TBS 1971年7月13日
あらすじ
尾形家をひとりで切り盛りしているもと子(ミヤコ蝶々)は最近怒りっぽい。ある日もと子が外出から戻ると、留守番を頼んだ新次郎(杉浦直樹)の妻・とし子(松岡きっこ)が、建具屋の安さん(太宰久雄)とビールを飲んでいて…。
2024.1.12 BS松竹東急録画。
尾形もと子:ミヤコ蝶々…健一の母。字幕緑。
尾形健一:森田健作…大工見習い。字幕黄色。
*
中西雄一郎:中野誠也…新築の家を依頼してきた。
生島とし子:松岡きつこ…新次郎の妻。
安さん:太宰久雄…建具屋。
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堀田:花沢徳衛…棟梁。頭(かしら)。
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生島新次郎:杉浦直樹…健一の父の下で働いていた大工。
尾形家
さおりの泣き声が聞こえる中、とし子は冷蔵庫前で瓶コーラを飲んでいる。「あ~あ、また泣いてるわ。ホントにしょうがないわね。はい、はい! どうしてそうすぐ目を覚ますのよ。ママは下にいるって言ったでしょ!」
安さんが訪ねてきたが、とし子は2階へ上がっていった。
とし子「泣きやみなさい! そう、横になって。おとなしく寝てないとね、今度はホントにぶん殴りますよ。いいね? さあ、目ぇつぶって。ママは下にいるんだからね、寂しいことはないの。分かったわね?」←ただでさえ迫力美人なのに怖いな~。
汗を拭き拭き、玄関に立っている安さんは苦笑い。
とし子「ハァ…おちおちコーラも飲めやしない。まったくもう」階段を下りてきて玄関の安に気付く。「あっ、あら」
安「なあに? 今日は」
とし子「うん。みんな、留守にしちゃうっていうからさ」
安「そう、だいぶどなってたね」
とし子「しょうがないのよ。ホントに目ざとくてイヤになっちゃうわ」
とし子からもと子が6時には帰ると聞いた安さんは「じゃ、しょうがねえなあ」と言うが、とし子は上がるように言う。
とし子「上がって話、してってよ。ビールでもごちそうするからさ」
安「へえ、いいね。ビールは。暑いからね」と上がり込む。
留守番は嫌いだと愚痴るとし子にビールなんていいの?と弱気になる安。とし子はなんでも自由に使ってくださいと言われたと気にしない。
しかし、安はやめとこうと言う。「やっぱりさ、ねえさんの留守に来てね、職方がビール飲んでちゃまずいよ、やっぱり」
とし子「へえ~、アハハハッ。安さんでも案外気ぃ遣うのね」
安「そりゃそうさ。こう見えたってね、一人前の職人だもん。そう非常識なことはできないね、やっぱり」茶の間に座ろうとして仏壇に気付く。「あっ…あっ、そうか、新盆だね、棟梁の」
とし子「うん、お中日(ちゅうにち)のことでね、お寺さん行ったの」
安「そう、そりゃ、ちょっとお墓に上げないと」仏壇へ向かう。
そう、東京のお盆は7月中旬なんだよね。「おやじ太鼓」で学びました。
とし子「ついでにデパートへ寄ってくるとか言ってさ、留守番する私はバカみたいよね」
安「やってやんなよ、そのぐらい。ねえさん、ご亭主亡くなっちゃったんだもん」
とし子「だって、私なんかおちおちデパートだって行ってられないのよ。私がちょっと洋服なんか見てると、あの子ったらもう、すぐ床に座って帰る!って」
安「子供はね、そんなもんだよ」
とし子「食堂行って、ご飯食べてれば必ずもうアイスクリーム、ジュースってぐずるんだもん」
安「うちのかみさんも同じようなこと言ってるよ。(仏壇に)なむあみだぶ、なむあみだぶ…」
とし子「ハァ…こんな留守番やらせるなら、今度おかみさんにさおり預けてデパート行っちゃおうかな、私」
