TBS 1972年1月4日
あらすじ
偶然出会った正司(加藤剛)とかつての恋人・泰子(馬渕晴子)。正司と別れた泰子は結婚してヨーロッパにいたが、破局し日本に帰ろうとしていた。ふたりはローマの街を歩くが、心は寂しかった。
2024.3.25 BS松竹東急録画。
ふと淋しい時
自分の涙の中に
ふと気がつきます
自分よりも
淋しい人を
その時
愛がきらめきます
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
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前田寿美子:山本陽子…鉄板焼屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。
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及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。
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及川高行:長浜藤夫…正司の父。
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矢場の妻:杉山とく子
矢場:日野道夫…小川の隣のベッドの入院患者。
堀:森野五郎…小川の向かいのベッドの入院患者。
*
ケン坊:鍋谷孝喜…「信濃路」店員。
吉田:鹿野浩四郎…正司の隣人。
林:高木信夫…矢場の向かいのベッドの入院患者。
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鈴木:渡辺紀行…矢場の隣のベッドの入院患者。
看護師:光映子
田中:豊田広貴…鈴木の向かいのベッドの入院患者。
ナレーター:矢島正明
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宮沢泰子:馬渕晴子…正司の元恋人。
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小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。
レストラン
店の奥で一人飲んでいる泰子。
ボーイ「ボナセーラ」=イタリア語で”こんばんは”
トレンチコートの正司が来店。「近いと思ったら割合あるんだね。歩いてきたよ」
泰子「すいません」
正司「それに坂だしね。ホテルの前からずっと」
泰子「もうベッドに入ってたんですか?」
正司「いや、まだまだ。あしたのことやいろんなことが気になっちゃってね。カンパリか。僕もそれにしよう。(ボーイに)カメリエーレ」
カメリエーレは男性給仕人なのね。日本でいうなら「ボーイさん」と呼びかけるようなことか。
ボーイ「シー ヴァベーネ」
了解しました、的な?
泰子「大変ですね。今度は大勢なの?」
正司「27人。そんなに多くはないんだけど」
泰子「ローマにはいつまで?」
正司「あした、もう一日、見物して、あさってウィーンへ行くんだけど」
泰子「そう。私はあしたの午後の飛行機で日本へ帰るの」
正司「そう、そりゃいいな。じゃあ、お正月は日本で?」
放送は年が明けてるけど、まだ1971年の年末あたり?
泰子「でも、いいお正月なんて来ないんです。いいことなんてちっともないんですもの」
正司「そうかな。すっかりあか抜けしちゃって幸せそうだけど」
泰子「とんでもない」
正司「こっちはいつ来たの? 5月に結婚したってことは聞いたけど」
泰子「結婚して、すぐ来たんです。知ってるんでしょ? どんな人と結婚したか」
正司「さあ? パリへ行ったってことは聞いたけど」
泰子「仕入れ係ね、輸入会社の。パリには3か月いて、それからアムステルダムとブラッセルと昨日までマドリッドにいたの」
正司「随分いろんな国へ行くんだね。日本へ帰るのは休暇なの?」
泰子「いいえ、別れたの。1人で帰るんです」
正司「へえ…そうか。そんなことになっちゃったのか」
ボーイ「エッコ」=はい
正司「グラッツィエ」=ありがとう
泰子「半年ですものね。私ってホントにバカ」
正司「たった半年でね」
泰子「あきれてものが言えないでしょ?」
正司「そりゃ、まあ…だってあんまり早すぎるもの」
泰子「そうよね。今日もローマにいるお世話になった人と会ってたんだけど、やっぱりあきれてたわ」
正司「妙なときに会ったんだね」
泰子「そうなの」
正司「会わなければよかったね。こんなときにばったり」
泰子「あなたに悪いことしたから、こんなときにこんな所でばったり会うんでしょうね」
正司「廊下で会っただけでよかったのに」
