TBS 1971年7月27日
あらすじ
もと子(ミヤコ蝶々)が大阪へ出かけ、健一(森田健作)が留守番をしていると、ゆり子(丘ゆり子)が食事を運んできてくれた。そこに健一のクラスメートだった朝子(岩崎和子)が訪ねてきて、夜には竜作(近藤正臣)の恋人・文子(榊原るみ)も来る。
2024.1.16 BS松竹東急録画。
尾形健一:森田健作…大工見習い。字幕黄色。
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江波竜作:近藤正臣…先輩大工。
石井文子:榊原るみ…竜作の恋人。
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安さん:太宰久雄…建具屋。
堀田咲子:杉山とく子…堀田の妻。
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夏川朝子:岩崎和子…健一の元クラスメイト。
堀田ゆり子:丘ゆり子…堀田の娘。
磯田:岩上正宏
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堀田:花沢徳衛…棟梁。頭(かしら)。
尾形家台所
健一が袋めんを調理中。ポイっと丸めて捨てた袋は出前一丁っぽく見えた。袋めんは1968年2月発売。
今回の健一が着ているピンクのTシャツは「あしたからの恋」で修一が着てたものに似てる気がする。
そこへゆり子が「済んじゃった? ご飯」と皿を持ってやってきた。
健一が飯を炊くのが面倒だと言うと、「あ~あ、やっぱし即席ラーメン?」とあきれたように言うゆり子。今日のゆり子は健一の父の葬儀の受付のときもしていたレモンの輪切りの髪飾りをつけている。
ゆり子「電話しとけばよかったわね。フライ持ってきたのよ」
健一「あっ、いいのに。そんなこと」
ゆり子「母ちゃんが迷っちゃってさ。天ぷらにしようかフライにしようか、煮物は嫌いだろうしって遅くなっちゃったのよ」
健一「1日ぐらいなんとでもするよ」
ゆり子「そりゃまあそうだけどさ。年寄りは知らん顔もできないと思ってんのよ」
2人分の袋めんを作った健一に「誰かいるの?」と聞くゆり子。
健一「俺が2人分食うんだよ」
ゆり子「あら、イヤだ。卵3つも入れんの?」
健一「多いかね?」
~かね?って言い方、「兄弟」の信吾がよく言ってたな。そういえば同じ大工だね。
ゆり子「当たり前じゃないのよ。よく食べれるわね」
健一「これぐらい食うさ」
ゆり子「フライだってこんなにあんのよ」
健一「うん、夜、食うよ」
ゆり子「夜はまた何か持ってきてあげるわよ」
健一「いいよ、そんなこと」
ゆり子「それにしたってなんかないの? 野菜とかなんとか」
健一「あるけどいいんだって」
ゆり子が冷蔵庫を開けると、もと子が用意していた料理がいっぱい。俺はラーメンが食いたいんだと食べない健一。ハンバーグ、酢豚。食べなきゃ悪いと言うゆり子にゆりちゃんが食べていきゃいいと言う健一。
食卓にはラーメン、酢豚、ハンバーグ、サラダ、フライなどが並び、ゆり子も一緒にラーメンを食べている。「大体、どうしてこの暑いのにこんなものが食べたいと思うのよ」
健一「食べてるくせに文句言うなよ」
ゆり子「ん~、やっぱし男の子ね。卵入れすぎるから味は薄くなっちゃうし、煮すぎるから、そばは伸びちゃってるしさ」
トメ子はどさん子でバイトしてたからラーメンにはうるさいんです、ってトメ子がどさん子でバイトしてたのって1話だけだよね(^-^;
健一「割かし愚痴っぽいんだねえ、ゆりちゃんは」
ゆり子「そりゃそうよ。こんな世の中、愚痴も言わないで生きてたんじゃ気が変になっちゃうわよ」
健一「だからってラーメンに当たることはないだろ。うまいよ、すごく。ああ、うめえうめえ」
⚟安「ごめんなさい。いますか? ねえさん」
健一「あっ、安さん?」
安「なんだ、健坊。今日は、うちかい?」
健一「母ちゃん、大阪に行ってんだよ。今日休みだよ」
安「いい天気なのにもったいないじゃないか。雨の日、休めばいいのに」
