TBS 1971年12月21日
あらすじ
寂しさを紛らわせるために勉(小倉一郎)は不良仲間に入り、イキがっている。勉の素行の悪さは正司(加藤剛)の縁談にも響いており、正司を案じるはつ(菅井きん)が説教しても、勉は聞き入れようとしない。
2024.3.20 BS松竹東急録画。
夜が来て
朝が来て
そしてあなたは
昨日のあなたではない
何かが 静かに
しかし素早く流れ去ります
ひょっとしたら
あなたの知らない
あなたの涙かもしれない
優しい愛をこめて
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
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及川勉:小倉一郎…正司の義弟。20歳。
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矢場の妻:杉山とく子…小川と同室の矢場の妻。
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矢場:日野道夫…小川の隣のベッドの入院患者。
堀:森野五郎…小川の向かいのベッドの入院患者。
林:高木信夫…矢場の向かいのベッドの入院患者。
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鈴木:渡辺紀行…矢場の隣のベッドの入院患者。
田中:豊田広貴…鈴木の向かいのベッドの入院患者。
稲川善一…旅行客。
ナレーター:矢島正明
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前田新作:浜村純…寿美子の父。亥年の60歳。
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小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。
病室
小川がベッドに起き上がり、地図帳を広げて見ている。
病室に矢場の妻が訪れた。「皆さん、こんにちは」
矢場「なんだ、もっと早く来るかと思ったら…」
矢場の妻「あ~、私だって気が気じゃなかったんですよ」
矢場「腹がペコペコじゃないか」
矢場の妻「出ようと思ったやさき、木村さんが来たんですよ」
矢場「またなんか持ってきたのか?」
矢場の妻「今度はスタールビーですよ。あっ、ダイヤもありましたけどね」
矢場「もう宝石なんかいらないよ。いくつあったら気が済むんだ」
矢場の妻「ええ、そう。私もそう言ってやったんですよ」
矢場「早く出しなさいよ。今日は何を持ってきたんだ?」
矢場の妻「今、あげますよ。イヤですね。病人のくせにガツガツしちゃって。あっ、ちょっと椅子をお借りしますよ」
矢場「ガツガツもするさ。病院の昼飯なんて食えやしないよ」
矢場の妻「今日はね、アメリカスタイルのお寿司なんですよ」
矢場「へえ」
矢場の妻「まあ、アー子が朝から大変でしたよ。手振るっちゃって」
矢場「こりゃ、しゃれてるじゃないか」
矢場の妻「あっ、皆さん、あがってくださいね。たくさん作ってきましたから」
小川は老眼鏡を外し、ベッドに横になった。
林「ふ~ん、珍しいお寿司ですね」
矢場「ええ」
矢場の妻「そうなんですよ。うちのアー子がカリフォルニアにいるとき、よく作ったんです。さあさあ、あがってみてください。紙皿も持ってきましたからね」
小川は体を起こし、ザーッと力強く仕切りのカーテンを閉める。
矢場の妻「あら、小川さん、お休みになるんでしたら、あの…その前に一口いかがですか?」
小川「いいえ、結構。私はどうも日本の寿司でないと口に合いませんからね」
矢場の妻「それがそうじゃないんですよ。おいしいんですよ。アー子のアメリカ風は」矢場の向かいのベッドの林に取り分ける。
矢場「小川さんはイタリアでなきゃダメなんだよ。ベニスの寿司なら口に合うんだろう」
矢場の妻「じゃあ、スパゲティの海苔巻きかしら?」
妻の冗談に笑う矢場。
矢場の妻「さあ、あがってください」
田中「いえ、僕はもう、どうぞ」
矢場の妻「ええ、まあ、そうおっしゃらずに」
鈴木「この間のケーキもおいしかったですね」
矢場の妻「そうでしょう? あれはケンタッキー風なんですよ。カウボーイがとっても好きなんだって」
