公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
正道（鹿賀丈史）が元子（原日出子）を追いかけまわし、体のサイズを測る。人間工学を応用した椅子を作ろうというのだ。そこへトシ江（宮本信子）が訪ねてきて、順平（斎藤建夫）と福代（谷川みゆき）が早くも夫婦喧嘩をした話をしゃべりだすと、突然地震が起きる。心配したトシ江が吉宗に電話すると福代が出たが、宗俊（津川雅彦）は、そんなことくらいで電話してくるな、と一喝する。そのとたん心臓を抑えて倒れこんでしまい…。
順平たちが結婚式を挙げてから、はや2ヶ月が過ぎました。
大原家の玄関先にはアジサイが咲いている。季節感が感じられていいよね。
大原家ダイニング
正道「そのまま動くなよ。…よし。156センチか…。はい、その椅子座って」メジャーを持って元子の体のサイズを測っている。
元子「ねえ、何？ 一体何するの？」
正道「いいから、いいから、ほら、スカート上げて」
元子「嫌ぁね」
正道「何言ってんだよ。膝の高さを測ってんだよ」
元子「どうして？」
正道「答えはそのうち出るからな、乞うご期待だ。はい、その次。はい、ほら、ちゃんと…」
元子「キャッ！ 何…何なさるんですか！」
正道「だから、膝から腰までをだな」
元子「エッチ！」
正道「エッチ…？ 何を言ってんだ、君は」
元子「もういいです、いいです…嫌っ！」
正道「元子…」
元子「嫌だ！ いいですよ、ねえ…。お母さん…」
正道「あっ…」
トシ江「お母さんじゃないわよ、もう。私だからいいようなもんだけど、昼間(しるま)っから変な声出して鬼ごっこして。ご近所に見られたら、あんた、どうするの」
正道「ええ…。ちょっと今、元子にあの実験台になってもらってたんですよ」
元子「実験台？」
正道「そうだよ。人間工学を利用して君の椅子、作ろうと思ってたんだ」
トシ江「何だかよく分かんないんだけどね、で、今日、会社の方は？」
正道「ええ、また、あの午後から病院で検査がありますので、今日休みました」
トシ江「あ～、そうだったの」
元子「で、何か用？」
トシ江「うん、というほどのことでもないんだけどさ、まあ、どうしてるかなと思ってね」
元子「ん…福代さんが来てくれたもんだから、すっかり羽伸ばしちまって」
トシ江「たまには、あの人(しと)も息抜きさせなくちゃね」
元子「何かあったの？」
トシ江「あるわけないでしょう。そんなふうにすぐ感じるようじゃ今に鬼千匹っていわれるよ。ねえ、正道っつぁん」
正道「ハハハハ…」
トシ江「ねえ、順平たちね、一人前に夫婦げんかしてんのよ。フッ…もう聞いてたらおかしいの。福代さんがね、福ちゃんと呼ぶな、福代と呼べと言うのよ」
元子「うん」
トシ江「ところが順平の方はね、自分の好きな呼び方して何が悪いって、まあ、もめるの」
正道「ハハハハ…」
トシ江「かわいらしくてねえ。私たちもあんな時があったのかと思っちゃったりして」
元子「へえ～。じゃあお母さんも最初、河内山に『トシちゃん』なんて呼ばれてたわけ？」
正道「えっ？」
トシ江「まあ…何言ってんのよ」
元子「だって」
トシ江「たとえ話ですよ」
元子「まあ」トシ江にお茶を出す。
笑い声
トシ江「ありがとう…」
物が揺れる音
元子「地震！」
正道「あら」
元子「地震よ！」
トシ江はテーブルの下に隠れ、棚の鍋などが揺れ続ける。
正道「大丈夫だ。大したことなさそうだ。はあ…大丈夫ですよ、お義母(かあ)さん」
トシ江「ああ…あ～」テーブルの下から出てくる。
元子「びっくりした」
トシ江「ねえ、ちょいと電話貸してくれないかしら。今、昼間の支度は終わったと思うけど、台所、福代さん、一人(しとり)だから」
