公式あらすじ※初見の方、ネタバレ注意
闇市でのアメリカ物資販売は、元子(原日出子)に代わったとたん大繁盛。しかし、宗俊(津川雅彦)の元気復活の源となった手ぬぐいの注文が取り消しになってしまう。GHQから歌舞伎の興行差し止めの通達が来たのだ。宗俊は落ち込み、また布団をかぶってふて腐れ、トシ江(宮本信子)も声をかけられない。そんなドン底の桂木家に正道(鹿賀丈史)がやってくる。東京で仕事をするという正道は住む家がなく桂木家に住み込むことに…
吉宗
幸之助「おう、お待たせ」
元子「あっ、どうもすいません」
幸之助「大将、行ったかい?」
トシ江「えぇえぇ。もう子供みたいにチョンチョン小躍りして」
幸之助「ハッ、そりゃ結構なこった」
トシ江「すいません」
幸之助「いいよ、いいよ。よいしょ」
元子「それじゃ、お母さん、行ってきますからね」
トシ江「はい」
元子「店、よろしくお願いします」
トシ江「はいはい」
幸之助「持てるかい?」
元子「うん、大丈夫」
トシ江「じゃあ、お願いいたします」
幸之助「行ってくらぁ」
トシ江「すいません」
元子「行ってきます」
トシ江「行ってらっしゃい」
「さあ、まいどまいど。いらっしゃい、いらっしゃい。いろいろあるよ~」
闇市を歩く通行人に足を引きずって歩く人がいた。昨日の資料映像でも松葉杖ついてた人もいたし、けがして帰還した人も相当いたんだろうな。
闇市の男「よう、おやじがぷっつり顔見せなくなって、今度はじいさんの方、とうとう病気かい」
元子「おあいにくさま。今日から相撲が始まったんで2人して見に行ったんですよ」
闇市の男「相撲? 結構なご身分ですな」
幸之助「あっ、そうだ。けどこれからはこの俺がこの店預かったからにゃ下手な脅しには乗らねえから、そう思えよ」
闇市の男「人聞き悪(わり)いこと言いなさんな。俺がいつじいさんを脅かしたっつうんだよ」
元子「進駐軍のものを扱ったら軍事裁判だとか何とか言ったんじゃないんですか?」
闇市の男「だってそりゃ本当の話じゃねえか」
幸之助「だから、頭は生きてるうちに使えってんだよ、え。よく見ろ、え。へへへ…。これが本物のカムフラージュって」
今日はタバコなどではなく着物を並べた台の上に”必要品交換致します”の紙を置く。
若い娘「あの~」
元子「はい」
若い娘「ここでバターを売ってる人がいたんですけど、もうやめちゃったんですか?」
元子「いえ、店番が代わっただけなんですよ」
若い娘「よかった。じゃあ、1缶下さい」
元子「はいはい、毎度ありがとうございます」
若い娘「よかった…。弟の具合が悪くて食事が進まなかったんだけど、この間、おかゆにバター入れたら喜んで食べてくれたもんだから」
元子「そうですか。それはよかったですね」
幸之助「へい、お待ち遠さん。このバターね、特別病気によく効くバターですからね」
元子「それじゃ、どうもありがとうございました」
若い娘「どうも」
元子「またどうぞ」
幸之助「へい、ありがとうね」
闇市の男「さあ、うまいよ、うまいよ。いわしだ、いわしだ」
茶の間
宗俊「へえ~、今日はそんなに商いになったのかい」
幸之助「ああ、何たってもっちゃんの愛想がいいもんね」
元子「あら、おじさんこそ」
幸之助「いやいや、あれはやっぱりアナウンサーやってたせいかな。おう、ところで国技館の方、どうだったい?」
彦造「へえ、これがまた大入り満員でしてねえ」今日はネクタイにスーツ。
幸之助「おお」
宗俊「まあ、相撲といい歌舞伎といい、戦争には負けたけどよ、やっぱり日本の値打ちもんってのは、ちゃ~んと残るんだよな」
彦造「けど、兵隊帰りで坊主頭の力士が結構多うござんしたよ」