矢場「向こうの牛乳だともっとうまいだろうけどな」
矢場の妻「そうなんですよ」
鈴木「牛乳だって卵だって日本の口に入るものは、みんな危ないんだからな」
矢場「そうそう」
矢場の妻「これは大丈夫ですよ。材料を吟味してあるんだから」
鈴木「おいしそうですね」
矢場の妻「もう栄養たっぷり。たくさんあがって早く退院してくださいよ。小川さんみたいに1年半じゃ大変でしょう。ご本人も病院も」
矢場「お前ね、人のことまでつべこべ言わなくてもいいんだよ」
矢場の妻「あら、そうですか」
矢場「口が軽すぎるよ、お前は」
矢場の妻「つい思ってることが口から出ちゃうんですよ。人がいいんでしょ、きっとね」
矢場「これですからね。骨が折れましたよ。35年も連れ添って」
矢場の妻「ねえ、お互いさまですよ、何さ」
患者たちが笑う。
小川のベッドわきのカーテンが開き、小川が出てくる。「うるさくって寝てられやしない」
矢場の妻「あら、すいませんね」
小川「奥さん、カリフォルニアも結構ですけどね、ベニスにはこんなインチキな寿司はありませんよ。何がアメリカ風だ」病室を出ていく。
矢場の妻「まあ、失礼。お父さん、あなた、あんなこと言われて黙っていられるんですか?」
林「ああいう人なんですよ、あの人は」
鈴木「変わってるんだから、いちいち気にしないほうがいいですよ」
矢場の妻「だって失礼よ。さも軽蔑したような顔して」
矢場「いいからいいから。さあ、あちらのおじいちゃんにも差し上げてさ。早く私にも食べさせておくれよ」
矢場の妻「でも、あちらさん、治療食じゃないんですか?」
田中は若い男で隣の林のベッドの上に座り、一緒に食べている。
小川の向かいのベッドの堀は「どうぞ、もう私は結構ですから」とベッドに横になったまま答えた。一番高齢っぽい感じ?
矢場の妻「いけませんね。おいしいのに」
矢場「どれどれ、よこしなさい」
矢場の妻「はい。皆さんもよろしかったらもっと召し上がってくださいね」
矢場「お茶も入れてあげなさいよ」
矢場の妻「あっ、そうですね。魔法瓶にお湯あるんですか?」
矢場「あるだろ」
矢場の妻「だけどあれですねえ。この人の息子さんがベニスにいるなんてホントなんですか?」
林「さあ、どうかな? 私はこの病室では、この堀さんの次に古いほうだけども。ねえ、堀さん、ベニスの息子さんから手紙が来たことなんかありませんよね?」
堀「さあね」
矢場の妻「お見舞いに来る人が一人もないんでしょう?」
林「ええ、来ませんよ。さっぱり」
鈴木「誰も身内がないのかな?」
田中「だから、息子さんが1人ベニスにいるんでしょ?」
矢場の妻「だったら、手紙の一本ぐらい来そうなもんですねえ」
林「いいかげんなこと言ってるんじゃないのかな。ついデタラメを言ったら、あとへ引けなくなっちゃってさ」
矢場の妻「そういう人でなきゃ1年半もこの病院で頑張っちゃいられませんよ。タダなんでしょ? 何もかも」
林「うっかり退院すると養老院行きだからね」
矢場の妻「ああ…」
矢場「いや、それでもまあ、よくまるまると太ってるよ」
矢場の妻「あれで一体どこが悪いのかしらね? 血色だってお父さんよりずっといいんですもの。ツヤツヤしちゃって」
鈴木「身寄りがないからいつまでも病院にいたいんじゃないのかなあ」
矢場の妻「そんならそれで息子さんがベニスにいるなんて大ウソつかなきゃいいのに。それもイタリア料理の勉強だなんて、まるでアー子に当てつけてるみたい。何がアメリカ風だって、私の顔にらむんですもの」
矢場「まさか、にらんでるわけじゃないだろう」
矢場の妻「いえ、にらみましたよ。怖い目つきで」
堀「しかしね…しかし、人にはそれぞれ事情がありますもんね。幸せな人ばかりはいませんから。小川さんはいい人ですよ」
下を向いてしまう他の入院患者たち。
このとき、この老人の胸には静かに、しかし、素早く流れ去るものがあったのです。涙のように優しく愛をこめて。
矢場の妻は杉山とく子さん。菅井きんさん同様「たんとんとん」からの連投。咲子さんはいつも洋服で若い感じだったけど、今回は和服で登場。
病室の配置はこんな感じ。
窓 小川 矢場 鈴木 廊下
堀 林 田中
田中は若い男、鈴木は中年で、矢場や林はそれより上の50代くらい? 林役の高木信夫さんは「たんとんとん」では朝子の父で歯科医だった。こんな感じの人だったっけ?
