TBS 1971年6月8日
あらすじ
突然の夫の死に、もと子(ミヤコ蝶々)は気力を失っていた。そんな母の姿を見て、高校生の健一(森田健作)は立派に喪主を務める。無事に葬式を済ませると、健一は父の跡を継ぎたいと言う。
2024.1.5 BS松竹東急録画。
尾形もと子:ミヤコ蝶々…健一の母。字幕緑。
尾形健一:森田健作…高校3年生。字幕黄色。
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生島とし子:松岡きつこ…新次郎の15歳下の妻。
安さん:太宰久雄…大吉の仕事仲間。
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堀田咲子:杉山とく子…堀田の妻。
町田:長浜藤夫…大吉の仕事仲間。
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堀田ゆり子:丘ゆり子…堀田の娘。
建重:浅若芳太郎…親方。
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堀田:花沢徳衛…棟梁。頭(かしら)。
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生島新次郎:杉浦直樹…健一の父の下で働く大工。
お葬式。もと子は呆然とした様子で読経を聞いている。仕事仲間?の安さんが葬式に来た人の誘導などをしている。「男はつらいよ」のタコ社長の太宰久雄さんは「二人の世界」で麗子が一時的に働いてた会社の社長として出演してた。
太宰久雄さん、おいちゃんの下條正巳さん、おばちゃんの三崎千恵子さんはテレビドラマも度々出てるのにドラマで見かけると珍しく感じる3人。
受付をする新次郎。「あっ、これはどうも親方」
建重「急だったなあ。どうも、この度は」
新次郎「ええ、なんだかもうオタオタしちまいまして」
建重「そりゃそうだとも。めったに旅行も行かねえような人が二見浦で逝くなんて誰も思いやしねえよ」
新次郎「へい」
建重「それで何かい? お骨で帰(けえ)ってきなすったって?」
新次郎「ええ、あの…遠いもんですから向こうで焼きまして」
建重「ああ、そうか。それで、かみさん行ったわけ? あっちまで」
新次郎「ええ。健坊と私と3人で」
建重「そりゃあんたも大変だったねえ。これ、少ねえけど取っといてくんねえ。気持ちだあな」
新次郎「はあ。ありがとうございます」
建重役の浅若芳太郎さんもまた「二人の世界」に出演していた。タコ社長の会社の課長役だって。
ゆり子はフリフリブラウスに黒のスーツ、輪切りレモンの髪飾りで会葬御礼を渡している。安さんや新次郎は黒いネクタイ、黒い腕章はしてるけどスーツは黒じゃないんだね。
家の中では堀田が電話している。堀田も黒いネクタイ、グレーのスーツ。「お前さんね、いくら立て込んでるっつったって、そう分刻みみたいなこと言われちゃ頭にきちゃうな、少し。何言ってんだろうな。あっちが檀家ならこっちだって檀家じゃねえか。弔いだぞ、こっちは。一生に一度しかねえ弔いやってんだよ、こっちは」
台所
咲子「父ちゃん、大きいよ、声が。場所柄考えないんだから、父ちゃん」
とし子「ねえ、お台布巾どこかなあ?」
咲子「とし子さん」
とし子「えっ?」
咲子「少し急いでちょうだいね。焼き場行かないんだからね。お焼香済んだら食べてもらいますからね」
とし子「(ムッとした感じで)は~い!」
読経が続く中、健一が安さんを呼ぶ。
健一「坊さん、もうじき時間だろう」
安「そうなの?」
健一「法事があるんだってさ」
安「うん、それで?」
健一「なんか食っていってもらうわけにいかないから折に料理でも詰めて持っていってもらおうと思うんだけど」
安「OK。任しとけ」
台所
忙しく折詰を作る女性たち。
堀田「そんなこと今頃言ってこなくたって、ちゃんとやってあるよ」
安「えっ、そうなの?」
堀田「当ったりめえじゃねえか」
安「いやね、健坊があんまりあの…気にするもんだからさ」
堀田「健坊もつまらねえこと気にするんだな」
咲子「そんなこと言うもんじゃないよ」
女性「そうだよ」
堀田「大体、私が世話を焼いててだよ。そんなところにそつがあるわきゃねえじゃねえか」
咲子「バカだね、お前さんも。あの健坊がそこまで気ぃ遣ってるってことがかわいいじゃないかよ」
女性「ホント」
咲子「ねえ? ケンカばっかりしてのらくらしてた健坊がお弔いになってから見てごらんよ。いじらしいぐらい、まあ、しっかりしようとして」
堀田「分かってるよ! そんなことは。うるせえな、おめえは」
読経が続く。
健一「母ちゃん。お焼香が終わったら2階行って横になんなよ」
もと子は両手で顔を覆って泣きだす。
花輪が並ぶ外
新次郎「おい、何だよ?」
とし子「私、疲れちゃった」
新次郎「いや、そんなこと言ったってしょうがないだろ」
とし子「どうして私こんなに手伝わないといけないのよ?」
新次郎「いや、だ…それはお前あれだよ。棟梁が死んだんじゃねえか」
とし子「頭(かしら)のかみさんがさ、偉そうに人をまるで女中みたいにさ」
新次郎「あっ、そうかい?」←信じるな!
