TBS 1971年12月14日
あらすじ
寿美子(山本陽子)は、はつ(菅井きん)の持ってきた正司(加藤剛)の見合い写真を見ようともしなかった。見合いを頑なに拒む寿美子が、やがて正司と出会う日が来るとは彼女自身、知る由もない……。
2024.3.19 BS松竹東急録画。
人生には
奇妙な出合いがあります
いや 奇妙な出合いこそ
人生なのかもしれません
何故なら
その人と会った事が
その人の一生を
決めるからです
歌が始まる前の詩?は毎回違うのね。
及川正司:加藤剛…添乗員。33歳。字幕黄色。
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前田寿美子:山本陽子…鉄板焼き屋「新作」の娘。25歳。字幕緑。
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及川高行:長浜藤夫…正司の父。
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前田昭三郎:山本豊三…新作の三男。
前田賢一郎:小笠原良知…新作の長男。
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入院患者:日野道夫
前田竜二郎:早川純一…新作の次男。
入院患者:森乃五郎
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板前:浅若芳太郎
大森:斎藤英雄…昭三郎と鉄板焼きを食べていた客。
大川真由
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ケン坊:鍋谷孝喜…「信濃路」店員。
吉田:鹿野浩四郎…正司の隣人。
友子:白水聿子…仲居。
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仲居:小峰陽子
男性:長谷川英敏…正司のアパートの住人。
大西千尋
ナレーター:矢島正明
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前田新作:浜村純…寿美子の父。亥年の60歳。
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小川:三島雅夫…1年半入院している病院の主。
「思い橋」が旅館が舞台の割に客が少なく、メンバーも固定だったのに比べると、登場人物多いね~。役名がないと分からない人もチラホラ。協力・俳優座と出てるくらいなので俳優座の人が多い。
アパートの廊下を小走りするはつ。ある部屋の扉をノックしようとしたが、隣の部屋から音楽が聞こえ、戸を叩く。
はつ「吉田さん。もうちょっと音を小さくしたらどうなの? 隣だって2階だってあるんだし、迷惑ですよ、近所が。あんたったら何度言ったら分かるの? 昼間っからゴロゴロして友達も友達ですよ」
出ていこうとしたはつを「おばちゃん、おばちゃん」と呼び止め、鍋焼き頼んだんだけど、まだ来ないから催促してとお願い。
はつ「催促したいのはこっちですよ。たまってんですからね」戸を閉め、「まったくあれでも大学を出たのかしら」とこぼす。
ケン坊「女将さん!」
はつ「持ってきたの? 催促してくれって言ってたわよ」
ケン坊「出前の忙しいこと、忙しいこと。うっかり他へ持ってっちゃってね」
はつ「お勘定、うっかりしちゃ困るからね」
ケン坊「はい、お待ちどおさん!」と吉田の部屋へ。
はつは改めて隣の部屋をノック。
高行「はい」台所に立っている。
はつ「おや、もうお夕飯の支度ですか?」
高行「ええ。退屈なもんですからね」
はつ「その鍋、何を煮てるんですか?」
高行「里芋とコンニャクをね」
はつ「ああ、よかった。私もブリを買ってきたんですよ。煮ても焼いてもいいと思って」
高行「えっ? そりゃどうも」
はつは何か思いついたように部屋を出て、吉田の部屋をノック。ケン坊は吉田の部屋にいて一緒にレコードを聴いていた。