安「あっ、そりゃいいよ、きっと。ねえさん、寂しいしさ。さおりちゃんが懐けばね、ねえさん、喜ぶよ。そりゃ」
とし子「だけどね、その分、子供のことまで口出しされたらしゃくだしね」
安「それくらいいいじゃねえか。新さん、おしゅうとさんいないんだしさ。それぐらいね、ねえさん喜ばしたって損はないと思うよ」
とし子「はい、コーラ」瓶コーラの栓を開けてドカッと置く。
安「としちゃん、あんただって一家の主婦なんだからね、こういうのはいけないよ、こういうのは」
とし子「何が?」
安「やっぱりさ、お客さんに出すときはね、氷とは言わないけどね、せめてね、コップについで、さあどうぞ。こう願いたいもんだな」←寅さんっぽい口調。
とし子「私だってちゃんとしたお客さんだったらそうするわよ」
あっ、そうかと納得するなよ、安さん。
とし子「安さんにそんなことしたって始まんないじゃない」
安「いや、そりゃそうだな。どうも俺は言うことが締まんなくていけねえな」と笑う。
安さんの用件は増築のほうの建具がみんな入ったので請求書を持ってきた。置いてけばいいと言うとし子に新築のほうの造作についても聞く。
とし子は戸棚からもなかを取り出し、こんな暑いのに大丈夫かしら?と匂いを嗅ぐ。安さんはそういうのはめったに腐らないと言うけど…そう、昭和のころって大体の物を冷蔵庫じゃなくて戸棚にそのまま置いてたような。
安「で、あれかね。ここんとこ3人ともずっと現場?」
とし子「うん。なんだか張り切ってんのよ、うちの人」
安「あっ、そう、それで…そうそう建具はやっぱりアルミサッシかね?」
とし子「知らない、そんなこと」
安「そうか。しかしな、木造のうちにはな、木造の建具を入れてもらいたいな、やっぱり。こっちはね、組子(くみこ)だ、中桟(なかざん)だってね、腕を振るうチャンスがね、どんどんなくなっちゃうんだよ」
でもやっぱりアルミサッシの方がいいと思う。
とし子「そんなこと言って安さん、この間、雨戸の寸法間違えたんでしょう」
安「知ってんのかよ、そんなこと」
とし子「知ってるわよ、有名ですもん」
安「そりゃあね、長い人生にはそういうこともありますよ。しかしね、万に一つのミステイクをだよ、周りがこういろいろ有名にすることないと思うんだよ」
とし子「いいわよ、安さんはさ、そういうのが愛嬌になっちゃうんだからさ」
安「そうはいかないよ。仕事のね、ミステイクは愛嬌になりませんよ。俺は悲しいなあ。長年つきあってきた職方の仲間がだよ、そういうことを言い触らして、ねえ、笑いもんにしてんだからさ、実際。やっぱり世間の風ってのは冷てえな、どうも」
とし子「安さんさ、そういうこと言ってもふざけてるみたいでおかしいわね」
安「何言ってんだよ、本気だよ。本気でもって俺は厳しいと思ってんだよ、世間を」
それでも笑ってもなかを食べるとし子、強い。
中西がもと子を訪ねてきたが、いないというと残念がる。
とし子「あっ、6時には帰るって言ってましたけど」
中西「ええ、実はちょっと現場へ行ってきたんですけどね」
とし子「ああ、新築の旦那ですか?」
中西「ええ。旦那は照れるけど」
とし子「ああ…そういえば中西さんって言ってたんだ」
玄関に安も顔を出し「どうもいらっしゃいまし」と出迎えた。安はもと子はせっかちだから早く帰ってくるかもしれないと家に上がるように言う。とし子も中西さんから電話がかかってきたらうんと丁寧にしなさいとギャーギャー言われたと言う。
安「そう。その旦那をね、玄関払いってわけにいかないやね」
中西「じゃあ、ちょっと水を1杯いただこうかな」
安「そんなことおっしゃらねえで。さあさあ、どうぞどうぞ…」←人んちなのに