元子「ああ、どうぞどうぞ」
茶の間
トシ江「驚いたねえ、もう…」電話をかける。
吉宗
電話が鳴る。奥の長火鉢に宗俊がいるが、奥から福代が出てきて電話をとる。「はい、人形町吉宗でございます。あっ、お義母さんですか。はい、大丈夫です。ええ、お湯を沸かしてるところだったんですけども。はい、言われてたようにすぐに火を消しましたけん。はい、はい、ええ…」
宗俊「おい、トシ江か？」
福代「はい」
宗俊「おい、そんなことぐれえでいちいち電話してくるなって言え。はばかりながら、こちとらはな、関東大震災を知ってる河内山がついてるんだい。ううっ…」突然胸を押さえて倒れる。
福代「お義父(とう)さん！ お義父さん…お義父さん！ お義父さん！」
トシ江「もしもし？」
福代「あんた！ 順平さん！」
トシ江「もしもし…もしもし！」
大原家茶の間
トシ江「もしもし！ 福代さん！ おとうさん、どうかしたの！ もしもし…」
元子「お母さん？」
トシ江「何だか様子が変なんだよ。もう、おとうさんって叫んだなり電話をおっぽり出しちまって」
正道「いや、すぐに行ってみましょう、お義母さん」
トシ江「福代さん…」
元子「ねえ、お母さん、早く」
吉宗前の路地を走る元子、トシ江、正道。
吉宗
順平「どうもありがとうございました」
医者「はいはい」
トシ江「まあ、順平。まあ、先生…」
順平「もう大丈夫だよ。せっかく先生に来ていただいたのに注射は親の遺言でしねえことになってんだって、また例のごとく、だだっ子でさ」
医者「ハハハハ…」
元子「それで、あの…」
医者「ええ、不整脈でしてね、来た時、脈がえらくばらついていたんだけれど、まあ、血圧も少し高いぐらいで、そう大したことないんだが、一度、心臓の方を検査した方がいいかな」
元子「はい」
医者「気分が悪いようだったら、もうしばらく休ませておいてください」
トシ江「どうもありがとう存じました」
医者「いやいや…。じゃ、薬を作っておくから30分したら取りに来なさい」
元子「よろしくお願いいたします」
医者「はい。じゃ、お大事に」
トシ江「まあ先生、どうもありがとう存じました」
正道「どうもありがとうございました」
医者…久遠利三さん。若い頃は日活映画に出ていて、その後は伊丹作品にも出演。
「おしん」158話にも出演。酒田で飯屋を開いたおしん。客は来なかったんだから、お握りを配られた人の一人だろうか。
宗俊の部屋
宗俊「おめえ、もう本当に大丈夫(でえじょうぶ)だからよ」
福代「あっ、あきません！」宗俊の布団の上に覆いかぶさる。
宗俊「おい、この野郎、えれえ力だな。てめえ、親に向かって、そんなことしていいのか、おい」
彦造「駄目ですよ。ちったぁ言うこと聞いてくれなくちゃ」
トシ江「あんた！」
元子「お父さん！」
宗俊「お～、いいとこへ来てくれた。お前、福ちゃんに押し潰されるところだったぜ、おい」
彦造「め…めったなこと言うもんじゃありませんぜ、旦那」
宗俊「けどよ」
トシ江「けども何もありませんよ」
福代「どうもすいません。順平さんに知らせたり、お医者さんを呼んでもらって、すぐに電話かけ直したんですけんど」
元子「私たち、すぐに出たから」
宗俊「ははぁ、どうりでお前、死に目に駆けつけたみてえな顔してやがらぁ。な。けど、あいにくだったな」
トシ江「まあ、何てこと言うんですよ、あんたは」
正道「それにしても…よかった、よかった。あんまり枕元で騒いでるのも何ですから、下行きましょうか、彦さん。ね」
彦造「へえ」正道、彦造、順平が部屋を出ていく。
宗俊「ああ、おめえもな、もうお役御免だ」
元子「お父さんったら」