はつ「何よ、あんたは。出前が忙しいなんて腰据えちゃって」
ケン坊「いいでしょ? この曲」
はつ「そんなもの良くありませんよ。何さ、未成年のくせにタバコなんか吸って」
「毎度どうもありがとうございました!」といそいそ部屋を出るケン坊に、はつは、うちへ帰ったら焼き鳥にするから鶏肉のいいとこ持ってきてちょうだいと頼む。「焼かなくてもいいのよ、私が焼くんだから」
ケン坊「あの…だけど、うちの鶏肉は皮ばっかりですよ」
はつ「バカ! 買ってきなさい!」
吉田の部屋の前で戸を開けっぱなしでの会話なので吉田たちが笑う。
はつ「何よ? 笑ってる暇があったら、お勘定払ってくださいよ。親子どんぶりは皮のほうが出汁が出るんだから」
その足でまた高行の部屋に戻ったはつ。「ホントに今日日(きょうび)の若い者たちは頭のどっかに穴が開いてるんじゃないんでしょうか」
高行はお茶を勧める。
はつ「その前にお魚をね…ブリを買ってきたんですよ。やっぱりお醤油漬けで焼いたほうがおいしいと思って」
高行「そりゃあ、どうも」
立ち上がろうとした高行を制して、「ここの台所は、ちゃ~んと分かってるんですから」と作業を始めるはつ。
高行「すいませんね、いつもいつも」
はつ「いいえ。ブリの2切れぐらい。正司さんがとてもお好きなんでしょ? ええ、子供のころから一番好きですね。骨がないもんだから」
はつ「そうですよ、子供は。子供でなくたってブリはおいしいですからね。それにあれですね。年を取ると小骨のあるお魚はイヤですね。目がはっきりしないからつい食べちゃって」
高行「そうそう」
はつ「昨日の夜なんて、カマスの干物で大騒ぎでしたよ。もっとももらい物(もん)ですけどね。骨が喉に刺さっちゃって、フフフッ。水飴を買いに行ったり、虫眼鏡でのぞいたり、とうとう四つ角の耳鼻咽喉科で抜いてもらったんですよ」
高行「おやおや」
はつ「あんなことならカマスの干物なんかもらわなきゃよかったんですよ。それもケチで有名な人が持ってきたんです。お金借りたくて」
高行「アハハハ…とんだ災難だ」
はつ「そうなんです。もっともお金のほうは断っちゃって、もらう物だけもらっちゃったのがいけなかったんですけどね」
2人で笑う。
はつは高行の入れたお茶を飲み「ああ~、おいしいお茶」と目を輝かせる。
高行「じゃあ、もう一杯」
はつはもったいないから結構だと遠慮する。「いいえ、お茶だってバカにならないんですよ。うちなんて安いのを何回も煮出しちゃうんですからね。近頃の人はお茶の味なんて分かりゃしないんですもの」
高行「お店もやってると大変でしょ? お茶も」
はつ「それに息子も言ってましたけど、今の人はざるそばのあとに、おい、お茶!ですからね。おそばのあとにお茶なんていうのは野暮の骨頂ですもの」
高行「そば湯でしょうね」
はつ「ええ、そうですよ。あっ…もっともうちなんて、それほど上等なそば湯は出来ませんけどね。つなぎばっかり多くて。だってそれでなきゃやっていけないんです。物価ばっかり高くなっちゃって」
高行「まったくね」
はつ「一体、この先どうなっていくんでしょう?」
高行がお茶を勧める。「このお茶は正司が買ってきてくれましてね。もったいないからいいって言うのに」
はつ「いい息子さんですよ」
高行「おかげさまでね」
はつ「実は…そのことで来たんです。昨日、お借りしていった写真…」
高行「ええ」
また、隣の部屋から大音量でステレオの音楽が流れて来た。
はつ「まあ…何回言ったら分かるのかしら。またあんなに大きくして」
高行「奥さん、いいんですよ」
はつ「いいことなんてありませんよ。ああいう無神経な人間は言ってやらなきゃ分からないんですよ」戸を開けると、ちょうど正司が帰ってきた。
正司「やあ、いらっしゃい」
はつ「おかえりなさい。さあ、どうぞどうぞ」
高行「早かったじゃないか」
正司「ええ」
はつ「私はちょっと隣へどなり込んできますからね」部屋を出ていく。
正司「またステレオか」
高行「もうこっちは慣れちゃってるんだけど」
正司「やっぱりうるさいですよ」台所で手を洗う。
