TBS 1969年8月26日
あらすじ
鶴 亀次郎は裸一貫からたたき上げ、一代で築いた建設会社の社長である。ワンマンで頑固一徹な亀次郎は子どもたちに"おやじ太鼓"とあだ名を付けられている。この"おやじ太鼓"、朝は5時に起き、夜は8時になるともう寝てしまうが、起きている間は鳴り通し。そんな亀次郎をさらりとかわす7人の子どもたちに比べて、損な役回りはお手伝いさんたち。ひと言多いばっかりに、毎日カミナリを落とされる。
2023.9.29 BS松竹東急録画。12話からカラー。DVDは第1部の39話まで収録。
鶴家
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。62歳。
妻・愛子:風見章子…良妻賢母。57歳。
*
長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。31歳。
妻・待子:春川ますみ…正子の紹介で結婚。
*
次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。29歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。27歳。
三男・三郎:津坂匡章(現・秋野太作)…二浪して今は大学4年生。
次女・幸子:高梨木聖…大学4年生。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…高校2年生。
*
お敏:菅井きん…お手伝いさん。愛子の4つ下。53歳。
*
黒田:小坂一也…運転手。
今回オープニングを見ていたらやけに出演者が少ない。
風見章子
小坂一也
玉川長太
のみ!
風鈴が揺れ、満月が出ている。満月カレンダーによると、1969年8月27日(水)が満月だったみたいです。
電話が鳴り、お敏が話しているのが聞こえる。お敏は声だけで映し出されているのは広縁。庭から広縁に戻ってきた亀次郎。
お敏はかかってきた電話を台所へ切り替えていた。
亀次郎「ああ、静かでいい晩だ」お敏を呼ぶものの電話中。
いつもの場所にある電話は受話器が外れていて、台所からお敏の「そんなこと言ったって急に出かけていくわけにはいかないわよ。今夜は旦那様しかいらっしゃらないのよ。そうよ。奥様もお隣のお通夜なのよ。そう、だからダメよ。ん~、そんな簡単に駅前まで走っていけますか。とにかく縁がないのよ。そのおせっかいな人に言っといてちょうだい。じゃ、おやすみ」と話し声がする。
受話器が外れてるとその受話器から結局は電話の音声が丸聞こえ? 茶の間から出てきた亀次郎から「なんだ、今の電話は」と聞かれるお敏。電話は寿司屋の若い衆から。苦いお茶が飲みたいと言われ、すぐ準備する。
台所に入ってきた亀次郎は扉を開け放ち、「暑いよ、閉めきっちゃ」と渋い顔。しかし、寿司屋の電話で急に寿司が食べたくなったと1人前もらってきてくれないかと取りに行くように言い、エプロンを外して出かけようとするお敏に「走ったら転びますよ。年を考えなさい、年を」と注意して、自らお茶をいれ始める。
出かけようと台所を出たお敏に「いや、お前この間、寿司屋の若い衆と変な映画を見に行ったそうだな」と話しかける亀次郎。
お敏「あらまあ、誰がそんなことを…」
亀次郎「ちゃんと分かってますよ。寿司屋のおやじさんと駅前で出会ったんですよ」
お敏「まあなんて余計なこと言うおやじかしら」
亀次郎「まあ、そりゃいいとしてだ。だけどくれぐれも年を考えなきゃいけませんよ」
お敏「はあ、そりゃもう考えすぎるほど考えてるんです。では、ちょっと行ってまいります」
亀次郎「何が考えすぎるほどだ。若い男とスウェーデンの映画なんか見に行って」
てっきり武男か秋子にチクられたのかと思ったよ。
