TBS 1969年9月30日
あらすじ
鶴 亀次郎は裸一貫からたたき上げ、一代で築いた建設会社の社長である。ワンマンで頑固一徹な亀次郎は子どもたちに"おやじ太鼓"とあだ名を付けられている。この"おやじ太鼓"、朝は5時に起き、夜は8時になるともう寝てしまうが、起きている間は鳴り通し。そんな亀次郎をさらりとかわす7人の子どもたちに比べて、損な役回りはお手伝いさんたち。ひと言多いばっかりに、毎日カミナリを落とされる。
2023.10.6 BS松竹東急録画。12話からカラー。DVDは第1部の39話まで収録。
鶴家
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。62歳。
妻・愛子:風見章子…良妻賢母。57歳。
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長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。31歳。
妻・待子:春川ますみ…正子の紹介で結婚。
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次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。29歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。27歳。
三男・三郎:津坂匡章(現・秋野太作)…二浪して今は大学4年生。
次女・幸子:高梨木聖…大学4年生。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…高校2年生。
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お敏:菅井きん…お手伝いさん。愛子の4つ下。53歳。
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神尾光:竹脇無我…秋子の恋人。TBS局員→俳優。25歳。
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黒田:小坂一也…運転手。
暗めの店内。ペンダントライトと各席にろうそく3本。
秋子は神尾に「この前の日曜日にうちのお父さんたち浜松行ったのよ」と話している。あの日は9月23日の秋分の日じゃなくて1969年9月21日(日)だったのね。
お彼岸だから昔の友達の墓参りへ行った。秋子は聞いたことがないくらいひどい話で不幸な人だと言う。もう一つびっくりする話があるとして、運転手の黒田の奥さんと逃げた男の人がホテルのバーでバーテンをしていたと神尾に話す。
秋子「黒田さんはガックリよ。それでお父さんとお敏さんがその男に会ったんですって。バーへ出かけていって」
神尾「びっくりしたろうな、その男も」
秋子「そうよ。お父さんがグッとにらむと怖いのよ」
ホテルのバーのカウンターに掛ける亀次郎。隣の席のお敏は目の前のバーテンをにらみつけながらグラスのビールを飲んでいる。
お敏は亀次郎に耳打ち。「いきなりぶん殴っちゃうんですか」
亀次郎「そうはいきませんよ」
お敏「だけどケンカは手が早いほうが勝ちですよ」
亀次郎「もうちょっと様子を見るんですよ」
お敏「じゃあ、もう1本もらっていいですか?」
亀次郎「大丈夫か、お前は」
お敏「軽いんですよ、こんな小瓶は」
バーテン「じゃあ、大瓶にしますか?」
お敏「そうよ。大瓶をちょうだい」
バーテン「はい」
亀次郎「お前、なかなかやるじゃないか」
お敏「そりゃいざとなりゃ飲んだくれのおふくろの子ですよ。ポンと胸をたたきゃ軽い軽い。スラスラって入っちゃいますよ」
バーテンが大瓶からお敏のグラスにビールをつぎ足す。「お客さん、東京ですか」
亀次郎「そうだよ」
お敏「ド真ん中ですよ。高級住宅地の」
バーテン「じゃあ、麹町ですか?」
お敏「冗談じゃない。あんな埃っぽいとこに住めますかってんだ、田園調布ですよ」