宗俊「おめえもおめえ、もう顔見たんだから、もう安心だろ。行った行った行った」
元子「でもね…」
トシ江「体裁が悪いだけなんだからね、さあ、もういいから行ってやってちょうだい」
元子「じゃあ、下行きましょうか」
福代「はい」元子、福代が部屋を出ていく。
トシ江「一体、どうしたっていうんですか」
宗俊「ん…」
トシ江「本当に心臓止まるかと思った」
宗俊「いやおめえ、おめえの電話にな、心配するなっつったらよ、急にお前、気持ちが悪くなってな」
トシ江「あんた…」
宗俊「え、バカ、お前、それだけだよ。お前、気持ちが悪くなったから、これはひっくり返っちゃいけねえと思って、で、自分でうつぶせになったんだよ。それがお前、大騒ぎしやがってよ。本当にお前、それだけなんだからよ」
トシ江「嫌ですよ。留守の間に急にぽっくりいったりしたら」
宗俊「え、冗談じゃねえやな。ジワジワいくってのは、御免被りてえがな、ぽっくりいくっての、まあ、俺の一世一代の願いなんだからよ。ハハハ」
トシ江「本当にいいんですか」
宗俊「本当に大丈夫だっつってんだろ！」
桂木家茶の間
元子「びっくりしたでしょう、福代さん」
福代「はい。もう一度、地震が来て、ほんでお義父さんが倒れたんかいなと」
順平「何言ってやがんだ。地震でおやじが倒れるくらいなら後ろの茶だんすが倒れてらあな」
福代「ほうなけん、私は一瞬、そのぐらい驚いたと言うとんよ」
順平「それにしたってね、お前」
福代「何言うとん。自分やって履きもん履いたまま、ここへ上がってきたくせに」
正道「まあまあまあ、福代さん」
福代「ほなって、順ちゃんやって真っ青になったでしょう！」
順平「青くなってどこが悪いんだい！」
彦造「2階には病人が寝てるんですぜ、若旦那」
順平「分かってるよ。だからこうしてみんなで心配してんじゃねえか」
元子「いいから落ち着いて。お茶でも飲みなさい」
昭和39(1964)年6月16日(火) 午後1時2分
大原家ダイニング
巳代子「じゃあ、やっぱり検査した方がいいんですね」
正道「うん。あれから病院へ行ったついでに先生に伺ったんだけどもね、まあ、一度は、ちゃんとレントゲンと心電図は、とっといた方がいいだろうって言うんだな」
巳代子「でも…誰が病院に連れていくかが問題よね」
順平「あれは化け物で病気だけはしない人種だと思ってたんだけどね」
正道「まあね、人間、年を取れば、どっかに故障も出てくるし、そう深刻に考えることでもないと思うんだけれども、まあ、これから長生きしてもらうためにはね、ちゃんと診てもらって、その対策を立てておいた方がいいだろうっていうことなんだよ」
巳代子「対策って？」
正道「例えば、アルコールだとか刺激物はね、あまりとらないようにするとか」
順平「問題はだ、誰が猫の首に鈴をつけるかだよね」
巳代子「私は自信ないわよ。どうですかって顔を出しただけで病人扱いしやがったって、そりゃあカンカンなんだから」
元子「いいわ、私がやる」
血のつながった子供たちより、それぞれの伴侶の方が言うこと聞いてくれそう。正道さん、福代さんあたり。藤井は…。それか孫たち。
銀太郎
銀太郎「どうもありがとうございました」
客「ごちそうさま」
銀太郎「ありがとうございます。どうも」
かくして元子の出番となりました。
銀太郎「けどさ、昨日の地震には、たまげちゃったわ。テレビで見たけど、新潟では鉄筋のアパートがあんなに簡単におねんねしちゃうもんなんですかねえ」
元子「何しろね、関東大震災並みの大きさだっていうから」
銀太郎「石油タンクがまだ燃えてるって話でしょう」
宗俊「おい、石油もいいけどよ、酒が煮えくり返(けえ)ってるぞ、おい」
銀太郎「あっ、あらま！ どうもすいません。あちち…はい、じゃ、ちょっと熱めですけど」