プライベート全くなしの昭和の病院。あんなに持ち込んだもの食べまくって大丈夫?
病院の売店
小川「とにかく嫌みで嫌みであんな嫌みな奥さんって、まあちょっとないからねえ。二言目には、うちのアー子でしょ。カリフォルニアだかケンタッキーか知らないけども、あれはね、インディアンかカウボーイの食べ物(もん)でさ」
良子「そうね。アメリカ風のお寿司なんてゲテ物(もん)ね」
小川「ゲテもゲテ。あれはね、胃酸過多のゲップだってね、むしずが走ってね、止まっちまいますよ。その上、うちのアー子とくるんだから」
良子「アー子ってのは娘さんなの? お嫁さんなの?」
小川「ヨシオの家内って言ったから、嫁さんでしょ。どうせね、持参金付きの変な顔をした女でしょうよ」
良子「でも、幸せね。そのお嫁さん」
小川「幸せ?」
良子「うん。そんなにおしゅうとさんに褒められんですもん」
小川「幸せなもんか。あんなものはね、滑って転んだって、人はざまあみろですよ。褒めるにも程度ってもんがありますからね。ハァ…その上、ダイヤモンドにルビーとくるんだから。言うこと言うこと一体いくつあったら気が済むんだ。フン、おかしくって聞いてられますかってんだ」
良子「だけどよ…」
小川「すいません。お茶を1杯。うん。ああ、喉が渇いた」
良子「フッ、あんまり悪口ばっかり言うから」
小川「言いたくもなるよ、ホントに」
良子「だけどさ…」
小川「うん」
良子「おじさんの息子さんがベニスにいるっていうのホントなの?」
小川「うん?」
良子「デタラメ言ったんでしょ?」
小川「どうして?」
良子「カリフォルニアが癪に障っちゃったもんだからさ、つい、その…意地になってベニスなんて言ったんじゃない?」
小川「違うよ、そんな…息子がベニスへ行ったのは、もう2年も前だからね。内科の看護婦さんだって、みんな知ってるよ」
良子「へえ、そう?」
小川「う…うん、まあいいけどね。ウソだと思ってくれても」
良子「じゃあ、息子さんの名前、なんて言うの?」
小川「秀行(ひでゆき)だよ。小川秀行」
良子「まあ、偉そうな名前ね」
小川「そうでしょう? やっぱりイタリアまで料理の勉強に行くだけのことあるでしょ?」
良子「いくつなの? まだ若いの?」
小川「30ですよ。ちょうどね」
良子「へえ…それでやっぱりおじさんみたいに太ってんの?」
小川「とんでもない。スラリっとしたステキないい男でね。あか抜けしてるんだな」
良子「ああ…じゃ、トンビがタカを生んだんだわね」
小川「そうさ。こんな親父とは似ても似つかないんだから」
良子「だけどどうしてなの? 一人っきりの息子さん、ベニスへなんかやっちゃったら、おじさん寂しいでしょ?」
小川「そうね。寂しいよね」
売店に女性客が来て、良子は応対する。ケーキ2つとキャンデー200円分?