とし子も退屈してるから話でもしてってくださいと誘う。戸惑いながらも家へ上がる中西。安さんはとし子におしぼりを用意するように指図し、自身も中西のために座布団を出したり、扇風機の位置を変えたりかいがいしく動く。
中西「新さんたちも大汗かいてましたよ」
安「そうでしょう、そうでしょう。この日ざしじゃ」
中西「あの…失礼ですけど、あなた、あの…」
安「あっ、私? 私ね、あの…建具のやっておりましてね。ええ、今度はね、旦那のとこにも入れますからね、ひとつどうぞね、よろしくお願いします」セカンドバッグから名刺を取り出し渡す。
中西「そうですか、それはよろしく」
もう一度とし子におしぼりを催促する。
とし子「ただいま!」
安「ヘヘッ。結構マシな返事をするじゃないか」
中西「奥さんですか?」
安「私の? いえいえ、新さんのかみさんよ」
中西「そうですか。15年下っていう」
安「ハハッ。としちゃん、あんたの若いの世間に有名だよ」
とし子「ハハッ、やあね!」
中西「素人ってのはいけませんね、ヘヘッ」
タバコを取り出した中西を見て、灰皿を探す安さん。昔はどの家にもあったし、工作の時間に粘土で灰皿作ったりしたなあ。うちの両親は非喫煙者だったのに。
中西「今、造作やってるとこ見せてもらったんですけどね」
安「へいへい」
中西「図面だけじゃどうしても分かりませんね、素人は」
安「そうでしょう、そうでしょう」
中西「棟上げでああそうかなって思うことがいくつもありましたよ」
安「そういうもんですよ、素人さんは」中西のタバコにマッチで火をつける。
中西「ああ、どうも。まあ、それでね、ちょっと変更してもらいたいことがありましてね」
安「いや、ありがちなことですよ、そういうことは」
中西「ええ、新さんに直接言って気を悪くされてもと思って、こっちへ伺ったんですけどね」
安「そういうことのね、裁きはね、ここのおかみさん、抜群。絶対、おかみさんに言うに限りますよ」またとし子におしぼりを催促。「返事ばっかりいいんだからね、あの人はどうも」
中西「日曜に会社へ出たんで、今日は代わりの休みなんですよ」←でもスーツ
安「そうですか。勤め人さんってのもこれでなかなか大変ですね」
とし子「お待ちどおさま」お盆に載せて運んできたのはビール。
中西「それはいけないな、ビールなんて」
安「いいって、いいって。休みの日にさ、そんな固いこと言ったって始まらないよ、まったく」栓を開ける。
とし子「とにかくね、丁寧にしろって言われてんですからね」
中西「困ったなあ、ハハッ」
安「何を言ってるんですか。ここの棟梁が亡くなってね…」中西のコップにビールを注ぐ。「これでここのうちの請負もしまいかってときにね、ドンと仕事をくださった旦那じゃありませんか」
中西「ちっちゃなうちですけどね」
安「いやね、それがいいの。だってね、あんたね、邸宅の仕事じゃあね、このうち、全くやりきれないもん。ねえ、ホントにさあ。いいときにいい旦那がついてくださったもんだよ、ホントに。神様みたいな方だ」
中西「調子いいな、どうも」
安さんは更にビールを進め、とし子も缶詰ですけどと皿を出した。
とし子を見た中西は「しかし、ホントにお若くてきれいだな」と言い、笑うとし子と安さん。
もと子が帰ってくると中から安さんの歌声が聞こえる。
♪ひげがほほえむ 麦畠
友が背に…
もと子「ただいま」
とし子は突っ伏して寝ているが、気付いた安は慌てて片づける。
もと子「何してんの? 安さん」
安「あっ! あっ…。これはねえさん。どうもおかえりなさいまし」とし子を起こす。
とし子「何よ…」まだ寝てる。
安「暑くて大変だったでしょう。お使いは」
もと子「安さん」
安「お水でも持ってきましょうか?」
もと子「一体これはどうしたの?」
安「これってあの…なんですか?」
