TBS 1970年7月14日
あらすじ
修一(林隆三)はトシ子(磯村みどり)の気持ちも考えず、結婚する気もないのに写真屋の娘・美子(佐藤耀子)との見合いに出かけてしまう。一方、和枝(尾崎奈々)も直也(大出俊)とのデートがまたしても実現せず、不満を募らせる。
2023.12.4 BS松竹東急録画。
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谷口和枝:尾崎奈々…福松の長女。21歳。(字幕黄色)
野口直也:大出俊…内科医。28歳。(字幕緑)
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井沢正三:小坂一也…「菊久月」の職人。30歳。
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谷口修一:林隆三…福松の長男。25歳。(字幕水色)
中川アヤ子:東山明美…トシ子の妹。20歳。
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中川トシ子:磯村みどり…修一の幼なじみ。26歳。
中川ます:山田桂子…トシ子とアヤ子の母。
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山本:青野平義…お菓子好きのご隠居さん。
青木民子:水木涼子…美子の母。
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トメ子:丘ゆり子…やぶ清の店員。
青木美子:佐藤耀子…写真屋の娘。修一の見合い相手。
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谷口常子:山岡久乃…福松の妻。
菊久月
接客している和枝。
谷口家2階では修一と美子の見合いが行われている。
汗を拭く修一を笑顔で見つめる美子。
山本「見合いといったって当節は、そう堅苦しく考えることはない。せっかくこうして顔をそろえたんだから、お互いにどんどん話をしてくださいよ」
民子「はあ、あたくしどもでは、もう、こちら様には何もお聞きすることもございませんし、どうぞ娘に何か」
常子「いいえ。あたくしどもも別に今、お聞きすることも…」
山本「どうもやっぱり見合いというのは…福さん」商売の話を振る。
福松「いやあ、職人を頼むのとは勝手が違いますからね、どうも」
美子「あなた、このお店をお継ぎにならないんですか?」
修一「分かりませんね。どういうことになるか」
常子「いずれやっぱり長男ですから戻ってもらいたいと思っておりますんです」
民子「結構ですわ、ねえ?」
福松「いや、分からんですよ、それは」
常子「お父さん」
福松「菓子屋といってもうちはこのとおり主人の手作りの菓子を売って商売してる店ですから修一が継げるかどうか」
常子「修一がやればそれなりに立派に商売していけますよ」
山本「まあ、新しい経営で伸びるかもしれんな」
福松「めちゃめちゃですよ、そうなったら」
常子「お父さん。仕事場、正三さん一人に任せといていいんですか?」
福松「いいんだよ、今日は特別だ」とテーブルの上のお寿司を勧める。
山本「福さんはどう思ってるか知らんが、いい息子だよ。働き者(もん)だし、気もつく」
常子「親思いでございますしねえ」
福松「まあ、丈夫だけが取り柄ってところで」
常子「あなた」
民子「ご安心でございますわね」
修一「ハハッ、丈夫が取り柄か。そう言われりゃそうかもしれないな。高校んときもやっとどん尻で卒業したし」
常子「ウソおっしゃい。真ん中より上でした」
修一「母さん」
常子「大学だって受験してたらスパッと入れたと思いますわ。店をやってもらいたいと思ったもんですから」
修一「グレて暴れてたんですよ」
民子「ヘルメットかぶってですか?」
修一「いや、ただの不良ですよ。盛り場で女の子をからかったりして」
常子「修ちゃん、何言ってるのよ」
修一「いや、母さんや父さんには分かんないようにやってたから」
民子「まあ…」
山本「若いうちはみんな一度は通る道だ。ヘルメットにゲバ棒持って殴り合うよりいいじゃないか」
修一「ハハッ、そう言われると照れんなあ。ゲバ棒のほうがまともかもしれないし」