健一「上がってかない? 飯食ってんだよ」
安「しかし、このごろはなんだな。ねえさんの留守のときばっかり来ちまうな」
健一「ビールごちそうしようか?」
安「とんでもない。大変だよ、また」家に上がり、ゆり子がいるのに気付く。「ふ~ん、2人で食べてんの?」
健一「ハハッ、あっ、安さん食わない?」
安「誘うなって。誘われるとね、俺はね、断れないタチだろ? この間だってさ、新さんの女房がさ、ビールどう?って言うから、それでさ、しくじっちゃった…」
ゆり子と健一が笑う。
安さんは、5月からかかあが予約していた南伊豆の先のほうの民宿にあさってからうちじゅうで行く。
健一「そいで、何さ? 母ちゃん誘ってくれんのかい?」
安「何言ってんだよ。あんなおっかない人誘うわけはねえだろう」
健一が笑い、安も笑うが真顔になり、「安さん、この民宿なんやねん。立てつけえらいガタがきてまんな。よくまあこないところ来て建具屋のあんたが辛抱しとりまんな。直してあげなさい。この雨戸、このふすま、ついでに玄関の戸もいこうか」もと子の口調をまねる。
ゆり子「アハハハッ。割かし芸人じゃないのよ、安さん」
安「そうさ。こう見えたってね、俺のかくし芸はなかなか大変なんだから」
健一「そいで何さ? 母ちゃんになんて言っとけばいいんだ?」
安「いや、3泊してくるからね。その間に呼びに来ねえようにと思ってさ」
健一「ああ、言っとくよ」
安「しかしまた、ねえさんなんだって大阪のほうへ?」
健一「友達の結婚式だってさ」
安「友達?」
健一「うん。昔、一緒に働いてたんだ」
安「へえ。それじゃいい年だろ?」
健一「いやあ、母ちゃんと同じ年だって」
安「それで娘じゃなくて自分の婚礼かい?」
健一「うん」
安「ふ~ん。ねえさんと同い年で結婚ねえ。初婚かい?」
健一「そんなこと俺知らないよ」
安「どうしてそういうこと聞いとかないんだよ。そこが面白(おもしれ)えんじゃねえか」
健一「とにかくね、母ちゃんがうどん屋で女中してたときに一番仲よかったんだって」
安「ふ~ん。そりゃ、ねえさん、懐かしいやなあ。しかし、あれだねえ。自分が亭主亡くして間もないっていうときに同い年の女が結婚するのを見るのは気分としてどんなもんだろうねえ」
健一「そんなこと分かんないよ、俺は」
安「ねえ。しかし、どうでもいいけど熱心に食べてるね、ゆりちゃん」
ゆり子「うん?」
安「ハハハハッ。それじゃ今日は、おっ母さん代わりか? ゆりちゃんが」
ゆり子「と…とんでもない。どうしてこんな若い娘がお母さん代わりよ」
安「するってえと嫁さんかい?」
ゆり子「フッ。まあどっちかっていえばそういうことよ。ねっ? 健坊」
健一「何言ってんだ。変なこと言うなよ、安さん」
安「ヘヘヘッ。しかし、案外似合うよ。そうやってると」
健一「帰んなよ、もう」
安「はいはい。へへへ…せっかくの水入らずを邪魔しちゃ悪いか?」
健一「冗談じゃないよ。殴るよ、ホントに」
安「へへヘヘッ」
新さんがとし子に「安さんはあれ、もともと少しおかしいんだから、巻き込まれるんじゃないよ」と言ってた気持ちが分かってきた。
⚟朝子「ごめんください」
玄関の一番近くにいたせいか安さんが「はい!」と出た。
朝子「こんにちは。あの…健一さんいらっしゃいますか?」
慌てて玄関に行く健一。朝子は磯田から仕事が休みだと聞いたので来た。健一はうちへ上がるように言うが、塾へ行く途中で道々歩きながら話がしたいと言う。健一は安さんにゆり子と留守番を頼むが、安さんに断られるとゆり子に頼んだ。ムッとするゆり子。
安「おい、すぐ帰ってくるんだろうな? ホントに」
健一「すぐだって、15分。あっ、いや30分以内に帰るよ」と出ていった。
安「健坊も年頃だね、ゆりちゃん。なにもゆりちゃんと飯食ってるときになあ、飛び出していかなくたっていいのになあ」
ゆり子「こ…恋人だったらしょうがないわ」
安「いやあ、あの年でね、愛だの恋だなんて何も分かっちゃいないさ」
線路わきの道路を朝子は自転車を押し、健一と並んで歩く。