バーテン「ああ、東横線の。あの辺は金持ちが多いそうだけど戦後はにわか成金も多いそうですね」
亀次郎「そのにわか成金だよ、わしは」
田園調布って昔から高級住宅街のイメージだけど昭和40年代だとこういうイメージもあったんだね。麹町は昔ながらの高級住宅地ってことか。麹町の近くの市ヶ谷に土地を買ってた「あぐり」のエイスケの父の先見の明がすごいね。
下町のご近所さんで菅井きんさんも出てた。
お敏「ちょいとあんた失礼じゃないの。人のことより自分はどうなのさ。一体いつから浜松へ来たのよ。どうせ流れ流れて来たんでしょ。あんた、男っぷりはいいけどすることは汚いじゃないのよ!」ハンドバッグをカウンターに叩きつけて怒る。
亀次郎「こら、お敏」
お敏「いいえ、いいんですよ。どうせお酒が入ってんだから」
バーテン「奥さんは酒癖が悪いんですか?」
お敏「おやまあ! 奥さんとおいでなすったわ。どうしましょう、旦那様」
亀次郎「こら、あんまり大きな声を出すな」
お敏「だっておかしいじゃありませんか。ねえ、あんた」
バーテン「なんですか?」
お敏「私ね、あんたのことちょっと知ってんのよ」
バーテン「へえ、どんなことですか?」
お敏「あんたの奥さんをちょっと知ってるのよ。連れ子があったでしょ? 前には黒田さんって人の奥さんで」
バーテン「嫌なこと言うんですね」
お敏「嫌なことってそれがほんとじゃないの」
バーテン「あんた一体誰ですか?」
お敏「誰だっていいわよ」
バーテン「そんなら大きなお世話ですよ」
お敏「そうはいかないんですよ。人の奥さんと子供を取っときながら」
バーテン「お客さん、困りますよ。こんな女の人を連れてきてもら…」
お敏「何が困るのよ!」
亀次郎「君が困るようなことをしたからだろ」
お敏「そうですよ」
バーテン「とんだ見当違いですよ。向こうから私ん所へ転がり込んできたんですよ。それもコブ付きで」
お敏「なんですって?」
バーテン「大迷惑したのは私のほうですよ。おかげで浜松まで逃げてくるハメになったんですからね。手を焼きましたよ、しつっこい女で」
亀次郎「じゃあ、どうしたんだ? その奥さんと子供は」
バーテン「知りませんね。真っ平ですからね、他人の子供まで養うのは」
お敏「じゃあ、捨てちゃったの? もう」
バーテン「捨てたり捨てられたり、自業自得ですよ、あの女は」
お敏「まあ、あんたって人は!」と殴りかかる。
亀次郎「おい!」
バーテン「何をするんだ」
お敏「この人でなし!」
亀次郎「こら、お敏! よさないか! こら、お敏!」
亀次郎が終始、お敏を抑える役だった。
バーテン:小笠原良智…俳優座。時代劇の出演がとても多い。
秋子と神尾は夜の街の橋の上を歩いている。当時の人なら東京って夜でもこんなに明るいんだと思っただろうけど、今見ると、いくらネオンがあるといっても暗く見える。
神尾「だけど不思議だな。そのイッちゃんっていう人のお墓参りに行ったら黒田さんがその男に会ったんだもんね」
秋子「偶然にしてもただそれだけとは思えないわね」
神尾「そうなんだよ。墓参りをしてもらったお礼に、そのイッちゃんっていう人の魂が巡り合わしたような気がするよね」
秋子「そうなの。だってその男に会ったから、そのあと奥さんと子供がどうなったか分かったんですもんね」
神尾「人間は月へも行くようになったけど、やっぱり人間の知恵では分からないことがあるよ。人間の魂の問題は」
秋子「神秘なことはあったほうがいいわ。人間は少し思い上がってるわよ。原爆を作ったり、月へ飛んでったり。もう人間っていうより怪物ね」
ここから階段
神尾「人間自体が恐ろしくなるよ。どこまで悪知恵が発達するのか、ちょっと見当がつかないもん」
秋子「そのくせ月へ飛んでくことを発明した科学者だって、もし奥さんに裏切られたら生きていけないかもしれないもんね」
神尾「人間って不可解だよ。例えばだよ…将来、君が僕を裏切ってさ、他の男の所へ行っちゃうんだよ。それで僕は絶望して黒田さんのようにひねくれちゃうんだ。すごい顔しちゃってさ」
秋子「変なこと言う人」