この人の言うベニスにいるという息子。年は30、名は秀行。しかし、実はそんな息子はいなかったのです。では、なぜそんなデタラメを言ったのでしょうか。
良子は小川のためにイチゴのショートケーキを買って渡した。
小川「これ、私にくれるの?」
良子「何、そんなびっくりした顔して。お茶、入れ替えてあげるわ」
小川「いや、いいんだよ、いいんだよ」
良子「遠慮しなさんな」
私までベニスの息子さんに会いたくなっちゃったわとお茶を入れる良子。小川はお礼を言い、ケーキはあとでいただくからと紙を1枚もらい、ケーキの上に乗せた。午後の回診もあるからともう一度お礼を言って売店を後にした。
良子「あっ、お茶ぐらいいつでも飲みいらっしゃいよ」
ちょいちょい失礼なことを言ってる良子だけど、イヤな感じはしないな。
廊下を歩く小川。
この1つのケーキが、この人にはベニスの息子から贈られたようなうれしさだったのです。そして、急に病室に帰りたくなったのは、このケーキをみんなの見ている前で食べてやろうと思ったからです。つまらない意地といえばそれまでです。でも、この人に他にどんな意地が張れるのでしょう。独りぽっちのこの人に。
病室を出て、小川を見ていた勉は、売店へ行きタバコを吸っていた。
良子「はい、お待ちどおさま」
勉「角砂糖、もう一個くんないか?」
良子「足んないの? 2つじゃ」
勉「ケチケチすんなよ」
良子「はい、どうぞ」砂糖の入った箱ごと渡す。
勉「気前いいな」
良子「よかないけどケチじゃないわよ」
勉「じゃ、4つ入れるよ」
良子「あきれた人…そんな入れて気持ち悪くないの? 甘すぎて」
勉「こうやって飲むのがうまいんだよ」箱を返す。「いいか? 上のほうだけ、ちょっと溶かすだろ。日本人はケチだから砂糖みんな溶かしちゃうけどな」
良子「当たり前よ。ケチじゃなくたってもったいないわよ。溶かさなかったら意味ないわよ」
勉「違うんだよ。最後の一口がステキなんだよ。ドロッとしてさ。これがフランス式の飲み方。覚えときな」
良子「へえ~だ。変な日だわ、今日は。アメリカ風にフランス式に、さっきはベニスの話、したしね。あっ、そうか、あんた、お兄さんから教わったんでしょ? そんなコーヒーの飲み方」
勉「まあね、そんなとこかな」
良子「生意気よ。お兄さんならしかたないけど」
勉「生意気? どうして兄貴ならしかたがないんだよ?」
良子「違うわ、全然」
勉「どうせね。ああいう兄貴がいると全然損すんだ」
良子「似てないわね、まるっきり。あんたね、もう少しガラ良くしたらどうなの? それじゃ、お兄さんかわいそうよ。あんた、みんなの困り者なんでしょ? お父さんやお母さんやお兄さんの」
勉「当たった。ぴったり。まんざら君もバカじゃなさそうだな」
良子「失礼しちゃう」
勉「だけど、俺には親父やおふくろはいないんだぜ」
良子「じゃ、お兄さんだけなの?」
勉「いないよ。兄貴だって」
良子「あるじゃない。今、外国旅行行ってる。あれからもう1週間たつかなあ。3週間だって言ってたわね?」
勉「兄貴じゃないよ、あんなの。俺とは血のつながりなんかないんだ。赤の他人さ」
良子「あらそうなの? それでお父さんもお母さんもいないの?」
勉「いないね。俺はこの世の中でたった一人さ。格好いいだろ?」
良子「バカね、あんた。粋がってんだもん。あんないいお兄さんがいてね、たった一人ってことないでしょ?」
勉「だから、ホントの兄貴じゃないんだよ。あいつが一人で兄貴ぶってるだけさ」
良子「あんたはそういうふうに言うけどよ」
勉「言うけど、なんだい?」
良子「あんたよりね、あのお兄さんのほうがよほどいい人みたいよ」
勉「そう、確かにね。みんな、そう言うよ。俺みたいなヤクザな弟が出来ちゃって、お兄さんもホントに大変。なんて偉いお兄さんなんでしょう。ヘン、いい気なもんだ、兄貴は」
良子「あきれた人ね。あんたね、見かけよりよっぽど大バカね」
勉「そうそう、そのとおり。このケガだって大ゲンカして階段から落っこったんだからな。そのかわり向こうだってなっちゃいないさ。歯が2~3本折れたかな? もう一人の男はね、頭抱えてしゃがみ込んじゃったんだ。店によく来るチンピラなんだ」