もと子「ビール瓶たくさん並んでどういうこと?」
安「あれ? ビールなんかありましたっけね」
もと子がビール瓶をテーブルの上にドカッと置く。
安「あっ、ああ…あっ、これ? あの…旦那、中西さんがみえましてね。暑くて喉が渇いたなんておっしゃるんで大事な旦那に留守番がね、粗相しちゃいけねえやってんで、つまり、ちょっとこのおもてなしってやつをね」
もと子「中西さんは?」
安「ええ、あの…そうも待ってられねえってんで、じきに帰りましたけど」
もと子「ああ、そうですか。じきに帰る人がこんなに…こんなに…」
安「あら」
もと子「こんなにこれ、たくさんこれ」
安「あらあら」
もと子「飲むんですか?」座布団の下から空のビール瓶を次々見つけ、テーブルの上に並べる。5本。
安「あらあらあら、まあ、こんなにビールをなんですか? これはまあ」
もと子「安さん」
安「ああ、ちょっと…」立ち上がり逃げようとして止められる。
もと子「安さん!」大声にとし子も目を覚ます。
安「な…なんですか?」
もと子「あんた、なぜここにいるの?」
安「へっ?」
もと子「誰があんたに留守番頼んだの?」
安「ハッ…なんでかな? こりゃ」
もと子「とし子さん」
とし子「はい…はい、はい」
もと子「どうも、留守番ご苦労さんでした」
とし子「フフ…いいえ」
もと子「ナメるな! 安さん」
安「へい」
もと子「あんたね、棟梁が生きてるとき、1回だって、こんなナメたマネしたことある?」
安「それは違う、ねえさん! 私だってそんなえげつないことは、いくら私だって…」
もと子「してるじゃない! してるじゃない」テーブルの上のビール瓶を倒す。「帰れ! 女一人やと思ってナメやがって。人をナメやがって。帰ってちょうだい、帰ってよ、もう。帰ってよ! 帰ってちょうだい」安さんの背中をたたき、とし子も突き飛ばし、仏壇の前へ。「あんた! うち、負けへん…うち、負けへん。あんた…そやけど、あんた、なんで死んでしもうた? あんた、なんでそんな早いこと逝ってしまったのよ。あんた…あんた…」位牌を胸に抱きしめ泣きだす。
安さんもとし子も申し訳なさそうな表情。
寿司屋
堀田「しかし、あねさんもやっぱり女だな。あれだけ尾形んちは自分でもってるって鼻息だった人が亭主が亡くなった途端に、ああひがみっぽくなっちまうもんかね。あんたのかみさんにしたって、安さんにしたってさ、男のいねえうちだからどうのこうのって頭(あたま)はないに決まってるじゃないの。しかしね、新さん」
新次郎「えっ?」
堀田「それはそれとして、私、はっきり言うよ。あんたのかみさんもどうかと思うし、新さんについても、私はひと言ありだね。結婚して3年目だろう? もう」
新次郎「ええ」
堀田「そりゃ、最初のうちはいいよ。若(わけ)えかみさんだ。かわいいかわいいって甘やかしてたって、世間も笑ってらあね」
新次郎「はい」
堀田「だけどね、いくら若いったって、もう、としちゃんも22だろ? 3年たちゃ、かみさんの不調法は亭主の恥になってくるよ、もう」
新次郎「はい」
堀田「世間を知らねえところはさ、新さんが教育していかなくっちゃ、ある程度」
新次郎「ええ」
堀田「そりゃまあね、じゃあ、てめえんとこのかかあはどうだって言われりゃ、そりゃ私は一言もないよ」
新次郎「いやあ…」
堀田「だけどね、私はどなるよ。場合によっちゃひっぱたくし、はり倒すよ、私は」
新次郎「ええ」
堀田「まあ、家風ってえと大げさだけども、うちのまとまりってのかな、姿ってのかな、そういうものは亭主がある程度どなり散らして作ってかなくちゃできねえんじゃねえかな」
新次郎「ええ」
堀田「そう言っちゃなんだけど、あんた甘すぎるよ。一度、パチーッてやってやんなよ、としちゃんを」←暴力反対!