呼び鈴が鳴る。お敏が裏玄関から入ってきて黒田が来たと言う。黒田がスイカ持参で現れた。出かけようとしたお敏だったが、亀次郎が一人になるので気にする。「お茶ぐらい、わしが入れますよ」と亀次郎が言うので、「なんて厚かましいのかしら」と言いつつ玄関を出たお敏。しかし、亀次郎から寿司を2人前にしろと言われた。
亀次郎「急いでな。ひとっ走り行ってきな」
お敏「まあ、年を考えろもないもんだわ。私の口だってめったに入らないのに」
台所
黒田「どうも先日は」と頭を下げる。
亀次郎「いやいや、それでどうなったんだ? 今の勤めのほうは」
黒田「やっと代わりが見つかって今月いっぱいで辞めます」
亀次郎「ああ、そうか。そりゃよかったな。じゃあ、来月から来てくれるんだな」
黒田「はあ」
もう8月も終わりだから、あと数日のことだね。
「珍しくもありませんけど」と持ってきたスイカをテーブルの上に置く黒田。亀次郎はお礼を言い、お茶を勧める。「しかし、あれだよ。うちへ来るのは手ぶらでいいんだ。そんなに気を遣わなくたって」
黒田「今日、月給をもらったもんだから」
亀次郎「ハハッ、まあ、スイカならいくつあっても困んないけどな」何かお茶菓子はないかと戸棚を見る亀次郎。こっち側に窓があって…なかなか見ないアングル。戸棚にはちくわの煮たのとさつまいもの食いかけ。
黒田「僕はいりませんよ」
亀次郎「いや、わしが食べたいんだよ。冷蔵庫に何かあるかな。やあ、今夜はバカに腹が減ってしまってな。どれどれ。ええ? めざしにそうめんの残りに卵が2つに刺身の残りの醬油漬けか。いや、こりゃさっぱりだ。まあまあ、お茶だけでもいいとするか。そのうちに寿司も来るしな」
黒田「いえ、すぐ帰ります。ただ、来月からのことを…」
亀次郎「まあまあ、ゆっくりしていきなさい。今日はわしも1人で退屈してたんだ」
息子や娘たちはみんなで羽田空港へドライブがてら涼みに行った。愛子は隣のお通夜に行った。
ドライブといっても30分程度か…と思うのは私が地方者のせいか。
黒田「お通夜ですか。どうりで景気がよさそうでしたよ」
亀次郎「景気がいいってことはないだろ」とビールを勧める。
ビールでも飲んで厄払いをしなきゃ、とんでもない病気で亡くなった、聞いたこともない病名なんだと栓抜きを捜してウロウロ。もっと分かりやすいとこへ置きゃいいんだとぶつくさ言うが、黒田が冷蔵庫脇の壁に掛かっているのを見つける。黒田が栓を抜き、亀次郎は2人だけで乾杯しようと言う。
「ちくわの煮たのがありますよ」と亀次郎に取りに行かせるな。亀次郎は割り箸を捜し、黒田は箸立てに使った割り箸があるのを見つけて教える。ようやく席につくと、黒田はビールを一気飲み。亀次郎は愉快そうに笑う。「君はなかなかいいとこがあるよ」
黒田「おやじさんだっていいところありますよ」
亀次郎「そうか。いいとこあるか?」
黒田「台所の社長なんて初めて見たからね」
亀次郎「ハハハハッ、そうか、初めて見たか」
黒田「戸棚あさったり冷蔵庫開けたり、やっぱり同じ人間だよ」
亀次郎「こら、当たり前のことを言うな」
黒田「だけど、貧弱な冷蔵庫だな。もっとすごいものがいっぱい入ってると思ったら」
すごいため口。
亀次郎「そこが我が家のいいとこなんだ。昔が昔だろ。君も知ってるだろ。わしの若いときは土方だったんだからな」
黒田「この前聞きましたよ。土方の亀さんですか」
亀次郎「そうさ。鶴 亀次郎だ。モッコを担いだって大威張りだったんだ。わしには夢があったよ。ちゃんと志があったよ。しかも、これっぽっちも悪いことはしなかったからな」
黒田「大したもんですよ」
亀次郎「さあ、どんどんやんなさい。なんならめざしを焼いてやろうか」
黒田「社長が焼くんですか?」
亀次郎「そうさ。まあ、遠慮するな。たまにはめざしを焼いてみたいんだよ。ええと、金網は…あっ、あった、あった。どれどれ、ヘッ、めざしを焼くのも久しぶりだ。やあ、めざしも懐かしいよ。わしの苦労のどん底のときなんて魚といえば、めざしと鮭だったからな」