高行「それでどうだった? 病院のほうは」
正司「あっ、元気でしたよ。もう松葉杖をついて歩けるし」
高行「そうか。そりゃよかった」
正司「おや? 今夜はブリですか?」
高行「奥さんが買ってきてくれたんだよ」
正司「へえ~、そりゃいいや。おいしいからな。ブリの照り焼きは」
高行「骨がなくていいんだろ?」
正司「そうそう。フフッ」こたつにあたる。「それはそうと奥さん何してんだろ? またどなってるのかな?」
高行「いい人と知り合いになれてよかった」
正司「うん。ホントに欲得ずくじゃないんだからな、あの人は」
正司が小さな安アパートに住んでるのが意外。「3人家族」の雄一の実家も一戸建てとはいえ、父親と同室だったり、一方で「たんとんとん」の中西夫婦みたいに一戸建てを立てる若い夫婦もいる。雄一も正司も高給取りに見えるから、ああいう住環境なのが意外で新作みたいなマンションに住んでても驚かない。
正司の父・高行役の長浜藤夫さんは木下恵介アワーではおなじみ。「二人の世界」では竹脇無我さんの父親だったね。今回は「おやじ太鼓」の六さんっぽい感じ。
はつ「ああ、そうですか。よく分かりましたよ。あなた方がそんなにわけの分からないこと言うならね、私のほうも義理人情ありませんからね。とっとと払っていただきますよ。さもないと配達いたしませんからね。うちの器は灰皿じゃありませんからね!」どなって吉田の部屋を出ると、廊下に長身の青年がいた。「まあ…これですもの。どなりたくもなりますよ。あなただって迷惑してるんじゃないですか?」
男性「いえ、僕は一番奥の部屋ですから」
はつ「そう。そりゃ運がいいわ。でも、あなただってこの部屋の人、知ってるでしょ?」
男性「ええ、ちょっと」
はつ「とにかくあの若さで昼間っからゴロゴロしてるんですからね。それに十(とお)ぐらい年上の女と一緒でしょう? その女の言うことがいいじゃないの。お互いに自由なんだから、そっちがやかましいと思ったら、そっちもやかましくすりゃいいんだ。それがイヤなら我慢しろってのよ。一体それでこの世の中が成り立っていくんですか? それもよ、熱海の徹夜マージャンで負けて帰ってきたんだから、うるさいこと言うなですって。ねえ、あきれる」←しゃべるね~。
男性「ええ、僕も負けて帰ってきたほうなんです」
はつが驚くと、男性は大きなあくびをし「眠い…まあどうぞ頑張りましょう」と去っていった。
はつ「まあ、あきれた。さんざん人にしゃべらせといて」
この男性が長谷川英敏さんかなあ?
「兄弟」や「あしたからの恋」にもちょこっと出てる。
高行が廊下に出てきた。「奥さん」
はつ「及川さん、これですもの。言って聞くどころか反対に食ってかかるんですからね」
高行「そりゃもう諦めてますよ」
はつ「ホントにね。物価高じゃないけど、諦めるよりしょうがないんでしょうかね」
高行「それよりもね、奥さん。あの写真のことですけどね」
はつ「ええ」
高行「あれは正司の知らないことですから」
はつ「えっ? じゃ、ゆうべお話しにならなかったんですか?」
高行「ええ、そのほうがいいと思って」
はつ「そうですか。まあ、結局そのほうがよかったんですね。あっ、いえね、こういうお話はなかなか難しいもんですね」
正司が顔を出す。「お父さん、もうご飯のスイッチ入れていいかな?」
高行「そうそう。早くご飯にしたほうがいいな」
はつ「少し手伝いますよ」部屋に入ろうとすると、ケン坊が鶏肉を持って走ってきた。どのぐらい買えばいいか分からないから、さしあたり500グラムだと手渡す。
はつ「ブリの照り焼きに焼き鳥じゃ気が利かないわね」
ケン坊「いいでしょう。気が利かないのもお人よしで」ついでにもらっていきますからと吉田の部屋をさす。
はつ「ケン坊、ちょっと。お人よしにも程度がありますからね。もらうならお勘定ももらわなきゃダメですよ。ボサボサしてたら、あんなヤクザな自由に負けちゃうんだから。いいわね? 分かったわね?」
ケン坊「はあ…」
及川家へ入って行くはつの背中に「なんだい、ヤクザな自由って」と言うケン坊。何度ノックしても無視する吉田に「入りますよ、自由に」と戸を開ける。