朝子「なんか、私、ホントに追い込まれていくような気持ちなの。羊を柵に追い込むみたいに。受験勉強以外のところは抜け出せないように追い込まれていくような気持ちなの。森先生ったら夏休みの初めからそんな気分になるのはペース配分が間違ってるんだって言うのよ。受験勉強ってペースの取り方とか暗記の能力とか本当の勉強とは縁のないやりきれない無駄骨だと思うの。でも、批判なんかしていて勉強しなかったら大学へ入れないでしょ? とても無駄な努力をしているなって思いながら、毎日、毎日、勉強ばっかりしているの。そうすると受験と縁のない実社会で働き始めた尾形君がとてもいいなって思えてくるの。塾へ行くの多少遅れたって尾形君と話したいなと思って、お宅へ寄り道したのよ。受験と縁のないところへ行きたいわ。ノイローゼかしら? 少し」
健一「分かんないなあ。俺、受験でそんな深刻になったことないからね」
朝子「そうね。全然関係ないみたいな顔してたわね」
健一「うん? ハハッ。あっ、いくらあるかな」とポケットを探り、2000円を見つけ、これから海へ行こうと誘う。
しかし、朝子は断った。「私、女だから気が小さいのかもしれないけどとてもそんな気になれないわ」
健一「半日じゃないか。たった」
朝子「尾形君、受験ってものがよく分かってないのよ。そんな甘いもんじゃないのよ」
健一「影響ないよ、半日ぐらい」
朝子「泳げば疲れるじゃない? そうすると今晩は居眠りなんかして、あしたも一日ボーっとして」
健一「ノイローゼだな、少し」
朝子「とにかく合格するまでは全部我慢するの。だけど、どうしてもイライラしたときだけ、ちょっとだけ会ってください。なぜだかホッとするのよ」
健一「でもね、いつもあんまりちょっとすぎるよ」
朝子「だって困るじゃない。あんまり尾形君のことで頭がいっぱいになったら勉強できなくなるもの」
健一「すごいんだな」
朝子「そうなの。すごいの、受験アニマル。さようなら」と自転車をこぎだして行ってしまった。
健一もさよならと言い、振り返るとバス停に立っていた文子がニッコリ笑って頭を下げた。隣に立つのは背中を向けた竜作。バス停の棒を握りしめてる。
健一「こんちは!」
文子「尾形さんちの人よ」
竜作「知ってるよ」
文子「こんにちはって言ってるわ」
竜作「休みのときまであんなヤツと会いたくないんだ」
文子「そうなの」
健一「竜作さん、楽しいデートで結構ですね」←こんなときだけさん付け。
竜作「うるさい! お前なんかあっち行け!」
健一「いってらっしゃい」
文子「いってきまーす!」
竜作「よせよ」
健一「いってらっしゃい!」手を振って走り去っていった。
文子「いい人じゃないの」
竜作「いい人なら、あいつに惚れりゃいいじゃねえか」
文子「そんなこと言ってるんじゃないわ」
竜作「のほほんと育てば誰だっていい人に決まってるさ。俺はああいうヤツがいい人ぶってるの見るとムカムカしてくるんだ」
はぁ~、久々の竜作。
尾形家茶の間
昭和46年度全国大学入試問題集を広げて顔に乗せて寝ている磯田を健一が起こした。問題集の下には週刊誌を広げていた。
磯田「何時だ? 今」
健一「うん? 3時14分だ」
磯田「あ~あ、しょうがねえや。行くかな、塾へ」
健一「ハハハッ、お前も貧乏性だねえ。俺んちへ来て週刊誌見んのにこんな本重ねることないだろうが」
磯田「癖にしとくんだよ。うちで、お前、こういうヌードなんか、お前、見てるとすぐ怒るだろ。だから重ねとくの。絶対にこういうのを」
健一「苦労するね、お前も。分動詞、ingか。ハハッ。だけど変なもんだな。学校と縁がなくなると、ちっとぐらいこういう本でも見たいなっていう気持ちになるもんな」
磯田「ホントかよ? お前が? ハハハ…」
健一「そうさ。やれ、やれって言うからな、骨のあるヤツは抵抗を感じるんだよ」
磯田「ああ、そうだよな。骨のあるヤツは言うなりになんのがイヤなんだよな」
健一「まあ、行ってこいよ。あっ、コーラ飲むか?」
磯田「ああ、いいな」
日産の一社提供だったというけど、木下恵介アワーってコカ・コーラがよく出てくる。
健一「お前なんかあれだよ。今のうちね、少し無理して痩せとくといいんだよ。大学入って安心して、また体重増えちゃうぞ」