新次郎のアパート
ブザーの音におびえるとし子。新次郎が家に入ると枕を投げつけた。
新次郎「フフッ、なんだよ?」
とし子「怒るなら怒れよ」覚悟を決めたように椅子に掛ける。
新次郎「怒ると思ってたのか?」
とし子「そりゃ…まあ、思うよ」
新次郎「じゃあ、悪いと思ってたんだな?」
とし子「うん」
新次郎「バカだな、ホントに。よそ行ったらね、少し考えろよ」
とし子「だって、安さんがさ…」
新次郎「いや、安さんってね、安さんはあれ、もともと少しおかしいんだから、巻き込まれるんじゃないよ」←これこれ…
とし子「おかみさんだってひどいよ。なんでも自由に使ってくださいって言うから、ビールちょっと飲んだだけなの、あんなギャーギャー騒いでさ。ねえ、ケチだよね。ちょっとね」
新次郎「いや、だから…それはね、おかみさんもね、棟梁が死んで間もないだろう? だからつまんないことでヒスを起こすんだよ」
とし子「うん」
やだねえ、女が怒るとヒステリーってやつ。
新次郎「さおり、早いね。このごろ」
とし子「そんなことないよ。さっきまで泣いてたもん」
新次郎「そうか」
とし子「何よ?」
新次郎「うん?」とし子を見てニコニコ。
とし子「怒ってもいいんだよ。私も少しバカなことしたなと思ってんだから」
新次郎「まあ、いいさ。水1杯くれよ」
とし子「うん」
新次郎「俺もね、現場から帰って話、聞いたときは正直言って、ちょっとあきれたよ」
とし子「うん」
新次郎「フッ…少し怒ろうかなと思ったよ」
とし子「うん」
新次郎「ハハハ…まったく、お前らしいっていや、お前らしくて内心おかしかったけどね」
とし子が水を差し出す。
新次郎「うん。いや、おかみさんに謝って帰ろうと思ったらね、頭(かしら)に呼ばれてね」
とし子「そう」
新次郎「殴れって言うんだよ」
とし子「私を?」
新次郎「ああ」
とし子「ふ~ん」
新次郎「まあね。はいはいって聞いといたけどさ、冗談じゃないよなあ」
とし子「殴ってもいいよ」
新次郎「なぜ殴るんだよ? 余計なお世話じゃないか」
とし子「だってさ、女房なんて殴ったほうが言うこと聞くかもしれないよ」
新次郎「バカ。自分でそんなこと言ってどうするんだよ」
とし子「だって私、おっちょこちょいなんだもん」
新次郎「それは俺だって同じじゃないか、ええ? 競馬行って3万円すったりさ、キャバレーで6000円取られちゃったり、そんなこと言やあ、お前だって、俺、殴りたいこといっぱいあるだろ?」
とし子「うん」
新次郎「いや、だからね、俺はねなんていうかな、このいいかげん同士がさ、いろんな文句言い言いさ、なんとなく暮らしてるのが…それでいいと思うんだよ。それが楽しきゃ結構じゃない」
とし子「うん」
新次郎「そんなね、女房ぶん殴ってまで世間に合わしてく気はないんだ、俺は」
とし子「うん」
新次郎「大体ね、世間ってのはいいかげんだ。ホントにいいかげんだよ。だってついこの間までだよ、殴るな、殴るな、アメリカじゃ絶対、殴らないって…アメリカじゃ絶対殴らないって言ってさ、今になってだよ、殴れ、殴らなきゃ男じゃないよって」
とし子「あんた、酔っ払ってんじゃない?」
新次郎「何言ってんだよ。俺はちゃんと真面目に話してんじゃない。帰り道だって、俺、ずーっとそのこと考えてきてんだもん」
とし子「そんな難しいこと言ってもよく分かんないよ」
新次郎「いやだから、ちょっといいから、ちょっと聞けよ、なっ? いや、俺、現場行くだろ? すると健坊がね、殴れって言うんだよ。殴ってしごいてくれって言うんだよな。で、夜になるだろ? 今度は頭(かしら)がかみさんぶん殴れって言うんだよ。だけどね、殴って、お前、幸せになれると思うか?」
小さく首を振るとし子。