大東京の片隅、このささやかなアパートにもGNP世界第2位を誇った日本の縮図があります。善意に生きようとする人と善意を振り捨てて生きる人と…
ケン坊が吉田の部屋からどんぶりを持って出てくると、派手な格好の女性が廊下を歩いていく。
だが、大きな流れに流されて共に貧しいことには変わりありません。
夕食をとる高行と正司。
でも、この慎ましやかな夕食がこの父と子のしばしの別れを惜しむごちそうなら、その夜、ある場所では、こんな豪勢な食事もあるのですから。
鉄板焼屋「新作」
昭三郎「さあ、どんどんあがってください。いくらでもお代わりをもらえばいいんですからね」
大森「いや、まあ、つい食べすぎちゃうよ。ハハハハッ」
昭三郎「そうそう。ご飯なんか食べないで肉ばっかり食べればいいんだからね」と笑う。
厨房
タバコを吸って渋い顔の新作。
友子「いくらでもお代わりをもらえばいいんだからっておっしゃってましたよ。どうせ親父の店だからご遠慮なくどうぞって」
新作「あきれたヤツだ。あいつらは」
寿美子「お昼に来たばっかりですもんね」
友子「あの方が3番目のお兄様ですか?」
寿美子「ええ、すぐ上」
友子「お話のご様子だと、なんだかご縁談のようでしたね。仲人さん、ご招待したんじゃないんですか?」
寿美子「じゃあ、お役所の上役だわ。きっとそうよ」
新作「あいつらのすることは決まってるんだ」
注文の品を昭三郎のテーブルに届ける友子。竜二郎も上役と思われる中年男性を連れて店に来た。竜二郎を大森に紹介する昭三郎。
竜二郎「弟がいろいろお世話さまになりまして」
大森「いやいや、あんたんとこの部長には私もお世話になっていますからね」竜二郎に妻も紹介する。「え~と、そうだ。え~、これの伯母がお宅の局長さんの奥さんといとこになりますな」
女性「いいえ。表向きはそうですけどね、本当は腹違いのきょうだいなんですよ」
竜二郎「ああ、そうですか」
厨房
新作「えっ? もう一人来たのか?」
友子「ええ。2番目の方じゃないんですか?」
寿美子「まあ一体どういう気持ちかしら」
新作「気持ちもヘチマもないんだ、あいつらには。あのおふくろがそうしつけたんだ。あのババアときたら昼間は食いたい放題、言いたい放題。それをいいことにしてまたあいつらをけしかけやがって」
竜二郎の注文は鉄板焼き6人前。
友子「いきなり高飛車ですね」
新作「かまわないから、どんどん食わして、どんどん金を取りなさい」
寿美子「ちょっとどういう気持ちか私、聞いてくるわ」
竜二郎を廊下に呼び出した寿美子。
竜二郎「相変わらずよく入ってるじゃないか。親父さん、ニコニコだろ?」
寿美子「ニコニコなもんですか。一体どういう気なの?」
「今日の昼間みんなで押しかけてきたばっかりでよくそんなにガツガツ食べられたもんね」と言う寿美子に宣伝してやろうと思って、お偉方を連れてきてやったんだと悪びれもせず答える竜二郎。
寿美子「ああ、そうなの。それならちゃんとお金を払ってってくれるんでしょうね?」
竜二郎「いや…なんだよ、その言い方は」
寿美子は昼間さんざん店の者にボロクソに言ったくせにと責めるが、ボロクソに言ったのはお母さん、誤解だと言う竜二郎。
寿美子「いいえ。一緒になって言ったんですよ。はしたない商売だのお金さえ払えば大威張りだなんて」
竜二郎「いや、だってだよ。調子合せなくちゃしょうがないじゃないか」
寿美子「調子がよすぎるのよ、兄さんたちは。とにかく払うもんは、ちゃんと払ってってちょうだいよ」
竜二郎「いや、だけどだよ、寿美子。お前…」
賢一郎もまた中年男性を連れて来店。「寿美子、お客様が4人だ。一番いい部屋へ通してくれよ。さあ、どうぞどうぞ」
寿美子「知りません、私は」店に戻ったが、昭三郎が肉のお代わりを頼んだ。
寿美子「もうありませんよ、肉なんて」
昭三郎「えっ?」
厨房に行った寿美子はもう一人増えたと報告。
新作「えっ? 賢一郎も来たのか?」
寿美子「ええ」
寿美子に言わせないで、新作がガツーンと言ってやってほしいよ!