とし子「そうよ。実家に子供預けてまで、こんなお葬式手伝う義理あるかしら?」
新次郎「いやいや、だからそれはあるんだよ。なっ? 俺は第一ここで働いてんだ、ここで」
とし子「あんたにはあるけど、私には関係ないじゃない」
新次郎「まあ、ちょっと…大きい声出すな。お前ね、関係ないって、お前、俺の女房じゃないか、バカ」
とし子「あんた古いのよ。年なのよ。私みたいな若い者(もん)はね、こんな古くさい義理つきあってらんないわ」
新次郎「ハハッ。また、そんな…なっ? そんなこと言うなよ、なっ、言うな」
とし子「じゃ、靴買ってくれる?」
新次郎「えっ? いや、靴?」
とし子「5200円の靴だけど、ねえ、買ってくれる?」
新次郎「汚いねえ、お前も。まあ、こんなときになにも…」
ツンとそっぽを向くとし子。
「あしたからの恋」で正三が嫁にもらって教育してみようとか言ってんの何言ってんだと思ったけど、とし子には教育が必要だな←モラハラ思考。
読経もそろそろ終わり。
台所
堀田「終わっちゃうなあ。終わっちゃうよ、お焼香」
咲子「お寺さんのは、そこへ出来てるよ」
堀田「ああ、そうか」折を手にして「車が来ねえな、車が」
和室
堀田「安さん、一っ走り行って見てきてくんねえかな?」
安「えっ、何を?」
堀田「ハイヤー3時に言ってあんだ。お寺さん送るやつ」
安「はいはい…」
堀田「電話番号なくしちまってな。さっきから電話帳見てんだけど、よく分からないんだ」
安「はいはい、はい」すぐ立ち上がって部屋を出ていく。
和尚たちが祭壇前から移動。
堀田「あっ、お帰りですか? どうもこれはご苦労さまでした。健坊、これ(折を渡す)。はい、お寺さん、お帰りだよ! あっ、安さん、下駄、下駄! いや、実はちょっと今、車がね…」
安「あの…車来そうですから」
堀田「ああ、ああ、そうかい。どうもこれはご苦労さんでございました」
もと子は立ち上がり、遺影を見つめる。写真だけの出番だと名前もないのね。グレーヘアの優しそうなカッコいい中年男性。
布団に横になったもと子の眼には涙。
葬式後の会食
咲子やゆり子がかいがいしく席を回る。
健一「どうぞ、安さん。今日はいろいろありがとうございました」徳利を手にする。
安「そんないいんだよ、健坊。お酌なんかして回ることはないよ、あんた」
健一「どうぞ」
安「う~ん…」一服してからコップを手にする。「どうしちゃったんだい? 健坊」
健一「何が?」
安「急にしっかりしちゃってさあ。似合わないよ」
健一「しょうがないよ、親父の葬式じゃ」
安「おっ母(か)さん、どうだい?」
健一「うん。挨拶しといたほうがいいんだけどね」
安「いいよ、そんなこたあ」
健一「参っちゃってんだよ」
安「いやあ、しかし分からねえもんだなあ。あんなに参っちまうとは思わなかったよ、正直」
健一「うん」
別の和室
堀田「次は武藤さんが…」
新次郎「はい」
堀田「2000円だ」
新次郎「はい、2000円ですね」筆でメモ。
堀田「この武藤さんって、あんまり聞かない名前だね」
新次郎「えっ? ほら、あのマージャン屋ですよ、表通りの」
堀田「ああ、そうか。そういうとこからも来るんだなあ。次は井上さんが3000円」
新次郎「はい」
堀田「これは銅壺(どうこ)屋のミッちゃんだ」
新次郎「ああ、ああ、はあ」
こういう感じのやつか。
咲子が「大変ねえ」とお酒を運んできて、お酒を勧める。
堀田「冗談言っちゃいけないよ。俺たちが飲んじまったらどうするんだよ?」
咲子「ん~、飲みたくてウズウズしてるくせに、はい」テーブルの上にお酒を乗せる。
堀田「バカ野郎。お前は向こうへ行ってお客の接待してなくちゃしょうがないだろう」
咲子「いいじゃないの。私だって朝から立ちっぱなしで働いてたんだから」
