徒然好きなもの

ドラマの感想など

【ネタバレ】太陽の涙 #8

TBS 1972年1月25日

 

あらすじ

勉(小倉一郎)は悪い人間ではないが、どうにもひねくれている。しかし、それは勉の精いっぱいの甘え表現だった。そして、誰かに寄りかかり甘えたいのは、泰子(馬渕晴子)も同じだった……。

2024.3.28 BS松竹東急録画。

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人生には

奇妙な出合いがあります

いや 奇妙な出合いこそ

人生なのかもしれません

仕合わせも

不仕合わせも

の時静かに訪づれます

昼と夜のように

 

及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。

*

前田寿美子:山本陽子鉄板焼屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。

*

池本良子(よしこ):沢田雅美…病院の売店の売り子。

及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。

*

井上はつ:菅井きん…そば屋「信濃路」の女将。

及川高行:長浜藤夫…正司の父。

*

堀:森野五郎…小川の向かいのベッドの入院患者。

板前:浅若芳太郎

医師:下小鶴英一

*

林:高木信夫…矢場の向かいのベッドの入院患者。

鈴木:渡辺紀行…小川の隣のベッドの入院患者。

田中:豊田広貴…鈴木の向かいのベッドの入院患者。

*

看護師:坂田多恵子

仲居:小峰陽子

ナレーター:矢島正明

*

宮沢泰子:馬渕晴子…正司の元婚約者。

*

前田新作:浜村純…寿美子の父。「新作」マスター。

*

小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。

 

はつのアパート

手馴れた様子でミシンをかけているはつ。古いドラマでよく見る黒いミシンだけど、足踏みじゃないんだね。

 

物音に気付いて玄関のドアを開けると高行だった。「お邪魔じゃなかったですか?」

はつ「いいえ。さあ、どうぞ」

高行「寝てるのかと思いましたよ」

 

店のほうに行った高行は、はつが風邪で休みだと聞いてきた。

はつ「そりゃ、まあすいません。あら、なんですか? それは」

高行「また不細工な物を作ったもんですからね」布巾?をとるとのり巻きだった。

はつ「おやおや、そりゃごちそうさま。さあ、どうぞ」

高行「他に能がないもんですからね」

 

玄関から部屋に移動するはつ。「いいえ。及川さんののり巻き寿司は、おいしいんですよ。酢加減が良くって。早速いただきましょう」

高行「ミシンをかけていたんですか?」

はつ「ええ。他にすることもありませんしね」

高行「いいんですか? 起きていて」

はつ「風邪なんて言い訳ですよ。ちょっと癇(かん)に障ることがありましてね。今日はわざと休んでやったんですよ」

 

高行「そうですか。多分、そんなことじゃないかと思いましたけどね」

はつ「情けない話ですよ。親のほうが嫁さんに気兼ねをして休まなきゃならないなんて。それも角が立たないように風邪を引いたなんてウソを言って。一体なんのために生きてきたのか分かりませんよ、この年まで」

高行「そうね。この世の中はさまざまですよ」

はつ「情けない話ですよ。昔はうちの息子だって、ああじゃなかったんですけどね。変わるもんですね。代が替わると親のことより自分の嫁さんや子供のことですからね。もうもう私なんて居場所はありませんよ」

高行「でも、ものは考えようですよ。狭い一軒のうちの中で孫のお守りに追われていてごらんなさい。それこそ居場所はないんだから」

はつ「そりゃまあ、そうかもしれないけど」高行にお茶を出す。

 

はつさんの暮らし、羨ましいけどなあ。1人暮らしする余裕があり、仕事も時々は休んでもよし。趣味のミシンをやったり、茶飲み友達もいる。妻子を優先する息子に育てたなら、それはそれで子育てがうまくいった証拠という気もする(橋田ドラマを思い浮かべながら)。何より自ら進んで別居を選んだんだからね。

 

はつは一緒にどうです?と誘う。もう食べてきた、ケンちゃんにも食べてもらおうとたくさん作ったと言う高行。

 

