公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
三郷(山口崇)と道子(光丘真理)の北海道への出発の日。いよいよ送り出そうとした時、闇屋の山田(小松政夫)がやってくる。日本趣味のあるアメリカ将校から画の依頼があったと言う山田に、三郷たちをきちんと見送れず怒るマリ子(熊谷真実)は、高い画料を要求する。だが、この生活に疑問を持っていたマリ子は、突如人の役に立つことに目覚める。教会での花嫁衣裳の着付け係になったり、頼まれてオルガンを弾いてみたり…。
[rakuten:book:10973793:detail]
マリ子は三郷たちの荷物の準備をしている。
三郷智正の決心は固く、もう一晩、磯野家で体を休めるといよいよ北海道に出発することになりました。
マリ子「それじゃあね、リュックの中にカーディガンを入れといたから北海道に着いて寒くなるようだったらそれを重ねて着るといいわ」
道子「はい」
北海道は春先といっても寒そうだけどな~…いや、三郷さんも道子も満州の冬を経験してるんだから寒さには強いか。
はる「それからはい。これは用心のためにね」封筒を差し出す。
道子「それはいけません!」
はる「いいえ。お金というものはいくらあっても不自由なことはないんですよ。もしかして途中で病気になるかもしれないでしょう。その時の用心のためにこれはないものとしてどこかにしまっておいてちょうだい。ねっ?」
道子「おば様…」
マリ子「それからもう一つ。これは三郷さんに言う必要なし。あの方は遠慮なさる方でしょう。だからこれはあなたの才覚であなたが今こそと思う時に使えばいいの。そしたら私たちだって安心でしょう? 分かる?」
道子「分かりました」
マチ子「見て見て見て見て! パンパカパ~ン!」
一同「わあ~!」三郷はジャンパーを着ている。
ヨウ子「お似合いでしょう? おじ様」
マリ子「本当。背がお高いから本物のアメリカ人か二世に間違えられそう」
智正「いや~、どうも。こんなご心配まで頂いちゃってね…」
山口崇さんは175センチ。
はる「いいえ。何もご遠慮はいりませんのよ。それはれっきとした払い下げ品ですの。このうちは誰かさんたちのおかげで変な人が出入りしましてね。アメリカの品物がたくさん手に入るんですの」
マリ子「まあ」
マチ子「誰かさんだって」
智正「でも何から何までお世話になってしまって、お礼の申し上げようもございません」
マリ子「どうぞもうあまりそういうことは言いっこなしにしましょうよ」
智正「いや、しかし…」
マリ子「あと、お召しになっていらっしゃったものは一応、継ぎを当ててリュックの中にお入れしときました。仕事着にでもなるでしょうし」
智正「どうも重ね重ね」
千代「奥様、お弁当」
はる「どうもありがとう。日本の果てから果ての旅ですからね。一応2日分のお握りを作っておきました」
智正「奥様!」
はる「ここに番号が書いてありますでしょう? 1,2,3と。この順番に召し上がってくださいね。こんな気候ですからね、傷みやすいものから順に召し上がっていただけるようにしてありますから」
道子「はい」
マリ子「あと、乾パンと干しぶどうを入れといたからそれでつないでちょうだいね」
道子「はい! フフッ!」
マチ子「それじゃあ、私、送っていくから!」
マリ子「駄目!」
マチ子「どうして?」
マリ子「この2日ろくに原稿描いてないじゃないの。今日はお仕事です」
マチ子「大丈夫よ、帰ってきてからで」
智正「あの…マリ子さんのおっしゃるとおりになさってください。どうぞ仕事第一にお願いいたします」
マチ子「でも…」
マリ子「いいの! 今日は私が何が何でもお送りします。ねっ、お母様?」
はる「ええ、まあ…」
玄関で靴を履いている三郷と道子。
道子「おば様、おねえ様」
はる「はい?」
道子「私…北海道に行ったら一生懸命開拓します! ですから、農場が出来たら遊びに来てくださいね」
はる「もちろんですとも」
マチ子「もちろんよ。どんどん行ってしまうわ。ねっ、ヨウ子?」
ヨウ子「ええ。じゃあ、元気でね」
道子「はい! 本当にありがとうございました!」
智正「ありがとうございました。それでは失礼します」