新作のマンション
新作「だけど、あきれたヤツらだ。そろいもそろって3人とも来やがる」
寿美子「とうとうツケにして帰っちゃったわね」
新作「ハッ…もともとその気で来たんだよ。あいつらにうちの店に来る金があってたまるもんか」
寿美子「得意になって、鼻を高くしていたそうよね。まるで自分の家みたいな顔をして」
新作「赤の他人さ、あいつらとは」
寿美子「ひどいこと言うのよ、私に。お前はいいときに親父さんとこへ転がり込んだな、ですって」
新作「いいさ、それだって」
寿美子「私、別に転がり込んだわけじゃないのよ。ホントにイヤだったの。お母さんや兄さんたちの勧める縁談が。だから、お父さんがもし貧乏していたからって、きっと逃げ出しちゃってたわね。ホントはいつだって気になってたのよ、お父さんのことが」
酒の用意をしている寿美子に先にお茶を1杯もらおうかと新聞を読みながら言う新作。寿美子もさんざん店で働いてきたのにね~とかつい思っちゃう。
新作「ハァ…早いもんだ。お前が来てっからでも、もう2年半かな?」
寿美子「そうね。お父さんがこのマンション買ってから間もなくだったから」
狸穴マンションは1969年7月竣工だから、新築ですぐ入ったんだね。
寿美子「だけど、お父さん。こんなマンションに1人で住んでどうする気だったの? ご飯のことや洗濯のことや」
新作「そんなこと、田舎にいたときで慣れてるよ。あいつらはひどいヤツらだよ。みんなで東京へ行ってしまって、お父さんは独りぼっちだったからな」
寿美子「どうしてお父さん、養子になんか来たの?」
新作「来たんじゃないよ。あのババアの親父さんに無理やりなんだよ。まだそのころは、あいつの親父さんが銀行の頭取だったからな」
寿美子「お母さん、今でもよくそう言うわね。頭取のお嬢さんで乳母が2人と女中さんが2人と下男や書生や使用人が8人もいたんですってね」
新作「何を抜かしやがる。貧農の息子や娘たちをタダ同然に使っておいて、何が使用人だよ。それが証拠にあの親父さんが死んでっから、それから3日あとの村の祭りは大変な騒ぎだ。花火だっていつもの年の倍も上げちゃってさ。その花火を寄付したのは、今の頭取の親父だよ」
寿美子「随分、えげつないのね」
新作「えげつないのは他人ばっかりじゃないよ、フン。お前のおふくろだって、お前の兄貴たちだって、そうだよ。出世コースから外された、このお父さんをバカにしてな、あのババアときたら、お父さんの名前さえバカにするんだ」
寿美子「いい名前よね、正直そうで」
新作「どうせ百姓の親がつけた名前なんだよ。鉄板焼き屋なら、ちょうどいいんだ」
寿美子「佐藤総理だって栄作でしょ? 新作だって立派よ」
新作「立派さ。おい、お酒はどうしたんだ?」
寿美子「あっ、そうだ」立ち上がってお酒の準備をする。
新作「とにかくお父さんは頑張ったよ。あんな田舎の銀行なんかおん出てやったんだ。1人で東京へ出て、何もかも初めっからやり直しさ。それもたった1人でな。女房や子供に捨てられちゃってな」
寿美子「捨てられたのは私のほうじゃないかしら? お父さんは私のことなんて考えてもみなかったんでしょ?」
新作「お前はまだ小さかったよ。小学校から東京の学校だったし」
寿美子「お父さんにもめったに会えなかったもんね」
新作「それが今になって、やっと会えたんだ。なあ、寿美子」
寿美子「うん? なあに?」
新作「昼間の話だけどな、おはつさんの話」
寿美子「イヤです。あの話はもう済んだことでしょ」