はつ「あの子も好きなんですよ。お父さんののり巻きが。さあ、どうぞ」

高行「じゃあ、ご相伴して」

はつ「正司さんもよっぽど好きなんですね、このお寿司が」

高行「あれはもう、何を作ったって、おいしいおいしいって」

はつ「そりゃまあそうですよ。こう言っちゃなんですけど、お父さんが不器用な手つきで作るんですもの」

高行「いやいや、これだけは得意中の得意ですからね」

笑うはつと高行。

 

この2人の笑いには心が遊ぶような楽しさがあります。そして、この日常の中の断片に実は人々が求めるもの幸せの本質を垣間見ることができるのです。

 

高行は正司が寝つかれないと12時ちょっと前まで出かけていたことをはつに話した。高行も気になって眠れなかったが、早起きしてのり巻きを作って、勉のお見舞いに行く正司に届けてもらった。

 

はつは昨日、ケーキやチョコレートを誰にもらったのか言っていなかったかと聞いた。

 

はつ「じゃあ、お父さんには話さなかったんですよ。やっぱりてれくさいんですよ。それがね、とってもステキな人なんですって。初めて会ったとか、あの、タクシー一緒に乗ったとか言ってましたよ」

高行「そんなことがあったんですか」

はつ「それですよ、眠れなかったのは。ポーっとしてましたからね。ロマンチックな顔をして。やっぱりお嫁さんをもらわなきゃダメですよ。もう年頃はとっくに過ぎてるんですもの」

 

病院の廊下を歩く正司と勉。初2ショット! 

勉「よそうよ、売店行くの」

正司「どうして?」

勉「うるさいよ、あの女の子は。また余計な口を出すに決まってんだ。どっかそこらに掛ければいいよ」

正司「あの子とケンカしたのか?」

勉「ケンカ?」

正司「信濃路の奥さんがそう言ってたよ」

勉「またそんなこと言う。余計なおせっかいもいいとこだよ」

正司「だって、あの子が泣きそうな顔をして…」

勉「そんなことは向こうの勝手だよ。泣きたくもなるんだろ。年頃だもん。泣きたいのはこっちのほうですよ」

 

こんな具合ですからいつも泣きたくなるのは正司のほうです。でも、正司は知っていたのです。弟が甘えることのできるのは自分だけだということを。

 

売店

小川「ああ、ん~ん、甘いこと甘いこと。ん~、フフッ。ほっぺたが落ちそうだ」

良子「そんな物、落っことされたらかなわないわ」

2人で笑う。

良子「大体ね、大げさよ、おじさんは」

小川「うん?」

良子「口が曲がるだの、ほっぺたが落ちそうだの」

 

小川「でもね、私、ホントにありがたいと思ってるんですよ。こんな冷たい浮世に、あんたみたいないい人が他にいるもんですか。お茶だけだってありがたいのに。あっ…もし、あれじゃないんでしょうね? 私みたいなのがしょっちゅうここへ来てると損しちゃうんじゃないんでしょうね?」

良子「いいのよ。そんなこと気にしなくたって。みたいな人は1人だけですからね」

小川「だから、もうお菓子はいいんですよ。お茶だけもらえればね」

良子「そんなわけにいくもんですか。お小遣いが入るの月初めだけなんでしょ?」

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小川さんは生活保護受給者。

 

小川「そうなんですよ」

良子「早くベニスにいる息子さんが迎えに来てくれなきゃダメね」

小川「そう。ホントにね」

 

良子は客が来たので席を立った。

 

それを言われるのが一番つらいのです。でも、今更ウソだとは言えなかったし、実はそのウソを本当のようにしてくれた、あの一枚の絵葉書の人をこの小川さんは一日千秋の思いでもう一度会いたいと思っているのです。

 

接客を終えた良子に「よっちゃん」と話しかける小川。

良子「えっ? お茶ですか?」

小川「いいえ。ごちそうさま。もうたくさん」

良子「じゃ、病室のほうへ帰って寝たほうがいいわね。やっぱり病人なんだから」

 

小川「あの人のことなんだけどね、見なかったかしら? もうとっくに帰ってきてるはずなんだけど」

良子「誰よ? あの人って」

小川「ほら、あの人。もうずっと前になるけども、ここに掛けてさ、いなり寿司を食べてた」

良子「いなり寿司食べてく人は何人でもいるわよ」

小川「だけどね、ほら、あの…あした、ヨーロッパへ行くって言ってたでしょうが…ねえ。スッキリしたいい男で目のきれいな」

良子「さあ、そんな人いたかしら?」

 

小川「ダメだな、あんたは。あんないい顔をした男を忘れちまうんだから。そんなこっちゃ恋愛なんかできませんよ」←これは今ならセクハラ?