福松「何を言ってるんです、お前」
修一「父さんに似てりゃあ、いい職人になったかもしれないんだけど」
美子「ラーメン、一度ごちそうしてください」
常子「評判がいいんですよ、おいしいって」
修一「いや、食うだけで精いっぱいですよ」
民子「それがなかなか大変なことですわ」
福松「いや、私はこいつの店のラーメンなんぞ、いまだに食う気にならなくて」
山本「フフッ、菊久月に戻ってもらいたいんだよ」
福松「いや、とんでもない。うっかり仕事場に入れたら何を作りだすか分かりませんからね」
修一「こっちも今のところ戻る気はないよ」
常子「修ちゃん。イヤですよ、こんなお席で。ごめんなさい。店の話になるとすぐこんなで困ります」
美子「うちでも父と兄は仕事のことでよくケンカしてますわ」
民子「男の方はそれだけ熱心なんですね」
山本「そのかわり男の仕事を生かすも殺すも女房しだいだ」
福松も常子も大きくうなずく。
常子「修一にいいお嫁さんが来てくださったら、どんなに安心か、ねえ? お父さん」
福松「いや、こいつはろくな女に好かれないんですよ」
常子「お父さん」
福松「うん? いえ…あの…別に女とどうこうってことはないんで、いや、それはもう堅い一方でして」
常子「ええ、もうそのほうは絶対なんですの」
山本「ああ、それは信用してるんだ。だからこうして仲にも立っているんだよ」
常子がお寿司を勧めていると、下から声が聞こえる。
⚟トメ子「修ちゃん! 私、あんたに話があんのよ。大事な…大事な話なんだ。修ちゃん、聞こえてる?」
1階では正三がトメ子を羽交い絞めしていた。
トメ子「イヤ、離して、離してよ!」
正三「バカ、いきなり上がり込んで何言ってんだ」
トメ子「何よ、見合いしてんでしょ。知ってるわよ、イヤ!」
正三「いいから、こっち来いったら」
トメ子「何よ、バカ力出して痛いじゃないのよ」
正三「お前だって力あるじゃないか」
トメ子「イヤ、離してよ、もう」
正三「大きな声、出すな」
トメ子「修ちゃん! 修ちゃん!」
店から和枝も顔を出すが、戻っていった。
トメ子「イヤ! 離してよ。分かったわよ、痛いから」
正三「いいかげんにしろ! このおかちめんこ!」
トメ子「おかちめんこ? 冗談じゃないわよ」
正三「俺の縁談の邪魔して、今度は修ちゃんの見合いの邪魔か。このバカ!」
トメ子「何がバカよ。私、あんたの縁談なんて知らないわよ。誰が正ちゃんなんか」
正三「ぶん殴るぞ!」
2階から降りて見ていた常子が止めに入る。近頃の男はてんでぐうたらなんだからと煽るトメ子を突き飛ばす正三。トメ子は正三の腹に頭突きしたり、つかみ合いのケンカになり、福松や修一が止めに入る。修ちゃ~んと抱きついて泣き出すトメ子。
修羅場に山本はあきれ顔。民子も渋い顔。美子はじーっと見ていた。
見合いが終わり、扇風機の風を浴びる修一。
常子「修一、お前、ほんとにトメちゃんとなんでもなかったんだろうね」
修一「冗談じゃないよ」
常子「誤解されるわね。あれじゃ」
修一「いいよ。どうせ結婚する気がないんだから。断られてちょうどいいさ」
常子「山本さんのご隠居様、なんて思ったかしら」
修一「こりごりして他の話はもう持ってこないだろ。トメ子のヤツ、派手に泣きやがって」
常子「よくもまあ、あんな声が出るわ。思い出すとゾッとする」
修一「正ちゃんも珍しく頭にきてたな」
常子「お父さんだってカーッとしちゃって、今、下で氷水飲んでますよ」
修一が笑いだし、常子もつられて笑う。
ひとしきり笑った後、真顔に戻る常子。「修一、お前、高校のときグレたってほんと? 私たちの知らないところで女の子、からかったりしてたの?」
修一「まあね」
常子「ウソおっしゃい」
修一「いつまでも子供じゃないんだぜ」
常子「分かってるけど。でも、学校に呼びつけられたこともないし」
修一「一度ぐらい呼ばれたほうがよかったのかな」
常子「うん」
修一「ダメダメ。強がり言ったって」
作業場
氷水を飲んで一息ついてる福松とウロウロ歩く正三。「あ~あ。すごいね、近頃の女っていうのは」と腹を押さえる。「こいつは女房の暴力に耐えかねて離婚する亭主が出るわけだよ」←あったんだね、この時代にも。
福松「今日の見合いは九分どおりダメだね」
正三「九分どおりですか? 俺は全然ダメだと思うけどね」
