TBS 1969年6月3日
あらすじ
鶴 亀次郎は裸一貫からたたき上げ、一代で築いた建設会社の社長である。ワンマンで頑固一徹な亀次郎は子どもたちに"おやじ太鼓"とあだ名を付けられている。この"おやじ太鼓"、朝は5時に起き、夜は8時になるともう寝てしまうが、起きている間は鳴り通し。そんな亀次郎をさらりとかわす7人の子どもたちに比べて、損な役回りはお手伝いさんたち。ひと言多いばっかりに、毎日カミナリを落とされる。
2023.9.13 BS松竹東急録画。12話からカラー。DVDは第1部の39話まで収録。
鶴家
亀次郎:進藤英太郎…大亀建設株式会社を一代で立ち上げた。62歳。
妻・愛子:風見章子…良妻賢母。57歳。
*
長男・武男:園井啓介…亀次郎の会社で働いている。31歳。
妻・待子:春川ますみ…正子の紹介で結婚。
*
次男・洋二:西川宏…ピアノや歌が得意。空襲で足を悪くした。29歳。
長女・秋子:香山美子…出版社勤務。27歳。
三男・三郎:津坂匡章(現・秋野太作)…二浪して今は大学4年生。
次女・幸子:高梨木聖…大学4年生。
四男・敬四郎:あおい輝彦…浪人中。
三女・かおる:沢田雅美…高校2年生。
*
お敏:菅井きん…お手伝いさん。愛子の4つ下。53歳。
きょうだい全員揃わないねえ。今日は武男、秋子、幸子、敬四郎、かおる。
お敏が台所で料理をしながら歌うのは「海ゆかば」
♪海ゆかば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山ゆかば 草むす屍
大君の 辺(へ)にこそ死なめ
かえりみは せじ
戦闘意欲高揚を意図して作られた曲だというけど、日本の軍歌って物悲しい歌詞や曲調が多い気がする。他の国の軍歌は知らないけどね。
裏玄関から待子が入ってきて、お敏に「おはよう」と声をかける。待子は亀次郎が起きたか聞くが、日曜日だというのに起きてこない。こんなことは私がこのうちへ来てから初めてだとお敏が言う。
今回は1969年6月1日(日)の出来事。
待子「風邪でもおひきになったのかしら」
お敏「いえいえ、この陽気のいいのに風邪なんかひくタマじゃありませんよ。もっとも鬼の霍乱(かくらん)ってありますわね」
待子「まあ、お敏さんったら」
お敏「神経痛でも出たんでしょうか。年から言えば中気か神経痛ですもんね」
待子「ひどいこと言う人」
お敏「ひどいのはお互いさまですよ。持ちつ持たれつですからね」
待子は愛子はどうしたか聞くと、お敏はバケツと雑巾を持ってその辺にいると言う。
広間で掃除をしていた愛子にあいさつする待子。「あたくしがいたしますわ」という待子に「することがないからしてるんですから」と愛子。亀次郎がまだ寝ていることにこんなこと珍しいからゆっくり寝ててもらうと言う。
武男がパジャマのまま裏玄関から入ってきた。台所から出てきたお敏に待子がどこにいるか聞いて広間へ向かう。
亀次郎たちの部屋
亀次郎は布団の中であおむけになり目を開いていた。愛子は亀次郎が寝ているから布団はそのままなんだね。スズメの声に外を見てちょっとだけ微笑む。
広間
武男「どっか悪いんじゃないの? お父さんがまだ寝てるなんて」
愛子「ゆんべ寝られなかったらしいのよ。ご不浄へ3度ばかり行ったかしら。寝返りばっかり打ってたわ」
武男「おかしいな。健康診断はこの間やったばかりだし、なんともなかったんですからね」
