公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
元子(原日出子)にプレゼントされた萩焼の湯飲みが気に入った宗俊(津川雅彦)は、これまでの湯飲みは戦地の正大(福田勝洋)の陰膳用にする。ちゃかす元子に照れ隠しの言い訳をする。11月に入ると、本土空襲の危険が迫ってきたと、女子放送員たちにも知らされる。この研修が終わり次第、全国の放送局へ実戦部隊として散っていくことになるという。仕事の厳しさを皆が痛感する。その夜、東京にひさしぶりの空襲警報が鳴る…。
朝、裏庭に出てきたトシ江がお天道様にかしわ手を打つ。「元気かい? 正大。こっちの方は、みんな元気だから何も心配することはないよ。だからお前は自分の体だけ気を付けて。今日も一日、無事で過ごしてください」
手を合わせて祈っているトシ江を見た宗俊は、声をかけずにそっと家に入って、長火鉢の前に座り、お茶葉を急須に入れる。自分で何もやらない人じゃないんだね。鉄瓶から急須にお湯を入れ、急須を両手で振って、お茶を注ぐ。
元子「おはようございます!」
宗俊「おはよう」
元子「何やってんの? お父さん」
宗俊「見りゃあ分かるだろ。正大に茶ぁいれてんだ」
元子「へ~え」
宗俊「へ~えじゃねえ。今日からな、この湯飲みは正大用だ。分かったらさっさと持ってってやらねえか」今までの湯飲みを正大用に、元子からもらった萩焼の湯飲みを使う。
元子「はいはい」
宗俊「重ね返事は、ちゃんとした娘のすることじぇねえ」
元子「はい! あっ」
正大の写真の前に座る元子。「あんちゃん、今日のお茶はね、お父さんがわざわざいれてくれたのよ。私、思うに、あの萩焼、お父さん、とっても気に入ってくれたみたい」
元子が宗俊にプレゼントした湯飲みにちょっと似た感じ。
宗俊「こら、いちいち余計なことを報告するんじゃねえ」
元子「だって」
宗俊「だってもヘチマもあるか。萩ってのはな、七変化っていってな気に入ろうが気に入るめえが、おめえ、せっせと使ってやらなきゃ色が変わってこねえんだ。ただ、それだけのこっちゃ」萩焼きの湯飲みでお茶を飲む。
皮肉なもので正大が出ていって以来、9月に一度、警戒警報が出ただけで10月はただの一度もサイレンは鳴らず、ものはなくても萩の茶わんをゆっくりと楽しむ余裕はまだ残っていたのですが11月に入った途端、少々様子が変わってきました。
研修室
立花「先月25日の神風特攻隊の攻撃は、まことに果敢壮烈なものであったことは間違いないが、そのニュースの陰に隠れてあまり詳しくは報道されなかった北九州地方の空襲について少し話をしてみよう。敵爆撃機はアメリカのB29。これは空の要塞、B17よりも更に優れた規模と性能を持つ超空(ちょうそら)の要塞であるとして、君たち放送員の第1次試験にも出たはずだが、このB29が25日、中国基地を飛び立ち、実に100機という大編隊で北九州地方を襲った」
元子「100機…ですか」
立花「ということは、このB29は今までには考えられないほどの飛行航続力を持つということだ。これがどういうことを意味するか考えてみよう。つまり今までは日米お互いに島伝いの戦争だったわけだが、この飛行航続力を持つことによって恐らくアメリカは6月に玉砕したマリアナ群島を進攻拠点とした本土空襲を行う可能性があるということになる」
真剣に聞き入る研修生たち。
立花「なぜ僕がこのような重大なことを研修生である君たちに話すかということだが、君たち研修生とはいえ、もう既に日本放送協会の職員同様であること、また研修期間が終わり次第、全国各地の放送局に戦力として散っていくからです」
震えている光子。
