徒然好きなもの

ドラマの感想など

【ネタバレ】太陽の涙 #6

TBS 1972年1月11日

 

あらすじ

寿美子(山本陽子)が正司(加藤剛)との見合いを断ったのは、まだ結婚する気がないからである。しかし正司の弟・勉(小倉一郎)は、自分がいるせいだと思い、松葉杖をついて寿美子のマンションを訪れる。

2024.3.26 BS松竹東急録画。

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子供のころ

上を向いて泣いたら

マツ毛の虹が

きれいだった

でも大人になると

上を向いて泣かない

だから

虹も消えてしまった

 

でも

もっと年をとると

瞼の中に虹があった

いつも太陽に向って

お祈りするから

 

今回はポエムが2ページ? 1画面におさまらなかった。

 

及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。

*

前田寿美子:山本陽子鉄板焼屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。

*

池本良子(よしこ):沢田雅美…病院の売店の売り子。

井上はつ:菅井きん…そば屋「信濃路」の女将。

*

及川高行:長浜藤夫…正司の父。 

ケン坊:鍋谷孝喜…「信濃路」店員。

ナレーター:矢島正明

*

前田新作:浜村純…寿美子の父。鉄板焼屋「新作」のマスター。

*

小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。

 

新作のマンション

掃除機をかける新作。

 

木下恵介アワーの男性は高齢でも家事をこなす人が結構出てくる。もっと後の時代の橋田ドラマだと若い男性でも長男様というだけで家でどっかり座ったままの人が出てくるのと対照的。

 

インターホンが鳴り、のぞき窓を見てドアを開ける新作。やって来たのは、はつ。新作が迎え入れた。話は寿美子の元を訪れた勉について。はつは勉が寿美子のマンションに電話をかけたり、マンション前で待ち伏せたことを知った。「そのことだってびっくりしちゃって。そうそう昨日ですよ。病院へ電話して、うんと言ってやったんですよ。いくらなんだって、そんな電話をかけるって法がありますか」

 

新作「じゃあ、それで来たんだ? 今日は」

はつ「あれほど言ったのに、どうして、まあ…」

新作「それも松葉杖をついてんのに、わざわざ出かけてくるんだから」

はつ「それで一体、何を寿美子さんに言ったんですか?」

 

新作「それがね、兄貴は顔もいいし、気持ちだっていいし」

はつ「あらまあ、そんないいこと言ったんですか」

新作「いやいや、それはいいんだけどね」

はつ「ええ。そりゃもういいんですよ。顔だって気持ちだって、だから私は…」

新作「まあまあ聞きなさいよ。そんないいことばっかり言ったんじゃないんだから」

はつ「そりゃまあ、そうでしょう」ソファの上で正座する。

 

新作「つまりだね、兄貴と俺とは、なんの関係もないって」

はつ「そうそう。もっとも血だってつながっちゃいませんからね」

新作「そうそう。そのとおり言ったんだから。だからさ、俺みたいな弟のために兄貴の縁談を断ったのかって。つまり、それが言いたくて来たらしいんだけどね」

はつ「へえ~、そうなんですか」

新作「うん。それはまあいいとしてもだよ」

はつ「ええ、いいですよ」

 

新作「お前なんかにはもったいないような男なんだから、そう、やすやす勘違いしてもらっちゃ困るってね」

はつ「そうなんですよ。だから私も勧めたんですからね。そう、やすやすいくら私だって…」

新作「おい、ちょっとちょっと、あんた、勘違いしてもらっちゃ困るよ」

はつ「えっ? 私がですか?」

新作「寿美子があんた、脅かされたんだからね」

はつ「そうですよ」

新作「とにかく逃げようとしたら後ろからパチンと松葉杖を投げつけたっちゅうんだから」

はつ「まあ…」

 

新作「寿美子もカーッとして、こう、どなったり突き飛ばしたり…」

はつ「あら、突き飛ばしたんですか?」

新作「そりゃ、だって…」

はつ「突き飛ばしたら転んじゃったでしょ?」

新作「そりゃ転ぶよ。表は坂道だし」

はつ「痛かったでしょう」

新作「痛くたって、なんだって、とにかく寿美子だって夢中だもの」

 