福松「ああ、それでもいいさ。断るつもりがどうしても一度会ってくれって娘さんのほうから頼まれたんだから」
正三「うん。世の中、いろいろだね、旦那」
福松「うん?」
正三「切ないな」
福松「諦めなさいよ、もう」
正三「だって、トシちゃんは隣にいるんですよ。そう簡単に諦められるもんか」
福松「引っ越すわけにもいかないし」
正三「残酷だな、生きてるってことは」
福松「分かってますよ、気の毒だと思ってるよ」
正三が歌いだす。「♪どうせ二人は この世では…か」
大正時代の民謡「枯れすすき」が改題されて「船頭小唄」になった。
常子「あら、正三さん。なかなかいい声ね」
修一「枯れすすきか。泣かせんね」
常子「ほんと。あ~あ、かわいそう」
福松「何がかわいそうだ。古くさい歌なんか歌いやがって」
何となく「船頭小唄」って誰か歌ってなかった?って思ったら、「岸辺のアルバム」でも「あぐり」でも出てきた。「あぐり」はリアルタイムの大正時代、「岸辺のアルバム」の謙作は正三と同じ昭和32年に森繁久彌さんが歌ってヒットしたほうの曲のイメージだろうな。
修一が帰るというので、休みというと出かけるじゃないかと不思議がる福松。「よく続くな、小遣いが。まったく」
修一「それなら手伝ってやろうか?」
福松「いや、手伝いなんかいりませんよ」
修一「引き菓子の注文、来てんだろ?」
福松「珍しくありませんよ」
修一「ケーキに押されて和菓子の引き出物が少なくなってきたんだ。意匠決まった? 松竹梅じゃ代わり映えしないぜ」
福松「心配すんな。菊久月でありふれたものを作るか」
正三「旦那。デザインだけでも修ちゃんに相談に乗ってもらったら?」
福松「うるさい! 店のことはわしがやるよ」コップを持ったまま奥へ。
修一「出来たら見せてくれよ。楽しみにしてるから」と裏口から外へ。
中川文房具店を覗いた修一は店番していたますに「この間はどうも」と声をかけた。
ます「お互いさまよ。でも、なんとなくすっきりせんわね」
修一「隣同士ってのもこういうときは、まずいね」
ますは修一を呼び寄せ、今一人だから話したいという。トシ子は習字で不在。ますはアヤ子のことをもう一度考えてもらえないかと頼む。アヤ子はまだ二十歳で急がなくたっていい話は来るという修一だが、ますは本人が修一を好きだと言っていると譲らない。修一は忘れるよとあっさり。
ます「全然見込みなかね、こっじゃ」
修一「こういう話は曖昧にしとくわけにはいかないからな。だから俺もトシちゃんが正ちゃん断った気持ちしかたないって、そう思ってんだ」
ます「それを言われっと弱いとよ。正三さん、あれから様子変なんでしょ?」
修一「うん、まあな。だけどさ、正ちゃんも大人だから」
ますは今日の見合い相手のことを聞く。修一は明日にでも向こうから断ってくるだろうと笑顔。ますも安心したと笑う。「だってさ、アヤ子もトシ子も内心気にしてるもん」。ますはさらに、修一も25なのだから急ぐことない。アヤ子のことも忘れないでと続けた。
お寺の境内を和服で歩くトシ子。和服似合う。
修一「なんだ、もう稽古終わったのか?」
トシ子「今日はお休みするのかと思ったわ」
修一「どうして? ああ…見合いしたからな」
トシ子「変わってるわ、修一さん」
修一「見合いしたってどうってことないよ。こっちは習字のほうが大事だ」
トシ子「そう。じゃ、早くお稽古してらっしゃい」
修一「うん」と返事し、歩いていくトシ子を見ていたものの「やめた。人並みに今日は休む。その辺でかき氷でも食わないか?」と誘う。
トシ子「だって夕ご飯の支度しなくちゃ」
修一「いなきゃ、いないようにやるんだ。そう何もかも自分でやろうとするなよ」
トシ子「分かってるんだけど、サボれないのよ」
修一「アヤちゃんなんか勤めてるってことで大威張りじゃないか。給料日なんか二度もラーメン食いに来るぞ」
トシ子「まだ子供みたいなところがあるのよ」
修一「ハハハッ。嫁さんにする気にはなれないね」
トシ子「あっさり断ったわね」
修一「自分だってあっさり修ちゃん振ったくせに」
トシ子の笑顔が消え、歩き出す。
修一「今日の見合い、トメ子のヤツがぶっ壊したよ」
トシ子「えっ?」
修一「気にしてたんだろ? 内心はさ」
トシ子「そりゃ、アヤ子がかわいそうだから」
修一「なあ、トシちゃん」
トシ子「なあに?」
修一「俺たちほんとになんでもないのかな?」