立花「したがって諸君はこういう状況の中で放送員としての仕事を立派に果たす必要がある。そのためにはこういう仕事に携わる者として、そういう情勢にあるということを冷静に知っておく必要があると私は考えるからです。だからといってみだりに恐れる必要はないし、みだりに外部に触れ回る必要はない。いいね」
深くうなずく研修生たち。
立花「一旦、研修所を巣立っていった時、マイクロホンを通じて例えば警戒警報などを報道する時、一歩先んじてそういう情報を知っておく必要があるし、冷静に対処してほしいということなのです」
光子「先生」
立花「ああ、青山君」
光子「それで、北九州の被害はどげんだったでしょうか」
立花「それは目下のところ、軍部が発表したこと以外には僕らにも分からない。君は熊本だったね」
光子「はい。ばってん、姉が北九州におりますけん」
立花「なるほど。親戚のうちはどうたったか、友達のうちはどうだったか。そういうふうにこれからは個人的にも情報を収集しておく必要はあるだろうね。しかし、くれぐれも注意しておくが、君たちはもう既に放送局の人間だ。だから、個人的な情報でも不用意に一般の人に話すと、それは放送局での情報として伝わり、人心をみだりに乱すおそれがあるということを肝に銘じていてほしい。分かるね」
一同「はい」
「マー姉ちゃん」では昭和19年6月16日の八幡空襲を取り上げていたけど、それよりあとの8月にも空襲があったらしい。
警戒警報が鳴る。
恭子「警戒警報だわ!」
悦子「マリアナからやって来たのかしら」
のぼる「まさか」
立花「静かに! 今、まず正確な情報をつかめと言ったばかりじゃないか。すぐそういう時にはラジオのスイッチを入れる」
元子「はい」
ラジオ「関東地区、関東地区、警戒警報、関東地区、関東地区、警戒警報」
空襲警報が鳴る。
立花「全員、防空頭巾を着用! 地下室へ避難する!」
良男「静かに! 急いで!」
立花「急いで!」
立花先生が最後に退室。
幸い、久方ぶりの空襲警報も1時間半で無事解除。警戒警報の方も、その夕方には…。
吉宗前の路地
「警戒警報解除!」の声が響く。
夜、勝手口
金太郎「こんばんは」扉を開ける。
台所
金太郎「こんばんは」
トシ江「あら、こんばんは」洗い物をしている。
金太郎「あらやだごめん、ごはんどきだったんですね」
トシ江「ううん、今、済んだとこなのよ。さあさあ、どうぞどうぞ」
金太郎「本当? じゃあ、ちょっと失礼をば。よいしょ」
元子「いらっしゃい」食器を片づけて台所に持ってきた。
金太郎「あっ、こんばんは、もっちゃん」
茶の間
金太郎「旦那、こんばんは」
巳代子「いらっしゃい」
宗俊「おう、金太郎」
巳代子が座布団を出す。
金太郎「ありがとう」
宗俊「今日はおったまげたな、あの警報」
金太郎「本当。警戒警報が出たと思ったら、すぐに空襲警報なんだもんね、もう」
宗俊「あれは一体どういうことになってんだ? え? 元子」
元子「どういうことって…」
宗俊「いくら飛行機が速(はえ)えからって、お前、光みたいに飛ぶわけじゃねえだろ。どこで敵機を見つけたら警戒警報で、どこまで来たら空襲警報なのか、そこんとこちょっとはっきりしてもらおうじゃねえか、え?」
元子「だから空襲のおそれがある時に空襲警報が出るんでしょう」
宗俊「だけどお前、今日のやつらは一発も落とさなかったじゃねえか」
トシ江「結構な話じゃありませんか」
宗俊「何がだよ」
金太郎「ちょっと嫌ですよ。まるで空襲がなかったのがね、気に入らないみたいじゃないか」
宗俊「気に入らねえじゃねえか」
巳代子「お父さん」
トシ江「バカなこと言わないでくださいよ。空襲があれば、みんな死ぬんですよ。こうやってみんなの無事な顔がそろったかどうかも分かんないじゃありませんか」