はつ「でも、あれですね。いいとこあるじゃありませんか。やっぱり血はつながってなくても兄弟なんですね。だってあれでしょ? 兄さんのためを思えばこそ松葉杖をついて出てきたんじゃありませんか。それをまあ、突き飛ばされて転んじゃって…何しろ、あの坂道ですもの。かわいそうに、どんなに痛かったでしょうね」

新作「だけどさ…」

はつ「いいえ。やっぱりうわべは不良でもなんでも優しいとこがあるんですよ。だから私は、この縁談にも自信があったんですもの。顔だっていいし、気持ちだっていいし」

 

新作「ちょっとちょっと、それは分かってるけどさ…」

はつ「いいえ。分かってたら突き飛ばしたり写真を突き返したりしませんよ。第一、今どき珍しい親孝行ですからねえ」

新作「そうそう、それはね」

はつ「それだけで十分じゃありませんか。ガッチリ屋のろくでなしの親不孝な息子には懲りてるんでしょ? それもそろいもそろって3人が3人とも」

 

勉のことを責めたかった?のに、はつに言い負かされてしまう新作。ただ、知らない男に松葉杖を投げつけられれば誰だって怖い。

 

店が終わるのは10時です。それから、このマンションの家に帰って2人だけの夜食をするのです。それも店から食べる物は持ってくるのですから、それならむしろ店で食べてくればいいようなものですが、それをしないのはせめて娘と2人だけの食事をしたい新作の寂しさです。妻にも息子たちにも見捨てられたような父親の…

 

新作と寿美子がダイニングでお茶漬けをかきこむ。

新作「陰気臭いから全部電気をつけなさい」

寿美子「はい」

新作「しかし、あれだな。あの人があれほど勧めるんだから…」

寿美子「おばちゃんもよっぽどどうかしてるんだわ。年を越したら急に老い込んじゃったんじゃないの?」

 

新作「だけどだよ…」

寿美子「どうして、だけどなの? お父さんまで老い込んじゃったんじゃないでしょうね?」

新作「そうプリプリしなさんな」寿美子のほっぺをぐりぐり。

寿美子「だって変よ、お父さんまで。文句を言ってくれんのかと思ったのに私のほうに文句言うんですもん」

新作「だって、お前のほうが突き飛ばしたんだろ?」

寿美子「当たり前よ。誰だって突き飛ばすわ」

 

新作「だけどだよ…」

寿美子「だけどは、もう結構」

新作「だって相手は片足じゃないか」

寿美子「片足だったら来なくたっていいでしょ、わざわざあんなこと言いに」

新作「それがやっぱり兄弟だからだよ」

寿美子「それはおばちゃんがそう言ったんでしょ?」

新作「そうに違いないじゃないか」

 

寿美子「だけどよ…」

新作「だけどは、いいよ」

寿美子「いいより何より、それは向こうの勝手な事情でしょ? 私の知ったことじゃないわ」

新作「でもさ…」

寿美子「こっちがどんなにイヤな気がしてるか考えてもみないで」

新作「でもね、寿美子。その弟の気持ちにもなってやってみなさいよ。おばちゃんの口移しじゃないけど、ちょっといじらしいとこもあるじゃないか。わざわざ松葉杖をついてくるなんて…。お前のお兄さんとだいぶ違うよ」

寿美子「どうしてこういうことになるのかしら。おばちゃんったら変な縁談持ってくるもんだから」

 

そのころ、正司は羽田からの高速道路を走っていたのです。外国旅行は慣れている正司でしたが、アパートで一人待っている父を思うと、その度に懐かしい日本でした。

 

正司のアパート

高行とはつがこたつでみかんを食べながら正司を待っている。お茶セットを片づけて、寿司桶をテーブルの上に置くはつ。

 

正司「お父さん、ただいま」

はつ「おかえりなさい、おかえりなさい!」

高行「ああ、やっと帰ったか」

 

正司「飛行機が遅れたんですよ」

はつ「それにしても遅かったじゃないの。羽田から電話をもらってからだって、もう1時間半にもなりますよ」

正司「やっぱり団体旅行はね」コートを脱ぐ。

中の柄を見ると、バーバリーなのかな?

