TBS 1969年8月19日
あらすじ
鶴 亀次郎は裸一貫からたたき上げ、一代で築いた建設会社の社長である。ワンマンで頑固一徹な亀次郎は子どもたちに"おやじ太鼓"とあだ名を付けられている。この"おやじ太鼓"、朝は5時に起き、夜は8時になるともう寝てしまうが、起きている間は鳴り通し。そんな亀次郎をさらりとかわす7人の子どもたちに比べて、損な役回りはお手伝いさんたち。ひと言多いばっかりに、毎日カミナリを落とされる。
2023.9.28 BS松竹東急録画。12話からカラー。DVDは第1部の39話まで収録。
鶴家
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。62歳。
妻・愛子:風見章子…良妻賢母。57歳。
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長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。31歳。
妻・待子:春川ますみ…正子の紹介で結婚。
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次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。29歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。27歳。
三男・三郎:津坂匡章(現・秋野太作)…二浪して今は大学4年生。
次女・幸子:高梨木聖…大学4年生。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…高校2年生。
*
お敏:菅井きん…お手伝いさん。愛子の4つ下。53歳。
今回のオープニングの歌は久しぶりに男声コーラスの目立つバージョンだった。全部で何パターンあるんだろ? このパターンってもしかして、第2部スタートの40話以来?
鶴家の広間からピアノの音が聞こえ、待子は大きく切ったスイカを運んでいる。広間の扉の前にちゃんと台があって、一旦、置いて扉を開ける。中にいたかおるが待子に気付いて、待子が中に入ると扉を閉める。
洋二がピアノを弾きながら歌っている。久しぶりの光景。
かおるも待子もソファに座り、洋二の演奏に聴き入る。
待子「なんてきれいな曲かしら」
洋二「トセリのセレナーデはいつ聴いてもいいよね」
一曲弾き終えた洋二はソファへ移動。待子がスイカを勧め、かおるは麦茶を待子に勧める。スイカの大きさは昔、志村けんさんが一気食いするあのサイズ。ちゃんとスプーンで食べてたけどね。
洋二「今日はお父さんのお風呂長いんだな」
待子「もうお出になりますでしょ。いつもはとても早いんですよね」
かおる「カラスの行水よ」
洋二「気が短いから昔から長く入っていられないんですよ」
かおる「今日は特別よ。お風呂に入ってたら洋二兄さんが来たもんで、また照れくさくなって洗い直してんじゃないの?」
待子「まさかそんな」
洋二「うちのお父さんってそういうとこがあるんですよ」
かおる「照れくさいとすぐ怒ったような顔になっちゃうのね」
洋二「いいとこあるんだ。うちのお父さんは」
待子「あたくし、そういうお義父様、とっても好きですわ」
洋二「僕だって好きだな。それに今度うちを出てみたら、つくづくそう思ったもの」
かおる「うちを出なくたってそう思えるお父さんのほうがいいわよ」
洋二「じゃあ、かおるはどう思ってるんだ?」
かおる「そりゃまあ、いいお父さんだと思うけど」
洋二「それ見ろ」
かおる「だけど、少し怒鳴りすぎるわ」
待子「それがいいのよ。それぐらいでなきゃお義父さんらしくないわ」
洋二「怒鳴ることは怒鳴っても、めった手は上げないものね」
待子「そうですよ」