元子「どうもありがとう」銀太郎に目配せ。
銀太郎「すいません、じゃ、私ちょっと裏の始末してきたいんで」
宗俊「ほい」
銀太郎「お願いします」
元子「はいはい。そいじゃ、まずお父さんから」
宗俊「ん。おい、元子」
元子「ん？」
宗俊「お前、ごますりはいいからよ、言ってみなよ、その相談事ってえのを」
元子「まあ、いいじゃないの。一杯飲んでからで」
宗俊「いやぁ、おめえの一杯は、あとで怖(こえ)えんだよ」
元子「そう、あとが怖いのよね」
宗俊「おい、今度は何だ、金か？ それとも…」
元子「お父さんの体」
宗俊「ケッ、まだそんなこと騒いでやんのか。あれは何でもなかったんだよ」
元子「だったらどうして飲まないの？」
宗俊「え、どうしてって、おい…」
元子「自分で分かってるからなんでしょ？ 本当はあの時、苦しかったんでしょ。だから、心臓が悪いかもしれないって言われて自分でお酒慎んでんでしょ」
宗俊「分かったよ。じゃ、飲みゃあいいんだ。飲みゃあ」
元子「お願いだから、お母さんのためにもそういうむちゃやめてちょうだい」
宗俊「冗談じゃねえよ。ここへ誘ったのはおめえじゃねえか、え」
元子「そうよ。そして、今ここには2人だけ。お父さんと私とね。手ぇついて頼むから私と病院へ行って」
宗俊「だから、あれは何でもなかったっつってんじゃねえか」
元子「正道さんもそりゃ大したことないだろうとは言ってたけど、診てもらって、それで大丈夫だって分かったら、こんないいことないじゃないの」
宗俊「ケッ。そんなしち面倒くさいこと、誰ができるもんかい」
元子「それでもやってもらいたいの」
宗俊「あのな…」
元子「お母さんのために」
宗俊が口をとがらせ、そっぽを向く。
元子「お父さん、私ね、お父さんが病気だって言ってもらいに病院へ行こうって言ってんじゃないのよ。その反対。大丈夫だ、だけど、ここを気ぃ付けたらもっと大丈夫だって、そう言ってもらうために一緒に行こうって言ってんの。ねえ、分かってよ。みんな心配してんのよ。お父さんに元気でいてもらいたいからじゃないの。お願いだから、ねえ、お父さん。お父さんってば」
そっぽを向いたままの宗俊。
元子「意気地なし。注射が嫌いだってのは知ってたけどね、そこまで意気地なしだなんて私、思わなかった。何さ、人間一度は死ぬに決まってんのよ」
宗俊「何だと？」
元子「だけどね、お父さん、だけど…死んだら絶対に会えなくなっちまうんだから。大介たちにしたって、そうだけど、順平に子供が生まれたら、その子は一度もおじいちゃんに抱いてもらったことがなくなっちゃうのよ。私たちにしたってそうよ。さんざん心配かけてきて親にホッとしてもらいたいなって思った時に、もう親がいないなんてのは嫌だもん。ねっ？ たとえね、悪いとこがあったとしても、ちゃんと手当さえすれば病気なんてちっとも怖いことないのよ。だから、お母さんのためにも勇気出して。ねっ、お父さん」
宗俊「そ…そのかわりだぞ」
元子「うん？」
宗俊「たとえ悪くても、おめえ、人に言うなよ」
元子「そいじゃ、やっぱり…」
宗俊「いやぁ、お前…ちいとばかりドキンドキンしただけよ。俺ぁ、自分の体のことでな、人にもう騒がれんのが一番嫌いなんだ」お酒を飲む。
元子「お父さん！」
宗俊「バカ野郎、おめえ。おめえ、医者に診てもらってよ、本当に心臓が悪いってなったら、たちまち明日からもう飲めねえんじゃねえか」
元子「もう！」
宗俊「ハハハハハハ…。ほら、元子」お酒を注ぐ。
カウンターに座る宗俊と元子の後ろ姿。
つづく
自分も年を取り、親も年を取り…そういう描写がうまいな～。昭和30年代も当たり前に事故、災害たくさんあったんだね。