良子「さあ早くそれ飲んじゃって。帰ってちょうだい」
勉「帰るよ。終わりの一口がとてもいいんだ」
良子「だけど、どうしてなの?」
勉「何が?」
良子「まあ、いいわ。80円よ。角砂糖、損したけど」
勉「安いよ。100円置くよ。お茶1杯くれない?」
良子「イヤよ。あげる気がしないわ」
勉「じゃ、お水でいいよ」
良子「お水だってタダじゃないのよ。何よ角砂糖4つも入れちゃって。コーヒー茶碗の底にお砂糖がベッタリ残ってんじゃない。100円置いとくもないもんだわ。はい、20円おつり」
勉「あっ、そう」
良子「ああそうは、こっちで言うことよ。兄さんのお世話になってるくせにいやにスカしちゃって。80円のコーヒーだってね、こっちはビクビクしながら売ってんのよ。お金のありがたみをもっと知りなさい」
勉「言うこと言うこと」
良子「あんたみたいな人には、もう、いっくらでも言ってあげるわ」
勉「言いなよ、面白いよ」
良子「バカ! 勝手にしなさい」売店を飛び出して走っていく。
売店壁の貼り紙
おにぎり 1個 ¥30
せきはん 1皿 ¥70
稲荷すし 1皿 ¥60
自由にかえるコーラー
おいしいコーラをどおぞ
良子とすれ違うはつ。「やっぱりここにいたのね。どうしたのよ? あの子」
勉「さあね。俺と話したら飛び出しちゃったんだよ」
はつ「まさか、あんた…」
廊下を歩いていた良子が階段を駆け上がって屋上へ。
良子はなぜ自分がこんなに興奮したのか分からなかったのです。でも、なぜか悲しいような気持ちだったし、なぜか甘いような気持ちもしていたのです。そして、なぜでしょうか。いつか何かで見たベニスのゴンドラの風景が頭のどこかに浮かんでいたのです。そして、コーヒー茶碗の底に残っていた砂糖のほろ苦い甘さも…。
病院の廊下のベンチに座るはつと勉。「あの子、ちょっといいよな。感じちゃうな。かわいい顔しちゃって」
はつ「あんた!」勉の手を叩く。
勉「痛(いて)えな、何すんだよ?」
はつ「あんたはね、大けがをしてこの病院に入ったのよ。喫茶店やバーとは違うんですからね」
勉「ハハハハッ。分かってるよ、分かってるよ」
はつ「危なくてしょうがないんだから。二十歳だっていうのに、やたら育っちゃって」
勉「育ててくれたから育ったんだろ? 3つのときからね」
はつ「そうよ。3つのときにあんたのお母さんが再婚してきたのよ。そしたら、どうなの。たった2年で、あんたをおっぽり出して、どっか行っちゃったじゃない」
勉「洗濯屋の注文取りとね。おふくろもなかなかやるよな。あっ、その血を引いたのかな、俺は」
おはつさんは昔からの知り合いだったのね。あのアパートも昔から住んでるってこと?
はつ「ハァ…ああ、情けないね、あんたって人は」
勉「ホントにね。どうしてこうダメなんでしょう?」
はつ「ハァ…ダメならダメでもいいけどね、それがあんた一人だけのことで済むんなら」
勉「済ましちゃえばいいだろ?」
はつ「それが済まないから、おばちゃんが来たんじゃないの」
勉「えっ? またなんかあったの?」
はつ「あったのよ。とってもいい縁談」
誰の?と聞く勉に「あんたなんかに縁談があるわけないでしょ」と、はつが言う。
新作のマンション
寿美子「どうしたんですか? 私、これから出かけようと思ってたのに」
新作「ちょっとな。話があってな」
寿美子「わざわざ帰ってこなくてもよかったのに」
新作「いや、そんな簡単な話じゃないんだよ」
寿美子「なんなの? そんな深刻な顔しちゃって」
新作「困ったよ」
寿美子「大げさね。お父さんはすぐにものを大げさに考えるんだから」
それにしても廊下を歩く浜村純さんは明治男と思えないほど長身で手足がスラッと長くスタイルがいい。おじいちゃん役だと着物姿が多いけど、今回みたいにスーツ姿が多いとスタイルのよさが際立つ。
お茶が飲みたいという新作。
寿美子「もう4時よ。早くお店行ってやらないと困るわ」
新作「いや、店はいいけど、困るのは、お前のことだよ」
寿美子「あら、私のことなの?」