洋二「かおるなんて末っ子だから一度もないだろ、ぶたれたこと」
かおる「そう、多分ないわ」
洋二「多分じゃダメだよ。そういうことは、はっきり覚えていなきゃ」
そうそう、意外や意外とおやじは殴ったりしないの。橋田ドラマだと意外とビンタするシーンが何度も出てくるのにね。男兄弟多いけど殴り合いのケンカとかしないし。
武男が浴衣を着て広間に入ってきて、待子に袖付けがほころびてる、洗濯へ出す前に縫っておかないからいけないんだよと文句を言った。すぐ替えを持ってきますと広間を出ようとする待子にタバコも忘れたと一緒に出ていった。ちょっと偉そうだな。
かおる「お義姉さん、あんなこと言ってるけど、そのうちにそれがいいのよなんて言えなくなるんじゃないかしら」
洋二「どうして?」
かおる「武男兄さん、だんだん似てくんじゃない? お父さんに」
洋二「似れば大したもんだけどね」
かおる「あらやだ。いくら好きな人と結婚したって、私ならさっさと出てきちゃうわ」
洋二「その前に向こうのほうが先に出てっちゃうことだってあるじゃないか。もう怒鳴るのがめんどくさくなっちゃってさ」
かおる「そんな人なら初めから好きになるもんですか」
洋二「まだ先のことだよ。そんな深刻な顔するなよ」
かおる「誰も分かっちゃいないんだわ」
洋二「何が分かっちゃいないんだい?」
かおる「恋愛してんのは自分だけだと思ってんだもん」
洋二「へえ~だ。お前はまだスイカを食べてりゃ一番似合うよ」
かおる「いらない。もうこんなスイカなんか」匙を投げる。
洋二「バカだな、お前は。キャンプ行って彼とケンカでもしたんだろ」
かおる「あんなの問題じゃないわよ。まだ子供よ」
洋二「お前は子供じゃないのかい?」
かおる「当たり前じゃない」
洋二「そうかな。大人にも見えないけどな」
かおる「それが嫌なのよ。だから腹が立つのよ」
洋二「まあまあ、スイカを食べちゃいなさい。残さないで」
かおる「食べてあげるから、もう一度セレナーデを弾いてちょうだい」
洋二「ああ、弾いてやるよ。今度はシューベルトか?」
かおる「さっきのよ」
洋二「だってあれは『嘆きのセレナーデ』っていうんだぜ」
かおる「そうよ、嘆きよ」
洋二は思わず吹き出す。「おかしいよ、お前は」
かおる「何がおかしいの?」
洋二「だってお前が嘆く年頃になったんだもの」
かおる「自分だって嘆いているくせに」
洋二「嘆いてなんかいないよ」
かおる「無理してるだけだわ」
洋二「そう、無理は承知だからな」
かおる「それ、ご覧なさい。同じじゃない、気持ちは」
洋二「同じか、お前と」
茶の間
愛子「お父さん、いつまでもお風呂場で何してるんですか?」
⚟亀次郎「頭のブラシを掃除してるんですよ」
あとでやっておくと言う愛子に「大体、女というやつは見かけはおしゃれをするくせに見えないとこでは無精するんだ」と言う亀次郎。浴衣の帯を締めながら広縁から出てきたからやっぱりこの辺にお風呂がある?
お風呂上りにオーデコロンをつけた亀次郎にプンプンにおいすぎるという愛子は、洋二がいるから広間へ行ったらどうかと提案するが、お客様じゃあるまいし、こっちへ呼びなさいという。広間のほうが冷房で涼しいと愛子が言うものの、呼んでくりゃいいと広縁の椅子から動かない。「おい、うちわ!」とあの距離なら、自分で取りなさい!
武男が待子の作ったみつ豆を持ってきた。武男は浴衣、愛子は今日もワンピース。武男は愛子に取り皿を頼んで広間に運ぼうとしたが、愛子から茶の間へ移動すると聞き、広間のほうが涼しくていいのにと洋二のピアノを聴きながら言う。
洋二「どういうんだろう、わざわざ」←こういう言い回し、今は聞かないよね~。金八では国井先生が「どういうんでしょ、ああいうの」とかよく言ってたイメージ。
武男が「待子が作ったみつ豆持ってきましたよ」と茶の間に入って行くと、広縁の椅子に座っていた亀次郎は「そうか。そりゃいい」と喜ぶ。
