公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
死産となってしまった元子(原日出子)を、恭子(小島りべか)と悦子(渡辺佐和子)が見舞いに来るが、ショックが大きいためトシ江(宮本信子)が断る。病室にいる正道(鹿賀丈史)に電話が来て、草加(冷泉公裕)が戻ってきたという。元子は気丈に正道を会社に行かせてやる。草加は少しでも自分が役に立つところを見せようと、ブローカーの詐欺にあって金を巻き上げられていた、と言うのだった。正道は金策の窮地に立たされる…。
大原家
トシ江「どうもすいませんねえ。あなたたちにもご心配かけてしまって」
恭子「いいえ。それより六根から聞いて、もうびっくりしてしまって」
悦子「ガンコもですけど、お母さんもきっとお力落としだと思います」
トシ江「ええ。でも母体が助かっただけでもよかったと思ってます」
悦子「そうですね。子供はまた産めるんですから」
恭子「そんなこと簡単に言うもんじゃないわ」
子供はまた産めるは昭和の慰め方だけど、それをたしなめる人がいるのは昭和のドラマにしては結構珍しいパターン。そういう脚本だから好きなんだと思う。
トシ江「子供を助けるか親を助けるかって聞かれたら元子を助けてもらうしかありませんでしたしねえ…」
恭子「それでガンコはどんなふうなんでしょうか」
トシ江「ええ、まだすぐに気持ちが高ぶるようなんで、せっかく来ていただいたんですけど、皆さんのお顔を見たら、また泣きだしてしまうんじゃないかって…」
恭子「そうですね…」
トシ江「本当に申し訳ありません。明日は退院できると思うんですよ。こっちへ帰ってきましたら気も紛れることでしょうし、帰ってきたところでまたお出かけくださいましな」
恭子「ええ、もちろんですとも。それじゃよろしくとだけお伝えください」
悦子「それから、一日も早く元のガンコになってくださいって」
トシ江「はい。ありがとう存じます」
巳代子「お母さん、お義兄(にい)さんに電話なんだけど」
トシ江「どこから?」
巳代子「それが警察なの」
トシ江「警察?」
病室
元子「電話どこから?」
正道「ん? うん、出版社からだった」
元子「紙のお金、どういうことになったの?」
正道「こら、病人が余計な心配するんじゃないの」
元子「だって」
正道「草加君がね、戻ってきたらしいんだ」
元子「それじゃあ…?」
正道「うん、ちょっとした行き違いがあったんだけどね、大したことにはならないらしい。それで、電話でね、出てきてくれないかっていうんだけども、お義母(かあ)さんが来たら交代で行っていいかな?」
元子「もちろんよ。私は大丈夫だから、すぐに行って」
正道「うん…でももうすぐお義母さん来るからね」
元子「本当に大丈夫よ。だから早く行って」
正道「うん」
モンパリ前
背広がボロボロになった草加と藤井、後ろを正道が歩く。ノックしてたから開店前? 閉店後?
モンパリ
洋三「ご苦労さん」
正道「お手数かけます」
洋三「いいから。本当に2人ともいいかげんにしろよ!」
土下座する草加。「申し訳ありませんでした! しかし、自分は天地神明に誓って持ち逃げはしておりませんから!」
めちゃくちゃどうでもいいことだけど、この言葉を聞くと、90年代に羽賀研二さんがワイドショーを賑わせていた時に聞いて覚えたな。本当にどうでもいい。
藤井「この野郎、まだ言い訳する気か!」草加につかみかかる。
正道「事情は僕から聞くよ!」
藤井「しかしですよ」
正道「文句があるなら、もう一回、警察へ帰ってもらおうか」
藤井「そりゃないですよ、大原さん。僕たち、酔ったあげくのただのけんかだって言い張ったからこそ、こんなあっさり出してもらえたんですから」←昔から酔っ払いには甘いよな~。
洋三「それにしても銀座のど真ん中で立ち回りとは恐れ入ったよ」
藤井「この野郎が逃げようとしたからですよ」
草加「逃げ出したんじゃありませんよ。あの金を取り返すまで、どの面下げて大原さんに会えるんですか!」
藤井「物は言いようだな。顔見せられないと逃げて回っていたって、結局はドロンしたことじゃないか!」
草加「だから自分は…」
正道「ちゃんと事情を説明してくれなきゃ善後策の立てようがないじゃないか」
草加「はい…すいません…。本当に申し訳ありません…」
藤井「おい! とにかく資材係長は、この俺なんだぞ。この俺を差し置いてだな、ちょっと顔見知りになったからといって別の闇屋とうまいことやろうなんてみみっちい考え起こすからだ!」
草加「そうじゃないですよ!」
藤井「じゃあ、どういうわけなんだよ!」
