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【連続テレビ小説】マー姉ちゃん (74)

公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意 

不要資源を供出するように、との回覧板を見たはる(藤田弓子)は、押し入れを漁っている。供出したものが軍の武器となり、人を傷つけないか心配するマリ子(熊谷真実)たちだが、自分だけ出し惜しみするような考え方はいけない、と頑なはる。さらに、ヨウ子(早川里美)の書いた原稿を使い物になるか、菊池(フランキー堺)に見せるようマリ子に命じるはる。ヨウ子の才能の片鱗に気づき、菊池がじきじきに講義することになり…。

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今日の出演者は磯野家4人と菊池寛先生だけ。

 

磯野家。マチ子は便せんの絵入れの仕事が切れ、マリ子の挿絵の色塗りを手伝っていた。マチ子は割とネガティブでマリ子はポジティブ派。

 

マリ子「私はこれでも一家のあるじなんだから本当は一人でもみんなを食べさせていかなくちゃ」

マチ子「でも、マー姉ちゃんが結婚しちゃったら私、そんなことできるかな?」

マリ子「大丈夫よ。東郷さんだって当分帰らないだろうし、相手がいなくちゃお嫁にだって行けないじゃないの」

マチ子「マー姉ちゃんのためには本当は悲しんであげなくちゃいけないのよね」

マリ子「そう思ったら感謝しなさい、姉上様を」

マチ子「はい」

マリ子「あら、案外素直じゃない」

 

最近、マチ子が着ているオーバーオールみたいなの可愛い。

階下で物音がし、「こういう時のためにこの次女がいるんだから!」とマチ子が棒?を握りしめ、下へ降りていくと、はるが押入れの布団の下から蚊帳を引っ張り出そうとしていた。蚊帳の取っ手を供出するつもりで、他にも仏様のお線香立てとお鈴(りん)を集めていた。

 

マチ子「明日からおじいちゃまたちにお線香あげないつもり?」

はる「いいえ。お線香立てだったらお湯飲みに灰を入れたら十分間に合います」

マリ子「そこまですることあるのかしら?」

はる「非常時ですもの。太田道灌さんや家康さんの銅像もお寺の鐘と一緒に鉄砲の弾におなりになったんですもの。もう一度、身の回りを見回して出せるべきものは出すのが日本人の務めでしょう?」

 

マリ子「でもウラマドのおば様たちがおっしゃってたわ。金やダイヤの供出があった時、ヨーロッパでは絶対そういうものは出さないって」

マチ子「うん、そう言ってた。動乱や戦争がいくら起こっても国家は最終的に個人への責任は何も取ってくれないんだから、私たちは絶対に宝石類は手放しませんって」

はる「あちらはあちら。私は私。なにも人様の考えまで強制するつもりは私にはありませんよ」

 

マリ子「だからってこれが鉄砲の弾になったりしたら、また死んだりけがをしたりする人たちが増えるじゃありませんか。お母様はあれほど戦争は罪悪だとおっしゃっていたのに…」

はる「お黙んなさい」

マリ子「はい」

はる「私はね…」

無言で娘たちを見ると、マリ子、マチ子はその場で正座する。

 

はる「なにも戦争を応援するために供出しようというのではありませんよ。日本人でしょう? 私たちは」

マリ子「はい」

はる「今、日本人の多くの人たちがあらゆる不自由に耐えているという時に、私はね、私だけが出し惜しみをするというそういう考え方ができないのです。苦しみを分かち合わなくてどうして生きていけましょうか。あなたたちも私の娘ならばこういう信念でもって耐えるべきです。さあ、お部屋に行って不要資源を探していらっしゃい。早う!」

マリ子「はい」

マチ子は無言でマリ子についていく。

 

オネストさんの援助と不用品供出が何の抵抗もなくドッキングして、この非常時にはるの分かち合い精神は健在でした。いえ、それだけでなく…

 

蚊帳から取っ手を取り出す作業を一時停止して、ヨウ子の机の上にあった原稿を読みだすはる。

 

埋もれた才能を引き出そうという例の病気の方も、まだまだ噴火活動をやめてはいない様子です。

 

はる「マリ子!」

マリ子「え~!? 菊池先生にヨウ子の原稿を?」

はる「私の見たところなかなか筋がいいようなの」

マリ子「だからといって…」

はる「私は何もマリ子に読めとは言ってはいないのよ。ものになるかどうか菊池先生に目を通していただきなさいと」

マリ子「お母様…」

 

という具合で例によりマリ子ははるの命令一下、数年ぶりに菊池邸を訪れました。

 

菊池「今年から女子大?」

マリ子「はい」

菊池「うむ…」

マリ子「本当にご多忙のところお時間を潰して申し訳ございませんでした。これは母の一つの病気なものですから、どうぞあしからずお許しくださいませんでしょうか」

 

菊池「病気?」

マリ子「はい。本当に悪い癖ですぐ下の妹の時も田河先生の門をたたけとこうでしたし」

菊池「しかし、いつだったか水泡さんに会うた時、なかなかすばらしい才能の持ち主だとえらく褒めとったよ」

マリ子「ありがとうございます。でも目をつけた誰も彼もがそうだとは限りませんし」

 

菊池「あの『目をつけた誰も彼も』って、あの、あんたのお母さん、そんなにいろいろな人に目をつけるのかね?」

マリ子「はい。こうと思ったら見境のない方で」

菊池「ふ~ん」

 

マリ子「だいぶ前のことでしたけれど『国宝級のお寺やお庭を見ずして何でひとかどの職人になれるか』といきまきまして、大工さんや植木屋さんたちを引き連れて京都にまで見学に行ったこともあります」