武男「あれのみつ豆は蜜の作り方がいいんですね。今、取り皿を持ってきますから」と台所へ行こうとすると、お敏が買い物したものをたくさん抱えて帰ってきた。お敏に取り皿を頼み、茶の間へ戻る武男。
武男の今日は暑かったですねという話から
亀次郎「夏は暑いほうがいいんだ。大体、日本は四季の変化がはっきりしてるからいいんだ」
武男「しかし、どうなんです? よく言うじゃありませんか。昔はもっと暑かったとかもっと寒かったとか」
亀次郎「そうですよ。昔の人は頑張りが利いたんですよ。今のように贅沢な冷房だの暖房はなかったんですよ」
武男「幸せですね、今の人間は」
亀次郎「ああ、幸せか幸せじゃないか分かるもんか」
武男「は?」
亀次郎「いや、人間の幸せは、そんな簡単なことじゃありませんよ。怠け者で頑張りが利かなくなって、ただ体が楽なら幸せだと思ってるんだ。そんなことなら昔の人間のほうがよっぽどのんきで幸せでしたよ」
武男「ですけど、貧乏人はどうだったでしょうね」
亀次郎「貧乏人はなおさらですよ。わしみたいにチャンスもあったし、人と人との温かいつきあいがありましたよ。それがどうだこのごろは」
取り皿を持ってきたお敏を見て、頑張りが利いて偉いという亀次郎。キョトンとするお敏に説明する武男。
お敏「偉いか偉くないか知りませんけど、頑張るしかないからですよ」
亀次郎「いや、それが今の人間にはなかなかできないんですよ。すぐ金のことばっかり言って、そのくせ、精いっぱい働くことは嫌いなんだ」
武男「そうそう。権利が先で義務があとなんですからね」
亀次郎「損得でしかものを考えないんだ」
武男「もっとも自分の価値は金で判断するしかありませんからね。まあ、たくさん儲けるとかたくさん取るとか」
亀次郎「それがいけませんよ、それが。だから金が儲かるから政治をやろうなんてやつがたくさん出てくるんですよ」
武男「そうそう、そうなんです」
亀次郎と武男が熱心に話し込む広縁の手間の茶の間で座布団を出したり忙しく動いていたお敏も口をはさむ。「なんだか知りませんけど私なんか月給を上げていただくより、もうちょっと楽にしていただいたほうがいいですわ」と言い、広間にいる愛子たちを呼びに行った。まあ、この家一軒にお敏さん一人では手が足りないよね~。
洋二のピアノの音が亀次郎たちの所まで聴こえる。「ああ、いい曲じゃないか、品のいい」
武男「セレナーデですね」
亀次郎「なんだ? セレナーデって」
武男「小夜曲。つまりあれですよ。奥さんを恋しがる曲ですよ」
亀次郎「ああ、そうか。ハハッ、どうりでいい」と広間のほうへ少しだけ椅子を向けるとピアノの音がやんだ。「なんだ。せっかく聴こうと思ったのに」
お敏がスイカの乗ったお盆を持ち台所へ。愛子や洋二も広間から出てきた。かおるは「夕ごはんまでいるんでしょ?」と洋二に聞き、2階の自室へ。
洋二「みつ豆食べないのかい?」
かおる「いらないわ。そんな甘い気持ちじゃないの」
愛子はかおるが蓼科から帰ってきて変だと話すが、洋二は気まぐれだと言う。心配する愛子に大丈夫。ほっときゃいいんですよとあまり気にしてない。
待ちくたびれた亀次郎が茶の間から愛子を呼ぶ。愛子に続いて茶の間に入った洋二は、入り口で「お父さん、こんにちは」と手をついてあいさつ。
亀次郎「御用聞きみたいなこと言うな。さあ、ここへ座んなさい」と隣を指す。愛子はまずは、よく来たとか待っていたとか言うものだろうと亀次郎に言う。しかし、洋二みたいな脚って座敷に座るのと椅子に掛けるのとどっちが楽なんだろう?とふと考えた。
亀次郎「この間の晩は面白かったよ。なあ? 愛子。ハハハ…」
愛子「たまにはいいですよ」
亀次郎「そうさ」
洋二「びっくりしましたよ」
武男「また出かけるんですね」
亀次郎「ああ、行くさ。ああいうバーならわしも認めるよ」
武男「ぼらないのがいいですね」←さてはぼられたことあるな?