泰子「迷惑ですよね? 今更、私の話なんか聞いても」
正司「迷惑っていうより、ちょっと困るな。僕が何を言ったって、お互いに何か引っ掛かるしね。同情したって変だし、いろんな細かいことを聞いても変だし」
泰子「ごめんなさい。わざわざ呼び出したりして」
正司「まあ、はっきり言えばそうだな」
泰子「私だって随分迷ったのよ。でも、あんまり寂しくって」
正司「もうよそう、その話は。ただローマで会って、ローマで別れれば、それでいいよ」
2人はそれぞれの寂しさを見つめたのです。ちょうど1年前、正司の父が倒れたとき、2人は別れることになってしまったのです。泰子の両親が反対したのも無理ではなかったし、正司にしても泰子を幸せにできる自信がなかったからです。婚約指輪を贈る寸前でした。その指輪は、今でも失恋の形見として正司の手に残っていました。
昭和45年末 高行が倒れて、婚約破棄。
昭和46年5月 泰子は別の人と結婚。
昭和46年末 ローマで再会。
夜の石畳を歩く2人。都内だと神楽坂辺りに石畳があるらしい。
2人で歩けば、どうしても2人で歩いた昔を思い出します。でも、楽しかった昔と今の寂しさと、それはただ時の流れのむなしさでしょうか。でも、不思議でした。2人は甘く、夢の中を歩いているような気分だったのです。ローマの石畳のせいかもしれません。
ホテルに戻った2人。泰子の部屋の前まで送った正司。「じゃ、おやすみ。日本へ帰ったら元気でね。じゃ」
泰子「正司さん。日本へ帰ったら会ってくれますか? 日本へ帰ったって、元気になれるはずないでしょ?」
正司「会ったって、なんにも話すことないからな。今日と同じさ」
泰子「いいの。それでも」
正司「イヤだよ、僕は。君とは日本ではっきりと別れたんだからね。ローマのこのホテルのこの廊下でばったり行き合ったからって、それはそれだけのことさ。そのドアをバタンと閉めてしまえば、それでおしまい。それでいいんだよ。もう一度ドアを開けてみたって、なんにもありゃしない。もっとも君にはヨーロッパの思い出があるかもしれないけどね」
泰子「イヤな思い出よ」
正司「さあ、それは知らないけど」
泰子「とにかく一度だけ…」
正司「そんなこと意味ないよ。失敗は一度だけでいいんだ。おやすみ、さよなら」
かっこいいなあ~。しかし、当時は「たんとんとん」の次番組としてはギャップあっただろうね~。
前作は10代の若者の話で、今回は30代の大人が主人公。「おやじ太鼓」第2部から「兄弟」みたいにトーンが違う。
ローマの観光地の映像と旅行客をガイドする正司の映像が重なる。
この時代より前に実際ロケに行った「おやじ太鼓」ってすごかったんだな。
飛行機に乗る泰子。
ヨーロッパを飛び立った泰子は、そのヨーロッパに2人の男性を残してきたことになります。その1人には、はっきりと決別の手を振り、いま一人には、なぜか断ち切れない未練が残ったのです。女心は妙な具合に揺らめいて風の中の羽根のように空を飛びます。
ホテルに戻った正司も泰子がいた部屋に目をやる。出てきたのはボーイ。
部屋に戻った正司。
その手紙はフロントから受け取ったのです。ホテルに帰る前からどうもそんな気がしていたのですが、さて、受け取ってみると自分でも驚くほど煩わしい気分になったのです。
泰子の手紙
昨晩は申し訳ありませんでした。いいえ、あなたには申し訳ないことばかりです。そんな私が幸せになれるわけはありませんね。でも、イヤな思い出ばかりのヨーロッパの最後の夜にあなたにお目にかかれたことは、こんな罪深い女でも天にいます神様は哀れんでくださったのでしょうか。絶望のどん底で太陽の光に巡り合ったような気がいたしました。どうぞ、お元気で。楽しいご旅行を祈り上げます。 泰子
ホテルの窓を開ける正司。
ふと寂しいとき、あなたの目は何を見つめていますか? 空の雲ですか? 光の中の花ですか? あなたの中の涙ですか? せっかく忘れていたのに、どうしてもう一度、苦しまなければならないのでしょう。もし、それが幸せな泰子との出会いであったならば、この寂しさもその人のために耐えることの喜びであったでしょうに。でも、傷ついた人と傷ついた自分との出会いでは救われようもありませんでした。そのとき、正司はどういうわけなのか、たった一度しか会ったことのない、あの小川さんを思い出したのです。ふと寂しいとき、人は自分の涙の中に自分よりも寂しい人を見つけようとするのでしょうか。ふと寂しいとき、愛が生まれます。
病室
食事は自分で運ぶスタイルなのね。小川が廊下から食事を運んで自分のベッドへ。
矢場「女房のヤツ、何をしてやがるんだ? 早く来りゃいいのに。看護婦さんよ、まだ個室は空かないの?」
看護師「2時からですよ。今、掃除してますから」
矢場「しょうがないな。早くしてくんなくちゃ」パイプを吸ってる?