神尾「だってそういうことだってありえるじゃないか」
秋子「どうしてありうるのよ」
神尾「まあ、そうムキになるなよ。ちょっと想像してみただけじゃないか」
秋子「そんなこと想像すること自体どうかしてるわ」
神尾「まあ、そうかな」
秋子「だって今日は結婚の日取りを決めるために会ったのよ」
神尾「あっ、そうそう。そのほうはどうする?」
秋子「どうするもないもんだわ。バカバカしい。将来私が裏切ったらなんて、そんなことを想像しながら結婚の日が決められますか」
神尾「そう怒るなよ」
秋子「怒るわけじゃないけど少しいいかげんよ」
神尾「うん…あっ、あれは月じゃないの? そうだよ、月だよ。満月だよ。今夜は十五夜だったのか。いいじゃないか、僕の仕事が全部終わった日が満月だなんて。ねえ、さい先がいいよ。僕たちの結婚はきっと恵まれてるよ」
満月カレンダーによると、1969年9月26日(金)が中秋の名月だった。日曜日が舞台になる話が多いから結構珍しい金曜日の夜の話。
秋子「私は砂を嚙んだような気持ちよ。それも月の砂をね」
神尾「そんなジャリジャリしたようなこと言うなよ」
秋子「満月ってよくないのよ。すぐあしたっから欠け始めますからね」
神尾「嫌なこと言うんだな、君は」
秋子「あの満月を見ていると、いろんなこと想像するのよ。将来、神尾さんが私を裏切って…」
神尾「そんなことないったら」
秋子「ありうるわよ」
神尾「どうして?」
秋子「神秘的な勘よね」頬を膨らませる。
神尾「なんだよ、その顔は」
秋子「どうせこんな顔ですよ」
神尾「お月様が笑ってるよ」
秋子「バカね、今どきそんなこと子供だって言わないわよ」
神尾「バカってことはないだろ」
秋子「お月様が笑うわけないでしょ。もっと科学的にものを言ったらどうなの?」
神尾「夢がないんだな、君は」
空には満月。この2人、永遠にタイミングの合わなそう。
鶴家では幸子が「誰かいないの?」と台所前を歩き、お敏はテラスでお月様を見ていた。
お敏「満月ですよ。十五夜なんですよ、今夜は」
幸子「あっ、そうか。今でも十五夜なんてあるのね」
お敏「嫌ですねえ、このごろの若い人は」
幸子「だって、お月様の正体が分かっちゃったんですもの。つまんないわ」
お敏はつまらなくはないと言い、隣の揺り椅子に掛けた幸子は欠けたりまるくなったり変化があって退屈しないと返す。お敏は幸子のドライさに恋愛した人の言うことでしょうかとあきれる。「あんなきれいなお月さまを見てそんなことしか言えない人にほんとの恋愛ができるんでしょうか」
深刻な顔をしているお敏を笑う幸子。
お敏「どうせおかしいでしょうよ。私が月を見てうっとりしたって似合いませんからね」
幸子「似合うわよ。ぴったりよ。だからむしろおかしいのよ」とフォローしたつもりがお敏は「何かご用だったんですか?」と冷たく言う。
幸子はみんなどこへ行ったのか聞くと、亀次郎と愛子は、その辺のドライブインでアイスクリームでも食べてこようかとお散歩に行ったとお敏が言う。
幸子「いいわね。老夫婦が二人っきりでアイスクリームを食べに行くなんて、ちょっとしゃれてるわ。甘くて優雅だわ。うちのおやじさんにしては上出来だわ。ねえ、お敏さん、そう思わない?」
お敏はいつだって思うと答えると、幸子はたまにしかそんないいとこないという。お敏は本当の愛情というものは、もう今の若い人たちの間にはないと言い、幸子は真意をさらに聞く。
お敏「軽いんですよ。今の若い人たちの間では愛するってことはもっと切ないもんですよ」
幸子「切ないわよ、私だって」
お敏「うそおっしゃい。西川先生だって正体が分かってしまったら熱が冷めちゃったじゃありませんか」
幸子「冷めたんじゃないわよ。冷静に考えてるのよ」
お敏「ええそうですよ。それがこのごろの若い人の恋愛ですよ。でもそんなのがほんとの恋だもんですか。お月様の正体が分かっちゃったら、もう夢もウサギの餅つきもなくなっちゃったじゃありませんか。そんな人はお互いに相手の体さえありゃいいんですよ。それが正体ですよ。スウェーデンの映画ですよ」
スウェーデンのこと引っ張るね~。