亀次郎「そうそう」
洋二「だけどお父さんったらあんなにたくさんチップを置くんだもの」
亀次郎「たくさんなもんか。あれっぱかり」
愛子「そうでもありませんよ。ちょっと気張りすぎましたよ」
亀次郎「だから女はケチだってんだ。なんだ、自分の息子が世話になってんのに」
愛子「世話になるほどもらってはいませんよ」
亀次郎「ほら、これだ。損得しか考えないんだから」
武男「だけど、お母さんとすれば…」
亀次郎「ケチが家庭のやりくりだと思ってるんですよ」
愛子「ケチともったいないことをしないのとは違いますよ」
亀次郎「当たり前ですよ」
待子「いかがですか? みつ豆は」
亀次郎も愛子もおいしい、おいしいと褒める。
洋二は「義姉さんが作ったの?」と聞き、待子は寒天が硬かったんじゃないかと気にしている。武男も愛子もちょっとねと答えたが、亀次郎は「これぐらい歯応えがなきゃ間が抜けてますよ」とフォロー。洋二も「義姉さんも一緒に食べたら?」と誘う。待子は自身が太っていて皆さんが暑苦しいと一緒の席につくことを遠慮する。
洋二「そんなに太っていませんよ」
まあ、今は妊婦さんなんだからねえ。
亀次郎はあっちのほうが涼しくていいよと広間へ移ろうと言いだす。「洋二だって久しぶりに帰ってきてこんなとこでゴチャゴチャ食べることありませんよ」と待子に自分の食べていたみつ豆を渡すと、亀次郎は大きなみつ豆の皿を持って広間へ。
愛子「本当に勝手なんだから」←ほんとにね。
茶の間から広間へ移動する間、台所にいたお敏に「広間へお茶を頼むよ」と言って、広間へ。武男たちもそれぞれ食べていた皿を持って移動。待子はかおるはどうしたのか洋二に聞く。みつ豆いらないんだってと洋二に返され、食べてくださればいいのにと待子が言う。
インターホンが鳴り、お敏が出た。高円寺の奥さんから言われて来たと言う黒田という男でつっけんどんな物言いにお敏はムッとする。明日高円寺のおばちゃんと来ることになっていた新しい運転手(候補?)で、亀次郎は広間に通すように言う。「ちょうどいい。みんながいたほうが」
お敏「はい。民主的なんですね」
お敏は広間を出て表門を開けようと玄関を出ようとするが、いったん、インターホンで「お待ちどおさまでした」と話しかけると返事がない。もう一度大きい声で「もしもし」と呼びかけると、「聞こえてるよ。早くしてよ。格好が悪くてしょうがないじゃないか」と文句を言う。「まあ、なんてあきれたやつかしら」と玄関脇の扉から広間に入り、「奥様、あんな男はとってもダメですよ」と忠告。
愛子「何がダメなの?」
お敏「裏門へ回ってもらおうと思ったら早くしろよって怒鳴るんですよ」
愛子「まあ」
亀次郎「お前が裏門へ回れなんて言うからですよ」
お敏「いいえ、お待ちどおさまって言っただけですよ」
亀次郎「とにかく早く通しなさい」
お敏「あんな奴でもここへやっぱり通すんですか?」
武男「いいんだよ。お敏さんがワヤワヤ言ってなくたって」
亀次郎「会ってみるまではお客様ですよ」
愛子「頼んだのはこっちですからね」
お敏「はいはい。とんだお客様ですよ」一旦ドアを閉めたがまた顔を出す。「だけどあれですよ」
武男「いいんだったら。お敏さんが心配しなくたって」
お敏「そりゃまあそうですけどね。はい!」
武男「どうでしょう、あの言い方は」
愛子「はっきり言いたいこと言いますよ」
待子「お敏さんってほんとに面白いわ」
武男「会いたくなるものね。うちを離れていると」
亀次郎「いや、あれでいいんですよ。家族というものは」
愛子「もう長いですからね。つまり親身だから言いたいことを言うんですよ」
洋二「それに運転手さんですからね。人柄がよくないと困ると思うんでしょ」
待子がいくつぐらいの人か聞く。おばちゃんの話だと32とか33歳。奥さんと別れて前の会社を辞めてしまうなんて何があったんだろうと言う武男は、今はマンションの管理人とか掃除人で自動車の運転はしてないと愛子から聞くと、変わり者かもしれないと警戒する。
亀次郎「それぞれいろんな境遇がありますよ。何事もなく生きてる人間なんてこの世の中に少ないよ」←いいこと言う!