磯田は大学へ入ったら水泳部に入部予定! バタフライを実演して見せ、一緒にプールでも行こうやと誘う。
健一は朝子に海へ行こうと誘ったことを磯田に話した。簡単に断られたと聞いた磯田も一緒にガッカリ。健一は(朝子が)受験勉強が忙しくてな、と朝子の写真を見ながら語る。カメラ目線ではない学生かばんを持った制服姿の朝子。
磯田「そりゃしょうがないよ。彼女、国立、受けるんだからな」
健一はだんだん世界が違いすぎていくような気がすると考えてしまった。
磯田「気の弱いこと言うなよ。せっかく俺がこうやって写真撮ってきてやったんじゃねえか」
健一「歯医者と大工か。あんまりいい取り合わせじゃないけどね。診察室でも俺が建てるか! ハハッ」コーラを飲んで、朝子の写真にキス。コーラを吹き出す磯田。
夜、下小屋でカンナを見ていた健一のもとに文子が訪れた。
健一「今日は彼、こっちへ来ないよ」
文子「今、別れたところ」
健一「へえ、どこ行ったの?」
文子「ぐるぐる歩いてたの」
健一「この暑いのに」
文子「あの人、あんまりあちこち知らないでしょ。私も詳しくないでしょ。どこ行こうかどこ行こうかって。新橋で降りて銀座から数寄屋橋を通って、お堀歩いて神田へ出て地下鉄で新宿に行って、新宿でちょっとお茶飲んで、あのおっきな公園に行って」
健一「へえ、すごいね」
文子「また西口に戻って10円寿司でお寿司食べて、それで終わり」
健一「ボウリングぐらいやればよかったのに」
文子「うん、だけど混んでると思って」
健一「じゃあ、疲れたね」
文子「そうでもないけど、ちょっとね」
健一がなにか用かと尋ねると、竜作の昼間の態度を謝った。
健一「平気さ。あんなのしょっちゅうだもん」
文子「あの人、ホントはあんな人じゃないのよ。とっても優しいの。だけどちょっとこじれると意地になったみたいに悪ぶるのよ」
健一「ああ、分かってるよ」
文子「私もそうだけど、あの人も両親がいなくて養護施設で育ったでしょ。そのころはとってもいい子だったのよ。だから私好きになっちゃったんだもの」
健一「そう」
竜作は中学を出るころ、急にお父さんが出てきて引き取られたが随分苦労した。文子が東京に就職して偶然会った。竜作の父は竜作に働かせてお金を取ってしまうだけだから名古屋にいたとき決心して逃げ出したので、今は一緒にいない。いろいろあったからお母さんと幸せに暮らしている健一みたいな人を見ると絡みたくなってしまうのだと文子は言う。
文子「ここのおかみさん、とってもいい人なんだってね」
健一「そんなこと言ってた?」笑顔←ホントに顔がいい。
文子「とっても好きだって。お母さんみたいな気がするのよ。そうするとあんたがいるでしょ。だからしゃくに障っちゃうのよ」
健一「うん」
文子「分かってあげてほしいの」
健一「分かってるよ」
文子「それだけ、ちょっと言いたくて」
帰ろうとした文子に「とても彼に惚れてるんだね」と言う健一。文子は両親や兄弟のある幸せな人と結婚したいから、私なんて貧乏神みたいに思ってるのだと言って走り去る。
「そんなことないって!」と文子の背中に投げかける健一。
文子と入れ違いに安さんが木戸を入ってきた。
安「おい、健坊! あんたやりすぎだよ、少し」
健一「何がさ?」
安「俺がたまに来ただけで3人じゃないか。今日一日でね、3人の女の子と会うなんてね、ずうずうしいよ、あんた」←ホントにたまたまなのに。
健一「ハッ、そんなんじゃないよ」
安「で、あれかね? ホントに一緒になる気持ちの女の子いるの?」
健一「そんなのはいないよ」
安「しかしね、様子がいいってんで方々へ手ぇ広げるとね、ろくなことないよ、ホントに」
健一「そんな暇はないよ」
安「で、ねえさん、今日帰ってこないの?」
健一「うん。知り合いのとこ泊まるってさ」
安「あっ、そう。俺はまた、ねえさん今日帰ってくると思ってね、あの…こんなもんをちょっと持ってきたんだけどね。こんなもんをさ」
健一「なんの写真だい?」
安「今日さ、健坊、ゆりちゃんとさ、昼飯一緒に食ってたろ?」
健一「うん」