ゆり子が健ちゃん一人で大変だからと咲子を呼んだ。「帰る人送ったり、お礼を言ったり、ねえ、父ちゃんたちも早く来て」
堀田「ああ、娘のほうがよっぽど思いやりがあるんだから。ほら、武藤さん1000円」
新次郎「はい、分かりました」
堀田「こっからね、じゃ、お願いします」
新次郎「ああ、こっから…えっ?」
堀田や咲子が部屋を出ていったが、なんだか分からなくなった新次郎。「あっ、そうか。海老坂さんが1000円か」
今度は、とし子が顔をのぞかせた。「もういいかしら? 帰っても」
新次郎「何を言ってんだよ。靴買ってやるっつっただろ?」
とし子「左官屋のおばさんだって帰ったよ」
新次郎「おい、お前ね、ここんちは大工だよ。俺も大工じゃねえか。一緒に働いてんだよ」
とし子「だからいろいろやったじゃない」
新次郎「ダメだよ! いろんなもの片づけて、ねっ? ちゃんと全部きれいにしてから帰るんだよ。夜だ、夜。帰るのは」
とし子「いいよ、分かったよ。すぐ怒んだから」
新次郎「ホントにまあねえ。女房の若いってのも善しあしだよ」
若いからっていうかねえ…ゆり子はちゃんとやってたし、「あしたからの恋」の若い女性陣だとアヤ子は怪しいけど、和枝、桃子、トシ子はちゃんとやりそうだけどな。
会食の場
町田「♪ハアーさても一座の皆様方よ
わしのようなる三角野郎が 四角四面の…」
堀田「町田さん、いけないよ。いや、よしなよ、おっさん」
町田「ああ?」
堀田「いや、お弔いに歌はいけないよ、いくらなんでも」
町田「何がいくらなんでもだよ」
堀田「いいや。葬式に歌なんか歌ったんじゃ…むごいやね、親族に」
町田「お前ね、頭」
堀田「ねえ、あんた。悪いけど町田さんうちまで送ってやってくんねえかな? あの…車賃出すから」
男性「あっ、いいです、いいです」
町田「『八木節』っていうのはな、ここの棟梁のふるさとの歌だぞ、頭」
堀田「いやいや、それは分かってるけどもさ」
町田「ここの棟梁はいい男だったよなあ」
堀田「ああ、悪気のねえ、裏のねえ、いい人だった」
町田「お前とは段違いだよ」
堀田「えっ? うんうん、まあ。そういうわけだ。あっしなんざいろいろと煩悩が多すぎるってやつでね」
町田「ここの棟梁はいい男だった」立ち上がってフラフラ。
堀田「お…お…おいおい、大丈夫かい? 町田さん」
町田「大吉(だいきっ)つぁんはいい男だった。いい人を亡くした。本当に惜しい人を亡くしちまったよ」
ふと上を見る健一。
町田「おかみさん。あんたの気持ち、分かるぞ! いい人を亡くしたよ。本当にいい人をなあ」
台所にいる咲子、ゆり子、とし子も手を止めて聞いている。
町田「俺は悲しいよ。おかみ! 気持ち、分かるぞー!」
もと子も布団から起き上がって町田の言葉を聞いている。
キャストクレジットでは”老人”。字幕では”町田”となっていた長浜藤夫さんは「おやじ太鼓」の六さん、「二人の世界」では二郎の父。「兄弟」では1話しか出てないけど、あれも紀子の父が世話になった棟梁だった。長浜さんのwikiには「たんとんとん」の役名が”松田”になってたけど、字幕がない弊害だな。
満月の夜空。もと子は仏壇の前に座る。
台所では堀田一家が片づけをしている。
堀田「ホント言うと、今日あたり誰か1人泊まってやるといいんだけどな」
健一「いいんだよ、そんなこと」
咲子「いえさ、私はね、群馬の人が誰か泊まってあげんのかと思ったのよ」
健一「泊まんないほうがいいよ」
堀田「まあな。親戚っつっても遠くなるとあんなもんかもしんねえな」
健一「本当だよ。頭がいてくれて、俺、ホントに助かったよ」
堀田「いや」
咲子「いや、でも健ちゃんもよくやったわ」
健一「ダメだよ、俺なんか」
堀田「いや、大したもんだ。見直したぜ」
健一「大変なのは、これからだよ」