黒田が亀次郎のコップにビールを注ぐ。「チビチビ飲んでちゃビールもうまくありませんからね」
亀次郎「そうだよ、さあやんなさい。だけど生きているということはいいことだよ。昔は涙で食べためざしが今じゃちょいちょい食べたくなるからな。あっ、どうだ、そのちくわ。甘みがないからサッカリンは入っていないと思うけどな。いや、もっとも甘辛く煮ちゃってあるから分からんけど」
黒田「うまいですよ」
亀次郎「ああ、そりゃよかった」
おやじ、めちゃくちゃ気を遣ってるね。
黒田「あっ、焦げちゃいますよ」
亀次郎「ああ、すまん、すまん。あら。めざしはちょっと焼きゃいいんだ」
黒田ってば素手でめざしをひっくり返して皿にのせてるよ。
黒田「生きてるってのは疲れないもんですかね」
亀次郎「何をバカなこと言うんだ。お前みたいな若いもんが」
黒田「めんどくさくてしょうがないや」
亀次郎「めんどくさくたって、そのめざしだって焼かなきゃ食われないじゃないか。怠けもんは楽ばっかりしようと思うけど、多少、疲れなきゃ生きてるような気はしないよ。死にそうな病人だって注射が痛いうちはまだ生きてるんだからな」
黒田「隣の人はどんな病気で死んだんですか?」
亀次郎「あっ、そうそうそれを言うのを忘れてた。猫かき病というんだ」
亀次郎「猫にちょっとひっかかれたんだ」
黒田「そんな病気があるんですか」
亀次郎「あるんだってさ。わしも初めて聞いてびっくりしたよ。最近、アメリカから入ったビールスとかで、それが今、全国的に広まってるんだそうだ」
ビールスはウイルスのドイツ語読み。
黒田「どんな症状になるんですか? その病気は」
亀次郎「いや、急に熱が出るんだ。隣のおばあちゃんは1週間でダメだった」
黒田「おっかない病気があるもんですね」
亀次郎「ああ、このごろはがんだって治るというのに、まあ、次から次へと変な病気が出来てくるもんだ」
野良猫に引っかかれて亡くなったというのは時々ニュースで見たことあった。それにしても1969年にがんが治るって言ってるのすごいな! 結構最近まで不治の病扱いじゃなかった?
黒田「いいんですか? すごい煙ですけど」
亀次郎「いや、かまやしないよ。奥さんがいるとうるさいけどな。あっ、さあ、熱いうちに食べなさい。あの…ビールもよかったら冷蔵庫から出しなさい」
黒田「はい」
亀次郎「ハハッ、どうだ。めざしはうまいだろ?」
黒田「同じめざしでも新しいですからね」
亀次郎「うちの魚屋は古いもんなんて持ってこないよ」
黒田「やっぱり金持ちは違いますね」
亀次郎「こら。それがいけないんだよ、お前は。そのひがんだ言い方が」
黒田「直りませんよ、僕は」
亀次郎「まあ、そう思ってりゃいいさ」
立ち上がった黒田が「ビールいただきますよ」と冷蔵庫からビールを取り出す。
「酔うと遠慮がなくなりますからね」と亀次郎にビールを注いでもらっている黒田は「大将もやってください」とビールを注ごうとしたが、ビールが減っておらず「もっと空けなきゃつげませんよ」とつぐのを拒否。
亀次郎「ハハッ、そうか。なかなかうるさいんだな」とビールを飲む。
そこへ愛子帰宅。お敏を呼んでいる。「すいませんけど、お塩を貸してください」と裏玄関に立っている。めざしのにおいが道までにおっちゃって恥ずかしいったらありゃしないと言う。塩じゃなく食卓塩を持ってくる亀次郎。
愛子「まあ、いいですよ。なんだか変だけど」
亀次郎「塩は塩だ。そんなもの気のせいだよ」
台所で立っている黒田にまだビールがたくさんあるから掛けなさいと亀次郎が言い、愛子がこんな所じゃなくホールへ行ったらどうですかと言うものの「僕はもう帰ります」と立ったまま。
お敏は呼び出しの電話があったから寿司屋に行かせたという亀次郎。縁がないとか言ってたってやっぱり会話を聞いてたんだ!