元子「そうでしょうね」
宗俊「ああ、まるでたこ入道だ。けどよ、太刀持ちの刀が竹光だったったのが気に入らねえな、おい」
幸之助「竹光だ!?」
宗俊「太刀持ちが立ち回りするわけじゃあるまいし、ケツの穴の小せえこと抜かしやがって、え。粋じゃねえな、マッカーサーも」
3月の東京大空襲で何人かの力士が亡くなったけど、大破した両国国技館で6月に夏場所を非公開で開催。宗俊たちが見に行ったのは、昭和20年11月8日~22日まで行われた秋場所の初日。
↑を読むと、力士は体が大きいために合う軍服や軍靴がなく徴兵検査では丙種合格の者も多かったと知り、へえ~。
トシ江「すぐ調子に乗るんだから。そんな悪口聞こえたらどうするんですか」
元子「大丈夫よ。内弁慶はちゃ~んと聞こえないとこでしか文句言わないんだから」
宗俊「何だと? この! おい、幸ちゃん」
幸之助「え?」
宗俊「明日っからガード下な、俺とおめえと一緒にやろうじぇねえか」
幸之助「おお、いいとも」
元子「現金なんだから」
トシ江「あ~、いいじゃないの。お前だって別の仕事探したいって言ってたんだしね。お父さんが引(し)き受けてくれればもう大安心だよ」
宗俊「バカ、仕事探させる間に男でも探させろ、このへちゃむくれ」
トシ江「何てこと言うんですよ」
宗俊「お前、母親だろ。ウカウカしてるとな、いきそびれんだぞ、今頃の娘は」
元子「そんな」
幸之助「いやいや、新聞に出てたぞ。年頃の男と女じゃ男のほうが200万から少ないんだと」
宗俊「見ろ、な? 男1人に女トラックいっぱいだ」
元子「大きなお世話。そんなにガツガツと育っていません」
宗俊「てやんでぇ、この…ブスはお前の母親にそっくりだ」←こういうことを昭和の男は平気で言うんだよな~。
戸が開く音
浜村「ごめんくださいまし!」
トシ江「はい」
彦造「あっ、あの声、浜村さんだ。私が出ます」
宗俊「お~、俺が出る、俺が出る。はい、ちょっとごめんよ」
幸之助「ハハ、よかったねえ。大将がしょぼくれてちゃ、この家ぁ弾まなくっていけねえや」
トシ江「おかげさんで…」
宗俊「何ですって!?」
浜村「だから進駐軍から興行差し止めのお達しが来たんですよ」
宗俊「どうしてですかい? 『菅原伝授』のどこがいけねえってんですかい」
浜村「『寺子屋』」の段で松王丸の忠義がいけねえって、こう言うんですよ」
宗俊「そんなバカな!」
浜村「いや~、私もね、まさかこんなことになるとは思ってなかったんですが、まあ何せ泣く子とGHQには勝てないし、まあ、そんなわけで手拭いの方も毎日まくつもりが、あんまり派手にやってにらまれちゃまずいんじゃねえかって言いだす者(もん)もいるもんで」
宗俊「そんな…」
浜村「ええ、まあ本当、吉宗さんには申し訳ないと思ってるんですが、ほれ、手拭いはまだ統制ですし、それでまたご迷惑かけちゃいけねえとうちの親方もがっくり来ちまってね。それで、まあ私がこうやって挨拶に…」
お茶を運んできた元子。「どうしたの?」
宗俊「くそぉ」
浜村「いや、今んところはね、まだ、あつらえの手拭いはぜいたくだってぇことなんですよ」
元子「えっ? お父さん…」
席を立った宗俊は家の奥へ。
師走に入って、この年の失業者は日本全人口の6人に1人。宗俊ならずとも腕の振るいようがなく悔し涙の人々はいくらでもいたのでしょう。
外は雪がちらつき始める中、また布団をかぶってしまった宗俊。
元子の心の声「あんちゃん…私、つらいのよ。もう1週間も布団ひっかぶってるお父さんの気持ちが分かるだけにお母さんも文句一つ言わないけど」
吉宗店舗部分
元子「どうだった?」