なかなか来ないので武男が様子を見に行くことにし、広間を片付けることにした。
かおるが階段を下りてきた。待子にみんな広間にいると言われると、「ああ、つまんない。どこ行ったらいいのよ、私は」と階段に座り込む。
武男が「一体なんてことをしてくれたんだ」と戻ってきた。
広間
ちょっと門の前に立たせただけで帰ろうとしていた黒田をちょうど帰ってきた敬四郎が追いかけ、お敏は門の前でプリプリ怒っていると武男が話して聞かせた。
亀次郎「なかなか骨のある男じゃないか。見どころがあるかもしれんよ」
愛子「だけど、少し偏屈じゃないかしら。初めて訪ねてきたうちで」
武男「会わないでやめといたほうがよかったのかな」
亀次郎「違いますよ。偏屈な人間にはバカ正直な善人が多いんですよ。いや、わしは気に入るかもしれんよ」
愛子「ですけど、扱いにくいんじゃないんですか。あんまり気骨の折れる人じゃ私は嫌ですよ」←「きこつ」じゃなく「きぼね」と言っていた。
「きこつ」と「きぼね」、同じ漢字を当てるのに慣用句の中では意味合いが変わってきます。 「気骨(きぼね)が折れる」は気を使う苦労が多くて心が疲れる様をいいます。 一方、気骨(きこつ)は、自分の信念に忠実で容易に人の意に屈しない意気や気概のことで、「気骨のある人物」などと使われます。
私は「きこつ」という読み方しか知らなかったけど、「気骨が折れる」という場合には「きぼね」と読むのか~、難しいね、日本語は。
亀次郎「そんな、お前。でくの坊じゃあるまいし、ちっとも気骨が折れないで使えるような甘い人間が今の時代にいますか。人を使うということは多かれ少なかれ気骨が折れるもんですよ」←こっちも「きぼね」でいいのね。
かおる「一体なんの話なの? さっぱり分かんないわ」
洋二「新しく来てもらおうと思った運転手さんのことだよ」
かおる「なんだ、そんなことなの」
愛子「そんなことじゃありませんよ」
武男「大事なことじゃないか。これからお父さんや僕の乗る車を運転してもらうんだもの」
亀次郎「かおるだっていつまでも子供じゃないんだから、ぼつぼつ世間の人間を勉強しなきゃダメですよ」
うなずくかおる。
亀次郎「なんですか。そんな人のいい顔をして」
愛子「人のいいのは結構だけど、あんた変よ、蓼科から帰ってから」
洋二「セレナーデが好きになったんだもんな。それもトセリのセレナーデがな」
「私、部屋にいるわ」と、かおるは広間を出ていった。
元気がないこと、口数が少なくなったことを心配する亀次郎と愛子。武男はキャンプに行って彼とケンカでもしたのかなと言うが、洋二は彼なんか問題じゃないとかおるが言っていたと話す。うちの子に限って大丈夫という愛子に、親バカの油断だと言う亀次郎。秋子や洋二も親が知らない間に恋人を作り、三郎は三郎でハラハラさせるし、幸子も一生懸命に何かやってるらしいし…←抽象的~。武男は一番いいほう。
武男「長男ですからね。責任がありますよ。まあ、うちの中のことは僕とお母さんに任して安心しててください。お父さんは会社のことに専念して」
お敏が広間に入ってきて、黒田が敬四郎とやって来た。洋二と愛子は茶の間へ。お敏はお茶を出すもの嫌だと言うので、愛子が待子にお茶を出すように言う。
珍しく広間の真上からのアングル。2人掛けのソファの真ん中に亀次郎が掛け、向かいの一人用のソファに黒田、武男が掛ける。敬四郎は椅子に掛ける。
黒田にお敏はちょっと変わり者だとフォローする亀次郎。武男も「決して嫌な人間じゃないんですよ。つきあってみれば」と言い、敬四郎も同調する。「とっても気がいいんですよ。陽性でパッとしてるんですよ」
ツイッターで「陽性」を「妖精」と一瞬勘違いしたと書いてる人がいてじわじわ来た。
黒田「僕は陽性じゃありませんからね。むしろ陰気で嫌なやつですよ」
今まで後ろ姿だったのが初めて顔が映る。「二人の世界」ではスナックトムのライバル店・スナックうぐいすの店長・本木の小坂一也さん。
敬四郎「だけどあれじゃないの。自分でそう言ってるだけで、そんなふうには見えませんよね」
武男「このうちの第一印象が悪かったから、そんなこと言って脅かすんじゃないの?」
亀次郎「変わってるよ、君は。うちの会社もたくさん人を使ってるけど、いきなり君みたいなことを言う人間は初めてだな」