愛子「やっぱり気になるのよ。洋二や三郎のことが」
武男「そりゃまあそうだけど。何しろ7人のうちの2人ですからね。それも2人とも子供じゃないんだし。まあ、いつまでもクヨクヨしないことですね。ねえ? 待子。君が1人増えたんだしさ」
待子「でも、やっぱり…」
愛子「あんたみたいにあっさりはいきませんよ。1人だって減れば、やっぱり寂しいもんですよ」
武男「そうかな」
待子「そうよ」
愛子「自分で子供を持ってみれば分かりますよ」
敬四郎が愛子を呼ぶ。
武男「あれも子供か」
今日はハイネック気味の青いTシャツの敬四郎が広間に入ってきた。
愛子「珍しく早いじゃないの」
敬四郎「起きますよ、あれじゃ。何さ、待子、待子って大声で甘ったれちゃって」
武男「バカ! 顔でも洗って出直しな」
敬四郎「ほらね、僕にはこれなんだからね」
武男「他に言いようがあるか。さあ、待子、ごはんにしようよ。出かけるんなら早いほうがいいんだから」
待子「はい」
待子は愛子が持ってきたバケツを片付けようとしたが、愛子が敬四郎がするからと断った。待子が武男に卵を買うのを忘れちゃったと言うと、武男はお敏さんからもらってきなよと言い、愛子も持ってらっしゃいよと言う。武男と待子が広間を出ていく。
愛子「さてさて、ぼつぼつお父さんを起こしましょうかね」
敬四郎「あれ? お父さんまだ寝てんの?」
愛子「そうなの。ゆんべ寝られなかったのよ」
敬四郎「どうして? なんかあったの?」
愛子「何かあったじゃありませんよ。2人もいなくなれば大騒ぎですよ。もう、かおるも起こすんですよ。たまにはお父さんより先に起きるんですよ」
敬四郎「はい」
台所で「海ゆかば」を歌っているお敏に愛子は秋子や幸子も起こすように言う。
亀次郎たちの部屋
亀次郎自ら布団を押し入れにしまっている。えらい!
愛子「あら、起きたんですか」
亀次郎「とっくに起きてますよ」
愛子「私がしますから顔でも洗ってきてください」
亀次郎は顔を洗いに行かず、広縁の椅子に座る。「ハァ~、やれやれ日曜日か」
愛子「今日もいいお天気ですよ。武男さんたちはどっかへ出かけるんですって」
亀次郎「えっ?」
愛子「お父さんも連れてってもらったらどうですか」
亀次郎「どこへ?」
愛子「どこでもいいじゃありませんか。いい気晴らしになりますよ」
亀次郎「わしがどうして気晴らしに行かなきゃならないんだ」
愛子「あら、そうですか。そんならいいんですけど」
亀次郎「たまに早く起きたと思って威張んな」
愛子は掃き出すからどっか行ってくださいとてきぱき布団をたたみ、シーツをまとめて運ぶ。
亀次郎「ドタバタすんな。なんだ、人がホッとして腰掛けてんのに、ったく…」
立ち上がり謎の体操を始める。
愛子は姉さんかぶりをしてはたきをかける。「もうみんな起こしましたからね。すぐごはんにしますからね」
亀次郎「ガツガツすんな」
愛子「ホコリになりますよ」
亀次郎「大体お前がいけませんよ」
愛子「何がいけないんですか?」
亀次郎「何がじゃありませんよ。子供を甘やかして」
愛子「なんですか、朝っぱらから。変な言いがかりはつけないでくださいよ」
亀次郎「言いがかりじゃありませんよ」
愛子「お父さんが怒鳴りすぎるからですよ。せめて私ぐらい甘くしなかったら、うちの子供たちはどうなってたか分かりませんよ」
亀次郎「どうもこうもあるか。2人ともはっきりうちを出てったじゃないか」
愛子「そりゃ、お父さんが理解してやらなかったからですよ」