 

正司「奥さんどうも。留守中はありがとうございました」ちゃんと手をついて頭を下げる。

はつ「まあ…どういたしまして。さあさあ、手を洗って顔洗って、早くもう食べてもらわなくっちゃ」

正司「すいません、いつもいつも」高行がタオルを手渡す。「あっ、どうも」

 

コートをそのままにして洗面所に行った正司。高行がコートをハンガーにかけている。

はつ「やっぱりいつ見てもいい息子さんですねえ」

高行「私もそう思うんですけどね。アハハハ…」

はつ「ヨーロッパに行くたんびに磨きがかかるんですよ」

 

高行、はつ、正司でお寿司を食べる。

 

この楽しそうな雰囲気の中にある一抹の悲しさ。それはこの3人の胸の中にある、それぞれの思いやりの美しさだったのです。父は息子のために思い、息子は父のために耐えていました。そして、その2人を見守る親切な人は早くこの息子に優しく美しいお嫁さんをと思うのです。つまり、この部屋の中には温かい思いやりがあったのです。

 

そば屋「信濃路」

ケン坊「へい、いらっしゃいまし!」

寿美子「こんにちは」

ケン坊「ああ、お嬢さんか」

寿美子「おばちゃん、います?」

ケン坊「いますよ。女将さん!」

奥から出てきたはつに話があるという寿美子。

 

はつ「まあ、うれしいお話ですか? さあ、どうぞ掛けてください。そうですか。よくわざわざ来てくださいましたよ。そんないいお話ならお電話くだされば、すぐ飛んで行きましたのに。ケンちゃん、お茶をね、おいしいの」

ケン坊「はい、ただいま!」

 

寿美子「別にいいお話で来たわけじゃないわ」

はつ「あら、そうなんですか」

寿美子「おばちゃんったら、ホントに早とちりなんだから」

 

アパートの階段を上るはつと寿美子。

はつ「こんなアパートですけどね、割合静かでしてね」

寿美子「いいわね。裏通りだから」

はつ「とにかく一日中、店にいると頭が変になるんですよ。もっともよく出歩きますけどね。あっ、そうそう、こっからね、及川さんのアパートが見えんですよ。ほら、あそこ。もうだいぶ古いアパートですけどね。前はどっかの会社の寮だったんですね。ほら、あの白いビルの右っかわ。正司さんね、昨日の夜、帰ってきたんですよ。もう、お父さんの喜ぶこと、喜ぶこと。私もね、ざるそばとお寿司を持ってって、一杯やっちゃったんですよ。ほら、あの赤い屋根のあの緑のペンキの剥げかかってるでしょ、ほら」

寿美子「おばちゃん、私、そんなアパート見に来たんじゃないわよ」

 

正司親子とはつが知り合いなのは、同じアパートの住人としてなのかと思ったら、違うというのが今回分かりました。「信濃路」が近所で昔からの知り合い?

 

はつ「そうでしたね。いい話じゃないんですもんね。さあ、どうぞ」部屋の中へ。「ここが私のねぐら。狭いけど、こざっぱりしてるでしょ?」

寿美子「まだ新しいのね」

はつ「それでも2年たってますからね。さあ、どうぞひいてください。今、お茶を入れますからね」

寿美子「あっ、もういいの、お茶は」

はつ「でも、さっきのお茶じゃ、お粗末ですからね」

寿美子「いいの。お茶よりもちょっと座ってよ。そんなのんきにはしてられないんだから」

 

はつ「そうですか? じゃあまあ、早速伺いましょうかね」

寿美子「昨日うちへいらしたでしょ? そのことなの」

はつ「私はまた気持ちが変わったのかと喜んじゃって」

寿美子「のんきね、おばちゃんったら。人のことだと思って」

はつ「いいえ。人のことだから一生懸命になるんですよ。ホントに損な性分。自分のことより人のことで」

寿美子「それは分かってるのよ」

はつ「だから早とちりなんですね」

寿美子「やだわ。おばちゃんったら」

はつ「あら、そうですか?」

寿美子「はっきり言おうと思って来たのに、なんだか変になってしまうんだもん」

 

はつ「でもね、寿美子さん。じゃ、私のほうからはっきり言いますけどね、ホントに正司さんっていい人なんですよ。いえ、正司さん一人じゃないの。お父さんもとってもいい人。それはホント。私はつくづく感心してるんですからね。さっき、あなたは見なかったけど、あのお父さんと正司さんの住んでるアパートは決してきれいでいいアパートじゃないんですよ。でもね、そこがとても感心しちゃうんですよ。だって、正司さんの月給ならもっともっといいアパートに住めるでしょ? でもね、それをしないんですよ。弟の勉さんは勝手に中野のほうのアパートに住んでますからね。それももう2年ぐらい前から別ですからね」