矢場の妻「こんにちは、皆さん」
矢場「こら、何をしてんだ? 今まで」←人前で怒鳴りつけるな。
矢場の妻「そんなこと言ったって無理ですよ」
矢場「何が無理だい?」
矢場の妻「ヨシオが風邪で寝込んじゃったでしょう? アー子も忙しくて忙しくて…」
矢場「今日は何を作ってきたんだ? 腹が減ってしょうがないんだ」
矢場の妻「いや、今、開けますよ。皆さん、大阪寿司買ってきたんですよ。あっ、(鈴木に)ちょっとあなた食べんの待ってください」
大阪寿司は「たんとんとん」でも咲子が作ってきたよ。
林「今日は日本風なんですか?」
矢場の妻「そうなんですよ。ヨシオが風邪でアー子が忙しいもんですからね。さあ、1つずつあがってください」
鈴木「いつもすみません」
矢場の妻「短い間でしたけど、お世話になりましたからね」
矢場「やっと個室が空いたか。小川さんよ、隣のイヤなヤツがいなくなってサバサバするだろうね」
小川「よくまあ、そういうことをサバサバした顔で言えますね」
矢場「ああ、そうか。どうもこちとら厚かましいのかな」
矢場の妻「小川さん、1ついかがですか?」
小川「いえいえ、私、結構ですからね」
矢場「まあ、そう言わないで食べてよ」
矢場の妻「堀さん、どうぞ」堀のところへ。
矢場「隣同士で結構うまくやってたんじゃないの」←はあ!?(怒)
小川「いいえ。結構ですからね」
矢場「あきれるよ、あんたにも。いい年をして、そんな強情を張ってると、かわいがってもらえないけどね。ねえ、そうじゃないの。年取ってからは、かわいがってもらわなきゃ損だよね?」
矢場の妻「そうですよ。うちのアー子なんてホントに良くしてくれるんだから」
矢場「とうとうベニスの息子さんにもお目にかかれなかったな。あっ、そうだ。おい、退院したら、どうだ、2人でヨーロッパ旅行は」
矢場の妻「あら、ステキよ!」
矢場「ベニスにも行ってさ。そうそう、小川さん。ベニスへ行ったら息子さんにも会ってみたいよ。あんただって言いたいことがあるんじゃないの? ええ? 言ってあげるよ。さっぱり手紙はよこさないしさ。いけないねえ、それじゃ。たった一人の息子がさ」
矢場の妻「ねえ、お父さん。あんまり出すぎたこと言わないほうがいいわよ」
矢場「うん? そうかな? 俺は親切で言ってるんだけどなあ」
看護師「小川さん。来ましたよ! ベニスから絵葉書が」
小川「えっ? 来ましたか」
看護師「ええ。はい、どうぞ」小川のベッドに来て絵葉書を手渡す。
今日は看護師さんが2人出てたけど、キャストクレジットは一人だけ。この看護師さんが光映子さんだろうと思う。さっきの看護師さんは三つ編みだった。
小川「来ましたよね、来ましたよね」後ろのカレンダーは1月2月になってる。
看護師「悪いけど、私、読んじゃったの。『お父さん、お元気ですか?』って書いてあるじゃない」←勝手に読むな。
小川「来ましたよ。ねえ、皆さん、息子から便りが」目が潤んでる。
看護師「小川さん、ホントによかったわね」
小川「ありがとう」涙を拭く。「そうだ、あの子に見せなきゃ。ええ」
小走りで売店へ向かう。
小川「よっちゃん、よっちゃん、ねえ、ほら。来ましたよ、ベニスから。ほらほら」
良子「あら~、ホント来たのね」
小川「うん。まあ、ちょっとそこへ掛けてさ。ええ? さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、ここへ」
後ろの貼り紙ちょっと変わった。
おにぎり 1個 ¥30
せきはん 1皿 ¥70
のり巻 1皿 ¥80
稲荷すし 1皿 ¥60
この前は、のり巻がなかった。隠れてただけ?