愛子「さあ、黒田さん、向こうへかわりますからね」
亀次郎「いいんだよ、ここで」
愛子「いいことありませんよ、邪魔ですよ」
黒田「僕もう帰ります。お邪魔しました」
寿司だって来るじゃないかと亀次郎が止めるが、どうぞお二人であがってくださいと帰っていった。愛子は邪魔ですよと言ったのが気に障ったのかと気にする。
亀次郎「いや、そうでもないだろうけど、ちょっと変わってはいるんだな」
愛子「大丈夫なんですか、あんな人で」
夜の田園調布を歩くお敏に寿司屋が声をかけた。
これまでも12話、16話にも出ている寿司金の若い衆。
店にいた白髪頭のじいさんを縁談相手だと勘違いしたお敏が怒っているのを、寿司屋があの人はお敏さんを世話したいっていう人だよと弁解する。お敏に紹介したい人はお敏より2つ下の午年。
お敏「あっ…私より若いの?」
寿司屋「そうだよ。すんなりしていて腹も出ていないし、なかなかいい男前だって言ってたよ」
お敏は大正5(1916)年生まれの53歳。午年の人は大正7(1918)年生まれってことか。
お敏が店に入るとさも意味ありげに耳打ちしていたので、その人だと思った。寿司屋が紹介しようとしたのに、寿司だけ注文して出ていってしまった。まだチビチビ飲んでたから店に戻った方がいい、今度は寿司を食べに来たと言えばいいと言う。
寿司屋「どうせツケじゃないか、ねっ? こっちの2人前は並寿司だけど、お敏さんは中トロの鉄火巻きでも食べていきなよ」
お敏「チラッて見たけどいい材料があったわね」
寿司屋「そうさ。じゃあ、これ届けてくるから待ってろよ」
お敏「ブラブラ歩いてくからね」と機嫌が直った。
しかし、物陰から「おばちゃん、いい話をしてたじゃないの」と黒田が出てきた。
お敏「あんた、そこへ突っ立って聞いてたの?」
黒田「顔出しちゃ悪いと思ってね」
お敏「気に入らない人、失礼よ」
黒田「来月からやっかいになるよ。頼むよ」とお敏の肩に手を置く。
お敏「知りませんよ、私は」と歩き出すと、黒田も一緒に歩く。
黒田「そういう怒った顔がやっぱり人がいいんだな」
お敏「バカにしないでちょうだい」
黒田「どうだろう。月給が入ったんだけど、寿司をおごるけどね」
お敏「あんたのお寿司は届けましたよ。戻ってご馳走になりゃいいでしょ」
黒田「並寿司か。ケチだね、金持ちのくせに」
お敏「あんただからわざと並寿司を頼んだんですよ。さっさと行ったらいいじゃないの」
黒田「食べたいんだよ、寿司を」
なんか怖いな、黒田。
茶の間
届けられたお寿司を食べながら…
亀次郎「お敏さんもあれでやっぱりまだお嫁に行きたいのかな」
愛子「そりゃそうですよ。いくつになっても女は女ですからね」
亀次郎「あの年で結婚したって、わざわざ苦労するだけだよ」
愛子「その苦労がしてみたいんですよ。女の夢ですからね」
亀次郎「便利で重宝に使われるだけだよ」
愛子「それはうちにいたって同じですよ」
以前、敬四郎も亀次郎と同じことを言っていた。
亀次郎「違いますよ。うちにいれば一生食うことには困らないし、もっと年を取ってからのことだってちゃんと考えてやりますよ」
愛子「それだけでは満足できないんですよ。自分で生きた気がしないんですよ」
亀次郎「それはその人間の思い方ですよ。くだらない人間と一緒になってみなさい。それこそめちゃめちゃですよ」
愛子「だからいい人を探すんですよ」
亀次郎「ヘヘッ、あの年になって、そんないい相手がいるもんか。どうせ子供が何人もいるんだろ。孫だって押しつけられちゃうかもしれないよ」
愛子「そうばっかりも言えませんよ。奥さんに先立たれて困ってる人だってありますからね」
亀次郎「だから、困ってるからもらうだけじゃないか。うちにいてお台所やってんのと同じですよ」