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「思い橋」北晴彦は東中野在住。

 

寿美子「じゃ、わざわざそんなアパートにいるの?」

はつ「ええ、そうなんですよ。それというのもね、正司さんはしきりともっといいアパートへ引っ越そうって、お父さんに言うんですけど、お父さんはこれでいい、これでいいって喜んでるんですよ。それというのも正司さんのために少しでもお金を使わないようにして貯金をさせようと思ってるんですからね。だって、お父さんがまた倒れれば、どんなふうにお金がいるか分からないでしょ? それにあの弟ですもの。お父さんも偉いけど、正司さんも偉いんですよ。そのほうがお父さんが安心ならそれでいいと思ってるんですからね、正司さんも。そうそう、今は下の部屋ですけどね。前は2階の角部屋だったんですよ」

寿美子「下の部屋じゃ日が当たらないんじゃないの?」

はつ「そうなの。窓の外はすぐ隣の建物ですからね」

寿美子「じゃ、どうして引っ越したの?」

はつ「だって、お父さんが倒れたでしょ? だからですよ。2階じゃお父さんが不自由ですからね。火事があったって心配ですよ。正司さんがよくうちを留守にしていますからね」

寿美子「でも、お父さんのためを思ったら、もっと日の当たるとこへ引っ越せばいいのに」

 

はつ「そりゃそうすればいいに決まっていますよ。でもね、寿美子さん。いいに決まってることができない人がこの世の中には多いんですよ。この東京の広い空の下で日の当たるアパートが何軒あるかしら。それも2階じゃダメで1階ですからね」

 

”いいに決まってることができない人がこの世の中には多い”という言葉が刺さった。

 

寿美子「そういえば、そうだけど…」

はつ「おたくのマンションなんて一番贅沢な人しか入れませんよ。でもね、人情の美しさって、お金のある人よりお金のない人のほうが知ってるんじゃないでしょうか。いえ、おたくのことを皮肉に言ってるんじゃないんですよ」

寿美子「いいえ。皮肉ではなくホントよ、うちは。とにかく変ですもんね」

はつ「だからですよ。だからお父さんは今度の縁談に乗り気だったんですよ。こう言っちゃなんだけど、あなたのお兄様たちと正司さんではね…」

寿美子「月とスッポンでしょうね」

はつ「私も昔からのおつきあいでよく知ってますけど、どうもそうらしいじゃありませんか」←新作からさんざんババアの悪口を聞かされてそう。

 

寿美子「でも、その人だって、あんなひどい弟がいるじゃありませんか」

はつ「でも、1人ぐらい…」

寿美子「1人ぐらいって、1人しか弟はないんでしょ?」

はつ「ええ、まあ」

寿美子「そのことで来たのよ、私は。おばちゃんからはっきり言ってもらいたいの。あの弟っていう人に。私は別にあんな弟があるから断ったんじゃないわ。第一、写真を見る気もしなかったんですもの。とにかくイヤなの。今どき写真を見て見合い結婚するなんて。ねえ、そのことをあの弟さんに言ってちょうだいよ。病院へ行って」

はつ「さあね…」

寿美子「とんだ迷惑なの。あんなこと言われて」

 

はつ「この前も言ったんですけどね、聞かないんですよ、あの弟」

寿美子「ひどいおばちゃん」

はつ「あら、私がですか?」

寿美子「自分だって手を焼いてるくせに」

はつ「でも、あれなんです」

寿美子「あれでもこれでも私はイヤなの。あんなことが新聞に出てしまって、そのすぐあとで見合いだの結婚だの、さも私が惨めな女みたい。それもどこそこのパリッとした息子さんならともかく、お父さんは半病人で弟は不良。こんな話のどこがいいのか分からないわ。ねえ、そうじゃないの?」

はつ「そうでしょうかね」

 

