TBS 1969年7月15日
あらすじ
鶴 亀次郎は裸一貫からたたき上げ、一代で築いた建設会社の社長である。ワンマンで頑固一徹な亀次郎は子どもたちに"おやじ太鼓"とあだ名を付けられている。この"おやじ太鼓"、朝は5時に起き、夜は8時になるともう寝てしまうが、起きている間は鳴り通し。そんな亀次郎をさらりとかわす7人の子どもたちに比べて、損な役回りはお手伝いさんたち。ひと言多いばっかりに、毎日カミナリを落とされる。
2023.9.21 BS松竹東急録画。12話からカラー。DVDは第1部の39話まで収録。
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。62歳。
妻・愛子:風見章子…良妻賢母。57歳。
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長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。31歳。
妻・待子:春川ますみ…正子の紹介で結婚。
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次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。29歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。27歳。
三男・三郎:津坂匡章(現・秋野太作)…二浪して今は大学4年生。
次女・幸子:高梨木聖…大学4年生。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…高校2年生。
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正子:小夜福子…亀次郎の兄嫁。高円寺の伯母さん。59歳。
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お敏:菅井きん…お手伝いさん。愛子の4つ下。53歳。
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うなぎ屋:樫明男…うなぎ佐助の店員。
またお敏の「海ゆかば」で始まる。
♪海ゆかば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山ゆかば…
愛子が茶の間からお敏を呼ぶ。愛子は「これ、お母さんに送ってちょうだい」と箱を渡す。中身はお中元の頂き物の海苔とお菓子。ホント、海苔って定番だったね。そういや、夏になってから愛子さんは洋装になったね。今日は紺色のワンピース。
愛子「いいにおいね。カレーのルー、作ってんの?」
お敏「はい、今日は失敗しませんから」
愛子「あんた、いつも炒めすぎちゃうのよ。そんなに焦がさなくたっていいのよ」
お敏「それが難しいんですよ。その日の気分で」
愛子「気分で炒められちゃ、かなわないわね」
お敏「それがやっぱり人間なんですね。カッときてるときは黒焦げになるし、たるんでるときはカレー粉が足りないし」
愛子「今日は歌が出てるんだから気分がいいんでしょ? おいしく頼みますよ」
お敏「はいはい。それほどでもないですけどね」
固形のカレールーがまだなかったのかと思ったけど、もう発売されてた(昭和25(1950)年)。それほど普及してなかったとか?
愛子「そりゃそうと、あんたこのごろ『海ゆかば』ばっかり歌ってるわね」
お敏「あらそうですか?」
愛子「あらそうですかって自分が歌ってるんじゃないの」
お敏「そういえばそうかな」
愛子「陰気くさいわよ。どうせ歌うならもっと陽気な歌はないの?」
お敏「それがダメなんですよ。その日の気分で」
愛子「変な気分ね。お父さんはこのごろ独り言ばっかり言うし、あんたはあんたで気のめいるような歌を歌うし」
お敏「そういえば、どっか変じゃないんですか、このうちは」
愛子「何が変なのよ?」
お敏「そうそう、あしたじゃないんですか。死んだ人の魂が帰ってくる日は」
愛子「嫌なこと言わないでちょうだい。そんなこと言ってるとまた黒焦げですよ」
お敏「そうは言うけど、何か変よ。どうもカラッとしないんだから。ああ、いいにおい。だけど、カレー粉のにおいって、およそ、お盆らしくないわね」
そうそう、7月のお盆だね。
電話が鳴り、「ん~、困っちゃうわ、焦げちゃうし」と火を止め、フライパンを持ってかきまぜたまま、電話へ向かうお敏。電話は高円寺のおばちゃんですぐに愛子に代わる。
愛子が電話に出ると、一体、三郎さんはどうなっちゃったんですか?と聞く正子。
愛子「あら、すいません。三郎はちょいちょいそちらへ行ってるんじゃないんですか?」
正子「来るもんですか。七夕の翌日にちょっと顔を見せただけですよ。それっきりですよ」
愛子「まあ、すいません。わたしもついうっかりして」
正子は田園調布の駅前から電話をかけていて、土曜日なのでひょっこり帰ってくることがありますからねと亀次郎を気にしていた。
今回は1969年7月12日(土)かな? それにしてもほぼ毎回、土日だけで話を作れるのがすごい!