愛子「違いますよ。とにかく旦那様と奥さんですからね。心のよりどころがあるんですよ」
亀次郎「ありませんよ。便利で重宝で結婚しておいて」
愛子「そうばっかりも言えませんよ。お互いに寂しいから相手が欲しいんじゃありませんか。お父さんなんかそれのひどいのですよ」
亀次郎「ひどいのってどういうんだ?」
愛子「まあ、いいですよ。今更言っても始まりませんからね」
亀次郎「すぐそういうふうにごまかしちゃうんだ」
これに関しては全面的に亀次郎派だな。お台所仕事やってお金がもらえるならそっちの方がいいと思う。これを亀次郎だったり敬四郎だったり男性側から言わせてるのがちょっと意外な感じ。
愛子は寿司を食べ、鼻へツンツンきちゃったと鼻をつまむ。
亀次郎「鼻に抜けんのはいいほうですよ。なんだ、このお寿司。粉ワサビばっかりやけに利かしちゃって」
愛子「敬四郎がどっかで聞いてきたんですけどね、粉ワサビもワサビならいいんですけど、ワサビ大根を使ってあるんだそうですよ。色をつけて」
亀次郎「ヘッ、ごまかしの大はやりですよ。色をつけたり、色を抜いたり、何が本物だか分かりゃしない」
愛子「夫婦だって結婚だって同じですよ。本物は少ないんですからね」
亀次郎「色恋はなおさらですよ」
愛子「秋子だって洋二だってうまくいってくれるといいんですけどね」
亀次郎「三郎も幸子もどうやら始まっちゃったし」
愛子「始まる年頃なんですよ」
亀次郎「いくら年頃だって、かおるのセレナーデは早すぎますよ」
愛子「世界中が早くなったんだそうですからね」
亀次郎「ああ、自動車のスピードと関係があんのかな」
愛子「あるんじゃないんですか。私たちには分からないけど」
亀次郎「お前には分からんことばっかりですよ」
愛子「ばっかりってことはありませんよ。お敏さんの気持ちは分かりますからね」
亀次郎「分かりませんよ。あんな気持ちは」
愛子「初めから好きな人と添い遂げたお父さんには分からないんですよ」
亀次郎「ハハッ、笑わしちゃいけませんよ。昼飯時になると必ずオルガンを弾いてさ、気を引いたのはお前のほうじゃないか」
愛子「まあ、厚かましい。いつも窓の外へ来て、お麦ばっかりのお弁当を食べてるから私は見るに見かねて慰めてあげたんですよ」
亀次郎「ヘヘン、ヘンッ。麦ばっかりの弁当か。惚れた男のことはよく覚えてるよ」
愛子「覚えてますよ。あんな薄汚い格好しちゃって。それも窓の下へ猿みたいにしゃがみ込んじゃって」
回想
山間の分教場
オルガンで「七つの子」が演奏されている。
最初はカラーだった分教場がモノクロというかセピア色へ。校舎の壁にもたれて弁当を食べている若き亀次郎。髪は黒々、ヒゲは今より小さい。眉毛も太く書いてる? オルガンを弾いてる愛子も若い。というか違和感ないね~。髪型をちょっと変えたぐらいしか見えないのに若く見えるってなんでだろう。
亀次郎は立ち上がって窓から愛子の姿を見て、にっこりしながら立って弁当を食べている。回想終わり。第2部になって時々回想シーンがあるけど、結構好き。
満月を広縁の椅子に掛けて見ている亀次郎と愛子。
亀次郎「長かったような、短かったような。まあまあよくも無事で生きてきたよ」
愛子「子供たちもみんな大きくなりましたしね」
亀次郎「7人か。お前も大変だったよ」
愛子「お父さんも大変でしたよ」
亀次郎「いや、お前が偉かったよ」
愛子「お父さんが偉かったんですよ」
亀次郎「いや、偉かったわけじゃないけどまじめに努力したんだ」
愛子「私だって夢中でしたからね。武男をおんぶしてヨイトマケまでして」
亀次郎「ありがたい女房ですよ」
愛子「いくら怒鳴られたって出ていきませんでしたからね」
亀次郎「いきたくったって行く所がなかったんだろ」
愛子「あったってなくたって、私だってその気になれば1人でやっていけましたよ」