良子「うれしいわね、おじさん」
小川「うん。私が言ったとおりでしょうが。息子はいいヤツですよ。忙しくって手紙が出せなかったんですよ。外国にいるといろんなことがあるからね。そうだ…あんた、ひとつ読んでよ」
笑顔で絵葉書を受け取る良子。
小川「まるで夢みたいだからね。あんたの声で聞いてみたいよ。私、目ぇつぶってるからね。さあ」
良子「お父さん、お元気ですか? 長らくご無沙汰してしまって申し訳ありません。でも、いつもお父さんのことは気にかかっていました。早く病気が良くなって、一度このベニスに来ていただきたいと思います。ベニスはいつも世界中の観光客でお祭りのようです。一度、お父さんとゴンドラに乗りたいですね。では、また。 秀行」
最初は上を向いて目をつぶって聞いていた小川が今は下を向いて泣いている。
うれしくて泣いているのではありません。このときほど孤独な悲しさがこの人を襲ったことはないのです。だって、このベニスの息子は本当にはいないのですから。
悲しい…。ナレーションで心情を語ってくれるのありがてぇ。
はつが大音量でレコードを聴く吉田の部屋のドアを勢い良くたたく。
はつ「あんたったらね…あら」
高行「おやおや、奥さん」
はつ「まあ、こんなやかましい部屋にいらしたんですか」
高行「ええ。お茶をごちそうになってね」
吉田「おばちゃんもどう? たまにはいいじゃないの」
はつ「イヤですよ。頭が変になりますよ。それにしてもまあ、お父さんまでよくもこんな部屋に座っていられたもんですね」
高行「いえ、それがね…」
吉田「失礼なこと言うな、おばちゃんは」
はつ「言いたくもなるんですよ。お父さん、いらっしゃい、いらっしゃい。おいしい物持ってきたんだから」部屋を出ていく。
吉田「まったくあれでまあよくも商売屋の女将さんが務まるよ」
高行「じゃあ、どうもお邪魔さま」
吉田「またいらっしゃい。今度はお茶菓子ぐらい買っとくから」
高行「いやいや、私のほうから持ってこなきゃ」
吉田「じゃあ、元気で。あっ、寂しいときはいつでもね」
高行はうなずいて出ていく。
意外と優しい吉田。正司の旅行前のあいさつがよかったのかも。
自室に戻った高行。「失礼しましたね」
はつ「いいえ。お部屋へきたらお留守でしょう? まさかお隣にいるとは思いませんでしたよ」
高行「1人で退屈だったもんだから」
はつ「お茶菓子を少しばかり持ってきたんです」
高行「そりゃあどうも」ストーブをつける。
はつ「もらい物(もん)ですけどね」
高行「すみません、いつも」
はつ「さっきね、その絵葉書見せていただいたんですよ」高行がはつに座布団を渡す。「どうも」
高行「そうですか。おや、きれいなお菓子ですね」
はつ「やっぱり京都ですねえ」
高行「でも、いいんでしょうかね?」
はつ「いいんですよ。これっぱかし」
高行「いやいや、この色ですよ。赤や緑や大丈夫でしょうか?」
はつ「さあ、どうでしょう?」
昭和46年が舞台になった終盤の「本日も晴天なり」でも藤井が有害添加物の入っている商品の宣伝をしたと妻の巳代子から責められていた。
お湯が沸いて席を立ったはつに「そのお茶もうダメですから」と言う高行。
はつ「いいですよ、もったいないから」
高行「だって、せっかくのお菓子が」
はつ「いいえ。白いのだけ、ほんの1つ、つまんだほうがいいですよ」
高行「別に害にならないのかもしれないけど、でも、長生きはしたいですからね」