堀田「そりゃそうだ。おっ母さんと2人っきりじゃなあ。健坊がしっかりするよりしょうがねえ」
ゆり子「ねえ、健ちゃん。今夜、私、泊まってあげようか?」
堀田「おい、おめえ、何言いだすんだよ?」
咲子「そうだよ」
ゆり子「だって、お葬式の夜に2人っきりで過ごすなんてかわいそうじゃない」
健一「平気だよ」
咲子「ホント、バカだねえ。娘がそんなこと言いだすヤツあるかよ」
堀田「バカってこたあねえだろ。バカってこたあ。ゆり子だって純粋な気持ちでそう言ってんだ」
咲子「そりゃそうだけどさ」
健一「ゆりちゃん、今日とても親切だったよな。ありがとう」
ゆり子「うん」
堀田「じゃあ、まあ、あねさんに挨拶して、お線香上げてぼつぼつ帰ろうか」
咲子「あっ、そうだね。なんだか悪いみたいだけどねえ」
健一「ううん。世話になりました、どうも」
堀田・咲子「いや」
仏壇の前
それにしても菊の花がすごい。
もと子「あっ、頭、もうお帰り?」
堀田「ええ、まあ、ぼつぼつねっていっても別にうちに用が待ってるわけじゃありませんけどね」
もと子「今日はどうもいろいろと」
堀田「いえ、一向役に立たねえで。まあ、あねさん、一日も早く気持ちを立て直してくださいよ」手をついて頭を下げる。
もと子「おおきにありがとうございます」立ち上がったが、手をついて頭を下げた。
咲子「ねえさん、今日はホントに」堀田の隣で手をつく。
もと子「いろいろとお世話になりました」
咲子「元気出してくださいね」
堀田「ホントだよな。これで健坊もおっ母さん一人になっちまったよなあ」
もと子「ホントにね」
堀田「しかしね、あねさん」
もと子「えっ?」
堀田「私は今度、あねさんに惚れ直したね」
咲子「何言ってんだい、女房そば置いて」
堀田「いや、ホントにさ。いや、そう言っちゃ悪(わり)いけど、あねさんって人は、こんな情の濃い人とは思っていませんでしたよ。棟梁がおとなしいから、このうちを取りしきっちゃってさ、亭主なんざ屁とも思わねえって言っちゃあなんだけども、まあ、それに近いかかあ天下と内心よく思ってませんでした。いや、正直言うと」
咲子「もう、およしったらもう」
堀田「バカだな、おめえは。ここでやめちまったらけなしっぱなしになっちまうじゃないか。これから褒めるんだよ、バカ野郎」
もと子「フフッ。いや、ホントに私はかかあ天下でしたよ」
堀田「いやいや、あねさんね。もう棟梁が亡くなってからホントにあねさん、見直しちまったなあ。ああ、この人はこんなにまで亭主を思っていたのかってね。そりゃ世間には星の数ほど夫婦はいるけれども、まあ、連れ合いが死んで何人の人がこれだけ悲しむことができるかと思うとね。私、ホントにね、羨ましかったな、棟梁が」
咲子「そりゃね、ねえさんも偉いけど、棟梁も偉いんだよ」
堀田「うん、そりゃそうだい。棟梁も偉かったなあ。ホントに偉い人ってのは優しくって目立たなくって、それでいて人の心はギュッとつかんでるんだなあ」
また泣きだしてしまうもと子。
咲子「ダメじゃないか、あんた。またねえさん泣かしちゃって」
堀田「いいじゃねえか、泣いたって。そいじゃ、おめえ、何か? おめえは俺の弔いのときに涙一つこぼさねえってのか?」
咲子「そんなことは分かんないよ」
堀田「分かんねえってこたあねえだろ。分かんねえってこたあ」
台所で会話を聞いていた健一。
茶の間
もと子「母さん、もうダメね」
健一「冗談じゃないよ」
もと子「だって肝心なときにへこたれちゃうんだもん」
健一「まあいいさ。亭主が死んだんだから、今んとこは甘ったれてなよ」
もと子「お前にか?」
健一「そうさ。今日だって随分カバーしたじゃないか」
もと子「うん、やったわね。割合ね」
健一「割合なもんか。全力投球だよ。くたびれちゃったなあ」