トシ江「うん…」
元子「ったく、だだっ子なんだから」
トシ江「ごめんね。私もいつまでもお前を頼りにする気はないんだけどね」
元子「お母さん…」
トシ江「だって、お前だって新しい勉強してみたいって言ってたじゃないか」
元子「嫌だわ。気が多いのは親譲りの口癖。本気にしてたの? お母さん」
トシ江「すまないね。でもまあ、今にきっといいこともあるから」
元子「大丈夫。私もそう信じているもん」
そうです。信じて待てば必ず何かがやって来るものなのです。
正道「ごめんください」
トシ江「はい」
少し髪の伸びた正道が大きなリュックを背負って再訪。
トシ江・元子「大原さん!」
茶の間
天板のないこたつにお盆のままお茶を出す元子。
正道「その節は大変お世話になりました」
宗俊「何を言ってんですかい。ご丁寧にお礼状まで頂いてよ。こちとら恐縮してるんですぜ。寒いから、まあ、中入んな」
トシ江「どうぞ、どうぞ」
正道「はい」
宗俊「で、体の方はもう?」
正道「はい、あの時は気が緩んだとでも言うんでしょうが全く恥ずかしい限りです」
トシ江「まあ、でもよく来てくださいました。知らせもなしだから夢かと思っちゃいましたよ」
元子「それであの、松江の方は皆さんもお変わりなく?」
正道「はい、皆様にくれぐれもよろしくと申しておりました」
トシ江「ありがとう存じます」
元子「それで…」
宗俊「今度はこっちの方はいつまでいられるんですかい」
正道「はい、当分帰らないつもりで出てまいりました。実はその前に大変申し上げにくいことをお知らせしなければなりません」
宗俊「まさか…」
正道「はい。正大君のことです」
元子「兄…兄がどうかしたんですか?」
正道「いえ、まだ確実なことは分かっておりません。しかし…」
トシ江「嫌ですよ、私、悪い話なら嫌…」席を立とうとする。
宗俊「黙って聞け!」
トシ江「だって…」
宗俊「正大の何がどうなったってんですかい」
正道「自分は満州へ行ったと申し上げたことがありますが、彼の部隊は南方に出ている可能性があります」
トシ江「え…」
元子「お母さん」
宗俊「そりゃあ、一体、どういうことで?」
正道「はい、何か分かればと思い、復員局にいる友人に問い合わせましたところ…」
宗俊「何て言ってきたんですか?」
正道「関東軍の大部分が満州から南方へ移動していることが分かりました。つまり彼の部隊もその中に入っていると思います」
元子「で、どこなんですか? その南方っていうのは」
正道「比島方面です」
宗俊「で…やつはそこで戦死したとでも?」
トシ江「あんた…!」
正道「いえ、それはまだ聞いておりません」
宗俊「どうせつらいことなんだから本当のことを言ってやってくださいよ、大原さん!」
正道「いえ、まだ復員が始まっておりませんし、それに現地からの名簿も整理されておりませんので…」
宗俊「どうして名簿が出来ないんですか?」
正道「はい…捕虜または奥地へ入っている場合です」
宗俊「捕虜だと!?」
元子「構わないわ! たとえ捕虜だとしても生きてさえくれれば、私、そんなこと構いません!」
正道「不確実なことでありますし、手紙で誤解があってはいけないと思い、こうして伺いました」
宗俊「というこたぁ、死んだと決まったわけじゃねえってこった」
正道「はい」
宗俊「分かった」
元子「お父さん」
宗俊「つまりこれからは、まあ、満州じゃなくて南方からの復員を気にしてりゃいいってことだろ」
正道「はぁ」
宗俊「わざわざありがとうございました」
トシ江「ありがとうございました」
宗俊「え~、ところであんたさっきずっとこっちにいなさるとか?」