新次郎「そうだろ? 健坊だって、あいつ、やる気十分なんだよ。そんなもの殴ったってしょうがないじゃないか。お前だってそうだよ。お前ぶん殴ってだよ、挨拶かなんかうまくなったって、それが一体なんになるっていうんだよ。だからね、いいの、いいの。いいかげんでいいんだよ。そんなね、何から何まで、そう世間とつきあっちゃいられないよ」
とし子「寝よっか、もう」
新次郎「えっ…えっ? あっ、ハハハッ。そうか。寝るか、うん」
とし子「くたびれちゃった。私、いろいろと考えたから」
新次郎「フフッ、何考えてたんだよ?」
とし子「ん~、そりゃいろいろだよ。あんたが帰ってきたらさ、黙って怒られてようかなと思ったり、ヌードになって抱きついてごまかしちゃおうかなと思ったりさ」
新次郎「そっか、うん」とし子の手をポンポン。
とし子は新次郎の手の上に顔を乗せる。
新次郎「困るな、俺も。お前に甘くって、フッ」
せっかく新さんがいいこと言ってるのにあんまり響いてないっぽいとし子…。競馬で3万も使うのはどうかと思うが殴らない新さんは素敵よ。3万円は当時の初任給くらいの値段だったはず。「あしたからの恋」の直さんの給料が5万円だ。
翌朝、朝食を作っているもと子。
健一「ああ…早いね、母ちゃん」←今回ここが初登場。
もと子「うん。なんか早く目が覚め過ぎてね」
健一「年だね」
もと子「そこで顔洗わないでね」
健一「うん、口ゆすぐだけだよ」
もと子「なおさらあっちでやってよ、あっちで」
構わずうがいする健一。
もと子「味もそっけもないんだからねえ、一切。こういうときはね、女の子のほうが…人の気持ちなんか全然あんた分かってくれないんだから」
健一「朝から泣き言、言うなよ」
もと子「健一」
健一「よせよ。まったくやっと起きてきたのにゴチャゴチャ言うなよ。早く飯」
もと子「自分で入れなさいよ」
健一「あっ、自転車、ガレージかね?」
もと子「知らない。自転車のことなんか」
健一「今日は新さんも竜作も現場直行だし電車で行くかな」
もと子「どうしてうち寄らないの?」
健一「うん? 手ぶらで行きゃいいからさ」
もと子「だって向こうのうち、まだ建具入ってないんでしょ?」
健一「隣のばあさん親切でね、道具置かしてくれてんだよ」
もと子「まさか新さん、私と会いたくなくて、そんなことしてんじゃないでしょうね」
健一「何言ってんだい。昨日帰る前に決めたんだよ」
もと子「ふ~ん。あっ、健一」
健一「うん?」
もと子「お前ちょっと悪いけどね、頭(かしら)んとこへ一っ走り行ってくんない?」
健一「なんでさ?」
堀田が安さんととし子が酔っ払ってたから今日改めておわびによこすと言っていたが、そんなこといやらしいから来なくていいと言ってほしい。昨日のうちに言えばいいとツッコむ健一に昨日はカーッとしてたと言うが、電話すればいいと再度ツッコまれ、その電話をしてほしいと頼む。
健一「何しおらしいこと言ってんだよ。昨日は安さんを突き飛ばしたんだろ?」
もと子「お前なんかね、人の気持ち分かんないのよ。分かるか、お前に人の気持ちが」
健一は電話をかけてやると言い、「だからね、つまんないことで泣いたり怒ったりしなきゃいいんだよ」
もと子「何がつまんないのよ。お父さんが死んでどうしてつまんないのよ」
健一「女なんて理屈の通らないことばかり言うから何言ってんだか分かりゃしねえや、ホントに」電話をかけたものの、ゆり子が出て堀田はすでに尾形家に向かっている。「ハァ…母ちゃんも複雑だね。面倒くせえな、女心ってやつは」
もと子「そうね。お前なんかには分かんないのよ。だから母ちゃんつまんないのよ」
健一「ベタベタわけ知りの息子よりね、そのほうがいいって、母ちゃん」
もと子「そうね。そうかもしんないね」
ご飯をモリモリ食べる健一をほほえましく見つめる。
健一「おみおつけよそって。母ちゃん、おみおつけ」←自分でやれ