もと子「ありがとう」
健一「だけどね、母ちゃん、俺なんかあんまり頼りになんないからさ、いつまでもメソメソしてんなよな」
もと子「分かってるわよ」
健一「まあ、俺なりに養ってやるつもりだけどね」
もと子「偉そうに。お前にね、養(やしの)うてもらわならんほど母ちゃん、まだボケてないわよ」
健一「そんな言い方ってないだろう」
もと子「母ちゃんはね、いざとなれば家政婦だって、外交員だって、なんだってやっていくわよ」
健一「そんなことさせるもんか」
もと子「そんなことないよ。立派な仕事じゃない」
健一「俺はね、母ちゃん…」
もと子「母ちゃんはね、そこらのつまらない男よりね、よっぽど母ちゃんはしっかりしてんだから」
健一「まあ、聞けよ」
もと子「何よ? 改まって」
健一「俺、あした、学校退学するよ」
もと子「バカなこと言いなさい」
健一「大体、学校なんか嫌いだったんだ」
もと子「お前ね、来年の3月、卒業なのよ」
健一「関係ないよ、そんなこと」
もと子「お母ちゃんはね、今でもちゃんとお前を大学へやる気でいんのよ」
健一「勉強できないんだぜ、全然」
もと子「だからすればいいじゃないの」
健一「もう決めたんだよ。大工になるんだ。親父の後を継ぐんだよ。請負だよ」
もと子「バカねえ。お前だけはどうしようもないバカね」
健一「俺の気は変わらないよ」
もと子「健一、聞きなさいよ。お前ね、お父ちゃんの後を継ぐって言うけどね、請負ができたのはね、お父さんがいるなればこそなのよ。のこ一本ひかれへんお前が後継いだって、誰がそんなもん相手にしてくれる?」
健一「初めは新さんに教わるさ」
もと子「新さんがうちにいると思うの? お父さんの腕があったなればこそ新さんうちで働いてたのよ。こうなったら一本立ちするに決まってるじゃない。誰が月給でここにいるもんか」
健一「そんならどっかへ見習いに行くさ。見習いだって1日2000円ぐらいにはなんだろ?」
もと子「心配せんかてお前一人ぐらい、お母ちゃん、ちゃんと大学へやってやるから」
健一「決めたんだよ、もう」立ち上がって仏壇の前へ。
もと子「健一」
健一「俺のことは俺が決めるさ」
もと子「生意気なこと言うな」
健一「父ちゃん、いい大工になれば文句ないだろ?」父の遺影に語り掛ける。
もと子「健一…」
健一「母ちゃんは引き受けたからな」
涙ぐむもと子。「お前はずるいよ。人を泣かせるようなこと言うんだもん」涙を拭く。
新次郎が顔を出す。「おかみさん?」
もと子「あっ…新さん」
新次郎「勝手口が開いてました」
もと子「ああ、そうでしたか」
新次郎「すいませんでした。早く帰っちまって」
もと子「いえ、もうホントに今度はいろいろと。全部あんたにおんぶしてしもてすんませんでした」
新次郎「いや、ホントはもっとやんなくちゃいけないんですけども」
もと子「やってくれたじゃないですか。いや、あのあとね、あの…頭かて、いろんな話ばっかりして帰ったんだから」
新次郎「そうですか。いや、そんならいいんですけども」
もと子「あっ、健一。新さん、来はったよ」
健一「こんばんは。新さん」仏壇を向いたまま。
新次郎「おう、疲れたろう?」
健一「ううん」
もと子「こっちいらっしゃいよ、どうぞ」
新次郎「ええ」
もと子「ねえ、やっぱりボケてるのね。台所の鍵、忘れてしもうて」
新次郎「そらあ、やっぱりねえ」
もと子「奥さん、どうでんの?」
新次郎「えっ? ああ、あいつはもうわがままですから」
もと子「疲れたのよ。今日一日、大変だったもんね」
新次郎「しかし、やっぱり15も年が違うと分かんないんですよね、考え方が」
もと子「フフッ、それがようてもろたんでしょ?」
新次郎「いや、そらあ、若いのはいいんですけどもね」
もと子「新さんって甘いんだからね」←そうだね!