幸子はムキになるお敏にどうかしちゃったんじゃないの?と聞く。お月様のせい、古い人間で悲しくなっちゃったと言うお敏を励ます幸子。呼び鈴が鳴ると幸子が「出てあげる」と裏玄関へ。
帰ってきたのはかおる。黄色いワンピースでツインテール姿で台所へ入り、お敏も台所へ。帰りの遅いかおるを注意する幸子。「あんたの友達ってろくな子いないんでしょ。彼とか彼女とかってみんな不良がかってるんでしょ」
かおる「ええそうよ。幸子姉さんと西川先生ぐらいにね」
幸子「生意気なこと言うんじゃないわよ。何よ、高校生のくせに」
かおる「そういう言い方は不当な弾圧ですよ。今どきはやんないわよ」
かおるはお敏にコーヒーを入れるように言うが、お敏はお茶じゃいけないんですかと気だるげ。
幸子「飲みたけりゃ自分で入れたらいいじゃないの」
かおるは幸子姉さんは隣の家なんだから隣へ行けばいいと言い、くたびれている様子。幸子はかおるが蓼科で会ったセレナーデの人を捜しに行ったと気付く。かおるはお敏にコーヒーを入れてくれるの、くれないの?と聞くが、お敏はガックリ来ていると立ち上がらない。
しびれを切らしたかおるは待子義姉さんに入れてもらうと隣へ行こうとし、幸子が止める。
かおる「うるさいわね、姉貴ぶっちゃって」
幸子「そうじゃないわよ。あんたがバカだから言ってるのよ」
かおる「何がバカよ」
幸子「だって広い東京で捜したって見つかるわけないでしょ」←字幕は…もなかったけど、「広い東京で…捜したって」と無音になってた。
蓼科のセレナーデは渋谷の道玄坂だってことは分かっているかおる。隣に駆けていくが、幸子は遠慮して本宅にいるらしい。秋子もかおるも遠慮なく武男夫婦の部屋にいるけど、幸子は違うんだね。
武男夫婦の仲の良さを羨むお敏。幸子によると2人で差し向かいでムード音楽をかけて幕の内弁当を食べていた。お月見の気分を出すための幕の内弁当。
お敏「旦那様と奥様はアイスクリームだし、それぞれ情が深いんですね、月夜は」
幸子「まあ、お敏さんったら情が深いなんて言葉聞いたことがなかったわ。面白いわ、その言葉」
お敏は留守番お願いしますと幸子に言い残し、外へ出ていった。
電話が鳴り、幸子が出ると三郎が出た。
幸子「なんだ、あんたなの」
深刻なんだ、大変なんだと愛子に代わるように言うが、いないと幸子が言うと武男兄さんいるんだろ?と隣へかけるよと電話を切った。
幸子「まあ、バカにしてる」
受話器を置いた幸子は「何よ、深刻ぶっちゃって」と裏玄関から出ようとするが、かおるが戻ってきた。幸子に留守番頼むと言われて、かおる「何さ、深刻ぶっちゃって」。かおるが戸を閉めるとすぐ戸が開き「ただいま」と黒田が帰ってきた。
かおる「裏門、開いてんの?」
黒田「ええ、閉めときました」
かおる「ちょうどいいわ。一人っきりよ、いらっしゃいよ」
高校生のかおると30代の黒田と二人っきりってなんか怖くない?と黒田が鶴家に住み込むようになって思う。
コーヒー入れてあげると台所へ。かおるは「コーヒーを飲みに隣に行ったら幕の内弁当よ。ごはんが軟らかくて参っちゃったわ」と話す。黒田から僕ならコーヒーよりお茶のほうがいいと言われると、そのほうが簡単だと番茶を入れ始める。
黒田のタバコを取り出して吸う。銘柄はハイライト。
かおる「夫婦ってのは仲がいいと、あんなおはぎみたいなごはんでも文句言わないのね。私がなあにこのごはんはっつったら怒られちゃったわ。おなかに子供があるからね。わざと軟らかいごはん炊くんですって。甘いわよ、武男兄さんったら。ステレオかけてね、やに下がってんのよ。幸せね、あんなご亭主持った奥さんは。あれで赤ん坊でも生まれたら、どういうことになんのかしら。まるっきりチヤホヤしちゃって目も当てらんないんじゃないかな。黒田さんの湯飲み、これね?」
黒田「すいません」
かおる「あっ、そうそう、湯飲みだっておそろいよ。あれ、夫婦茶碗っていうんでしょ? それがね、この間ね、待子義姉さんのほうが欠けちゃったのよ。そしたら、どう。今日行ってみたらね、ちゃんとおそろいのをまた買ってあるじゃないの。いくらなんだってね、もう別々のを使ったっていいじゃない。ああいうとこはね、ちょっとベタつきすぎるわね。まるで出来損ないのごはんだわ」