新作「また縁談だよ」
寿美子「お父さん、まだそんなこと言ってるの? 私、イヤだって言ったでしょ?」
新作「違うよ。この間の話とはまた違うんだ」
寿美子「違ったところでろくでもない男がもらいに来たんでしょ? いやらしい」
新作「いやらしいってことはないだろ?」
寿美子「いいえ。ちゃんと分かってるの。あんなことがあったもんだから、お父さんも少し慌ててるんだわ」
新作「慌てるさ、そりゃ。とにかくお前が独りでいるから罪をつくっちゃうんだよ」
寿美子「罪は勝手に向こうがつくっちゃうんでしょ? 私は横目だって使ったことはないんですからね」
新作「そんな、おまえ…まあ、落ち着いて話そうや」
寿美子がお茶を入れるのを拒否すると、新作が自ら入れる。
寿美子「とにかく当分、結婚なんてイヤですからね。あんなことがあった、すぐあとで、私がニコニコ笑って結婚できるわけないでしょ」
新作「ほら、お前だって気がとがめてるんだろ?」
寿美子「気がとがめていなくたって、いい気持ちはしませんよ。新聞や週刊誌にまで出て、その若い人は一生がめちゃめちゃじゃないの。まあ、少しバカだからしかたがないけど。それでも思い詰めたことは事実なんですからね。私、その人のためにも、この先、1年ぐらい結婚の話なんてイヤなんです」
新作「結局…お前がもう少しどうかいう娘に生まれていりゃよかったんだよ」
寿美子「どうかいう娘って、どういう娘なんです?」
新作「こら。お前は少し良すぎるよ。おふくろに似なくてよかったんだ」
寿美子「まあ、いい気なもんね」
新作「お茶が冷めるよ。飲みなさい」
お茶を飲む2人。
新作「だけど、今度の話は大したことないんだ。まあ、簡単に断っちゃうよ」
寿美子「いいかげんね、お父さんったら。大したことないのにどうして私に勧めるの?」
新作「勧めやしないよ。ちょっと話しただけじゃないか」
寿美子「ちょっと話すためにわざわざお店から帰ってきたの? これから忙しい夕方だっていうのに」
新作「それがあれなんだな。親っていうのは変なもんだよ。大していい話でなくっても、とにかく娘をもらいに来られりゃ悪い気はしないからね」
寿美子「そりゃそうかもしれないけど」
新作「やりたくはないし、そうかといっていつまでも、そばに置いとくわけにもいかないし」
寿美子「だから、まだ1年ぐらいはどこへも行きゃしないわ。大丈夫よ」
新作「だけど、この間のおばちゃんの話は良かったなあ」
寿美子「まだそんなこと言ってるの?」
新作「写真だけでも見ればいいんだよ。まだ借りてあるから」
寿美子「まあ、あきれた。お父さんはいつ倒れるか分からないし、弟は弟で不良だし、その上、外国で何をしてるか分からない人が、どうしてお父さんにはそんなにいいんですか?」
ベニスの映像。おっ、海外ロケ?と思ったけど、その街の中に加藤剛さんはいない。
ホテルに帰ってきた正司。これはセットでしょう。上着を脱いでベッドに寝転んだ正司だったが、ノックの音にドアを開ける。
男性「いや、今度の集合時間までにカジノっていうとこ行きたい人が5~6人いるんですけどね」
正司「いいですよ。いってらっしゃい。時間は十分ありますよ」
男性「それでお願いなんですけど、何しろみんな言葉ができなくって、ハハハ…」
正司「僕が行ってあげたほうがいいですか?」
男性「すいません。もし、そうできたら」
正司「いいですよ。じゃあ、ちょっと一服して20分後にロビーで会いましょうか」
男性「はあ。いや、お願いします」
正司「じゃあ」
扉を閉めた正司はため息をつくが、「こんな暇に書かなくちゃ」と数枚の絵葉書から1枚選んでペンを執る。
この寸暇を惜しんで書いた絵葉書が輪舞のような意外な人間関係をつくっていくのです。奇妙な出会いこそ人生なのですから。宛先は病院の大部屋にいるあの人でした。(つづく)
主演の加藤剛さんと山本陽子さんの出番が少ないね~。今回ほとんど病院だったしね。加藤剛さんは添乗員という役柄、しょっちゅう日本にいない設定なのかな。
小川はちょっと癖のありそうな人だね。ナレーションでいちいち説明してくれてありがたい。