良子「まあ、厚かましい。タダでお茶を何杯も何杯も飲んで、その上、お茶菓子までごちそうしたのに」←この時代だって怒ってるんだからセクハラ。

小川「ああ、いえ…怒っちゃ困るんですよ。だって、あれでしょ? あんただって年頃だし」

良子「大きなお世話。好きな人ぐらいちゃんといますよ」

小川「まあまあ、そりゃ、まあ、いるでしょうけどね」

 

良子「あっ、そうか…あの人のことね?」

小川「そうそう。その人のこと」

 

良子は初めから正司のことだと知っていたのです。でも、ベニスからの絵葉書のウソを知っていて知らない顔で通すには、そのとき、とっさにとぼけてみようと思ったのです。でも、それは罪なことです。彼女にはダメでした。

 

小川「えっ? 昨日、来たんですか?」

良子「もしかしたら今日も来るかな」

小川「今日もですか? 来るんですか? あの人が」

良子「だけど、ここに寄るとは限らないのよ。もうとっくに来て帰っちゃったのかもしれないし」

小川「ああ、そうか…」

 

良子「会いたいの? あの人に」

小川「うん? まあまあ、ちょっとね」

良子「なんか用があんの?」

小川「いや、いや、いや。用じゃないけど、あっ…すまないけど、あの…お茶…」

良子「あら、まだ飲むの?」

小川「すいませんね、どうも」

良子「いいわ、いくら飲んだって。入れ替えてあげるわね」

 

看護師「小川さん、ダメですよ。早く来なきゃ。もうすぐ回診ですよ」

 

この看護師さんが坂田多恵子さんかな? 小峰陽子さんと同じように若く美しい女性で木下恵介アワーの常連。坂田多恵子さんは「あしたからの恋」でも看護師だったから、同じ病院で働いてるのね。「思い橋」では2人とも北さんの同僚社員。

 

小川「ああ、そうだ。すいません、すいません」立ち上がる。

良子「じゃ、お茶はいいのね?」

小川「うん…お茶はいいけど…」

良子「分かってるわよ。あの人が来たら教えてあげればいいんでしょ?」

小川「お願いしますよね」

 

良子「ハァ…」

 

良子の吐息にはいろんな意味があったのです。ベニスにいるはずもない息子をいると言わなければならない人のその深い悲しさや、よく考えてみれば自分だって似たようなものではないのかと。人はその人の心に入ってみないと分かりません。実は、この良子も決して幸せとは言えなかったのです。

 

毎回微妙に違う貼り紙

稲荷すし 1皿 ¥60

 

おにぎり 1個 ¥30

せきはん 1皿 ¥70

 

カウンターの隅で自作のお弁当を食べ始める良子。

 

勉「なんだ。いないのかと思ったら」

良子「いたって、いないわ。あんたなんか」

勉「そうズケズケ言うなよ。兄貴ならいい顔するくせに」

良子「ええ、するわ。お客様の質が違いますからね」

勉「そうガツガツ食べるなったら」

良子「うるさい人ね。コーヒーなんてないわよ。角砂糖がないんだから」

勉「いいよ、砂糖なしで。ゆっくり食べなよね。待ってるからさ」

 