ああは言ってしまったものの寿美子は気になっていたのです。そうでしょうかね、と言った、おばちゃんの言葉とその吐息が。そして、腹立ち紛れの気持ちとは反対に、どういうわけか病院へ向かってタクシーを走らせていました。つまり、気がとがめていたのです。松葉杖をついていた、その弟を突き飛ばしたこと。つまり、性は善なのです。そして、その善は意外な巡り合わせとなるのです。

 

病院の売店

寿美子「このケーキは箱か何かに詰めていただけるんですか?」

良子「ああ、箱はありませんけど、あの…お包みするだけで」

寿美子「じゃ、すいませんけど、このケーキを5つと、え~っと、そのチョコレートやキャンディーを頂きましょうか」

良子「お見舞いですか?」

寿美子「ええ。なんにも持ってこなかったもんですから」

良子「チョコレートとキャンディーはおいくらぐらいですか?」

寿美子「1000円ぐらいになればいいんですけど」

良子「じゃ、他の物(もん)も入れましょうね」

寿美子「ええ、適当に」ショーケースの下を見て落ちていた絵葉書を見つけた。「ベニスの絵葉書が落ちてましたけど、ここへ来たお客さんじゃないんですか?」

良子「あら、あの人が落としてったんだわ。どうもすいません」

 

正司「やあ、こんにちは」

良子「あっ、いらっしゃい」

正司「ちょっといなり寿司を食べにね」

良子「まあ…また、いなり寿司ですか?」

正司「食べたかったよ、とても」

良子「ちょっと待ってくださいね。しゃべってんと数間違えちゃうから」

 

ショーケースの前に立っていた寿美子と目が合った正司は寿美子の後ろを通って席につく。

 

これがこの2人の出会いでした。しかし、まさかこの出会いが2人の未来の同じ出発点になろうとは思ってもみなかったのです。いや、そう言ってしまってはウソかもしれません。なぜなら、そのとき、2人の胸はときめいたのですから。

 

良子「はい、どうぞ」

寿美子「ちょうど1000円でいいんですね?」

良子「はい」

寿美子「どうも」

良子「ありがとうございました」寿美子が行ってから正司に「きれいな人よね?」

正司「うん、ちょっとね」

良子「ちょっとかしら?」

 

正司「それより、留守中、弟がお世話になったんじゃないの?」

良子「そうそう。いつお帰りになったんですか?」

正司「昨日の夜」

良子「そうなの? じゃ、早速お見舞いね」

正司「ところがいないんだよ、あいつ。どっか外へ出てったらしいんでね」

良子「そうなの。ちょいちょい出かけるらしいわよ。ホントは外へ出ちゃいけないんだけど」

正司「しょうがないヤツだな」

 

お茶を運んできた良子。「弟さん、少しいけないんじゃない? 変な人がお見舞いに来るわよ。チンピラみたいなヒッピーみたいな。来るときはね、ここへ来てコーヒー飲んでくの」

正司「困ってるんだよ、それで」

良子「少し言わなきゃダメね。私も随分言ったんだけども」

正司「そう。どうもありがとう」

 

良子「あっ、おいなりさんでしたね」

正司「帰ろうと思ったんだけど、つい食べたくてね」

良子「ハハハッ、はい、どうぞ。こんな物(もん)日本にいればいつだって食べれんのに」

正司「食べられるけど、ふだんはちょっと気がつかないよ」

良子「そうね。あっ、思い出したわ。あなたがヨーロッパに行くとき、やっぱりここへ来て、それ食べたでしょ? そんとき、ここに掛けてたおじさん、あなたにベニス行くんですかって聞いたわね」

正司「うん」

 

良子「さっきね、落としてったの、あのおじさんが」絵葉書を正司に手渡す。「いつもね、ここに来るときはその絵葉書持ってくるのよ。懐に入れてるからね、下から落っこっちゃったんじゃないの?」

正司「絵葉書を持ってきてどうするの?」

良子「どうするって見てるのよ。ニヤニヤ笑って。それも来るたんびでしょ。よっぽどうれしいのね。読んでごらんなさいよ、息子さんからよ」

正司「うん」

良子「その絵葉書が初めて来たとき、大変。もう喜んじゃって、喜んじゃって。私に読ませといてね、自分は目ぇつぶってね、聞いてんの」

正司「ふ~ん」

良子「だけど、そのあと泣いてたわ。私、あんなに悲しそうに泣く人初めて見た。私までなんだか変になっちゃったの」

正司「じゃあ、これをなくしたら大変じゃないか」

良子「そうよ。まだ気がつかないのかしらね。今にね、気がついてすっ飛んでくるわね」

 