草加「あんた風邪ひいてたし、だからその間になんとか自分なりにうまくやろうとしたのは確かですけど」
藤井が風邪ひいて休んでいる間にハヤカワがペニシリン持ってやって来てのぼるの妊娠報告して、一方で草加は…ってすごいな、この脚本。
藤井「見ろ!」
草加「なんとかなりたかったんですよ。吉宗では善さんに平和出版ではあんたに先輩風吹かされて自分なりに一人前にできるところ見せたかったんだ!」
藤井「バカ野郎! 素人がそんな簡単にできると思ってんのかよ」
草加「大原さん、分かってください。藤井さんに支払う金を持ってったところ、別口のブローカーにばったり会ったんです。そいつと掛け合ってたら、そいつが現金ならいくらかでも割引するというから」
藤井「どアホ! 闇の品物はオール現金、品物引き換えが鉄則なんだ!」
草加「だからいくらかでも会社に有利な仕事をして自分なりにご恩を返せたらとそう思ったんです、僕は」
藤井「わざわざ虎の子を巻き上げられにのこのこ出かけていったのか」
草加「だからそれは結果じゃないですか。ひどいことになったと思ったから、そのブローカーが出はいりしてるダンスホールへ行ったところ、藤井さんとばったり会って、それでけんかになってしまって…」
正道「それで、ブタ箱にぶち込まれたってわけか」
草加「しかし、自分は藤井さんに言われたとおり、ひと言もブローカーのことはしゃべっておりませんでした」
藤井「そんなことは常識だよ。ひと言でもしゃべってみろ。統制違反で出版社はやられるわ、その上、警戒されて今までのブローカーからだって品物は回ってこなくなるんだぞ」
草加「本当に申し訳ありませんでした。この上は自分はどうなっても構いませんから」
正道「それじゃあ…今日限り、出版社を辞めてもらう」
草加「大原さん!」
正道「せっかく吉宗のおやじさんから預かった君だけど、このままいてもらうわけにはいかなくなったんでね」
草加「いや、ちょっと待ってください! せめて…せめてとられた金の何分の一かでもお返しできるまでなんとかもう一度…」
正道「家内はね、死産だったんだよ!」
草加「はい…」
正道「君の気持ちは分かったけれども家内の嘆きと死んで生まれた子供のことを考えると僕は君を殺したいくらいなんだよ」
ハッとした表情をする洋三、藤井。
正道「だから今の僕にできることは早急にとられた金を作ることと元子の気持ちをこれ以上乱さないことなんだ。それには君の顔を見ながらっていう芸当は不器用な僕にはとてもできないんだよ。君はまだ若いんだし、また地道に一から出直してくれ。吉宗のおやじさんには僕から話しとくから。それだけだ」
藤井「でもこのままじゃ紙は入ってきませんよ」
正道「出版をしばらく延ばせばいいよ。その間になんとか金策を立てることだよ」
草加はレイテを生き抜いた人らしいけど、「犬神家~」の助清もビルマで部隊を全滅させて帰りにくかったという話もあるから、戦時中も出来ないのに大きなことをやろうとして周りに迷惑かける人だったのかもな…とふと思ってしまった。しかし同時代、出版業界で大成功していたマー姉ちゃんすごい。
声質のせいかもしれないけど、大原さんは声を荒らげても静かな怒りを感じてよい。「はね駒」の時の渡辺謙さんは知的なインテリっぽくいいこと言うこともあるんだけど、声を荒らげた時が怖すぎた。
しかし、果たして正道に金策の能力があるでしょうか。
桂木家茶の間
宗俊「ここに3万円ある」
正道「えっ、お義父(とう)さん…」
宗俊「いや、おめえさんたちもよ、紙がねえんじゃ商売にならねえ。まあ、こちとらはな、こないだの新円交換の時におかげさんでな、おめえさんたちが白生地たっぷり買い込んでくれた。それがよく動いたんで、まあ、今までもうけさせてもらってきたんだ。ストックの生地、担保に入れてな、とにかく金を作ろうと思ったらよ、このご隠居さんがそのうち半分貸してくれた」
芳信「そのかわり、公定の利子じゃ貸さないよ」
藤井「と言いますと?」
芳信「このインフレだ、金で置いといてもどんどん値打ちが下がるばかりだし、あんたたちがこれを生かして使ってくれてね、この金に金を生んでもらいたいんだよ」
藤井「はい、そういうことでしたら、この私が責任を持って」
芳信「そんなら安心だ。ちょうどね、信用のできる投資先を探していたんだよ。まあ、しっかり頼みますわ」
正道「どうもありがとうございます。このとおりです」頭を下げる。
宗俊「いやぁ、頭を下げなきゃならねえのは、こっちの方だ。な。正大への情に溺れてよ、草加なんて野郎をおめえに預けたのが間違いのもとだった。結局はおかげでおめえ元子があの始末だ。正道っつぁん、このとおりだよ」
正道「いや、とんでもないです。お義父さん、手を上げてください」