愛子「いいんですよ、帰ってたって。今、うなぎ屋さんですか?」
正子「冗談じゃありませんよ。田園調布のうなぎなんか二度と食べませんからね」
愛子「とにかくすぐいらっしゃいよ。今日はお敏さんと私と2人だけよ」
正子「じゃあ行くわ、すぐ」
愛子「どうぞ」受話器を置く。
お敏「おいでになるんですか?」
愛子「駅前から電話かけてんのよ」
お敏「うなぎ屋なんですか?」
愛子「怒ってたわ。私がそう言ったら。田園調布のうなぎなんか二度と口にするもんかって」
お敏「まあ、もったいない。あんなうまいうなぎがタダで食べられるじゃありませんか」
愛子「お父さんも二度と食べないって言うし、おかげでこっちは助かるわ」
おばちゃんが三郎を連れて田園調布まで来たものの家に来る前にうなぎを食べて、三郎に帰られてしまい、亀次郎に怒鳴られたのがトラウマになってしまったのね。
秋子が帰ってきた。めちゃくちゃ久しぶりかも。
日曜日の朝に武男の部屋でトーストをごちそうになっていて、亀次郎に呼ばれて本宅に行って怒られて…その後の回は旅行だなんだと不在。
秋子は会社の慰安会で浜名湖に行ったものの、予想以上に早く帰ってきた。海がいいのは子供ばかりで、みんなお酒飲んで麻雀ばかりしている。
神尾から電話があり、9時ごろ電話しますとのこと。
秋子「そう。あしたの日曜のことでしょ。フフッ、あの人、相変わらず中学生みたい。土曜だと必ず電話がかかってくるんだから」
愛子「あんたのほうからかけたら?」
秋子「どこにいるか分かりゃしないわよ。スター気取りでどっかで撮影してんでしょ」とお敏に出してもらった水を飲み終え、顔洗って着替えてくると台所を出ていったが、裏玄関に置かれたスーツケースからお土産を取り出した。
台所
秋子「はい、お茶とわさび漬け。そういえば、うちの中、バカに静かね」
愛子「まだみんな帰ってこないのよ。あんたのほうには待子さんがいるでしょ」
秋子「あっ、そうか。隣のお土産忘れちゃったわ。どっちか1つもらうわね。どっちがいいかしら」
愛子「わさび漬けのほうが珍しいんじゃない?」
秋子「そうね。あとで半分もらったっていいものね」
愛子は秋子にお茶は神尾さんにあげなさいよと言うが、「いいのよ、甘い顔しないほうが。あの人いい気になってんのよ。損しちゃうわ、気にしてたら」とお茶の箱をそのまま台所へ置いて出ていく。ため息をつく愛子。
お敏「一体どういうことなんですか、あれは」
愛子「あれって何よ?」
お敏「だって、結婚する相手の方でしょ。それを損しちゃうだなんて、あんなこと言ってもいいもんなんですか?」
愛子「それで困ってんのよ。お父さんだって機嫌が悪いし」
お敏「そりゃそうですよ。私が男だったら、あんなお嫁さんはごめんですよ。言っていいことと悪いこととありますよ」
愛子「何がなんだかさっぱり分かりゃしない。好き合ってんなら、さっさと一緒になってしまえばいいのに」
お敏「そうですよ。それが一番手っ取り早いんですよ。近頃は結婚式なんてあとのあとなんですよ。つまり、三郎さんの生き方なんですね、はやってんのは」
愛子「変なこと言わないでちょうだい。三郎だってそんなだらしのない子じゃありませんよ」
お敏「そうでしょうか」
愛子「そうですよ」
お敏「でもね、奥様。これはひとから聞いた話なんですけどね、スウェーデンとかいう国、すごいんですって」
愛子「変なこと聞いてくるのね、あんたは」
お敏「聞いてくるんじゃありませんよ。それぐらいのこと知ってなきゃ時代に遅れちゃいますよ」
愛子「いいのよ、あんたは遅れたって。まさかあんたがスウェーデンのまねをする年ですか」
お敏「あら、まあ失礼な」
↑武男もスウェーデンは学生結婚が普通とか言ってた。
↑「おやじ太鼓」の約10年後の「岸辺のアルバム」ではスウェーデンは兵器産業では一流という話が出ている。スウェーデンに何があるんだ?