黒田「とにかく履歴書を持ってきましたから」
亀次郎「ちょっと見せてもらおうか」
黒田「どうせ僕なんか1枚の紙には書ききれないほど渡り歩いてますからね。びっくりしたら遠慮なく断ってください」
亀次郎「ハハハハ…! このわしがびっくりするもんか。大亀建設の社長も昔は土方の亀さんだ。ハハッ。殴ったり殴られたり。君よりは少しは場数を踏んでるからな」
待子がお茶を持ってきて出す。
黒田「そんなハッタリは僕には利きませんよ。ダメならダメ、はっきり返事をしてもらえばいいんです。もっともダメに決まってるでしょうけどね」
ぴりつく空気。
黒田「僕は慣れてるんですよ。そんなことには」
亀次郎「黒田ってのか、君は」
黒田「ええ、そうですよ。履歴書見れば分かるでしょ」
亀次郎「バカ者! それほど断ってもらいたいなら、なぜわざわざ来たんだ」
めんどくさそうに視線を下げる黒田。
亀次郎「若造のくせに大きな口をたたくな!」
待子が広間を出て茶の間へ駆け込む。「お義父様が怒ってしまって」
愛子「やっぱりそうでしょ」
お敏「旦那様が怒鳴りつけてやったんですか?」
待子「そうなの」
お敏「当たり前ですよ。あんな男は二人といませんよ」
敬四郎も茶の間に駆け込み、愛子に助けを求める。
愛子「だって武男さんは何してんの?」
敬四郎「武男兄さんなんか頼りになるもんですか。ヒョロヒョロで」
愛子「じゃあ、あんたがいなきゃダメじゃないの」
敬四郎「えっ? 僕がですか?」
待子「いいえ。武男さんはヒョロヒョロじゃありませんわ。いざとなれば必ず頼りになりますわ」
敬四郎「そりゃまあ、義姉さんだから、そう言う気持ちは分かるけどさ」
待子「あたくし、そばについてますわ」
愛子「ダメですよ、あなたは。おなかの子供にもしものことがあったらどうするんですか」
お敏「そうですよ、そうですよ」
洋二「僕が行ってみます」
愛子「おばちゃんもとんだ人を世話してくれたもんだわ」
広間
亀次郎「どうだ、黙っていちゃ分からんじゃないか。断ってほしいのか断ってほしくないのかどっちなんだ?」
ドアが開き、洋二が入ってきた。
黒田「じゃあ、聞きますけどね…」
亀次郎「聞いてるのはこっちですよ」
武男「しかし、お父さん…」
亀次郎「しかしもヘチマもあるか!」
右脚をかばうように歩く洋二が亀次郎の隣に座るのをじっと見ていた黒田。
洋二「お父さん、今日は一度帰ってもらったらどうですか?」
亀次郎「すぐ返事が欲しいと言ったのはこの男のほうだよ」
黒田「あなたは脚が悪いんですね」
洋二「ええ、悪いですよ」
亀次郎「脚が悪くたって、うちの息子はひねくれていませんよ」
黒田「そうでしょうね。幸せそうですからね」
武男「君は幸せじゃないんだな」
黒田「嫌ですよ。からかっちゃ」
亀次郎「そういう言い方がひねくれてるんだ。幸せなんてものは見かけで分かるもんか。心の持ち方だよ」
黒田「ダメですよ、僕は」
亀次郎「どうしてダメなんだ?」
黒田「いろいろなことがありましてね。じゃあ、どうもお邪魔しました」
亀次郎「帰るのか?」
黒田「ええ、帰りますよ、どうも」
亀次郎「返事も聞かないで帰るのか? わしは何もまだ言ってないぞ」
黒田「分かってますよ。聞かなくたって」
亀次郎「どう分かってるんだ?」
黒田「変なおやじさんだな、あんたも」
亀次郎「だからおやじ太鼓ってんだよ。雷の太鼓を聞くつもりでつきあいなさい。掛けるんだよ、突っ立ってないで」
黒田、着席。
亀次郎「洋二、ピアノを弾きなさい」
戸惑う洋二に「あの曲だよ。ほら、あっ、そうそう、セ…セレナーデ」
洋二「はい」
亀次郎はセレナーデは奥さんを恋しがる曲だと愛子を呼ぶよう武男に言う。
亀次郎「君みたいなひねくれたやつはたまにはこういう曲を聴いて心を洗い直すといいんだ」
黒田「胸にしみますよ。女房に捨てられた男ですからね」
かおるが階段を下りてきて「この曲は私の憧れよ」と広間へ。武男、愛子、敬四郎、待子も続く。何がなんだかさっぱり分かりゃしないわとお敏は台所でみつ豆を食す。(つづく)
今日、お敏がいつもの広間の両開きの扉じゃない扉から出入りしていた。
表玄関から入ってすぐの所にもドアがあった。あと、脱衣所と風呂場は広縁から行くのかなとか…でもこの位置だと移動しづらいよな…。最終回までに分かるかな?