亀次郎「どういうふうに理解するんだ」
愛子「それが自分で分からないような親じゃしょうがありませんよ」
亀次郎「自分だけ分かったような顔をするな。なんだ、目やになんかくっつけて」
目やにを取る愛子。「人のことより自分のことですよ。早く顔を洗ってきてくださいよ」
亀次郎「顔だっていつでも洗えますよ」と目やにを取る。
愛子「なんですか。三郎だってせっかく帰ってきたのに怒鳴ることはなかったんですよ」
亀次郎「バカ者。まっすぐに謝りに来たんならともかく、その前に駅前でうなぎなんか食ってきやがって」
愛子「それだっていいじゃありませんか。久しぶりに田園調布へ来たんですもの。うなぎだって恋しくなりますよ」
亀次郎「うなぎと親の顔とどっちが恋しいんだ。大体そういう了見が気に入りませんよ」
いきなり亀次郎が障子を開けた。お敏、敬四郎、かおるが逃げ出す。
亀次郎「こら! 敬四郎! かおる! こら、お敏」
台所で味見をするふりをしていたお敏。
亀次郎「とぼけるんじゃありませんよ。朝っぱらから夫婦ゲンカの立ち聞きをして」
お敏「はい」
亀次郎「今朝のおみおつけはなんですか?」
お敏「あっ、野菜の残り物をいろいろ取り合わせて…」
亀次郎「取り合わせるにも限度がありますよ。野菜だって安くはないんだ。残り物が出ないように気をつけなさい」
まあ、この家、食事をする時間がバラバラだから、作る方はすごく大変だと思う。いつだってご飯炊いとかなきゃいけないような状態だし。
愛子「あれだもの。とても洋二だって三郎だって帰ってきやしませんよ」
三郎はともかく、洋二は亀次郎のせいとかじゃないと思う。
かおると敬四郎が雑巾、雑巾と騒いでいる。愛子が敬四郎に聞くと亀次郎がバケツにつまずいたのだと言う。広間に行くと、寝巻きの裾がびしょぬれの亀次郎が裾を持って立っていた。「お前だろ、あんなとこバケツ置いたのは」
愛子「つまずかなくたっていいんですよ」と裾を絞る。
亀次郎「いいも悪いもわざわざつまずくか!」
茶の間
亀次郎、愛子、幸子、敬四郎、かおるが食卓につく。今回はかおるが手前でご飯を盛ってる。秋子は今朝はいらないとお敏が言うが、亀次郎は秋子を呼んでくるように言う。しかし、私が見てきますよと愛子が隣へ行く。
亀次郎「朝ごはんぐらいパクパク食べるようでなきゃいけませんよ」
敬四郎「はい、いただきます」幸子やかおるも続く。
秋子が最近どうかしてる、ぼんやりしてるなどと敬四郎や幸子が言い合い、お敏も元気がないと言う。かおるはうまくいってないから寂しいのだと推測。
亀次郎「わがままなんですよ。大体うちの子供たちは」
敬四郎「はあ、お父さん。おみおつけが冷めますけど」
亀次郎「いいんですよ、冷めたって。みんながそろうまで食べませんよ」と言われると敬四郎たちも食べるわけにもいかず箸をおろす。
隣の家の2階から降りてきた愛子は待子に秋子がどこにいるか聞く。元・三郎の部屋はドアが2つあるんだ? 待子が「こちらにいらっしゃいますよ」と言うと、別のドアから愛子が入っていく。
武男や待子と食卓についていた秋子。「お母さん、おはよう」
秋子はコーヒーとパン一切れを食べていた。新婚夫婦の朝食に混ざるなんてすごいなあ。武男も「お母さんどうですか?」と勧める。
愛子はお父さんが呼んでいると秋子を連れていこうとするが、秋子は席を立とうとしない。「座ってお茶だけ飲んでいればいいんですよ」と秋子の腕を引っ張る愛子。今度はかおるまで来た。「何してんの? 一体。お父さん冠助よ」