茶の間でうなだれる安さんととし子。向かいに座ってタバコを吸う堀田。
もと子「いえね、昨日は私もどうかしてたのよ。だからそんな謝ってもらうなんて、そんなこと恥ずかしいでしょう。だから頭(かしら)に電話したのよ」
堀田「いやいや、こういうことはね、やっぱりけじめつけといたほうがあとに残らないでいいんだよ」
もと子「でも、私、そんな根に持つタチじゃないもの」
堀田「しかし、としちゃんなんか新さんにここだのここだの殴られちゃってさ」
もと子「あらあら」
堀田「今日なんか神妙なもんだあね、なっ? としちゃん」
とし子「ええ、ここもここんとこもたたかれちゃって」腰や頬を指さす。
もと子「本当…」
安「いや、あたくしだってかかあにここだってここだってここまで殴られちゃって」頭や首辺りをさす。
堀田「ハハハハッ。まあまあ、そういうこった。2人とも後悔してるんだから、なあ、あねさん」
もと子「ごめんなさいね。私が泣いたりしたもんだから」
安「いや、ねえさん。昨日はわたくしホントに悪いと思って」頭を下げる。
もと子「いいのよ、安さん。いえ、女がね、強くなろうとするとね、力が入りすぎてつまんないことが腹が立つのよね」
堀田「そんなこと、あねさん。留守番が酔っ払ってりゃ誰だって怒らあね」
もと子「でも、その怒り方がちょっとヒステリーすぎたわよ。でもね、こういうことよく言うでしょ? 自分が妊娠してみて初めて、おなかの大きい人や赤ちゃんのことが目につくって。それとまあ同じようなものなのね。まあ、亭主に死なれて同じような年頃の2人が仲むつまじく来ると、それを見てると、なんかね…寂しくなっちゃってね。なんかどういうのかもう胸ん中、こうなってくんのよね。で、イライラっとして帰ってきたのよ。そしたら…ごめんなさいね。突き飛ばしたりしてね」
恐縮する安さんととし子。
堀田「しかし、棟梁ってのは偉かったんだな。あねさんの言いなりになってただニコニコうちをこさえてるだけだと思ってたが、あねさんの大きな支えになってたんだよな」
もと子「ホントね、自分でも知らんかったわ。いや、生きてるうちはね、なあに、自分一人でやってるんだとこう思ってたのよ。ところが死なれてみると全然調子が狂っちゃうのよね」
堀田「いやそれがあねさんのいいところだよ。いや、夫婦のいいところってのかなあ」
安「そうですね。そういうもんかもしれませんね」
堀田「ハハハッ。バカに間のいいときに相づち打つじゃねえかい」
安「そりゃそうですよ。こう見えたって、私、ものを考えるのは大好きなんだから、もう」
堀田「ハハハハッ。まあまあ、そういうこった。じゃ、円満解決といきますか」
もと子「ホントに、まあ。頭(かしら)にはホントにいつもお世話になってすいません」
堀田「私は好きだから、こういうことが」
安さんととし子が改めて「すいませんでした」と頭を下げた。
もと子「こっちこそすいませんでした」
堀田「棟梁、あねさん、苦労してるよ、ホントに」
もと子「やだわ、頭(かしら)」
堀田「じゃ…よーっ!」みんなで一本締め「ああ、よかったよかった」
もと子「おおきに」
みんなの笑顔でつづく。
同時期に「おれは男だ!」主演中の森田健作さんが忙しかったせいなのか、健一の出番はちょっぴり。なにより竜作が出ないじゃないかよぉ~。
今回判明したのはとし子が22歳であること。結婚したのが3年前。34歳が19歳と…ウッ。新さんいいこと言ってんだけどな~。でもさ、「岸辺のアルバム」でも律子と堀先生という年の差カップルがあったし、山田太一さんの好み?
とし子は誕生日迎えて22歳だと「あしたからの恋」の和枝と同じ丑年の1949/昭和24年生まれか、誕生日前なら1948/昭和23年生まれかな。とし子と和枝比べたってとし子はだいぶ幼稚だよねえ。新さんは1933/昭和8年生まれか1934/昭和9年生まれか。