良子「あんたね、何が良くて、こんな店へ来んの? 角砂糖はないし、角張った私しかいないのよ。あんたなんかとしゃべってたら丸くはなれないんですからね」

勉「いいよ、いいよ、それで。別にどうってことはないんだからさ」

良子「当たり前よ。あんたなんかとね、どうかあってたまるもんですか」

勉「ハハハッ、とにかくコーヒーをね」

良子「角砂糖なんてね、あったってないんですからね。値段は一緒ですからね。もういつも捨てるみたいに入れてんだから」

勉「そうそう。たまには元を取りなよ。大変だよ、君だって。よく働く、まったく。感心しちゃうよ。こういう人のことを世間じゃいい娘さんって言うんじゃないのかな」

 

勉の後ろの壁

 

おいしい

ミルクコーヒー ¥80

 

あたたかい…までしか見えなかった。

 

良子「おあいにくさま。あんたなんかに褒められるようになったらおしまいよ」

勉「そうでもないだろ? 内心うれしいんじゃないの?」

良子「トンチンカンもいいとこ。人のことよりね、自分はなんて言われてるか聞いてごらんなさい、人に」

勉「ダメだよ、そりゃ。絶望的だよ」

良子「それが絶望的な顔ですか。はい、どうぞ」コーヒーを出す。

 

勉「ありがとう。じゃ、まんじゅう1つもらおうか」

良子「まんじゅうを食べんの? あんたが」

勉「ああ、食べるよ。このコーヒー砂糖がないんだろ?」

良子「あきれた人」

勉「甘い物(もん)に飢えてんだよな。やっぱり甘さがないとダメだな、人生は」

 

トングでつかんだまんじゅうを渡す良子。「はい。あんたの人生なんて、おしくらまんじゅうでしょう? 何を言ったってダメなんだから」

勉「そうでもないよ。こうすれば…」ティースプーンでまんじゅうからあんこをすくってコーヒーに入れ始める。

良子「何すんの? あんたは」

 

病室

医師「脈も正常だし、別に悪いとこないみたいなんだけどなあ」

小川「そうなんですよ。今日みたいに心臓のドキドキしない日は、とてもいいんですけどね。どうなのかな? こりゃ。あの…今朝なんかね、脇の下に汗かいてんですよ。額に触るとヒンヤリしてましてね」

医師「血圧測ってみようかな」

看護師「はい」

小川「いや、血圧よりもなんですよ。先生ね、あの…このごろ胃のこの辺がおかしくってね」

医師「おかしいって、どういうふうに?」

小川「さあ…なんてったらいいのかな? ちょっとこう張ってるみたいな」

 

小川のベッドの後ろの壁に貼られたカレンダー?の25は放送日の1972年1月25日かな。「人の欠点を指摘する前に…人の長所を見出そう」と格言?が書かれている。

 

林「食べすぎじゃないのかな? よく売店行くから」

田中や鈴木が笑い、堀はムッとしている。矢場のベッドの位置に鈴木が移動している。

 

小川「とんでもない。どうして私にそんなお金があるんですか?」

看護師「さあさあ、寝てくださいよ」

小川「いつだってこれですからね、先生。血圧だってね、上がったり下がったりしますよ」

 

多分、今日のキャストクレジットの下小鶴(”しもこづる”と読むそうです)英一さんはこのお医者さんだよね。名前で検索したらある学校のPTA会長をしていたらしい。

 

矢場がいなくなっても、矢場にいつも同調していた林がからかうようになったんだね。

 

売店

お弁当を食べている良子。

勉「強情だな。寿司持ってきてやるって言ってんのに」

良子「あんたね、せっかくお兄さん持ってきてくれたんでしょ? どうして人のことより自分で食べないのよ? まんじゅうだの砂糖なしのコーヒーだのって。気が知れないわよ、あんたのすること」

勉「食べたくないね。親父のわざとらしい愛情なんて」

良子「かわいそうな人ね、あんたって。そこまでひねくれないと生きたような気がしないの?」

勉「まあ、そういうことになるかな」

 

良子「だからって、ちっとも自分は得をしないのに」

勉「損得の問題じゃないんだよ」

良子「じゃ、何よ? あんたが欲しいものは」

勉「だから何度も言ってるでしょ? 甘さだよな。ほんのちょっとでいいんだぜ。君がニッコリしてくれたって。それだけでいいんだよ」

良子「バカバカしい。あんたと話してんと口がくたびれるだけ。もう黙っててちょうだい」

 