安「そこへ中学生みたいな子だろ。俺は健坊のためによくないと思ったな」
健一「なんで?」
安「つきあってる子よくないよ、あんた。今行った子はさ、よく分かんなかったけどさ」
健一「そうかねえ」←こういう口調も「兄弟」の信吾っぽい。
安「そりゃそうだよ。健坊はね、誰ととも一緒にならないって言ってたけどもね、人間なんて分からないからねえ。年頃だろ、モヤモヤしてるだろ、目の前に女の子がいるだろ、ついその気になって婚礼だってことになっちゃうんだ、健坊」
健一「俺なんかまだ18だよ」
安「そこだよ。俺はね、普通の子だったら勧めないよ」
健一「何をさ?」
安「棟梁を亡くしてさ、このうちを支えなきゃならない健坊じゃないか。だから、俺はね、早いとこ身、固めたほうがいいと思うんだよ」
健一「じゃ、これ、見合い写真か?」
安「うん。この間からね、いろいろ頼まれてたんだけどね、今日昼間来てね、フッとこのね、思い出してね、健坊にどうかなと思ってさ」
健一「それ、どんな人?」
安「興味ある?」
健一「ああ、そりゃあるさ」
安「年上だよ」
健一「へえ、いくつ?」
安「二十歳」
健一「美人かい?」
安「そんな目の色変えなさんなって」
健一「早く見せてよ」
安「だけどね、健坊。若いとき結婚すんなら年上の女に限るよ」
健一「そうかねえ」
安「うん。そりゃそうだよ。見たい?」
健一「見たい」
もったいつけてなかなか写真を見せない。もったいつけるのが仲人のコツらしい。
面倒になった健一はもういいやとカンナ掛けを始めるが、今度は安が写真を見せようとまとわりつく。「あ~あ、いい女だけどねえ。俺が健坊だったらね、あしたにでも婚礼挙げちゃうけどね。どうだい、この丸みといいさ、唇の厚さといい、ハハハッ。俺はなんだか人に世話すんの惜しくなっちゃったな、ホントに」その後もしつこくお見合い写真を広げて見せる。
咲子「あんた、何してんの?」
安「何? お咲さん。いつの間に来てんの? 人のうちに」
写真を見せろと詰め寄る咲子と嫌がる安さん。
咲子「あんたがちっとばかし調子が外れてることは知ってますよ」
安「それは失礼だろ! そういう言い方ないだろ、本人の前でそういうこと言っちゃいけないよ」
咲子「陰じゃみんなそう言ってんのよ」とさらに詰め寄る。「縁談勧めてたね、健坊に」
安「いや、俺はね…」
咲子「常識がないにも程があるよ!」
安「なにもあんたがどなることはないだろ」
咲子「じゃあ、ねえさんに言って、ねえさんを怒らせるかい?」
安「いや、なにも悪いことしてるわけじゃないんだからさ」
咲子「このうちはね、6月の頭(あたま)に主(あるじ)亡くしてんだよ。そのうちの一人息子に、まあ、縁談勧めるなんて、あんまり人の気持ちを踏みつけじゃないか、あんた。健坊が相手にしないのは当たり前だよ」
安「健坊は見たいって言ってるんだよ」
咲子「そんなこと言うわけないだろ」
健一が止めようとしたが、咲子は、ねえさんには黙っててやるから帰んなと安さんを追い出そうとする。
安「そりゃね、帰れっていや、俺は帰るよ。だけどね、俺はお咲さんがね、そんなにね、怒る気持ちのね、裏がね、よく分かるんだ」
咲子「何さ? そりゃ」
安「健坊。ゆりちゃん、押しつけられんなよ」
咲子「この野郎、マヌケかと思ったら、つまんない気回しやがって」
安「また見せてやるからな」と健一に言うと、咲子に思い切りたたかれる。
まったく安さんもしつけーよ! 杉山とく子さんはテレビドラマ版のおばちゃんだったんだよね~とキャストを確認すると、テレビドラマ版に太宰久雄さんは出てなかった。テレビドラマ版の諏訪博士(ひろし/井川比佐志)は医者だった。
尾形家茶の間
堀田が訪れた。健一がビールを勧めるが、お茶で結構と断った。咲子とは結婚して35~36年。頭(かしら)も若い時分には咲子にしょっちゅう殴られた。年を取って、ゆり子ができて、二人とも多少丸くなったと話す。
花沢徳衛 1911年生まれ
杉山とく子 1926年生まれ
杉山とく子さんの実年齢だと二十歳前後くらいのゆり子の母としても特別年を取ってる感じはしないけど、もっと年上の役かな?