敬四郎帰宅。プールから帰った敬四郎は不満げ。
愛子「だって、プールで面白く遊んできたんでしょ?」
敬四郎「だからお母さんダメなんですよ」
愛子「何がダメなの?」
敬四郎「大体、僕をいくつだと思ってるんですか? 毛水の中でパチャパチャやってりゃ面白い年じゃないんですよ」
愛子「じゃあ、行かなきゃいいのに」
敬四郎「そうじゃないんですよ。1人で行ったってつまらないって言ってんですよ。みんなガールフレンドと一緒なんですよ」
お敏「まあ、生意気言ってるわ」
敬四郎「うるさい、お前は」
愛子「じゃあ、ガールフレンドを作ったらいいじゃない」
お敏「そうですよ」
敬四郎「それができりゃ文句は言いませんよ」
愛子「じゃあ、しかたがないじゃないの」
敬四郎「しかたがないじゃ済みませんよ。僕は若いんですよ。僕は青春なんですよ。それがどうですか。うちの中で掃除の手伝いをして、こんな台所で料理を作ってて、それが一体どうやったらガールフレンドが出来るっていうんですか」
お敏「やっぱりあれですね」
敬四郎「うるさい、お前は」
愛子「だってしかたがないんですよ。今は我慢してなきゃ」
敬四郎「我慢にも程度がありますよ」
敬四郎は「だったら僕を自由にしてくださいよ。僕は料理を習いたいって言ってるんですよ。真面目なんですよ。一生懸命なんですよ。その上で大威張りで青春を楽しみたいって言ってるんですよ」と熱弁。
お敏はやっぱり時代はスウェーデンだと言い、敬四郎も同調する。愛子は変なこと言っちゃ困りますよとお敏をたしなめ、敬四郎にシャワーを浴びてくるように言うと、この後ゆっくり話し合いますからね、と愛子を指さし、お敏にはいいこと言うよ、見直したよ、年を取ってるけどねと褒めてるんだかけなしてるんだか分からないことを言い、台所を出ていった。
お敏「さてと頑張っちゃおうかな」
愛子「とんだスウェーデンですよ」
お敏「それが奥様、猛烈なんですよ、スウェーデンは」
呼び鈴が鳴る。ブザーと呼び鈴の違いはなんだ?
正子は暑いからタクシーに乗ってきたと言う。鶴家は駅からまあまあ歩く距離なのかな? 正子は苦いお茶と熱いおしぼりを希望し、冷たいおしぼりはさっぱりしなくて嫌い、冷たいおしぼりはベチャッとして気色が悪い、あんなもの出すうち気が知れないわなどと冷たいおしぼり批判をする。
重ねてお敏に裏門の開き戸の取っ手のとこなんかなんだか気持ち悪いので一遍拭いたほうがいい、裏門の前の家に割れた朝顔の鉢が生け垣の外へ出してあったので、みっともないから垣根の中へほっぽってやんなさいと注意する。割れた鉢のことは鶴家のことじゃないけどねえ。
正子は久しぶりに遊びに来た。あのうなぎ以来か。5月の終わりだから、2カ月もたってないけどね。
愛子「おばちゃんが来ないと変ですよ」
正子「そうかしら」
愛子「お父さんだって自分が何を言ったか忘れちゃってるんですよ。あとはケロッとしてるんですからね」
正子「そうは言ったって、言われたほうはそうはいきませんよ。もうこんなうちの敷居二度とまたぐもんかと思ったんですからね」
愛子「敷居とうなぎでしょ?」
正子「そうよ、もう真っ平よ。だから今日は持参で来たのよ」
愛子「あらあら、何を持ってきたんですか?」
正子「お得意の五目寿司よ。さっぱりしていていいと思って」
愛子「そりゃすいません。秋子と敬四郎が帰ってきたんですよ。つい今さっき」
正子「そりゃちょうどよかったわ」
愛子「まあ、きれいに作っちゃって」
正子「ひと口ずつしかないわね。このうちは人数が多いから」
愛子「いいえ、それでいいんですよ。ごちそうさま」
正子は亀次郎が帰ってくることを気にする。愛子は大威張りで座っていればいいと言うものの、いきなり顔を合わせたらまた何を言われるか分からないと顔をしかめる。正子はあっちへ行きましょうよと広間へ移動。
愛子は正子が持ってきた五目寿司を台所に置き、秋子と敬四郎が来たら食べてもいいのよとお敏に言う。お敏の入れたお茶を愛子が持っていく。
お敏「だけど、あれですねえ。高円寺の奥様も相変わらずですね」とおばちゃんのまねをする。「目障りだから垣根の中に放り投げてやるといいんです」。