宗俊「だから俺はそれを言ってんだよ。今日、警戒警報を出すやつはな、たるんでたに違(ちげ)えねえんだ」
元子「まさか」
宗俊「だったら何で空襲警報続けて出さなきゃなんねえんだよ、え。やつは居眠りしていてな、ハッと気が付いたら敵機は上に来ていた。な、ところが、いきなりお前、空襲警報じゃものの順番に外れるからってんで2つ続けて出しやがったに違えねえんだ。今度、そういういいかげんなまねしやがったら俺がただじゃ済まねえ! 東部軍管区にそう言っとけ」
巳代子「むちゃくちゃだわ。どうしてお姉ちゃんがそんなところへそんなこと言えるのよ」
宗俊「こいつはお前、放送員だぞ」
元子「分かりました。よく申し伝えておきます」
宗俊「よし。おい、金太郎にお茶だ」
金太郎「今、いれてくれるじゃないか、ねえ、おかみさん」
そうそう、宗俊たちがしゃべってる後ろでずっと長火鉢でお湯いれたり、いろいろやってんだよね。
東京では、約2年半ぶりの空襲警報でしたが、これは立花放送員の予告どおり、マリアナを発進したB29による東京初偵察で、以来、この手の警報発令は約1週間続きました。
元子「それでみんなは防空ごうに入ったの?」
トシ江「ああ、順平は学校から吹っ飛んで帰ってきてね、おキンさんと一緒に入ったのはいいんだけどさ、もう5分置きにおしっこに行きたいって言いだすんだもの、蓋を開けたり閉めたり、そっちの方が大変だったわよ」
金太郎「大変だったね、順平ちゃん」
順平「だって、本当にすぐ行きたくなるんだもん」
宗俊「そういう時はな、へその下にグッと力入れるんだ。お前、男のくせにちびったりなんかしたらみっともねえぞ」
順平「分かったよ」
元子たちの笑い声
巳代子「私たちは面白かったんだから」
元子「嫌ぁねえ、面白かっただなんて」
巳代子「とにかく防空ごうに縮こまっているだけで別にすること何もないじゃないの。だからいろんなおしゃべりしているうちに、誰かがガサガサ、ポリッと始めたの」
金太郎「ちょっと、何それ」
巳代子「乾パン」
金太郎「乾パン?」
巳代子「気が付いたら私もちょうど袋詰めしていた乾パンをしっかりと握ってんのね」
トシ江「まあ」
宗俊「食い意地張ったのがそろいやがって」
巳代子「だって夢中だったんだもの。だけど、真っ暗な中で食べた乾パンのおいしかったことといったらなかった」
元子「分かる分かる」
巳代子「でしょう。だから解除になって出てきたら、みんな何だかニコニコと満ち足りた顔しちゃってんの」
順平「ずるいや、自分たちだけ」
巳代子「とんでもない。私は友達のをごちそうになって、自分のは、ほら、ちゃ~んとこうして、はい、お土産」小さな紙袋に入った乾パンを差し出す。
順平「わぁ、すげえ! こういうんなら、毎日、空襲警報が出りゃいいね」
宗俊「情けねえこと言うんじゃねえ!」
元子「あら、でもなかなか、お茶にも合うと思うわよ、これ」
トシ江「そう? じゃあ一つ私もごちそうになろうかな。あっ、金太郎ねえさんもどうぞどうぞ」
金太郎「そうですか、じゃあ頂きます」
順平「じゃあ、あんちゃんにもやってくる。あれ? 手紙が来てるよ」
トシ江「あっ、いけない。あの騒ぎですっかり忘れてた」
宗俊「正大からか!」食べていた乾パンをトシ江に飛ばす。
トシ江「ええ…元子にですよ」
木の実ナナさんとか笑っちゃってる。
元子たちの部屋
正大の手紙「元子殿、お元気ですか。女子放送員、元子のことだからきっと見事に難関を突破し、わが家の関門をも見事に撃破されたことと兄は信じております」
正大が手紙を書いているのは南国っぽい木が生い茂る場所。満州ではないみたい!?