はつ「そりゃそうですとも」台所から戻ってお茶の用意をする。「お父さんが長生きしてくれなきゃ正司さんだって生きてるかいがないでしょうよ」
高行「でもね、こんな親父に長生きされちゃね…」
はつ「何を言ってるですか。正司さんはそこが違うんですよ。うちの息子なんかと。うちの一郎なんてまるで親のことは知らん顔ですからね」
高行「そんなバカな…いい息子さんですよ」
はつ「まあ、世間様はそう言ってくれますけどね」
高行「親の贅沢ですよ」
はつ「とにかく親の私はアパート暮らしですからね。まるで通いのばあさんと同じですよ。それもまあ、追い出されてアパートへ移ってるわけじゃないんですけどね。つまりは親のほうが気を利かして身を引いたんですよ。そのほうが一郎の嫁ともうまくいきますしね」
高行「偉いな、奥さんは」
はつ「いいえ。結局はそのほうが気楽なんですけどね。寝ていたきゃいつまでだって寝てられるんですものね」
高行「でも寝ていられないでしょうが」
はつ「そうなんです。やっぱり人手不足が気になっちゃって。邪魔にされるのは分かってるけど、つい出かけちゃうんですよ、ノコノコ」
高行「そこが親子のいいところですよ。この隣の吉田さんのことですけどね。ああ見えても、なかなかいいとこがあるんですよ。さっきもね、廊下でばったり行き合ったんですけどね、おじさん、息子さんから便りあるの?って聞いてくれるじゃありませんか」
はつ「へえ~」
高行「私もついこの絵葉書を見てもらいましてね」
はつ「そんないじらしいとこがあるのかしら?」
高行「それでこうなんですよ。イタリアの音楽を聴かせてあげるからいらっしゃいよって」
はつ「まあ、イカしたこと言うわね」
高行「いいえ。そんなことよりもね、私が急にあの青年を好きになりましたのはね、音楽をうっとり聴いてるときにポツンとひと言、言ったんですよ」
はつ「へえ、何を言ったんですか?」
高行「俺もなんとかしなきゃいけないや。親父やおふくろもかわいそうだしって」
はつ「まあ…」
高行「親というものはそう思ってくれるだけでもいいですよね」
はつ「だけどですよ、そう思ったら、そういうふうにしたらどうなんでしょう? 変な女と変な関係が出来ちゃってイヤですよ、私は、あんなの」
高行「そりゃまあ、今の生活は良くないでしょうけどね」
はつ「最低じゃないんですか?」
高行「でも、最低はうちにも1人いますからね」
はつ「あら、そうか。まあ、困ったこと言っちゃったわ」
高行「いいんですよ、奥さん」
ノックの音がして、ケン坊が顔を出した。2階の廊下で吉田に会い、これからマージャンをするからきつねそばを4つ持ってこいと言われた。「冗談じゃありませんよ、先月の勘定も払わないで。だからね、言ってやったんですよ。女将さんに怒られるからイヤだって」
はつ「そしたらなんて言ったの?」
ケン坊「知らないのにも程があるんだな。女将さんはいい人だから、そんなケチなこと言うもんかって。さっき会ったときはニッコリ笑っていたなんて言うんですからね」
高行「笑ってなんかいなかったよ」
ケン坊「いるもんですか。ねっ? 女将さん」
はつ「しかたがないから今日は持ってってあげなさい」
ケン坊「えっ? 4つですよ?」
はつ「特別だよ、今日は」
ケン坊「だって、今日も勘定を払う気はさらさらないんですよ」
はつ「だから特別だよ、今日は」
ケン坊「どういうの? それは」
この時代独特の言い回し、言ってみたくなる。どういうんでしょ?