正司「親孝行な、いい息子らしいね」

良子「さあ、どうかしら? だって、この絵葉書が初めてよ。ねえ、うまいこと言ってるけど、なんだかそらぞらしくない?」

正司「そんなことないよ。とても優しいことが書いてあるじゃないか」

良子「だって怪しいもんよ。手紙を書けばいいのに絵葉書ですもん。これっぽっちしか書けやしない。ほら、私だってそうだけどさ、あの…旅行に行ったりしたとき、絵葉書だといろんなとこ出すでしょ? ふだんは面倒でご無沙汰してるとこやなんか。ねっ? あれよ。私はね、どうもそんな気がするの」

正司「そうかな?」

良子「そうでなかったらもっとどんどん手紙書けばいいのに、この絵葉書初めてみたい。変よ、1年半もいるのに。みんなね、ウソだと思ってたのよ。ベニスに息子さんがいるなんて。私だってウソだと思ってたわ」

正司「事情があるんじゃない? いろんな複雑な」

良子「それにしたって変だわ」

 

あ、後ろの貼り紙

おにぎり 1個 ¥30

せきはん 1個 ¥30 ってのがある。

 

のり巻  1皿 ¥80

 

前回

おにぎり 1個 ¥30

せきはん 1皿 ¥70

のり巻  1皿 ¥80

稲荷すし 1皿 ¥60

 

稲荷すしがメニューから消えてる。

 

良子にお茶を頼んだ正司。

 

ヤカンから急須にお湯を注いでいる良子。「あれ?」

正司「えっ? どうかしたの?」

良子「そうか…そうよ、きっと」

正司「何が?」

良子「だってそれでなきゃ変だもの」正司にお茶を出す。

正司「だから、何がさ?」

良子「分かったわ、この絵葉書」

正司「何が? どういうふうに分かったの?」

良子「でも、そのほうがいいわ。ねっ? そうでしょ?」

正司「そうね。そのほうがいいんだろうね」

 

察しがいいな、良子。

 

良子「捜してるといけないから、私、この絵葉書持ってってあげるわ」

正司「うん」

良子「じゃ、ちょっとね」

正司「あっ、ちょっと待ちなよ。僕がここにいることを言わないほうがいいよ」

良子「そうね。言わないわ」売店を出ていく。

 

正司は、その人に会った3週間前のことを振り返ってみたのです。

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その人はしどろもどろに、しかし、一生懸命に頼んだのでした。そして、そのとき、正司の胸に突き刺さったのは、その人ばかりではなく自分の中にもある命の切なさだったのです。ふと、自分一人にすがりついている父のことを思いました。愛がきらめいたのです。

 

国立第二病院を出てきた正司。今の国立病院機構東京医療センター

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「あしたからの恋」でも直也の働く病院として使われてました。

 

タクシー乗り場に寿美子を見つけ、近づく。

正司「なかなか来ませんね、空車」

寿美子「こんな大きい病院だから、もっとお見舞いの人が来るかと思ったんですけど」

正司「あっ、来たかな?」

寿美子「いえ、乗ってますよ」

正司「そうか、がっかり」

寿美子「フッ」

 

正司「どこまでいらっしゃるんですか? 僕は有楽町ですけど」

寿美子「わたくしは赤坂です」

正司「じゃあ、同じ方向ですね」

寿美子「もし、およろしかったら…」

正司「えっ、いいんですか? ご一緒でも」

寿美子「ええ、あたくしはかまいませんけど」

正司「じゃあ、お願いします。あっ、来ましたよ」

寿美子「どうでしょうね、あれも」

正司が手を大きくあげ、タクシーが停まる。

 

人生には奇妙な出合いがあります。いや、奇妙な出合いこそ人生なのかもしれません。

 

タクシーは2人を乗せた走り出した。

 

病室の小川は老眼鏡をかけて絵葉書を見ている。堀はゆっくり歩いて病室を出ていき、林のベッドの上では林と田中が将棋を指し、鈴木が見ている。仲いいね、この3人。(つづく)

 

やっと出会った。美男美女でお似合い。