愛子「性分なんですよ、おばちゃんの」
お敏「よくもまあ気がつくったら」
愛子「1人暮らしだとそういうふうになるのよ。結局寂しいのよ」
お敏は頂いた小包を出しに行きたいと愛子に言うが、今日は土曜日だし、悪くなるものはないからあさってでもいいと愛子に言われた。
広間
愛子「暑かったら冷房にするといいんですけどね」
正子「いいわよ、風がよく通るから」
愛子「それで三郎は一度しかお伺いしてないんですか?」
正子「そうなのよ。それで今日は押しかけてきたんですよ。どこ行ってんですか? 今日は」
愛子「さあ、どこでしょう」
正子「大学はもうとっくにお休みだし、よくもまあ昼間っから飛び歩くとこがあったもんですよ」
愛子「それが若さなんですよ。飛んだり跳ねたりゲバ棒を振り回したり。学校だってお休みのほうが多いんですからね」
正子「うちのアパートにいる学生だって、まあ、軒並み勉強なんかしないわね。おとなしく本を読んでる子なんか見たことないわ。夜中に帰ってきて、お昼ごろまで寝てるのよ。それで起きたと思ったら出てっちゃうでしょ。それもよ、学校へ行くことは行くのよ。でも、友達を捜しに行くだけよ。教室へなんか入りゃしないんですって」
愛子「まあ…」
正子「大抵、学校の前の麻雀屋か喫茶店よ。あれでまあ、よくも親は仕送りしてたもんよ。親バカもいいとこよ」
愛子「そんな学生ばっかりでもないんでしょうけど」
正子「いいえ、そうよ。そう思ってれば、まあ、間違いはないのよ。ちょっとマシな学生なら、とても勉強なんかしちゃいられないんですね、今は。あの暴れてる学生だって、とてもバカじゃああはできないそうよ。頭が悪くては何がなんだか判断がつかないんですって。まあ、難しい世の中よね」
愛子「じゃあ、うちの三郎や幸子はどういうことになんのかしら」
正子「さあね、でもまあいいじゃないの。特別頭がよくなくたって」
愛子「そりゃ特別でなくってもいいけど、バカじゃ困りますよ」
正子「まあ、そんなことどうでもいいから、一体全体、三郎さんはどういうことになっちゃったの?」
愛子「どうでもよくありませんよ」
正子「いえ、私が来たのはよ、三郎さんがこっちのうちにいるのか、私のうちにいるのか、それは一体どういうことになったのか聞きに来たんですよ。こっちのうちに帰っちゃったんなら、私のほうの部屋だって空けてもらわなきゃいけないし、大体帰ってくるんだかこないんだか分からないんじゃ、とってもお夕飯だって困っちゃうわよ。この間、ひょっこり帰ってきたときだって、うわあ、おなかが減った、おなかが減ったって大騒ぎですもの。しかたがないから、うな重を2つ取って2人で食べたんですよ。まさか1つ頼むわけにはいかないわよ。そのくせ田園調布のうなぎみたいにおいしくはないのよ、私のほうは。とんだ散財よ」
愛子「そりゃまあすいませんでした」
正子「いえ、いいのよ、そんなことは。ただ、これからのことですよ」
愛子「それがはっきりしないんですよ」と三郎は多分、ちょっとお父さんの顔を見ながら謝りに来たつもりだが、亀次郎はそう思っておらず、謝って、うちへ帰ってきたと思った。愛子自身はすぐおばちゃんの所へ帰ると思っていたと続ける。それを亀次郎には簡単には言えない。
正子「まあ、ややっこしい。大学の紛争じゃないけど、とても私には分からないわ」
愛子「それに三郎にしたら、あっちに行ったり、こっちにいたり、そのほうが気楽で気分がいいんでしょ」
正子「まあ、あきれた。いつからそんな甘い親になったんですか」
愛子「親バカは甘くも辛くもなるんですよ。それで揉めないで済めば、そのほうがいいじゃありませんか」
正子「じゃあつまり、私のほうは当分、うな重を取ったり、天丼を取ったりしなきゃならないんですね」
愛子「それもいいんでしょ、おばちゃんは」
正子「まあ、何がいいんですか?」
愛子「もともと食べることは好きなんでしょ」
正子「そりゃまあ、1人でボソボソ食べてるよりはいいですけどね」
いやいや、正子さんの負担が大きいだろ! 食べることが好きでごまかさないで!