黒田「いただきます」
かおる「ちょっと出すぎちゃったけどいいわね?」
黒田「ええ、濃いほうが」
かおる、ペラペラよくしゃべるね~。番茶をいれながらしゃべるのがすごい。当時、沢田雅美さんは二十歳になったばかり。のちに橋田ドラマで重宝されるのが分かるな~。
呼び鈴が鳴り、かおるが裏玄関を出て裏門へ。同時にインターホンが鳴り、かおるは黒田に出るように言う。インターホンは別宅とつながってるやつか。幸子がお父さんが帰ってきたら知らせてちょうだいと言うので、黒田がかおるに誰が帰ってきたのか聞く。帰ってきたのはお敏だった。
黒田「お敏さん、どこ行ってたの?」
お敏「ちょっとその辺をね」
黒田がお敏を「おばちゃん」と呼ぶたびに、以前見た泉谷しげるさんが吉展ちゃん事件の犯人を演じたドラマを思い出しました。年上の恋人(市原悦子さん)を「おばさん」と呼び、女房として周囲には紹介していた。おばさん、おばちゃんって親しさの表現でもあったのかなと思ったりして。
お敏があんまり月がいいから出かけたと言うと、黒田さんも毎晩出てるとかおるが言う。黒田はもう出ないと仏頂面。一行は台所へ。黒田はあんな女に会いたいわけじゃなし、もうやめると言うが、かおるはもう一遍だけでも会いたいと蓼科のセレナーデの話と重ねる。
お敏「ひと目会いたいでしょうね、子供さんに」
かおる「無邪気な顔してたわ。ちょっと子供っぽいのよ、それがまたいいのよね」
お敏「蒲田にいたことまでは分かったんでしょ?」
黒田「それからまた横浜のほうへ行ったらしいんだ」
お敏「じゃあ今日は横浜行ってきたの」
黒田「野毛坂のバーにいたことだけは突き止めたんだけど、それからあとが分からないんだよ」
かおる「私のほうは道玄坂よ。ダメね、坂は」
お敏「ちょっとかおるさん。セレナーデの人ならお月様を見て思い出すといいですよ。ちょっと外歩いてきたらいかがですか」と暗に出ていくように言うが、かおるはさんざん歩いたと立ち上がらない。お風呂にでも入ってお休みになったほうがいいですよと言われて、ようやく、そんな邪魔なら部屋へ行くわよと台所を出ていこうとしたが、振り向いて「だけど会いたい気持ちは私だって黒田さんだって同じですからね。ちゃんと日記つけておくわよ」と出ていった。
お敏「同じだもんですか。つらさが違いますよ。黒田さん、私、ほんとに悪かったと思ってんですよ。勘弁してくださいよね」
黒田「何が?」
お敏「いいえ。忘れてくれればありがたいんですよ。そのかわり、私もきっとあんたの子供さんを捜してあげますよ。2人で手を尽くした捜したらきっと見つかりますよ」
黒田「そう言ってくれるのはありがたいけど、無理だよ、お敏さんじゃ」
お敏「どうして? 何が無理なの?」
黒田「第一、暇がないじゃないか」
お敏「作るのよ、その暇を。もうこれからは日曜日ごとにお休みをもらいますよ。夜だって夕飯のあとなら出かけたってかまわないわよ。とにかく女の一念で、きっとあんたの子供さんを捜してみせるわよ」
同じ家にいる以上、家事は毎日あるし、日曜日も休むというのは難しいだろうな。
黒田「ありがとう。気持ちだけでもうれしいよ」
お敏「気持ちだけじゃないったら」
裏玄関が開き、武男が声をかけた。武男が出てくるのも結構久々。
この回は電話の声だけだった。
作りすぎちゃったから持ってきてあげたよと幕の内弁当を持ってきた。幕の内弁当って四角い箱のイメージだけど、スーパーで売ってるオードブルみたいな感じに見えた。黒田君と2人で食べてよとお敏に渡した。
武男「ちょっとごはんが軟らかいけど胃のためにはいいよ」と黒田君もいるのかと台所に入って行った。立ち上がった黒田に掛けてなよと言い、台所の椅子に掛ける武男。
お敏「黒田さん、軟らかい幕の内をいただいたからね」というセリフがじわじわ来る。
武男はちょっと心配なことがあってと亀次郎たちのことを気にする。呼び鈴が鳴り、お敏が出た。
武男「困っちゃうよ。せっかくお母さんとラブシーンで帰ってきたのにこりゃまた揉めるよ」と立ち上がり裏玄関へ。