トシ子「恋愛でもしてるっていうの? 私たちが」
修一「恋愛とは言わないけどさ。嫌いじゃないよな、お互いに」
トシ子「あなた、自分で友達だって何度も言ったでしょ」
修一「うん、恋愛ならこんなのんびりムードでいられるわけがないって、俺は思ってんだ。正ちゃんの様子見てるとよく分かるよ。30にもなろうって男がさ、今にも涙こぼしそうに弱々しくなっちゃって見てらんないぞ」
トシ子「正ちゃんには悪いと思ってるわ。でも…もう、よしてよ。こんな話」
修一「うん。お互いにこうカーッとのぼせてさ、後先かまわず一緒になっちまう。そんな相手が欲しいな、トシちゃん」
トシ子「そうね。いつのことやらね」
笑い合う2人。
中川家台所
アヤ子はトメ子が修一の見合いを邪魔したことを喜んでいる。ますはトメは修一をそれだけ好きなんだから安心したらダメというが、修ちゃんがトメちゃんなんぞ相手にするもんですかと言うアヤ子。ちょっと失礼ね。
ますは黙っていようと思ったけど、と修一に断られたことを話すが、アヤ子は諦める気はない。菊久月を継ぐにしても、ラーメン屋を続けるにしても表通りに店1軒持っていて条件がいい、強みだという。
アヤ子「修ちゃんって腕もいいし、ちょっとグレっぽいとこがいいんだな」
ます「私はそこが気にはなっとだけど」
アヤ子「お母さん、古い古い。真面目人間なんて会社にたくさんいるけど先が知れてるわよ」←「兄弟」の静男とか全くタイプじゃないだろうな。
ます「もっともうちのお父ちゃんも一緒になってみたら面白うもなんともなかったわ」
アヤ子「あらそう」
ます「ケンカしても手をあげるじゃなし、どなるじゃなし、商売一点張り。じれったくて時にはおキクさんにくれてやりゃよかったって思ったもんよ」←いや、めちゃくちゃいい旦那さんじゃないの!?
おキクさんもますの夫が好きだった?らしい。
キクとますの夫は共に静岡出身、ますは熊本か鹿児島の出身で、キクとますは古い友達という話だったけど、元々キクとますの夫が知り合いだったとかそういうのかな?
ますはちゃぶ台を拭き、アヤ子に店番をするように言うが、会社から疲れて帰ってきてるのに、とブーブー。
ます「あれじゃ、商人(あきんど)の店には向かんって言われてるかもしれんね」
トシ子が急に食べたくなったとスイカを丸ごと買ってきた。修一がそこまで持ってくれたと言い、お習字で一緒だったと話す。ますはアヤ子が断られた話をし、修一と何を話したかトシ子に聞く。特別な話はしてないと着替えに行ったトシ子。
アヤ子「おなかすいたわ。早くご飯にして」
ます「ブイブイ言ってないで手伝いなはいよ」
アヤ子「人使いが荒いわね、このうちは」
ます「当たり前よ」
アヤ子「和枝はいいな」と今度の日曜日におキクさんのうちへ招待されていることをますに話す。おキクさんではなく、あのうちの息子さんとごちゃごちゃしてる。上の息子は医者の息子でちょっとハンサムだと言う。アヤ子は条件がいいことなら商店主より医者の息子にいかないのかね。
トシ子は鏡台の前で修一の言葉を思い出していた。
修一「なあ、トシちゃん」
修一「俺たちほんとになんでもないのかな?」
修一「お互いにこうカーッとのぼせてさ、後先かまわず一緒になっちまう。そんな相手が欲しいな、トシちゃん」
桃子が物干し場でギター弾き語りで歌っている。
♪どこまでも どこまでも
歩いていたい
ゆれて帆のない 小舟のように
あなたの瞳に ふれるとき
不思議な愛が…
1970年3月5日発売 岡崎友紀さんのデビューシングルらしい。
谷口家の茶の間でタバコを吸いながらボーッと聞いている修一。トシ子を送って、そのまま家に来たのかな。
常子と和枝が階段を下りてきて、常子が福松を呼ぶが「風呂だよ」と修一が言った。「この着物にどっちの帯が似合うと思う?」と聞くが「どっちでもいいよ」とつれない返事。
常子「直さんの好みはこれですよ」
修一「直さんと会うのか?」
和枝「イヤだイヤだって言うのに、ぜひ来てくれって言うんだもん」
常子「やだ、やだって言うのにねえ」
和枝「やあね、お母さん」持っていた帯でたたく。
日曜日の朝。常子が店番をしている。桃子はミニスカートで出かけた。
福松「おい、桃子のヤツ、もう行っちまったのか?」
常子「お友達と約束があるんですよ」
福松「スカートが短すぎますよ。お前さんが注意すると思って黙っていたんだ」