新作「まあ、聞きなさい。そりゃ何もかもいい話っていうわけじゃないよ。だけどだよ、お前の兄さんたちと比べてみなさい。お父さんは気に入ってるんだ。その男の親孝行なとこが。今どきそういう人間はめったにいないよ」
寿美子「でも、33でしょ?」
新作「いいじゃないか。33だって」
寿美子「それでいい男でまだ独りなんですもん。きっと何かあるわよ。なんにもないはずないわ。外国行ったときだって、何してるか分かりゃしないわ」
新作「そりゃね、寿美子。多少はだよ」
寿美子「やあよ。多少だなんて。お父さんも随分いいかげんなこと言うのね」
新作「いいかげんじゃないさ」
寿美子「いいかげんよ。自分の結婚だって、こりごりしてるくせに」
新作「いや、こりごりも相手によるよ。あんなババアとこんないい男と比べ物になりますか」
寿美子「何さ、見たこともないくせに」
新作「見ましたよ、写真で」
寿美子「あんな小さな写真で分かるもんですか」
新作「だから分かりなさいよ、一度」
寿美子「いいえ、一度も二度も結構ですからね」
アパートの廊下
正司「じゃ、お父さんいってきます。無理しちゃダメですよ。用があったら信濃路の奥さんに相談すればいいから。じゃ、いってきます」大きなトランクを持ち、歩き出すが、隣の吉田の部屋からマージャンで盛り上がる声が聞こえると、ノックして部屋に入り、20日ばかり父が一人きりになるからお願いしますと頭を下げた。吉田も友達も何してる人たちなんだ?
吉田も軽く引き受けるね~。出ていこうとした正司を呼び止めて、あのうるさい女将さんのところへも言っといてくださいと言い、あなたが帰ってくるまでお勘定はお預けだとも伝えてくれと言う。ずうずうしいなあ。笑顔で「そう言っときますよ。お邪魔さま」と戸を閉める正司。
ひとり部屋に残った高行はお茶を飲む。
この部屋は昼間でも薄暗く物のあり場所さえ定かでないときが多いのです。だが、この父はその電気さえ努めて消すようにしていました。それがせめてものこの老人が息子にできる経済的な思いやりなのです。でも、この部屋の暗さは日本の老人のすべての心の暗さではないでしょうか。
正司は「信濃路」に行き、はつと話をし、駅へ向かう。トレンチコートが渋い。で、歩く道すがら知り合いっぽい人と顔を合わせると会釈して、ホームでタバコを吸う。正司の最寄り駅は豪徳寺駅。
病室
6人部屋の窓際のベッドに小川。食事の時間かな。
この病室にも1人、電気の消えた部屋のような薄暗い気持ちの老人がいました。だが、この朝はどうしたことか、その顔は明るかったのです。昨日出会った及川正司に何を頼んだのか。そして、今日の及川正司の旅立ち。夢は水の都・ベニスへ走るのでした。
窓に向かってベッドに掛け、ゆっくりお茶を飲む小川。(つづく)
今日のキャストで分からなかったのは大川真由さんと大西千尋さん。どっちかが大森の妻でもう一人は廊下を歩いてた派手な女性? それとも病室にいた看護師かな? でもセリフなかったしな~。なんで「たんとんとん」方式に役名まで併記してくれないの。
新作が養子であること、妻をババアと呼んでることで、ある映画を思い出しました。
加藤剛主演、木下恵介監督の「新・喜びも悲しみも幾年月」です。この映画でも婿養子で妻をババアと呼ぶ父が出てきました。この映画の場合、離れで一人暮らしをしていた父は除籍して元の苗字に戻り、息子一家に引き取られ、息子たちの苗字も変えさせた。この家族の場合はババアは再婚相手で実母じゃないんだよね。
「3人家族」は日本映画専門チャンネルで2話連続で見ていたけど、それでも雄一と敬子が初めて言葉を交わすのが5話なのでじれったい思いをした。このドラマもそんな感じになるのかな。