堀田「安さんもまた、あいつのすげえの知ってて妙なこと言いだしたもんだ」
健一「でもいいところあるよ。殴られても逆らわなかったもん」
堀田「ホントだ。あの体でやり返されたら、うちのヤツなんざ吹っ飛んじまう」
健一「ああいうのを年の功っていうんだろうね。安さんみたいな人でもとっさに頭が働くんだね」
あれでやり返したらドン引きどころじゃない。
堀田「だけどな、健坊」
健一「うん?」
堀田「安さんの言ったことってのは、とんでもねえことだぞ」
健一「分かってるよ」
堀田「ゆり子を健坊の嫁さんにしようなんてことは、俺にしたってかかあにしたって、これっぽっちも思ってねえんだからな」
健一「分かってるよ」
堀田「まあ、今日は安さんもコブ作ってフーフーしてたから、俺も黙ってたけども、ホントならかかあと一緒になってぶん殴ってやるとこだよ」
健一「ああ、安さんがあんなうがったようなこと言うとは思わなかったよ」
頭(かしら)は「まったくだ。人ってのは何を考えてるか分からねえもんだなあ」と言い、安さんは思ったことをすぐ口に出して言ってしまうからまだ始末のいいほうで、これから請負をやっていくといろんな人間に会う。職人の中には底の底から悪いヤツってのもいる、そういうヤツらをうまいことさばいていかなくちゃいけないと言う。人間ってのはこういうもんだってことを始終、頭(あたま)に入れて修業していかないとならない。
健一の両親をよくできた人だと褒め、さらに「わけ知りになって、ただ丸いばっかの大将になっちまう人が多いのに、お前のおっ母さんなんぞは、お前、角あり、弱みあり、それでいて人をうまいことさばいていくんだ。嫌みってものがねえやな」とべた褒め。
健一「褒めすぎだよ、ちょっと」と言いつつ笑顔。
頭(かしら)は若い時分、もと子に岡惚れだったから点が甘くなっちまうと笑う。
健一が一人で留守番するのは初めて。堀田は電話をこっちからかけてやれと言うが、ベタベタしたのは大嫌いだと断る。
独りになった健一は戸締りをし、電話の前に座るが、ちょうどもと子から着信があり、楽しそうに電話をする。(つづく)
幼なじみで年下だと結婚相手としては”なし”だとなっちゃうのかねえ。だから「あしたからの恋」の修一とトシ子もなかなか進展しなかった。
ミヤコ蝶々さんも忙しかったのかなあ? 新さんもいない。尾形工務店3人のイケメンが揃ってるところが見たいのにな~。ワーワーケンカする健一と竜作を止める新さんという図が何となく好き。
木下恵介アワーそれぞれの夏を思い出してみました。
1968年夏「おやじ太鼓」第1部
かおるのネグリジェ、軽井沢の別荘などなど
1969年夏「おやじ太鼓」第2部
洋二のバイトするバーで西川と神尾が初対面!
1970年夏「あしたからの恋」
和枝の北海道旅行、直也やトシ子の縁談