流行ってたのかな? 冠助。
ようやく秋子も愛子とかおるとともに出ていった。
武男「ハァ…相変わらず隣は大変だよ」
待子「お義父様、おかわいそうですわ」
武男「かわいそう? そんなこと言ったの君が初めてだよ」
待子「だって寂しくなってしまったんですもの」
武男「そりゃまあそうだけど、それだっていわば自分から招いたことだからね。自分の短気が」
待子「3人も減ってしまったんですもの。あたくし、とてもよくお義父様の気持ち、分かるわ」
武男「子供というものは1人ずつ減ってくもんさ。さあ、どんどん食べなよ。隣は隣。こっちはこっちだよ。今日のおみおつけ、とてもおいしいよ」
待子「そうでしょ? ダシの取り方を変えたんです。お義母様に教えていただいて」
武男「そうか、どうりで。君は何をさせてもそつがないよ」
待子「あら、そうかしら」
武男「この卵焼きなんかうまいもんだよ。フカフカしていてさ」
待子「あたくしが作るとどうしてもフカフカしちゃうんです」
武男「やっぱりパン屋の娘だよ。それに香ばしいしね。あんパンを思い出すよ。懐かしいよ。あんパンはこのごろ食べたことがないからね」
待子「好きなの?」
武男「好きだったよ、昔は」
待子「フフッ、あたくし女学生のころあんパンっていうあだ名だったんです」
武男「へえ、君があんパン」
待子「ええ、うちがパン屋だったもんだから」
武男「ハハハッ、君があんパンか。ハハハッ、アハハハ! ああ、おかしい」
待子「そんなにおかしいんですか?」
武男「いやいや、おかしいんじゃないよ。かわいいんだよ、君は。かわいいあんパンだよ、ハハハッ」と待子の左頬をつまむ。
そこに秋子が戻ってきた。「冠助もいいとこ。朝っぱらから大変な雷よ」
武男「どうした?」
秋子「神尾さんのこと。一体いつになったら結婚するんだって」
武男「そりゃまあそうだよ。僕だって気になるもの。親ならもっと気になるよ。一体どういうことになってるんだ」
秋子「私が悪いんじゃないわ。神尾さんが悪いんだわ」
武男「さあ、それはどうかな」
秋子「どうしてよ。神尾さんが悪いに決まってるじゃないの」
武男「だけどだよ…」
秋子「だけどもヘチマもないわ。私が結婚しようと思ったのはテレビの俳優じゃありませんからね」
武男「だけどだよ…」
秋子「だけどもヘチマもありませんったら」
武男「それがいけないんだよ。お前の…」
秋子「何がいけないの? 私の」
武男「いけないに決まってるじゃないか」
黙っていた待子がさすがに武男を止める。
武男と秋子のビジュアル的にはこの2人がカップルのほうが合うんだけどな。
カップル役ではないけど「おやじ太鼓」以前の2人の共演作が面白そう。いつか見よう。「女たちの庭」には香山美子さんの結婚相手候補に山口崇さんも出演している。
武男は優しい愛子似で秋子は気の強い亀次郎似なのかもね。上に兄のいる長女は意外と妹気質が強い感じ。「道」の高子みたいな。
待子「恋愛は自由じゃありませんか。私たちのように」
秋子「あらまあ」
武男「うん、そりゃまあ」
待子「あなただってあんパンよ」
武男「えっ? 僕があんパン?」
どんな会話だ。待子はあんパンでいいことを思いついたと言い、はしゃぐ。ワケの分からない秋子と武男。秋子「何があんパンだか知らないけど私の恋愛はそんなに甘くありませんからね」となぜか威張る!?