菊池「ふむ、それで?」

マリ子「一流のものを見に行ったはずなのに職人さんたちは『ご婦人が結構でした』と帰ってきまして…」

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菊池「ハハハハハハハッ!」

マリ子「先生~…」

 

菊池「いやいや、失礼。それでどうした?」

マリ子「はあ…今度のことでもお分かりのように母は一向懲りることを知らないたちのものですから」

菊池「うん、いや、しかし、なかなか思いつき豊かなすばらしいお母さんじゃないか」

マリ子「でもそういうのと一緒に暮らしている身にもなってください」

 

菊池「どうして?」

マリ子「子供のことに関しては命令するだけなんですもの」

菊池「僕の所へ行ってこいと」

マリ子「はい。本当に申し訳ございませんでした。でも先生のお言葉なら母も納得して諦めると思いますので」

 

菊池「諦めるって何を?」

マリ子「ですからつまり末の妹には文才がありやなしやという…」

菊池「それだったらそう簡単に諦めることはないよ」

マリ子「はあ?」

 

菊池「文学部と言うとったね?」

マリ子「はい」

菊池「だったらやめさせなさい」

マリ子「えっ?」

菊池「女子大の方をだよ」

 

マリ子「でもせっかく受かったんですよ?」

菊池「いいじゃないか。そのかわり僕がやめてもそれに見合うだけの講義をしてやるから」

マリ子「はあ?」

菊池「講義だよ」

マリ子「何の講義ですか?」

菊池「う~ん、そうだな…西鶴辺りはどうだろうかな?」

マリ子「先生…」

 

菊池「『諸国ばなし』から入るのもいいかもしれん」

マリ子「それでは…」

菊池「うん。今、ざっと読ましてもらったんだが感受性が強い」

マリ子「はい」

菊池「なかなか素直な目を持ってる」

マリ子「はい」

菊池「だからね、僕が責任持つからと妹さんに言うてやりなさい。そう土曜日と日曜日…午前中がええかな。そう時間はと…そうだ…え~っと…(左手首の2つの腕時計を見て)うん、9時半。9時半までにこのうちに来るようにしなさい」

 

家に帰って話すとヨウ子は戸惑う。マチ子はせっかく受かったんだから女子大の方をやめることはないと思うけど、この際、菊池先生の講義は受けといた方が無難だという。マリ子も見た目よりはとても優しい方だと言い、いちいち驚いてさえいなければ普通の人だと言う。

 

マリ子「ううん、普通どころかとても立派なすばらしい文学者であり先生だわ」

ヨウ子「嫌だわ。何だか驚くことばっかりがありそうで」

 

マリ子が言うには、今日は腕時計を左手に2つはめていた。それを聞き直さなければいい。先生自身は全く何も思っていらっしゃらない。2つしていることに気が付いていないのか、気が付いていても面倒くさいから知らん顔しているのか、そこのところがよく分からない。こっちが不都合がなければ黙っていればいい。帯がほどけていてもタバコを火の方から吸っていたとしても。

 

ヨウ子は小説家や文学者になるつもりはない。相手に任せておけばいいというマチ子。

マチ子「だけどね、ヨウ子、今、ヒトラーに逆らうのは我が家の平和のためにも問題があるんじゃないかな」

マチ子いわく、はるには熱中できる何かが必要で、マリ子マチ子は鳴かず飛ばずだから残る末娘のヨウ子に懸けてみようとしてるじゃないか。

 

マチ子「今やヨウ子はヒトラーにとってこの暗黒時代における我が家の輝かしき星なのよ」

マリ子「いいこと言うのね、マチ子も」

ヨウ子「だからってそれではまるで人身ごくうだわ」

 

とどのつまりおとなしいヨウ子はヒトラーに対するレジスタンスなど思いも寄らず、磯野家の新しい星として文豪大御所自ら講義するところの栄えある聴講生となりました。

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菊池「う~ん、書く方よりも読む方が得意というわけ?」

ヨウ子「はい」

菊池「あ~、それはなかなか結構。そもそも文学というものは受注産業であっていくら表現したいものをたくさん抱えておっても注文がなければこれは商売にならない。また逆に書くもの表現するものが種切れになっても注文があったら、一定水準のものを生産しなければならない」

ヨウ子「はい」

 

菊池「従って僕はだね、いくら才能があっても若いうちからあんまり早く物書き始めるっていうのは反対なんだ。できるだけ満を持してから書く。するというとそこには今まで抑えに抑えていたものが一挙に噴出する爆発力となって生まれる。その爆発力がいい文学を生むんだとそう信じてるんだ」

ヨウ子「はい」

 

菊池「だから今のうちにね、なるだけたくさんいいものを読んで作家としての栄養を蓄えるようにしなさい」

ヨウ子「はい」

菊池「それにはだね、う~ん…まあ読み方というか古典などには解釈の方法というものがある」

体をボリボリかき始める菊池寛

 

ヨウ子「はい」

菊池「まあ、それはね、え~…読む人の個性によって読み取り方は自由だが、君はまだ学生の身分だからね、だから僕の解釈法というものを勉強するとよろしい」

ヨウ子「はい」

まだ体をかきむしる菊池寛を見ている戸惑いのヨウ子。

 

心配で玄関の掃き掃除のふりをして外へ出るマリ子。はるには「親バカみたいにみっともないまねはおやめなさい」と注意された。

 

この家(や)のヒトラーは普通の親バカとは一味違うもののようでした。

 

あまり若いうちに書かない方がいいなんてエイスケさんとは真逆ね。はるさんは供出しないという人も否定しないし、別にいいと思うけどね。