勉「そうそう。面白い話、してやろうか?」奥の席からカウンターにいる良子の近くまで寄ってくる。そっぽを向く良子。

 

勉「兄貴がね、恋愛したんだよ。1年ぐらい前だったかな? それは結局ダメ。失恋なんだ」

良子「バカね、あんた。どうしてそういう話が面白いの?」

勉「そうだな。面白がっちゃ悪(わり)いよな」

良子「情けない人。あんたなんてお茶1杯出すのヤだわ」

 

勉「ほら、兄貴のことだとすぐそういうふうにムキになるだろ?」

良子「なるわよ。あんまりお兄さん、かわいそうですもん」

勉「そうそう。こんな弟のために縁談は壊れちゃうし。ついこの間もあったんだ。兄貴がヨーロッパに行ってる留守に。俺だって腹が立ったよ、しゃくだよ、あの女」

 

鉄板焼屋「新作」

相変わらず忙しい店内。店から厨房に入って注文を通す寿美子。

新作「少し代わりなさいよ、疲れたよ」

寿美子「いいんですよ。まだそんな年じゃないんでしょ?」

新作「年じゃないって、お前…」

寿美子「頑張らないと老い込むんですよ。ほら、上がったじゃないの」出来上がった料理を持っていく。

 

新作「おい、寿美子。代わりなさいよ、お前は」

 

店内へ注文された料理を運ぶ寿美子を見た新作は「どういうんだよ、寿美子は。急に店へなんか出て」と不思議がる。浜村純さんは長身で作業しづらそう。台が低い。

 

板前「マスターも気がもめますね」

新作「そうなんだよ」

板前「一体どういう風向きなんですか? 寿美子さんは」

新作「多分、あれじゃないかと思うんだよ。原因は昨日なんだ、きっと」

板前「昨日、何があったんですか?」

新作「どうもそうらしいんだよね。いい男だとかなんとか言ってたから」

板前「おやおや。そんないい話なんですか」

新作「いや、良くはないんですよ、それが」

 

寿美子「お父さん、ぼさぼさしてちゃダメよ」

新作「ぼさぼさなんかしてないよ」

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「おやじ太鼓」でも亀次郎が「ボサボサしてんな」って言ってた。

 

疲れた寿美子は厨房の椅子に掛けてメモを取る。急に店に出るからだと言う新作。

寿美子「2人も風邪で休んじゃったでしょ。しょうがないじゃないの」

新作「風邪をひいたのはお前のほうだろ」

寿美子「ひきませんよ、風邪なんか」

新作「恋の風邪ですよ」

寿美子「あら、おかしい」

新作「何がおかしいんだ?」

寿美子「そんな古風な言い方って、近頃聞いたことがないわ」

新作「聞いたことがなくたって、そうとしか思えませんよ」

寿美子「そんなことより伝票通さなくていいの?」

 

板前に注文の鯛茶とのり茶1人前ずつを伝える新作。出来上がった料理を5番テーブルへ運んで行く寿美子。

 

恋の風邪とはうまいことを言ったものです。確かに風邪は思いがけないときにひきます。そして、熱が出るのですから。

 

なるほど~♪

 

しかし、そのころ、正司は泰子に呼び出されて会っていたのです。

 

茶店

泰子「ごめんなさい。また呼び出してしまって」

正司「今日とあしたは休みなんだから。ホントは会社へ行かなかったんだけどね」

泰子「じゃ、ちょうどいいときに電話かけたんだわ。まさかアパートにはかけられないでしょ?」

 

店員がコーヒーを運んでくると、何も言わずに正司のコーヒーに砂糖を入れる泰子。自身のコーヒーにはミルクを入れてかき混ぜる。

 