新次郎「いや、甘かないですよ。ちっとも」
もと子「あっ、甘いんで思い出した。あんた、お茶よりお酒がよかったわね」
新次郎「いやいやいや、と…とんでもない。私はダメなんですよ。すぐズッコケちゃってね、肝心なこと外れちゃうんで」
もと子「ええ。お酒ならいっぱいあんのよ」
新次郎「いやいや、もうホントに」立ち上がりかけたもと子を止める。
新次郎「あの…おかみさん」
もと子「は?」
新次郎「私…さっきの健坊とおかみさんの話、ちっとばかり聞いちまったんですよ」
もと子「そう」
新次郎「私ね、おかみさん…」
もと子「いいのよ。うちの人が死にはってんから一本立ちにならはったかてかまへんのよ」
新次郎「いや、そうじゃないんですよ」
もと子「そんなこと、私、全然気にしてない」
新次郎「いやあの…おかみさん。健坊を私にしごかしてもらえませんか?」
もと子「新さん…」
新次郎「健坊。俺がお前さん、一人前にしてやるよ」
健一「ホントか? 新さん」
もと子「だって、新さん…」
新次郎「いや、そりゃね、私も1人か2人、人を置いて請負がやりてえなって以前から思ってましたよ。で、まあ金もためてましたからね」
もと子「そう言うてはったわね」
新次郎「でもね、棟梁が亡くなって、それを機会にっていうんじゃ寝覚めが悪くていけませんよ」
もと子「そんなこといいのよ」
新次郎「いや、おかみさんがよくても私はダメなんです」
健一「恩に着るよ、新さん」
新次郎「えっ? いやあ…でもな、大工仕事ってのは請負やらないと儲け、がた落ちだからなあ。まあ、健坊が形になるまで古い言いぐさですが恩返しのつもりで通わせてもらいます」
もと子「おおきに」頭を下げた。
新次郎「それもこれも棟梁がいい人だったからですね。割り切ろうと思っても棟梁のこと思い出すとね。割り切れない…ハハッ」涙をぬぐいつつ、笑う。
健一「格好いいな、新さん」
新次郎「えっ?」
健一「新さん、二枚目だね、案外」
新次郎「この野郎! フッ、先輩からかうんじゃないよ」
笑い合う新次郎と健一。もと子も笑顔を浮かべるが、やっぱり泣きだす。
高校
学ラン、学帽姿の健一が校舎から出てくる。女子生徒がブルマじゃなく白い短パンなのが羨ましい~って思ってしまったブルマ世代。白い短パンはそれはそれで気遣いがいるけど…と関係ない。決意を新たに歩きだす健一。(つづく)
アップになったミヤコ蝶々さんの顔、千秋さんに似てるな…。今回ずっとスーツ姿だった杉浦直樹さん。やっぱりこっちのほうが似合う。
私が地方者のせいか、仕事仲間だけで取り仕切る葬式が都会的だと感じた。田舎の葬式なんて親戚がうるさいうるさい…って関係ない。健一もあと半年なんだからとも思うけど健一の決断だもんね。