正大「ところで小生、先日、この異郷の地にて思いがけないものと巡り会いました。モンテーニュの原書です。人生、いかに生くべきか、彼の大テーマをこの戦場で改めて勉強しています。『その移りゆく自己の全人間性を素直に受け入れ、自然との調和をはかっていく』という彼の考え方は全く今の小生にふさわしいものでしょう」
元子が手紙を読む。「望むべくもなかった原書が手に入ったので小生の本をあなたにあげます。小生の部屋の本箱2段目の右隅にあるはずです。『魂の自由を大切にし、魂を抵当に入れてはならない』。彼の中の僕の好きな言葉と一緒に受け取ってください」
隣の正大の部屋の本棚を見る元子。布団では誰か寝てる? 巳代子かな? 本を見つけ、胸に抱く元子。「魂の自由…」
茶の間
あ、巳代子いる。誰か布団で寝てたように見えたんだけどな。
宗俊「まあ、とにかく元気でいるってことは確かだな」
トシ江「だけど○○方面っていうんじゃ、あの子がどこにいるんだか、さっぱり分かんないじゃありませんか」
宗俊「文句があんなら、軍へ言え。でもな、こりゃまあ軍の機密っていうもんでな、守るものは守らなきゃいけねえ」
トシ江「そんなことは分かってますけどさ」
宗俊「あいつ、元子にゃ何て書いてきやがったのかな」
トシ江「いいじゃありませんか。あんたの分もこうやって一緒に入って来たんだから」
宗俊「チッ、江戸っ子のくせしやがってよ、ケチな野郎だぜ、おい」
トシ江「何がですか?」
宗俊「え? おめえ、こんなところで切手代、節約することはねえんだよ」
トシ江「それこそ軍の都合ってものがあるんじゃないんですか? いっぺんに何通しか出しちゃいけないとか何とか…」
宗俊「そんなこたぁ分かってるよ」
金太郎「ハハハハハ…」
宗俊「何がおかしいんだ」
金太郎「だってさ…」
警戒警報
宗俊「まただよ、おい」
トシ江「あら、電気!」
金太郎「ちょいと旦那旦那、電気、私がやりますからさ」
宗俊「いいから、おめえは早く帰(けえ)れ、帰れ」
トシ江「警報だよ、警報! 警報!」
宗俊「バカ野郎、2階にはちゃんと聞こえてらぁ、警報は」
金太郎「それじゃあ、私は失礼しますよ」
宗俊「(トシ江に)おい、一回り…一回りしてくるから着替え頼むよ。(金太郎に)おい、気を付けて行くんだぞ。いいか、おめえ、勇の字に預かった大事な体なんだからな。いいか、気を付けて行けよ」
金太郎、出ていく。コミカルな音楽が流れる。
茶の間
宗俊「おい巳代子…火ぃ、火ぃ!」
巳代子「順平! 順平、警報が鳴ったら着替えなさいと回覧板が回ったでしょ!」
元子「大丈夫大丈夫。お姉ちゃんが持ったから早くそれ脱ぎなさい」
宗俊「ほら巳代子、火ぃ! お前…」
巳代子「はいはい! 早く!」
娘たちの前でふんどし一丁の宗俊。
元子「お父さん!」
火事とけんかは江戸の花。まだまだ宗俊一家の意気や高しという頃でした。
つづく
明日も
このつづきを
どうぞ……
以前、ツイッターで昔のドラマは今のドラマではカットするようなところを長々やっていると書いてる人がいて、私が昔のドラマの方が面白く感じてしまう要因が分かった気がしました。今朝の、宗俊がお茶をいれる一連の動作とか。
「岸辺のアルバム」でも則子が家の中を掃除するシーンがあるけど、そういうところこそ好きなんだよね~。「マー姉ちゃん」やってる頃、話が全然進まないと書いてた人を時々見かけたけど、今のドラマに見慣れた人からしたら、無駄なシーン長々やるなって感じだったんだ! 内容がないわけじゃないのにねえ。