武男に続いて台所を出た黒田に階段を下りて来たかおるが声をかけた。「さっきはごめんなさいね」
黒田「さあ、なんのことです?」
かおる「夫婦茶碗とか仲のいい夫婦だとか」
黒田「そんなこと平気ですよ。もうこたえやしませんよ」
帰ってきたのは秋子。
武男「なんだ、お前か」
秋子「あら、誰だと思ったの?」
武男「お父さんとお母さんを待ってるんだよ」
武男は秋子を茶の間へ誘う。
かおる「どうだったの? ランデブーは」
秋子「はしたないわね、あんた。もっと品のいい言い方があるんじゃないの」
かおる「じゃあ、あいびきかしら」
秋子「まあ、いやらしい。うちの週刊誌より気持ち悪いわ」
かおる「あらそう。私は月給もらってませんからね」
お敏にたしなめられそうになると分かってる分かってると茶の間へ。
茶の間
かおる「ほんとにつまんないわ。武男兄さんと待子義姉さんは仲がよすぎちゃうし、秋子姉さんだってデレデレして帰ってくるんだもん」
武男「何を言ってるんだ、お前は」
秋子「デレデレじゃないわよ、プンプンしてるのよ」
かおる「贅沢よ、おいしいもの食べて、おいしいこと言って、それがランデブーでもあいびきでもなかったらなんて言うのかしら」
秋子「生意気ね。ケンカ別れして帰ってきたのよ」
武男「えっ? またやっちゃったのか」
せっかく今日でテレビ映画の仕事が終わったと思ったら、別れる間際にどうも僕は俳優に向いてそうだからこのまま続けようと思うと言われた秋子。
武男「全くため息が出るよ」
秋子「兄さんだってあきれるでしょ? この前の週刊誌のことだってあるのに」
武男「それよりも何よりも今困ってるのは洋二のことなんだ」
秋子「どうしたの? 洋二兄さんが」
武男「さっき三郎から電話があったんだよ。ガックリだよ。こればっかりは」
かおる「それで幸子姉さん慌ててたの?」
秋子「なんだっていうの? 電話で」
また電話。お敏が出ると愛子が洋二のお店にいると言い、武男が代わった。BARドルダーで洋二は「フランシーヌの場合」を弾いてる。いつも同じ曲じゃないのがすごい。1969年6月15日発売じゃまだ新しい曲だね。
「芋たこなんきん」で覚えた曲です。
店には独特の笑い声の客がいる。武男と電話中の愛子もその笑い声が大きくて何度も聞き返す。愛子は電話を切ろうとしたが、亀次郎から「自動車ですよ、黒田君の」と言われ、黒田に迎えに来てほしいと頼んだ。
受話器を置いた愛子は洋二を見つめ、亀次郎に促され席に戻る。愛子は困ったことができたと亀次郎に洋二が振られたと話した。
愛子「水原さんがもう会わないってどこか行ってしまったんですって」
ピアノを弾く洋二を見つめる亀次郎と愛子。
幸子が茶の間に来て、待子がもう寝ませんかと言ってると武男に伝えた。
武男「うん。お父さんたち、洋二の店にいるんだよ」
幸子「じゃ、心配して行ったのかしら」
秋子「そうじゃないのよ」
武男「偶然に行ったんだよ」
かおる「虫が知らせるってことあんのかしら」
お敏「そりゃありますよ。それが親子というもんですよ」
幸子「洋二兄さん、ガックリきちゃうわね」
かおる「分かるわ、その気持ち」
秋子「あんたのガックリとは違うの」
お敏「大違いですよ」
武男「洋二は真剣だったからな」
うなずく秋子。
幸子「あんな苦しい生活だって水原さんに近づこうと思うからしたんじゃない」
かおる「冷たいわね。ちょっと秋子姉さんに似てんのかしら」
秋子「そんな冗談事じゃないわよ」
幸子「あんたは不真面目よ」
お敏「そうですよ」
武男「お父さんやお母さんの気持ちにもなってみなさい」
独特の笑い声の客に亀次郎は「こら! バカ笑いも大概にしなさい。なんですか、その笑い声は。せっかくピアノを弾いてるんだから、それが聴きたくなかったら、このバーへは来るな。少しは人の気持ちにもなってみなさい」と怒鳴りつけた。洋二の演奏の手が止まり、客も縮こまっている。(つづく)
あの笑い声の人、名前も分からない。今回は子供達もいっぱい出てきた。敬四郎と三郎だけいないというのも珍しい。あと2回、秋子と神尾は結婚しなさそう。