正司「こんなことをはっきり言いたくはないけど、君、あれだよ。アパートもそうだけど、会社へも電話なんかかけてよこしちゃいけないんだ。君だって分かってるのに」

泰子「そう、分かってるわ」

正司「それを言いたくて来たんだからね、僕は」

泰子「そうね。それが当たり前ですものね」

正司「君はどうか知らないけど、僕はやっと忘れかけていたんだからね」

泰子「すいません。私ってほんとバカ。あれからすぐに結婚してしまって、それからまたこうですもんね」

正司「とにかく昔のことは忘れたいよ。僕たちはお互いにさっぱり割り切って別れたんだし、それからあと、君が何をしたって、それはもう僕には関係のないことだよ」

 

店員がテーブルに伝票を置く。

 

泰子「ローマで会わなければよかったのね。偶然ばったり会ってしまったもんだから、私、どういうわけだか、まだあなたに会ってもいいような気がして」

正司「そういうのを運命のいたずらっていうんだよ」

泰子「そう。ホントにそうだわ。あのとき、お会いしなかったら、とても私だって電話なんかかけられなかったわ」

 

正司「これは余計なことだけど、もう一度スペインへ帰ったらどうだろう?」

泰子「イヤです、それだけは」

正司「そう。じゃあ、まあ、しかたがないけど。だからって僕がこれからの君の身の上を心配してあげる義務はないからね」

 

泰子「もうなんにもないのね。私とあなたの間には」

正司「そう。なんにもないよ。あったらおかしなもんだ」

 

泰子「友達としてもダメかしら?」

正司「ダメに決まってるじゃないか。僕たちは友達だったことは一度もないんだもの。今更、間の抜けたことを言っちゃ困るよ。さあ、帰ろうか」

 

美男子の毅然とした態度、すてき。

 

ローマで出合った運命のいたずら。しかし、奇妙な出合いはもう一度あるのです。

 

タクシーに乗っていた寿美子は喫茶店から出てきた正司を発見した。「あっ、あの人、あの人! あんなとこにいるんだもの」

新作「えっ? 何があの人だ?」

寿美子「あの人がいたのよ。昨日ケーキをあげた人」

新作「えっ!? じゃあ、すぐにこの車を止めりゃよかったじゃないか」

 

とてもきれいな女の人と一緒だったとションボリする寿美子。新作は一緒だってかまわないから名前や住所を聞けばいいと言うが、寿美子はうちの店のことは言ってるし、来てくれる気持ちがあったら来てくれるという。

 

狸穴マンション近くの電柱の看板に”タヤマトシコ”。電柱に個人名?が書かれているのを初めて見た。

 

カタカナで”マミアナ”と書かれた看板が立ってる。

 

マンションへ入ってきた新作と寿美子。

新作「しかし、惜しいことしたな」

寿美子「縁があるんなら、また会うでしょ」

 

エレベーターは最上階の10階へ。

寿美子「あっ、いいんですよ。お父さんまでついてこなくったって」

新作「そうはいきませんよ」

寿美子「ちっとも人の気持ちなんか分からないくせに」

新作「分かってますよ」

寿美子が屋上のドアを開ける。

 

新作「寒いじゃないか。本物の風邪をひいたらどうするんだ?」

寿美子「とっくにひいてますよ」手すりのあるまで歩く。

新作「そうか。そっちのほうが本物の風邪か」

 

寿美子「ねえ、お父さん…」

新作「なんだ、そんな情けない顔をして」

寿美子「私、どうかしてるのかしら?」

新作「そりゃまあ普通じゃないよ」

寿美子「ねえ、どうしたらいいの?」

新作「さあ、知らないな。そんなこと」

寿美子「じゃ、ちっとも人の気持ちなんか分かっちゃいないじゃないの」

 

新作「分かってますよ。六本木の交差点の近くだろ? それならあっちだよ、ほら。もっとも空を見たってしょうがないけど」

寿美子「どうしてあんなとこにいたのかしら?」結局部屋に戻る。

 

この東京の空の下には1140万人ぐらいの人々が喜怒哀楽を生きています。そして、その仲で巡り合った正司と寿美子でした。しかも、2人のための縁談はとっくに用意されていたのに。思えば残念な成り行きでした。

 

狸穴マンション屋上から当時の東京の風景が映される。(つづく)

 

今日のテーマは”風邪”!?

 

勉はやたらと良子に対して上から目線であれこれ言うのがイヤだね~。