山田「ヘイ グッドアフタヌーン。ヘイ」
マリ子「まあ、山田さん」
山田「(三郷の格好を見て)ワ~オ ワ~オ ワ~オ ハハッ! そげなふうやったとですばいな。ご用立てしたとはこの方やったとですか?」
マリ子「そんなことどうでもいいじゃありませんか。何かご用なんですか?」
山田「オ~ウ。あ~、今日はですね、あの…実はマリ子先生にですね、ちょっと折り入って…」
マリ子「困ります! 私、今からこちらを駅までお送りするところなんだから!」
はる「いいわよ、それなら私が行きますから」
マリ子「お母様!」
はる「はいはい、長い旅ですから早く行ってお席を取りませんと疲れますから。さあ、行きましょう」
智正「じゃあ、失礼いたします」
マチ子やヨウ子も続けて玄関を出ていった。
山田「どうも。アイム ソーリー。ソーリー。ソーリー エブリバディ」
マリ子「ああ~…」
外に出てお見送り。はるだけが三郷たちに着いていった。三郷さんの出番、これで最後じゃなきゃいいなあ。
マチ子「ヤミ屋さん、待ってるんでしょ?」
ヨウ子「待たせちゃ悪いわ」
千代「そうですとも」次々家に入っていく。
マリ子「あ…。何よ私一人に押しつけて! もう!」
玄関に座ってチューインガムをかみながら待っていた山田。
山田「あっ、どうも。もう行かっしゃったですか? どこに行かっしゃったですか?」
マリ子「何でしょうか? ご用件って」
山田「うわ~、えずか~! そげな顔せんでもようござっしょうもん」
マリ子「これは私の地顔です」
山田「いや、せやけんね、『魚心あれば水心あり』っていうでしょうが」
マリ子「そんなことお魚に聞いてください」
山田「はあ?」
マリ子「お魚の心やお水の心が私に分かるわけがないでしょう?」
山田「うわ~、言わっしゃる~! 先生も案外ねんねやね。ベイビーたい、ベイビー、ベイビー」
マリ子「はあ?」
山田「いや、せやけん、ほら、さっき着とらっしゃったでしょう。旦那さんがこればこれば。あの注文ば、あんた、受け入れるとに手に入れるとに、あんた、えらい往生したっちゃけん、あんた」
マリ子「だからどうだとおっしゃいますの?」
山田「いや、せやけん、それが『魚心あれば水心』って言いよるでしょうが。実はですね、今日はあの上等な絵ば描いてもらおうと思うて来たとですよ。ん~、ウフッ、今度のお得意さんがね、偉か将校さんですたい。そのアメちゃんが、あんた、もう日本趣味のベタベタで何ちゅうかな変なびょうぶばうちん中入れるは長火鉢は入れるは天井からちょうちんはぶら下げるは、もうひっちゃんがっちゃんですたい。その人がですね、今度あの…きちっとした表装のついたですね、この日本画ば描いちゃらんやってこう言いよるとですたい。どげんでっしょうか? えっ? えっ?」
セリフ書き起こしだけでは伝わらない表情の面白さ。
マリ子「それであなたはどれくらいのご商売になりますの?」
山田「はあ?」
マリ子「まあいずれにせよ転んでもただでは起きない山田さんのことですもの。私のその絵でその将校さんをがっちりとつかもうという計算でしょ?」
山田「まあ、そりゃそうですたいね…」
マリ子「だったら私もたっぷりと画料を頂きますよ。何しろ上等のお仕事なんですから」
山田「先生くさ~、もう…」
マリ子「だったら出直しますか? とにかくね、私は今日は機嫌が悪いんですからね」
山田「いや、いや、あのですね、その機嫌のですね、ピシャ~ッと直るごとですね画料は払わしてもらいますけん。ねっ? ねっ?」
マリ子「あらそう」
はて転んでもただ起きないのはヤミ屋の方だったはずですが…
山田「ああ~、もう! いっちょん好かん! もう!」
マリ子は千代のもとへ行く。山田がもう帰ったと言うと、せっかくお茶を入れたのにと千代は自分でお茶を飲んだ。
マリ子「何かやりたいわ~」
千代「何かって何ですか?」
マリ子「何でもいいのよ。思いっきりぶつかっていけること。マチ子はもちろん三郷さんだってつらい思いを背負いながら北海道の大地に取り組むんだって出発なさっていったじゃないの。それに比べて私は一体何をしてると思うの?」
千代「それは…」