正道「はい、友人が新しい仕事を始めるので是非、手を貸してくれと言ってきたもんですから」
宗俊「おお、新しい仕事?」
正道「はい。バラックの建設です」
宗俊「バラック? なるほどね。たとえバラックでも焼け野原にうちを建てるんじゃ、こりゃ、日本再建に間違(まちげ)えねえやな」
正道「はい」
宗俊「そうだ。俺にできることがあったら手伝わしてもらえないかな」
トシ江「あんた」
宗俊「いや、体を動かす仕事なら俺ぁ何でもやるってんだ。ひとつ世話してくんねえか」
正道「はい。自分の方こそよろしくお願いいたします」
宗俊「よし、これで決まった。で、あんた、泊まる所はどうなってんだ?」
正道「はい、これから探します」
元子「探すといったって宿屋なんかどこにもありませんよ」
正道「いや、地下道で暮らしてる人すらいるんです。もちろんぜいたくは考えておりません」
トシ江「だったらうちへ泊まってくださいな」
宗俊「おう、そうだとも。よそへなんか行くことねえやな」
正道「いえ、しかし…」
元子「だって明日っから大原さんとお父さん、一緒に働くことになるんでしょ」
宗俊「おう、そうだそうだ。え、その方が万事都合がいいじゃねえか、な!」
正道「はあ…」
元子「遠慮だったらなさらないでください。父も母もああ言ってるんですから」
正道「ええ」
元子「お願いします。何せこのうちはにぎやかなのが好きなんですもの。一人(しとり)増えれば、その方が父もうれしくなる方ですから」
宗俊「そのとおりだぜ」
正道「はい。それでは、お言葉に甘えまして、しばらくよろしくお願いします」
その晩から大原さんはこの家の住人となりましたが。
順平と一緒の部屋の正道は布団をはいでいる順平に布団をかけた。
宗俊とトシ江が寝てる部屋はいつもの2階じゃなく茶の間?
宗俊「いいから寝ろよ」
トシ江「あんた…」
宗俊「やつは南方なんだ。おめえがいくら考えたところでどうなるわけでもなし。順番が来りゃあ帰(けえ)ってくるさ」
トシ江「そんなのんきなこと言って」
宗俊「だからっつってよ」
トシ江「せめて手紙のやり取りはできないのかしら」
宗俊「…」
トシ江「ねえってば」
宗俊「できりゃ、あいつのことだ。とっくに様子は知らせてきてる」
トシ江「じゃあ、できないってことは?」
宗俊「何せ海の向こうなんだ。いくら考えたところで俺たちに様子が分かるわけじゃねえ」
トシ江「誰に文句言ったらいいのか分かんないのが悔しいんですよ。大原さんが知らせてくれなかったら、私たち、まだあの子が満州にいるとばっかり思ってたじゃないですか。行方不明の小荷物じゃあるまいし。人(しと)の息子を何だと思ってんだろ…」すすり泣く。「ねえ、ねえ」
宗俊「うん?」
トシ江「大原さん、バラック建てるだけのために出てきたんじゃないんだろうね」
宗俊「余計な勘ぐりはやめな」
トシ江「だって、あの人が正大のこと言う時のあのつらそうな顔…」
宗俊「バカ野郎。ニコニコうれしそうに言われて、てめえ、それで満足か」
トシ江「だって…」
宗俊「いいから、余計なこと考えずに黙って寝な」
こういう時は意外と頼もしい宗俊。
元子の不安もトシ江のそれと同じでした。思いがけない正道との再会。そのときめきを押し潰すほどに兄の身が案じられてならなかったのです。
つづく
今日の巳代子は元子の隣で眠っている姿のみ。ま、順平もそうだけどね。
あらすじ読んだ感じだともっと同居でドキドキな展開かと思ったから、不安が募る展開だとは思いもしなかった。
モンテーニュの原書を見つけたと手紙をくれた時の背景が南国の木っぽかったもんねえ。佐倉連隊で検索してしまった…。