お敏が旦那様がお帰りでございますよと知らせに来て、高円寺の奥様の言うとおりにしてひどい目に遭ったと話し始める。
植木鉢を向かいの庭に放り込むと、ばったり亀次郎が帰ってきて、亀次郎に見つかった。しかし、怒鳴られたのは亀次郎。お向かいの頑固ばあさんがちょうど庭にいて、男みたいなかすれた声で怒鳴った。奥さんのほうのおばあちゃんで針金みたいに痩せたほうがいきなり飛び出してきて亀次郎が植木鉢を放り込んだと勘違いして食ってかかった。お敏はとっくにすっ飛んで逃げた。ガチャガチャとなってるところに太ったほうのおばあちゃんも出てきて、亀次郎は太ったほうと痩せたほうを相手にして…とここまで聞いて、大急ぎで帰ろうとする正子。「だって似たようなばばあだと思われますよ」。
愛子「だって会わないで帰ったら変ですよ」
亀次郎は「この変なぞうりは誰のだ」とお敏に聞いていて、正子が来たことは知っている。
正子「だから帰りますよ、私は。ぞうりまでくさされたらいられませんよ」
愛子「そんなこと今更何を言うんですか」
亀次郎が愛子、何をしてるんだ!と広間の外から叫んでいる。愛子は正子をなんとか広間にとどまらせて広間を飛び出し、敬四郎とぶつかりそうになる。
武男「あっ、お母さん」
愛子「あんた、そばにいたんじゃないの」
武男「いたけど、あれじゃ手がつきませんよ」
⚟亀次郎「何をそんなとこでしゃべってるんだ!」
愛子が「はい」と返事をして茶の間へ向かうと、亀次郎はステテコ姿で広縁の椅子に座っていた。
愛子「おかえりなさい」
亀次郎「とんだおかえりですよ。太ったのと痩せたのと、もう一人うちへ来てるそうじゃないか」
愛子「おばちゃんは中ぐらいってとこでしょうかね。お父さんが帰ってくるのを待ってたんですよ」
亀次郎「何か用で来たのか?」
愛子「用でなくたって来ますよ。身内じゃありませんか。うちより他に行くとこありませんよ」
亀次郎「そりゃそうさ。うちより他に値段構わずごちそうしてくれるとこがあるか。うなぎの高いことをまるで知らないんだから」
愛子「もう食べないって言ってましたよ。田園調布のうなぎはこりごりですって」
亀次郎「当たり前ですよ。あれだけ怒鳴られて懲りなかったら、よっぽどどうかしてるんだ」
愛子「そういうお父さんだって懲りたでしょ。息子がお世話になってるおばちゃんにあんなひどいこと言って」
亀次郎「ひどくはありませんよ。怒るほうが当たり前ですよ」
愛子「懲りてるんですよ。分かってますよ。気持ちがとがめてるもんだから、もううなぎを食べないなんて言ってるんですよ。そういうお父さんですよ」
亀次郎「ヘッ、甘く見ちゃ困りますよ」
愛子「甘いのは私のほうじゃなかったんですか? よく怒るじゃありませんか。子供に甘すぎるって」
亀次郎「そりゃ怒りますよ。お前ばっかりいい親になって」
愛子「そういうわけじゃないんですよ」
亀次郎「わしの甘辛のいいとこなんて、さっぱり子供たちには分からないんだ」
愛子「分かってるんですよ。お父さんだって結構親バカですよ」
亀次郎「親バカはお前ですよ」
愛子「まあ、どっちでもいいから、早く汗を流しておばちゃんに会ってくださいよ」
亀次郎「会いますよ、めんどくさい」
愛子「浴衣の糊がちょっときついかもしれませんけどね」
亀次郎「せっかく楽しい我が家に帰ってくりゃ、ばばあの顔が3人だ」
愛子「私で4人じゃないんですか?」
亀次郎「だからガックリするんですよ」
裏玄関にうなぎ屋が配達に来た。うな重2人前、肝吸いなし。いつもの佐助の配達の人だけど、今日は前歯が1本ない。お敏は頼まないと言うが、誰かが頼んだんだと言い、お敏は愛子が頼んだものと思い受け取った。
