公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
胃痙攣で倒れたマチ子(田中裕子)は痛みをこらえて締め切りをこなす。一方、本が売れない原因が型にあるなら、型を変えて2巻目を出すように提案するはる(藤田弓子)。マリ子(熊谷真実)は、挿絵を描けという塚田(日下武史)を押し切って、2巻目出版分の資金を借りる。そこへ、天松屋・良造(金沢淳二)がきて、コストを下げた出版ルートがあると言う。そんな中、千代(二木てるみ)と朝男(前田吟)はいい雰囲気で…。
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マリ子「やっほ~!」
こだま「やっほ~!」
こだまという人物でなく、マリ子が本でいっぱいの家の中で「やっほ~!」と叫ぶと、こだまが帰ってくるというシュールな図。
マリ子「こだまが返ってきた」
…とにっこり笑ってなどはいられません。返ってくるのは本です。リヤカーを引いて頭を下げて置いてもらった取次店から、なぜかこだまのように返ってくるという始末。おまけにマチ子までがスルメで胃けいれんとは、まさに磯野家は「踏んだり蹴ったり」の現状でした。
マチ子は井関に色刷り4ページの原稿を渡す。
ヨウ子「いえ、姉のことですから締め切りだけは、どんなことがあっても間に合わせますわ」
井関「はい! あの…それでマチ子先生は?」
ヨウ子「まだ胃が痛むようですので、これを描き上げるなり、また横になりましたので」
井関は帰って行き、スルメをかみながらマチ子が下りてきた。
マチ子「はあ~、やれやれ」
ヨウ子「マッちゃん姉ちゃま」
マチ子「大体あの顔がいけないのよね」
ヨウ子「えっ?」
マチ子「何がお大事にですか。私、あの顔を見ると胃が痛くなるのよね。塚田さんに言って係の人、替えてもらおうかな~」
ヨウ子「それを八つ当たりと言うんでしょう?」
ヨウ子はマチ子のスルメを取り上げる。「私はスルメのせいだとは思いませんよ。それがもちろんマッちゃん姉ちゃまのいいところなんだけど仕事となると、手を抜くことを知らないからだわ。その上、根を詰めるし、胃が痛むのは、あの顔のせいだけではないわよ…」
マチ子「さ~すがヨウ子ちゃん、ちゃんと見抜かれてしまったわ」
ヨウ子「だったら本当に少し横にならないとね」
マチ子「あっ、駄目駄目。あと文学館のが残ってるの、私」
ヨウ子「マッちゃん姉ちゃま…」
そこに帰ってきたマリ子とお千代ねえや。
ヨウ子「今日もまた?」
マリ子「ううん、大丈夫大丈夫。商いとは飽きずにやるのが秘けつなり! ねっ、お千代ねえや?」
千代「あっ、はい」
とは言うものの2人の顔で今日の戦果はお分かりでしょう。
疲れた表情で玄関に座り込むマリ子たち。はるも帰宅。
マリ子「あっ…お母様、お出かけでしたの?」
はる「ええ、ちょっとね。どうしたの? みんなでお玄関に集まったりしていて」
千代「いえ、うちたちも今帰ってきたところですけん」
はる「そう、ちょうどよかったわ。お茶いれてちょうだいね。今日、教会でね、鎌田さんの奥様にクッキー頂いてきたのよ。みんなで頂きましょうね」
本だらけの茶の間でクッキーを頬張るはる。
マチ子「でも、なぜなのかしら?」
はる「えっ?」
マチ子「いや、陽談社、陽文社、それにロマン社なんかからも仕事の依頼は山ほど来るっていうのに同じ作者の『サザエさん』が売れないって訳が分からないわね」
はる「そう言われればそうだわね」
マリ子「型が悪いんですって」
マチ子「型が?」
マリ子「うん。今日、思い切って取次店の金子さんに聞いてみたの。そしたらB5判は横にして積めば場所を取るし、縦に並べるとはみ出すからって本屋さんが嫌がるんですって」
金子さん…あ~、唾でページをめくった人だ!
はる「そうですか。それじゃあ、型を変えて出したらいいじゃないの」
マリ子「出すって一体、何をですか?」
はる「『サザエさん』の2巻目をですよ」
マリ子「ええっ!?」
はる「型が悪いのだと原因が分かったんですもの。悪しきを改めるに何のためらいがありまっしょうか」
マリ子「そんな…」
マチ子「そうですよ。マー姉ちゃんの身にもなってあげてください」
はる「そうですよ。マリ子の身になっているからこそ言うんじゃありませんか。太古、人間はお猿のお仲間だった頃に改善ということを知ったからこそ今日まで文明を発達させてきたんじゃありませんか」
マチ子「お母様…」
はる「この現状が嫌だったら、あなたたちも直ちに改善をすること。でなかったら、この苦境から脱出することはできませんよ」
マリ子「お説はごもっともですけど」
千代「そうですとも。その第一、改善というお金は一体どこにあるとですか?」
マチ子「そうよ! 再版分の資金だって、ろくに回収されてないんですもの。どこにそんなお金があるんですか? どこに?」
はる「『明日を思い煩うことなかれ』」
マチ子「お母様!」
はる「お金は天下の回りものです。なかったら借りたらいいじゃありませんか」
マリ子「ええ~!?」
はる「何でしょう、びっくりするじゃありませんか」
マリ子「びっくりしたのは、この私なんです。今、何とおっしゃいました?」
はる「お金は借りたらいい。そう言いましたけど」
マリ子「ああ~…」マリ子の倒れ芸
はる「おやおや。新生日本を背負って立とうという若者が、なんて情けないことでしょう」
まさに強烈パンチでした!