茶の間
ごはんを食べている亀次郎。愛子や子供たちは黙って食事をしている。敬四郎、かおる、幸子が次々ごちそうさまと箸を置く。
敬四郎「ああ、おいしかった」
亀次郎「どうしておいしかったんだ?」
敬四郎「は?」
亀次郎「何がおいしかったんだ?」
敬四郎「はあ、今朝のおみおつけが」
亀次郎「おみおつけなんておいしくありませんよ」
愛子「およしなさい、お父さん」
亀次郎「おいしいわけないじゃないか。わしのおみおつけはとっくに冷めてますよ」
愛子「言いがかりですよ、あなたの言うことは」
亀次郎「言いがかりは秋子ですよ。秋子がゴタゴタ言うから、いつまでたっても結婚できないんですよ」
愛子「ゴタゴタっていったって…」
亀次郎「いいえ。ゴタゴタのガラクタですよ、あんな娘は。とっととうちを出ていけばいいんだ」
愛子「お父さん」
亀次郎「なんですか、わしをにらんで」
愛子「少し言うことに気をつけてください」
亀次郎「生意気なことを言うな」
愛子「これ以上出ていかれたらかないませんからね」
亀次郎「出ていきたいやつはさっさと出てけ」
愛子「お父さん、生意気なこと言わないでください」
亀次郎、驚きの表情。
愛子「つい口が滑ったんですよ。似たもの夫婦ですからね」
亀次郎「ヘッ、どんだ似たもの夫婦だ」
愛子「ごちそうさま」
亀次郎「老眼鏡じゃあるまいし、お前と一緒に年を取ってたまるか」
愛子「さあさあ、みんなで片づけてちょうだい。今日は天気もいいし、日曜日でしょ。お小遣いがなきゃあげますよ」
敬四郎「ほんと? お母さん」
愛子「お母さんがうそなんか言いますか」
幸子「そうよ」
かおる「そりゃそうよ」
愛子「ウジウジしてちゃダメよ。若いうちはカラッとしなきゃ。どこへでも遊びに行ってらっしゃい」
敬四郎「わあ、すてきだ」
かおる「やっぱりお母さんね」
亀次郎もいる手前か、さすがに幸子が「言うことに気をつけなさい」とかおるを注意する。敬四郎も「そうですよ、かおる」便乗する。
愛子「お母さんよりお父さんですよ」
敬四郎「あっ、そうそう、ねえ? お父さん」
亀次郎は「何がお父さんだ」とムッ。
かおるたちは自分たちの食器を運ぶ。「お先へ」と幸子や敬四郎が言ってた。
亀次郎「なんだ、自分ばっかりいい親になって」
愛子「どっちかがいい親でなかったら困りますよ」
亀次郎「それがいけませんよ。子供たちの前でわしをペチャンコにして」
愛子「ペチャンコになるお父さんですか。強情で頑固で分からず屋で」
亀次郎「うるさい! つべこべ抜かすな。わしはですよ、子供たちのことを思えばこそ…」
愛子「自分勝手なんですよ。子供たちの身になってやらないんですよ」
亀次郎「うるさいって言ったら、うるさい! なんだ、昔、小学校の先生をしていたと思って偉そうな口を利くな。あんな山ん中の分教場じゃないか。それも生徒だって15人か20人だ。あれで先生なら、ヘッ、蝶々トンボも鳥のうちですよ」
亀次郎「それもどうだ。いつ行ったってブカブカ、ブカブカ、オルガンを弾いていただけじゃないか。
♪ぽっ ぽっ ぽっ 鳩ぽっぽ
豆がほしいか そらやるぞ
みんなでそろって 食べに来い」
愛子は何も言わず立ち去ろうとする。
亀次郎「愛子、ど…どこ行くんだ?」
愛子「どこへも行きゃしませんよ」
亀次郎「こら、愛子。ここにいなさい! 愛子!」
一人残された亀次郎は残りのごはんに味噌汁をかけてごはんをかっ込む。
広間のピアノで「はと」を演奏している愛子。
台所から出てきたお敏は首をかしげる。「一体どういうことになっちゃったのかしら」
♪ぽっ ぽっ ぽっ 鳩ぽっぽ
お寺の屋根から 飛んで来い
亀次郎がお敏に寝るから布団を敷きなさいと叫ぶ。