芳信「まあ、よかったよかった。あとは商売とここの大将のためにもね、孫作りに精を出してもらわないとね」←こういうところはジジイだな~。
藤井「はい」
芳信「うん? 何であんたがそこで返事をするんだい?」
藤井「は?」
宗俊「バカ野郎。昔ならな、二つに重ねて真っ二つだぞ」
藤井「あっ…失礼しました。どうも…」
巳代子「お雑炊なんですけど、きっと2人ともろくにごはん食べてないんじゃないかと思って」
正道「あ~、そう言われるとペコペコでした」
宗俊「ハハハ、そんなこったろうと思った」
巳代子「さあ、どうぞ」
藤井「はい、じゃ、遠慮なく」
そんな騒ぎで一夜が明け…。今日は元子の退院する日です。
病室
病室で使った布団を大きな風呂敷に包むトシ江と松代。布団も持ち込み!? リヤカーに積んでたし、そのままその布団を使ってそのまま持って帰るのか。元子はピンクのおくるみに目が行く。
あの時、転びさえしなかったら、あのおくるみに抱いて帰れたはずなのに…。そう思うだけで胸が詰まるのもしかたのないことでしたが。
トシ江「元子…」
元子「ごめんなさい。でも私…」涙がにじむ。
松代「ねえ、元子さん。泣くなってのは無理かもしれないけど、そう泣いてばかりいたら、ご自分の体の方が駄目になってしまいますよ」
トシ江「そういう巡り合わせだったんだよ。そういう星の下に生まれた子供だったんだよ」
元子「分かってるわ。だけど、あの時、私がもし…」
松代「その、もしっていうのは今日からやめましょ」
元子「おばさま…」
松代「子を亡くした母親を見るのは誰だってみんなつらいんですよ。私もね、自分の手で我が子を殺した母親を何人も見てきましたから」
トシ江「立山さん…」
松代「満州から引き揚げてくる時でした。自分の手でくびり殺さないまでも歩ける方の上の子供を助けるために乳飲み子は、ぼろにくるんで、ごめんなさい、ごめんなさいって…。泣きながら木の根へ置いてきた母親だったあるんです」
トシ江「そんなにひどかったんですか…」
松代「ええ。ね…親兄弟にお医者様、みんな、あなたと赤ちゃんのために尽くすだけの力は尽くしてくだすったんだから、これ以上、嘆いたりしちゃいけませんよ」
元子「はい…」
松代「時間が解決してくれます。フフ…あなたはまだまだ若いんだから今度はしっかりといい子を産むことよ。あなたを助けるために赤ちゃん、しかたがなかったの。忘れろとは言わないけど、赤ちゃんのことは胸の奥にしっかりとしまって、明日っからまた頑張り直さなくっちゃ。ね」
元子「はい」
松代「メソメソしたところから何にも生まれちゃきませんよ」
元子「はい」
松代「そりゃあ、母親っていうのは子供のためには自分を犠牲にだってできるんだけど2つの命を救えないとなったら、その1つを生かすためには、もう一つを見殺しにするぐらいの強さを持たなくちゃ、助かる命まで駄目になってしまうんです。だから、今のあなたは新しいこれからの命のためにもっともっと強くならなくっちゃ。ね」
元子「はい」
大原家
花瓶に生けてある菊。
扉を開けるトシ江。「ただいま」
正道「さあ、気を付けろよ」おんぶしてきた元子を玄関に下ろす。
巳代子「疲れたでしょう」
元子「大丈夫」
正道「さあ、すぐ横になった方がいいぞ」
元子「はい」
寝室に行った元子が菊の花を見る。
トシ江「さあ、元子。ほらほら、ほら…。巳代子…」上着を渡す。
巳代子「はいはい」
トシ江「よいしょ…」元子を布団に寝かせる。
正道「さあ」
トシ江「大丈夫かい?」
正道「お義母さん、いろいろありがとうございました。今、お茶いれますからね」
トシ江「とんでもない。そんなことは巳代子がやります。さあ、早くやっといで」
正道「もう、巳代子さんにもすっかり迷惑かけちゃって」
巳代子「水くさいわよ。ねえ、お姉ちゃん」
元子「ううん、本当にごめんね」
正道「あっ、そうだ、りんごをもらってたんだ。今、むくからな」
トシ江「ああ、だって大原さん、仕事なんでしょう」
正道「はあ」
トシ江「だったら…」
正道「いえ…あの、これむいたら走っていきますから。これでもね、小学校の時はもう選手だったんですよ。ハハ…本当だぞ」←おどけて言うのがいい!
台所へ移動した正道。「お~、6つも入ってるよ。順平君にも食べてもらおう」
ふたたび菊の花を目にした元子の心の声。「元正坊や…お母さん、あんたのこと忘れない。だけど明日からはあんたのことばかり考えていないで頑張るからね」
つづく
ここにきて満州引き揚げ話が出てくるとはなあ…。まだまだ若い、また産めばいい…こんな慰められ方が嫌だと声を上げる人がいたから今はタブーとして共有されてるんだな。