磯野家の裏庭?
朝男「へえ~、マリ子さんが借金をしにね」
千代「はい。もうそれはおいたわしゅうて…」
朝男「お千代さん、このとおりだ、申し訳ねえ」
千代「天海さん…」
朝男「いや、本をもう一度出すとなりゃあ万ってえ金だよ。魚屋稼業じゃそういうことにはからっきし協力できなくて…」
千代「いえ、そげんことありまっしぇん!」
朝男「だけどさ…」
千代「天海さんはリヤカーば貸してくれたとではなかですか。もうそれだけで、うちはどげんうれしかったことか」
朝男「お千代さん…」
千代「本は返ってきてしもうたとですけども、それでお嬢様方どげん勢いづけられたか分からんとですよ」
朝男「そのあげく、熱出して…ヘヘッ、ぶっ倒れてたら、こりゃ、だらしのねえことこの上なしだよ! ハハハハハッ!」
千代「いいえ。マラリアなんて大変な病気持ちの体でリヤカーば引いてくれたとですもの。けど、体だけは大事にしてつかあっせ」
朝男「いや、こっちこそ、その節はどうもお世話になりました」
千代「いいえ、何せお国のために働いてきたお体ですもんね」
朝男「お千代さん。あんた、なかなかいい女だな」
千代「あっ…」
朝男「いやいやいや…! ところでマリ子さんは誰に借金申し込みに?」
千代「いえ、それが…」
何だかこの2人いい雰囲気!?
お千代ねえやにだって分からないくらいですから、マリ子だってどこへ行ってよいか分かるわけがなく、とりあえず目星をつけたのが鬼の塚田編集長でした。
陽談社のロビー
塚田「別に言い訳をするわけじゃないけれども、あの型だって…別に絶対推薦ってほどの意味で言ったわけじゃないんだよ」
マリ子「分かっています。それを十分検討もしないで決めてしまったのは私たちの責任ですし、それにろくな市場調査もしないで2万部増刷するなんて頭おかしいんじゃないかって言われてもしかたがありませんし」
塚田「おい…先回りするなよ」
マリ子「すみません」
塚田「しかし、初版の2万部は日配さんの買い取りでよかったよな。4万部も抱え込んじゃったらそれこそ破産だぜ」
マリ子「いえ、既に破産同然です」
塚田「おい、磯野君…」
マリ子「いえ、これは別にあの…嫌がらせで言ったわけではありませんので」
塚田「それはそうだろうけどさ…」
マリ子「でも日配さんもよほど倉庫塞ぎで困ったらしくて3掛けでたたき売りに出したらしいんですの」
塚田「あの本をかい?」
マリ子「それでも買い手がつかなくて、以来、私たちがいくら神田村に足を運んでも、あれは売れないんだっていう評判がパ~ッと広がっているもんですから、どこも置いてくださる所がなくなってしまって…」
塚田「それが七不思議なんだよな~。あれだけ面白い本が売れないわけがないんだよ」
マリ子「そうでしょうか」
塚田「うん、そうだとも。現にうちの雑誌だってマッちゃんの作品は評判がいいんだし。おい、あれは大変な才能なんだぞ」
マリ子「そうですよね」
塚田「ああ、そうだとも」
マリ子「そうなんですよ! 塚田さんたちがこうして力を入れてマチ子の作品を評価してくださってるのに肉親の私が『サザエさん』をたなざらしにして、あの子の足を引っ張ってるなんてやっぱりこれは何か変ですわ! これはやっぱり改善すべきなんですよ! それも積極的に!」
塚田「ああ、ああ…」
マリ子「お金を貸してください」
塚田「えっ!?」
マリ子「お願いします! お金を貸してください!」
塚田「いや、それは責任上、貸さんとは言わんよ。まあ、しかしだな…2巻目ってのは、やめた方がいいぞ!」
マリ子「なぜでしょう?」
塚田「君には挿絵の腕があるじゃないか。僕が新聞広告を出して君たちをこっちに呼んだのは、君にもういっぺん挿絵を描いてもらおうと思ったからなんだ」
マリ子「それは大変ありがたく思っています」
塚田「だったら挿絵を描いてじゃんじゃん稼げよ。そしたら今、損した分ぐらいすぐ取り戻せる。悪いことは言わない。慣れた仕事をしなさい。慣れた本業を」
マリ子「でも母が申しておりました」
塚田「母?」
マリ子「人類は改善の歴史の上に生存が許されたと。型が悪かったんだったら型を変えるべきです。やっぱり私、2巻目を出す決心をいたしましたわ」
塚田「磯野君…?」
マリ子「お金を貸してください!」
エンジンがかかると不思議なもので思わぬ歯車まで威勢よく参加し始めるものです。
磯野家の玄関
靴底でライターをこすって?火をつける男
おなじみ悪漢・天松屋良造。これが今言った余計な歯車の一つです。
均ちゃんに追い出されたのによくまた来たね。はるが呼んだ?