マリ子「いつかオネスト様がおっしゃってたわ。必要とされている人間になることは誇らしいことだって。必要とされている人間になるためには、まず自分をトンテントンテンたたきなさいって」
千代「はい」
マリ子「私が今この家にとってどんなふうに必要とされてるのかしら?」
千代「そげな」
マリ子「だってお台所はお千代ねえやの領分だし、ヨウ子にはお母様が目を配ってらっしゃるでしょう? 私なんか全然出る幕がないじゃない…」
千代「マリ子お嬢様には絵がおありやなかですか」
マリ子「それはあるにはあるけど…」
千代「いいえ、お千代が言うとるのは金賞をお取りになったあの絵のことですたい」
マリ子「お千代ねえや…」
千代「はい。お嬢様が描いたあの絵の前に黒山の人だかりがした、あん時のことば、お千代は今でもはっきりと覚えとりますよ。あん時の新聞にも書いてあったじゃなかですか。大型新人が生まれたって」
マリ子「でも…」
千代「いいえ。東京へ出ていろいろあって菊池先生とご一緒に雑誌に写真ば飾って名ばあげんしゃったじゃなかですか。やっぱお嬢様の本筋は油絵たい。ヨウ子お嬢様のお体もようなったし、マチ子お嬢様の『サザエさん』も大評判だし、今なら安心してもういっぺん油絵にお戻りになることができるやなかですか」
マリ子「そうじゃないのよ。そういうんじゃないの」
千代「ほんなら?」
マリ子「今の日本ではまだまだ趣味で生きていい時代ではないと思うの」
千代「趣味?」
マリ子「そうよ。現状では私にとっての油は趣味のほかの何物でもありえないと思うの」
千代「お嬢様…」
マリ子「どんなにすばらしい絵が描けようとそれが一体何を生み出せると思うの? つまり私は自分の頭と体を動かすことによって誰かの役に立ち、かついくらかの…」
マリ子は突然、はるが教会で花嫁衣裳の着付けをする人を探してると言っていたのを思い出し、即実行に移した。
あれこれ悩んでいたとしてももともと意欲旺盛なマー姉ちゃん。早速、次の日曜から教会での花嫁さん着付け係に進出。物のない時代のこと、ついに自分では袖を通すことのなかった花嫁衣裳を無料で貸した上での奉仕ですが…。まあ、この着付け師、この時代だからまかり通ったとい節もあるようです。
着物はぐずぐず。花嫁も母親もお礼は言ったけど不満げ。
ちょうど昨日の純ちゃんでは神社でウェディングドレスはありなのかという話をしていたけど、こちらは教会で和装。
久々登場の西村神父はオルガン係が急に腹痛を起こしたとマリ子に代役を頼んだ。
マリ子「大丈夫です。任せてください。私、やります!」
字幕では♪~調子外れなオルガン
磯野家
マチ子「まあ、ずうずうしい。それで弾いたの? マー姉ちゃん」
マリ子「ええ、弾きましたわよ。自分が必要とされている人間であると自覚することは本当に生きてるって感じがするわね!」
マチ子「冗談じゃないわ!」
マリ子「どうして?」
マチ子「どうしてってピアノでもオルガンでも一つの曲を最後まで正確に弾いたことなんか一度もなかったじゃないの」
マリ子は全く気にしておらず、「オルガンの音が結婚式に響かない方がずっと寂しいことじゃないの」とマチ子やヨウ子に言う。
マチ子「もう、何をいわんやだわ」
マリ子はお礼にもらったお赤飯を広げる。
マリ子「こんなに…こんなに本格的なお赤飯って久しぶりじゃない?」
ヨウ子「やっぱり外米が入ってないとこんなに粘りが出るものなのね」
マチ子「うわ~、おいしそう!」
お千代ねえやが用意してきた皿でとりわけ始める。
マリ子「ああ~、何かをするってことは本当に充実感があふれるわね!」
マチ子「ねえ、それ精神的な意味? それとも食欲の問題?」
はるも加わり、お赤飯を食べ始める。
生命力とはまず食欲によって表されるもの。…となれば、この家族は、まさに生命力あふれる集団と言ってよいと思います。
マリ子の絵の才能は本人が一番軽視してるというか、別に絵で身を立てたいとは思ってないんだよね。それがなんか不思議と言うか、「ゲゲゲの女房」で水木しげるさんが一日中ガリガリ机に向かって絵を描いていたけど、そういうのとまた違う。自分が描きたいものがあふれてきて描かずにおれないってタイプじゃないんだろうな。画力があり、求められる絵も描けるのにもったいないなー。