はつ「たまにはあんな人でもいいときがあるんですよねえ」
高行「いや、どっかにはいいところがあるんだ」
はつ「だから勉ちゃんにだってあるんですよ」
ケン坊「変な話。まさかね、女将さんがね、俺だって知らなかったな」戸を閉める。
はつ「持ってってあげんですよ」
⚟ケン坊「はいはい、分かりましたよ」
はつ「何が知らないのさ。こんな気のいい女将さんがいるもんですか」お菓子を口に放り込む。
狸穴マンション前
松葉杖をついた勉が寿美子に近づく。「ちょっと待ってください。あなたが前田さんですか?」
寿美子「いいえ、違います」小走りになる。
勉「ひきょうですよ。逃げるなんて」
寿美子「あなたは誰なんですか? こんなとこで私を待っていて」
勉「じゃあ、やっぱり前田さんですね?」
寿美子「この間、あんな電話をかけたのはあなたですか?」
勉「ええ、そうですよ」
寿美子「私はあのとき、はっきり言ったはずですよ。あなたのことなんか知らないし、あなたのお兄さんんことなんかも知りませんからね」
勉「だって、井上のおばちゃんから縁談の話があったぐらい知ってるでしょう?」
寿美子「だから私がどうだっていうんですか? 私は写真も見ないでお断りしたんですからね。それをあなたからとやかく言われることはないじゃありませんか。あんな電話をかけて迷惑ですよ」
歩いていく寿美子に松葉杖を投げつける勉。
寿美子「まあ、何をするんですか?」
勉「あなたは僕のために縁談を断ったんでしょ?」
寿美子「知りません、そんなこと」
勉「知らないはずはないんだ。僕みたいな弟がいるから断ったんだ。だけど言っときますけどね、兄貴と僕とはなんの関係もないんだ。僕は僕で勝手に生きてるし、もともと血だってつながっちゃいませんよ。顔だっていいし、気持ちだっていいし、あんたになんかもったいないような男なんですからね。勘違いしてもらっちゃ困るんですからね」
寿美子「まあ、失礼な…勘違いしてるのは、あなたのほうじゃありませんか」
追いすがる勉を突き飛ばして転ばせる寿美子、強いな!
勉「ちきしょう、この野郎」
寿美子「真っ平ですよ。あなたみたいな不良のお兄さんは」
走り去る寿美子を見ている勉。
奇妙な出合いでした。そして、その奇妙な出合いがこの2人の人生を変えていくのです。(つづく)
勉が行ったらますます寿美子がかたくなになってしまった。
旧ツイッターによると次の再放送作が早くも木下恵介アワー最後の作品「わが子は他人」に決まってるらしいですね。1か月毎のテレビ誌情報かな? 場合によってはネットより情報が早く入りそう。「太陽の涙」は順調に回数を重ねると、4月23日に終わり。沢田雅美さんと小倉一郎さんが連投なので次の「幸福相談」を続けて見たかった。どうせやるんだから順番通りで見たいんだよな。ヘンなこだわり?
木下恵介アワーは残りが「おやじ太鼓」以前の白黒の「女と刀」「もがり笛」、時代は飛んで「太陽の涙」のあとの「幸福相談」くらいかな。「思い橋」の前後の「おやじ山脈」「炎の旅路」は他局でも再放送されないし、全話残ってなさそう。
BS11の橋田ドラマ枠(平日夕方4時台)も木曜日の夜6~8時に石井ふく子プロデュースドラマを2話ずつやるってことか。「ほんとうに」「おんなは一生懸命」の再放送はやらないのね。
BS松竹東急も1年前の5月から夕方が木下恵介アワーの再放送になったけど、その前までは東海テレビの昼ドラの再放送だったらしいし、いつか急に木下恵介アワー枠が終わっちゃうこともある? 木下恵介劇場+木下恵介アワーの再放送できる作品は全部やっちゃって欲しいな。「わが子は他人」が木下恵介アワー最後の作品ということでちょっと怖いなと思ってます。
「太陽の涙」の次は「幸福相談」だな、と思いきり予測を外してばかりなので当てになりませんが。
そして、土曜と日曜に1話ずつ再放送していた「3人家族」か「二人の世界」の後枠に「おやじ太鼓」の再放送が始まるんだと思っていたら、来週月曜(もう4月か~)から金曜の朝7:30~再放送するそうです。リアルタイムと同じ1週間に1話はちょっともどかしすぎると思ってたので、これは嬉しい。