亀次郎「うそ言いなさい。それがお前の強情なとこだよ」
愛子「そうでしょうかね」
亀次郎「そうさ。あきれたよ、あんときは」
愛子「あのときってなんですか?」
亀次郎「ほら、おみおつけをひっくり返したときだよ」
愛子「ああ、あのときですか」
亀次郎「お前なんか出ていけって怒鳴ったら、なんです、お前ときたら。私は子供があるから出ていきませんよ。お父さんこそ出ていってくださいって怒鳴って」
愛子「そりゃ怒鳴りますよ」
亀次郎「あきれた女房ですよ」
愛子「なんですか。今、ありがたい女房だって言ったばっかりなのに」
亀次郎「お前だって、お父さんは偉かったですよって言ったばかりじゃないか」
愛子「いろんなことが言いたくなるんですよ。30年も一緒にいるんですからね」
亀次郎「そうさ。それがいいとこですよ、夫婦の」
愛子「とにかく猫にひっかれて死ぬ人があるんですからね。まあまあ、こうして月を見ていられれば幸せですよ」
亀次郎「ああ、あしたは満月か」
あ、じゃあ、今回はドラマが放送された1969年8月26日(火)なのね。
愛子「満月みたいな夫婦ですよ」
亀次郎「いや、しかしあれだな。あの月へも人間が行くようになっちゃ夢もロマンスもおしまいだな」
月面着陸はこの年だったんだね。「おやじ太鼓」でいうと52話と53話の間ぐらいの出来事。
愛子「殺風景になりましたよ。人間の気持ちも」
亀次郎「子供たちまで親から離れていきたがるんだからな。あんなに苦労して育ててやったのに」
愛子「育ててやったなんて言ったら子供たちから怒鳴られちゃいますよ」
亀次郎「いや、まあいいさ。自分たちが親から離れたいんなら、今に自分たちが自分の子供に離れていかれるんだ。まあ、それが因果応報というもんだよ」
愛子「誰だっていつかは年を取るんですものね」
亀次郎「寂しい年寄りが多くなったよ、このごろは」
愛子「嫌ですね。年を取ってから寂しいのは」
亀次郎「お前なんかもしっかりしなきゃダメだぞ」
愛子「私よりお父さんのほうですよ」
亀次郎「バカなこと言いなさい。わしがどうして寂しくなるんだ」
愛子「そんならいいんですけどね。やたら子供たちを置いときたがりますからね」
亀次郎「当たり前ですよ。心配で外へ出せないんですよ」
愛子「それがいけないんですよ。今の子供たちはお父さんが心配するほど弱かないんですよ。自由にのびのびしたいんですよ」
亀次郎「そんなにのびのびしたかったら月へでもどこへでも飛んでいきゃいいんだ」
愛子「だからどんどんロケットで飛び出してるんですよ。今夜も何かが飛んでるんじゃないんですか」
亀次郎「人間は地球にだけしか住んでいませんよ」
愛子「あら? 何か光りましたよ」
亀次郎「星が流れたんですよ」
お敏が帰宅。茶の間に顔を出したお敏にお見合いのことを聞く愛子。そっちはどうかなっちゃったんですよと黒田と道で行き合い、亀次郎と飲んだビールがひいたのか、お敏にお寿司をおごるからと寿司屋にお敏の手を引っ張ったり腕を組んだりして連れていった。
あれも食え、これも食えと中トロ、エビ、アワビと高いものばかりおごり、黒田はビール1本、お酒3本飲み、お敏にも飲めと勧めた。2本目ぐらいになったとき、ワサビのせいじゃなく目にじんわり涙が光っていたのをお敏が見ていた。
お敏「あっ、ちょっと失礼。我慢してきたもんですから」と茶の間から出ていく。
愛子「泣き上戸なんでしょうか」
亀次郎「う~ん…あっ、また星が流れたよ」
愛子「そうですか」
亀次郎「あの男も寂しいんだな」と立ち上がり空を見上げる。(つづく)
回想シーンは若作りしているおやじと愛子さんの姿が楽しくもあり、昔のことを思い出すということは子供たちが大きくなり子供が離れていく寂しさも感じられます。残り話数も少ないのに新キャラ黒田がどんな存在になっていくのかな。