天松屋「そうですか、お嬢さんがご出版をね。ようがす。この私も一肌脱がせていただきましょう!」
はる「まあ、天松屋さんがですか?」
天松屋「いや~、ご恩返しの一つですよ。戦争中はいろいろとちょろいもうけをさせていただいたんですから…」
はる「?」
天松屋「あっ、いえいえ! あのこちら様は大事な大事なお得意様でございますから。ええ、お言いつけくだされば、この天松屋良造…!」
天松屋は戦時中に比べたら羽振りがいい感じ? ヤミ屋上がりでお金持ちになった人もいるらしいね~。「純ちゃんの応援歌」でも純ちゃんの新居に以前、住んでいた人はヤミで儲けて芦屋に引っ越したという設定だった。
そこに帰ってきたマリ子。
天松屋「あ…フフフフ…これはこれはお帰りなさいまし」
客間に通され、はるにお茶を出された天松屋。「まあ、そういうわけでして資金のめどがおつきになりましたなら、あとは全部、この天松屋良造にお任せください」
マリ子「あの、全部というと?」
天松屋「えっ? 紙、印刷、製本、これを一括してあんた、そんな洋紙店に頼むから向こうに勝手されてコストが高くなるんですよ。コストを下げなくてどうしてもうけが出るんです?」
マリ子「いえ、別にそんなにもうからなくてもいいんです」
天松屋「それが素人だってんですよ。大丈夫、天松屋がついております。ここは一つ、大船に乗ったつもりでいてください」
はる「まあどうもありがとうございます。どうぞよろしくお願い…」
マリ子「待ってよ、お母様。もし泥船だったらどうするんですか?」
天松屋「泥船!?」
マリ子「いえ、別にあなたのことを申し上げたんじゃないのよ。ただね…」
天松屋「いいや、聞き捨てなりませんね。ええ? それじゃあ男のプラ…いや、ブライ…」
マリ子「プライド?」
天松屋「そう。そいつに関わりますよ。こうなったらね、お嬢さんの目の前で電話一本で紙を手に入れてご覧に入れようじゃありませんか」
はる「そうですとも。人を疑う心ほど卑しいことはないんですよ、マリ子」
マリ子「それはそうでしょうけど…」
天松屋は磯野家の電話を使い、磯野家の面々の前で仙花紙を2万冊分注文した。
マリ子「いえ、あの今回は1万部からの出発にしますので」
天松屋「分かっております。大丈夫」
さあ、大変。鬼の塚田がアドバイスなどしなければと後悔のほぞをかむ思いで貸してくれたン万円。こんな怪しげな男にちょろまかされては一大事なのですが…。
天海家
タマ「ああ、覚えてるよ。天松屋といって戦争中、奥さんの人のいいのをいいことにちょろちょろ出はいりしていたヤミ屋だろ?」
千代「そいやけん心配で心配で…」
朝男「大丈夫だよ」
タマ「朝男…」
朝男「もう、さいは投げられちまったんだ。度胸を決めてかかるほかないだろ」
千代「けど…」
朝男「なにね、その男がめったなことしやがったら俺が黙っちゃいねえよ」
千代「何ばすっとですか? 天海さん」
朝男「いいからいいから、この俺がね、やることを黙って見てな」
タマ「いい男だね~! ねっ、お千代さん」このぱちんと手を打つ仕草がいい。
千代「ほんなこと」
天松屋の投げたさいは板橋のバラックのような印刷屋から神田の製本屋へと転がっていきました。
手作業を見守るマリ子。本当の製本所の人なのかなあ。手慣れた感じ。
あの音は通称けとばしと称して本を閉じる機械の音です。ともあれ目を皿のようにして投げたさいころが「サザエさん」第2巻になっていく過程を監視するのがマリ子の役になったことに間違いありませんでした。
そういえば、「男はつらいよ」で前田吟さん演じる博が働いてたのは印刷所だったね。
タコ社長は昭和21年、二十歳で工場を立ち上げ、博は高校中退でブラブラしていたところを社長に拾われた。
印刷所は別に問題なかったのにね~。天松屋で大丈夫なのか!?