広間で「はと」を弾いていた愛子は寂しそうな表情を浮かべ、手を止める。亀次郎が広間まで来て「わしは昼寝をするぞ」と宣言。
愛子「はい、どうぞ」
亀次郎「お敏が今、布団を敷いてるよ」
愛子「そりゃよかったですね」
亀次郎「さてとぐっすり寝るか」
ピアノの前で座り込んだままの愛子を振り返って見た亀次郎は「なんだ、いやに澄まして。お前が澄ましたっておっかなくありませんよ」と憎まれ口をたたく。
お敏「旦那さま、どうしたんですか? そんなとこへぼっ立って」
亀次郎「ぼっ立ってなんかいませんよ」
ぼっ立つなんて初めて聞いたよ。
今度は広間から「靴が鳴る」が聴こえてくる。
またお敏が台所から顔を出して様子をうかがう。
亀次郎が茶の間から顔を出し、「うるさいからあのピアノをやめさせなさい」とお敏に命じるが、「まあ、いいからほっときなさい。せっかくの日曜日だ」と茶の間に戻る。
お敏「まあ、何がなんだか分かりゃしない」
しかし、突然ピアノの音がやみ、お敏も亀次郎も気にして顔を出し、お敏と目が合った亀次郎は慌てて茶の間に引っ込む。
お敏「やれやれ、変な日曜日だこと。この分だとろくなことないわ」と冷蔵庫からバナナを1本手に取り、また「海ゆかば」を歌いながらバナナを食べる。
♪海ゆかば 水漬く屍
山ゆかば 草むす屍
大君の…
⚟亀次郎「こら!」
慌てて前掛けにバナナを隠すお敏。
亀次郎「ろくでもない歌を歌うな!」
お敏「はい! んっ…」
ろくでもない歌なんて言ったら当時にネットがあったら炎上する? 分からないけど。
亀次郎が広間へ行くと愛子は揺り椅子に揺られていた。「愛子。お前は何が気に入らなくてすねてるんだ?」
愛子「すねてなんかいませんよ」
亀次郎「いますよ。なんだいやにおとなしくなっちゃって」
愛子「おとなしいほうがいいんじゃありませんか」
亀次郎「よくありませんよ」
愛子「まあ、掛けたらいいじゃありませんか」
亀次郎「掛けますよ」
愛子「いい日曜日ですね。静かで」
亀次郎「いいもんか。こんな日曜日」
愛子「昼寝はやめたんですか?」
亀次郎「やめましたよ。寝てられるか」
愛子「じゃあ、お茶でも入れてきますか」
亀次郎「それがいけませんよ、お前は」
愛子「あら、何がいけないんですか?」
亀次郎「お前はですよ、いちいちわしに逆らっていなきゃ面白くありませんよ」
愛子「やめたんですよ、逆らうのを」
亀次郎「どうしてやめたんだ?」
愛子「つべこべ抜かすなって言ったじゃありませんか」
亀次郎「いや、それは言葉のはずみですよ。大体、わしとお前はですよ、30年もああだこうだ言い合って生きてきたんですよ」
愛子「それをもうやめたんです」
亀次郎「やめてどうするんだ?」
愛子「おとなしい奥さんになりますよ」
亀次郎「バカ! そんなつまらない女房になってどうする気だ」
愛子「…」
亀次郎「こら、愛子」
愛子「はい、あなた」
亀次郎「あなたじゃありませんよ」
武男が待子と広間へ入ってきた。手には大きな紙袋。待子のうちへ行ってきたという武男は珍しいものをもらってきたと紙袋を渡す。
待子「お義父様がお好きかと思って」
亀次郎「ハハッ、何が入ってんだ?」
愛子「まあ、パンをこんなにたくさん」
武男「あんパンですよ」
お茶をいれてくると台所へ行った武男と待子。
二人は並んであんパンを食べる。愛子の横顔を見る亀次郎。二人は庭を見て黙々とあんパンを食べ続ける。(つづく)
おやじがガハハと笑うような豪快なラストが見たいねえ。愛子がおとなしいだけの亀次郎の言うことを全肯定するような奥さんならこのドラマは見てらんない。嫌な人、悪い人が出てきてもいいからそれに反論するような人がいるならストレスはなくなる。