常子「涼しくていいと思って」
福松「みっともないよ。太い脚を出して」
常子「スマートなほうですよ、桃子は。この間、お見合いした写真屋の娘さんだって随分ミニでしたよ」
福松「あきれたよ。見合いの格好か、あれが」
常子「若いんだからしかたがないわ」
作業場から正三が福松を呼んだ。
常子「ねえ、洋服着ちゃいけないんですか? 私」
福松「いけませんよ。店番のときぐらい我慢しなさい」
常子「やっぱりクーラーつけなきゃダメね」
福松「和枝を見習いなさい。年中和服だ。お前さんだって着物を着りゃ美人に見えますよ」
常子「ブスに見えたってかまわないんだけどな」
福松「子供みたいないこと言ってるんじゃありませんよ。いい年をして」
正三が作業場から出てきて、水羊羹を作るのか聞いた。
福松「作るに決まってますよ。お前さんがうるさいから息をつく暇もありゃしない」と奥へ。
店の扇風機を占領していた常子はお客様が来たので扇風機の向きを変え、接客。「いらっしゃいまし。お暑うございます」
作業場
水羊羹を作る福松。
正三「和枝さんも桃ちゃんもデートか、いいなあ。俺なんて、もうダメだよ」
福松「諦めることはないだろ。休みに盛り場へ行ってみなさい。娘さんがウロウロしてるぞ」
正三「分かっちゃいないね、まったく。ひがむよ」
福松「何言ってる。心配してやってんのに」
正三「もう手遅れですよ。病人ならさじを投げられたってやつだ」
福松「トシちゃんがよその男と結婚すると決まったわけじゃなし、くどいよ、お前は」
正三「いずれはそうなるんですよ。あんなきれいで優しくてしっかりしてる女が一生独りでいられるわけがねえや」
福松「そんな先の先まで考えてクヨクヨしてられますか」
正三「旦那も一度失恋してみりゃいいんだよ。スラッときちまったからどうも理解がなくて」
福松「うるさい! 女なんぞどこにでもいる」
正三「なんだ。奥さんにベタ惚れのくせに」
福松「正三」
正三「13年もこの店にいて惚れた女一人、女房にできないんですよ。情けなくってバカバカしくって」
福松「こら、それほどトシちゃんが忘れられんのなら、もう一度、お前さん、自分で行って掛け合ってこい。ここでブツブツ言ったってしようがありませんよ。大体断られたら、はい、そうですかって引っ込むからいけないんだ」
正三「旦那がダメだ、諦めろって言ったんじゃないですか」
福松「お前がもう少しさっぱりすると思ったら、なんだこの暑いのに朝から晩までため息ついて愚痴ばっかりだ。おかげでこっちは胃の調子まですっかり狂っちまった」
正三「そりゃ年のせいだ」
福松「バカ。男なら惚れた女に一度は自分でぶつかってみるもんだ。それをなんだ、ベショベショして」
正三「分かりましたよ。そのうちドーンとぶつかってやるから」
福松「ああ。ドーンとぶつかってやんなさい」
正三「ドンドンやってやりますよ」
店に直也が迎えに来た…と思いきや、受け持ちの患者が発熱したと病院から電話があって、気になるから今から行くと言う。誠に申し訳ありませんが、と謝る姿勢の直也だったが、和枝は他にお医者さんはいないのか、誠意がないとののしり始める。
和枝「患者さんは幸せですわね、先生」
直也「病気で苦しんでる人たちが幸せなもんか」
和枝「休みの日にはきちんと休みを取るようなシステムになってないはずないと思いますけど」
直也「僕はこれでも医者なんだ。病院のシステムを君とうんぬんする気はないね」
といつものケンカ調になってしまう。
キクさんの料理だけはできているから食事だけでもいらしてくださいと常子には愛想よく話す。
直也「和枝さん」
和枝「はい、なんでございます?」
直也「世間知らずもいいとこだ。たまには外に出て新しい空気でも吸ったらどう? 今度暇が出来たら、その高慢ちきな鼻へし折ってやるぞ」
和枝「まあ…」
常子もいるのによく言うなあ。怒りで日傘を振り上げた和枝に直也は慌てて出ていった。しかし、常子の直也評は「すっきりしていい男」とうっとり。
和枝は飛び出してやる!とタンスから着物を取り出してカバンに放り込む。タンスに手をはさんで泣きながらカバンに詰め始める。(つづく)
正三もいい加減しつこい。福松が怒るのも無理ないよ。和枝みたいな仕事よりプライベート優先してほしいみたいな描写、今なら炎上しちゃうかな?