広間のソファに座る正子、武男、敬四郎。
武男「そう言っちゃ悪いけど、おばちゃんが来ると、必ずこのうちは揉めるんですよ」
正子「冗談じゃありませんよ。揉める原因は私じゃありませんよ。あんたたちのお父さんですよ」
敬四郎「でもさ、火に油をぶっかけんのはおばちゃんじゃないの?」
正子「そういうハメになるんですよ」
お敏がうな重を運んできた。正子はこんなもの知らないと言うが、武男も遠慮しなくたっていいと勧める。しかし、正子は知らないと言い、敬四郎は愛子が気を利かせて頼んだとひらめく。2つあるなら、おばちゃんとお父さんで食べればいいと武男が言う。
ふと見ると、並んで座った武男と敬四郎の肌の色が全然違う。プールに行った敬四郎が白くて、なぜか日焼けしている武男。
正子「そりゃ、私だってうなぎは嫌いじゃありませんよ」
お敏「まあ、嫌いじゃないんですって。そんなつれない言い方をしたら、うなぎが泣きますわ。ポロポロ涙を流して」
正子「ヤツメウナギみたいなこと言わないでよ」
お敏がお茶を入れ替えると言うと、武男がうな重が来てることを愛子に伝えるように言い、正子には待子を呼んでくると言う。
台所
お敏「だけどわざわざ肝吸いいらないって言うかしら」
広間を出た武男は台所に立ち寄り、おばちゃんの五目寿司を食べるからお茶と一緒に広間に用意するよう頼んだ。
愛子に寝巻きを着せてもらう亀次郎。
愛子「いつまでたっても子供みたいな着方をして。もうちょっと背縫いをまっすぐに合わしてくださいよ」
亀次郎「糊がゴワゴワしてるからですよ。背中の皮がむけちゃいますよ」
愛子「そんな上品な背中ですか」
お敏が茶の間へ行き、うなぎも来ていることを報告。
亀次郎「またあのおばちゃんだ。ずうずうしいにも程がありますよ」
愛子「お父さん。そんなはずありませんよ。何かの間違いですよ」
おばちゃんとうなぎはつきもん。わしへの面当てと言う怒鳴り声が広間にも響く。
広間
亀次郎「おばちゃん!」
正子「はい! しばらくです」
亀次郎「あんたはこのうなぎをどうするつもりかね」
愛子は正子が五目寿司を作ってきてくれたことを説明していると、武男がうなぎをたのんだのは待子と秋子だったと言いに来た。秋子がおなかを減らして帰ってきて待子と2人で頼んだ。武男が別宅に行くと催促の電話をかけていた。
愛子「やれやれ」
亀次郎「やれやれはこっちですよ」
正子「ああ、驚いた」
敬四郎「おばちゃん、ホッとしたよね」
愛子「私だってホッとしましたよ」
武男「おばちゃん、すいません」
正子「そうですよ。あんたがお父さんと1つずつ食べたらなんて言うもんだから」
亀次郎「食べたきゃ食べたっていいんですよ」
正子「いえいえ、私はもう金輪際…」
亀次郎「まあ、立ってしゃべってないで掛けたらどうかね」
正子「はい、ご親切にどうも」
冷や汗が出たと言う正子に亀次郎が武男におしぼりを持ってくるよう命じた。愛子はおばちゃんは熱いおしぼりでなきゃダメよと言うが、冷たいほうがいいと正子が慌てる。
これでよしと安堵したような亀次郎に愛子と正子は笑ってしまい、つられて亀次郎も笑う。うなぎを取りに来た秋子に「あんたのおかげでとんだ迷惑ですよ」と言っちゃう正子。待子は恥ずかしがって来ない。
亀次郎は好きなものは我慢しなくたっていいとうな重を正子に渡す。もう一つは待子へ。秋子は正子の作った五目寿司を食べるように言う。亀次郎は正子の五目寿司を食べて「こりゃうまい」と褒めた。(つづく)
おばちゃんの五目寿司はすぐなくなりそう。お敏さんがカレー作ってたんだから、あれは夕飯前のおやつ的扱い?