよ。一口に30年と言えば短いようだけど、この私にとっちゃ、それこそ血と涙の30年だよ。息子まで3人が3人とも、あの鬼ババの味方になりやがって。お前だけだよ。私のほうへ来てくれたのは」
寿美子「お父さんが養子になんか来たから悪いのよ」
新作「来たくはなかったさ。高等学校から大学まで学資さえ出してもらっていなきゃな。お父さんは小学校のときから村一番の神童だったんだ」
寿美子「分からないもんね」
新作「何が?」
寿美子「お兄さんたち、その割にはどうなのかしら?」
新作「あいつらだって頭はいいさ。そのほうはお父さんの血を引いたんだ。だけど、根性の汚いのはババアのほうの血筋だよ」
寿美子「私だってそうかもしれないわ。意地が悪いもん」
新作「お前は違うよ。お前だけが私の子供だよ。お前がかわいくってしかたがないんだ」
泣きだす寿美子。
新作「もう2年半だものな。お前が来てくれたときはうれしかったものな。お前はうんと幸せになるんだ。お父さんの財産は、みんなお前一人のものだからな。泣くことはないだろ。お父さんはお前のためならなんだってしてやる」
寿美子「だって、お父さんって寂しそうなんだもん」
新作「そりゃなあ…人間はよく考えてみると、みんな寂しいんだよ。だから、何かを愛したり、誰かを愛したりするんだ。寂しい人はたくさんいるからな」
病室
堀「小川さん、何数えてんですか?」
小川「いやね、この年になってもいろんな楽しみがありましてね」
堀「いいことなんですね? 指折り数えて待つほど」
小川「ええ。自分の年を数えるのはイヤですけど、息子の年を数えるのはいいもんですよね」
堀「30でしたかね? ベニスにいらっしゃる息子さん」
小川「ええ。来年の3月3日が来ると31ですよね」
堀「3月3日ですか?」
小川「そうなんですよ」
堀「ああ…あっ、桃の節句ですね」
「おやじ太鼓」でも長男・武男が3月3日で30歳になるという話をしてた。
小川「だからあれなんですよ。桃太郎みたいに気が優しくってね」
堀「ああ、そうでしょうって。女の子のひな祭りですもんね」
小川「いいえ。気は優しくってもキリッとしてるんですよ、顔立ちは。もっとも子供のときはよく女の子に間違えられましてね。かわいい子でしたね、あれは。誰だって言わない人はありませんでしたからね」
笑顔でうなずく堀。
小川「いえね、写真もたくさんあったんですけどね、戦災でみんな焼いてしまいましてね」
矢場「だけど、変な話だなあ。だって息子さんが30だとすると戦災で焼いた写真は赤ん坊のときか3つか4つでしょ」
小川「そりゃそうですよ」
矢場「じゃ、そのあとの写真はどうしたんだね?」
小川「息子が持ってってるんですよ」
矢場「みんな持ってっちゃったの?」
小川「うるさいよ、あんたは。人の話に口を出して」
矢場「フン、おかしな話だ。ねえ、そうでしょうが?」
林「そうねえ」←セリフもあるし、顔も映ってるのにノンクレジット。
小川「私だって持ってたんですよ。だけどね…」
矢場「だ…だけど、どうしたんですかね?」
小川「火事で焼いちまったんですよ。アパートの火事でね」
矢場「おやおや」
林「じゃ、あれですね。戦災と火事と…随分、火には縁があるんですね」
小川「ありますよ」
矢場「フフッ。随分運が悪い人なんだな」
小川「運が良けりゃ、こんな大部屋にはいませんよ。せっかく人がこの人と楽しく話をしていたら…堀さん、ちょっと売店へ行って遊んできます」
堀がうなずき、小川は部屋を出ていった。
矢場「フン。あんなデタラメがよく言えたもんだ」
林「なにもウソを言わなくたっていいですよね?」
矢場「負け惜しみさ。あの年になって一人も身寄りがいないらしいもんね」
林「一体、どういう人なんだろう?」
矢場「捨てられたんじゃないの? 女房にも子供にも。ああいうイヤな根性じゃしょうがないよ。堀さんだけだな、あの人の味方は」
堀「あんたたちは幸せですよ。寂しい人のことを考えてあげる暇がないんだから」
矢場「だけどさ、いるわけないでしょうが。あの人の息子がベニスになんか。あんた、ウソだとは思わないの?」
堀「ウソでもいいんですよ。よくよくつらいことがなきゃウソなんか言いませんからね」
矢場「そりゃ、まあね」
堀「ウソもつかなきゃ人間じゃないし、そのウソを聞いてやれないようじゃ、これもまた人間じゃないしね」
堀さん、いい人だ。矢場も聞き流せばいいのにね。病室に全員揃ってたけど、田中と鈴木はセリフがないのでノンクレジット。
売店のカウンターにもたれかかる小川。
良子「どうしたの? 元気ないわね」
小川「うん…このところね。もう長いこと息子から便りがないもんだから」
良子「だけど…ベニスからだと幾日ぐらいで手紙来んの?」
小川「うん。飛行機だと1週間か10日間ぐらいだって言ってたけどね」
良子「そのうち来るわよ」
小川「うん」
良子「おまんじゅう1つあげるわ。はい」
涙を浮かべた小川は、まんじゅうを口にして、うつむいて泣き出す。そっとハンカチを手渡す良子。
人は寂しいとき、祈る気持ちになります。今、小川さんの瞼に浮かんだ涙は必死の祈りでした。ベニスからの息子の便り。しかし、所詮、ウソの息子なのです。
涙を拭いたハンカチをその場で良子に返すんじゃない!
でも「3人家族」ではあんないい息子たちに囲まれてた耕作パパが…と思うと泣ける。
「オー・ソレ・ミオ」のインストにのせ、コロッセオやコンスタンティヌスの凱旋門などなどローマの観光地が映し出される。
ホテルの廊下を正司が団体客を引き連れて歩いている。
正司「くれぐれもお部屋を間違えないようにお願いします。え~、501号は大橋さん、飯島さん。503号は坂巻さん、黒土(くろつち)さん。505号は阿部さん、大谷さん」
やはり、海外ロケはなかったんだなー。
部屋から出てきた日本人女性と目が合う正司。
泰子「しばらくです」
正司「変なとこで会いましたね」
泰子「はあ」
正司「ローマ見物ですか?」
泰子「いえ。私、ずっとスペインにいたんです。マドリッドに」
正司「へえ、そうですか」
泰子「あなたもお元気そうで」
正司「いや、相変わらずですよ。じゃ、あなたもお元気で。あっ、どうもすいませんでした」
男性「はい」
正司「え~、次の部屋は…」
人生には奇妙な出合いがあります。この人の名は宮沢泰子。1年前、正司と結婚するはずだった人です。
ロビーに出た泰子が振り返って正司を見る。
正司「509号、鈴木さんと佐藤さんですね」
男性たち「はい」
正司「え~っと、次は…」
正司も何となく振り返り、泰子と目が合う。(つづく)
泰子役の馬渕晴子さんは、木下恵介劇場の「記念樹」の主役。あ~、いつか再放送してほしいものだ。次は勝手に「幸福相談」だと思ってます。
次の5話は前番組の「名建築で昼食を」スペシャルで休止。テレビショッピングの枠を1つ潰して時間ずらしてやればいいのに! で、来週1週間は4時半からの放送。
正司と寿美子が出会うのはいつなのか。